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i

まえがき1  初めに題名についての説明をしておきたい.「科学哲学」とは, 科学の形而上 学的側面の研究であって2 , 特に本書の「科学哲学」とは, 世界記述の哲学(すな わち, プラトンから, アリストテレス, デカルト, カント, ウィトゲンシュタイン へ続く普通の哲学)のことである. したがって, 倫理哲学, 政治哲学, 心の哲学 等とは一線を画す. また, 「測定理論」とは, 諸科学・工学を記述するための特 製の言語のことである3 .  科学は,記述された知識であることを要件とすれば,文字が発明されて以降

3000 年以上の歴史を持つ.暦学,天文学が早くから成立した事からわかるよう に,世界の現象を数量的に記述すること(以下では,世界記述と呼ぶ)は科学の 重要な関心事であった.これが中心的テーマとなったのは,ニュートンにより古 典力学の体系が打ち立てられて以降である.物理学は,その後電磁気学,20 世 紀に入ってから相対性理論,量子力学の成立により,世界記述の中心的地位を確 立した.  一方,20 世紀以降の今ひとつの流れとして,統計学,動的システム理論に代表 される情報科学 (または, 形式科学) の勃興が挙げられる.情報科学はコンピュー ターというハードに支えられ,制御などの工学だけでなく,経済学,心理学,バ イオなど数量的取り扱いが必要な分野で大きな役割を果たすようになった.  このように,現実の諸問題の解決に不可欠な存在となった情報科学であるが, 世界記述の視点からみると,物理学に比して甚だしく見劣りすると言わざるをえ ない.物理学が実在論的な科学観に裏打ちされた言葉で語られているのに対し, 1 本書の草稿

(英語版) は, 参考文献 [14]

“Measurement Theory in the Philosophy of Science”

Shiro Ishikawa:

arXiv:1209.3483 [physics.hist-ph], 2012, 177 pages ((Cornell 大学の arxiv で down-load free)) で公表されている. 本書は, これに多少手を加えたので読みやすくなっている. 2 形而上学とは,実験で白黒を付けることができない命題・主張に関する学問である. 3「測定理論」には別の言い方もあって, たとえば, 「量子力学の言語的解釈」, 「一般量子力学」, 「量子哲学」, 「量子言語」, 「(量子) 言語的世界観」, 「(量子) 力学的世界観」, 「二元論的世界記 述法」等は,「測定理論」と同義と考えるが (cf. 参考文献 [[1]–[14]]), 本書では,「測定理論」を多用 する. また,本書では, 「諸科学=工学」と考える (注釈 1.2,注釈 1.11,8.1 節 (m) 参照).


ii 情報科学は特定の科学観をもたず,分野ごとにアドホックな言葉を使っているか らである.  このような状況は,当面の課題を個別に解決してきたという実績・歴史がある にしても,その先の展開を見据えた場合に問題があるのではないだろうか.本書 は「測定理論」を確立し,それが情報科学ひいては工学を始めとする諸科学の共 通言語たり得ることを示す.これにより工学・諸科学は,世界記述の方法として, 物理学に比肩すべき立場を獲得することになる.  「測定理論」の何たるかは,本文で順を追って詳しく説明することとして,  図14 で近世以降の世界記述の進展の中での「測定理論」の位置づけを示す.                       

カント哲学 −−−−−−−→ (認識が世界を構成)

8.1 節

言語哲学 (言語が世界を構成)

−−−−−→ 8.1 節

  → 動的システム理論・統計学 −     (古典力学的世界観)      (1) −−−→     3.2 節           量子力学 −−−−→  →  9.3 節   古典力学 −    3.1 節     (2) −−→                            相対性理論 −−−−−−−−−−−→ 

              

  

[本書の提案] (諸科学共通の基礎言語)

言語的

−−−−→ 科学観

測定理論 (観念論・形而上学)

[未解決] (物理学共通の基礎理論)

実在的

−−−−→ 科学観

万物の理論 (唯物論・形而下学)

図 1: 世界記述の進化・発展の近代史 この図で,右上に点線で囲った部分が本書の提案である.図で示したように, 「測 定理論」は,    言語哲学から「観念論的精神─言語が世界を構成」, 動的システム理論・統計学から「数学的手法」,   量子力学から「二元論的測定概念」 を受け継いだ自然な発展であり,科学における言語的科学観に立つ.工学・諸科 学のための言語的科学観は,物理学のための実在的科学観とならんで科学の2大 自然観であると主張する.  「測定理論」の確立が工学・諸科学に裨益するのは当然として,形而上学的立 場を確立し得たわけであるから,世界記述の哲学 ( すなわち, プラトンから, ア 4 正式には第

8 章の図 8.2


iii リストテレス, デカルト, カント, ウィトゲンシュタインへ続く本流とされてい る哲学) との関連も明確になる.また, 誰もが知っている例としては,本書では

2 千年にわたって哲学者が議論してきた有名なゼノンのパラドックス「飛ぶ矢は 飛ばず」(飛んでいる矢は各瞬間には静止している,静止している矢が飛ぶのは 矛盾である)やエジソン少年が理解できなかったというエピソードに由来する 「1+1=2」を測定理論の中で解決する.  「測定理論」の導入は世界記述 3000 年の歴史の中の一大事件と考えるが,本 書はその是非についての議論を喚起することになろう.こう書くと,読者は奇異 に感ずるかもしれない.ある物理学者が, 仮に「万物の理論」を作ったとしても, 一般の読者がその是非についての議論に参加できるとは考えづらい.しかし,言 語的科学観は物理学の実在的科学観とは異なる原理に立っており「承認の獲得方 法」が異なる. 「測定理論」は,多くの読者に語りかけ,実際に使われて初めて承 認を得たことになるのである.  本書の想定している読者は,高校卒業あるいは大学初年次程度の知識の所有者 である.読める部分だけ読み進め全体のストーリーを把握し,余力があれば飛ば した部分に戻る,といった読み方を考えている.このため,全体的な見通しが利 くように「本書のガイド」を付けたほか,技術的な面で躓かないよう,重要な部 分はフィクションを交えて雑文風に書いたり,また,小中学生の問題を題材にし たり書き方を工夫した.また,数学用語の解説を巻末 (付録 B) に付けた.  より高度の知識を持つ読者も歓迎である.理数系の大学4年生ならば,全体を 困難なく通読できるだろう,大学院レベルなら,著者の論文 ([1]–[14]) 本書と併 読すれば理解が一層深まって,研究成果も期待できよう.  本書は,元は,著者の大学の研究室の 4 年次卒業研究のゼミ「(量子力学の数 学的基礎としての) ヒルベルト空間論」の副読本として作成されたものである. 「ヒルベルト空間論」という抽象数学が実際に役に立つことを手っ取り早く示す ために,補助的テキストが必要と考えたのが当初の動機・目的だった.しかし, 実際には,学生たちとの質疑応答の中で,むしろ彼等から教わることの方が多く, たび重なる改訂を繰り返したが,最近になり当初の目的, 「大学 4 年次の学生に とって,難しくもなく,物足りなくもない」という水準に達した.この意味で本 書は実質的には研究室の学生たちとの合作であり,本書の随所に ♠ 注釈として 学生たちとのヤリトリの跡を残した. 「動機づけの誇張・フィクション化」,「重 要なフレーズのしつこい程の繰り返し」や「一見無関係と思える雑談」等を敢え て削除・整形しなかったのも, 研究室内では常に行われていることだからで, し


iv かも, ゼミの学生たちがこれらを彼らのバランス感覚の中で中庸に理解できると いうことを実感しているからである. 研究室の活性化のために最も重要なのは, 「自分たちの研究が科学の基盤を揺り動かす」という空気が研究室に充満してい ることと思うからである.研究室の学生 (卒業生) たちにはこの場を借りて感謝 したい.  また,著者の約二十年来の大学院の講義「数理解析特論 (ヒルベルト空間論, 特に,量子力学の数学的基礎)」において,数学だけでは伝わらない部分は,口伝 で済ましてきたが,大学院生たちには「口伝の部分を,いつかは書き物の形にす る」と約束してきた.かなり予定より遅れてしまったが,本書で約束を果たせた.  最後になってしまったが,長年に渡って著者が自由な研究テーマに没頭するこ とを許容してくれた職場 (慶應義塾大学理工学部) の先輩・同僚に感謝する.ま た, 紫峰出版の編集部の方々には, 著者の雑多な原稿を整理して出版の形にして いただいた. この場を借りて感謝する.


v

本書のガイド  測定理論のアイディアはミクロの世界を扱う量子力学に由来する.読者は, まず第1章でその雰囲気をつかんでいただきたい. 測定理論の枠組みは簡単で,測定に関する言語ルール 1 と因果関係に関する言 語ルール 2 から成り立っている.図式で書けば [言語ルール 1]

測定理論 =

測定

[言語ルール 2]

+ 因果関係

である.言語ルール 1 と2のプロトタイプは 言語ルール 1(測定)  プロトタイプ 測定者が,ω という状態をもつ測定対象に対して,観測量 O を測定し たとき,測定値 x を得る確率は P ω (x) である.

言語ルール 2(因果関係)プロトタイプ 因果関係は, 因果作用素列 Φt1 ,t2 (t1 ≤ t2 ) で表現される.

である.  2つの言語ルールの言い回しはやや抽象的ではあるが,意味するところは直 感的に把握できるであろう.これらのプロトタイプは対象とする測定のカテゴ リーに応じて,それぞれ数学的に定式化される.表 0.1 に解説されている節をま とめる.


vi 言語ルール 1

言語ルール 2

2.2 節 4.4 節

6.4 節 同上

10.1 節 10.4 節 4.1 節

11.3 節 同上 -

 連続・純粋型  連続・混合型  有界・純粋型  有界・混合型  試行

表 0.1: 言語ルールを解説した節

 上記の表にでてくる測定のカテゴリーは,次のように分類される:  量子測定理論 : 第 3 章    {       純粋型 : 第 II 部 (第 2–9 章)     連続型     混合型 : 第 II 部の 4.4 節  (Y) 測定理論 5  古典測定理論 第 1 章 (科学言語)   {          有界型 純粋型 : 第 IV 部 (第 10,11 章)     混合型 : 注釈 11.3 表 0.2: 測定理論の型 量子測定理論は量子力学そのもので物理学であると考えても良い6 .本書の主 たる関心事は「日常的スケールの世界」であり,古典測定理論─とりわけ純粋型 に重点を置いて論じる.これは (決定系の) 動的システム理論・フィッシャー統計 学に対応していると思えばよい.応用上重要なマルコフ型動的システム理論 (カ ルマン・フィルター等) とベイズ統計学および情報理論等は混合型に含まれ,第 部の 4.4 節で簡単に触れる.測定理論の現状での全体像については,参考文献

[1–12] を参照されたい. 以下に各部の概要を示す. 第 II 部:古典測定理論─連続・純粋型 第 2 章では,言語ルール 1 (「測定」という言葉の使い方) を説明し,簡単な 例の中で,その使い方の演習をする. 5 本書では, 「古典」という言葉を二通りに使っている.一つは, 「古典力学的世界観 (動的システ ム理論・統計学)」で,もう一つは, 「古典測定理論」である.後者は,量子力学的世界観 (測定理論 (Y) の中での「古典論」である.結論的には,前者は後者の省略形と主張する. 6 測定理論はある意味では量子力学を含み,したがって, 一般量子力学と命名してもよかった.


vii 第 3 章では,量子力学についての簡潔な説明をして,言語ルール 1 の出自が, ボルンの量子測定理論であることを示す. . 第 4 章では,フィッシャー統計学の基本的結果 (最尤法,信頼区間,仮説検定 等) を測定理論で記述する. 第 5 章では,日常言語の論理の危うさについて議論する.日常言語の論理を 測定理論で数量的に記述することによって,数学的論理を使えるようになる.こ れが実践論理と呼ばれる方法で,日常言語の危うさを回避できる. 第 6 章では,言語ルール 2 (「因果関係」という言葉の使い方) を説明する.こ れにより,測定理論が, 「諸科学の運動・変化」を記述できるようになる. 第 7 章では,統計学の回帰分析を測定理論の中で議論する. 第 III 部:哲学としての測定理論 第 8 章では,言語的世界記述法を根底から考え直し,従来の哲学 (デカルト, カント, ウィトゲンシュタイン等) との比較の中で, 本書の主張「測定理論=工 学・諸科学の言語」の意味について議論する ( 8.1 節 (m) 参照).また, 「まえが き」の図 1 を精密化した図 8.2 を提案する. 第 IV 部:諸科学への応用 第 9 章は測定理論の応用編である.諸科学の代表として,平衡統計力学 (= 熱 力学の基礎理論) を選んで,それを測定理論で記述する.通常の「等確率の原理 による平衡統計力学」─動的システム理論・統計学の方法による平衡統計力学─ と比べて,優劣の議論をする.また,量子力学を,物理学ではなくて,諸科学の 一つと見る見方について議論する. 第 V 部:古典測定理論─有界・純粋型 連続型測定理論は基本的であるが,精密測定や無限同時測定等が扱い難いなど の限界がある.それを解決すべく第 10,11 章では,有界型の測定理論 ( (有界型) 言語ルール 1 と (有界型) 言語ルール 2 ) を議論する.この理論を用いて,2500 年来の問題であるゼノンのパラドックスに対して測定理論の立場からの結論を 出す. 第 VI 部: まとめ 実在的科学観と言語的科学観の対比をとおして全体を総括する.


ix

目次 第I部

概 要

1

第 1 章 量子論生まれの測定理論

1.1

1.2

なぜ,量子力学からスタートするのか? . . . . . . . . . . . . .

1.1.1

古典力学的世界観の方法とその問題点

1.1.2 1.1.3

ニュートン力学ではなく,量子力学からスタート . . . . なぜ,量子力学的世界観の方法が成立するのか? . . . .

7 10

1.1.4 2つの世界記述法─実在的 vs 言語的 . . . . . . . . . . . 一元論と二元論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1.2.1 一元論 [物] と二元論 [我と物] . . . . . . . . . . . . . . .

11 13 13

一元論的言語的記述法 (状態方程式法) . . . . . . . . . .

14

1.2.2 1.2.3

1.3

. . . . . . . . . .

二元論的言語的記述法 (=コペンハーゲン解釈による測定

理論) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1.2.4 一元論 vs. 二元論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 日常言語という無法地帯 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

第 II 部

古典測定理論─連続・純粋型

古典純粋測定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

2.1.1 2.1.2 2.2 2.3

16 21 24

27

第 2 章 言語ルール 1 ─ 測定

2.1

3 3 4

状態と観測量─第一次性質と第二次性質─ . . . . . . . . 観測量の例 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

言語ルール 1 ─測定なくして科学なし . . . . . . . . . . . . . .

29 29 29 32

2.3.1

言語的科学観─人間の言語能力の驚異

. . . . . . . . . .

36 39 39

2.3.2

基本的な例─壷問題等 . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

40

測定の簡単な例 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .


x 2.3.3 2.4

工学・諸科学の時代

2.4.1 2.4.2 2.5

この世界の空間について─ライプニッツの関係説 . . . .

. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 測定理論─弱きを助ける . . . . . . . . . . . . . . . . . 測定理論─工学・諸科学の更なる飛翔のために . . . . .

コペンハーゲン解釈─測定は一回だけ

2.5.1 2.5.2 2.5.3

45 49 49 52

. . . . . . . . . . . . . . 「観測量 (測定器) は一つだけ」と同時測定 . . . . . . .

54 54

「状態は一つだけ」と並行測定 . . . . . . . . . . . . . .

57 61

測定理論の弱大数の法則─サンプル確率空間を知る . . .

第 3 章 量子論から測定理論へ ボルンの量子測定理論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

67 67 68

3.2

3.1.2 補遺─ベルの不等式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . ボルンの量子測定から言語ルール 1 へ . . . . . . . . . . . . . .

78 80

3.3

シュレーディンガーの猫 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

3.4

3.3.1 コペンハーゲン解釈─測定値は脳で感知する— . . . . . ハイゼンベルグの不確定性原理について . . . . . . . . . . . . .

84 84 87

γ-線顕微鏡による思考実験 . . . . . . . . . . . . . . . . ハイゼンベルグの不確定性原理の量子力学内の定式化 .

87 90

3.1

量子力学の速習 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

3.1.1

3.4.1 3.4.2

第 4 章 フィッシャー統計学 I

4.1

なぜ,統計学は諸科学で使われるのか? . . . . . . . . . . . . .

95 95

4.2

4.1.1 統計学の基礎は磐石か? . . . . . . . . . . . . . . . . . 4.1.2 試行と測定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . フィッシャーはボルンの逆を考えた . . . . . . . . . . . . . . . .

95 97 101

推定問題─金の鉱脈の探索や天気の予測等 . . . . . . . .

101 103

4.2.1 4.2.2 4.3

4.4

フィッシャーの最尤法 (測定理論における) . . . . . . . .

測定理論による統計的手法

. . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

4.3.1 4.3.2

フィッシャーの最尤法の例 . . . . . . . . . . . . . . . . .

4.3.3 4.3.4

信頼区間

モンティ・ホール問題─高校生パズル─ . . . . . . . . .

106 106 111

. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 仮説検定─バレンタイン–チョコレート . . . . . . . . .

114 117

ベイズ統計学 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

124 124

4.4.1

混合測定とは . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .


xi 4.4.2

混合測定理論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

127

4.4.3

平均情報量─目撃情報の価値

132

. . . . . . . . . . . . . . .

第 5 章 実践論理–測定理論の中の論理–

5.1 5.2 5.3

いろいろな論理─日常言語の論理の危うさ . . . . . . . . . . . . 擬積観測量と辺観測量 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 含意─「ならば」の定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

5.3.1 5.3.2 5.4

135

含意と対偶 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 「我思う.故に我あり」を疑う . . . . . . . . . . . . . .

実践三段論法─ソクラテスは死ぬか?

5.4.1 5.4.2

. . . . . . . . . . . . . .

結合観測量─観測量は一つだけ . . . . . . . . . . . . . . 実践三段論法とその変則形

. . . . . . . . . . . . . . . .

第 6 章 言語ルール 2 ─因果関係

6.1

6.2

6.2.3 6.2.4 6.3 6.4

161 161 163

. . . . . . . . . . ハイゼンベルグ描像とシュレーディンガー描像 . . . . . 簡単な例─有限状態空間ならば,行列表現可能 . . . . .

167 167 169

因果作用素列─因果関係の連鎖 . . . . . . . . . . . . . .

172 174

因果作用素列の例─「連立一階微分方程式」等

. . . . .

177 言語ルール 2 —「火の無いところに,煙は立たない」の正式表現 182 6.4.1 正式なハイゼンベルグ描像 . . . . . . . . . . . . . . . . 182 時間とは,何か?─ライプニッツの関係説 . . . . . . . . 測定理論の成立は,奇跡か? 当り前か? . . . . . . . .

183 185

6.4.4 状態変化 — シュレーディンガー描像 — . . . . . . . . . 187 6.4.5 等重率─最も簡単で有名な未解決問題 . . . . . . . . . . 190 「言語ルール 1(測定) +言語ルール 2(因果関係)」のいくつかの例 192 6.5.1 6.5.2

6.6

151 151 155

実現因果観測量─測定は一回だけ . . . . . . . . . . . . . . . . .

6.4.2 6.4.3

6.5

. . . . . . . . . . . . . . . 「因果関係」の発見によって,近代科学が始まった . . . 「因果関係とは,何か?」に対する 4 つの解答 . . . . .

因果関係─火の無いところに,煙は立たない

6.2.1 6.2.2

146 148

161

未解決問題─因果関係とは,何か?

6.1.1 6.1.2

135 140 146

並列構造─鶴亀算以前 . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

. . . . . . . . . . . . . . .

192 194

. . . . . . . . . . . . . . コペンハーゲン解釈─観客は舞台に上がらない . . . . .

199 199

直列構造─「時間の測定」等

二種類のトンデモ性─観念論と二元論

6.6.1


xii 6.6.2

言語的科学観─靴に足を合わせる . . . . . . . . . . . . .

第 7 章 フィッシャー統計学 II

201

7.1

表から見れば測定,裏から見れば推定・制御

. . . . . . . . . .

205 205

7.2

7.1.1 推定問題 (統計学) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7.1.2 制御問題 (動的システム理論) . . . . . . . . . . . . . . . 回帰分析─因果関係+フィッシャーの最尤法 . . . . . . . . . . .

205 206 208

7.3

測定理論は言語だから, 使われなければ意味が無い

216

第 III 部

. . . . . . .

哲学としての測定理論

219

第 8 章 二元論的観念論の系譜の中で

8.1

221 二元論的観念論の系譜 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 221 8.1.1 デカルトやカントも結構「的を射たこと」を言っている 221

8.2

8.1.2 言語的転回と測定理論─猿にはわからない観念論 . . . . 「まえがき」の図 1 の再考 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

226 231

8.3

補遺:日常言語について . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

232

第 IV 部

諸科学への応用

235

第 9 章 平衡統計力学

9.1

平衡統計力学─熱力学の基礎

9.1.1 9.1.2 9.2 9.3

237

. . . . . . . . . . . . . . . . . . . 237 . . . . . . 238 平衡統計力学の確率的側面─確率とは,壷問題のことなり 246 平衡統計力学の力学的側面─エルゴード仮説

平衡統計力学における「動的システム理論 vs. 測定理論」 . . . 量子力学は,物理学か? 工学か? . . . . . . . . . . . . . . . .

第V部

古典測定理論─有界・純粋型

248 250

257

第 10 章 言語ルール 1 (有界型) ─測定

259 10.1 状態と観測量─第一次性質と第二次性質 . . . . . . . . . . . . . 259 10.2 有界型言語ルール 1 (測定) 10.2.1 有界型言語ルール 1

. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

263 263


xiii 10.2.2 測定の簡単な例─壷問題等

. . . . . . . . . . . . . . . .

264

10.3 システム量─観測量の原型 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10.4 測定理論の中のコルモゴロフの拡張定理 . . . . . . . . . . . . .

267 269

第 11 章 言語ルール 2(有界型) ─因果関係

273 11.1 ゼノンのパラドックス─飛ぶ矢は飛ばず . . . . . . . . . . . . . 273 11.1.1 旅人算 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 273 11.1.2 ゼノンのパラドックス — 何処がパラドクスなのか?— 11.2 因果作用素,前双対因果作用素,決定因果写像 . . . . . . . . .

275 278

11.3 有界型言語ルール 2 (因果関係) . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11.4 ブラウン運動は運動か? . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11.5 決定因果作用列の精密測定とシュレーディンガー描像 . . . . .

280 285 288

第 VI 部

まとめ

297

第 12 章 実在的科学観と言語的科学観

299

12.1 数学,物理学,諸科学・工学 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12.1.1 言語 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12.1.2 数学─世界と断絶した言語体系 . . . . . . . . . . . . . .

299 299 299

12.1.3 物理学─実在的科学観 (世界が先,言葉が後) . . . . . . 12.1.4 諸科学・工学─言語的科学観 (言葉が先,世界が後) . . . 12.1.5 数学,物理学,諸科学・工学 . . . . . . . . . . . . . . .

300 301 303

12.2 結論— 実在的科学観と言語的科学観— . . . . . . . . . . . . . .

304

付 録 A 測定理論の概要: 大きな物語の終焉

311 A.1 [もののけ世界観] →  [力学的世界観] →  [言語的世界観] . . . 311 A.2 事の発端: ハイゼンベルグの不確定性原理の発見 . . . . . . . . . 312 A.3 始めに言葉ありき ― 言霊信仰 ― . . . . . . . . . . . . . . . . . A.4 力学的世界観 (A) vs. 言語的世界観 (C) . . . . . . . . . . . . . .

312 313

A.5 大きな物語の終焉― 3000 年のファイナル アンサー ―

314

. . . . .

付 録 B 数学的補遺

B.1 集合・写像 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . B.2 実数 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

315 315 317


xiv B.3 位相空間

. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .

318

B.4 距離空間 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . B.5 測度,積分 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . B.6 ノルム空間,バナッハ空間, ヒルベルト空間 . . . . . . . . . . .

319 321 324


第I部

概 要


3

第 1 章 量子論生まれの測定理論 測定理論は日常的スケールの世界を数量的に記述するための言語である.しかし, そのアイディアはミクロの世界を扱う量子力学に由来する.その関連性を感覚的に 把握してもらうとともに,測定理論の鍵となる2つの言語ルールのアウトラインを 説明する.本章の理解に量子力学の予備知識は不要である.本章は「測定理論の概 要」であり,読み流す程度でいいが,技法の部分 (例 1.1:コップの水の温度) だけ は確実にして次章に進んでもらいたい.

1.1

なぜ,量子力学からスタートするのか?

「まえがき」に目を通した読者は,まず,次を問うと思う.

(A1 ) ミクロな世界 (すなわち,電子の運動等) の物理学であるはずの量子力学が, なぜ日常的スケールの世界 (たとえば,経済学,心理学,電気工学,生物 学等) の現象の数量的記述に使えるのだろうか?

なぜ量子力学が必然な

のか? 更には,測定理論─量子力学の言葉づかいを模倣した言語体系─ が,なぜ成立するのか? 測定理論とは別の有力な方法があるのか? 等である.本書の随所でこれに答えることになるが,それでも尽くしていない. 永遠の問題なのか,それとも決着の着く問題なのか分からないが,いずれにして も,本書を読み終えた読者ならば,

(A2 ) 日常的スケールの世界の現象の記述のためには,量子力学からスタートす る方法─測定理論─が最も自然で,当面はこれ以外の他の方法を思い浮か ばない1 という本書の主張に納得すると思う. 1 測定理論にとっての最悪な理解のされ方は, 「(量子力学という) 虎の威を借る狐」と読まれるこ とである.本書は一貫して, 「測定理論の方が量子力学より基本的 (cf. [6])」と主張する.というよ り,これが本書の唯一の主張と思っても良い (9.3 節を参照).


第1章

4

1.1.1

量子論生まれの測定理論

古典力学的世界観の方法とその問題点

量子力学的世界観の方法─測定理論─を説明する前に,古典力学的世界観の方 法 (すなわち,統計学・動的システム理論の方法) とその問題点について述べる. 物理学は,もちろん,法則が命で,法則を持たない物理学はない.法則が厳し い実験的検証に耐えて生き抜いたからこそ,物理学という学問は尊敬を勝ち得た と言える.しかし,法則を宣言するには,それ以前に,その法則を記述するため の言語が用意されていなければならない.すなわち,物理学は, 「言葉の使い方」 を土台として,その土台の上に「法則」が宣言されている.つまり,物理学は,

(B)

[物理学] := [言葉の使い方] + [法則]

(

(法則)

= 言葉の使い方

)

という構造を持っている.たとえば,ニュートン力学では, 「時間・空間」, 「速 度・加速度」等の言葉を使って, 「因果関係」という言葉の記述の仕方が定まって いることが前提になっていなければ, 「法則 (ニュートンの運動方程式)」は記述 できない.つまり,ニュートン力学は,次のような構造を持っている. (ニュートンの運動方程式)

(C)

ニュートン力学 := 因果関係 (という言葉の使い方)

そうならば,いかなる物理学も,その生命線の物理法則を形骸化2 しても,その 言語的側面が生き残ると考えてもいいだろう. 上のニュートン力学 (C) で,物理法則 (ニュートンの運動方程式) を形骸化し ても,因果関係の時間的連鎖を表す (時変数) 微分方程式が残る.すなわち,

(D)

物理法則の形骸化

ニュートン力学 − −−−−−−−−−→ 因果関係 (という言葉の使い方) 言語的側面

[時変数微分方程式]

と考える.そして,微分方程式をいろいろと応用してみて, 時変数微分方程式は,(物理学以外にも,すなわち,諸科学・工学にも) 非 常に役に立つ3

2 物理法則であることを捨象,忘れ去る 3 「まえがき」の [脚注 3] で書いたように,本書では, 「諸科学=工学」とする ( 注釈 1.2,注釈 1.11,8.1 節 (m) 参照).


1.1. なぜ,量子力学からスタートするのか?

5

という信念を得たとしよう.この信念を因果論的世界観と呼ぶ.時変数微分方程 式の一般形は,次の時変数の連立 1 階微分方程式 (これを,状態方程式と呼ぶ) で書ける:

状態方程式 :=

     

dω1 dt (t) dω2 dt (t)

= v1 (ω1 (t), ω2 (t), . . . , ωn (t), t) = v2 (ω1 (t), ω2 (t), . . . , ωn (t), t)

 ······     dωn (t) = v (ω (t), ω (t), . . . , ω (t), t) n 1 2 n dt

(1.1)

したがって,

(E1 ) 因果論的世界観の方法 (状態方程式法とも言う) とは,諸科学の運動・変化 の現象があったならば,ともかく,状態方程式 (1.1) で表現せよという精 神,逆に言えば,状態方程式 (1.1) で表現して辻褄が合う現象があったな らば,そこには因果関係があると信じること (後出の 6.1.2 節の (c) で再び 述べる) と思えば良い. そして,更に,この因果論的世界観の方法に,いつの間にか,確率概念が付け 加わって発展して出来上がった数学的手法─状態方程式と確率論を使う手法─が,

(E2 )

統計学・動的システム理論 (=統計学=動的システム理論)4

で,これが古典力学的世界観の方法である. ニュートン力学を始点とするこの古典力学的世界観の方法は,大成功した.統 計学 (すなわち,微分方程式,確率) を使わない諸科学の分野など皆無と言って いいだろうから,古典力学的世界観の方法 (=統計学・動的システム理論) は,現 代諸科学を支える基盤と言っても過言ではないだろう. しかし,古典力学的世界観の方法に問題点がないわけではない.たとえば,次 のような問題点・疑問点 (F1 )–(F5 ) が考えられる.

4 本書では理論的立場に終始するので, 「統計学=動的システム理論」と考える. 「統計学」と「動 的システム理論」の一方しか書いていない場合も,相互に読み替えて読んでもらいた.念を押すと きは, 「統計学・動的システム理論」などと書く.しかし, 「統計学・動的システム理論とは,何か?」 の答えは確定しているとは言えない.たとえば,数学なのか信念なのか手法なのか言語なのか等で ある.したがって,本書では, 「統計学」と「動的システム理論」という言葉の使い分けは “case by case” でかなり大雑把と思ってもらいたい.


第1章

6

量子論生まれの測定理論

(F1 ) 統計学・動的システム理論は, 「数学的手法」, 「応用数学」, 「世界観」等と 多義的な解釈がされて,どのような性格の学問なのかはっきりしない.数 学なのか? (工学) 理論なのか? 応用的手法なのか? または,ある種 の言語なのか? 等である.

(F2 ) 因果論的世界観 (E1 ) だけならば,その出自がニュートン力学ということで スッキリするが,なぜか確率概念が付け加わった形で,古典力学的世界観 として発展した.確率論のはっきりした出処は不明であるが,よく言われ ているように, 「ギャンブル・賭けの問題」が出自だとするならば,古典力 学的世界観 (E2 ) は 2 つの出自─物理学 (ニュートン力学) とギャンブル─ を持つことになる.そうだとしたら,妙な組み合わせの 2 つの出自のもの が,なぜ一つの理論として統合されているのだろうか?

(F3 ) 確率概念を付け加えることができたのだから, 「他の何か」の接木も可能な のだろうか?5 等である.言い換えると,

(F4 ) 状態方程式法 (E1 ) から統計学・動的システム理論 (E2 ) への発展は必然な のか? という疑問が我々の出発点で,更に,根源的な問い掛けとしては,

(F5 ) なぜ,微分方程式と確率論という数学が,日常的スケールの世界の現象を 記述するのに役に立つのか? となる. ♠ 注釈 1.1. まだ言葉が十分に準備されていないので,問い掛け ( F5 ) は漠然とした 表現になっているかもしれない.しかし, (♯1 ) 役に立つ数学には,役に立つ理由がある.すなわち,役に立つ数学の背後に は,必ず強力な世界記述法が潜んでいる 5

最近では,接木の候補として,ファジィ理論, カオス・複雑系の理論等が提案された.これらの 提案は,一研究分野の熱気というだけに留まらずに,その影響力は絶大で,社会現象までも引き起 こしたことは記憶に新しいと思う.日本では, 「ファジィ家電」などという流行語まで生まれた.ま た,映画「ジュラシックパーク」の主人公の一人はカオス理論の研究者である.これらの理論は,統 計学・動的システム理論の枠組みを突き破ろうする果敢な挑戦であったが,もちろん,これらが,当 初に掲げた壮大な夢を実現したかどうかはいろいろな意見があってもよい.いずれにしても, 「世界 を動かす」という気概を持てることが世界記述の研究の魅力である.


1.1. なぜ,量子力学からスタートするのか?

7

表 1.1: 数学と世界記述 数 学 

世 界 記 述 法 (世界観)

微分幾何学

相対性理論

常・偏微分方程式

ニュートン力学・電磁気学

ヒルベルト空間

量子力学

という信念には一理ある.なぜならば,世界と独立している数学が,世界に対して 明確な発言するためには,世界記述法─世界の現象の数量的記述の仕方─を通して 発言するしか術がないからである.このことは,たとえば,表 1.1 の対応を思い出 せば,了解できると思う.そうだとしたら,問い掛け (F5 ) は,

(♯2 ) 確率論という役に立つ数学の背後には,いかなる世界記述法が潜んでいるか? または,統計学はいかなる世界観に基づいているのか? と同値の問題となる.

1.1.2

ニュートン力学ではなく,量子力学からスタート

ニュートン力学からスタートしたならば,前節の (F1 )–(F5 ) のような疑問点・ 問題点が生じた.そうならば, 量子力学からスタートすれば,どうだろうか? というのが,測定理論の発想となる.したがって,

(G) 測定理論とは,量子力学的言語 (=量子言語) ─量子力学の言葉づかいを模 倣した言語体系─である これについて説明しよう. 第 3 章で述べるが,量子力学は,1925 年–1927 年頃に,ハイゼンベルグ,シュ レーディンガー,ボルン等によって発見されたミクロな世界の物理学で,アイン シュタインの相対性理論と並んで 20 世紀の 2 大科学理論である.量子力学は,2 つの法則, 「ボルンの量子力学の確率解釈」と「量子運動方程式 (ハイゼンベルグ 方程式とそれと同値なシュレーディンガー方程式) 」から成り立つ.すなわち,

(H)

量子力学 := (物理学)

測定 (ボルンの確率解釈)

+ 因果関係 (量子運動方程式)


第1章

8

量子論生まれの測定理論

と思えばよい. 量子力学から始めて,(D と同様に) その言語的側面に注目して,すなわち,

(I)

言語化

量子力学 − −−−−−−−−−→ 測定理論 (物理学)

物理法則の形骸化

(科学言語)

と考えて,測定理論─量子力学的世界観の方法 (G) ─を得る.量子力学はミク ロな世界を記述するための物理学であるが,不思議なことに,その言語的側面の 測定理論になると,日常的スケールの世界が記述できるのである. 「言語」と言っても, 「日常言語」のように複雑なものではない.詳細は,次 章以降に譲るが,測定理論のキーワード (また,同じことであるが,量子力学の キーワード) は「測定」と「因果関係」の 2 つだけで,

(J) 測定理論の主張は, (J1 ) 測定 ( その内訳は,測定者,測定対象,状態 (空間),観測量 (≈ 測定 器),測定値,確率) という言葉の使い方は,言語ルール 1(2.2 節) を 手本にせよ. (J2 ) 因果関係 ( その内訳は,木半順序集合 (時間も含む),因果作用素) と いう言葉の使い方は,言語ルール 2(6.4 節) を手本にせよ. である.図式で書けば, [言語ルール 1]

(K)

[言語ルール 2]

測定理論 := 測定 (J1 ) + 因果関係 (J2 ) (科学言語)

のような簡単なものとなる.ここで, 「日常言語」や「数学言語 (=数学)」と区 別するために,科学言語(すなわち,数量的世界記述のための言語)と記した. さて,このとき,量子力学的世界観の方法 (=測定理論) では,次の (F′1 )–(F′5 ) の ように,古典力学的世界観の問題点 (F1 )–(F5 ) が解消される.

(F′1 ) 測定理論は,(世界記述のための) 言語─科学言語─である. (F′2 ) 測定理論の出自は,量子力学だけである.したがって,   異なる出自のものが,なぜ統合可能なのか? などの疑問が生じる余地がない.


1.1. なぜ,量子力学からスタートするのか?

9

(F′3 ) 測定理論に「何か」を接木するとしたら,量子力学に「何か」を接木して から,行なわなければならない.したがって,測定理論を接木的に発展さ せることは,ほぼ不可能である6 .

(F′4 ) 量子力学的世界観の方法 (=測定理論) は,接木的発展で得られたのではな いので, (F4 ) のような疑問は生じない.更に,第 8 章の図 8.2 (= あとが きの図 1) で書くように, 因果論的世界観 (E1 ) から古典力学的世界観 (E2 ) への発展は必然とい うわけではない すなわち, 「ギャンブル」を持ち出さなくても済ますことができる. となる. このように簡単に,古典力学的世界観の問題点 (F1 )–(F4 ) が解消できた理由 は,もちろん,ニュートン力学と違って,量子力学内にはもともと「確率概念」 ─ボルンの確率解釈─が含まれているからである. そうだとすれば,理論的立場からすれば,測定理論─量子力学的世界観の方法 ─を選ぶのも一理ありそうに思う.当然のことであるが,

(L1 ) いかなる科学理論においても,最も重要かつ困難なことは,スタート点を 確定すること なのだから,早急な結論には慎重であるべきであるが,上の (F′1 )–(F′4 ) から,本 書では,

(L2 ) 統計学・動的システム理論 (古典力学的世界観の方法) は,測定理論 (量子 力学的世界観の方法) の省略形である と考える.そうならば,問い掛け ( F5 )(=注釈 1.1 の (♯2 )) ─なぜ,微分方程式 と確率論という数学が役に立つのか?─の答えとして,

(F′5 ) 測定理論という世界記述法が背後に控えているからである と解答できる.

6 したがって,世界記述の理論としてファジィ理論,カオス理論等を主張したいならば,測定理 論内で見つけるか,または,測定理論の対抗馬を提案しなければならない.


第1章

10

量子論生まれの測定理論

♠ 注釈 1.2. 本書では, [諸科学] = [役に立つことを意図して作られた科学] = [工学] と見て, 測定理論=工学・諸科学の言語7 と考える.すなわち,(L2 ) ─統計学・動的システム理論は未熟で,測定理論は完 成した言葉─から, 工学・諸科学は,測定理論という言語を得て,初めて,確固たる学問になる と主張する (注釈 1.12).

1.1.3

なぜ,量子力学的世界観の方法が成立するのか?

前節の議論─量子力学的世界観 (K) の方が古典力学的世界観 (E2 ) より勝って いる─を信じるならば,益々,最初に (A1 ) で述べた疑問, すなわち,

(A1 ) ミクロな世界の物理学であるはずの量子力学が,なぜ日常的スケールの世 界の現象の数量的記述に使えるのだろうか? が,気になると思う.著者も明確な答えを持っているわけではない.適切な例か どうかは確信できないが,以下の喩え話を補足しておく. たとえば, 「猿も木から落ちる」という文言 を考える.現実の現象を記述したはずの文言「猿も木から落ちる」が,現実から 遊離して言語化 (ことわざ化・呪文化・言霊化) して,ことわざの「猿も木から 落ちる」が出来上がる.つまり, 「言葉が先,世界が後」の精神

「世界が先,言葉が後」の精神

猿も木から落ちる −−−−−−→ (実際の現象を記述した文言)

ことわざ化

猿も木から落ちる (実際の現象から遊離した文言)

のように,ことわざ化すると, 「世界」と「言葉」の順序が逆転して, 「猿」でな くても, 「木」でなくても, 「落ち」なくても,すなわち,まったく別の世界に適 用可能になる.これは不思議であるが, 7 正式には,8.1

節 (m) 参照


1.1. なぜ,量子力学からスタートするのか?

11

人間の言語能力の驚異

(M1 )

であり,事実として受け入れるしかないだろう. 測定理論が量子力学の言語的側面であるということは,測定理論は量子力学の ことわざ化 (言語化,物理法則の形骸化) と言ってもよい.すなわち,( I ) を再 掲すると, ((J) の言葉は実体と結び付いている)

量子力学 (H)

(M2 ) (=(I))

(物理学)

((J) の言葉は実体とは独立) ことわざ化

−−−−−−−−−−→ 物理法則の形骸化

測定理論 (K) (科学言語)

となる.量子力学はミクロな世界を記述するための物理学であるが,ことわざ化 して測定理論になると,(量子的ミクロな世界の現実から遊離して) 日常的スケー ルの世界が記述できるのである.

2つの世界記述法─実在的 vs 言語的

1.1.4

もちろん,

(M3 ) ことわざの鼎は, 「実験検証」ではなくて, 「使い出」で問われるべきである したがって,測定理論は,実験検証 (すなわち, 「世界が先,言葉が後」) の精神 に基づく形而下学ではなくて,標語的に言うと,

(N) 測定理論は, 「言葉が先,世界が後」の精神に基づく形而上学 となる.

♠ 注釈 1.3. 形而上学とは,実験によって白黒がつけられない命題に関する学問のこ とである (形而下学は形而上学の対語).絶対温度の単位 ◦ K で知られているケル ヴィン卿 (1824 年–1907 年) の有名な言葉: 唯一のよい形而上学は数学である は非常に説得力を持つ言葉である.しかし,(M3 ) で述べたように,ことわざを (数 学以外の) 形而上学の一種と考えるならば,測定理論も,(数学以外の) 形而上学で ある.そうならば,本書の目的は

(♯) 諸科学の基盤を形成する学問として,測定理論という形而上学を確立すること


第1章

12

量子論生まれの測定理論

と言ってもよい.もちろん, 「本書の形而上学」は,謂わば「科学的形而上学 (=数 量的形而上学)」で,倫理・芸術・神学等には関わらな���.

そうだとすれば,実験検証だけが科学ではないことになって (すなわち,形而 上学も科学の一員としての資格を得て),世界記述には 2 つの分類─実在的方法

(法則・実験検証) と言語的方法 (使い出・言語) ─があることになる.すなわち,

次の分類(次頁)が成り立つ.   1 実在的方法 (初めに「世界」ありき) ⃝      物理的現象を,直接的に数学で数量表現する.      物理学はこの方法で作られる.したがって,この方法では,      「物理法則」と数学(という形而上学)が主役となる.      「世界が先で言葉が後」の精神に基づく方法.     (O) 世界記述  2 言語的方法 (初めに「言葉」ありき) ⃝      諸科学の現象を科学言語で記述して数量表現する.      大抵の諸科学はこの方法で作られる.この方法では,      「諸科学の法則」と「科学言語 (という形而上学)」が主役となる.      本書では,使い出の良い科学言語として,主に測定理論に注目する     「言葉が先で世界が後」の精神に基づく方法.  言語的方法は,測定理論によって初めて確立された新しい世界記述法である. 上の (O) の説明だけでは,分かりにくいかもしれないので,次の 2 つの注釈を補 足しておく.(O) の意味するところは,本書を読み進めれば自然とわかるので, ここで立ち止まらないでいただきたい.

♠ 注釈 1.4. たとえば,ある経済現象 P があるとして,この経済現象を数量的に理解 するために,次の 4 つの方法 (a)–(d) を考える. (a) 経済現象 P を詳細に観測して,それを数量表現して,ある経済理論 Ta を作 る.この方法を実在的方法と思うかもしれないが,下の (e) で述べる理由で, そうでない (すなわち,言語的方法の) 可能性が大である (b) 微分方程式と確率論という数学を使うと決めておいて,経済現象 P を詳細に 観測して,それを数量表現して,ある経済理論 Tb を作る. (c) 統計学・動的システム理論を使うと決めておいて,経済現象 P を詳細に観測 し,それを (微分方程式と確率論で) 数量表現して,ある経済理論 Tc を作る.


1.2. 一元論と二元論

13

ただし,(F1 ) で述べた理由で,(b) と (c) の違いは明確とは言えない.と言 うより,(b)=(c) と考える方が常識的と思う.

(d) 測定理論という言語で記述すると決めておいて,経済現象 P を詳細に観測し, それを測定理論で記述して,ある経済理論 Td を作る.このときは,言語的 方法である ここで,経済現象 P は同じなので,十分に考え尽くされて出来上がった理論なら ば,結果的には,Ta = Tb = Tc = Td となる可能性が大である.そうならば,

(e) Ta = Tb = Tc = Td ならば,Ta , Tb , Tc , Td は,すべて言語的方法 (d) によっ て作られた と本書では考える.たとえば,(a) の方法で理論 Ta を作ったとしても,Ta = Td ならば,測定理論を知らなかっただけで,実質的には,(d) の方法で作ったのと同 じからである.しかし,相対性理論のような物理学は,測定理論で記述できないの で,実在的方法によるしかない.また,第 9 章では,測定理論による言語的方法 (d) で,(熱力学の基礎理論である) 平衡統計力学 Td′ を構成するが,面白いことに, Tc′ ̸= Td′ となる.この場合,本書では,Tc′ (=方法 (c) による平衡統計力学) は十分 考え尽くされた理論ではないと考えて,Td′ を採用する.

♠ 注釈 1.5. 世界記述の分類 (O) の「実在的方法 vs. 言語的方法」の原型を,哲学の 「唯物論 vs. 観念論」と見なすならば,言語的方法を受け入れることに,(ケルヴィ ン卿ならずとも) 誰もが躊躇すると思う.しかし, 「観念論」は特別な人にしかわか らないが,言語的方法は誰にでもわかる.第 8 章で述べることであるが,著者は, (♯) 測定理論がわからなければ,観念論はわからない. または, 観念論とは, 言語 的方法— 「言葉が先で,世界が後」の方法— のことである. と思っている.

1.2 1.2.1

一元論と二元論 一元論 [物] と二元論 [我と物]

世界記述には,世界記述 (O) ─実在的方法と言語的方法─とは別の切り口も ある.いわゆる,一元論的記述法と二元論的記述法である. 「[世界]=[物]」と見る のが一元論で, 「[世界]=[我]+[物]」と見るのが二元論である.すなわち,    一元論的記述法 ([世界] = [物だけ])

(P1 ) 世界記述

 

二元論的記述法 ([世界] = [我と物])


第1章

14

量子論生まれの測定理論

となる. ニュートン力学や相対性理論等の物理学は,一元論的記述法を採用して大成功 を収めた. 「我」などという厄介なものに関わっていたのでは,客観性が損なわ れて科学にならないというわけである. 二元論というとプラトンやデカルト等の伝統的な哲学の二元論をイメージする かもしれないが,二元論の数量的表現に初めて成功したのは量子力学である.し たがって,本書の「二元論」は,測定理論流 (=量子力学流) の二元論的記述法で あることを最初に断っておく8 . ♠ 注釈 1.6. 「まえがき」で述べたように,本書の世界記述は「数量的世界記述 (= 科学的世界記述法)」のことである.したがって,数学はいつも基本的かつ不可欠 である.しかし,数学は,世界とは独立していて,極言すれば, (♯) 世界は無くても,数学は存在する (世界が無ければ, 物理学は存在しないが) と言える.すなわち,数学は世界記述の分類 ( (O) や (P1 )) 以前 (すなわち,科学 以前) の根源的学問である.これは当然のことで,ニュートン力学 (一元論) にも量 子力学 (二元論) にも,数学は不可欠である.

(O) と (P1 ) をあわせて,次を得る. {   一元論的・ ・ ・古典力学,電磁気学, ...   1 実在的記述法 ⃝    二元論的・ ・ ・量子力学  (P2 ) 世界記述 {     一元論的・ ・ ・未定 (1.2.2 節で議論)   2 言語的記述法  ⃝ 二元論的・ ・ ・未定 (1.2.3 節で議論) 上の「未定」の部分を説明するのが,以下の目的になる.

1.2.2

一元論的言語的記述法 (状態方程式法)

一元論的実在的記述法は,通常の「科学 (ニュートン力学や相対性理論等) の 記述法」として,よく知られている.一元論的言語的記述法は,正式には未定と 本書では考えるが (注釈 11.6),一応,(D) で述べたように,ニュートン力学の言 語的側面─状態方程式法─と考えて進めよう.当面の目的は,第 2 章の「言語 ルール 1(測定)」の説明なので, 「因果関係」に絡む部分は省略する.状態方程式 8 「物心二元論」, 「心身二元論」, 「量子論的二元論」等言い方はいろいろあるが (注釈 8.1),これ らの些細な違いを議論するのは無駄で,今だかつて一度も成功したことがないと考える.なぜなら ば,本書の主張は, 「本書で述べる二元論が,唯一の二元論」だからである.


1.2. 一元論と二元論

15

法のキーワードは, 「因果関係」なので,これを抜きに考えれば,一元論的言語的 記述法は以下のように単純なものになる. キーワードは,

(Q)

対象 (=物) と状態 (=性質)

で,一元論的言語的記述法は,次のような文言となる: 一元論的言語的記述法    ある対象は,ω という状態をもつ

この説明には,以下の幾つのかの例を列挙すれば十分だろう

(R1 )

このコップの中の水は温度 5 ℃である

⇒ [このコップの中の水という対象] は,[温度 5 ℃] という状態をもつ (R2 )

A 君の財布には 500 円ある ⇒ [A 君の財布という対象] は,[500 円] という状態をもつ.

(R3 )

この花は赤い

⇒ [この花という対象] は,[赤い] という状態をもつ (R4 )

このコップの中の水は冷たい ⇒ [このコップの中の水という対象] は,[冷たい] という状態をもつ

ここで,特に,注目するのは (R1 ) と (R2 ) で,(R3 ) と (R4 ) は後の二元論的記 述法の説明の準備として記した. 状態 ω はいろいろと変化する可能性があるわけで,いろいろな可能な状態の 全体の集合を,状態空間と呼び,Ω と書く.たとえば,

(R′1 ) (R1 ) の場合は,水温の状態は,0 ℃から 100 ℃まで変化するとして,状態 空間 Ω = 閉区間 [0, 100] = {ω | 0 5 ω 5 100} である. (R′2 ) (R2 ) の場合は,小数単位のお金は考えないとして,状態空間 Ω = {0, 1, 2, . . .} である

♠ 注釈 1.7. 諸科学に深く携わっている読者がいたとしても,


第1章

16

量子論生まれの測定理論

(♯) 「実在的方法か? 言語的方法か?」や「一元論か? 二元論か?」 の議論に馴染みがないと思う.その理由は,(F1 ) で述べたように,諸科学の基盤 を形成するはずの統計学・動的システム理論の性格が曖昧のままにされてきたから である.すなわち,(L2 ) で述べたように,上の (♯) の議論も省略されてしまったか らである.そうだとすれば (すなわち,今までに,統計学・動的システム理論にお いて,この (♯) が明確に議論されなかったとしたら),諸科学における「一元論的言 語的○○記述法」は未だ正式には確立されていないことになる.強いて言えば,本 節のように「状態方程式法」となるが,これを正式とは思わない (注釈 11.6).本 節の議論は,次節 (1.2.3 節) の二元論的言語的方法 (=測定理論) の説明のための 暫定的なものと理解した方がよい.

1.2.3

二元論的言語的記述法 (=コペンハーゲン解釈による測定 理論)

量子力学は二元論的物理学 (二元論的実在的世界記述法) で,しかも,測定理 論は「量子力学の言語化 (=ことわざ化,法則の形骸化・呪文化)」なので,測定 理論は二元論的言語的世界記述法となる. 前節で述べた一元論的言語的記述法は単純であったが,二元論的言語的記述法

(測定理論による記述法) は,結構,厄介になる.(K) と (J1 ) を再掲すると,測 定理論は次のような構造を持つ: [言語ルール 1]

(K)

[言語ルール 2]

測定理論 := 測定 (J1 ) + 因果関係 (J2 ) (科学言語)

測定理論のキーワードは, 「測定」と「因果関係」の 2 つで, 「因果関係」を抜い ても「測定」が残る. 「測定」の内訳は以下の言葉となる:

(J1 ) 測定 ( その内訳は,測定者,測定対象,状態,観測量 (≈ 測定器),測定 値,確率). このように,一元論に比べて,キーワードの数はかなり多くなる. 「測定」は,二元論の中で,初めて理解できる概念なので,すこし詳しく説明 しよう.測定のイメージは,図 1.1 の通りである. すなわち,測定のイメージとしては,

(S1 ) ⃝a 測定者が測定対象に干渉する b 反応を測定器 (感覚器も含む) を通して,脳で感知すること ⃝


1.2. 一元論と二元論

17

(測定者)

(測定対象,システム)

[観測量・測定器] a 干渉する ⃝

[測定値] (脳で感知)



-

[状態]

b 反応が返って来る ⃝

図 1.1: 測定のイメージ図 と思えばよいだろう. 「干渉する」は,例えば, 「光を当てる」と思えばよい.す なわち, 「測定者」と「測定対象」との相互作用が測定である.ただし,

(S2 ) 測定理論では,この相互作用のことは,表立っては言わない a と⃝ b は書 したがって,混乱を避けるためには,イメージ図 1.1 で,相互作用⃝

かない方がよかったかもしれないが, 「表立っては言わない」を強調するために, 敢えて書いた.

(S2 ) 以外にもいろいろな注意点があるが,以下に「コペンハーゲン解釈」,す なわち,

(T) コペンハーゲンのボーア研究所で─ボーア (1885 年–1962 年) と彼の下に 集まったハイゼンベルグらの俊英たちによって─徐々に形成され,最終的 にはフォン・ノイマン (1903 年–1957 年) が [28](1932 年) で仕上げたとさ れている量子力学 (H) の解釈の仕方 としてまとめておく.説明が十分でない部分は,参照すべき節を示してある. た だし, 上述 (T) のコペンハーゲン解釈は物理学であるが, 本書のコペンハーゲン 解釈は言語 (言語ルール 1 と言語ルール 2) の使い方の指針であって全くの別物 であることに留意してもらいたい(後述の注釈 1.8 参照)9 . 9 まだ準備が十分にされていないので,ここでは, 「量子力学から測定理論へ遺伝」と書くしかな いが,[脚注 1] の「むしろ,測定理論の方が基本的」に徹するならば, 「測定理論から量子力学へ遺伝」 と書くべきで,これが本書の公式見解となる (注釈 3.6,9.3 節).また, 「コペンハーゲン解釈」の解 釈には幅があって (たとえば,射影仮説を採用したり,しなかったり), 唯一に決定しているというわ けではない.ここに書いた [(U1 )–(U7 )] は,物理学のコペンハーゲン解釈からヒントを得て作り上 げた「著者流のコペンハーゲン解釈」(すなわち, 「量子力学の言語的解釈 (cf. [6, 7, 9])」) である.


第1章

18

量子論生まれの測定理論

測定理論のコペンハーゲン解釈

(U1 ) 「我 (=測定者)」と「物 (=測定対象)」の2つから成る二元論で,当然, 「我 (=測定者)」と「物 (=測定対象)」を混同してはならない (本節,5.3.2 節). 喩えて言うならば, 「観客は舞台に上がらない」である. (U2 ) 「物 (=測定対象)」の方には,時間・空間を想定するが, 「我 (=測定者)」に は,時間・空間を想定しない.したがって,測定理論には, 「時制」の概念が ないので,測定理論で記述される諸科学にも「時制」の概念はない (2.3.3 節,6.4.1 節).

(U3 ) (=(S2 ))

測定は, 「我 (=測定者)」と「物 (=測定対象)」の相互作用とイメージして もよいが,相互作用のことを陽には言わない (本節,3.4 節).

(U4 ) 測定は一回だけしかできない (2.5 節). しかも,測定後の状態は考えない. (U5 ) 測定なくして,確率なし (2.2 節,注釈 4.7). (U6 ) 観測量が先で,状態が後,すなわち,観測量は状態より優先する. (U7 ) 状態は変化しない (6.4.1 節) 等である.他にも,3.3.1 節 (e2 ),6.4.3 節 ( f3 ) 等があって雑多な感じがするか もしれないが,それは「公理・ルール」というより「言語ルールの使い方の指示」 であるためである. 二元論的記述法 (=測定理論的記述法) による「測定」の言語ルールは,コペン ハーゲン解釈の下に,以下のように述べることができる 言語ルール 1(測定)  プロトタイプ   測定者が,ω という状態をもつ測定対象に対して,観測量 O を ( ま たは,測定器 O で),測定したとき,測定値 x を得る確率は P である. ここで, 「測定者=記述者=我」(すなわち,測定者の立場で,記述すること) に注 意されたい. コペンハーゲン解釈 [(U1 )–(U7 )] の指示のもとに,文言ルールを手本にし て,諸科学を記述せよ


1.2. 一元論と二元論

19

と測定理論は主張する.

♠ 注釈 1.8. 上記をまとめると,(M2 ),すなわち, ((J) の言葉は実体と結合)

((J) の言葉は実体と独立) ことわざ化

(M2 ) 量子力学 (H);物理学 −−−−−−−−−→ (コペンハーゲン解釈)

物理法則の形骸化

測定理論 (K);言語 (著者流のコペンハーゲン解釈 [(U1 )–(U7 )])

なので,

(♯) コペンハーゲン解釈 [(U1 )–(U7 )] は,量子力学 (H) と測定理論 (K) で共通 となると思えばよい.

たとえば,二元論的言語的記述法の一番簡単な例を述べると,

(V) 測定者が [15.3 cm の長さ] という状態をもつ [鉛筆という測定対象] に対し て,正確な測定器の物差し O で測定したとき,測定値 [15.3 cm] を得る確 率は [1] である となる.ここで,状態 ω が変化する可能性のある領域全体を状態空間と呼び,Ω と書く (前節の一元論的記述と同様である).また,測定器の測定可能な領域全体 を測定値空間と呼び,X と書く.5 cm から 30 cm までとするならば,状態空間

Ω = [5, 30] (= 区間 5 5 ω 5 30) とすればよい.また,0 cm から 50 cm まで測 定可能な物差しを想定するならば,測定値空間 X = [0, 50] とすればよい. 上の文言 (V) は「正確な測定」を想定したものであったが,測定理論では, 「不 正確な測定」を考えることが多い.これを次の例で述べよう. 例 1.1. [コップの水の温度]

いろいろな温度 ω ℃ (0 5 ω 5 100) のコップの

水 (お湯) を,多くの被験者に飲んでもらって, 「熱いか?冷たいか?」を二者択一 のアンケート形式で質問する.そして,得られたデータ (たとえば,g冷 (ω) 人が 「冷たい」,g熱 (ω) 人が「熱い」と答えたとする) を正規化と,折れ線化により, 以下の f冷 (ω) = g冷 (ω)/被験者数 と f熱 (ω) = g熱 (ω)/被験者数 を得たとしよう.

f冷 (ω) =

   1 (70 − ω)/60   0

f熱 (ω) = 1 − f冷 (ω)

(0 5 ω 5 10) (10 5 ω 5 70) (70 5 ω 5 100)


第1章

20 f冷

量子論生まれの測定理論

f熱

1

0℃

10 ℃

20 ℃

30 ℃

40 ℃

50 ℃

60 ℃

70 ℃

80 ℃

90 ℃

100 ℃

図 1.2: 冷たいか? 熱いか?  したがって,たとえば,

(W1 ) 多くの被験者の中から一人を選んで,55 ℃のコップの水が「熱いか?冷た [ ] 冷たい いか?」を二者択一で質問すれば,その被験者が と答える確 熱い [ ] f冷 (55) = 0.25 率は である. f熱 (55) = 0.75 この事実・現象を,二元論的記述法 (=測定理論的記述法) で書くことを以下に 考える. 状態空間を Ω = 区間 [0, 100] として,測定値空間を X = { 冷, 熱 } とする.こ こで,次のような「冷熱-測定器」を考えよう:

[

]

(W2 ) 温度 ω ℃の水 (お湯) に,その測定器を入れると,表示板に が表示 熱 [ ] f冷 (ω) される割合 (すなわち, 「比」) が, であるような冷熱-測定器を f熱 (ω) 考える.この冷熱-測定器を O = (f冷 , f熱 ) と記す. もちろん,このような「冷熱-測定器」を工学的に作ることは,乱数発生回路を 用いれば,容易である.ここで,

(W3 ) 「多くの被験者の中から一人を選んで,55 ℃のコップの水が『熱いか?冷 たいか?』を質問すること」を測定と見なせば, 「冷熱-測定器 O による測 定」と同じである.すなわち,この「多くの被験者の中から・ ・ ・ ・ ・ ・質問す ること」が長い文言なので,それを略して, 「冷熱-測定器 O による測定」 と書いただけのことと思えばよい. したがって,日常言語の文言 (W1 ) を測定理論の言葉で表現すれば,


1.2. 一元論と二元論 (W4 ) 測定者が,

21

[55 ℃]

(状態 (= ω ∈ Ω) )

[

で,[調べた]ら,測定値 (測定)

に対して,[冷熱 − 測定器]

[コップの水] (システム (測定対象))

冷 熱

]

[

を得る確率は

測定器 O=(f冷 ,f熱 )

f冷 (55) = 0.25 f熱 (55) = 0.75

]

である

となる.上で,

(Wa5 ) (J1 ) の言葉がすべて使われていること (Wb5 ) コペンハーゲン解釈 [(U1 )–(U7 )] に基づいていること ((U2 ),(U6 ),(U7 ) は積極的に使われていないが,後で (特に,言語ルール 2(第 6 章) との関 係で) 使う) に注意せよ. この例は,次章 (例 2.7) でもう一度議論する.

♠ 注釈 1.9. 「観測量」と「測定器」について多少のことを説明しておく.「観測量= ( ) 言葉の仕切り」と思えばよい.たとえば,図 1.2 を見れば, f冷 , f熱 は, 「冷たい」 と「熱い」という言葉の仕切りを表しているとも言える.測定器は, 「言葉の仕切 り」を測定する装置 (すなわち,仕切られた言葉たちから,一つの言葉を選び出す 装置) である.したがって, 「観測量 ̸= 測定器」であるが, (♯)

観測量 O を測定する=測定器 O で測定する

なので,この (♯) の意味で, 「観測量=測定器」と思ってもよい.ただし, 「測定器」 と言うと,工学モデルに限定しているようなニュアンスがあるので,本書では「観 測量」を多用するが,最初は「測定器」の方がわかりやすいかもしれない.また, イギリス経験論の父であるジョン・ロック (1632 年–1704 年) のアイデアとされて いる「第一次性質」と「第二次性質」は有名であるが (高校の「倫理」の教科書参 照),これらのそれぞれが測定理論の「状態」と「観測量」に対応していると思え ばよい.もちろん,ジョン・ロックの「第一次性質・第二次性質」が有名なのは, この言葉が二元論の根幹を形成しているからである.

1.2.4

一元論 vs. 二元論

二元論的記述法は,一元論的記述法と比べて,かなり面倒であることがわかっ たと思う.ここで,前に述べた例 ((R3 ) と (R4 )) を思い出そう.再度述べると,

(R3 )

この花は赤い

⇒ [この花という対象] は,[赤い] という状態をもつ」


第1章

22 (R4 )

量子論生まれの測定理論

このコップの中の水は冷たい

⇒ [このコップの中の水という対象] は,[冷たい] という状態をもつ である.一元論的記述法では,このように表現するしか方法がないのであるが, 多少「不自然」に感じると思う.二元論の観点からすると,この「赤い」(とか 「冷たい」) は,実は, 「状態」ではなくて, 「測定値」と思う方が,自然な場合が 多いからである.通常の科学 (一元論的記述の科学) では, 「この水の温度は,55 ℃である」 と言うことはあっても,滅多に, 「この水は,熱い」 というような文言が現れないのは,この理由による. 「この水は,熱い」は,一元 論的記述法では記述できない文言で,二元論的記述法で初めて文言 (W4 ) のよう に記述できる.すなわち,二元論的記述法は, 「状態 (=測定対象の本来の性質, 真の値)」と「測定値 (=脳で感知する値)」を明確に区切って議論できて, 一元論的記述法に比べて,二元論的記述法は,状況を正確に表現し,しか も,記述の範囲を大幅に拡大させる可能性を持っている. と言える.こう考えて,科学の二元論化 (=二元論的記述) に突き進むのが,測定 理論である.誤解され勝ちなことなので,念を押すと, 「心は,物質の原理では解 明できない」と思って二元論を採用するのではなくて,記述法として,二元論を 採用するのである.

♠ 注釈 1.10. 「一元論 vs. 二元論」の決着を知りたいかもしれない.物理学では, アインシュタイン–ボーア論争が, 「一元論 [18]vs. 二元論 [15]」の嚆矢で,未だ決着 していない,と言うより,相対性理論と量子力学の整合性は現代物理学最大の問題 である.しかし, (♯1 ) 世界記述の分類 (第 1 章 (O) ) の言語的方法 (したがって,諸科学) において は,測定理論によって,二元論に決着したと考える.もうすこし正確に言う ならば, 「一元論的言語的○○記述法」というものが未だ確立されていないの だから (注釈 1.7), 「一元論 vs. 二元論」と言っても二元論の測定理論を選ぶ しかない


1.2. 一元論と二元論

23

というのが本書の主張となる.また,(F1 ) のような曖昧な立場のままならば,統計 学・動的システム理論は一元論とも二元論とも言えない.しかし,本書の主張 (L1) ─統計学・動的システム理論は測定理論の省略形─の下ならば,統計学・動的シス テム理論も (省略された) 二元論と見なすことは自然となる.ここまでの議論をま とめて次表をえる.

表 1.2: 実在的記述法・言語的記述法  一元論・二元論 一元論 ニュートン力学

実在的記述法

二元論 量子力学

(実在的科学観;唯物論) (電磁気学,相対性理論・ ・ ・)

言語的記述法

状態方程式法

(言語的科学観;観念論)

(注釈1.7)

測定理論

したがって,測定理論は「二種類のトンデモ性」を持つことになる.すなわち, 「観 念論=言語的科学観;(8.1 節)」と思って, { 観念論 ・ ・ ・言語的科学観 (♯2 ) 測定理論の「トンデモ性」 二元論 ・ ・ ・コペンハーゲン解釈 となる.

♠ 注釈 1.11. ここで, 諸科学とは,何か? と問うかもしれない.正式には,この問い掛けに 8.1 節 (m) で答えるが,当面は, 「まえがき」の [脚注 3] で述べたように, 諸科学=工学 (=諸科学・工学) ぐらいの気分で読み進めればいいだろう.イメージ的には,

[工学] = [諸科学] + [機械化] だとしたら,以下のように多少の補足が必要かもしれない.たとえば, 心臓移植手術は,諸科学か? 工学か? を考えよう.心臓移植の技術は,最先端科学である.しかし,名人級の外科医がそ の技術を他の医者たちに,実際の手術を見せてながら日常言語で,伝えるのが普通 のやり方で,測定理論 (または,その省略形の動的システム理論・統計学) などは 必要ないと思うかもしれない.しかし,その技術をロボットに伝えるには (すなわ ち,心臓移植手術ができるロボットを作るには),測定理論が必要となる.遠い将 来の話かもしれないが,そのようなロボットは確実に実現されると思う.そうだと すると, 「心臓移植の技術」は現代科学の最先端かもしれないが,工学の一分野とし て見た場合は,未だ揺籃期と考える.


第1章

24

1.3

量子論生まれの測定理論

日常言語という無法地帯

さて, 日常言語は,人類最大の発明である ことには,誰しも異論はないだろう.しかし,日常言語は何もかも取り込んでし まう捉えどころがない曖昧模糊かつ奇々怪々なモンスター言語で,その枠組みは 明確とは言えない.したがって,数学言語,科学言語 (世界記述の言語) と日常 言語との関係について多少のことを述べる. たとえば,日常言語の文言 (R1 ),(R2 ),(W1 ) 等の中には, 「数学」が含まれて いると考えてもいいだろう.また,ギリシャ語の「ロゴス」という語には, 「論 理」と「言葉」の両方の意味がある.そうならば, 「(数学+言葉)⊂ 広義の日常言 語」と考えて, 「広義の日常言語」を,数学を包含し,しかも, 「世界記述 (第 1 章

(O)) 」以前の根源的な言語と考えたい. そうならば,世界記述以前の広義の日常言語と世界記述法の関係は次のように なる.すなわち,

(X1 ) 広義の日常言語と世界記述法の関係: (数学を包含する日常言語)

0 広義の日常言語 =⇒ 世界記述 ⃝ (世界記述 (=科学) 以前)

 1 実在的方法 (ニュートン力学等)  ⃝

(第 1 章 (O)) 

2 言語的方法 (測定理論) ⃝

となり,したがって,

(X2 )

0 を前提にして成立している すべての科学は,広義の日常言語⃝

と考えてもよいだろう10 . しかし,日常言語は,科学のために作られたわけでないことは当然のことで, 広義の日常言語の枠組みは明確でない.更に言うならば,日常言語にルールが あったとしても,複雑すぎてそれを書き下すことなど不可能なのだから,日常言 語は謂わば無法地帯・無秩序言語と言ってもよい.そうであったにせよ, 0 広義の日常言語」の中に,文言 (R1 ),(R2 ),例 1.1 の文言 (W1 ) や更 (X3 ) 「⃝ に,小学生の文章題 (鶴亀算, 旅人算等), 統計学・動的システム理論 等 が, 「何となく」埋没している

10 日常言語の枠組みが曖昧なので,この (X ) は気分的な図式に過ぎない (たとえば, 1 ∪ ⃝) 2 ⊂ 「(⃝ 1 [日常言語]」という考えも一理ある (8.3 節)).しかし,本書では,この (X1 ) を何度も繰り返し引用 するので (索引の「第 1 章の (X1 )」を参照せよ),徐々に (X1 ) の意味は明確になるだろう.


1.3. 日常言語という無法地帯

25

と考えることは,一理ある. しかし,測定理論は,単純なルール (言語ルール 1 と言語ルール 2) から構成 されていて,枠組みが明確な科学言語なので,本書の立場は, 0 広義の日常言語」ではなくて,明確な「⃝ 2 測定 (X4 ) 可能な限り,曖昧な「⃝

理論」からスタートする である.たとえば,例 1.1 の中の日常言語の文言 (W1 ) を測定理論の文言 (W4 ) に書き換えたように,この精神 (X4 ) の下に,本書では,上の ( X3 ) の (♯) ─小 学生の文章題 ( 鶴亀算,旅人算等),統計学・動的システム理論─を,(X1 ) の測 2 で記述する.そして,このような「言い換え」の演習を通して, 定理論⃝

(X5 ) 諸科学の基盤を形成する学問として,測定理論という形而上学を確立する (すなわち, 諸科学を記述するための言語として, 測定理論という言語を確 立する). 同じことを言い切ってしまうならば, 測定理論は,諸科学を記述するための特製の言語で,また逆に,諸科 学とは,諸現象を測定理論で記述することである を主張する ことが本書の目的となる.

♠ 注釈 1.12. ここで, 何のために,( X5 ) を主張する必要があるのか? と問うかもしれない.しかし.この答えは,注釈 1.11 でほぼ答えた.すなわち, 測定理論は,世界記述のための─数量化・機械化・自動化のための─言語 だからである.諸科学 (経済学,医学,農学等) に名人芸が必要なときは,未だ揺 籃期で,(コンピュータ,ロボット等で) 機械化・自動化されて初めて成熟の域に達 すると考える.したがって, 計量心理学,数理経済学,金融工学,認知科学,経営工学,医用工学,教育 工学,人間工学,..... 等に対していろいろな意見があるとしても,その方向性は,諸科学の本来の在り方 と考える.そうだとしたら,再度

(A1 ) 測定理論─量子力学の言葉づかいを模倣した言語体系─が,なぜ成立するの か? 測定理論とは別の有力な方法があるのか?


第1章

26

量子論生まれの測定理論

と問い掛けたくなると思うが,前にも言ったように,著者はこの解答を知らない. また,(X1 ) に「究極の目的」を添え書きして,  1 万物の理論 (実在的科学観)   ⃝  (数学を包含する日常言語)  (神が創ったものを解き明かす理論) 0 広義の日常言語 ⇒ 世界記述 (X1 ) ⃝ (第 1 章 (O))  (第 1 章 )  2 測定理論 (言語的科学観)  (世界記述 (=科学) 以前)  ⃝ (科学者並みのロボットを作るための言語)

と考えることは,測定理論の理解を促進するだろう.

  最後に, 「本書のガイド」で述べた「測定の分類 (Y)」を再確認しておく.

           (Y)

測定理論

量子測定理論

(科学言語)   古典測定理論 

      

:第 3章 {   純粋型 : 第 II 部 (第 2–9 章)  連続型    混合型 : 第 II 部の 4.4 節  {    純粋型 : 第 IV 部 (第 10,11 章)    有界型 混合型 : 注釈 11.3


第 II 部

古典測定理論─連続・純粋型


29

第 2 章 言語ルール 1 ─ 測定 第 II 部では,1.3 節の測定理論の全体図 (Y) の中の連続・純粋型の古典測定理論を 扱う.これは次のように定式化され, [言語ルール 1]

測定理論 := (科学言語)

測定 [確率解釈]

[言語ルール 2]

+

因果関係 [ハイゼンベルグ描像]

測定理論は 言語ルール 1 と言語ルール 2 の「言葉遣い」を手本にして諸科学を記述せよ と主張する.本章では,測定に関する言語ルール 1 の数学的定式化を行なう.因果 関係に関わる言語ルール 2 は第 6 章で論ずる. 数学用語は「付録 B」にまとめておいたが,簡単な例を多く述べるので,細部に拘 泥することなく読み進めていただきたい. 「まえがき」で述べたように,理数系の大 学 3 年までの素養があれば,定理の証明まで込めて,完全に理解できることは実証 済みである.

2.1 2.1.1

古典純粋測定 状態と観測量─第一次性質と第二次性質─

科学哲学— 科学の形而上学的側面の研究— を数式なしで済ませることはでき ない. 仮にそのような試みがあったとしても, その主張が科学者の興味を引き付 けたことは一度もないと考える. したがって,本節 (2.1.1 節) では,多少の数学 的準備をする.本節を飛ばして次節 (2.1.2 節) から読み始めてもよいが,一応, 目を通した方が後が楽である. 本書全体を通して,自然数全体の集合を N = {1, 2, 3, . . .},非負整数全体の集 合を N0 = {0, 1, 2, . . .},整数全体の集合を Z = {0, ±1, ±2, . . .},実数体 (実数全 体の集合) を R と書く. 集合 X の部分集合全体の集合 (すなわち,X のベキ集 合) を,P(X) または 2X と記す.すなわち,

P(X) = 2X = {Ξ | Ξ ⊆ X}


第2章

30

言語ルール 1 ─ 測定

とする. 本書では,X が高々加算集合 (すなわち,有限集合,または,X =

{x1 , x2 , . . .} のような無限集合) の場合に,ベキ集合 P(X) を 2X と書くことが多 い (付録 B.1 節 (B)). Ω を局所コンパクト空間 ( 付録 B.3 節 (E) ) とする.本書では,簡単な局所コ ンパクト空間 Ω しか扱わない.たとえば,自然数全体の集合 N,実数全体の集 合 R やその部分集合である区間などを考える.もちろん,2 次元空間 (=平面)R2 も局所コンパクト空間になる.また,集合 Ω に,離散距離 dD を, { 1 (ω ̸= ω ′ ) dD (ω, ω ′ ) = 0 (ω = ω ′ )

(2.1)

と定めれば,Ω は局所コンパクト空間となる.これを離散距離空間 ( 付録 B.2 節

(C) ) と呼ぶ.特に,Ω が有限集合のときは,通常は,離散距離空間と見なす. 集合 C(Ω) を複素数値有界連続関数 f : Ω → C の全体,すなわち, C(Ω) = {f | f は Ω 上の複素数値連続関数で, ∥f ∥C(Ω) < ∞ を満たす } とする1 .ここに,ノルム ∥f ∥C(Ω) は,集合 {|f (ω)| ∈ R | ω ∈ Ω} の上限 (付録

B.2 節 (B)),すなわち, ∥f ∥C(Ω) = sup |f (ω)|

(2.2)

ω∈Ω

によって定める.このノルムの下に,ベクトル空間 C(Ω) はバナッハ空間 ( 付録

B.6 節 (A)) となる. 当面の目標は,2.3 節のいくつかの「測定」の例を読むことである.したがっ て,もう一度,念を押すが,数学用語で止まらないで,2.3 節まで一気に読み進 めてもらいたい. 定義 2.1. [観測量 (observable),状態空間 (state space),状態 (state),測定値空 間 (measured value space),測定値 (measured value)] 3 つ組 O=(X, F, F ) は, 次の条件 (i) と (ii) を満たすとき,C(Ω) 内の観測量 (=測定器) と呼ばれる:

(i) X を集合,F (⊆ P(X)={Ξ | Ξ ⊆ X}) をその集合体とする (付録 B.5 節 (A)).すなわち, (a) : ∅(= 空集合) ∈ F, X ∈ F, 1 「有界 (bounded)」を強調するために,C(Ω) でなくて,C (Ω) と書く方が普通かもしれない b が,本書では,C(Ω) とした.


2.1. 古典純粋測定

31 (b) : Ξi ∈ F

(i = 1, 2, . . . , n) =⇒

n ∪

Ξi ∈ F

i=1

(c) : Ξ ∈ F =⇒ X \ Ξ ∈ F を満たすとする.ここに X は全体集合なので,X \Ξ(= {x | x ∈ X, x ∈ / Ξ}) は Ξ の補集合 Ξc である.また,2 つ組 (X, F) を可測空間 ( 付録 B.5 節

(A)) と呼ぶ.

(ii) 写像 F : F → C(Ω) は次を満たす:2 (a) 0 5 [F (Ξ)](ω) 5 1

(∀ω ∈ Ω, ∀Ξ ∈ F)

(b) [F (∅)](ω) = 0 かつ [F (X)](ω) = 1

(∀ω ∈ Ω)

(c) Ξ を F の任意の元とし,Ξ の任意の可算分割 {Ξ1 , Ξ2 , . . . , Ξn , . . .} ∞ ( ∪ すなわち,Ξ = Ξn ,Ξn ∈ F, (n = 1, 2, . . .),Ξm ∩ Ξn = ∅ (m ̸= n=1 ) n) に対して,次の完全加法性が成立する. [F (Ξ)](ω) = lim

N →∞

N ∑

[F (Ξn )](ω) (∀ω ∈ Ω)

(2.3)

n=1

すなわち,任意の ω ∈ Ω に対して,三つ組 (X, F, [F (·)](ω)) は確率空間

( 付録 B.5 節 (B)) になる3 . C(Ω) を基本代数と呼ぶ.また,Ω を状態空間,その元 ω(∈ Ω) を状態と呼び, また,X を測定値空間,その元 x(∈ X) を測定値と呼ぶ. 状態 ω を固定したとき,三つ組 (X, F, [F (·)](ω)) はサンプル確率空間 (sample probability space) と呼ばれる.

2 (∀ω ∈ Ω) は (for all ω ∈ Ω) ( つまり, 「Ω の任意の元 ω に対して」」) の意味.また [ · ] は 「大括弧」の意味で, 「ガウス記号 (すなわち,小数の整数部分を表す記号)」ではない. 3 正確に言えば, F = 「F を含む最小の σ-集合体 (X, F, [F (·)](ω))」として, (X, F, [F (·)](ω)) は確率空間になる (Hopf の拡張定理より (cf. [8]). 連続型測定理論 ( 第 II 部) は,測定理論の本質 N ∑ )」は相性がよいとは言 を大雑把に掴むのには適しているが,C(Ω) と「完全加法性 (limN →∞ n=1 ∑N えない.したがって,連続型測定理論では, 「有限加法性 ( n=1 )」を仮定する方が本筋かもしれな いが,有界型測定理論 ( 第 IV 部) の準備の意味もあって, 完全加法性を採用した.また,局所コン パクト空間 Ω をコンパクト化 ( cf. [29]) して,最初から Ω をコンパクト空間とした方が理論とし てはすっきりするが,応用を考慮して,Ω を局所コンパクト空間とした.


第2章

32

言語ルール 1 ─ 測定

♠ 注釈 2.1. 関数空間 C(Ω) は,簡単すぎると思うかもしれない.しかし,関数空間 C(Ω) (第 IV 部では L∞ (Ω, ν) ) は,量子力学からの必然として決定されて ( cf. [5, 25] ),これ以外の関数空間を考えることは,禁忌である.測定理論は, 「量子力 学の言語的側面」なので,もし測定理論を改良・拡張しようとするならば,量子力 学 ( cf. [28] ) を改良・拡張しなければならない.したがって,測定理論を改良・拡 張することはほぼ不可能な試みと考える (第 1 章の (F′3 )).

2.1.2

観測量の例

本節では,観測量の例をいくつか述べる. 例 2.2. [存在観測量 (existence observable)] X を任意の集合とする.C(Ω) 内 の観測量 O存 = (X, {∅, X}, F 存 ) を次のように定める:

[F 存 (∅)](ω) = 0,

[F 存 (X)](ω) = 1

(∀ω ∈ Ω)

この O存 = (X, {∅, X}, F 存 ) を存在観測量と呼ぶ.さて,C(Ω) 内の任意の観測 量 O = (X, F, F ) を考えよう.定義 2.1 から,{∅, X} ⊆ F (しかも,{∅, X} は F の部分 σ− 集合体) で,しかも,

[F (∅)](ω) = 0,

[F (X)](ω) = 1

(∀ω ∈ Ω)

となる.したがって,(X, {∅, X}, F 存 ) = (X, {∅, X}, F ) となり,任意の観測量

O = (X, F, F ) は,存在観測量 O存 を必ず含むことになる. 例 2.3. [1 の分解 (言葉の仕切り)]

関数族 {fx }x∈X が,状態空間 Ω 上の 1 の

分解であるとは,次を満たすときを言う:

X = {x1 , x2 , . . . , xn } は有限集合.各 xk (∈ X) に対して,関数 fxk (∈ C(Ω)) が定まって,次の (i) と (ii) を満たす:

(i) 0 5 fxk (ω) 5 1 n ∑ (ii) fxk (ω) = 1

(∀xk ∈ X, ∀ω ∈ Ω) (∀ω ∈ Ω)

k=1

さて,ここで,各 Ξ(∈ 2X ) に対して,F (Ξ)(∈ C(Ω)) を ( ) ∑ ∑ [F (Ξ)](ω) = fx (ω) = fxk (ω) x∈Ξ

k∈{k | xk ∈Ξ}

(∀ω ∈ Ω)


2.1. 古典純粋測定

33

と定める.このとき,O = (X, 2X , F ) は C(Ω) 内の観測量になる.また,逆に,

C(Ω) 内の観測量 O = (X, 2X , F ) において,X が有限集合ならば,任意の x (∈ X) に対して,関数 fx (∈ C(Ω)) を, fx (ω) = [F ({x})](ω)

(∀ω ∈ Ω)

と定めれば,関数族 {fx }x∈X は, Ω 上の 1 の分解となる.このとき,関数族

{fx }x∈X を観測量 O = (X, 2X , F ) の 1 の分解表現 (または,言葉の仕切り表現) と呼ぶ. たとえば,図 2.1 は,X = {x1 , x2 , x3 } の場合の 1 の分解 {fx1 , fx2 , fx3 } の例 である.

1 fx1 (ω)

fx2 (ω)

fx3 (ω)

0

Ω 図 2.1: 1 の分解 {fx1 , fx2 , fx3 }

図 2.1 で,Ω = [0, 100] を温度の軸,X = { 冷, 温, 熱 } として,fx1 = f冷 ,

fx2 = f温 ,fx3 = f熱 と見れば,1 の分解 {fx1 , fx2 , fx3 } は, 「冷,温,熱」の 3 つの言葉の仕切りであることがわかると思う. また,

F(= 2X ) = {∅, {x1 }, {x2 }, {x3 }, {x1 , x2 }, {x2 , x3 }, {x1 , x3 }, X} として,

[F (∅)](ω) = 0, [F (X)](ω) = fx1 (ω) + fx2 (ω) + fx3 (ω) = 1 [F ({x1 })](ω) = fx1 (ω), [F ({x2 })](ω) = fx2 (ω), [F ({x3 })](ω) = fx3 (ω) [F ({x1 , x2 })](ω) = fx1 (ω) + fx2 (ω), [F ({x2 , x3 })](ω) = fx2 (ω) + fx3 (ω)


第2章

34

言語ルール 1 ─ 測定

[F ({x1 , x3 })](ω) = fx1 (ω) + fx3 (ω) と定めれば,C([0, 100]) 内の観測量 (X, F(= 2X ), F ) を得る.

例 2.4. [約–観測量 (rounding observable)] たとえば,状態空間を閉区間 Ω =

[0, 100] (⊆ R) で定める.各 n ∈ N100 10 = {0, 10, 20, . . . , 100} に対して,(三角型) 連続関数 gn : Ω → [0, 1] を次のように定める (図 2.2):  (0 5 ω 5 n − 10)   0   ω − n − 10   (n − 10 5 ω 5 n) 10 gn (ω) = ω − n + 10   (n 5 ω 5 n + 10) −   10   0 (n + 10 5 ω 5 100)

1 g0

0

g10

g20

g30

g40

g50

g60

g70

g80

10

20

30

40

50

60

70

80

g90

90

(2.4)

g100

100

図 2.2: 約-観測量 当然,関数族 {g0 , g10 , g20 , . . . , g100 } は,閉区間 [0, 100] 上の 1 の分解となる.こ Y こで,測定値空間 Y を Y = N100 10 として,O約 = (Y, 2 , G約 ) を次のように定

める:

[G約 (∅)](ω) = 0, [G約 (Y )](ω) = 1 ∑ 100 [G約 (Γ)](ω) = gn (ω) (∀Γ ∈ 2N10 ) n∈Γ Y このとき,O約 = (Y (= N100 10 ), 2 , G約 ) を,C([0, 100]) 内の約-観測量と呼ぶ.

例 2.5. [精密観測量 (exact observable)]

Ω を状態空間とする.たとえば,Ω として,有限集合 {ω1 , ω2 , . . . , ωn } や自然数全体 N として.離散距離 dD を考え る.このとき,C(Ω) 内の観測量 O(e) = (Ω, 2Ω , F (e) ) を次のように定める: 定義 関数 χ を使って書くと (付録 B.2 節 (C)),


2.1. 古典純粋測定

35

[F (e) (Ξ)](ω) = χΞ (ω) =

 Ω   1 (ω ∈ Ξ(∈ 2 ))  

0 (ω ∈ / Ξ(∈ 2Ω ))

Ω が有限集合や自然数全体 N のときは,任意の関数 f : Ω → R は連続関数になる ので,O(e) は C(Ω) 内の観測量である.このような場合に,O(e) = (Ω, 2Ω , F (e) ) を C(Ω) 内の精密観測量と呼ぶ.

♠ 注釈 2.2. 上の例で,Ω = R (実数全体) のような場合は,Ξ が区間でも F (e) (Ξ) は連続関数にならないので,O(e) は C(R) 内の観測量と見なせない.測定理論に おいては,精密観測量は最も基本的な観測量であるべきなのに,それが観測量にな らない場合があるということは,連続型測定理論 (第 II 部) の大きな制約と言える. これは 第 IV 部「有界型測定理論」で解消されるが,連続型測定理論が測定理論の 基本であることには変わりはない.

例 2.6. [観測量でない例 (四捨五入)]

例 2.4 の (折れ線による) 約–観測量と似

ているが, 「四捨五入」を考えると,観測量ではなくなる.以下にこれを説明す る.閉区間 Ω = [0, 100] を状態空間とする.各 n ∈ N100 10 ={0, 10, 20, . . . , 100} に 対して,不連続関数 gn : Ω → [0, 1] を次のように定める:

   0 gn (ω) = 1   0

1 g0

g10

g20

(0 5 ω 5 n − 5) (n − 5 < ω 5 n + 5) (n + 5 < ω 5 100)

g50

······ 0

10

20

30

g80

g90

g100

······ 40

50

60

70

80

90

図 2.3: 四捨五入 Y ここで,O四五 = (Y (=N100 10 ), 2 , G四五 ) を次のように定める:

[G四五 (∅)](ω) = 0,

[G四五 (Y )](ω) = 1

100


第2章

36 [G四五 (Γ)](ω) =

gn (ω)

言語ルール 1 ─ 測定

(∀Γ ∈ 2Y = 2N10 ) 100

n∈Γ

このとき,gn は連続関数ではないので,三つ組 O四五 = (Y, 2Y , G四五 ) は C([0, 100]) 内の観測量でない.もちろん,この O四五 = (Y, 2Y , G四五 ) を観測量と見たいわ けであるが,このためには第 IV 部「有界型測定理論」が必要になる (注釈 2.2).

言語ルール 1 ─測定なくして科学なし

2.2

第 1 章で,概略を述べたように,測定理論は次のように定式化される.すな わち, [言語ルール 1]

測定理論 := (科学言語)

測定 [確率解釈]

[言語ルール 2]

因果関係

+

[ハイ���ンベルグ描像]

となる.以下に,測定に関する言語ルール 1 を説明する.なお,因果関係に関 する言語ルール 2(因果関係) は第 6 章で述べる. いかなるシステム (=測定対象) S も,ある基本代数 C(Ω) 内で定式化される. システム S の状態 (正確には,純粋状態) は,状態空間 Ω 内の点 ω で表現され る.観測量は C(Ω) 内の観測量 O = (X, F, F ) で表現される.また,

[ (a1 ) 測定者が,ω という状態をもつ測定対象に対して,

観測量 [O] を 測定器 [O] で

] 測定

する を略して4 ,

( ) (a2 ) 測定 MC(Ω) O, S[ω] を行う5 ( ) と言う.また,測定 MC(Ω) O, S[ω] により測定値 x (∈ X) を得る. 次の言語ルール 1 は,ボルンの量子力学の確率解釈から導出される.3.2 節で 述べることであるが, ことわざ化

量子力学 (ボルンの量子測定) − −−−−−−→ 古典測定理論 (言語ルール 1) (物理法則)

4 5

法則の形骸化

「観測量」と「測定器」については注釈 1.9 参照 S[ω] の「S 」は System の意

(言葉遣い)


2.2. 言語ルール 1 ─測定なくして科学なし

37

である. ,連続・純粋型の測定に関する言語ルール 1 は次のようになる.これは 前章で概略を述べた [言語ルール 1(測定) プロトタイプ] と殆ど同じなので,容 易に理解できると思う.もちろん,正式には,第 1 章の [コペンハーゲン解釈:

(U1 )–(U7 )] の下で理解されるべきである. 言語ルール 1(測定)  連続・純粋型

( ) ある基本代数 C(Ω) 内で定式された測定 MC(Ω) O=(X, F, F ), S[ω] を ( ) 考える.測定 MC(Ω) O, S[ω] により得られる測定値 x (∈ X) が,Ξ (∈ F) に属する確率は,[F (Ξ)](ω) で与えられる. ( ) 測定 MC(Ω) O=(X, F, F ), S[ω] を省略しないで書けば,言語ルール 1 は, (b) 測定者が,状態 ω(∈ Ω) をもつ測定対象 S[ω] に対して,C(Ω) 内の観測量 O=(X, F, F ) を測定するとき,測定値 x(∈ X) が Ξ(∈ F) に属する確率は [F (Ξ)](ω) である となり,この文言 (b) を手本にして,諸科学を記述せよ,と測定理論は主張す る.すなわち,言語ルール 1 のキーワードは,

(c) 測定,測定者,システム (測定対象),状態,観測量,測定値,確率, で,これらのキーワードの使い方は,言語ルール 1 の文言を手本にせよ,である. 言語ルール 1 内のキーワード (すなわち,(c) 内の言葉) が,実際に何を意味す るのかは明示されていないので,言語ルール 1 は実験検証できない.すなわち,

(d) 言語ルール 1(測定) は,形而上学的文言 (=実験検証できない) ─「言葉 が先,世界が後」の方法 (すなわち実体を後付けする記述法) ─である. 物理学が,実在的方法─実体が先にあって,それに言葉を貼り付ける記述法─で あるのと,対照的であることは注意すべきである.多くの読者は言語的方法に馴 染みがないかもしれないが, 「言葉が先,世界が後」とか「実体を後付け」の意味 は,以下のいくつかの例を読み進めれば,自ずと明瞭になるはずである. ともかく,これで,世界記述 ( 第 1 章 (O) ) の 2 つの分類─「実在的方法」と 「言語的方法」─を主張できることになる.


第2章

38

言語ルール 1 ─ 測定

♠ 注釈 2.3. 形而上学に失敗の歴史があるとするならば,高尚な気分になってしまっ て (すなわち,形而上学が「使い出の学問」であることを忘れて), (♯) (c) の言葉の意味は何か? に真摯に答えることを試みてしまった場合である. 「○○とは,何か?」は魅力的な 問い掛けであるが,これに嵌ると, 「広辞苑的解答 (または,金言的定義) 」に満足 することになって袋小路に入ってしまう. 重要なことは, 「(b) の言葉の使い方 (言語ルール 1)」である. 「○○とは,何か?」 に答えなくても,訓練すれば「○○という言葉」を使いこなす言語能力が人間に備 わっているという前提の下に,測定理論という形而上学が成立する.大成功した 形而上学である数学 (=集合論) も, 「○○とは,何か?(すなわち, 「集合とは,何 か?」)」に関わらないことに注意すべきである.

次の例は,例 1.1 とまったく同じものを,言語ルール 1 の下に書いたに過ぎ ない. 例 2.7. [コップの水の冷・熱の測定 (例 1.1 の続き)]

例 1.1 では,状態空間

Ω = 区間 [0, 100](⊂ R),測定値空間 X = { 冷, 熱 } として,冷熱-測定器を O = (f冷 , f熱 ) とした.すなわち,関数 f冷 : Ω → [0, 1] と f熱 : Ω → [0, 1] を次のよう に定めた:   (0 5 ω 5 10)  1 f冷 (ω) = (70 − ω)/60 (10 5 ω 5 70)   0 (70 5 ω 5 100) f熱 (ω) = 1 − f冷 (ω) .さて,基本代数 C(Ω) 内の観測量 O冷熱 = (X, 2X , F冷熱 ) を次のように定める:

[F冷熱 (∅)](ω) = 0,

[F冷熱 (X)](ω) = 1

[F冷熱 ({ 冷 })](ω) = f冷 (ω),

[F冷熱 ({ 熱 })](ω) = f熱 (ω)

よって,測定 MC(Ω) (O冷熱 , S[ω] ) を得る.したがって,たとえば,ω = 55 ℃ と して,例 1.1 の日常言語の文言 (W1 ) の測定理論的記述は次のようになる:

(e) 測定 MC(Ω) (O冷熱 , S[ω(=55)] ) により得られる測定値 x(∈ X = { 冷, 熱 }) が,


2.3. 測定の簡単な例

39

  ∅(= 空集合) [F冷熱 (∅)](55) = 0     {冷}    に属する確率は  [F冷熱 ({ 冷 })](55) = 0.25 集合   {熱}   [F ({ 熱 })](55) = 0.75    冷熱 { 冷, 熱 } [F冷熱 ({ 冷, 熱 })](55) = 1

     

となる.省略しないで書くと,

(f) 測定者が, [55 ℃]

の [コップの水] が [冷たいか熱いか] を

状態 ω =55 ℃

測定対象

その測定値 x(∈ X={ 冷, 熱 }) が,

[調べた] ら, 測定 MC(Ω) (O冷熱 , S[ω(=55)] )

∅(= 空集合)

  {冷} 集合   {熱}  { 冷, 熱 }

観測量 O冷熱

[F冷熱 (∅)](55) = 0

     に属する確率は  [F冷熱 ({ 冷 })](55) = 0.25  [F ({ 熱 })](55) = 0.75   冷熱  [F冷熱 ({ 冷, 熱 })](55) = 1

     

となる.ここで,(c) で列挙した言葉「測定者,状態,システム (=測定対象),観 測量 (=測定器),測定,測定値,確率」がすべて明記されていることに注意して もらいたい.

2.3 2.3.1

測定の簡単な例 言語的科学観─人間の言語能力の驚異

物理学 (実在的記述法) の適用範囲はかなり明確であるが,測定理論 (言語的記 述法) の適用範囲は漠然としている.ことわざの「猿も木から落ちる」の適用範 囲が明確でないのと同じである.実在的科学観に刷り込まれた感覚からは,本節 で述べる例に違和感を持って当然と思う.頼りにできるのは,(実験検証できな い) 言語ルール 1 だけで,我々のできることは,注釈 2.3 で述べたように,    (a1 ): 言語ルール 1 の言葉遣いに,完全に忠実であること (a)   (a2 ): 人間の言語能力を信じること (第 1 章 (M1 )) だけである.こう言うと,特に,(a2 ) に対しては,


第2章

40

言語ルール 1 ─ 測定

これで科学になるのか?

(b)

と思うかもしれない.しかし,言語的科学観 (「言葉が先,世界が後」の精神) は,実在的科学観 (「世界が先,言葉が後」の精神) とは,まったく異なる原理 から成り立つ科学観である.これに留意して,以下の例を読んでもらいたい.

2.3.2

基本的な例─壷問題等

測定理論は言語なので,多くの例を演習・訓練しなければ,上達しない.言語 ルール 1(測定) の言葉遣いで表現できるような現象の例をいくつか述べる.もち ろん,どれも中高生レベルを超えるものではない. 例 2.8. [壷の中の球の個数] ある壷 U の中に,球が何個か入っている.ここで,

(a) 壷 U の中の球の個数を数える測定.すなわち,n 個の球が入っている壷の 中の球の個数を数えると,n 個である という日常言語の中の自明な文言を測定理論の言葉で記述することを考えよう. 壷 U の状態 ωn を,

ωn

···

壷 U に球が n 個入っている状態

(n = 0, 1, 2, . . .)

とする.したがって,状態空間 Ω は,

Ω={ω0 , ω1 , ω2 , . . .} となる6 . 測定値空間を N0 = {0, 1, 2, . . .} として,C(Ω) 内の観測量 O個数 = (N0 , 2N0 , F ) は,次のように定まる:

[F (Ξ)](ωn ) =

{

1

(n ∈ Ξ)

0

(n ∈ / Ξ)

(∀n ∈ N0 , ∀Ξ ⊆ N0 )

この観測量 O個数 = (N0 , 2N0 , F ) を個数観測量と呼ぶ.したがって,上の日常言 語の文言 (a) を言語ルール 1 の言葉遣いで述べれば, 6 Ω には,離散距離 d D を考える.Ω が,有限集合 {ω1 , ω2 , . . . , ωn } や自然数全体 N のよ うな可算無限集合 {ω1 , ω2 , . . . , ωn , . . .} の場合は,通常は,離散距離 dD を考えるが,もちろん, d(ωm , ωn ) = |m − n| としてもよい.


2.3. 測定の簡単な例

41

状態 ω0

状態 ω1

状態 ω2 ・ ・ ・ ・ ・

図 2.4: 壷の中の球の個数

(b) 測定 MC(Ω) (O個数 , S[ωn ] ) により得られる測定値が,Ξ(⊆ N0 ) に属する確 率は

[ [F (Ξ)](ωn ) =

1 0

(n ∈ Ξ) (n ∈ / Ξ)

]

で与えられる. となる.すなわち,

(c) 測定 MC(Ω) (O個数 , S[ωn ] ) により得られる測定値は (確率 1 で) n である. となる. 念の為に,測定 MC(Ω) (O個数 , S[ωn ] ) を省略しないで,書き下せば,

(d) 測定者が, [n 個の球が入っている] [壷] に対して, [何個入っているか]を 状態 ωn

[数え] れば, 測定 MC(Ω) (O個数 , S[ωn ] )

測定対象

観測量 O個数

[必ず] [n 個]である. 確率 1

測定値

となる.ここで,壷 U に球が入っていなくても,状態 ω0 は意味をもつというこ とは注意すべきである.中身が存在しなくても,(中身が存在しないという) 状態 は存在する.

例 2.9. [コップの水の温度の近似測定 (例 2.4 [約-観測量] の続き)] いろいろな 温度 ω ℃ (0 5 ω 5 100) のコップの水 (お湯) に,多くの被験者 (たとえば,1000 人) に飲んでもらって, 「約何十℃ですか?」をアンケート形式で質問する.そし て,得られたデータ (たとえば,hn (ω) 人が,約 n ℃ (n = 0, 10, 20, . . . , 90, 100) と答えたとして,これを正規化 (かつ,折れ線化) して,以下の gn (ω) = hn (ω)/ 被験者数 を得たとする.すなわち,各 n ∈ N100 10 ={0, 10, 20, . . . , 100} に対して,


第2章

42

言語ルール 1 ─ 測定

関数 gn : Ω → [0, 1] を次のように定める ( 図 2.2 と同じで,式 (2.4) を再び書く と):

  0     (ω − n − 10/10 gn (ω) =  −(ω − n + 10)/10     0

(0 5 ω 5 n − 10) (n − 10 5 ω 5 n) (n 5 ω 5 n + 10) (n + 10 5 ω 5 100)

したがって,

(a) 1000 人の被験者の中から 1 人選んで,47 ℃のコップの水を飲んでもらっ て, 「約何十℃ですか?」と質問したとき, [ その被験者が

約 40 ℃

]

約 50 ℃

[ と答える確率は

0.3 0.7

] である.

この日常言語の文言 (a) を言語ルール 1 の言葉で表現しよう.閉区間 Ω = [0, 100] Y を状態空間として,C([0, 100]) 内の約-観測量 O約 = (Y (=N100 10 ), 2 , G約 ) を次の

ように定める:

[G約 (∅)](ω) = 0, ∑ [G約 (Γ)](ω) = gn (ω)

[G約 (X)](ω) = 1 (∀Γ ∈ 2N10 ) 100

n∈Γ

このとき,O約 = (Y

Y (=N100 10 ), 2

, G約 ) は C([0, 100]) 内の観測量で,したがって,

測定 MC(Ω) (O約 , S[ω] ) が定まる.たとえば,ω = 47 ℃ として,次の測定理論に よる記述を得る:

(b) 測定 MC(Ω) (O約 , S[ω(=47)] ) により得られる測定値が [ ] [F ({ 約 40 ℃ })](47) = 0.3 である. 確率は [F ({ 約 50 ℃ })](47) = 0.7

[

約 40 ℃

]

約 50 ℃

である

となる. 例 2.10. [壷問題] 2 つの壷 U1 ,U2 がある.壷 U1 には 8 個の白球と 2 個の黒 球,壷 U2 には 4 個の白球と 6 個の黒球が入っているとする (表 2.1). 次のような現象を考える:


2.3. 測定の簡単な例

43

表 2.1: 壷問題  壷   白・黒 壷 U1 壷 U2

白球 8 4

黒球 2 6

[ (a) 壷 U2 から 1 つの球を取り出すとき,その球が

白 黒

]

[ である確率は

0.4

]

0.6

である. ここで,この日常言語の文言 (a) を測定理論 (言語ルール 1) の言葉遣いで記述す ることを考える.状態空間 Ω を Ω = {ω1 , ω2 } で定義し,離散距離空間 (Ω, dD ) を考える.すなわち,

U1

· · · 「状態 ω1 をもつ壷」,

U2

· · · 「状態 ω2 をもつ壷」

として, 次の同一視を考える (したがって,図 2.5 のような状況を考える):

U1 ≈ ω1 ,

U2 ≈ ω2

更に, C(Ω) 内の観測量 O白黒 = ({ 白, 黒 }, 2{ 白, 黒 } , F白黒 ) を次のように定義

U1 ≈ω1

U2 ≈ω2

図 2.5: 壷問題 する:

[F白黒 ({ 白 })](ω1 ) = 0.8,

[F白黒 ({ 黒 })](ω1 ) = 0.2


第2章

44 [F白黒 ({ 白 })](ω2 ) = 0.4,

言語ルール 1 ─ 測定

[F白黒 ({ 黒 })](ω2 ) = 0.6

(2.5)

したがって,次も言える:

[F白黒 ({ 白, 黒 })](ω1 ) = 1,

[F白黒 ({ 白, 黒 })](ω2 ) = 1

[F白黒 (∅)](ω1 ) = 0,

[F白黒 (∅)](ω2 ) = 0

このようにして,測定 MC(Ω) (O白黒 , S[ω2 ] ) を得る.よって,上述の (a) は,測定 理論の言葉で次のように記述できる:

(b) 測定 MC(Ω) (O白黒 , S[ω2 ] ) により,測定値 [ ] [F白黒 ({ 白 })](ω2 ) = 0.4 である. [F白黒 ({ 黒 })](ω2 ) = 0.6

[

白 黒

] が得られる確率は

となる.

♠ 注釈 2.4. 例 2.7–例 2.10 では,簡単なことを,物々しく (しかも,まどろっこし く) 書いているように思うかもしれない. 「これでは,小学生の本ではないか?」と 思うかもしれない.しかし, (♯) これ以外に書く方法を知らないから,仕方なくこう書いた だけで,我々のできることは,2.3.1 節の (a) で述べたこと─「言語ルールに忠実」 と「人間の言語能力の信頼」─だけである.もしも読者がこれとは別の書き方を発 見したならば (すなわち,言語ルール 1 の一語でも一句でも改変や付け加えること ができたならば),量子力学以上のものを作り上げたことに等しく (第 1 章の (F′3 )), 科学史上最大級の発見をしたことになるだろう (注釈 2.1 参照). すなわち,もし読 者が「別の書き方」を発見したと思ったとしても,次の図式 (第 1 章の (X1 ) の再 掲):  1 実在的方法 ⃝     (数学を包含する日常言語) (世界が先, 言葉が後)  0 広義の日常言語 =⇒ 世界記述 (X1 ) ⃝ (第 1 章 (O))  (第 1 章) (世界記述 (=科学) 以前)  2 言語的方法  ⃝   (言葉が先, 世界が後) 0 内の文言で,一元論とも二元論と の中で,その「別の書き方」は広義の日常言語⃝ も言えない文言になっている可能性が大で,第 1 章の (F1 ) で述べたような曖昧な 状況に陥っている可能性が大と考える.


2.3. 測���の簡単な例

45

♠ 注釈 2.5. 例 2.10 の (a),すなわち, 「壷 U2 から 1 つの球を取り出すとき,その球 が「白」 である確率は 0.4 である」は保証されているわけではない.測定理論は 言語なので, もし (a) のような現象があったならば,それは (b) のように記述すべきである と主張しているだけである.また当然のことだが,数学だけから「確率」が求まる ことはない.たとえば,次の (♯1 ),(♯2 ) 等は正しいとは言えない:

(♯1 ) 集合 {1, 2, 3, 4, 5} から,一つの数を選んだとき,その数が偶数である確率は 2/5 である (♯2 ) 閉区間 [0, 1] 内から,実数 x を選んだとき, 「x ∈ [a, b](⊆ [0, 1])」となる確率 は,|b − a| である このように「(世界と断絶している) 数学だけから確率を導出する」ことの論拠が 「無作為 ないことは,ベルトランの逆理 [5] としてよく知られている.したがって, に」とか「ランダムに」等の言葉を枕詞のように付け加えるのが普通だが,本書で は, 「常識的にわかること」として省略した.

2.3.3

この世界の空間について─ライプニッツの関係説

例 2.11. [空間内の物体の位置の近似測定]

この世界の空間内の物体の位置の

近似測定を考えよう.簡単のため,3 次元空間 R3 でなく,1 次元空間の実直線

R を考える.すなわち, (a) ある粒子の位置 ω (∈ R) を,誤差が標準偏差 σ の正規分布となる近似測定 を行なうこと を考える.Ω (= R) を状態空間とする.測定値空間 X も R として,C(Ω) 内の 正規観測量 OGσ = (X(= R), BR , Gσ ) を,誤差関数 (図 2.6) を用いて,次のよ うに定義する:

1 [Gσ (Ξ)](ω) = √ 2πσ

[

] 1 2 exp − 2 (x − ω) dx 2σ Ξ

(∀Ξ ∈ BX (= BR ), ∀ω ∈ Ω(= R)) ここに,BR はボレル集合体 (付録 B.5 節 (A)) とする.このとき,たとえば, ∫ σ ∫ 2σ x2 x2 1 1 √ √ e− 2σ2 dx = 0.683..., e− 2σ2 dx = 0.954..., 2πσ 2 −σ 2πσ 2 −2σ ∫ 1.96σ x2 1 √ e− 2σ2 dx+0.95 (2.6) 2 2πσ −1.96σ


第2章

46

言語ルール 1 ─ 測定

である.

y 6 2

y=

x √ 1 e− 2σ2 2πσ 2

−2σ

−σ

σ

x

68.3% 95.4%

図 2.6: 誤差関数 この OGσ が,観測量の条件を満たすことは,すなわち,Ξ (∈ BR ) の可算分 ∞ ∪ ( 割 {Ξ1 , Ξ2 , . . . , Ξn , . . .} すなわち,Ξ = Ξn ,Ξn ∈ BR , (n = 1, 2, . . .), n=1 ) Ξm ∩ Ξn = ∅ (m ̸= n) に対して,完全加法性が成立することは,次のように 容易にわかる:

] [ ∫ 1 1 2 [Gσ (Ξ)](ω) = √ exp − 2 (x − ω) dx 2σ 2πσ ∪∞ n=1 Ξn [ ] ∫ ∞ ∞ ∑ 1 ∑ 1 2 √ exp − 2 (x − ω) dx = = [Gσ (Ξn )](ω) 2σ 2πσ Ξn n=1 n=1 (∀Ξ ∈ BR ,

∀ω ∈ Ω(= R))

よって,測定 MC(Ω) (OGσ , S[ω] ) が定まるので,たとえば,日常言語の文言 (a) は, 測定理論の言葉で次のように記述できる:

(b) 測定 MC(Ω) (OGσ , S[ω] ) により得られる測定値 x (∈ R) が区間 [ω−2σ, ω+2σ] に属する確率は

1 [Gσ ([ω − 2σ, ω + 2σ])](ω) = √ 2πσ

= 0.954... である.

ω+2σ

ω−2σ

[

] 1 2 exp − 2 (x − ω) dx 2σ


2.3. 測定の簡単な例

47

ライプニッツの関係説 (形而上学的時空について) 世界記述において, 「時間・空間」の概念は基本的である. 「空間とは何か?」に, 測定理論では,次のように考える (時間については 6.4.1 節で述べる):

(a) 物体 (測定対象) の位置は状態 (すなわち,状態空間 R3 内の点) で表され る.したがって,位置 (例 2.11) も,温度 (例 2.7, 例 2.9 ) も,壷の中の球 の個数 (例 2.8) も,壷の中の白球と黒球の個数の比 (例 2.10) も,すべて同 じで,状態の一種である.すなわち, 我々が住んでいるこの世界は,状態空間の一種と見なして,3 次元空 間 R3 で表現される7 とする. このように,測定理論では, 「この世界の空間」を特別のものとは見なさない.こ の考えは, 「物理学 (相対性理論) の常識」とはかなりかけ離れているとも言える. 歴史的には次の有名なライプニッツ–クラーク論争を思い出させる.

[ライプニッツ–クラーク論争]:時空に関しての,ライプニッツとクラーク (背後 にニュートンが控えている) の往復書簡 (1715–1716) はライプニッツとニュート ンの「時空」に関する考えを知る上にも重要である.要点は,次の通りである

(cf. [20, 22]): (b) ニュートンは空間と時間の絶対説を提唱した.すなわち,ニュートンは時空 を「物」の入れ物であり,実存する絶対的な存在という地位を与えた. 「物」 がなくなっても,入れ物,すなわち空間と時間は存在する.これに対して,

(c) ライプニッツは, 「時空の関係説」を唱えた.すなわち, (c1 ) 空間とは, 「物」の位置という性質・属性 (=状態) を表現するもので ある

(c2 ) 時間とは, 「物」が次々と移り変わる継起の順序である とライプニッツは主張した.

7 これもコペンハーゲン解釈の一つと考えることには一理ある.もちろん,一般には,多様体でよ いが,本書では R3 で通す.古典測定理論では, 「状態空間=スペクトラム」なので,本書では, 「ス ペクトラム」を持ち出さないが,量子測定理論の「空間」が気になる読者は,[7, 9] を見よ.


第2章

48

言語ルール 1 ─ 測定

♠ 注釈 2.6. 理系の普通の感覚からすると,日常的な時空は,相対性理論の時空の近 似にすぎないと思うかもしれない.したがって, ニュートンの言うことの意味はわかる気がするが,ライプニッツの関係説は, 「金言的定義」で, 「そういう文学的な言い方」もあると納得する程度で, 「だ から何なの?」と問い返すに違いない.すなわち,ライプニッツの関係説は, (真偽以前に) 科学とは無縁なものと思うかもしれない. しかし,世界記述の 2 つの分類:  1 : 実在的方法 (世界が先,言葉が後)  ⃝ 世界記述 2 : 言語的方法 (言葉が先,世界が後) (第 1 章 (O))  ⃝ の中で,ニュートンとライプニッツは,それぞれが異なる原理の下に発想している ことに留意しなければ,ライプニッツの関係説は理解できない.ライプニッツの主 張は明快でないとしても,ともかく, 1 の物理的な時空」だけでなくて, 2 の形而上学的な時空」も科学的対 「⃝ 「⃝ 象に成り得る

ことに,ライプニッツは気付いたのだと考えたい.

測定理論では,上の (a) のように考えるので,ライプニッツの「時空の関係説

(c)」を採用する.また,時間については 6.4 節で述べるが,時間は「因果関係を 表現するための数学的道具」の特殊な場合,すなわち,因果関係を基礎として時 間を特徴づける.したがって,測定理論は,時間についてもライプニッツの関係 説を採用する.

♠ 注釈 2.7. 「時間・空間とは,何か?」は長年の未解決問題であるが,世界記述の 2 つの分類の中では,2 つの答え方─「物理的時空」と「形而上学的時空」─があ る.すなわち,  1 : 実在的方法 ⃝ ・ ・ ・ニュートンの時空     (物理的真理としての実在的時空)    −−−−−→ アインシュタインの時空 −−−−−→・ ・ ・    進化・発展 進化・発展 世界記述 (第 1 章 (O))   2 : 言語的方法 ・ ⃝ ・ ・ライプニッツの関係説    (金言的定義)  (使い出の良い形而上学的時空)    −−−−−−−−−−−−−−−−→ 測定理論の時空  時空という言葉の使い方の指定

となる.1.1 節の「猿も木から落ちる」のことわざ化の例,すなわち, 物理的 [時間・空間・確率]

(♯1 )

量子力学 (実在的方法)

言語的 [時間・空間・確率] 物理法則の形骸化

−−−−−−−−−→ ことわざ化

測定理論 (言語的方法)


2.4. 工学・諸科学の時代

49

を思い出そう.量子力学のことは, 第 3 章で述べるが,

(♯2 ) 量子力学の「空間・時間・確率」は, 「普通に我々がそう思っているもの」だ から,(そのことわざ化である) 測定理論の「空間・時間・確率」も, 「普通に 我々がそう思っているもの」である. 測定理論では, 「時間・空間・確率とは,何か?」について,この (♯2 ) 以上の追究 はしない.注釈 2.3 の繰り返しになるが,形而上学において一番肝心なことは, 「○ ○とは,何か?」ではなくて (注釈 2.3),

(♯3 ) 空間,時間,確率という言葉をどのような文言・文脈の中で使うか? である.この答えが,空間・確率は言語ルール 1(2.2 節) で,時間は 言語ルール 2(6.4 節) で解答される. 「○○とは,何か?」に答えなくても, 「○○という言葉」を使い こなす言語能力が人間に備わっているという前提の下に,測定理論という形而上学 が成立する.したがって, 「形而上学的空間」において,重要なのは,(a) の「状態 空間の一種と見なす」の部分だけあって,ライプニッツの金言的定義 (b1 ) は一つ の指針になるかもしれないが,副次的なものに過ぎない.

♠ 注釈 2.8. 「測定対象の時空」については,本節の議論で一応良しとしたとしても ( 時間については,6.4.1 節で述べる), 「測定者の時空」については質問があるかも しれない.二元論 (「測定対象」と「測定者」) の本質に関わる問題で重要である が,測定理論では, 「測定者の時空」は考えない. 「時空」があるのは,測定対象の 方のみとする (第 1 章のコペンハーゲン解釈 (U2 )).すなわち, (♯1 ) 「測定者が何時何処で測定した」とか「測定後の状態」とかいう概念がない (♯2 ) 諸科学には,時制 (現在・過去・未来) はない 「測定者の時空」に関わって,科学として成功し と言い切る (後出の注釈 6.7 参照). た理論は無い.

2.4 2.4.1

工学・諸科学の時代 測定理論─弱きを助ける

前節では, 「絶滅危惧種」と言ってもいいような「ライプニッツの関係説」に, また注釈 1.9 ではジョン・ロックの「第一次性質・第二次性質」にも,測定理論 は味方した.まえがきで世界記述の視点から,工学・諸科学が物理学に比して, 著しく見劣りすることを指摘した.しかし,測定理論を基礎にすることにより, 物理学と対等以上の立場に立てる.俗な言い方をすれば,測定理論は弱きもの─ 自信が持てないもの,胡散臭いと思われているもの,信頼されていないもの,絶 滅危惧種のようなもの,尊敬されていないもの,俗っぽいもの─の味方である. その具体的イメージを注釈としてまとめてみた.


第2章

50

言語ルール 1 ─ 測定

♠ 注釈 2.9. 強きもの

vs.

弱きもの

1  ニュートンの時空 ⃝

ライプニッツの時空

2  唯物論 ⃝

観念論

3  形而下学 ⃝

形而上学

4  一元論 ⃝

二元論

5  物理学 ⃝

工学 (=諸科学)

6  アインシュタイン ⃝

フィッシャー (または,フォン・ノイマン)

7  相対性理論 ⃝

量子力学

8  実在的科学観 ⃝

言語的科学観

( 8.1 節 (m) 参照)

「強きもの」と「弱きもの」を区分する基準は,仮に「多数決」で決めればこうな るだろうという程度に理解されたい.両者を分けるものは,一方が「実在的科学 観」を持つのに対し,他方がまとまった科学観を持っていないという事実である. すなわち, 「強きもの」たちは,物理学という共通の言語を持っている.しかし, 「弱き もの」たちは,共通の言語を持っていない ことにその原因がある. 本書では 「弱きもの」たちが,他所の権威 (数学,物理学,応用,教養) に頼って生き ていく姿は,傍目から見て格好の良いものではない と考えて,自前の権威─言語的科学観─を打ち立てる必要がある,と主張する.す なわち,

(♯1 ) 測定理論を共通の言語として, 「弱きもの」たちを束ねれば,強者と伍してい ける 同じことであるが,

(♯2 ) 「弱きもの」たちを束ねる工学理論─測定理論─を作れば,強者と伍してい ける 6 は第 4 章の [脚注 3] と注釈 9.7,⃝ 7 は 9.3 が,本書の主張である (第 12 章).上の⃝ 8 は本書の結論 (「まえがき」の図 1,正式には, あとがきの図 節を見よ.また,⃝ 1) である.

第 9 章では,平衡統計力学を物理学の領分から奪い取って工学・諸科学の一分 野と見なす.この流れでいくと

(c) 測定理論は, 「弱きを助ける」,いい奴


2.4. 工学・諸科学の時代

51

しかし,この見方は皮相的というべきである.実は,20 世紀後半 (象徴的な事件 としては,アポロの月面着陸 (1969 年)) を境にして, 「強きもの」と「弱きもの」 の立場は実質的には逆転している.いわゆる「大きな物語の終焉8 」であって,そ の「究極的な目的」を対比させて書くならば, (1969 年)

神が創ったものを解明 − −−−−−−−−−→ 科学者級のロボットの製作 (物理学の時代)

アポロの月面着陸

(工学の時代)

と考える.今や,物理学は, 「宇宙創造の神話」の語り部になってしまった.神話 好きには堪えられない魅力があることはわかるし,千年先には切実な問題になる という主張もあるかもしれないが,下の (e) によって, 「千年先の切実」の意味は 微妙と思う. 現在,実際に身の回りにあって世界を動かしているものは,すべて工学の産物 ─土木・建築,自動車・飛行機,電気機器,石油製品,コンピュータ等─で,人 類の存亡を担っているのは (または,一国の命運を左右するのは),工学である. このことを考慮すると

(d) 工学・諸科学は,測定理論という正式な言語を得ることによって,その足 場を確固たるものにして,青年期─飛躍的な発展期─を迎える と言いたくなるし,これが本書の最大のメッセージである (「あとがき」の (I) で 述べる). 「科学者並みのロボット」ができれば,その後は,科学はロボットに任せてお けばよいと単純に考えれば, 「人間が工学・科学の発展に貢献をする」ことの意味 は微妙になる.したがって,

(e) 工学の時代─測定理論の賞味期限 (「ロボットが科学をする時代・ロボット がロボットを作る時代」が到来する日まで) ─は今後数百年間 と考える.

♠ 注釈 2.10. 科学的言語について,結論を先に書くと以下のようになる (第 12 章).

8 その時代の世相を,先取り・促進するフレーズとして,たとえば,ニーチェ(1844 年–1900 年) の「神は死んだ」とか,リオタール (1924 年–1998 年) の「大きな物語の終焉」などは秀作で,後 者は 20 世紀後半から今日までの大きな出来事ならば,大抵の場合に適用できる.


第2章

52

言語ルール 1 ─ 測定

 0:数学の言語  ⃝ ・ ・ ・集合論     ( 数学の未解決問題の提案・解決 )    1:物理学の言語  ⃝ ・ ・ ・ニュートン力学,電磁気学, ...... (♯1 ) (実在的科学観:神が創ったものを解き明かす理論)     2:工学の言語  ⃝ ・ ・ ・測定理論    (言語的科学観:科学者並みのロボットを作るための言語)

0 と⃝ 1 は常識と思う.⃝ 2 は本書全編で議論することになる.ガウス (1777 年–1855 ⃝ 年) は集合論を知らなかったが,その数学的業績は偉大だし,ワット (1736 年–1819 年) やエジソン (1847 年-1931 年) は,現代制御理論を知らなかったが,大発明をし た.また, 「科学者並みのロボット」ならば,いろいろな作り方がある.極端な話:

(♯2 ) 水と空気と石ころを,40 億年ほど何もしないで放置しておいたら, 「人間」が 出来上がった9 わけで,時間さえあれば,(制御理論 (⊂ 測定理論;第 7 章) がなくても) 大発明は 可能かもしれない.しかし, 「急ぐ」ためには,制御理論は不可欠で,この思想は自 然発生であるが,ノーバート・ウィーナー (1894 年–1964 年) の「サイバネティッ クス」によって大衆化したと考える.急がなければならない理由─「時間さえあれ ば」などと呑気なことを言っていられない理由─を,次節で書く.

2.4.2

測定理論─工学・諸科学の更なる飛翔のために

工学を早急に発展させなけなければならない理由を,以下に述べる. 英国の理論物理学者ホーキング博士 (1942 年–) は,ウェブサイト「Big Think」 で次のように警告している:

(a) 人口が幾何学的に増加する一方,地球の資源は有限だ.さらに,技術の進歩 は良くも悪くも地球環境を変えるまでに至った.我々は過去 100 年に注目 すべき発展を遂げた.だが,これからの 100 年を乗り越えていくただひと つのチャンスは地球上に居残ることではなく,宇宙に拡散していくことだ. 別にホーキング博士に言われなくても,アニメ「機動戦士ガンダム」等の「地 球脱出もの・宇宙定住もの」が一般に支持されていることを思えば,この狭い地 球にギュウギュウ詰めでこのままいたら,そのうち「大きな不幸」が起こるに違 いない,と誰もが直感していると思う. ホーキング博士の警告 (a) を,一言で言えば, 9 冗談を言っているのではない. 「言語・数学・科学理論」が無くても,進化によって,素晴らしい 機械—人間—ができたのだから魔法みたいなもので驚くべきことと思う. 「進化の時間短縮コンピュー タ・シミュレーション」の実用化を牽引するのは量子測定理論 (≈ 量子力学) であるが,本書では関 わらない.


2.4. 工学・諸科学の時代 (b)

53

[人類の存続] ⇐⇒ [スペース・コロニーの建設・定住]

であり,これを信じで本書のストーリーを展開する.

♠ 注釈 2.11. 上述のように,我々人類の当面の目標として, (♯) 数百年後の地球脱出 (スペース・コロニーの建設・定住)10 を考えたい.突然, 「スペース・コロニー」が出てきて戸惑った読者もいるかもしれ ない.しかし,これは, 「スペース・コロニーの実現」という目的を固定して,議論 が拡散しないようにするための工夫である.この (♯) の達成には,人類が過去に積 み上げてきた工学・諸科学の成果 (や知的産物) のすべてを総動員しなければなら ないのだから,目標としては申し分ないと思う.また,もし一万年後に人類が宇宙 に定住していたとして,このときに歴史を振り返ったときに,人類史の二大事件と 評されるのは, 「農業の始まり」と「地球脱出」と考える.そうならば,挑戦 (♯) は 「人類最大の戦い」と言ってもいいだろう.

本書では, 「スペース・コロニー」を譬えとして しばしば用いる.その理由は,

(c)

本書は工学の書なので,明確な目的を宣言すべき

と考えるからあって,具体的な目標が提示されていない議論は, 「重要さの基準」 が散漫になってしまって,(c) の趣旨から逸脱してしまうからである.

(d) 工学の足場を固めて更なる工学の発展を推進するために, 「工学の言語」と して,測定理論は作られた のだから,著者の「心意気」としては,

(e) 測定理論は,人類最大の戦い─数百年後のスペース・コロニーの建設・定 住─に勝利するために作られた (「あとがき」の (I)) と考えたい.

♠ 注釈 2.12. 理論好きの読者ならば, (♯) 測定理論は,折角,量子力学まで含めたのに (第 1 章 (Y)),なぜ,相対性理 論まで含めた「測定理論」を提案しないのか? と問うかもしれない.しかし,上で述べたように,本書は, 「工学の書」である. 「や り過ぎを慎む」のが工学的センスと考えるが,もちろん,理論好きの読者が,上の (♯) に挑戦するのを止める気はない. 10 ライト兄弟の飛行機の発明 (1903 年) からアポロの月面到着 (1969 年) まで 66 年しか経ってい ないのだから,数百年は長すぎるかもしれないが,地球の環境悪化の進行具合に依るだろう.その時 期・期間・規模の詳細について,未来学者たちに大いに議論・発言して欲しい,と著者は思っている.


第2章

54

言語ルール 1 ─ 測定

コペンハーゲン解釈─測定は一回だけ

2.5

本節では,コペンハーゲン解釈 (第 1 章 (U4 )) の「測定は一回だけ」について 説明する.測定が一回だけならば,必然的に状態は一つで,しかも,観測量 (= 測定器) も一つだけとなる.すなわち,

[測定は一回だけ] =⇒

   観測量 (測定器) は一つだけ  

(2.7) 状態は一つだけ

を必然と考える. ♠ 注釈 2.13. 量子力学の標準解釈では「測定は一回だけ (第 1 章のコペンハーゲン解 釈 (U4 ))」と著者は考える (いろいろな標準理論があって, 「射影仮説」を認める流 儀もあるが).測定すると,測定対象が擾乱されて ( 1.2.3 節の図 1.1(測定のイメー ジ図) 参照),状態が変わってしまって (しかも,この変化はシュレーディンガー方 程式で記述できないので),次に測定しても,別の (意味不明な) 状態を測定するこ とになってしまう.これが「量子力学では,測定は一回だけ」の一応の理由付けで ある11 .測定理論は量子力学から構築されるので ( 3.2 節参照),量子力学の「測定 は一回だけ」が,測定理論にも遺伝する.

2.5.1

「観測量 (測定器) は一つだけ」と同時測定

たとえば,次のような「測定」を考えよう:

(a) ある一つのコップの中に,温度 ω ℃の水 (お湯) が入っていて,その水 が「冷たいか?熱いか?」と「約何十℃か」の両方を測定することを考 えたい.これは Ω = [0, 100] として,例 2.7 の測定 MC(Ω) (O冷熱 =({ 冷 N10 , G約 ), , 熱 }, 2{ 冷, 熱 } , F冷熱 ), S[ω] ) と例 2.9 の測定 MC(Ω) (O約 =(N100 10 , 2 S[ω] ) の 2 つの測定を行うことと等しい. 100

しかしながら,測定理論では, 「[測定は一回だけ] ⇒ [観測量は 1 つ]」である.し たがって,次の問題が生じる:

11 「一応」と書いたのは,量子力学には標準解釈以外にいろいろな流儀があり得るからである. この意味では,量子力学は未完である.著者は,測定理論 (=量子力学の言語的解釈 (cf. [6, 9])) に よって,言語的側面としての量子力学は完成したと考える (注釈 3.6).これについては, 9.3 節で総 括的に議論する.


2.5. コペンハーゲン解釈─測定は一回だけ

55

2 つの測定 MC(Ω) (O冷熱 =({ 冷, 熱 }, 2{ 冷, 熱 } , F冷熱 ), S[ω] ) と

問題 2.12.

MC(Ω) (O約 =(N100 10 ,

2N10 , G約 ), S[ω] ) を一回で済ますにはどうすればいいか? 100

以下に,これを考える. 各 k = 1, 2, . . . , n に対して,可測空間 (Xk , Fk ) を

定義 2.13. [直積可測空間]

考える.Xk (k = 1, 2, . . . , n) の直積空間 ×k=1 Xk を n

n

× Xk = {(x1 , x2 , . . . , xn ) | xk ∈ Xk

(k = 1, 2, . . . , n)}

k=1

によって定める.同様に,Ξk (∈ Fk ) (k = 1, 2, . . . , n) の直積 ×k=1 Ξk を n

n

× Ξk = {(x1 , x2 , . . . , xn ) | xk ∈ Ξk

(k = 1, 2, . . . , n)}

k=1

で定義する.更に,直積空間 ×k=1 Xk 内の集合体 n

 nk=1 Fk を

 nk=1 Fk は,{×nk=1 Ξk | Ξk ∈ Fk (k = 1, 2, . . . , n)} を含む最小の集合 体 (付録 B.5 節 (A)) と定めて,これを直積集合体と呼び,(×k=1 Xk , n

 nk=1 Fk ) を直積可測空間と呼

ぶ.(X, F) = (Xk , Fk ) (k = 1, 2, . . . , n) のとき,直積空間 ×k=1 Xk を X n と 記し,直積可測空間 (×

n k=1

n

Xk ,  k=1 Fk ) を (X n , Fn ) と書く. n

定義 2.14. [同時観測量 (simultaneous observable),同時測定 (simultaneous

measurement)] 各 k = 1, 2, . . . , n に対して,基本代数 C(Ω) 内の観測量 Ok = (Xk , Fk , Fk ) 考える.(×k=1 Xk ,  k=1 Fk ) を直積可測空間とする.C(Ω) 内の b = (×k∈K Xk ,  n Fk , Fb) は次を満たすとする: 観測量 O k=1 n

n

[Fb(Ξ1 × Ξ2 × · · · × Ξn )](ω) = [F1 (Ξ1 )](ω) · [F2 (Ξ2 )](ω) · · · [Fn (Ξn )](ω) (∀ω ∈ Ω, ∀Ξk ∈ Fk (k = 1, 2, . . . , n))

(2.8)

b = (×n Xk ,  n Fk , Fb) を,{Ok }n の同時観測量と呼 このとき,観測量 O k=1 k=1 k=1 n n n b =× ぶ.O Ok ,Fb = × Fk とも記す.また,同時観測量 × Ok の測 k=1

定,すなわち,MC(Ω) (×

n k=1 12

k=1

k=1

Ok , S[ω] ) を同時測定と呼ぶ. 同時観測量 ×k=1 Ok n

の存在は自明ではないが , 証明は [8] を見よ. 12 したがって,連続型測定理論では,(完全加法性でなくて) 有限加法性の下に議論する方が手っ 取り早い ( 本章の脚注 3 参照).


第2章

56

言語ルール 1 ─ 測定

以下に, 「同時測定」の意味を説明する.状態 ω をもつ測定対象に対して,測 定 MC(Ω) (O1 , S[ω] ) と測定 MC(Ω) (O2 , S[ω] ) の 2 つの測定を行いたい.すなわち, 下図の状況をイメージすればよい.

−→

観測量 O1 =(X1 ,F1 ,F1 )

(b)

−−−−−−−−−−→ 測定値 MC(Ω) (O1 ,S[ω] )

x1 (∈X1 )

状態 −−−−−−−→ ω(∈Ω)

−→

観測量 O2 =(X2 ,F2 ,F2 )

−−−−−−−−−−→ 測定値 MC(Ω) (O2 ,S[ω] )

x2 (∈X2 )

しかしながら,コペンハーゲン解釈 (第 1 章 (U4 )) により, 2 つの測定 MC(Ω) (O1 ,

S[ω] ) と MC(Ω) (O2 , S[ω] ) を行うことは禁じられている.したがって,2 つの観測 量 O1 と O2 を合体させて,同時観測量 O1 × O2 を考えて,同時測定 MC(Ω) (O1 ×

O2 , S[ω] ) を行えばよいと考える.これを図示すると (c)

状態 −−−−−−−→ 同時観測量 −−−−−−−−−−−−→ ω(∈Ω)

O1 ×O2

MC(Ω) (O1 ×O2 ,S[ω] )

測定値 (x1 ,x2 )(∈X1 ×X2 )

となる. 例 2.15. [問題 2.12 の解答]

閉区間 Ω = [0, 100] を状態空間とする.ここ

で,C(Ω) 内の 2 つの観測量,すなわち,例 2.7 の冷熱-観測量 O冷熱 = (X={ 冷 Y , 熱 }, 2X , F冷熱 ) と例 2.9 の約-観測量 O約 = (Y (=N100 10 ), 2 , G約 ) を考える.こ { 冷, 熱 }×N100 10 , F の同時観測量 O冷熱 × O約 = ({ 冷, 熱 } × N100 冷熱 × G約 ) を定 10 , 2

めて,同時測定 MC(Ω) (O冷熱 × O約 , S[ω] ) を得る.たとえば,ω = 55 ℃として, 次を得る.

(d) 同時測定 MC(Ω) (O冷熱 × O約 , S[55] ) により,    (冷, 約 50 ℃)     (冷, 約 60 ℃)     測定値  を得る確率は     (熱, 約 50 ℃)   (熱, 約 60 ℃) なぜならば,

[(F冷熱 × G約 )({(冷, 約 50 ℃)})](55)

0.125 0.125 0.375 0.375

    である  


2.5. コペンハーゲン解釈─測定は一回だけ

57

=[F冷熱 ({ 冷 })](55) · [G約 ({ 約 50 ℃ })](55) = 0.25 · 0.5 = 0.125 であり,同様に,

[(F冷熱 × G約 )({(冷, 約 60 ℃)})](55) = 0.25 · 0.5 = 0.125 [(F冷熱 × G約 )({(熱, 約 50 ℃)})](55) = 0.75 · 0.5 = 0.375 [(F冷熱 × G約 )({(熱, 約 60 ℃)})](55) = 0.75 · 0.5 = 0.375 だからである.

♠ 注釈 2.14. 上記の議論は,古典測定理論に特有なもので,一般性は期待できない. 量子測定理論では,2 つの観測量を合わせて一つで済ますことができない場合 (す なわち,同時観測量 O1 × O2 が存在しない場合) が頻繁に起こる (注釈 3.3 や 3.4 節のハイゼンベルグの不確定性原理参照).

2.5.2

「状態は一つだけ」と並行測定

さて,今度は,次のような測定を考えよう:

(a) 2 つのコップ A と B の中に,水 (お湯) が入っている.コップ A の水の温 度は ω1 ℃, コップ B の水の温度は ω2 ℃とする (温度が同じとは限らない). 「コップ A の水が冷たいか?熱いか?」を調べて,しかも「コップ B の水 が約何℃か」を測定することを考えたい.これは 状態空間Ω1 = [0, 100],

状態空間Ω2 = [0, 100]

として,例 2.7 の測定 MC(Ω1 ) (O冷熱 =({ 冷, 熱 }, 2{ 冷, 熱 } , F冷熱 ), S[ω1 ] ) と N10 , G約 ), S[ω2 ] ) の 2 つの測定を行うこ 例 2.9 の測定 MC(Ω2 ) (O約 =(N100 10 , 2 100

とと同じである13 .

13

例 2.7 の測定 MC(Ω1 ) (O冷熱 , S[ω1 ] ) と例 2.10(壷問題) の測定 MC(Ω) (O白黒 , S[ω2 ] ) の二つで 100

N10 , G ), S もよかったが,注意 2.19 の準備として,測定 MC(Ω2 ) (O約 =(N100 [ω2 ] ) を選んだ. 約 10 , 2


第2章

58

言語ルール 1 ─ 測定

しかしながら,測定理論では, 「[測定は一回だけ] ⇒ [状態は 1 つ]」なので,今度 もまた次の問題が生じる:

問題 2.16.

2 つの測定 MC(Ω1 ) (O冷熱 =({ 冷, 熱 }, 2{ 冷, 熱 } , F冷熱 ), S[ω1 ] ) と

N10 MC(Ω2 ) (O約 = (N100 , G約 ), S[ω2 ] ) を一回で済ますにはどうすればいいか? 10 , 2 100

以下にこれを考える. 定義 2.17. [並行観測量 (parallel observable),並行測定 (parallel measurement)] 各 k = 1, 2, . . . , n に対して,状態空間 Ωk と基本代数 C(Ωk ) とその内の観測量

e = ×k=1 Ωk を直積位相空間 (付録 B.3 節 (B)) と Ok = (Xk , Fk , Fk ) 考える.Ω n

し,直積状態空間と呼ぶ.(×k=1 Xk ,

e  nk=1 Fk ) を直積可測空間とする.C(Ω)

n

e = (× 内の観測量 O k=1 Xk , n

 nk=1 Fk , Fe) を次を満たすように定める:

[Fe(Ξ1 × Ξ2 × · · · × Ξn )](ω1 , ω2 , . . . , ωn ) = [F1 (Ξ1 )](ω1 ) · [F2 (Ξ2 )](ω2 ) · · · [Fn (Ξn )](ωn ) e= ∀(ω1 , ω2 , . . . , ωn ) ∈ Ω

n

× Ωk ,

k=1

∀Ξk ∈ Fk (k = 1, 2, . . . , n)

(2.9)

e = (×n Xk ,  n Fk , Fe ) ���,{Ok }n の C(Ω) e 内 このとき,この観測量 O k=1 k=1 k=1 ⊗n e = e = ⊗n Ok と記す.並行観測量 O の並行観測量と呼び,Fe = k=1 Fk ,O k=1 ⊗n e n k=1 Ok の測定,すなわち,MC(×k=1 Ωk ) (O, S[(ω1 ,ω2 ,...,ωn )] ) を並行測定と呼び, ⊗n ⊗n MC(×nk=1 Ωk ) ( k=1 Ok , S[⊗nk=1 ωk ] ) とか k=1 MC(Ωk ) (Ok , S[ωk ] ) とも書く. 並行測定の意味は以下の通りである.問題 2.16 は, 測定 MC(Ω1 ) (O1 , S[ω1 ] ) と測定 MC(Ω2 ) (O2 , S[ω2 ] ) の 2 つの測定を行いたい. であった.すなわち,下図の状況をイメージすればよい.


2.5. コペンハーゲン解釈─測定は一回だけ         (b)

      

59

状態 −−−−−−−→ 観測量 −−−−−−−−−−−→ 測定値 O1

ω1 (∈Ω1 )

MC(Ω1 ) (O1 ,S[ω1 ] )

x1 (∈X1 )

状態 −−−−−−−→ 観測量 −−−−−−−−−−−→ 測定値 O2

ω2 (∈Ω2 )

MC(Ω2 ) (O2 ,S[ω2 ] )

x2 (∈X2 )

しかしながら,コペンハーゲン解釈 (第 1 章 (U4 )) により, 2 つの測定を行うこ とは禁じられている.したがって,2 つの状態 ω1 (∈ Ω1 ) と ω2 (∈ Ω2 ) を一つの 状態 (ω1 , ω2 )(∈ Ω1 × Ω2 ) と見なして,更に,2 つの観測量 O1 と O2 を合わせて, 並行観測量 O1 ⊗ O2 を構成して,並行測定 MC(Ω1 ×Ω2 ) (O1 ⊗ O2 , S[(ω1 ,ω2 )] ) を行 えばよい.これを図示すると, 状態

(c)

− → 並行観測量 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−→ O1 ⊗O2

(ω1 ,ω2 )(∈Ω1 ×Ω2 )

MC(Ω1 ×Ω2 ) (O1 ⊗O2 ,S[(ω1 ,ω2 )] )

測定値 (x1 ,x2 )(∈X1 ×X2 )

となる. 例 2.18. [問題 2.16 の解答]

2 つの状態空間 Ω1 と Ω2 を閉区間 Ω1 = Ω2 =

[0, 100] と定める.C(Ω1 ) 内の観測量を例 2.7 の冷熱-観測量 O冷熱 = (X(={ 冷 , 熱 }), 2X , F冷熱 ) として,C(Ω2 ) 内の観測量を例 2.9 の約-観測量 O約 = (Y (=N100 10 ), 2Y , G約 ) とする.したがって,C(Ω1 × Ω2 ) 内の並行観測量 O冷熱 ⊗ O約 = ({ 冷 { 冷, 熱 }×N10 , F冷熱 ⊗ G約 ) を定めて,並行測定 MC(Ω1 ×Ω2 ) (O冷熱 ⊗ , 熱 } × N100 10 , 2 100

O約 , S[(ω1 ,ω2 )] ) を考える.たとえば,(ω1 , ω2 ) = (25, 55) として,次を得る: (d) 並行測定 MC(Ω1 ×Ω2 ) (O冷熱 ⊗ O約 , S[(25,55)] ) により,    (冷, 約 50 ℃) 0.375     (冷, 約 60 ℃)   0.375   測定値   (熱, 約 50 ℃)  を得る確率は  0.125    (熱, 約 60 ℃) 0.125 なぜならば,

[(F冷熱 ⊗ G約 )({(冷, 約 50 ℃)})](25, 55)

    である.  


第2章

60

言語ルール 1 ─ 測定

=[F冷熱 ({ 冷 })](25) · [G約 ({ 約 50 ℃ })](55) = 0.75 · 0.5 = 0.375 であり,同様に,

[(F冷熱 ⊗ G約 )({(冷, 約 60 ℃)})](25, 55) = 0.75 · 0.5 = 0.375 [(F冷熱 ⊗ G約 )({(熱, 約 50 ℃)})](25, 55) = 0.25 · 0.5 = 0.125 [(F冷熱 ⊗ G約 )({(熱, 約 60 ℃)})](25, 55) = 0.25 · 0.5 = 0.125 だからである.

注意 2.19.

また,たとえば,(ω1 , ω2 ) = (55, 55) として,次を得る:

(e) 並行測定 MC(Ω1 ×Ω2 ) (O冷熱 ⊗ O約 , S[(55,55)] ) により,    0.125 (冷, 約 50 ℃)     0.125  (冷, 約 60 ℃)    測定値   (熱, 約 50 ℃)  を得る確率は  0.375    0.375 (熱, 約 60 ℃)

    である.  

(2.10)

なぜならば,同様に,   [F冷熱 ({ 冷 })](55) · [G約 ({ 約 50 ℃ })](55) = 0.25 · 0.5 = 0.125     [F ({ 冷 })](55) · [G ({ 約 60 ℃ })](55) = 0.25 · 0.5 = 0.125 冷熱

    

[F冷熱 ({ 熱 })](55) · [G約 ({ 約 50 ℃ })](55) = 0.75 · 0.5 = 0.375 [F冷熱 ({ 冷 })](55) · [G約 ({ 約 60 ℃ })](55) = 0.75 · 0.5 = 0.375

だからである.

これは,例 2.15 と同じ結果であることに注意せよ (後出の注

釈 2.15 参照).

次の定理の証明は自明であるが,内容は深い. 定理 2.20. 同時測定 MC(Ω) (×k=1 Ok , S[ω] ) のサンプル確率空間と並行測定 ⊗n MC(Ωn ) ( k=1 Ok , S[⊗nk=1 ω] ) のサンプル確率空間は等しい. n


2.5. コペンハーゲン解釈─測定は一回だけ

61

証明

(2.8) = 「(2.9) で ωk = ω (∀k = 1, 2, . . . , n) の場合」 であるから,証明は容易である.

♠ 注釈 2.15. この定理 2.20 は,以下の意味で意外と深い.たとえば, 「1 枚のコイン を 10 回投げること」は同時測定で, 「10 枚のコインを投げること」は並行測定であ る.それらの結果─すなわち,サンプル確率空間─は同じになることは,当たり前 と思うかもしれない.しかし, (♯1 ) 上の定理 2.20 では,サンプル確率空間が同じになることが,(一行で済むこ ととしても) 証明されている ことは重要である. 「日常言語の中で何となく当たり前のこととして済ます」か「測 定理論の中できちんと証明する」かは,理論的観点からは,雲泥の差と考えるから である.上の定理 2.20 で見たように,

(♯2 ) 日常言語としての確率論では,同時測定と並行測定とは区別しにくくて,混 同しがちである. しかし,これは,純粋古典測定の著しい特徴である.( 1.3 節の測定理論の全体図 (Y) の中の) 混合古典測定や量子測定では,同時測定と並行測定の違いが鮮明で, たとえば,量子測定においては,同時測定は一般には存在するとは限らないが,並 行測定は必ず存在する (第 3 章で述べる).

測定理論の弱大数の法則─サンプル確率空間を知る

2.5.3

O = (X, F, F ) を C(Ω) 内の観測量とする.n 個の観測量 O の C(Ωn ) 内の並 ⊗n ⊗n n n e e 行観測量を O(= k=1 F )) とする.すなわち, k=1 O) = (X , F , F (= [Fe(Ξ1 × Ξ2 × · · · × Ξn )](ω1 , ω2 , . . . , ωn ) = [F (Ξ1 )](ω1 )[F (Ξ1 )](ω2 ) · · · [F (Ξn )](ωn ) (∀(ω1 , ω2 , . . . , ωn ) ∈ Ωn , ∀Ξk ∈ F (k = 1, 2, . . . , n)) とする.


第2章

62

言語ルール 1 ─ 測定

更に,M+1 (X) = {ν : ν は X 上の確率測度 (付録 B.5 節 (F)) } と定める.写 像 w : X n → M+1 (X) を次のように定める.すなわち,各 Ξ ∈ F に対して,

♯[{k : xk ∈ Ξ}] n n n ∑ 1 1∑ = χΞ (πk (e x)) = χΞ (xk ) n n

[w(x1 , x2 , . . . , xn )](Ξ) =

k=1

k=1

∀e x = (x1 , x2 , . . . , xn ) ∈ X n とする.ここに,♯[A] = “集合 A の要素の個数”,χ は定義関数で,χΞ (x) =

1 (x ∈ Ξ), = 0 (x ∈ / Ξ),πk : X n → X は πk (e x) =πk (x1 , x2 , . . . , xk , . . . , xn ) = xk と定める. ここで,定理 2.21(測定理論の弱大数の法則) を主張するが,その前に,次の 「確率論の弱大数の法則」を注釈しておく.

♠ 注釈 2.16. 確率論の弱大数の法則とは,以下の (♯) のことである. (♯) (X, F, P ) を確率空間,その (X n , Fn , P n ) とする. ∫ ∫ (n 次元) 直積確率空間を 可測関数 f : X → R は, X f (x)P (dx) = µ, X |f (x) − µ|2 P (dx) = σ 2 を 満たすとする.このとき,次が成立する. ∑n f (xk ) σ2 P n ({(x1 , x2 , ..., xn ) ∈ X n | | k=1 − µ| > ε}) 5 2 n ε n (∀ε > 0, ∀n = 1, 2, ...) これは非常に役に立つ定理で,ヤコブ・ベルヌーイ (1654-1705) により証明され, 彼の死後 1713 年に公表された. 世界と独立している数学の定理 (♯) が役に立つこ とを不思議に思うかもしれないが,次の図式:  1 実在的科学言語 ⃝     (数学を包含する日常言語) (ニュートン力学等)  (X1 ) 広義の日常言語 =⇒ 世界記述 (第 1 章 (O))  (第 1 章) (世界記述 (=科学) 以前)  2 言語的科学言語 ⃝    (測定理論等) 0 の中に埋没している数量表現として, において,曖昧模糊とした広義の日常言語⃝ 0 の中の議論は,本書の立 定理 (♯) を理解しているからである.しかし,日常言語⃝ 場 (=第 1 章 ( X5 )) でない.


2.5. コペンハーゲン解釈─測定は一回だけ 定理 2.21. [測定理論の弱大数の法則 (cf. [4, 5, 6])]

63 上の記法の下に,並行測

e S[(ω,ω,...,ω)] ) を考える.任意の ε > 0 と任意の Ξ (∈ F) に対して, 定 MC(Ωn ) (O, e Ξ,ε (∈ Fn ) を次を満たすように定める. D

{ }

e Ξ,ε = x D e = (x1 , x2 , . . . , xn ) ∈ X n | [w(e x)](Ξ) − [F (Ξ)](ω) < ε このとき,次が成立する:

1−

1 e Ξ,ε )](ω.ω, . . . , ω) 5 1 5 [Fe(D 4ε2 n

(∀ω ∈ Ω, ∀Ξ ∈ F, ∀ε > 0, ∀n = 1, 2, 3, . . . )

(2.11)

e S[(ω,ω,...,ω)] ) により得られる よって,n が十分大きいとき,並行測定 MC(Ωn ) (O, 測定値を x e (= (x1 , x2 , . . . , xn ) ∈ X n ) としたとき,(2.11) の意味で,次が成立 する:

[F (Ξ)](ω)+

♯[{k | xk ∈ Ξ}] n

すなわち,この定理は, 測定 MC(Ω) (O, S[ω] ) のサンプル確率空間 (X, F, [F (·)](ω)) は,並行測定

e S[(ω,ω,...,ω)] ) によって実際に知ることができる MC(Ωn ) (O, ことを主張している. 証明

ω ∈ Ω,Ξ ∈ F とする.µ,σ を次のように定めて,簡単な計算を行な

うと,

∫ µ=

χΞ (x)[F (dx)](ω) = [F (Ξ)](ω) ∫

X

|χΞ (x) − µ|2 [F (dx)](ω) = [F (Ξ)](ω)(1 − [F (Ξ)](ω))

σ2 = X

このとき,確率論の弱大数の法則 (注釈 2.16 の (♯)) を用いて, 2 e Ξ,ε )](ω, ω, . . . , ω) 5 σ = 1 [F (Ξ)](ω)(1 − [F (Ξ)](ω)) [Fe(X n \ D ε2 n ε2 n


第2章

64 =

言語ルール 1 ─ 測定

1 (1 1 2) 1 − ([F (Ξ)](ω) − ) 5 2 ε2 n 4 2 4ε n

よって,(2.11) を得る. 数学に慣れていると, 「弱大数の法則では (すなわち,強大数の法則 ( cf. [21]) でないと),物足りない」と思うかもしれない.しかし,ここまで読み進めてき た読者ならば,本書では,これとはまったく別の価値観・センスの下に 議論をし ていることを十分に承知のことと思う14 .念の為に,このことを次の注釈で書く.

♠ 注釈 2.17. 確率論と測定理論の関係は,確率論は数学で,測定理論は (言語的) 世 界記述法なので,混乱の余地がないと思うが,念の為に補足しておく.注釈 1.1 で 述べたように, (♯1 ) 役に立つ数学の背後には,必ず強力な世界記述法が潜んでいる という信念には一理ある.世界と独立している数学が,世界に対して発言するため には,日常言語に埋没した数学という形式では明確な発言をすることは不可能で (注釈 2.4),世界記述法を通して明確な発言をするしか術がないからである (第 1 章 (X1 )–(X5 )).この観点から言えば,定理 2.21 は,この信念 (♯1 ) の一つの実証 と考える.すなわち,

(♯2 ) 定理 2.21 (並行測定の弱大数の法則) という極めて重要な世界記述の命題の 証明に,確率論の弱大数の法則 (注釈 2.16 の (♯)) という数学の定理が使われ ている からである.注釈 1.1 に付け加えるならば,  微分幾何学 (数学) ・ ・ ・相対性理論 (実在的世界記述法)     ・ ・ニュートン力学・電磁気学  常・偏微分方程式 (数学) ・      (実在的世界記述法)   ヒルベルト空間 (数学) ・ ・ ・量子力学 (実在的世界記述法)    確率論 (数学) ・ ・ ・古典測定理論 (言語的世界記述法) となる. 「微分幾何学 (数学)」と「相対性理論 (物理学)」を混同する者は皆無と思 うが, 「確率論 (数学)」と「測定理論 (形而上学)」を多少なりとも混乱する読者は いるかもしれない.しかし,そうだとしたら, 「言語的世界記述法」が新しい提案だ からだと思う.また,本書の初等的構成の仕方にも,混乱の原因があるかもしれな い.第 1 章の (Y) の「測定理論 (=一般量子力学)」からスタートする抽象的なアプ ローチ (すなわち,古典測定理論と量子力学とを一括して議論 (付録 B.6 節 (H))) 14 測定理論の強大数の法則は,第 IV 部 (有界型測定理論) の中での簡単な演習問題であるが, 「敢 えて」省いた.


2.5. コペンハーゲン解釈─測定は一回だけ

65

をすれば (cf. [5]),測定理論の数学的基盤が「作用素代数 (cf. [25])15 」という数学 であることは明らかなので混乱するはずのないことである.

♠ 注釈 2.18. 本章では,簡単な例の中で,言語ルール 1 ─実験検証できない形而上 学的文言─の使い方を説明した.これらを演習した読者ならば,本書の主張,すな わち, (♯1 ) 諸科学のど真ん中に,測定理論という形而上学が居座っている という主張を「トンデモ」とは思わないだろう.すくなくとも, 「もうすこし読んで 見よう」と思ってもらえていると期待する.結局は,世界記述以前 (日常言語) と 世界記述の区切り:  1 実在的方法 ⃝     (数学を包含する日常言語) (世界が先,言葉が後)  0 広義の日常言語 =⇒ 世界記述 (X1 ) ⃝ (第 1 章 (O)) (第 1 章 )  2 言語的方法 ⃝  (世界記述 (=科学) 以前)   (言葉が先,世界が後) を明確に意識することだけで,この区切りの下に, 1 だけが,科学ではない.しかも,曖昧模糊な日常言語⃝ 0 (♯2 ) 実在的世界記述法⃝ の中の議論をなるべく回避する (第 1 章 ( X4 ))

である.

♠ 注釈 2.19. 測定理論は (数学とは別の) 形而上学であるが,哲学との関連の中で, 測定理論を理解することは必要不可欠というわけではない.しかし,哲学志向の読 者のために以下の対応を補足しておく.  言語的方法 (言葉が先,世界が後) ・ ・ ・ソシュール言語観 (8.1 節参照)     状態と観測量 ・ ・ ・ロックの第一次性質と第二次性質     測定は一回だけ ・ ・ ・ 「多」はなくて「一」だけ       (パルメニデス[20, 22])  測定者の時間 (注釈2.8) ・ ・ ・アウグスティヌスの時間論     (注釈6.6 に矮小化した解釈)     観測量が先で,状態が後 ・ ・ ・認識が世界を構成      (カントのコペルニクス的転回   8.1 節参照) 形而上学の本家の哲学では,ソシュール言語観 (すなわち, 「言葉が先,世界が後」) は,常識的に言われていることのようで (8.1 節参照),これを知らなければ,本書 で, 「言葉が先,世界が後」とか「形而上学」等の言葉を書くことを躊躇したかもし れない. 15 「作用素代数=(無限次の) 行列の理論」と思えばいい.第 3 章で多少のことを述べる.また, 「量子力学」は発見当初は, 「行列力学」と呼ばれていたことを思い出してもらいたい.


67

第 3 章 量子論から測定理論へ 本書では,量子力学の予備知識は仮定しない.しかし,第 1 章で述べたように,

(♯)

ことわざ化

量子力学 −−−−−−−−−→ (物理学)

物理法則の形骸化

測定理論 (科学言語)

である.したがって,量子力学について多少のことは知っておいた方が,測定理論 の理解を助ける. 本章では,ボルンの量子測定理論から,2.2 節の言語ルール 1(測 定) を導���する.また,EPR-パラドックス,シュレーディンガーの猫,ハイゼン ベルグの不確定性原理等を通して,量子力学 (すなわち,測定理論) の精神を確認 する1 . ただし,本書の公式見解は,上の (♯) の「逆の矢印」であって (すなわち, 「測定理 論から量子力学へ」であって),これは 9.3 節で議論する.

3.1

量子力学の速習

量子力学は,一般には大学初年度で習うこととは言えないが,量子力学の基礎 的部分は,線形代数 (行列) の初等的知識の範囲内で理解できる.本節では,こ れを説明する. 「ボ 第 1 章でも,量子力学のことに多少触れたが,量子力学は,2 つの法則, ルンの量子力学の確率解釈」と「量子運動方程式 (ハイゼンベルグ方程式,また

1 量子力学を知らなくても,古典測定理論を使いこなすことができる.著者の研究室の 4 年のゼ ミでは,関数解析学 (という数学) が主で, 量子力学には関わらないが ( (量子力学の数理は大学院), それでも学生たちは古典測定理論を十分に理解する.したがって,ゼミを通して,著者は彼等から, 本書の主題の「言語的世界観 (1.1.3 節)」:

(♯) 「猿」や「木」を知らなくても, 「猿も木から落ちる」ということわざは使える という事実を教えてもらったことになる (注釈 3.9).本章は最終章の付録に回してもよかった.しか しそうすると, 「測定理論の背後には量子力学という難しい理論が控えている」と誤解されて読み進 められても困るので,量子力学を敢えて第 3 章に記した (シュレーディンガー方程式は注釈 10.2 に 記した).もちろん,本章を飛ばして,次章へ進んでも特段の支障はない.


第 3 章 量子論から測定理論へ

68

は,それと同値なシュレーディンガー方程式 (注釈 10.2)) 」から成り立つ.すな わち,量子力学は [量子測定]

量子力学 := (物理学)

測定

[運動方程式]

+ 因果関係

[ボルンの確率解釈]

[量子運動方程式]

と表現される. 第 1 章では,以下のようなことを述べた.量子力学の言葉遣いを模倣した言 語体系として,次のように測定理論が提案される:すなわち, 世界が先,言葉が後

量子力学 (物理学)

言葉が先,世界が後 ことわざ化

−−−−−−−−−−→

測定理論

物理法則の形骸化

(科学言語)

によって,測定理論は, [言語ルール 1]

古典測定理論 := (科学言語)

測定

[言語ルール 2]

+

[確率解釈]

因果関係 [ハイゼンベルグ描像]

として提案される.量子力学の「物理法則」は形骸化されるが, 「言語構造」と 「精神」は測定理論に遺伝されなければならない.そうでなければ,測定理論は 日常言語の中に埋没してしまうからである. 本章では,3.1 節で量子力学の速習をして,3.2 節で量子力学 (ボルンの量子測 定理論) から古典測定理論 (言語ルール 1) の導出の仕方を説明する.初等的かつ 具体的な説明であるが,雰囲気は十分に伝わると思う.一般論としての抽象的な 議論は,[2, 5] を参照して欲しい.

3.1.1

ボルンの量子測定理論

C を複素数体とする.Cn を n 次元複素数空間とする.すなわち,   α1  

{ }  α2 

 α1 , α2 , . . . , αn は複素数 Cn = α =  .  .   .  αn


3.1. 量子力学の速習

69

とする.Cn 内に,内積 ⟨·, ·⟩ とノルム || · || をそれぞれ

⟨α, β⟩ =

n ∑

αk · βk ,

||α|| = |⟨α, α⟩|1/2

(∀α, ∀β ∈ Cn )

k=1

によって定める (αk は αk の共役複素数).H = Cn を n 次元ヒルベルト空間と もいう.n = ∞ でも可能であるが,本書では,n < ∞ とする 2 .

b 状態空間とは,次を満たす集合 Ω(⊂ Cn ) のこととする.すなわち { } b = α ∈ Cn | ||α|| = 1 Ω ただし,α = eθ

−1

√ β (すなわち,α = (cos θ + −1 sin θ)β ) であるような θ(∈ R)

b を状態と呼ぶ. が存在するときは,α と β を同一視する.ω ∈ Ω 更に,B(Cn ) を n × n-複素行列全体とする.すなわち,   a11 · · · a1n

{ }  . .. ..  

aij は複素数 .. B(Cn ) = A =  . .   an1 · · · ann として,これを基本代数とする.A ∈ B(Cn ) は,次の 2 つの条件 (i) と (ii) を満 たすとき,非負エルミート行列であると言う.すなわち,

(i) A はエルミート行列,つまり,A = A∗ ,(ここに,A∗ は A の共役転置行列) (ii) A = 0,すなわち,⟨α, Aα⟩ = 0

(∀α ∈ Cn )

簡単のため,測定値空間 X を有限集合とする.3 つ組 O = (X, 2X , F ) は,次の

(i) と (ii) を満たすとき,基本代数 B(Cn ) 内の観測量と呼ばれる.すなわち, (i) F : 2X → B(Cn ) で,F (∅) = 0(= 零行列),F (X) = I(= 単位行列),任 意の Ξ ∈ 2X に対して F (Ξ) は非負エルミート行列

2

(

∞ ∑

k=1

数学としては,無限次元ヒルベルト空間 H (n = ∞ のとき),すなわち,H = {α ∈ C∞ | ||α|| =

αk · αk )1/2 < ∞} のときの方がかなり難しい ( 付録 B.6 節 (A) ).しかし,量子測定の本質

の部分は,n = ∞ でも n < ∞ でも同じである.たとえば,量子コンピュータの理論は,n < ∞ で十分である.


第 3 章 量子論から測定理論へ

70 (ii) 任意の Ξ ∈ 2X に対して,F (Ξ) =

F ({x})

x∈Ξ

この観測量の定義は,デイヴィス [17] による (通常は,エルミート行列を観測量と 呼ぶ (後出の (3.2) 式参照) ).また,観測量 O = (X, 2X , F ) は,F (Ξ) = (F (Ξ))2

(∀Ξ ∈ 2X ) を満たすとき,射影観測量 と呼ばれる. b ). 以上で,量子測定 MB(Cn ) (O = (X, 2X , F ), S[ω] ) が定まる (ここに,ω ∈ Ω すなわち, 量子測定 MB(Cn ) (O, S[ω] ) =

b をもつ量子測定対象 S に対する 状態 ω(∈ Ω) B(Cn ) 内の観測量 O の量子測定 である. 上述の準備の下に,次の「ボルンの量子測定理論 [16] (1926 年)」を得る.ボ ルンの量子測定理論は 20 世紀の科学上の発見の五指には確実に入る偉業である. これは正真正銘の「物理法則 (形而下学)」であって, 「言語ルール (形而上学)」で 「(量子版) 言語ルー はないが,古典測定理論の言語ルール 1 に対応しているので, ル 1」と書いた.もちろん,これは,コペンハーゲン解釈 [第 1 章の (U1 )–(U7 )] の下で理解されるべきである.

(量子版) 言語ルール 1  ボルンの量子測定理論 (量子力学の確率解釈)   基 本 代 数 B(Cn )

内 で 定 式 さ れ た 量 子 測 定 MB(Cn ) (O=

X

(X, 2 , F ), S[ω] ) を 考 え る .量 子 測 定 MB(Cn ) (O, S[ω] ) に よ り 測 定値 x (∈ X) が得られる確率は, ⟨ω, F ({x})ω⟩ で与えられる.

ボルンの量子測定理論を,省略しないで書けば,

b をもつ測定対象 S[ω] に対して,B(Cn ) 内の観測量 (♯) 測定者が,状態 ω(∈ Ω)


3.1. 量子力学の速習

71

O=(X, 2X , F ) を測定するとき,測定値 x(∈ X) が Ξ(∈ 2X ) に属する確率 は ⟨ω, F (Ξ)ω⟩ である となる.また,定理 2.21 (並行測定の弱大数の法則) の量子測定版も成立し,並行量 ⊗N 子測定 k=1 MB(Cn ) (O, S[ω] ) は可能なので,サンプル確率空間 (X, F, ⟨ω, F (·)ω⟩) を知ることができる.

♠ 注釈 3.1. 量子力学は物理学なので,当然のことであるが,次の言葉 (♯) 測定,測定者,測定対象,状態,観測量 (≈ 測定器),測定値,確率 は,世界に実在するものを表現している. すなわち,量子力学は,実在的科学観─ 「世界が先,言葉が後」の精神─に基づいている.当たり前のことに,念を押して いるのかもしれないが,世界記述の 2 つの分類:  ・ ・量子力学  実在的方法 (世界が先,言葉が後)・ 世界記述 ・ ・測定理論 (第 1 章 (O))  言語的方法 (言葉が先,世界が後)・ において, 「どちらのカテゴリーの属する理論か?」をいつも強く意識することは, 本書では特に重要なので,敢えて繰り返した.ただし,9.3 節では,ボルンの量子 測定理論を, 「物理学」ではなくて, 「言語 (お経)」と見る立場を提案して,これが 本書の公式見解になる.

次に,エルミート行列 A(∈ B(Cn )) は射影観測量と見なすことができること を示そう ( 簡単のため,n = 3 の場合で書く).エルミート行列の対角化定理に より,

 x1 ∗ A=U 0 0

0

0

x2 0

 0 U x3

(3.1)

と表現できる.ここに,U (∈ B(C3 )) はユニタリ行列 (すなわち,U ∗ U = U U ∗ =

I = 単位行列),xk ∈ R はエルミート行列 A の固有値である.ここで,X = {x1 , x2 , x3 } として,

 1 FA ({x1 }) = U ∗ 0 0

0 0 0

 0 0 U, 0

 0 FA ({x2 }) = U ∗ 0 0

0 1 0

 0 0 U, 0


第 3 章 量子論から測定理論へ

72  0 FA ({x3 }) = U 0 0 ∗

0 0 0

 0 0 U 1

として,B(C3 ) 内の射影観測量 OA = (X, 2X , FA ) を定めることができる.ま た,逆に,射影観測量 OA = (X, 2X , FA ) から始めても,エルミート行列 A (= 3 ∑ xi FA ({xi }) ) を構成できる.このようにして,エルミート行列 A を射影観測 i=1

量 OA とを同一視,すなわち,次の同一視:

A

(エルミート行列)

←→ OA = (X, 2X , FA )

(3.2)

(射影観測量)

を得る3 . さて,A(∈ B(Cn )) をエルミート行列として,(3.2) の同一視の下で,量子測定

MB(Cn ) (OA , S[ω] ) を考えよう.ボルンの量子測定理論 ((量子版) 言語ルール 1) により, 量子測定 MB(Cn ) (OA , S[ω] ) により,測定値 x(∈ X(= エルミート行列 A の 固有値の集合)) が得られる確率は,⟨ω, FA ({x})ω⟩ である. したがって,測定値の期待値は, ∫ ∑ x⟨ω, FA (dx)ω⟩ = xi ⟨ω, FA ({xi })ω⟩ = ⟨ω, Aω⟩ X

xi ∈X

ω 2 で与えられる.更に,その分散 (δA ) は ω 2 (δA ) =

(xi − ⟨ω, Aω⟩)2 ⟨ω, FA ({xi })ω⟩ = ⟨Aω, Aω⟩ − |⟨ω, Aω⟩|2

(3.3)

xi ∈X

と計算できる.

3

ただし,たとえば,x1 = x2 のように固有値が重複する場合は X    1 0 0 0 ∗ ∗  0 1 0 U, FA ({x3 }) = U 0 FA ({x1 }) = U 0 0 0 0

として,射影観測量 OA = (X, 2X , FA ) を定めればいい.

= {x1 , x3 } となるが,  0 0 0 0 U 0 1


3.1. 量子力学の速習

73

量子測定理論の例 (シュテルン–ゲルラッハの実験 (1922 年)) ここでは,ボルンの量子測定理論の簡単な演習問題を行う. 電子は磁場の中 (すなわち,N 極と S 極の間) を通り抜けると,図 3.1 のよう に,上かまたは下に曲がる.それをスクリーンに設置したガイガーカウンターで 上 か⃝ 下 のどち 検出するシュテルン–ゲルラッハの実験について考えよう.さて,⃝

らのガイガーカウンターが鳴るだろうか?

S

[↑]

N

[↓]

上 ⃝

電子 e [  状態 ω =

α1 α2

]

下 ⃝

スクリーン

図 3.1: シュテルン–ゲルラッハの実験 (1922 年)

b 電子 ω は状態空間 Ω(⊂ C2 ) の元で表現できる.したがって, [ e のスピン状態 ] α1 ω= とおく ( ここに,||ω||2 = |α1 |2 + |α2 |2 = 1 ).また,測定値空間を α2 X = {↑, ↓} として, 「電子の z-軸方向のスピン」の観測量 O = (X, 2X , F z ) は次 のように定まる:

[ ] 1 0 F ({↑}) = , 0 0 z

[ ] 0 0 F ({↓}) = 0 1 z

このようにして,量子測定 MB(C2 ) (O, S[ω] ) を得る.


第 3 章 量子論から測定理論へ

74

このとき,ボルンの量子測定理論 ((量子版) 言語ルール 1) により,次が言える: 量子測定 MB(C2 ) (O, S[ω] ) によって,   [ ] ⟨ω, F z ({↑})ω⟩ = |α1 |2 ↑   が得られる確率は  測定値  である. ↓ z 2 ⟨ω, F ({↓})ω⟩ = |α2 | すなわち,

[

] [ ] 上 α1 ⃝ b スピン状態 ω (= ∈ Ω) をもつ電子 e が磁場を通ったとき, の 下 α2 ⃝ [ ][ ]   [ ] 1 0 α1 2 = |α1 |   α1 α2   0 0 α2    ガイガーカウンターが鳴る確率は    [ ][ ]   [ ] 0 0 α1   α1 α2 = |α2 |2 0 1 α2 である. となる.

EPR-パラドックス 次に,EPR-パラドックス (アインシュタイン–ポドロフスキー–ローゼンのパラ ドックス [18, 26]) を説明する.2 個の電子 P1 と P2 のスピン状態を考える.この ために,テンソルヒルベルト空間 H = C2 ⊗ C2 を次のように定める.すなわち, [ ] [ ] 1 0 , e2 = e1 = 0 1 として (つまり,C2 内の正規直交基底 {e1 , e2 } を定めて),

C2 ⊗ C2 = {

i,j=1,2

αij ei ⊗ ej | αij ∈ C, i, j = 1, 2}


3.1. 量子力学の速習

75

と定義する.ここで,u =

αij ei ⊗ ej と v =

βij ei ⊗ ej の内積

i,j=1,2

i,j=1,2

⟨u, v⟩C2 ⊗C2 を ⟨u, v⟩C2 ⊗C2 =

αi,j · βi,j

i,j=1,2

で定める.したがって,テンソルヒルベルト空間 H = C2 ⊗ C2 の正規直交基底 を {e1 ⊗ e1 , e1 ⊗ e2 , e2 ⊗ e1 , e2 ⊗ e2 } と定めたことになる.また,F ∈ B(C2 ),

G ∈ B(C2 ) に対して,F ⊗ G ∈ B(C2 ⊗ C2 ) (すなわち,線形写像 F ⊗ G : C2 ⊗ C2 → C2 ⊗ C2 ) を (F ⊗ G)(u ⊗ v) = F u ⊗ Gv によって定める.

2 個の電子 P1 と P2 の次のスピン状態 s ∈ C2 ⊗ C2 を,シングレット状態と 呼ぶ:

1 s = √ (e1 ⊗ e2 − e2 ⊗ e1 ) 2 ここに,⟨s, s⟩C2 ⊗C2 = 12 ⟨e1 ⊗ e2 − e2 ⊗ e1 , e1 ⊗ e2 − e2 ⊗ e1 ⟩C2 ⊗C2 = 12 (1 + 1) = 1 により,s は状態であること注意せよ.また,この 2 個の電子 P1 と P2 は非常に 遠く離れていると仮定してもよいことには注意しておくべきである. さて,シュテルン–ゲルラッハの実験のときと同様に,B(C2 ) 内の z-方向のス ピン観測量 O = (X, 2X , F z ) を,X = {↑, ↓} として, [ ] [ 1 0 0 F z ({↑}) = , F z ({↓}) = 0 0 0

0

]

1

で定めて,B(C2 ⊗ C2 ) 内の並行観測量 O ⊗ O = (X 2 , 2X × 2X , F z ⊗ F z ) を

(F z ⊗ F z )({(↑, ↑)}) = F z ({↑}) ⊗ F z ({↑}), (F z ⊗ F z )({(↓, ↑)}) = F z ({↓}) ⊗ F z ({↑})


第 3 章 量子論から測定理論へ

76

(F z ⊗ F z )({(↑, ↓)}) = F z ({↑}) ⊗ F z ({↓}), (F z ⊗ F z )({(↓, ↓)}) = F z ({↓}) ⊗ F z ({↓}) によって定める.このようにして,測定 MB(C2 ⊗C2 ) (O ⊗ O, S[s] ) を得る.このと き,ボルンの量子測定理論 ((量子版) 言語ルール 1) によって,次が言える: 測定 MB(C2 ⊗C2 ) (O ⊗ O, S[s] ) により

(↑, ↑)

  (↓, ↑) 測定値   (↑, ↓)  (↓, ↓)

⟨s, (F z ⊗ F z )({(↑, ↑)})s⟩C2 ⊗C2 = 0

  z z    を得る確率は  ⟨s, (F ⊗ F )({(↓, ↑)})s⟩C2 ⊗C2 = 0.5  ⟨s, (F z ⊗ F z )({(↑, ↓)})s⟩  = 0.5   C2 ⊗C2 z z ⟨s, (F ⊗ F )({(↓, ↓)})s⟩C2 ⊗C2 = 0

     

(3.4) なぜなら,F z ({↑})e1 = e1 ,F z ({↓})e2 = e2 , F z ({↑})e2 = F z ({↓})e1 = 0 だか らである.たとえば,

⟨s, (F z ⊗ F z )({(↑, ↓)})s⟩C2 ⊗C2 1 = ⟨(e1 ⊗ e2 − e2 ⊗ e1 ), (F z ({↑}) ⊗ F z ({↓})(e1 ⊗ e2 − e2 ⊗ e1 )⟩C2 ���C2 2 1 1 = ⟨(e1 ⊗ e2 − e2 ⊗ e1 ), e1 ⊗ e2 ⟩C2 ⊗C2 = 2 2 で,他も同様に計算できる. 上の議論は,A1 地点で粒子 P1 に対する測定値「↓」を得たとすれば,何光年 も遠く離れた A2 地点の粒子 P2 に対しては測定値「↑」が得られることを意味す る.これは不可思議である.考えられるストーリーとしては,

A1 地点で,粒子 P1 が測定値「↓」を測定された瞬間に,粒子 P1 が,その 事実を A2 地点の粒子 P2 に超光速で伝達して, 『私は「↓」と測定されたか ら,君は「↑」と測定されるようにしなさい』と伝えた


3.1. 量子力学の速習

77

としか考えられないのだから困る.更に,困ったことには,理論結果 (3.4) 式,及 び後出の (3.7) 式は完全に実験検証されているのである ( cf. [26]).したがって, 「光より速い何か」が存在する (すなわち, 「非局所性」)

(3.5)

と考えたくなる.このようなシングレット状態に関する議論を,総称して,EPRパラドックスと呼ぶ.

♠ 注釈 3.2. 本節の議論は,[スピン版の EPR-パラドックスで,元々の EPR の論文 [18] は以下のような設定になっている.同一の 2 つの粒子 A1 と A2 が合わさって 静止しているとして,これが 2 つに弾けて正反対に飛び出すことを考える.ここ で,これを量子系の問題と考えて,ある時刻 t0 において,次の議論を考える. (♯1 ) (粒子 A1 の位置, 粒子 A2 の運動量) と粒子 A2 の運動量を正確に測定して, (x1 , p2 ) と p′2 が得られたとする.もちろん,p2 = p′2 であるから, (x1 , p2 )

=⇒

(粒子 A1 の位置, 粒子 A2 の運動量)

p2 粒子 A2 の運動量

と考えていいだろう.

(♯2 ) また,粒子 A1 の運動量と粒子 A2 の運動量を正確に測定して,p1 と p2 が得 られたとする.ここで,運動量保存則から,p1 = −p2 が成り立つから, p2 粒子 A2 の運動量

=⇒

−p2

粒子 A1 の運動量

と考えてよいだろう.

(♯3 ) したがって,(♯1 ) と (♯2 ) により,三段論法によって, ( ) −p2 すなわち, 「粒子 A1 の運動量は,−p2 である」 粒子 A1 の運動量

と結論できて,粒子 A1 の位置 x1 と運動量 −p2 を正確に知り得たことにな る4 というような「三段論法の議論」が成立しそうであるが,結論的には,これは正 しくない(すなわち,量子力学においては,三段論法は一般には成立しない (cf. [7, 9])).EPR の論文 [18] はかなり一般的な設定で書かれていて,この「三段論法 の不成立」や「光より速い何かがあるのか?(非局所性の問題)」以外の問題意識 (た とえば, 「実在とは何か?」等) が主となっていて,いろいろな観点から読める論文 4 ここの「(♯ )–(♯ )」を持って回ったような説明の仕方と思うかもしれないが,注釈 3.7(及び, 1 3 注釈 5.3 ) の準備のためである.


第 3 章 量子論から測定理論へ

78

であるが,本書—言語的科学観 —では, 「実在とは何か?」には関わらない.近年 の研究動向としては, 「シングレット状態をいかに応用するか?」が注目されていて, シングレット状態の応用として, 「量子コンピュータ」, 「瞬間移動 (=完全コピー)」, 「量子暗号」等が流行している.このような研究動向の中で,誰もが「超光速通信」 を夢見るはずであるが,今のところ不可能とされている. 「不可能」と言われると, 益々挑戦したくなるのが,人情かもしれないが.

3.1.2

補遺─ベルの不等式

前節の議論 (EPR-パラドックス) をすこし発展させる. √ a = (a1 , a2 ) ∈ R2 ,|a| = |a1 |2 + |a2 |2 = 1 として,B(C2 ) 内の観測量 Oa = ( ) X={1, −1}, 2X , Fa を次のように定義する: Fa ({1})

=

Fa ({−1})

=

[ √ ] 1 1√ a1 − a2 −1 , 1 2 a1 + a2 −1 [ √ ] 1 1 √ −a1 + a2 −1 . 1 2 −a1 − a2 −1

√ 更に,b = (b1 , b2 ) ∈ R2 ,|b| = |b1 |2 + |b2 |2 = 1 として,同様に,B(C2 ) 内の ( ) 観測量 Ob = X={1, −1}, 2X , Fb を定める. √ √ ♠ 注釈 3.3. たとえば,a = (1, 0), b = (1/ 2, 1/ 2) とすると,B(C2 ) 内の同時観 測量 Oa × Ob は存在しない.証明は簡単で, (♯) 「(「Fa ({x1 })·Fb ({x2 }) ̸= Fb ({x2 })·Fa ({x1 }) 」を示せば, Fb ({x2 })Fb ({x2 }) は非エルミート行列となり,Oa × Ob は観測量でないと結論できて,証明は 終わる 詳細は,各自で確かめてもらいたい.

e ab (=Oa ⊗ Ob ) = (X 2 , 2X 2 , Fa ⊗ Fb ) もちろん,B(C2 ⊗ C2 ) 内の並行観測量 O e ab , S[s] ) は定めることができる.シングレット状態 s に対する測定 MB(C2 ⊗C2 ) (O を得る.ボルンの量子測定理論 ((量子版) 言語ルール 1) によって,次が言える:

e ab , S[s] ) によって測定値 x 測定 MB(C2 ⊗C2 ) (O e (= (x1 , x2 )) ∈ X 2 (={1, −1}2 ) が得られる確率 νab ({(x1 , x2 )}) は

( ) νab ({(x1 , x2 )}) = ⟨s, (Fa ⊗ Fb )({(x1 , x2 )}) s⟩C2 ⊗C2

(3.6)


3.1. 量子力学の速習

79

で与えられる. ここで,相関関数 Cab を以下のように定義する.

∫ ( ) x1 · x2 νab (dx1 dx2 ) = x1 · x2 ⟨s, (Fa ⊗ Fb )(dx1 dx2 ) s⟩C2 ⊗C2 X2 X2 ∑ ( ) = x1 · x2 ⟨s, (Fa ⊗ Fb )({(x1 , x2 )}) s⟩C2 ⊗C2

Cab =

(x1 ,x2 )∈X 2

簡単な計算より ( cf. [26]),

= a1 b1 + a2 b2 を得る. さて,a1 (= (a11 , a12 )),a2 (= (a21 , a22 )),b1 (= (b11 , b12 )),b2 (= (b21 , b22 )) として, 次の 4 つ測定

e a1 b1 , S[s] ), MB(C2 ⊗C2 ) (O

e a1 b2 , S[s] ), MB(C2 ⊗C2 ) (O

e a2 b1 , S[s] ), MB(C2 ⊗C2 ) (O

e a2 b2 , S[s] ) MB(C2 ⊗C2 ) (O

を行うことを考える5 .明らかに,任意の x ∈ {−1, 1} に対して,次が成り立つ.

νa1 b1 ({x} × X) = νa1 b2 ({x} × X),

νa1 b1 (X × {x}) = νa2 b1 (X × {x})

νa2 b1 ({x} × X) = νa2 b2 ({x} × X),

νa1 b2 (X × {x}) = νa2 b2 (X × {x})

ここで,

a1 = (0, 1),

( 1 1 ) b1 = √ , √ , 2 2

a2 = (1, 0),

( 1 1 ) b2 = √ , − √ 2 2

とすると,簡単な計算から次を得る:

√ |Ca1 b1 − Ca1 b2 | + |Ca2 b1 + Ca2 b2 | = 2 2

5

したがって,並行測定

⊗ i,j=1,2

(3.7)

e i j , S[s] ) を考えていることと等しい. MB(C2 ⊗C2 ) (O a b


第 3 章 量子論から測定理論へ

80

♠ 注釈 3.4. 理論結果 (3.7) は,完全に実験検証されている (cf. [26]).また, (3.7) の左辺のような項 5 2

(♯)

のような不等式をベルの不等式 (第 5 章 [脚注 4]) と呼ぶ.この (♯) や (3.7) は,量 子力学の根底を揺るがす深遠な問題 (「非局所性 (3.5)」の問題) として,議論され ることが多い ( cf. [26]). ただし, これらと式 (3.4) は, 「非局所性 (3.5) 」のパラ ドックスとしては同じで, 式 (3.4) の方が直接的で理解し易い. 後出の注意 5.10 で は,古典測定でもベルの不等式が破られることを示す.

3.2

ボルンの量子測定から言語ルール 1 へ

さて,いよいよ,量子力学 (ボルンの量子測定理論 ( (量子版) 言語ルール 1 )

) から古典測定理論 (言語ルール 1( 2.2 節)) の導出,すなわち,

[言語ルール 1]

量子力学 (ボルンの量子測定)

物理法則の形骸化

−−−−−−−−−−→ 測定理論 ことわざ化

(科学言語)

の仕組みを説明する.

H = Cn をヒルベルト空間とする.しかし,ここでは,状態空間を限定して, e b ⊂ Cn ) は 状態空間 Ω(⊂ Ω       1 0 0               0  1  0 e = {e1 , e2 , . . . , en } =  .  ,  .  , . . . ,  .  Ω      .    ..   ..   .        0 0 1 e を状態と呼ぶ. とする.e ∈ Ω 更に,BD (Cn ) を n × n-対角行列全体として,これを基本代数とする.

(a) 量子力学は,基本代数を B(Cn ) としたのだから,これを勝手に,BD (Cn ) に限定してしまったのでは,物理学ではなくなってしまう.しかし,我々 の興味は,言語的側面なので,物理でなくなっても気にすることはない.


3.2. ボルンの量子測定から言語ルール 1 へ

81

e = (X, 2X , Fe) が次を満たすとき,BD (Cn ) 測定値空間 X を有限集合とする.O 内の観測量と言う.すなわち,

e = (X, 2X , Fe) は B(Cn ) 内の観測量, (i) O (ii) 任意の Ξ ∈ 2X に対して,Fe(Ξ) は対角行列. e S[e] ) が定まる (ここに,e ∈ Ω e ).す これで,(対角行列型) 量子測定 MBD (Cn ) (O, なわち,

e S[e] ) MBD (Cn ) (O, e の測定 e をもつ測定対象 S に対する BD (Cn ) 内の観測量 O = 状態 e(∈ Ω) である. 上の議論から,ボルンの量子測定理論 ( (量子版) 言語ルール 1 ) のアナロジー として,次の対角行列型量子測定理論を得る. 言語ルール 1  量子測定(対角行列型)

e 基本代数 BD (Cn ) 内で定式された対角行列型量子測定 MBD (Cn ) (O= X e e (X, 2 , F ),S[e] ) を考える.対角行列型量子測定 MBD (Cn ) (O, S[e] ) に より,測定値 x (∈ X) が Ξ(∈ 2X ) に属する確率は, ⟨e, Fe ({x})e⟩ で与 えられる.

e = (X, 2X , Fe) を BD (Cn ) 内の観測量とする.したがって,x(∈ X) と さて,O して,

 f11 ({x}) 0  0 f22 ({x})  Fe ({x}) =  .. ..   . . 0 0

··· ··· .. . ···

0

 0   ∈ BD (Cn ) ..   . fnn ({x})


第 3 章 量子論から測定理論へ

82

と書ける.ここで,Ω = {ω1 , ω2 , . . . , ωn } を離散距離空間として,これを状態空 間と考える.各 x ∈ X に対して,fx : Ω → R を

( ) fx (ωk ) = fkk ({x}) = ⟨ek , Fe({x})ek ⟩

(∀k = 1, 2, . . . , n)

と定める.{fx }x∈X は,Ω 上の 1 の分解だから,

[F (Ξ)](ω) =

(∀ω ∈ Ω)

fx (ω)

(3.8)

x∈Ξ

とすれば,C(Ω) 内の観測量 O = (X, 2X , F ) を得る.したがって,次の同一視:  

e = (X, 2X , Fe) BD (Cn ) 内の観測量O e = {e1 , e2 , ..., en } ∋ ek Ω

 ←→  同一視

C(Ω) 内の観測量 O = (X, 2X , F )

 

ωk ∈ {ω1 , ω2 , ..., ωn } = Ω

の下に, e S[e ] ) 対角行列型量子測定 MBD (Cn ) (O, k

=

古典測定 MC(Ω) (O, S[ωk ] )

と見なすことができる. すなわち,対角行列型量子測定は次の「(Ω が有限の場合の) 古典測定理論 (2.2 節)」に書き換えられる. 言語ルール 1   (測定: 有限の Ω) 基本代数 C(Ω) 内で定式された古典測定 MC(Ω) (O= (X, 2X , F ), S[ω] ) を考える.古典測定 MC(Ω) (O= (X, 2X , F ), S[ω] ) により,測定値 x

(∈ X) が得られる確率は, [F ({x})](ω) で与えられる. もちろん,上は,コペンハーゲン解釈 [第 1 章の (U1 )–(U7 )] の下で理解される べきである. 上の言語ルール 1(測定: 有限の Ω) を,略さないで書けば,

b をもつ測定対象 S[ω] に対して,C(Ω) 内の観測量 (b) 測定者が,状態 ω(∈ Ω) O=(X, 2X , F ) を測定するとき,測定値 x(∈ X) が Ξ(∈ 2X ) に属する確率 は [F (Ξ)](ω) である となる.


3.2. ボルンの量子測定から言語ルール 1 へ

83

♠ 注釈 3.5. 上の議論とボルンの量子測定理論との対比は重要である (注釈 3.1).本 節の (a) で述べたように,測定理論は,物理学ではなくて,言語─いわば,ことわ ざ的言語─なので,当然のことであるが,言語ルール 1(古典測定: 有限の Ω) 内の 言葉: (♯) 測定,測定者,測定対象,状態,観測量 (≈ 測定器),測定値,確率 は,世界に実在するものに直接的に貼り付いているわけではないが,世界に実在す るものを表現することを予定されている.すなわち,言語的科学観─「言葉が先, 世界が後」の精神─に基づいている.

本節のここまでの議論が, [言語ルール 1]

量子力学

(c)

(ボルンの量子測定)

物理法則の形骸化

−−−−−−−−−−→ 測定理論 ことわざ化

(科学言語)

の仕組みである.要は,量子力学の「行列」を, 「対角行列」に限定して,その 言語的側面に注目したのが,古典測定理論である.ここでは,有限次元ヒルベル ト空間の場合 (すなわち,有限の Ω の場合) について考えたが,一般の場合は,

[2, 5] 等を見よ (付録 B.6 節 (H)). もちろん,これで良しというわけではなくて,ここでやっとスタート点に立っ ただけである.すなわち,古典測定理論 (すなわち,言語ルール 1 と言語ルー ル 2) の提案だけならば,作用素代数 (付録 B.6 節 (H), cf. [25]) と量子力学 (cf.

[28]) を理解していれば,誰でもできること─実質的には,フォン・ノイマンも 知っていたことかもしれない (9.3 節) ─で,特に取り立てて言うほどのことでは ない.

(d) 重要なことは,古典測定理論の威力を見極めて, これを科学言語と見なす ことである これについて,本書全編で答えることになる.


第 3 章 量子論から測定理論へ

84

シュレーディンガーの猫

3.3

本節と次節 (3.4 節) で,シュレーディンガーの猫,ハイゼンベルグの不確定性 原理等を通して,量子力学 (したがって,測定理論) の解釈の仕方─コペンハー ゲン解釈 [第 1 章の (U1 )–(U7 )) 等] ─を説明する.

3.3.1

コペンハーゲン解釈─測定値は脳で感知する—

「シュレーディンガーの猫」は量子力学で最も有名なパラドックスである.こ れを説明する. まず,状況を確認しておこう (図 3.2 参照).

(a) 箱の中に猫を入れておく. 放射性元素,ガイガーカウンター,毒ガスの入っ ている小さい箱も入れておく. 1 時間後に放射性元素からは放射能が出る 可能性は半々とする. もし放射能が出ると,ガイガーカウンターが鳴って, それが引き金になって毒ガスの入っている小さい箱の扉が開く. そうすれ ば,毒ガスが充満して,必然的に猫が死ぬという仕掛けである.また,放 射能が出なければ,猫は元気に生きているというわけである. もちろん,箱 の窓は閉じているので,あなたは猫がどうなっているのかを知らない. さて,ここで次の問題を考えよう:

(b) 一時間後に,猫はどうなっているのだろうか? 量子力学を信じるとしたならば,次が結論できる (図 3.2 参照):

(c) 一時間後に,猫は「半死半生」の状態である. 誤解を恐れずに書くならば, 「図 3.2(♯1 )」+「図 3.2(♯2 )」 2

ような状態である.

(もうすこし正確には,

「図 3.2(♯1 )」+「図 3.2(♯2 )」 √

2

)の


3.3. シュレーディンガーの猫 図 3.2(♯1 )

85 図 3.2(♯2 )

··· 毒ガス 毒ガス

カチッ!

ガイガーカウンター

放射性元素

ガイガーカウンター

6

放射性元素

図 3.2: シュレーディンガーの猫

もちろん,この答え (c) は奇妙である. 常識的に考えれば,一時間後に猫は「死 んでいる」か「生きている」かのどちらかで, 「半死半生」などということはあ りえない. しかしながら,量子力学のシュレーディンガー方程式 (注釈 10.2) を 厳密に適用すると, 「半死半生」という結論が出てくる. 念を押すと, 箱の中で 「元気に生きている」か「死んでいる」かのどちらであるが,それを知らないか ら, 「半死半生」と言っているのではない.本当に6 , 「半死半生」なのである.し かし,

(d) 箱の窓を開けて中を見た瞬間 (すなわち,測定した瞬間) に, 「元気に生きて いる」か「死んでいる」かのどちらかが決定する.すなわち, { 元気に生きている 測定した瞬間 半死半生 −−−−−−−→ 死んでいる となる. これが,有名なシュレーディンガーの猫のパラドックスである. ここに, 6 「本当に」の意味は,哲学的である.アインシュタインは, 「自分が月を見ていないときだって, 月は存在している」として,量子力学に懐疑的であった (cf. [26]).本書の立場は,言語的科学観で, 注釈 3.6 に述べる.


第 3 章 量子論から測定理論へ

86

(e1 ) 測定した瞬間とは,信号が測定者の脳に到達した瞬間である. トンデモ理論であるが (cf. [26]),著者の考えは注釈 3.6(♯) で述べる. 誰も明快なことを言えないから, 「パラドックス」なので,もちろん,これに対 して,いろいろな意見があっていい.上の議論には納得できない部分が多々ある にしても,二元論とは,我 (=脳) を特別なものとみることであることは,確か なことと思う.すなわち, 「トンデモ理論」と言われたとしても,

(e2 )

脳なくして,測定 (値) なし

だけは気分としては信じたい (表 8.1 参照).この (e2 ) もコペンハーゲン解釈の一 つと考えるが,余りにもトンデモなので,第 1 章でコペンハーゲン解釈 [(U1 )–

(U7 )) 等] — (U2 ) で「測定者の時空はない」とだけ書いた— の中に書くのを躊 躇したが (ただし,図 1.1(測定のイメージ図) には, 「脳で感知」と書いた), 第 1 章で書いておいた方が良かったかもしない. 測定理論のおいては, 「計算が合え ばよい」のであって, (実験検証が意味をなさないので) コペンハーゲン解釈はト ンデモでも構わない. 計算のヒントのための「最小限のコペンハゲン解釈」を用 意しておけばよい.

♠ 注釈 3.6. シュレーディンガーの猫の議論 (特に,(d) を「波束の収縮の問題」とも 言う (cf. [26])) では, 「測定者の時間」や「測定後の状態」を前提としているので, コペンハーゲン解釈 [第 1 章の (U1 )–(U7 )] から逸脱している (注釈 2.8). 「混乱」の 原因は,実在的世界観に囚われているからだと考える.言語的世界観の精神— 言 語の限界が, 世界の限界 (ウィトゲンシュタイン:8.1 節 (m))— に従うならば, (♯) シュレーディンガーの猫は, 測定理論の記述能力の範囲外で, したがって, 世 界の限界の外なので, 存在しないことになる (cf .[7, 9]).つまり, 「語りえ ぬものにつては, 沈黙しなければならない」のである. また,量子力学の理解は,コペンハーゲン解釈だけでなくて,別の流儀による量子 力学 (ボーム流の量子力学,エヴェレットの多世界解釈,ネルソンの確率量子化法, ファインマンの経路積分法等) もあって,コペンハーゲン解釈は, 「標準的量子力学」 にすぎない.このように複数の流儀があるということは,(アインシュタインが主 張したように) 量子力学は未完であると考えてもいいだろう.しかし,


3.4. ハイゼンベルグの不確定性原理について

87

(♯1 ) 測定理論は確定していて,しかも, 「測定者の時間」には一切関与しない と言い切る.すなわち,世界記述の分類において,

世界記述

                       

(第 1 章 (O))   

1 : 実在的方法 (世界が先,言葉が後)・ ⃝ ・ ・量子力学 (物理学)

コペンハーゲン解釈 [第 1 章 (U1 )–(U7 )] は基本であるが, 「トンデモ理論」の部分もあって,完全に確定しているわ けではない.したがって,量子力学 「 ( まえがき」の図 1 の量子力学 (2)) は,未完である. 2 : 言語的方法 (言葉が先,世界が後)・ ⃝ ・ ・測定理論 (形而上学)

                   

コペンハーゲン解釈 [第 1 章 (U1 )–(U7 )] は基本で,完全 に確定している.したがって,量子力学 (「まえがき」の 図 1 の量子力学 (1)) は測定理論として完結される. 「言語」 ならば,実験検証の術がないわけで,コペンハーゲン解釈 が「トンデモ理論」でも, 「使い出」がよければ構わないか らである. と考える.このように,量子力学は単純ではない.よく言われることであるが (cf. [26]),

(♯2 ) 「アインシュタイン後に,物理学者たちは直ちに相対性理論を理解した.し かし,量子力学を理解している物理学者は,未だに一人もいない」とか「量 子力学の本は,料理本を読むようにして読め」 2 のような理解の仕方と考えるが,この続き である. 「料理本のように読め」とは,⃝ は,9.3 節に書く.

3.4 3.4.1

ハイゼンベルグの不確定性原理について γ-線顕微鏡による思考実験

ハイゼンベルグの不確定性原理 [19] とは,次の命題 3.1 の (i) と (ii) のことで ある.これは,量子力学において (したがって,20 世紀の科学的成果において), 最も有名な命題の一つである.しかし,本節ではこのハイゼンベルグの不確定性 原理 (命題 3.1) は,量子力学という言語で書かれていないという理由で疑問を投 げかける.

命題 3.1. [ハイゼンベルグの不確定性原理 ]


第 3 章 量子論から測定理論へ

88

(i) ある粒子の位置 x は精密測定できる.また同様に,運動量 p も精密測定で きる.しかし,位置 x と運動量 p を共に精密測定することは不可能で,そ れぞれの誤差 ∆x と ∆p が不可避な近似測定しかできない.

(ii) そして,誤差 ∆x と ∆p は,次の「ハイゼンベルグの不確定性原理」を満 たす.すなわち,

∆x · ∆p + ~(= プランク定数/2π+1.5547 × 10−34 Js).

(3.9)

したがって,一方の精度を上げれば,必然的に,他方の精度は落ちる. ハイゼンベルグは,有名な γ-線顕微鏡による思考実験によって,ハイゼンベ ルグの不確定性原理 (命題 3.1) を導いた ([28, 30]).

z 6

対物レンズ

2ε 電子 e



~ν -

x

図 3.3: γ-線顕微鏡による思考実験 図 3.3 のように,顕微鏡の対物レンズの視野の中心にある 1 個の電子 e が,レ ンズの半径に対して ε なる角を張ったとすると,光学でよく知られているよう に,顕微鏡の軸の方向,すなわち,図 3.3 の z 軸の方向に垂直な x 方向の分解


3.4. ハイゼンベルグの不確定性原理について

89

能は,

∆x =

λ sin ε

( λ は使用される光の波長)

(3.10)

で与えられる.したがって,電子の x 座標は,一般に (3.10) の精度以上は正確 には決めることができない.しかし,使用する光の波長 λ を短くすれば,電子の 位置は,原理的にはいくらでも正確に測定できるはずである. さて,この測定が成立するためには,x 軸の方向から入ってきた光のエネル ギーの一部が,電子ににぶつかって散乱されて,レンズの中に入ってこなければ ならない.ところが,使用される光の振動数が ν ならば,その光のエネルギーは

~ν の整数倍に限られる.すなわち,エネルギーが ~ν で,運動量が ~ν/c である ような光子の集まりであって,その一つが電子によって散乱され,顕微鏡の中に 入ってきて写真乾板を感光させているわけである.この散乱に際してのコンプト ン効果により電子の受ける反動は,散乱前後の電子と光子の,エネルギーと運動 量の保存則から決まる.ところが,実際には散乱された光子が,2ε なる開きを もった対物レンズのどの部分に入ったかは不明であるから x 方向の電子の運動量 の成分 p の変化には,

∆p =

~ν sin ε c

( c は光速)

(3.11)

程度の不確定性を伴わざるをえない.したがって,ここで,更に運動量を精密測 定しても誤差 ∆p は不可避となる.よって,(3.10) と (3.11) および公式 λ = c/ν なる関係から,ハイゼンベルグの不確定性原理 (3.9) を得る. 古典論と光量子および光学から「ハイゼンベルグの不確定性原理」を導くこと ができたのでは,量子力学の立場がない.ハイゼンベルグの思考実験は,量子力 学を創造する模索の過程の中でのハイゼンベルグの秀越なアイデアであって,量 子力学が出来上がってしまってからの「量子力学の枠組み内の議論」ではない.


第 3 章 量子論から測定理論へ

90

♠ 注釈 3.7. 実は,ハイゼンベルグの不確定性原理 (命題 3.1) は意味不明な気分だけ の文言 (すなわち,日常言語の中に何となく埋没した数量表現) で, ハイゼンベルグの不確定性原理 (命題 3.1) は,科学の命題としては,疑わし い文言である と考える.そう考える理由は,ハイゼンベルグの不確定性原理 (命題 3.1) は量子力 学という言語で書かれていないからで,具体的には,

(♯1 ) 命題 3.1 の中では, 「近似測定」と「誤差」に定義が与えられていない (♯2 ) (3.9) の「+」では (つまり, 「=」でなくては), 「原理」と呼ぶには不完全で ある (♯3 ) 「EPR-パラドックス (注釈 3.2 の三段論法の (♯3 )) とハイゼンベルグの不確 定性原理 (命題 3.1) の間の矛盾 ( cf. [30])」すら,命題 3.1 では説明・対処 できない 等である.これらの問題点 (♯1 )–(♯3 ) は,正式のハイゼンベルグの不確定性原理 (後 出の定理 3.4 ) で解決された.それでは, なぜ,ハイゼンベルの不確定性原理 (命題 3.1) は有名なのか? と問うかもしれない.著者は, 古典力学との違いを鮮明に打ち出すための「量子力学の宣伝用のスローガン」 として,ハイゼンベルの不確定性原理 (命題 3.1) は使われた と思っている.量子力学の本質という観点からは, ハイゼンベルの不確定性原理 (し たがって, その数学的定式化の定理 3.4) を過大評価すべきではない. 量子力学の本 質についての著者の意見は, 本書全編を通して述べることであるが, 特に, 9.3 節 [量子力学は物理学か? 工学か?] でまとめておいた.

3.4.2

ハイゼンベルグの不確定性原理の量子力学内の定式化

今日, 「量子力学」と呼ばれているものは,コペンハーゲン解釈を指す.そし て,量子力学の標準解釈 (第 1 章のコペンハーゲン解釈 (U3 )) では,ハイゼンベ ルグの思考実験のような「測定自体の相互作用 (メカニズム)」を,陽には述べな い.すなわち, 測定を相互作用と考えない それでは, 「量子力学の枠組み内のハイゼンベルグの不確定性原理」とは,如何 なるものだろうか?


3.4. ハイゼンベルグの不確定性原理について

91

量子力学の枠組み内において,ハイゼンベルグの不確定性原理は,しばしば次 の「ロバートソンの不確定性原理 (cf. [28, 30])」として理解されることが多い. 定理 3.2. [ロバートソンの不確定性原理]

H = Cn とする. A,B (∈ B(Cn ))

をエルミート行列として,(3.2) 式により,その観測量表現を,それぞれ,OA ,

OB と定める.ここで,測定 MB(Cn ) (OA , S[ω] ) と MB(Cn ) (OB , S[ω] ) を考える7 . このとき,(簡単な計算から) 次が成り立つ: ω ω δA · δB =

1 |⟨ω, (AB − BA)ω⟩| 2

b (∀ω ∈ Ω(⊂ Cn ))

ω ω と δB は (3.3) で示した通りで,すなわち, ここに,δA { [ ]1/2 ω δA = ⟨Aω, Aω⟩ − |⟨ω, Aω⟩|2 [ ]1/2 ω δB = ⟨Bω, Bω⟩ − |⟨ω, Bω⟩|2

である.もちろん,無限次元ヒルベルト空間 H(すなわち,n = ∞) でも同様に 成立する.たとえば,Q が位置観測量,P が運動量観測量のときは (すなわち, √ ω QP − P Q = ~ −1 のときは),δQ · δPω = 12 ~ となる. よく言われる譬えであるが, 「量子力学では,粒子 (たとえば,電子) は一点に 集中しているのではなくて,雲のように広がっている」と思っても,そんなに悪 ω いイメージではない.そうだとしたら,δA は,観測量 A に関する「電子の雲」 ω の広がり具合を表している.δB も同様に観測量 B に関する「電子の雲」の広が

り具合である.ロバートソンの不確定性原理は,その広がり具合の関係を示して いる.ロバートソンの不確定性原理は重要であるが,ハイゼンベルグの不確定性 原理とは別の主張である.そもそもハイゼンベルグの不確定性原理は「近似同時 測定」に関する主張なのだから,ロバートソンの不確定性原理とはまったく異な る.このことは,フォン・ノイマンの古典的名著「量子力学の数学的基礎 (1932 7

したがって,並行測定 MB(Cn )⊗B(Cn ) (OA ⊗ OB , S[ω⊗ω] ) を考えることに等しい.


第 3 章 量子論から測定理論へ

92

年);[28]」の中で指摘されている.しかし,さすがのフォン・ノイマンも,以下 の議論には気が付かなかった. さて,ハイゼンベルグの不確定性原理の量子力学内での本当の定式化を示そ う.もちろん,以下の議論は, 「巧妙な思考実験」によるものではなくて,ボルン の量子測定理論 ( (量子版) 言語ルール 1 ) からの単純な帰結である.次の定義か ら始める. 定義 3.3. [近似同時観測量,誤差] H = Cn とする.A,B (∈ B(Cn )) をエル ミート行列とする.X ,Y (⊂ R) を有限集合とする.B(Cn ) 内の観測量 OAB =

(X × Y, 2X×Y , FAB ) が次を満たすとき,OAB を A と B の近似同時観測量と 呼ぶ.

 ∑  ⟨ω, Aω⟩ = x⟨ω, FAB ({x} × Y )ω⟩   x∈X ∑  y⟨ω, FAB (X × {y})ω⟩   ⟨ω, Bω⟩ =

b (∀ω ∈ Ω(⊂ Cn ))

y∈Y

ω 更に,近似同時測定 MB(Cn ) (OAB , S[ω] ) のそれぞれの誤差 ∆ω A と ∆B を次のよ

うに定める:  [∑ ]1/2 2   ∆ω = x ⟨ω, F ({x} × Y )ω⟩ − ⟨Aω, Aω⟩ AB   A [x∈X ]1/2 ∑  2 ω  ∆ = y ⟨ω, F (X × {y})ω⟩ − ⟨Bω, Bω⟩  AB B 

b (∀ω ∈ Ω(⊂ Cn ))

y∈Y

ω ω ω ここで,∆ω A と ∆B は,近似同時測定に伴うそれぞれの誤差であって,δA と δB

のような「電子の雲」の広がり具合ではない8 .

このとき,次のようにハイゼンベルグの不確定性原理の量子力学内の定式化を 得る:

8

ω は揺らぎ・ノイズで,∆ω は測定誤差と思えばいい. δA A


3.4. ハイゼンベルグの不確定性原理について

93

定理 3.4. [ハイゼンベルグの不確定性原理の量子力学内の定式化 (cf. [1]) ]

H = Cn とする.A,B (∈ B(Cn )) をエルミート行列とする.このとき,次が成 り立つ9 :

(i) A,B の近似同時測定 MB(Cn ) (OAB , S[ω] ) が存在する. (ii) 更に,次のハイゼンベルグの不確定性原理が成立する: ω ∆ω A · ∆B =

1 |⟨ω, (AB − BA)ω⟩| 2

b (∀ω ∈ Ω(⊂ Cn ))

(ii)′ もちろん,無限次元ヒルベルト空間 H(すなわち,n = ∞ のとき) でも,同 様に (i) と (ii) は成立する.たとえば,Q が位置観測量,P が運動量観測 量のときは, ω ∆ω Q · ∆P =

1 ~ 2

b (∀ω ∈ Ω(⊂ H))

(3.12)

が成立する.

♠ 注釈 3.8. 注釈 3.7 を補足しよう.ハイゼンベルの不確定性原理 (命題 3.1) は,近 似同時測定に関する命題のはずなのに,近似同時測定の定義がされていないので, 実は意味不明な文言で,EPR-パラドックスの注釈 3.2 の三段論法 (♯1 )–(♯3 ) に対し て,明確な説明ができなかった.すなわち, ハイゼンベルの不確定性原理 (命題 3.1) と三段論法 (♯1 )–(♯3 ) は,矛盾する というような議論がされてきた (cf. [30]). 注釈 3.2 の (♯1 ) と (♯2 ) は近似同時測定 でも同時測定でもないので (すなわち,(♯1 ) と (♯2 ) を一回の測定で済ますことがで きないので),正式のハイゼンベルの不確定性原理 (定理 3.4) とは無関係であって, 矛盾もしない (cf. [9]).結局, 量子系では,一般には,三段論法は成立しない という事実だけが残る (cf. [7]).

本節 (3.4 節) の議論から,本書の立場を次のように確立する.すなわち,

9

より正確な表現とその証明は, 参考文献 [1] を見よ.


第 3 章 量子論から測定理論へ

94

量子力学で記述されていない理論 ( 本節では,ハイゼンベルグの不確定性 原理 (命題 3.1) ) を,量子力学 (という言語で) で記述する (本節では,ハ イゼンベルグの不確定性原理定理 3.4) で, 「量子力学」を「測定理論」に言い換えて,次を得る. 本書の立場 3.5. [=第 1 章 ( X4 ) ] 本書の一貫した立場は,

(♯1 ) あいまいに (すなわち,言語が宣言されていないで) 書かれている理論を, 測定理論という言語で記述する である.たとえば,

(♯2 ) 未解決問題 (すなわち,意見が分かれる議論等) があったら,それを測定理 論で記述すれば,問題が解決される.つまり,未解決問題を解くというこ とは,それを測定理論で記述することである である. もちろんのことであるが,第 2 章で述べたすべての議論は,この立場からの 議論である.

♠ 注釈 3.9. 著者は, 「量子力学 ( 定理 3.4 :量子力学内のハイゼンベルグの不確定性原理) (参考文 献 [1]) 」から「古典測定理論 (参考文献 [2, 3])」へ という順序で進んだので,当初は, 量子力学を知らなければ,古典測定理論はわからない と思い込んでいた.しかし,そうでないことを,研究室の学生たちから教わった (この章の [脚注 1] 参照).これは,著者が,測定理論に関して行った「唯一の実験 検証」である. この実験結果 (すなわち, 「初めに, 言葉 (測定理論) ありき」) を 「ささやかな発見」と思って自己満足していた.この続きは 8.1.2 節に書く.


95

第 4 章 フィッシャー統計学 I 測定理論は次のように定式化される. [言語ルール 1]

測定理論 := (科学言語)

測定 [確率解釈]

[言語ルール 2]

因果関係

+

[ハイゼンベルグ描像]

第 2 章では言語ルール 1 を説明した.本章では,フィッシャー統計学を言語ルール

1 の言葉遣いで記述する1 .これまで同様に連続・純粋型が中心であるが,4.4 節で は,混合型を補足する. 高校で,確率・統計を最初に習ったときに,誰もが不思議に思うこと: ニュートン力学の適用対象は,古典力学的現象だけなのに,確率・統計は,な ぜ,経済学にも医学にも使えるのだろうか2 に答えることが本書の動機の一つであったことに留意して,本章を読んでもらいた い.なお,本章では,統計学の予備知識を仮定しないが,大学初年度に習う統計学 を知っていればそれに越したことはない.

4.1 4.1.1

なぜ,統計学は諸科学で使われるのか? 統計学の基礎は磐石か?

統計学は非常に重要な学問である.身近な生命保険だけでなく,裁判の DNA 鑑定,更には国の経済政策の決定など,統計学が必要不可欠とされる分野は枚挙 にいとまがない.したがって,統計学は「絶対的な権威を持つ学問」として社会 に信頼されねばならないが,それを担保する科学的基礎は,本書の立場では残念 ながら磐石とはいえない.なぜならば,

1 統計学はフィッシャーだけに負うわけではないが,ベイズ統計学と区別するために, 「フィッシャー 統計学」とした. 2 第 1 章 ( F ) 参照 5


第 4 章 フィッシャー統計学 I

96

「統計学の手法が, いかなる世界観の下に記述されているのか?」または同 じ意味で, 「統計学の手法が, いかなる言語によって記述されているのか?」 が明示されていないからである. すなわち, 本書の立場 3.5(=第 1 章 ( X4 )) は, すべての工学・諸科学は測定理論─言語ルール 1 と 2 ─で記述されねばな らない と主張するからである. そうであれば,我々のすべきことは, 統計学の手法— 「フィッシャーの最尤法」, 「信頼区間」, 「仮説検定」,「ベ イズの方法」等— を測定理論の言葉で言い換えること で,これを以下に行う.統計学のこれらの手法は,文系・理系を問わず大学初年 度で履修することなので, 「言い換え」の理解は簡単すぎるはずである.したがっ て,本章の目的は,単に「言い換え」を説明することではなくて,もっとハード ルを上げて, 「統計学が諸科学で使われる理由が初めて分かった」, 「フィッシャーは,ア ンシュタイン並にすごい」を読者に実感してもらう こととしたい3 .

3 統計学が使われない諸科学など無いのだから,大雑把に言うならば, 「諸科学とは,統計学で記 述された学問」である.これをもうすこし丁寧に主張したのが,本書の内容と思えば良いだろう.ま 1 実在的科学観」と「⃝: 2 た,誤読されないように書くならば,第 1 章 (X1 ) の世界記述の分類 (「⃝: 言語的科学観」) において,

1 の代表者をアインシュタインとするならば,⃝ 2 の代表者は,フィッシャーである (♯) ⃝

と主張したい.


4.1. なぜ,統計学は諸科学で使われるのか?

4.1.2

97

試行と測定

「試行」という言葉は,高校数学の教科書の「確率」で,最初に習う基本的な 言葉である.しかし, 「試行」という言葉は,岩波数学辞典 (cf. [23]) にも載って いない言葉で,微妙なポジション─数学用語なのか? そうでないのか?─に位 置する言葉である.すなわち, 統計学の最重要基礎概念である「試行」が,高校では「数学」で,岩波数 学辞典ではそうでない という事実は,本書の立場では重要で,その理由は以下を読めばわかるだろう.

(X, F, P ) を確率空間とする (付録 B.5 節 (B)).X を標本空間,その元を標本 と呼ぶ. 「試行」の広辞苑的定義を書くならば, 試行とは, 「コインを投げる」, 「サイコロを投げる」などのように,同じ条 件のもとで何度も繰り返すことができる実験や観測のことである となる.試行によって,標本 x(∈ X) が得られる.標本が Ξ(∈ F) に属するとき に,事象 Ξ(∈ F) が起きると言う. さて,次の文言 (A1 )–(A3 ) はいずれも同じ意味の文言である,と本書では解 釈する.

(A1 ) 事象 Ξ(∈ F) が起きる確率は,P (Ξ) である. (A2 ) ある試行を行なうとき,標本が事象 Ξ(∈ F) に属する確率は,P (Ξ) である. (A3 ) 試行 (X, F, P ) を行なうとき,標本が事象 Ξ(∈ F) に属する確率は,P (Ξ) である. 試行は,同じ条件のもとで何度も繰り返すことができるので,これらの標本の データから,サンプル確率空間 (X, F, P ) を得る.


第 4 章 フィッシャー統計学 I

98

文言 (A3 ) の場合,試行 (X, F, P ) とサンプル確率空間 (X, F, P ) がダブるの で,(A3 ) のような言い方は普通とは言えないが,本書では (A3 ) のような表現を 採用する.

♠ 注釈 4.1. (A1 ) は「数学的」で,(A3 ) は「呪文的」かもしれないが,(A1 )–(A3 ) についてこの部分だけを幾ら議論しても埒が開かない.結局は,測定理論の観点か らの議論になるが,これは本書全編で行うことである.

Ω を集合として,パラメータ空間と呼ぶ.各パラメータ ω(∈ Ω) に対して,試 行 (X, F, Pω ) を定めて,試行族 {(X, F, Pω )}ω∈Ω を考える.このとき,上と同 様に,次の文言 (B1 )–(B3 ) はいずれも同じ意味の文言と考える.

(B1 ) ω0 ∈ Ω として,試行 (X, F, Pω0 ) を行なうとき,標本が事象 Ξ(∈ F) に属 する確率は,Pω0 (Ξ) である.

(B2 ) ω0 ∈ Ω とする.母集団 S[ω0 ] に対して試行 (X, F, Pω0 ) を行なうとき,標 本が事象 Ξ(∈ F) に属する確率は,Pω0 (Ξ) である

(B3 ) 試行 T({(X, F, Pω )}ω∈Ω , S[ω0 ] ) を行なうとき,標本が事象 Ξ(∈ F) に属す る確率は,Pω0 (Ξ) である 同様に,サンプル確率空間 (X, F, Pω0 ) を得る. 上の (B1 )–(B3 ) の中で, 「試行」という言葉が混乱して使われているが,

(B1 )=(B2 )=(B3 ) と読んでもらいたい. 文言 (B3 ) のような言い方は馴染みがないかもしれないが,本書では,文言 (B3 ) を採用して,次の言語ルール 1(試行版) から始める.


4.1. なぜ,統計学は諸科学で使われるのか?

99

言語ルール 1(試行版) 試行 T({(X, F, Pω )}ω∈Ω , S[ω0 ] ) を行なうとき,標本が事象 Ξ(∈ F) に 属する確率は,Pω0 (Ξ) である

測定理論の言語ルール 1(2.2 節) と同様に,これも,一種の「呪文」と考える. と言うよりも, 「数学的」でなくて, 「呪文的」に読んでもらえるように,(A1 ) か ら (B3 ) までをを準備したわけである. 測定と試行の相違点と類似点の両方を理解することは重要で,上の言語ルー ル 1(試行版) は,言語ルール 1(測定:2.2 節) との類似点の理解のための工夫であ る.以下の例で,測定と試行との微妙な相違点を確認する. 例 4.1.   [例 2.10(壷問題):測定と試行] 例 2.10(壷問題) を再び考える.すなわ ち,2 つの壷 U1 ,U2 がある.壷 U1 には 8 個の白球と 2 個の黒球,壷 U2 には

4 個の白球と 6 個の黒球が入っているとする (図 4.1).

U1 ≈ω1

U2 ≈ω2

図 4.1: 壷問題 (例 2.10 の図 2.5 と同じ) 例 2.10 と同様に,

(a) 壷 U2 から 1 つの球を取り出すとき,その球が「白」 である確率は 0.4 で ある. を考える.これを,測定理論的記述と統計学的記述で書いてみよう.


第 4 章 フィッシャー統計学 I

100 [I: 測定による記述] 例 2.10(壷問題) で既に述べた.

[II: 試行による記述] パラメータ空間を,Ω = {ω1 , ω2 } とし,次の同一視を考える: 壷 U1 ≈パラメータω1 ,

壷 U2 ≈パラメータω2

試行族 {({ 白, 黒 }, 2{ 白, 黒 } , Pω )}ω∈Ω を次のように定義する:

Pω1 ({ 白 }) = 0.8,

Pω1 ({ 黒 }) = 0.2

Pω2 ({ 白 }) = 0.4,

Pω2 ({ 黒 }) = 0.6

(4.1)

したがって,文言 (a) は,言語ルール 1(試行版) により,次のように記述するこ とができる:

[ { 白, 黒 }

(b) 試行 T( {({ 白, 黒 }, 2 , Pω )}ω∈Ω , S[ω2 ] ) により,標本 [ ] Pω2 ({ 白 }) = 0.4 られる確率は である. Pω2 ({ 黒 }) = 0.6

白 黒

] が得

となる. もちろん,[I: 測定による記述] と [II: 試行による記述] とが類似しているのは, 次の定理 4.2 に拠る. 定理 4.2.   証明

試行と古典測定は,数学的に同値である.

試行 T({(X, F, Pω )}ω∈Ω , S[ω0 ] ) と測定 MC(Ω) (O=(X, F, F ), S[ω0 ] ) にお

いて,

Pω (Ξ) = [F (Ξ)](ω)

(∀Ξ ∈ F, ω ∈ Ω)

とすればよい4 .

4 第 3 章で述べたように,量子測定では,F (Ξ) は正値エルミト行列なので,このように単純なわ けではない.


4.2. フィッシャーはボルンの逆を考えた

101

♠ 注釈 4.2. 定理 4.2 から,数学構造としては, 「試行=古典測定」と思ってもよい. たとえば, (♯) 試行は何回も繰り返すことができるが,測定は一回だけ だとしても,並行測定 (2.5.2 節) を導入すれば,この (♯) の違いは解消できる.ま たは,コルモゴロフの拡張定理 ( B.5 節 (H)) の精神— 多数の試行を一回の試行と 見なす— が,コペンハゲン解釈 (測定は一回だけ) に起因していると考えることも できる (cf [6, 9]).しかし,測定理論の理解の仕方 ( 言語的科学観 [第 1 章 (I)] や コペンハーゲン解釈 [(U1 )–(U7 ) ) が, 「試行」においては消去・省略されているの で, 「試行」は,日常言語に埋没した数学 (数量的表現) という形になってしまった と考える.すなわち,次の図式 (第 1 章や注釈 2.4 の (X1 ) の再掲): (数学を包含する日常言語)

(X1 ) (第 1 章)

0 広義の日常言語 =⇒ ⃝ (世界記述 (=科学) 以前)

世界記述

 1 実在的方法 (実在的科学言語)  ⃝

(第 1 章 (O))  ⃝ 2 言語的方法 (言語的科学言語)

0 内と言ってもいいだろう.もちろん, の中で, 「試行」の居場所は広義の日常言語⃝

(♯) 「測定」においては,状態と観測量が不可欠で,量子力学と繋がっているが, 「試行」 は,量子力学との関係が断ち切れている.したがって, 「一元論か?二元論?」が曖昧 にされている ( 同じことであるが,ジョン・ロックの「第一次性質 (状態)・第二次性 質 (観測量)」の概念が消去・省略されている) ことは重要な違いである.「試行」においては, 肝心なコペンハーゲン解釈が消滅してしまう のだから, 定理 4.2 の「数学的同値」を過大視するのは危険であるが,本章では,試行と古典 測定の類似性の部分に注目する.

4.2

フィッシャーはボルンの逆を考えた

定理 4.2 で示したように,統計学 (試行) と測定理論 (測定) はかなり似ている. したがって,似たような議論ができるはずで,本章ではこれを議論する.本節で は,統計学の基本である「フィッシャーの最尤法」を言語ルール 1 ( 測定) の言 葉遣いで表現する.

4.2.1

推定問題─金の鉱脈の探索や天気の予測等

次の問題 4.3 はフィッシャーの最尤法を使う最も簡単な例である.


第 4 章 フィッシャー統計学 I

102

問題 4.3. [壷問題 ( 例 2.10 と同じ),フィッシャーの最尤法の簡単な例]

2つ

の壷 U1 と U2 がある.壷 U1 には,8 個の白球と 2 個の黒球が入っている.ま た,壷 U2 には,4 個の白球と 6 個の黒球が入っていると仮定する. 次の手続き (i) と (ii) を考える (図 4.2 参照).

どちらの壷 (U1 または U2 ) がカーテンの後ろに置かれているのかあなたは知らない カーテンの後ろの壷から球を一つ取り出したら,白球だった このとき,壷は U1 または U2 のどちらか? これを推定せよ.

U1 ≈ω1

U2 ≈ω2 -

[∗]



図 4.2: 純粋測定 (フィッシャーの最尤法)

(i) 2 つの壷 (すなわち, U1 または U2 ) のうち一つが選ばれて,カーテンの 後ろに置かれている. しかし, カーテンの後ろの壷がどちらなのか (U1 ま たは U2 ) をあなたは知らない.

(ii) 手続き (i) で選ばれて,カーテンの後ろに置かれた壷の中から一つの球を 取り出す.そして,その球が白球であった. ここで,次の問題:

(iii) 手続き (i) では, どちらの壷 (U1 または U2 ) がカーテンの後ろに置かれた のだろうか? を考えたい (図 4.2).


4.2. フィッシャーはボルンの逆を考えた

103

答えは,簡単で,誰もが, 「カーテンの後ろの壷は U1 である」と直感で答える だろう.なぜならば, 「U1 の方が白球が多く入っていて, 白球が選ばれやすい」 からである.簡単すぎるかもしれないが, この直感の数量的表現がフィッシャー の最尤法である.

4.2.2

フィッシャーの最尤法 (測定理論における)

次の定義から始めよう: 記法 4.4.   [MC(Ω) (O, S[∗] )] 基本代数 C(Ω) 内で定式化された測定 MC(Ω)

(O=(X, F, F ), S[ω] ) を考える.ここで, 測定を行う多くの場合は,状態 ω (∈ Ω) を未知と仮定することは自然で ある. なぜならば通常は 「状態 ω を知る」ために測定 MC(Ω) (O, S[ω] ) を行う からである.よって, 「測定者が,測定対象の状態 ω を知らない」ということを 強調したい場合は, MC(Ω) (O, S[ω] ) を MC(Ω) (O, S[∗] ) と記す. この記法 MC(Ω) (O, S[∗] ) を使って, 我々の当面の問題は,次のように書ける:

(a) 測定 MC(Ω) (O=(X, F, F ), S[∗] ) により得られた測定値が Ξ(∈ F) に属した と仮定する.このとき,未知の状態 [∗] (∈ Ω) を推定せよ. である したがって,測定は, 「表からの見方」で,

(b)

測定

(観測量 [O],状態 [ω(∈ Ω)]) −−−−−−−−−→ 測定値 [x(∈ X)] MC(Ω) (O,S[ω] )


第 4 章 フィッシャー統計学 I

104

であるのに対して,推定は, 「裏からの見方」で,

(c)

推定

(観測量 [O],測定値 [x ∈ Ξ(∈ F)]) −−−−−−−−−→ 状態 [ω(∈ Ω)] MC(Ω) (O,S[∗] )

と思えばいい.すなわち,推定問題は,測定の逆問題と言える.したがって,図 4.3 が,推定問題のイメージ図である.

(測定対象)

未知の状態 −−−−−−−→ 観測量 −−−−−−−→ 測定値

6

|

(測定器)

確率的

{z

(出力)

}

我 (測定者)

推定

図 4.3: 推定のイメージ図 (推定は,測定の逆問題) 問題 (a) に答えるために,フィッシャーの最尤法を測定理論の言葉で表現する. 定理 4.5.   [フィッシャーの最尤法 (測定理論的表現) ( cf. [4, 13])]

測定

MC(Ω) (O =(X, F, F ), S[∗] ) を考える.測定 MC(Ω) (O, S[∗] ) により得られた測定 値が Ξ (∈ F) に属していることがわかったとする.このとき,システム S の未 知の状態 [∗] を次のような状態 ω0 (∈ Ω) と推定することには一理ある:

[F (Ξ)](ω0 ) = max[F (Ξ)](ω) ω∈Ω

すなわち,[F (Ξ)](ω) 5 [F (Ξ)](ω0 ) (∀ω ∈ Ω) を満たす ω0 (∈ Ω) と推定できる5 .

5 ただし,測定理論の (量子測定理論まで含めた) 正式な「フィッシャーの最尤法」は,注釈 4.6 で述べる.また,Ω は局所コンパクト空間としているので,記号「max」の使い方は乱暴であるが, この程度の乱雑さは,寛容に読み進めるのがこの辺りの議論のセンスと思ってもらいたい ( 第 2 章 ˇ の脚注 3(Stone-Cech コンパクト化) 参照).


4.2. フィッシャーはボルンの逆を考えた

105

1 [F (Ξ)](ω)

0

ω0

図 4.4: フィッシャーの最尤法 証明

ω1 と ω2 を Ω の元として,[F (Ξ)](ω1 ) < [F (Ξ)](ω2 ) と仮定する.言語

ルール 1(測定) より,

(i) 測定 MC(Ω) (O, S[ω1 ] ) により得られる測定値が Ξ に属する確率は [F (Ξ)](ω1 ) (ii) 測定 MC(Ω) (O, S[ω2 ] ) により得られる測定値が Ξ に属する確率は [F (Ξ)](ω2 ) となる.[F (Ξ)](ω1 ) < [F (Ξ)](ω2 ) と仮定したのだから, 「(i) は (ii) より稀に起き る」と言える.よって,[∗] = ω1 と推定するより,[∗] = ω2 と推定した方が理が ある.

♠ 注釈 4.3. 統計学のフィッシャーの最尤法─すなわち,定理 4.5 (測定理論のフィッシ ャーの最尤法) を「試行」の言葉で記述すること─は,定理 4.2 (試行=古典測定) から, 定理 4.5 の中で,測定 MC(Ω) (O=(X, F, F ), S[ω0 ] ) を試行 T({(X, F, Pω )}ω∈Ω , S[ω0 ] ) に置き換えればよい.

解答 4.6. [問題 4.3 の測定理論での解答] 例 2.10 [壷問題] より,測定 MC(Ω) (O=

({ 白, 黒 }, 2{ 白, 黒 } , F ), S[∗] ) を考える.式 (2.5) より, max{[F白黒 ({ 白 })](ω1 ), [F白黒 ({ 白 })](ω2 )} = max{0.8, 0.4} = 0.8 = F白黒 ({ 白 })](ω1 )


第 4 章 フィッシャー統計学 I

106

よって,定理 4.5 により,状態 ω1 が推定できて,したがって,カーテンの後ろ の壷は U1 であることが推定できる.

♠ 注釈 4.4. 図 4.3 のように,測定の逆問題は,推定 (フィッシャーの最尤法) であっ た.それならば,逆問題をフィッシャーが解いたのだから, フィッシャーは, 「測定」を理解していたが, 「測定」は簡単すぎて言うまでも ないので,逆問題の「推定」を提案した と考えたくなる.もちろん,こう言ってしまうとフィクションになってしまうが, 次の事実は注目に値する: ボルンの「量子力学の確率解釈 ( (量子版) 言語ルール 1 ) : [16] (1926)」の発 見とフィッシャーの古典的名著「Statistical Methods for Research Workers (1925)」の出版時期は,ほぼ同じである. 本書の立場で言えば, 「同時代に,フィッシャーとボルンは別の分野で同じようなこ とを考えていた」ということで,したがって, 「測定理論の言語ルール 1(2.2 節) は, ほとんどの科学の共通の基盤」ということになる.

4.3

測定理論による統計的手法

前節 ( 定理 4.2) で,測定 MC(Ω) (O=(X, F, F ), S[ω0 ] ) と試行 T({(X, F, Pω )}ω∈Ω ,

S[ω0 ] ) の数学的類似性を示した.したがって,統計学の手法を測定理論で記述可 能なことは,十分予想できるが,本節ではこれを確認する.もちろん,すべての 結果は,2.2 節の言語ルール 1(2.2 節) からの帰結であるが,統計学の初歩を知っ ている読者ならば,本節の議論は簡単すぎるかもしれない.

4.3.1

フィッシャーの最尤法の例

例 4.7. [壷問題] 各壷 U1 , U2 , U3 の中には,白球と黒球が表 4.1 で示したよう な割合で多数入っていると仮定する. ここで,


4.3. 測定理論による統計的手法

107

表 4.1: 壷問題 白・黒  壷 白球 黒球

壷 U1 80% 20%

壷 U2 40% 60%

壷 U3 10% 90%

(i) この 3 つの壷の中の一つの壷が選ばれている.ただし,この選ばれた壷が U1 ,U2 ,U3 のどれかは,あなたは知らないとする.この壷の中から,球を 一つ取り出す.この取り出した球の色が「白」 であることがわかったとす る.このとき,あなたは,この壷は,U1 ,U2 ,U3 のどの壷と推定するか? 更に,

(ii) (i) に引き継いで,この壷の中から,球をもう一つ取り出す.この取り出し た球の色が「黒」とする.即ち,(i) と合わせて,(白, 黒) が得られたことに なる.このとき,あなたは,この壷は,U1 ,U2 ,U3 のどれと推定するか? を考える. さて,上の問題 (i) と (ii) を測定理論の言葉で解答しよう.さて,

ωj ←→ [壷 Uj が選ばれた状態] (j = 1, 2, 3) と考えて,状態空間 Ω ( ={ω1 , ω2 , ω3 } ) を定める.更に,C(Ω) 内の観測量

O = ({ 白, 黒 }, 2{ 白, 黒 } , F ) を次のように定義する: F ({ 白 })(ω1 ) = 0.8,

F ({ 白 })(ω2 ) = 0.4,

F ({ 白 })(ω3 ) = 0.1    

F ({ 黒 })(ω1 ) = 0.2,

F ({ 黒 })(ω2 ) = 0.6,

F ({ 黒 })(ω3 ) = 0.9

(i) の解答

まず,測定 MC(Ω) (O, S[∗] ) を考える.測定 MC(Ω) (O, S[∗] ) により測

定値「白」 が得られたと仮定した.したがって,

[F ({ 白 })](ω1 ) = 0.8 = max[F ({ 白 })](ω) = max{0.8, 0.4, 0.1} ω∈Ω


第 4 章 フィッシャー統計学 I

108

であるから,フィッシャーの最尤法 (定理 4.5) により,

[∗] = ω1 を得る.よって,未知の壷は U1 であると推定できる. 2 2 2 次に,同時測定 MC(Ω) (×k=1 O = (X 2 , 2X , Fb = ×k=1 F ), S[∗] )

(ii) の解答

を考える.同時測定 MC(Ω) (×k=1 O, S[∗] ) により測定値 (白, 黒) が得られたとい 2

うのが問題 (ii) の仮定であった.ここで,

[Fb({(白, 黒)})](ω) = [F ({ 白 })](ω) · [F ({ 黒 })](ω) であるから,

[Fb({(白, 黒)})](ω1 ) = 0.16, [Fb({(白, 黒)})](ω2 ) = 0.24, [Fb({(白, 黒)})](ω3 ) = 0.09 したがって, フィッシャーの最尤法 (定理 4.5) を適用して,[ ∗ ] = ω2 ,すなわち, 未知の 壷は U2 であると推定できる. 例 4.8. [正規観測量 (i)]

例 2.11 で述べたように,状態空間 Ω を Ω = R とし

て,C(R) 内の正規観測量 OGσ = (R, BR , Gσ ) を次のように定義する.

1 [Gσ (Ξ)](µ) = √ 2πσ (∀Ξ ∈ BR ,

∫ exp[ − Ξ

1 (x − µ)2 ]dx 2σ 2

∀µ ∈ Ω = R)

したがって, C(R) 内の同時観測量 ×k=1 OGσ (略して, O3Gσ ) = (R3 , BR3 , G3σ ) 3

は次のように定まる:

[G3σ (Ξ1 × Ξ2 × Ξ3 )](µ) = [Gσ (Ξ1 )](µ) · [Gσ (Ξ2 )](µ) · [Gσ (Ξ3 )](µ) ∫∫∫ 1 (x1 − µ)2 + (x2 − µ)2 + (x3 − µ)2 = √ exp[ − ] 2σ 2 ( 2πσ)3 Ξ1 ×Ξ2 ×Ξ3


4.3. 測定理論による統計的手法

109 × dx1 dx2 dx3

(∀Ξk ∈ BR , k = 1, 2, 3,

∀µ ∈ Ω = R)

よって, 測定 MC(R) (O3Gσ , S[∗] ) を得る.ここで,次の問題を考える:

(a) 測定 MC(R) (O3Gσ , S[∗] ) により,測定値 (x01 , x02 , x03 ) (∈ R3 ) が得られたとす る.このとき,[∗](∈ R) を推定せよ. 解答 (a) さて,閉区間 Ξi を

Ξi = [x0i −

1 0 1 ,x + ] N i N

(i = 1, 2, 3)

とする.ここで,N を十分大きな自然数として,フィッシャーの最尤法 (定理 4.5) により, 「未知の状態 [ ∗ ] = µ0 」の推定問題は,次の µ0 (∈ Ω) を見つける問題と なる:

[G3σ (Ξ1 × Ξ2 × Ξ3 )](µ0 ) = max[G3σ (Ξ1 × Ξ2 × Ξ3 )](µ) µ∈R

これは,(N が十分に大きいから) 次と同値で,

1 (x0 − µ0 )2 + (x02 − µ0 )2 + (x03 − µ0 )2 √ exp[ − 1 ] 2σ 2 ( 2πσ)3 [ (x0 − µ)2 + (x02 − µ)2 + (x03 − µ)2 ] 1 = max √ exp[ − 1 ] µ∈R ( 2πσ)3 2σ 2 すなわち,

{ } (x01 − µ0 )2 + (x02 − µ0 )2 + (x03 − µ0 )2 = min (x01 − µ)2 + (x02 − µ)2 + (x03 − µ)2 µ∈R

d を満たす µ0 を求めればよい.したがって, dµ {· · · } = 0 を解いて,

µ0 = を得る.

[正規観測量 (ii)] さて,次に,

x01 + x02 + x03 3


第 4 章 フィッシャー統計学 I

110

鉛筆の長さが 10cm∼30cm とわかっているときの,鉛筆の長さの測定 を考えよう.ただし,ここでは,

(♯) 測定対象の状態を, 「鉛筆の長さ µ」と「物差しの粗さ σ 」とする6 . ( すなわち,状態空間を Ω = [10, 30] × R+ ={µ ∈ R | 10 5 µ 5 30} × {σ ∈ ) R | σ > 0} とする.C([10, 30] × R+ ) 内の観測量 O = (R, BR , G) を [G(Ξ)](µ, σ) = [Gσ (Ξ)](µ) (∀Ξ ∈ BR , ∀(µ, σ) ∈ Ω = [10, 30] × R+ ) と定める.したがって,C([10, 30] × R+ ) 内の同時観測量 O3 = (R3 , BR3 , G3 ) は 次のように定まる:

[G3 (Ξ1 × Ξ2 × Ξ3 )](µ, σ) = [G(Ξ1 )](µ, σ) · [G(Ξ2 )](µ, σ) · [G(Ξ3 )](µ, σ) ∫ 1 (x1 − µ)2 + (x2 − µ)2 + (x3 − µ)2 = √ exp[ − ]dx1 dx2 dx3 2σ 2 ( 2πσ)3 Ξ1 ×Ξ2 ×Ξ3 (∀Ξk ∈ BR , k = 1, 2, 3,

∀(µ, σ) ∈ Ω = [10, 30] × R+ )

このようにして, 同時測定 MC([10,30]×R+ ) (O3 , S[∗] ) を得る.ここで,次の問題 を考える:

(b) 測定 MC([10,30]×R+ ) (O3 , S[∗] ) により,測定値 (x01 , x02 , x03 ) (∈ R3 ) が得られ たとする.このとき,[∗](= (µ0 , σ0 ) ∈ [10, 30] × R+ ) ─鉛筆の長さ µ0 と 物差しの粗さ σ0 ─を推定せよ. 解答 (b) 解答 ( a ) と同様の議論により,フィッシャーの最尤法 (定理 4.5) を用 いて,未知の状態 [ ∗ ] = (µ0 , σ0 ) の推定問題は次と同値となる:

1 (x0 − µ0 )2 + (x02 − µ0 )2 + (x03 − µ0 )2 √ ] exp[ − 1 3 2σ02 ( 2πσ0 ) 6 この文言 (♯) ─すなわち, 「物差しの粗さ」も測定対象─に違和感を感じるとしたら, 「実在的科 学観による刷り込み」に起因すると考える (後出の注釈 6.14 (♯2 ) の「概念は,記述の仕方に依存す る」をを見よ).観測量に目をつぶって,二元論を曖昧にして,しかも, 「状態」を「パラメータ」と 呼んで,この違和感を緩和しようとしたのは,統計学の創始者たちの工夫であるが,この工夫によっ て,益々,統計学と数学の区別がつきにくくなってしまった.


4.3. 測定理論による統計的手法 { =

max (µ,σ)∈[10,30]×R+

111

1 (x0 − µ)2 + (x02 − µ)2 + (x03 − µ)2 } √ exp[ − 1 ] 2σ 2 ( 2πσ)3

∂ ∂ したがって, ∂µ {· · · } = 0, ∂σ {· · · } = 0 を解いて,

 10 ((x01 + x02 + x03 )/3 < 10 のとき)        µ0 = (x01 + x02 + x03 )/3 (10 5 (x01 + x02 + x03 )/3 5 30 のとき)        30 (30 < (x01 + x02 + x03 )/3 のとき) √ σ0 = {(x01 − µ e)2 + (x02 − µ e)2 + (x03 − µ e)2 }/3 となる.ここに

µ e = (x01 + x02 + x03 )/3

4.3.2

モンティ・ホール問題─高校生パズル─

モンティ・ホール問題は,モンティ・ホール氏が司会をするアメリカのテレビ 番組のゲームショー「Let’s make a deal」に由来する確率の問題である. 「放浪 の天才数学者エルデシュ(著:ホフマン, 平石律子 (訳), 1998) 草思社」によると, エルデシュは,友人からこの問題を出されて答えを間違えたという話である.エ ルデシュが間違ってくれたお陰で,モンティ・ホール問題の話題性が更に増した と言える. モンティ・ホール問題とは次の問題である. 問題 4.9. [モンティ・ホール問題 (cf. [5, 12])] あなたはゲームショーに出演している.3 つのドア (すなわち, 「1 番」, 「2 番」, 「3 番」) のうちの 1 つのドアの後ろには自動車 (当り), 他の 2 つの


第 4 章 フィッシャー統計学 I

112

ドアの後ろには羊 (はずれ) が隠されている.司会者は,どのドアの後ろに 自動車が隠されているかを知っている.しかし,あなたはそれを知らない. 司会者は問う「どのドアの後ろが自動車だと思いますか?」 さて,あなたはあるドアを選んだと仮定する.たとえば, 1 番のドアを選ん だとする.このとき,司会者が「実は,3 番ドアの後ろは羊です」と言う. 更に,司会者は問う. 「あなたは 1 番のドアを選んでしまいましたが,今か らでも変更可能ですよ.2 番のドアに変更しますか?」と.さて,あなた はどうするか?

? ドア 番号 1

?

?

ドア 番号 2

ドア 番号 3

図 4.5: モンティ・ホール問題 解答

状態空間を Ω = {ω1 , ω2 , ω3 } とおく.ここに,

ω1 · · · · · · 1 番ドアの後ろに自動車が隠れている状態 ω2 · · · · · · 2 番ドアの後ろに自動車が隠れている状態 ω3 · · · · · · 3 番ドアの後ろに自動車が隠れている状態 とする.あなたは測定 MC(Ω) (O, S[∗] ) ─「1 番ドアの後ろに自動車が隠れている」 と言って,司会者の返事を聞く測定─を行ったことになる.ここで,C(Ω) 内の 観測量 O = ({1, 2, 3}, 2{1,2,3} , F ) は次のように定義される.

[F ({1})](ω1 ) = 0.0,

[F ({2})](ω1 ) = 0.5,

[F ({3})](ω1 ) = 0.57


4.3. 測定理論による統計的手法

113

[F ({1})](ω2 ) = 0.0,

[F ({2})](ω2 ) = 0.0,

[F ({3})](ω2 ) = 1.0

[F ({1})](ω3 ) = 0.0,

[F ({2})](ω3 ) = 1.0,

[F ({3})](ω3 ) = 0.0

(4.2)

また,

(1) 測定値 1 を得る ⇐⇒ 司会者が「1 番ドアの後ろに羊がいる」と言う (2) 測定値 2 を得る ⇐⇒ 司会者が「2 番ドアの後ろに羊がいる」と言う (3) 測定値 3 を得る ⇐⇒ 司会者が「3 番ドアの後ろに羊がいる」と言う とする. 司会者が「3 番ドアの後ろに羊がいる」と教えてくれたのだから,測定 MC(Ω) (O,

S[∗] ) によって,測定値「3」を得たことになる.したがって, フィッシャーの最 尤法 (定理 4.5) により,あなたは 2 番ドアを選ぶべきだとなる.なぜならば

max{[F ({3})](ω1 ), [F ({3})](ω2 ), [F ({3})](ω3 )} = max{0.5, 1.0, 0.0} = 1.0 = [F ({3})](ω2 ) なので,[∗] = ω2 と推定できる.したがって,あなたは 2 番ドアに変更すべきで ある.

♠ 注釈 4.5. 上記の解答を見れば,問い掛け「測定とは,何か?」が,無理難題で, 広辞苑的定義以上のものを期待できないことが,わかると思う (注釈 2.3 参照).上 の解答は,モンティ・ホール問題の正式な解答の 1 つである.モンティ・ホール問 題の解答は,(統計学の) ベイズの定理8 を使った解答が普通で,[ 測定理論版のベ 0 < α < 1 として,[F ({2})](ω1 ) = α,[F ({3})](ω1 ) = 1 − α でもよい. ベイズの定理]: (X, F, P ) を確率空間とする.C, D を事象として,(すなわち, P (C∩D) C, D ∈ F として),C が起きたという条件のもとに D が起きる条件付き確率を PC (D) = P (C) と定める.いま,事象 B と,互いに排反な事象 A1 , A2 , . . . , An を考える.ただし,P (A1 )+P (A2 )+ ... + P (An ) = 1 とする.このとき,次のベイズの定理が成り立つ. P (Ak )PAk (B) PB (Ak ) = P (A1 )PA1 (B) + P (A2 )PA2 (B) + ... + P (An )PAn (B) 7

8 [(統計学の)

0 内の命題と見る立場が,ベイズ統計学である. この数学の定理を,(第 1 章 (X1 ) の) 日常言語⃝ 「測 定理論のベイズの定理」については,注意 4.15 を見よ.


第 4 章 フィッシャー統計学 I

114

イズの定理 ] によるモンティ・ホール問題の解答は問題 4.16 に述べる.ただし,問 題 4.16 の解答は暫定的で,モンティ・ホール問題のもう1つの正式な解答は 6.4.5 節の問題 6.20 で述べる.

4.3.3

信頼区間

状態空間 Ω と測定値空間 X はそれぞれ距離 dΩ と距離 dX をもつと仮定する.

C(Ω) 内の観測量 O=(X, F, F ) を考える.連続写像 E : X → Ω を考えて,これ を推定量と呼ぶ.γ を 0 ≪ γ < 1 とする (すなわち,γ は 1 に十分近い).たとえ ば, γ = 0.95 とする. 各 ω(∈ Ω) に対して, 正数 ηωγ (> 0) を次のように定義する:

ηωγ = inf{η > 0 | [F (E −1 (Bη (ω))](ω) = γ} ここに Bη (ω) = {ω1 ∈ Ω | dΩ (ω1 , ω) 5 η} ─すなわち,中心 ω で半径 η の閉球 ─とする.任意の x (∈ X) に対して,

Dxγ = {ω(∈ Ω) | dΩ (E(x), ω) 5 ηωγ } とおく. Dxγ (⊆ Ω) は測定値 x の γ-信頼区間と呼ばれる.

X

Ω E(x0 )

ω0 D γ x0 x0

図 4.6: 信頼区間 Dxγ0 次は明らかである.

(4.3)


4.3. 測定理論による統計的手法

115

( ) 任意の ω0 (∈ Ω) を考える.このとき,測定 MC(Ω) O=(X, F, F ), S[ω0 ] によ り得られる測定値 x0 が次の (a) を満たす確率は,γ (たとえば, γ = 0.95) 以上である:

E(x0 ) ∈ Bηωγ 0 (ω0 ).

(a)

また,次の同値も明らかである.

(b)

(a)

⇐⇒

dΩ (E(x0 ), ω0 ) 5 ηωγ 0

⇐⇒

Dxγ0 ∋ ω0

上の議論をまとめて,次の定理を得る: 定理 4.10.   [信頼区間 ( cf. [8, 13] )] C(Ω) 内の観測量 O=(X, F, F ) を考え る.推定量を E : X → Ω とする.正数 γ を 0 ≪ γ < 1 (たとえば, γ = 0.95) と定める.任意の x(∈ X) に対して,γ-信頼区間 Dxγ (⊆ Ω) を式 () のように,

(O, γ, x に依存して) 定める.このとき, ( ) (c) ω0 (∈ Ω) を任意として,測定 MC(Ω) O=(X, F, F ), S[ω0 ] を考える.この ( ) とき,測定 MC(Ω) O=(X, F, F ), S[ω0 ] により得られる測定値 x0 (∈ X) が 次の条件を満たす確率は γ 以上である.

Dxγ0 ∋ ω0 例 4.11.   [壷問題] 壷の中に非常に多くの白球と黒球が入っている.その割 合を次のように仮定する: 壷内の白球の個数 = ω(∈ [0, 1]=Ω) 壷内の白球と黒球の総個数 閉区間 Ω=[0, 1] を状態空間として,C(Ω) 内の観測量 O = (X={ 白, 黒 },

2{ 白, 黒 } , F ) を次を満たすように定義する: [F (∅)](ω) = 0,

[F ({ 白 })](ω) = ω,

[F ({ 黒 })](ω) = 1 − ω


第 4 章 フィッシャー統計学 I

116 [F ({ 白, 黒 })](ω) = 1

(∀ω ∈ [0, 1]=Ω)

K

更に,同時観測量 OK = (X K , 2X , F K ) を次を満たすように定義する:

[F K (Ξ1 × Ξ2 × · · · × ΞK−1 × ΞK )](ω) =[F (Ξ1 )](ω) · [F (Ξ2 )](ω) · · · [F (ΞK−1 )](ω) · [F (ΞK )](ω) (∀ω ∈ Ω=[0, 1],

∀Ξ1 , Ξ2 , . . . , ΞK ⊆ X={ 白, 黒 })

よって,同時測定 MC(Ω) (OK , S[ω] ) を得る.ここで,推定量 E : X K (={ 白

, 黒 }K ) → Ω(=[0, 1]) を次のように定める: E(x1 , x2 , . . . , xK−1 , xK ) =

♯[{k ∈ {1, 2, . . . , K} | xk = 白 }] K

(4.4)

(∀x = (x1 , x2 , . . . , xK−1 , xK ) ∈ X K ={ 白, 黒 }K ) K を十分大きいとして,確率論 (高校数学) のよく知られた「2 項分布と正規分 布 Gσ ( 例 2.11 ) の関係」により,

[F K ({x ∈ X K | a 5 E(x) 5 b})](ω)+[Gσ ([a, b])](ω) ここに

√ σ=

ω(1 − ω) K

各 γ(∈ (0, 1)) と各 ω(∈ [0, 1]=Ω) に対して, 正数 ηωγ を次を満たすように定義する:

ηωγ =

{ }

inf η > 0 [F K ({(x1 , x2 , . . . , xK ) | |E(x1 , x2 , . . . , xK ) − ω| < η})](ω) > γ 更に,

Dxγ = {ω(∈ Ω) : |E(x) − ω| 5 ηωγ }


4.3. 測定理論による統計的手法

117

とおく.ここに,K は十分大きいとして,γ = 0.95 とする.よって,誤差関数 の性質 (2.6) により, 「相乗平均 5 相加平均」を使って, √ ω(1 − ω) 0.98 0.95 ηω +1.96 5 √ K K したがって,次の結論を得る.

( (d) 状態 ω0 (∈ Ω=[0, 1])) の壷に対して, K を十分大きいときの同時測定 MC(Ω) OK , ) S[ω0 ] の測定値 x = (x1 , x2 , . . . , xK ) が次の条件 (♯) を満たす確率は γ (= 0.95) 以上である. (♯)

0.98 0.98 E(x) − √ 5 ω0 5 E(x) + √ K K

ここに推定量 E は (4.4) 式により定義されているとする.

4.3.4

仮説検定─バレンタイン–チョコレート

この節では, 「仮説検定」を測定理論の言葉遣いで記述する.たとえば,次を 考えよう. バレンタイン–チョコレート あなた (男性) は,次の仮説の成否を検証したいと考えている.

(a′ ) 仮説:[A 子さんはあなたに好意を抱いている] さて,この仮説 (a′ ) を,明日のバレンタインデイに,A 子さんがチョ コレートをプレゼントしてくれるかどうかで,確かめたい.すなわち, 問題は,

(b′ ) A 子さんがチョコレートをプレゼントしてくれた場合と,プレゼ ントしてくれなかった場合について,仮説 (a′ ) に対して,どのよ うな結論が導けるか? である.


第 4 章 フィッシャー統計学 I

118

これは簡単な問題で,誰もが直感的に次を答えるだろう.  チョコをプレゼントしてくれなかった場合       ・ ・ ・ 仮説 (a′ ) は間違っていた可能性大である 

(c′ )

      

チョコをプレゼントしてくれた場合 ・ ・ ・ 義理チョコの可能性もあるので,仮説 (a′ ) の 是非については何も言えない.

この直感的解答の一般論を,測定理論の言葉で記述すると以下のようになる: 問題 4.12.   [仮説検定 ( cf. [8, 13] )]

次の仮説があるとする:

(a) 状態空間 Ω 内の未知の状態 [∗] は,集合 NH (∈ BΩ ) に属する. ここで,我々の問題は,

(b) 測定 MC(Ω) (O =(X, F, F ), S[∗] ) を行ったときに,その測定値が,如何なる 条件を満たせば,この仮説 ( a ) を否定できるか? すなわち,

[F ([D])](ω) は十分小さい (∀ω ∈ NH ) を満たすような [D](∈ F) で, 適当なものを見つけよ である. である.この解答 (アルゴリズム) を仮説検定と呼ぶ.

1 [F (NH )](ω) α 0

Ω NH 図 4.7: 無帰仮説 NH


4.3. 測定理論による統計的手法 解答:

119

言語ルール 1 から,測定 MC(Ω) (O =(X, F, F ), S[ω] ) による測定値が

Ξ(∈ F) に属する確率は,[F (Ξ)](ω) で与えられる.ここで,関数 ΛNH : X → [0, 1] を次のように定義する:

sup [F (Ξ)](ω) ΛNH (x) = lim

ω∈NH

Ξ→{x}

sup [F (Ξ)](ω)

(∀x ∈ X)

ω∈Ω

また,任意の ε (0 < ε 5 1) に対して, [D]εNH (∈ F) を次のように定義する:

[D]εNH = {x ∈ X | ΛNH (x) < ε}

1 ΛNH (x) ε 0

X [D]εNH 図 4.8: ΛNH (x),[D]εNH

ここで, 有意レベル=0.05 として,ε0.05 max (∈ [0, 1]) を次のように定める:

ε0.05 max = sup{ε |

sup [F ([D]εNH )](ω0 ) 5 0.05}

ω0 ∈NH

ε0.05

このようにして,棄却域 [D]Nmax ─ NH , O, ε(= 0.05) に依存─を定める.当然, H 次が言える: もし [∗] ∈ NH ならば,測定 MC(Ω) (O =(X, F, F ), S[∗] ) によって得られる ε0.05

測定値が [D]Nmax (∈ F) に属する確率は 0.05 以下である.すなわち, 「[測 H


第 4 章 フィッシャー統計学 I

120 ε0.05

定値] ∈ [D]Nmax 」という事実が起こる確率は非常に小さいので,仮説 ( a ) H を否定できる. と考えることには,一理ある.よって,次の結論を得る:

 ε0.05 max    もし [測定値] ∈ [D]NH ならば仮説 (a) は否定できる (c)

  ε0.05  もし [測定値] ∈ / [D]Nmax ならば仮説 (a) は否定も肯定もできない H

以上である.

典型的な例:古典測定の仮説検定

Ω = R, A = C(Ω), σ > 0 として,例 4.8 と同様に,C(Ω) 内の正規観測量 Oσ ≡ (R, BR , Fσ ) を [Fσ (Ξ)](ω) = √ (∀Ξ ∈ BR ,

1 2πσ

∫ exp[ − Ξ

(x − ω)2 ]dx 2σ 2

∀ω ∈ Ω = R).

で定める.さらに,同時観測量 O2σ ≡ (R2 , BR2 , Fσ2 ) を次のように定める.

[Fσ2 (Ξ1 × Ξ2 )](ω) = [Fσ (Ξ1 )](ω) · [Fσ (Ξ2 )](ω) ∑2 ∫∫ (xk − ω)2 1 = √ exp[ − k=1 2 ]dx1 dx2 2σ ( 2πσ)2 Ξ1 ×Ξ2 (∀Ξk ∈ BR (k = 1, 2),

∀ω ∈ Ω = R).

したがって,測定 MC(Ω) (O2σ = (R2 , BR2 , Fσ2 ), S[∗] )) を得る.

[ケース (I): NH = {ω0 } の場合].

NH = {ω0 } としよう ( ω0 ∈ Ω = R, ω0 > 0

). 任意の (x1 , x2 ) ∈ R2 に対して,次を得る: ΛNH (x1 , x2 ) = sup L((x1 .x2 ), δω ) ω∈{ω0 }


4.3. 測定理論による統計的手法 = =

121

[Fσ2 (Ξ1 × Ξ2 )](ω0 ) Ξ1 ×Ξ2 →(x1 ,x2 ) supω∈Ω [Fσ2 (Ξ1 × Ξ2 )](ω) lim

(x1 −ω0 )2 +(x2 −ω0 )2 ] 2σ 2 (x1 −(x1 +x2 )/2)2 +(x2 −(x1 +x2 )/2)2 ] 2σ 2 [(x1 + x2 ) − 2ω0 ]2 ]. 4σ 2

exp[ − exp[ −

= exp[ −

ϵ また,D{ω (∈ BR2 ) (ϵ(> 0)) を以下のように定義する. 0} ϵ D{ω = {(x1 , x2 ) ∈ R2 | Λ{ω0 } (x1 , x2 ) ≤ ϵ}. 0}

ここで,ϵ(α) は,次のように定まる.

ϵ(α) = sup{ϵ |

ϵ )](ω) ≤ α}. sup [Fσ2 (D{ω 0}

ω∈{ω0 }

そこで,α = 0.05 とおいて,

b0.05 = Dϵ(0.05) R {ω0 } {ω0 }

√ ={(x1 , x2 ) ∈ R2 | (x1 + x2 )/2 ≤ ω0 − 1.96σ/ 2} ∪ √ {(x1 , x2 ) ∈ R2 | (x1 + x2 )/2 ≥ ω0 + 1.96σ/ 2} =“図 4.9 の斜線部分”

[ケース (II):; NH = [ω0 , ∞) の場合].

NH = [ω0 , ∞) としよう ( ω0 ∈ Ω =

R, ω0 > 0 ). したがって, Λ[ω0 ,∞) (x1 , x2 ) =

sup

L((x1 .x2 ), δω )

ω∈[ω0 ,∞)

=

sup

lim

ω∈[ω0 ,∞) Ξ1 ×Ξ2 →(x1 ,x2 )

[Fσ2 (Ξ1 × Ξ2 )](ω) sup [Fσ2 (Ξ1 × Ξ2 )](ω)

ω∈Ω

=

sup ω∈[ω0 ,∞)

exp[ −

[(x1 + x2 ) − 2ω]2 ] 4σ 2


第 4 章 フィッシャー統計学 I

122

√ a = 2(ω0 − 1.96σ/ 2) √ b = 2(ω0 + 1.96σ/ 2)

x2 6 b 2ω0 a a

2ω0

x1

b

b0.05 図 4.9: 棄却域 R {ω0 } { =

exp[ −

[(x1 +x2 )−2ω0 ]2 ] 4σ 2

2 ( x1 +x < ω0 ) 2

(それ以外 )

1

ϵ ここで,任意の ϵ(> 0) に対して,D[ω (∈ BR2 ) を次のように定義する: 0 ,∞) ϵ D[ω 0 ,∞)

= {(x1 , x2 ) ∈ R2 | Λ[ω0 ,∞) (x1 , x2 ) ≤ ϵ} √ x1 + x2 = {(x1 , x2 ) ∈ R2 | − ω0 < 4σ 2 log ϵ}. 2 ここで,ϵ(α) を次のように定める.

ϵ(α) = sup{ϵ |

sup

ϵ [Fσ2 (D[ω )](ω) ≤ α}. 0 ,∞)

ω∈[ω0 ,∞)

したがって,α = 0.05 とおいて,次を得る:

b0.05 = Dϵ(0.05) R [ω0 ,∞) [ω0 ,∞)

√ ={(x1 , x2 ) ∈ R2 | (x1 + x2 )/2 ≤ ω0 − 1.65σ/ 2} =“図 4.10 の斜線部分”


4.3. 測定理論による統計的手法

123

x2 6

√ c = 2(ω0 − 1.65σ/ 2)

2ω0 c c 2ω0

x1

b0.05 図 4.10: 棄却域 R [ω0 ,∞)

♠ 注釈 4.6. 統計学の知識を多少持っている読者にとっては,本節の結果は当たり前 かもしれない.ただし,統計学に話を合わせるためにすこし省略的表現をしたこと に注意しておきたい. (♯1 ) 測定理論の公式解釈─コペンハーゲン解釈 [第 1 章の [(U1 )–(U7 )] ─は, 「測 定は一回だけ」とか「測定後の状態は意味をなさない」である. そうだとしたら,たとえば,定理 4.5 [フィッシャーの最尤法 (測定理論的表現) ] は, 正式には次のように書かれるべきである.

(♯2 ) 定理 4.5′ [フィッシャーの最尤法 (測定理論的表現) ( cf. [5, 13] ) ] C(Ω) 内の 同時観測量 O×O1 =(X ×Y, F×G, F ×G) を考える.同時測定 MC(Ω) (O×O1 , S[∗] ) により得られた測定値 (x, y) が Ξ × Y (∈ F  G) に属していることが わかったとする.このとき, 任意の Γ(∈ G) に対して, 「y ∈ Γ」である確率は,[G(Γ)](ω0 ) と推定 できる.ここで,[F (Ξ)](ω0 ) = maxω∈Ω [F (Ξ)](ω) とする. 定理 4.5 は,上の定理 4.5′ の省略形���ある.この (♯2 ) の形ならば,量子測定理論 でも (同時観測量 O × O1 が存在するならば) 同様な定理が成立する.また,上の (♯1 ) ─測定理論の精神─に完全に固執して,仮説検定 (問題 4.12) を言い換える演 習は,測定理論の理解を深めるだろう (この解答は注釈 5.6 で書く).


第 4 章 フィッシャー統計学 I

124

4.4 4.4.1

ベイズ統計学 混合測定とは

測定理論の分類 (第 1 章 (Y)) は次のようになっていた. {  純粋型    量子測定理論   混合型  

(a)

測定理論

{     純粋型    古典測定理論 混合型

ただし, 純粋型と混合型は, 分類というより, 「混合型は, 純粋型に一般化」と考 えた方が理があるが (cf. [8]), 本書では, これを強調しない. 本書の主テーマは,古典純粋測定であって,古典混合測定ではない.しかしな がら,統計学で重要なベイズ統計学は混合型に属するので9 ,その概要を本節で 紹介する.混合型への知見は,古典純粋測定の理解が深めることにもなろう.

Ω を局所コンパクト空間,BΩ をそのボレル集合体とする.M(Ω) と M+1 (Ω) を以下のように定める (付録 B.5 節 (F)).   複素数値測度の空間 :     M(Ω) = {ν(= ν − ν   + √−1(ν − ν ) | ν は Ω 上の有限測度 } 1 2 3 4 k (b)  確率測度の空間 :     M (Ω) = {ν | ν は Ω 上の有限測度で,ν(Ω) = 1 } +1

測定理論では,Ω が状態空間の場合は,M+1 (Ω) を混合状態空間 (mixed state

space),ν(∈ M+1 (Ω)) を混合状態 (mixed state) と呼ぶ. 混合測定の説明として,次の例から始めよう. 例 4.13.   [コイン投げと例 2.10 ; 壷問題 (混合測定)] 問題 4.3[壷問題] (と解 答 4.6) では,Ω = {ω1 , ω2 } として,測定 MC(Ω) (O=({ 白, 黒 }, 2{ 白, 黒 } , F ), S[∗] ) を考えた.ここに,O = ({ 白, 黒 }, 2{ 白, 黒 } , F白黒 ) は式 (2.5) で定めた.すな わち,

F白黒 ({ 白 })(ω1 ) = 0.8, 9 カルマン・フィルタ,

F白黒 ({ 黒 })(ω1 ) = 0.2

や情報理論 [27] も混合型の範疇に入る.cf. [5]


4.4. ベイズ統計学

125

F白黒 ({ 白 })(ω2 ) = 0.4,

F白黒 ({ 黒 })(ω2 ) = 0.6

である.図 4.2(=図 4.11) を再掲しておく.

どちらの壷 (U1 または U2 ) がカーテンの後ろに置かれているのかをあなたは知らない カーテンの後ろの壷から球を一つ取り出したら,白球だった このとき,壷は U1 または U2 のどちらか? これを推定せよ.

U1 ≈ω1

U2 ≈ω2 -

[∗]



図 4.11: 純粋測定 (フィッシャーの最尤法) (=図 4.2 の再掲) この測定 MC(Ω) (O=({ 白, 黒 }, 2{ 白, 黒 } , F白黒 ), S[∗] ) に, 「未知の状態 [∗] の確率 的性質」を加えたのが「混合測定」で,以下に説明する.次の 2 つの手続き (c) と (d) を考える (図 4.12):

(c) 公正とは限らないコイン投げ (Tp,1−p ) (0 5 p 5 1) を考える.すなわち, { 表が出る可能性は,100p%  コイン投げ (Tp,1−p ) によって, 裏が出る可能性は,100(1 − p)%  とする.そして,表が出たならば壷 U1 (≈ω1 ) を,裏が出たならば壷 U2 (≈ω2 ) を,カーテンの後ろに置く. しかも, それがどちらなのか (U1 または U2 ) は あなたは知らない.カーテンの後ろの壷の状態を [∗](∈ {ω1 , ω2 }) と記す. このような未知の状態 [∗] の状況を,混合状態と呼び,点測度 δ(·)   (付録 B.5 節 (C)) を用いて,ν0 = pδω1 + (1 − p)δω2 (すなわち,ν0 ({ω1 }) = p,

ν0 ({ω2 }) = 1 − p) で記す.つまり, 「ν0 は,[∗] の分布」と思えばよい. (d) 上で定まったカーテンの後ろにある壷から球を一つ取り出す「測定」を考 える.これを,MC(Ω) (O, S[∗] (ν0 )) と記し,混合測定と呼ぶ.

ここで,次の問題を考えよう:


第 4 章 フィッシャー統計学 I

126

どちらの壷がカーテンの後ろにあるのかをあなたは知らないが,(c) は知っている. (e1 ):カーテンの後ろの壷から球を一つ取り出した時,それが白球である確率を求めよ. (e2 ):(e1 ) のように白球を取り出したとした時,カーテンの後ろの壷は U1 か U2 か?

U1 ≈ω1

U2 ≈ω2 100p%

-

[∗]

100(1-p)%



図 4.12: 混合測定

(e1 ) 混合測定 MC(Ω) (O, S[∗] (ν0 )) によって, 「白球」を取り出す確率を求めよ. (e2 ) また,混合測定 MC(Ω) (O, S[∗] (ν0 )) によって「白球」を取り出したとしたと き,カーテンの後ろにある壷は,U1 か U2 かどちらか? これを推定せよ. である (図 4.12). 解答 (e1 ) 次は明らかである:

(i) 「[ ∗ ] = ω1 」の可能性は 100p% である.また, 「[ ∗ ] = ω2 」の可能性は 100(1 − p)% である. また,

(ii) 測定 MC(Ω) (O, S[ω1 ] ) によって,測定値 x (∈ { 白, 黒 }) が得られる確率は, [F ({x})](ω1 ) = 0.8 (x = 白 のとき),

= 0.2 (x = 黒 のとき)

測定 MC(Ω) (O, S[ω2 ] ) によって,測定値 x (∈ { 白, 黒 }) が得られる確率は,

[F ({x})](ω2 ) = 0.4 (x = 白 のとき),

= 0.6 (x = 黒 のとき)

したがって,(i) と (ii) により,混合測定 MC(Ω) (O, S[∗] (ν0 )) によって,測定値 x

(∈ { 白, 黒 }) が得られる確率は ∫ P ({x}) = [F ({x})](ω)ν0 (dω) = p[F ({x})](ω1 ) + (1 − p)[F ({x})](ω2 ) Ω


4.4. ベイズ統計学 { =

0.8p + 0.4(1 − p) 0.2p + 0.6(1 − p)

127 (x = 白 のとき) (x = 黒 のとき)

(4.5)

である.以上が,問題 (e1 ) の解答である. 解答 (e2 ) 問題 (e2 ) の解答は注釈 4.8 で述べる. ♠ 注釈 4.7. 次の疑問は当然と思う.すなわち, 上の (i) (または,(c)) で, 「[ ∗ ] = ω1 」の可能性は 100p% である.・ ・ ・」を, なぜ, 「[ ∗ ] = ω1 」の確率は p である.・ ・ ・」と言わないのか? と問うかもしれない.量子力学のコペンハーゲン解釈は, 「測定なくして,確率な し」で,これが測定理論にも遺伝する.測定理論の中での, 「確率」という言葉の 使い方は, 「言語ルール 1( 測定)(2.2 節)」(と次の「言語ルール 1(混合測定) (4.4.2 節))」) で定めた通りで,それ以外の使い方は禁じられている.このようにはっき り決めておかないと (すなわち,言語的世界記述法を確立しておかないと), 「確率 とは何か?」の問題に答えられなくなってしまうからである (6.6 節参照).もちろ ん, 「言葉」の問題で, 「100p% と 100(1 − p)%」を「事前確率」と呼べばよいが,そ れでは, 「確率」という言葉の使い方が混乱するので,本書では「事前確率」と言わ ないで, 「混合状態」と呼ぶ.

4.4.2

混合測定理論

例 4.13 で見たように,

(a) 古典純粋測定理論が基本で,それに混合状態の概念が付け加わって古典混 合測定理論が構築される.すなわち, 古典混合測定理論 := MC(Ω) (O, S[∗] (ν))

古典純粋測定理論 + 混合状態 MC(Ω) (O, S[∗] )

である. 更に,例 4.13 の議論を一般化して,次の言語ルール 1 を得る.

ν


第 4 章 フィッシャー統計学 I

128

言語ルール 1 (測定) 連続・混合型

(  ある基本代数 C(Ω) 内で定式された混合測定 MC(Ω) O= (X, F, F ), ) ( ) S[∗] (ν) を考える.混合測定 MC(Ω) O, S[∗] (ν) により得られる測定 値 x (∈ X) が,Ξ (∈ F) に属する確率は, ∫ [F (Ξ)](ω)ν(dω) Ω

で与えられる. その内容は

(b) 「混合状態」と「観測量」が決まれば,それらに対応して, 「確率的」に「測 定値」が決まる.この対応のことを「混合測定」と呼ぶ.すなわち, 混合測定

(混合状態,観測量) −−−−−−−−→ 測定値 確率的

と思えばいい. 動的システム理論・統計学では, 「揺らぎ・ノイズ」と「測定誤差」が共に, 「確 率変数」で記述される.しかし,古典測定理論では, 「揺らぎ・ノイズ」と「測定 誤差」は,それぞれ異なる数学構造をもつ,すなわち, 「混合状態」と「非精密観 測量」で,記述される.したがって,   (i) : [純粋状態] −−−−−−−−−−−−−→ [混合状態]   揺らぎ・ノイズが加わる  (c)     (ii) : [精密観測量] −−−−−−−−−−→ [非精密観測量] 測定誤差が加わる

となって,測定理論では, 「揺らぎ・ノイズ」と「測定誤差」の混同・混乱の恐れ がない10 . しかし,純粋測定と混合測定は混同され易い部分もあるので,次の例を補足 する. 例 4.14.   [コイン投げ] コイン投げの問題には,測定理論の立場からは,次の

3 つの設定が考えられる: 10 ただし,量子測定では,純粋状態にも「揺らぎ」があるので,話が更に複雑になる.このこと (すなわち, 「揺らぎ」と「測定誤差」の混同・混乱) が,ハイゼンベルの不確定性原理 ( 定理 3.4 ) の発見を遅らせた理由と思う.


4.4. ベイズ統計学

129

(i): コイン投げの「裏表 (”head”か”tail”か)」を測定と思うときは,コインの フェアな状態を ω0 として,測定 MC(Ω) (O=({h, t}, 2{h,t} , F ), S[ω0 ] ) (すなわち,

F ({h})(ω0 ) = F ({t})(ω0 ) = 1/2) を考える.もちろん,純粋測定 MC({ω0 }) (O= ({h, t}, 2{h,t} , F ), S[ω0 ] ) により,測定値「h」が得られる確率は [F ({h})](ω0 ) = 1/2 である. (ii): 誰か (ロボットも含む) がフェアなコインを投げたとして,その結果のコインの 「裏表」の確認を測定と考えよう.状態空間 Ω を Ω = {h, t} として,点測度 δ(·) (∈

M+1 (Ω)) (付録 B.5 節 (C)) を用いて,混合精密測定 MC({h,t}) (O(e) , S[∗] ( 12 (δh + δt ))) と考えるのが自然である.もちろん,混合精密測定 MC({h,t}) (O(e) , ∫ S[∗] ( 21 (δh + δt ))) により,測定値「h」が得られる確率は {h,t} [F (e) ({h})](ω) · 1 2 (δh + δt )(dω) = 1/2 である (注意 6.26 に続く). (iii): 誰かが,意図を持って,左右のどちらかの手にコインを握って, 「左右どち らか?」と問うたときに,解答者 (=測定者) が「半々」と考える根拠は,等重率 である.ここに, (d) 等重率─「情報が無いときには,等確率と考えよ」という公準─の正当化の 問題は,(日常言語としての) 確率論における最も有名な未解決問題である 等重率の正当化については,6.4.5 節 (cf. [5, 12]) で解決する. 注意 4.15.   [(測定理論の) ベイズの定理] 本書では,混合測定には深入りしな い.しかし,測定理論版のベイズの定理だけは,以下に述べておく (日常言語と してのベイズの定理は,脚注 8 で述べた).

( (e) [測定理論版のベイズの定理 ( cf. [8, 13])] 混合測定 MC(Ω) O= (X, F, F ), ) S[∗] (ν) により得られた測定値が,Ξ (∈ F) に属することが,わかったとす る.このとき,混合状態 ν は,() 式より,新たな混合状態 νnew (∈ M+1 (Ω)): ∫ [F (Ξ)](ω)ν(dω) νnew (D) = ∫D (∀D ∈ BΩ ) (4.6) [F (Ξ)](ω)ν(dω) Ω になる.

♠ 注釈 4.8. したがって,本書の立場では, フィッシャーとベイズは,測定 (純粋測定と混合測定) の逆問題を解いた


第 4 章 フィッシャー統計学 I

130

と言える.また,ここで,4.4.1 節の問題 (e2 ) に答えておく. 混合測定 MC(Ω) (O, S[∗] (ν0 )) によって「白球」を取り出したのだから,新たな混合状態 νnew (∈ M+1 (Ω)) は, ∫ [F ({ 白 })](ω)ν0 (dω) νnew (D) = ∫D [F ({ 白 })](ω)ν0 (dω) Ω  0.8p (D = {ω1 } のとき)    0.8p + 0.2(1 − p)

=

  

0.2(1 − p) 0.8p + 0.2(1 − p)

(D = {ω2 } のとき)

となる.また,統計学の通常の用語では,ν0 を事前確率,νnew を事後確率と呼ぶ が,本書ではこの用語を採用しない (理由は後出の注釈 6.14 に書く).

測定理論の公式解釈 (=コペンハーゲン解釈) は, 「状態は一つだけ (2.5.2 節)」 とか「状態は変化しない (6.4.1 節)」なので,上記は正式とは言えないので,次 の注釈を加える. ♠ 注釈 4.9. 注釈 4.6 と同様な観点から言えば,注意 4.15 の (e) は,正式には次の (e)′ ように書かれるべきである ( cf. [13] ) . C(Ω) 内の同時観測量 O × O1 =(X × Y, F  G, F × G) を考える.同時測定 MC(Ω) (O × O1 , S[∗] (ν)) により得られた測定値 (x, y) が Ξ × Y (∈ F  G) に 属していることがわかったとする. このとき,任意の Γ(∈ G) に対して, 「y ∈ Γ」である確率 PΓ は, ∫ [F (Ξ) · G(Γ)](ω)ν(dω) PΓ = Ω ∫ [F (Ξ)](ω)ν(dω) Ω と推定できる

(e) は,この (e)′ の省略形である.この (e)′ の形ならば,量子測定理論でも (同時 観測量 O × O1 が存在するならば) 同様な定理が成立する.

さて,モンティ・ホール問題を混合測定理論で考えよう. 問題 4.16.   [モンティ・ホール問題 (問題 4.9 からの続き) (cf. [5, 12] ) ] あなたはゲームショーに出演している.3 つのドア (すなわち, 「1 番」,「2 番」,「3 番」) のうちの 1 つのドアの後ろには自動車, 他の 2 つのドアの 後ろには羊 (はずれ) が隠されている.司会者は,どのドアの後ろに自動車 が隠されているかを知っている.しかし,あなたはそれを知らない.ただ し,あなたは,次のことは知っているとする.


4.4. ベイズ統計学

131

(♯) ゲームの主催者がサイコロを投げて,出た目が 1,2 ならば 1 番ドア, 3,4 ならば 2 番ドア,5,6 ならば 3 番ドアの後ろに自動車を置いた. ここで,司会者は問う: 「どのドアの後ろが自動車だと思いますか?」 あなたはあるドアを選んだと仮定しよう.たとえば, 1 番のドアを選んだと する.このとき,司会者が「実は,3 番ドアの後ろは羊です」と言う.更 に,司会者は問う. 「あなたは 1 番のドアを選んでしまいましたが,今から でも変更可能ですよ.2 番のドアに変更しますか?」と.さて,あなたは どうするか? 解答

問題 4.9 (モンティ・ホール問題) のように,状態空間を Ω = {ω1 , ω2 , ω3 }

とおいて,() 式より,観測量 O = (X, F, F ) を定める.また,仮定 (♯) によって, 混合状態は,点測度 δ(·) (付録 B.5 節 (C)) を用いて,νe =

1 3 (δω1

+ δω2 + δω3 ) (∈ M+1 (Ω)) と表すことができる.よって, 混合測定 MC(Ω) (O, S[∗] (νe )) を得る. すなわち,あなたは混合測定 MC(Ω) (O, S[∗] (νe )) ─「1 番ドアの後ろに自動車が隠 れている」と言って,司会者の返事を聞く測定─を行うことになる.司会者が「「3 番ドアの後ろに羊がいる」と教えてくれたのだから,混合測定 MC(Ω) (O, S[∗] (νe )) によって,測定値「3」を得たことになる.したがって, ベイズの定理 () により, 新たな混合状態 νnew (∈ M+1 (Ω)) は, ∫ [F ({3})](ω)νe (dω) νnew (D) = ∫D (∀D ∈ BΩ ) [F ({3})](ω)νe (dω) Ω  1  × 0.5  1    1 3 (D = {1} のとき) =   3  (0.5 + 1.0 + 0)    3   1   × 1.0 2 3 = = (D = {2} のとき) 1  3  (0.5 + 1.0 + 0)   3    1   ×0   3  = 0 (D = {3} のとき)   1  (0.5 + 1.0 + 0) 3 よって,あなたは 2 番ドアを選ぶべきと結論できる.


第 4 章 フィッシャー統計学 I

132

♠ 注釈 4.10. ゲームショーの主催者がいつもサイコロを振って自動車の置き場所を 決定するわけではないので,問題 4.16 の条件 (♯) は不自然と考えるのは一理ある. ゲームの主催者が意図的に自動車をどれかのドアの後ろに置いたとしたら,この解 答は使えないからである.ベイズの定理自体は問題がないが,ベイズの定理を使う ときには,しばしば等重率 (すなわち, 「情報がないときは事前確率を等確率と見な せ」という規則) を使う (例 4.14(iii) と同様).したがって,等重率の正当性が示さ れなければ,モンティ・ホール問題は未解決問題と考える.混合測定におけるモン ティ・ホール問題の解答は 6.4.5 節で述べる.

4.4.3

平均情報量─目撃情報の価値

ベイズの定理の応用として,平均情報量 (=エントロピー) ─シャノンの平均 情報量 (cf. [27]) の測定理論版─について説明する.もちろん,以下の定義のよ うに「測定によって,情報を得る」と考えるのは自然である11 . 定義 4.17.   [平均情報量 (cf. [4])] C(Ω) を基本代数とする.X = {x1 , x2 , . . .} として,混合測定 MC(Ω) (O = (X, 2X , F ), S[∗] (ν0 )) を考える. ( ) このとき,混合測定 MC(Ω) (O, S[∗] (ν0 )) の平均情報量 H MC(Ω) (O, S[∗] (ν0 )) を次のように定義する:

( ) H MC(Ω) (O, S[∗] (ν0 )) ∫ ∞ (∫ ∑ ∫ = [F ({xn })](ω)ν0 (dω) n=1

=

∞ ∑

[F ({xn })](ω) [F ({xn })](ω)ν0 (dω) Ω ) [F ({xn })](ω) × log ∫ ν0 (dω) [F ({xn })](ω)ν0 (dω) Ω Ω

P ({xn }) · I({xn })

(4.7)

n=1

この意味は以下の通りである.混合測定 MC(Ω) (O, S[∗] (ν0 )) により,測定値 xn ∫ が得られる確率は P ({xn }) = Ω [F ({xn })](ω)ν0 (dω) で与えられる.更に,測定 値 xn が得られたときの,平均情報量 I({xn }) はベイズの定理 () から, ∫ [F ({xn })](ω) [F ({xn })](ω) ∫ I({xn }) = log ∫ ν0 (dω) [F ({x })](ω)ν (dω) [F ({xn })](ω)ν0 (dω) n 0 Ω Ω Ω 11

統計力学のエントロピーについては,注釈 9.3 を見よ.


4.4. ベイズ統計学

133

で与えられる.よって,平均情報量 () を得る.また,次も明らかである:

(

)

H MC(Ω) (O, S[∗] (ν0 )) =

∞ ∫ ∑ n=1

[F ({xn })](ω) log[F ({xn })](ω)ν0 (dω)

∞ ∑

P ({xn }) log P ({xn })

(4.8)

n=1

例 4.18. [真犯人は男か女か? 足が速いか遅いか?]

さて,

(a) 100 人の容疑者たち {s1 , s2 , . . . , s100 } の中に一人の犯人がいる という状況を想定しよう.ここで,状態空間を Ω = {ω1 , ω2 , . . . , ω100 } として, 状態ωn・ ・ ・容疑者 sn が犯人である状態

(n = 1, 2, ..., 100)

とする.C(Ω) 内の男-観測量 Om = (X = {ym , nm }, 2X , M ) が次のように定まっ ているとする:

{ [M ({ym })](ωn ) = mym (ωn ) =

0 (n が奇数のとき) 1 (n が偶数のとき)

[M ({nm })](ωn ) = mnm (ωn ) = 1 − [M ({ym })](ωn ) たとえば, 測定 MC(Ω) (Om , S[ω17 ] ) ─容疑者 s17 が犯人として,その犯人の性別の測 定─を行なえば,測定値は,確実に「nm (=女)」である. また,C(Ω) 内の速い-観測量 Of = (Y = {yf , nf }, 2Y , F ) も次のように定まって いるとする:

[F ({yf })](ωn ) = fyf (ωn ) =

n−1 , 99

[F ({nf })](ωn ) = fnf (ωn ) = 1 − [F ({yf })](ωn )


第 4 章 フィッシャー統計学 I

134

等重率 (後の定理 6.21 で示す) により,混合状態 ν0 ∈ M+1 (Ω) は,等確率によ る状態 νe とする.すなわち,ν0 ({ωn }) = νe ({ωn }) = 1/100 (∀n) と定める.こ こで,2 つ混合測定 MC(Ω) (Om , S[∗] (νe )) と MC(Ω) (Of , S[∗] (νe )) を考える.この とき,() より,次の計算を得る.

( H MC(Ω) (Om , S[∗] (νe ) =

mym (ω)νe (dω) · log mym (ω)νe (dω) Ω ∫ ∫ − m{nm } (ω)νe (dω) · log mnm (ω)νe (dω) Ω

1 1 1 1 = − log − log = log2 2 = 1 (ビット)12 . 2 2 2 2 また,

(

)

H MC(Ω) (Of , S[∗] (νe )) = fyf (ω) log fyf (ω)νe (dω) Ω ∫ ∫ ∫ fnf (ω) log fnf (ω)νe (dω) − fyf (ω)νe (dω) · log fyf (ω)νe (dω) + Ω Ω ∫Ω ∫ − fnf (ω)νe (dω) · log fnf (ω)νe (dω) Ω

∫ +2

Ω 1

λ log2 λdλ + 1 = − 0

1 + 1 = 0.278 · · · (ビット) 2 loge 2

となる.したがって,この例の場合は, 「速い・遅い」よりも, 「男・女」の方が目撃情報としては,かなり価値が 高い と言える.

12

log の底を 2 としたときの単位を, 「ビット」と言う.


135

第 5 章 実践論理–測定理論の中の論 理– 「三段論法」として,よく引き合いに出されるのが,次の文言である:

(♯) ソクラテスは人間であり,且つ,人間は死ぬ. 故に,ソクラテスは死ぬ. しかし,この例 (♯) は,世界記述の観点からみれば,単純とは言えない.世界記述 の精神に従うならば (たとえば,ニュートン力学がそうであるように), 現象を世界記述法によって,数量表現してから論理・計算せよ. が原則であるのに,上の (♯) は日常言語の中の直接的論理だからである.したがっ て,本章では,日常言語で表現された文言 (♯) を測定理論で記述することを考える. 本章の題材をかなり陳腐─すなわち, 「スペース・コロニーの建設・定住 (2.4.2 節)」 と無関係─と思うかもしれないが,そうではない.なぜならば,測定理論の目的は, 工学・諸科学の立脚点を,測定理論という言語で,確固たるものにすること であるからで,本章のような議論も一度は確認しておくべきことと考えるからで ある.

5.1

いろいろな論理─日常言語の論理の危うさ

論理と一口に言っても,たとえば,次の (A1 )–(A3 ) 等いろいろある.

(A1 ) [数学・記号論理学の論理].数学・記号論理学の論理は,最も確固たる論 理と信じられていて,もちろん,そう信じるのは当然である.しかし,数 学・記号論理学は,世界とは独立しているので,暗黙的または明示的に何 らかの解釈を付け加えないと,世界について発言することはできない.た とえば,次の三段論法:


第 5 章 実践論理–測定理論の中の論理–

136

(♯) 「A ⇒ B ,B ⇒ C 」ならば「A ⇒ C 」 は正しい.と言うより,そう決めたわけである.しかし,この三段論法 (♯) は,世界とは独立しているので,このままでは,数学の中で閉じていて, 世界について発言できない1 .

(A2 ) [日常言語の論理].日常言語の中に埋没している論理もある.この論理は, 日常的に誰もが普通に使っている論理で, 「夫婦喧嘩の論理」とか「裁判の 論理」のように,ピンからキリまである.ただし,日常言語の枠組みは明 確でないので,次の (♯1 )–(♯4 ) はどれも危うい.

(♯1 ) ソクラテスは人間であり,且つ,人間は死ぬ. 故に,ソクラテスは 死ぬ.

(♯2 ) 飛ぶ矢は飛ばず (ゼノンのパラドックス) (♯3 ) 我思う.故に我あり (デカルトの第一命題) (♯4 ) 箱 A の中に 1 個のダイヤが入っている.箱 B の中にも 1 個のダイヤ が入っている.それらを合わせて,箱 C の中に入れる.このとき,箱

C の中には,ダイヤが 2 個入っていることになる.すなわち, 「1 個+1 個=2 個」の発明王エジソンの問題 (11.5 節) である. 危うい理由は,たとえば,(A1 ) の数学的三段論法 (♯) を認めたとしても, これと日常言語の文言「ソクラテスの (♯1 )」との関係が暗黙の了解でしか ないからである.また,問題 5.1 と注釈 5.1–注釈 5.3 でも危うい理由を述 べる.

(A3 ) [世界記述の論理].世界記述の精神は, 1 何度も言っているように,数学・記号論理学は世界記述以前の根源的学問で, 「世界」とは完全 に独立している.記号論理学を,論理哲学と呼んで,哲学と見なすことがあるとしたら,数学も哲学 になってしまうが,この場合の哲学は「世界記述の哲学」ではない.


5.1. いろいろな論理─日常言語の論理の危うさ

137

(♯1 ) 現象を世界記述法によって,数量表現してから,論理・計算せよ. である.何度も言っているように,

(♯2 ) 現実の世界と独立している数学が,世界のあることについて明確な発 言するためには,世界記述法を通して発言するしか術がない. からである.たとえば,ニュートン力学の問題を議論している状況を想像 すればよい.力学現象を,ニュ−トン力学という (単純なルールで構成さ れている) 世界記述法によって,数量的に記述して,そこで論理・計算を する方法である.また, 「( A2 ) の (♯1 ) の日常言語の三段論法」を測定理論 の言葉で記述する方法で,これが本章のテーマとなる.すなわち,測定理 論という言語的世界記述法の中の形而上学的論理 (これを,本書では実践 論理と言う) を追究することになる.詳細は 5.2 節以降に述べる. このようにいろいろな論理 (A1 )–(A3 ) があるが,本書の立場 3.5 (=第 1 章 (

X4 )) は, 測定理論で記述されていない理論を,測定理論で記述する であった.そうならば,日常言語の論理─ (A2 ) の文言 (♯1 ) – (♯4 ) ─を測定理論 の中で議論すれば,知見が得られるに違いない.

♠ 注釈 5.1. 繰り返しになるが,第 1 章 (X1 ) で見たように, 「広義の日常言語」を考 えて,それを世界記述 (第 1 章 (O)) 以前の根源的な言語と考えて,次の図式を得 た.  1 実在的方法   ⃝   (数学を包含する日常言語) (世界が先,言葉が後)  0 広義の日常言語 =⇒ 世界記述 (X1 ) ⃝ (第 1 章 (O))  (第 1 章 )  2 言語的方法 ⃝  (世界記述 (=科学) 以前)   (言葉が先,世界が後) ここで,


第 5 章 実践論理–測定理論の中の論理–

138

0 」の中に, (♯1 ) 「広義の日常言語⃝

(♭) (A2 ) の文言 (♯1 ) – (♯4 ), 鶴亀算, (例 7.6)

旅人算

(第 11 章 (A2 ) )

統計学・動的システム理論 (第 4,7,11 章)

等が,何となく埋没されている と考えるのは常識的である.ただし,日常言語の枠組みが明確でないので (すなわ 2 の中で見直すのが, ち, 「何となく」なので),この (♭) を,可能な限り,測定理論⃝ 本書の立場 3.5(=第 1 章 (X4 )) となる.何度も述べていることであるが,本書で 0 」と見なす.もちろん,当然のことであ は「[記号論理・数学]⊂[広義の日常言語⃝] るが,

(♯2 ) 重要な叡智─本書の言い方をすれば, 「スペース・コロニーの建設・定住」に 1 と測定理論⃝) 2 で記述できない 必要な知恵─の中で,世界記述法 (物理学⃝ こと ( たとえば,倫理・道徳,芸術,宗教等) など幾らでもある (8.3 節 (♯4 )) ことは注意すべきである.

「日常言語の論理すべてが危うい」と言ったら何も始まらないが,日常言語 の論理の危うさに警戒する必要はある.このことを最初に指摘が有名な「ゼノ ンのパラドックス (飛ぶ矢は飛ばず)」である.約 2500 年前に,ゼノン (BC490 年-BC430 年) は次の問題を考えた: 問題 5.1. [飛ぶ矢は飛ばず]

(B1 ) [問題]: 飛んでいる矢は,動いているのだろうか? それとも止まっている のだろうか?

(B2 ) [ゼノンの解答] 矢が飛んでいるとしよう.この矢は,いつの時点でもその 瞬間は止まっている.いつの時点でもその瞬間は止まっているならば,い つも止まっているわけで,したがって,矢は止まっていて動かない.

著者には, ゼノンの論証 (B2 ) は完璧な論理


5.1. いろいろな論理─日常言語の論理の危うさ

139

としか思えない.というと言い過ぎだとしても,もし日常言語で記述されたゼノ ンの論理 (B2 ) が正しくないのなら,日常言語の文言 (A2 ) の (♯1 ),(♯3 ),(♯4 ) も 安直に信じるわけにはいかない,と考えるのは当然と思う. 「飛ぶ矢」の教訓は,日常言語の論理 (A2 ) の危うさの指摘で,この危うさを 回避するには次の問い掛けに答えるしかない.

(B3 ) 「飛ぶ矢」を記述する世界記述法は何か? である.この (B3 ) は,科学における最古かつ最も有名な未解決問題で,ゼノン のパラドックスとして一般に知られている.この問い掛け (B3 ) には,第 11 章 の解答 11.11 で答える.

問題 (B3 ) の解答として, 「ニュートン力学」と答えるかもしれないが, 「飛ぶ 矢」は運動・変化の一つの象徴であって,稲の成長とか国の経済成長まで想定す るとしたら,ニュートン力学という世界記述法では解答にならない.もちろん, ラプラスの魔 (注釈 5.2) でも持ち出せば,国の経済成長もニュートン力学の枠内 で原理的には議論できるかもしれないが,ここでラプラスの魔を持ち出す物理至 上主義は,物理学者さえ主張しないはずで,本書ではラプラスの魔の議論には関 わらない.

♠ 注釈 5.2. [ラプラスの魔]: 宇宙全体のすべての物体の運動でも国の経済成長でも, 所詮は,(無限に近い) 多数の粒子系の運動方程式で厳密に記述できて,しかも,そ れを解析することができる知性が存在するならば,この知性にとっては,不確実な ことは何もなくなり,その目には未来も過去も全て見えていると考えて,このよう な「知性」のことをラプラスの魔と呼ぶ.ラプラスの魔は, 「度が過ぎた実在的科学 観 (すなわち,極端な物理至上主義)」の象徴として,しばしば議論される.

♠ 注釈 5.3. 想定される平均的読者よりも,著者はすこしばかり「有利な位置」にい るかもしれない.第 1 章の測定理論の分類 (Y),すなわち,


第 5 章 実践論理–測定理論の中の論理–

140 

(一般量子力学) 

(Y)

測定理論

(第 1 章)

(科学言語)

量子測定理論

 古典測定理論

において,本書の興味は古典測定理論である.しかし,大抵の問題は,古典測定理 論と量子測定理論とをセットで考えれば (すなわち,一般量子力学として一括して 議論すれば),問題の意味が鮮明になる.したがって,以下に,(A2 ) の (♯1 ) – (♯4 ) の最終解答として,量子測定理論の結果も並べて述べておく

(♯1 ) 量子系では, 「ソクラテスの (A2 ) の (♯1 )」─三段論法─は一般には成立しな いが (注釈 3.8 参照),古典系では正しい (定��� 5.11(i)). (♯2 ) 量子系では, 「飛ぶ矢の (A2 ) の (♯2 )」─飛ぶ矢の軌跡 (すなわち,電子の軌跡) ─は意味をなさないが (注釈 11.8),古典系では,飛ぶ矢は動いている (11.5 節). (♯3 ) 古典系でも量子系でも, 「我思うの (A2 ) の (♯3 )」は意味をなさない (5.3.2 節 ).すなわち, 「我思うの (A2 ) の (♯3 )」は,測定理論で記述可能な文言ではな くて,日常言語の文言である. (♯4 ) 古典系でも量子系でも, 「1 個+1 個=2 個の (♯4 )」は正しい (11.5 節). である.そうならば,(A2 ) の (♯1 ) – (♯4 ) は追究に値すると思ってもらえるだろう.

5.2

擬積観測量と辺観測量

本章の目的は,実践論理─測定理論という言語の中の論理─を考えることで ある. さて,同時観測量 (定義 2.14) を思い出そう.各 k = 1, 2, . . . , n に対して,基本

b = (×n Xk , 代数 C(Ω) 内の観測量 Ok = (Xk , Fk , Fk ) を考えて,同時観測量 O k=1

 nk=1 Fk , Fb) を次のように定義した: Fb (Ξ1 × Ξ2 × · · · × Ξn ) = F1 (Ξ1 )F2 (Ξ2 ) · · · Fn (Ξn ) (∀Ξk ∈ Fk , ∀k = 1, 2, . . . , n) 次の定義は同時観測量の一般化である. 定義 5.2. [擬積観測量] 各 k = 1, 2, . . . , n に対して,基本代数 C(Ω) 内の観測 量 Ok = (Xk , Fk , Fk ) 考える.観測量 O12...n = (×k=1 Xk , n

 nk=1 Fk , F12...n )


5.2. 擬積観測量と辺観測量

141

は次を満たすとする:

F12...n (X1 × · · · × Xk−1 × Ξk × Xk+1 × · · · × Xn ) = Fk (Ξk ) (∀Ξk ∈ Fk , ∀k = 1, 2, . . . , n) このとき,観測量 O12...n = (×k=1 Xk , n

 nk=1 Fk , F12...n ) は {Ok | k = 1, 2, . . . , n}

の擬積観測量と呼ばれ,次のように記される: qp

×

n

Ok = ( × Xk ,  k=1 Fk ,

k=1,2,...,n

k=1

qp

n

×

k=1,2,...,n

Fk )

もちろん,同時観測量も擬積観測量の一種で,したがって,擬積観測量は,一般 には一意に決まらない.

♠ 注釈 5.4. 第 1 章 (U4 ) で述べたように,測定理論の前提は, 「測定は一回だけ」と 「測定後の状態は,意味をなさない」である.そうだとすると,壷問題 ( 例 2.10 ) を再考したくなる.すなわち,Ω = {ω1 , ω2 } として,(2.5) 式で,C(Ω) 内の観測 量 O白黒 = ({ 白, 黒 }, 2{ 白, 黒 } , F ) を考えて,壷から 1 つの球を取り出して,その 色 (「白」か「黒」か) を調べる測定 MC(Ω) (O白黒 , S[ω] ) を議論した.この測定に よって, 「白」が得られたとすると,測定後の状態は,[白球が 3 個,黒球が 6 個」 と考えるのは,常識で, 「測定後の状態は,意味をなさない」に矛盾すると思うかも しれない.しかし,壷から 2 つの球を順次に取り出す測定は,次のようになる.こ のとき,C(Ω) 内の観測量 O12 = ({ 白, 黒 } × { 白, 黒 }, 2{ 白, 黒 }×{ 白, 黒 } , F12 ) を次のように得る: 8×7 , 90 2×8 F12 ({(黒, 白)})(ω1 ) = , 90 4×3 F12 ({(白, 白)})(ω2 ) = , 90 6×4 F12 ({(黒, 白)})(ω2 ) = , 90

F12 ({(白, 白)})(ω1 ) =

8×2 90 2×1 F12 ({(黒, 黒)})(ω1 ) = 90 4×6 F12 ({(白, 黒)})(ω2 ) = 90 6×5 F12 ({(黒, 黒)})(ω2 ) = 90 F12 ({(白, 黒)})(ω1 ) =

このようにして,測定 MC(Ω) (O12 , S[ω] ) を得る.こう考えれば, 「測定は一回だけ」 と「測定後の状態は,意味をなさない」等の原則を守ることができる.ここで,こ qp

の O12 は,2 つの観測量 O白黒 の擬積観測量 O白黒 × O白黒 であるが,同時観測量 O白黒 × O白黒 ではないことに注意せよ.また,例 4.7(壷問題) の (ii) の場合と比 べよ.


第 5 章 実践論理–測定理論の中の論理–

142

定義 5.3. [辺観測量] 基本代数 C(Ω) 内の観測量 O12...n = (×k=1 Xk , n

 nk=1 Fk ,

F12...n ) を考える.1 5 j 5 n である j に対して, (j)

F12...n (Ξj ) = F12...n (X1 × · · · × Xj−1 × Ξj × Xj+1 × · · · × Xn ) (j)

(j)

(∀Ξj ∈ Fj )

(j)

により,F12...n を定める.このとき,O12...n = (Xj , Fj , F12...n ) は C(Ω) 内の観 (j)

測量になる.この O12...n を O12...n の辺観測量 (正確には,(j)-辺観測量) と呼 (12)

(12)

ぶ.これは,一般化できる.たとえば,O12...n = (X1 × X2 , F1  F2 , F12...n ) を, (12)

(12)

F12...n (Ξ1 × Ξ2 ) = F12...n (Ξ1 × Ξ2 × X3 × · · · × Xn ) (∀Ξ1 ∈ F1 , ∀Ξ2 ∈ F2 ) (12)

(12)

と定めれば,O12...n = (X1 × X2 , F1  F2 , F12...n ) は辺観測量 (「面観測量」と (12...n)

いうべきかもしれないが) となる.したがって,もちろん,F12...n = F12...n

ある.

C(Ω) 内の観測量 O = (X, F, F ) の別表現を以下のように定める. [ ] c RepΞ [O] = [F (Ξ)](ω), [F (Ξ )](ω) ω とする.ここに,Ξc は Ξ の補集合 {x ∈ X | x ∈ / Ξ} とする.同様に,C(Ω) 内 の観測量 O12 = (X1 × X2 , F1  F2 , F12 ) も [ [F12 (Ξ1 × Ξ2 )](ω) Ξ1 ×Ξ2 Repω [O12 ] = [F12 (Ξc1 × Ξ2 )](ω)

[F12 (Ξ1 × Ξc2 )](ω) [F12 (Ξc1 × Ξc2 )](ω)

と表す.ここに, (1)

[F12 (Ξ1 × Ξ2 )](ω) + [F12 (Ξ1 × Ξc2 )](ω) = [F12 (Ξ1 )](ω) (1)

[F12 (Ξc1 × Ξc2 )](ω) + [F12 (Ξc1 × Ξ2 )](ω) = [F12 (Ξc1 )](ω) (2)

[F12 (Ξ1 × Ξ2 )](ω) + [F12 (Ξc1 × Ξ2 )](ω) = [F12 (Ξ2 )](ω) (2)

[F12 (Ξ1 × Ξc2 )](ω) + [F12 (Ξc1 × Ξc2 )](ω) = [F12 (Ξc2 )](ω)

]


5.2. 擬積観測量と辺観測量

143

に注意せよ.

次の補題で,擬積観測量が満たすべき条件を示す. 補題 5.4. [擬積観測量の制約条件 (cf. [2]) ]

O1 = (X1 , F1 , F1 ) と O2 = qp

(X2 , F2 , F2 ) を C(Ω) 内の観測量とする.O12 = (X1 ×X2 , F1 F2 , F12 =F1 × F2 ) を O1 と O2 の擬積観測量とする.すなわち, (1)

F1 = F12 ,

(2)

F2 = F12

とする.このとき,αΞ1 ×Ξ2 (ω) = [F12 (Ξ1 × Ξ2 )](ω) とおいて, [ ] [F12 (Ξ1 × Ξ2 )](ω) [F12 (Ξ1 × Ξc2 )](ω) Ξ1 ×Ξ2 Repω [O12 ] = [F12 (Ξc1 × Ξ2 )](ω) [F12 (Ξc1 × Ξc2 )](ω) [ ] αΞ1 ×Ξ2 (ω) [F1 (Ξ1 ](ω) − αΞ1 ×Ξ2 (ω) = (5.1) [F2 (Ξ2 ](ω) − αΞ1 ×Ξ2 (ω) 1 + αΞ1 ×Ξ2 (ω) − [F1 (Ξ1 ](ω) − [F2 (Ξ2 ](ω) かつ,次が成立する:

max{0, [F1 (Ξ1 )](ω) + [F2 (Ξ2 )](ω) − 1} 5 αΞ1 ×Ξ2 (ω) 5 min{[F1 (Ξ1 )](ω), [F2 (Ξ2 )](ω)} (∀Ξ1 ∈ F1 , ∀Ξ2 ∈ F2 , ∀ω ∈ Ω)

(5.2)

逆に,条件 (5.2) を満たす任意の αΞ1 ×Ξ2 (∈ C(Ω)) に対して,(5.1) 式により定 義される観測量 O12 は O1 と O2 の擬積観測量である.また, 次が成り立つ:

[F (Ξ1 × Ξc2 )](ω) = 0 ⇐⇒ αΞ1 ×Ξ2 (ω) = [F1 (Ξ1 )](ω) =⇒ [F1 (Ξ1 )](ω) 5 [F2 (Ξ2 )](ω) 証明

(5.3)

証明は簡単であるが,念の為に以下に書く.0 5 [F ((Ξ′1 × Ξ′2 ))] (ω) 5 1,

(∀Ξ′1 ∈ F1 , Ξ′2 ∈ F2 ) であるから,(5.1) 式から,次を得る: 0 5 αΞ1 ×Ξ2 (ω) 5 1


第 5 章 実践論理–測定理論の中の論理–

144

0 5 1 + αΞ1 ×Ξ2 (ω) − [F1 (Ξ1 )](ω) − [F2 (Ξ2 )](ω) 5 1 0 5 [F2 (Ξ2 )](ω) − αΞ1 ×Ξ2 (ω) 5 1 0 5 [F1 (Ξ1 )](ω) − αΞ1 ×Ξ2 (ω) 5 1 これから,(5.2) は容易にわかる.逆に,もし αΞ1 ×Ξ2 が条件 (5.2) を満たすなら ば,(5.1) は直ちにわかる.また, (5.3) も自明である.

さて,O1 = (X1 , F1 , F1 ) と O2 = (X2 , F2 , F2 ) を C(Ω) 内の観測量として, qp

O12 = (X1 × X2 , F1  F2 , F12 =F1× F2 ) を O1 と O2 の擬積観測量とする.ここ qp

で,測定 MC(Ω) (O12 =(X1 × X2 , F1  F2 , F12 =F1× F2 ), S[ω] )) により,測定値

(x1 , x2 ) (∈ X1 × X2 ) が得られたとする.このとき,x1 ∈ Ξ1 であることを知っ たとき,x2 ∈ Ξ2 である確率 P (すなわち,条件付き確率) は

P =

[F12 (Ξ1 × Ξ2 )](ω) [F12 (Ξ1 × Ξ2 )](ω) = [F1 (Ξ1 )](ω) [F12 (Ξ1 × Ξ2 )](ω) + [F12 (Ξ1 × Ξc2 )](ω)

で与えられて,(5.2) により次のように評価される:

max{0, [F1 (Ξ1 )](ω) + [F2 (Ξ2 )](ω) − 1} 5P 5 [F12 (Ξ1 × Ξ2 )](ω) + [F12 (Ξ1 × Ξc2 )](ω) min{[F1 (Ξ1 )](ω), [F2 (Ξ2 )](ω)} [F12 (Ξ1 × Ξ2 )](ω) + [F12 (Ξ1 × Ξc2 )](ω)

例 5.5. [トマトの例] Ω = {ω1 , ω2 , . . . ωk , . . . , ωK } を K 個のトマトの集合とす る.もちろん,同一視「トマト ωk ←→ 状態 ωk をもつトマト」を考える.C(Ω) 内の観測量 O赤 = (X赤 , 2X赤 , F赤 ) と O甘 = (X甘 , 2X甘 , F甘 ) を考えよう.ここに,

X赤 = {y赤 , n赤 },

X甘 = {y甘 , n甘 }

で,“y赤 ” と “n赤 ” はそれぞれ “赤い” と “赤くない” を意味する.同様に, “y甘 ” と “n甘 ” はそれぞれ “甘い” と “甘くない” を意味するとしよう.たとえば, 「ト


5.2. 擬積観測量と辺観測量

145

マト ω1 は赤いけど甘くない」や「トマト ω2 は赤くて,しかも甘い」などの文 言を考える.

ω1

ω2

y赤 n甘

···

ω3

y赤 y甘

··· ···

n赤 y甘

ωK n赤 n甘

図 5.1: トマトは赤いか? 甘いか? 次の擬積観測量を考える: qp

O12 = (X赤 × X甘 , 2X赤 ×X甘 , F =F赤× F甘 ) すなわち, [ ] {(y ,y )} [F ({(y赤 , y甘 )})](ωk ) [F ({(y赤 , n甘 )})](ωk ) Repωk 赤 甘 [O12 ] = [F ({(n赤 , y甘 )})](ωk ) [F ({(n赤 , n甘 )})](ωk ) [ ] α{(y ,y )} [F赤 ({y赤 })] − α{(y ,y )} 赤 甘 赤 甘 = [F甘 ({y甘 })] − α{(y ,y )} 1 + α{(y ,y )} − [F赤 ({y赤 })] − [F甘 ({y甘 })] 赤

ここに,α{(y

赤 ,y甘 )}

(ωk ) は (5.2) を満たす.したがって,トマト ωk が「赤い」と

わかったとき,そのトマト ωk が「甘い」ことがわかる確率 P は

[F ({(y赤 , y甘 )})](ωk ) [F ({(y赤 , y甘 )})](ωk ) = [F ({(y赤 , y甘 )})](ωk ) + [F ({(y赤 , n甘 )})](ωk ) [F赤 ({y赤 })](ωk )

P =

であり,[F ({(y赤 , y甘 )})](ωk ) = α{(y

赤 ,y甘 )}

(ωk ) であるから,条件付確率 P の評価:

max{0, [F1 ({y赤 })](ωk ) + [F2 ({y甘 })](ωk ) − 1} 5P 5 [F赤 ({y赤 })](ωk ) min[F1 ({y甘 })](ωk ), [F2 ({y甘 })](ωk )} [F赤 ({y赤 })](ωk )

を得る.


第 5 章 実践論理–測定理論の中の論理–

146

含意─「ならば」の定義

5.3 5.3.1

含意と対偶

例 5.5 の続きとして,特に,[F ({(y赤 , n甘 )})](ω) = 0 の場合を考える.この場合,

[F ({(y赤 , y甘 )})](ω) =1 [F ({(y赤 , y甘 )})](ω) + [F ({(y赤 , n甘 )})](ω) であるから,トマト ω が「赤い」とわかったとき,そのトマト ω が「甘い」こ とがわかる確率は 1 となる.すなわち, 「[F ({(y赤 , n甘 )})](ω) = 0」 ⇐⇒

[ ] 「赤い」=⇒「甘い」

である.

上の議論から,次の定義「含意」(すなわち, 「測定理論的含意」, 「二元論的含 意」) を得る: qp

定義 5.6. [含意] O12 = (X1 × X2 , F1  F2 , F12 =F1× F2 ) を C(Ω) 内の観測量 とする.ω ∈ Ω,Ξ1 ∈ F1 ,Ξ2 ∈ F2 とする.ここで,

[F12 (Ξ1 × (Ξc2 ))](ω) = 0 が成立するとき, (1)

[O12 ; Ξ1 ]

=⇒ MC(Ω) (O12 ,S[ω] )

(2)

[O12 ; Ξ2 ]

と書く.もちろん,これを, 測定 MC(Ω) (O12 , S[ω] ) により,測定値 (x1 , x2 )(∈ X1 × X2 ) が得られたと する.このとき,x1 ∈ Ξ1 ならば x2 ∈ Ξ2 である.


5.3. 含意─「ならば」の定義

147

と読む.これは次のように一般化できる.基本代数 C(Ω) 内の観測量 O12...n = qp

(×k=1 Xk ,  k=1 Fk , F12...n = n

n

×

k=1,2,...,n

Fk ) を考える.また,ω ∈ Ω,Ξi ∈ Fi ,

Ξj ∈ Fj として (1 5 i, j 5 n),ここで, (ij)

F12...n (Ξi × (Ξcj ))](ω) = 0 が成立するとき, (i)

[O12...n ; Ξi ]

(j)

=⇒ MC(Ω) (O12...n ,S[ω] )

[O12...n ; Ξj ]

と書く.

qp

定理 5.7. [対偶] O12 = (X1 × X2 , F1  F2 , F12 =F1× F2 ) を C(Ω) 内の観測量 とする.ω ∈ Ω とする.Ξ1 ∈ F1 と Ξ2 ∈ F2 を考える.このとき, (1)

[O12 ; Ξ1 ]

=⇒ MC(Ω) (O12 ,S[ω] )

(2)

[O12 ; Ξ2 ]

(5.4)

ならば, (1)

[O12 ; Ξc1 ] 証明

⇐=

MC(Ω) (O12 ,S[ω] )

(2)

[O12 ; Ξc2 ]

証明は自明であるが,念の為,証明を加える.条件 (5.4) を仮定しよう.

すなわち,

[F12 (Ξ1 × (X2 \ Ξ2 ))](ω) = 0 ここで,Ξ1 × Ξ2 c = (Ξc1 )c × Ξc2 だから,

[F12 ((Ξc1 )c × Ξc2 )](ω) = 0 よって, (1)

[O12 ; Ξc1 ]

⇐=

MC(Ω) (O12 ,S[ω] )

(2)

[O12 ; Ξc2 ]


第 5 章 実践論理–測定理論の中の論理–

148 を得る.

♠ 注釈 5.5. 仮説検定 (4.3.4 節) についての注釈 4.6 の問いかけに答えておこう.そ こでの結論は, [∗] ∈ NH ならば,測定 MC(Ω) (O =(X, F, F ), S[∗] ) によって得られる測定値 ε0.05

が [D]Nmax (∈ F) に属する確率は 0.05 以下である. H であった.しかし,正式には,C(Ω) 内の観測量 ONH =(Y (= {0, 1}), 2{0,1} , FNH ) を, { 1 (ω ∈ NH ) , [FNH ({0})](ω) = 1 − [FNH ({1})](ω) [FNH ({1})](ω) = 0 (ω ∈ / NH ) と定めて ( FNH ({1}) ∈ / C(Ω) とすると,第 IV 部 (有界型測定理論) の議論かもし れないが),同時測定 MC(Ω) (ONH × O =(Y × X, 2{0,1}  F, FNH × F ), S[∗] ) を 考えればよい.その測定値 (y, x) において,y = 1 という条件の下で (したがって, ε0.05

ω ∈ NH という条件の下に),x ∈ / [D]Nmax となる条件付き確率は, H ε0.05

))](ω) [(FNH × F )({1} × (X \ [D]Nmax H [(FNH × F )({1} × X)](ω)

ε0.05

= [F (X \ [D]Nmax )](ω) ≥ 0.95 H ε0.05

となる.すなわち, 「y = 1」ならば, 「大抵は,x ∈ / [D]Nmax 」であり,その対偶と H ε0.05

して, 「x ∈ [D]Nmax 」ならば, 「y = 1 であることは稀である」,と結論できる.し H たがって,仮説検定 (4.3.4 節) は, 「含意と対偶」のすこしばかりの拡張と見なすこ とができる (cf. [13]).

5.3.2

「我思う.故に我あり」を疑う

以下の例は,すこし不自然かもしれないが, 「二元論」の理解のためには欠か せない . 例 5.8. [脳死]

太郎君を測定対象とする.太郎君の状態を ω1 ,ω2 ,. . . ,ωN の

いずれかとする.すなわち,状態空間を Ω = {ω1 , ω2 , . . . , ωN } とする.O12 = qp

(X1 ×X2 , 2X1 ×X2 , F12 =F1× F2 ) を C(Ω) 内の観測量とする.ここに,X1 = { 思 , 思},X2 = { 生, 生} とする.もちろん, 「思」=「思う」, 「思」=「思わない」


5.3. 含意─「ならば」の定義

149

等とする.また,任意の状態 ωn (n = 1, 2, . . . , N ) に対して,表 5.1 を満たすと する.

表 5.1: 脳死の観測量 O12 = (X1 × X2 , 2X1 ×X2 , F12 ) F1 F2

[F2 ({ 生 })](ωn )

[F1 ({ 思 })](ωn )

(1 + (−1) )/2 (=[F12 ({

[F1 ({思})](ωn )

[F2 ({生})](ωn )

n

}×{

})](ωn ))

0 (=[F12 ({

}×{生})](ωn ))

(1 − (−1)n )/2

0 (=[F12 ({思}×{

})](ωn ))

(=[F12 ({思}×{生})](ωn ))

このとき,明らかに,次が成立する: (1)

[O12 ; { 思 }]

⇐⇒

MC(Ω) (O12 ,S[ωn ] )

(2)

[O12 ; { 生 }]

もちろん,これを, 太郎君が「思って」いることがわかれば, 「生きて」いることがわかる.逆 に, 「生きて」いることがわかれば, 「思って」いることがわかる. と読む.すなわち, 「脳死」のことを言っていると思ってよい. 上の例は,デカルトの有名な「我思う.故に我あり」とは関係がない.上の例 では,太郎が測定対象で, 「太郎君が思っているかどうか?

生きているかどう

か?」は測定者 (=医者) が判断 (=測定) する.しかし,デカルトの「我思う.故 に我あり」では, 「我」が, 「測定者」でもあり「測定対象」でもあると考えるの が自然で,これは測定理論では禁じられている (1.2 節 (U1 )).したがって, デカルトの「我思う.故に我あり」は,測定理論で記述可能な命題ではな くて,日常言語の命題である.


第 5 章 実践論理–測定理論の中の論理–

150

と考える. 「我思う.故に我あり」は,二元論以前の話で,デカルトが二元論─ 「我」の確立─を確信する際の,強引な方便 (=コジツケ=疑わしい理論) である

(cf. [7, 9]).疑う余地のないとされている命題「我思う.故に我あり」は,測定 理論の立場で言うと,極めて疑わしい命題 ( すなわち,測定理論では記述できな い命題) である. もちろん,測定理論は,工学・諸科学が記述できれば─本書の目標では, 「ス ペース・コロニーの建設・定住」のための技術を記述できれば─十分なわけで, 「我思う.故に我あり」を記述できなくても構わない. 事実, 今日まで科学において, 「我思う.故に我あり」という命題が一度だって, 生産的な使われ方をしたことはない2 はずである. 物理学でも,理論以前の,理論を作る際の指針となる「意味不明な文言」が宣 伝用のキャッチコピーとして有名になる場合あることは,3.4 節の「ハイゼンベ ルグの不確定性原理 (命題 3.1)」で見た通りである. ♠ 注釈 5.6. この世界のすべて現象が測定理論で記述できるわけではないことは当然 で,しかも,測定理論で記述できなくても重要なことなど幾らでもある (注釈 5.1). 「書けそうで,書けないもの」としては,たとえば, (♯1 ) 「測定者の時空」, 「時制 (「3つの時間 (現在・過去・未来)」)」, 「内部測定」, 「世界内存在」, 「動く今」, 「現在しか存在しない (注釈 6.6 参照)」, 「主観的時 間 (注釈 6.7 参照)」3 等がある.もし科学的立場に固執するならば,これらの言葉の意味についていくら 論じても無駄で,行うべきことは,

(♯2 ) これらの言葉を如何なる文言・文脈の中で使うか? に答えることであるが (注釈 2.3),これは非常な難問─測定理論の中で矮小化して 解答する以外は (たとえば,第 6 章の [脚注 5:アウグスティヌスの時間論] 参照),解 答不可の可能性大の問題─と考える.

2 「科学の命題でないから重要でない」とは決して言えない.ただし,命題「我思う.故に我あ り」は多分スペース・コロニーの建設・定住 ( 2.4.2 節) のために必要不可欠というわけではないと 考える. 3 (♯ ) の言葉の意味は,日常言語の中での「語感」だけしか著者にはわからないが, 「語感」だけ 1 でも,コペンハーゲン解釈 [第 1 章の (U1 )–(U7 ))] と相容れない.


5.4. 実践三段論法─ソクラテスは死ぬか?

151

実践三段論法─ソクラテスは死ぬか?

5.4

本書の一貫した立場 3.5 は, 測定理論で記述されていない文言を,測定理論で記述する であったことを思い出そう.本節で述べる「実践三段論法」とは, 「測定理論の中 の三段論法」の意味である. 「数学・記号論理の中の三段論法」や「日常言語の中 での三段論法」は証明することではない.しかし, 「実践三段論法」は定理であっ て,証明されなければならない.

5.4.1

結合観測量─観測量は一つだけ

次の結合観測量の存在定理の必要性は,次節の定理 5.11 の中でコペンハーゲ ン解釈の「測定は一回しかできない ⇒ 観測量は一つだけ」を思い出せば了解で きる思う.また,注釈 3.2 の中の (♯1 ) と (♯2 ) の 2 つの測定を一回の測定で済ます ことができなかったので,量子系の三段論法は不可であったことを思い出せば, 次の定理の意味はわかると思う (注釈 3.8).したがって,次の定理は,古典測定 理論特有の性質である. 定理 5.9. [結合観測量の存在定理 (cf. [2])]

O12 =(X1 × X2 , F1  F2 , F12 )

と O23 = (X2 × X3 , F2  F3 , F23 ) を C(Ω) 内の観測量とする.ただし,ここに

Xi ={x1i , x2i , . . . , xni i } (i = 1, 2, 3) は有限集合,Fi = 2Xi とする.次を仮定する: (2)

(2)

O12 = O23

(すなわち,F12 (X1 × Ξ2 ) = F23 (Ξ2 × X3 ) (∀Ξ2 ∈ 2X2 ))

このとき,次を満たす C(Ω) 内の観測量 O123 =(X1 ×X2 ×X3 , F1 F2 F3 , F123 ) が存在する: (12)

O123 = O12 ,

(23)

O123 = O23


第 5 章 実践論理–測定理論の中の論理–

152 すなわち, (12)

(23)

F123 (Ξ1 × Ξ2 × X3 ) = F12 (Ξ1 × Ξ2 ), F123 (X1 × Ξ2 × Ξ3 ) = F23 (Ξ2 × Ξ3 ) (∀Ξ1 ∈ F1 , ∀Ξ2 ∈ F2 , ∀Ξ3 ∈ F3 ))

(5.5)

である.この O123 を O12 と O23 の結合観測量と呼ぶ. 証明

O123 = (X1 × X2 × X3 , F1  F2  F3 , F123 ) を,たとえば,次のように

定義すればよい:

[F123 ({(x1 , x2 , x3 )})](ω)    [F12 ({(x1 , x2 )})](ω) · [F23 ({(x2 , x3 )})](ω)    [F12 (X1 × {x2 })](ω)     ([F12 (X1 × {x2 })](ω) ̸= 0 のとき) =      0     ([F12 (X1 × {x2 })](ω) = 0 のとき) (∀ω ∈ Ω, ∀(x1 , x2 , x3 ) ∈ X1 × X2 × X3 ) これが,(5.5) を満たすことは明らか. ベルの不等式に関する次の注意 5.10 は量子力学との関連では重要であるが, 量子力学に興味がなければ,飛ばしてもよい. 注意 5.10. [ベルの不等式に関して]

X1 = X2 = X3 = X4 = {−1, 1} とす

る.O13 =(X1 × X3 , 2X1 × 2X3 , F13 ),O14 =(X1 × X4 , 2X1 × 2X4 , F14 ),O23 =

(X2 × X3 , 2X2  2X3 , F23 ) と O24 = (X2 × X3 , 2X2  2X4 , F24 ) を C(Ω) 内の観 測量とする.ここで,次を仮定する: (1)

(1)

(2)

(2)

(3)

(3)

(4)

(4)

O13 = O14 , O23 = O24 , O13 = O23 , O14 = O24

更に,{−1, 1}2 上の確率測度 νab を (3.6) 式で定めて,ある状態 ω0 ∈ Ω で

[F13 ({(x1 , x3 )})](ω0 ) = νa1 b1 ({(x1 , x3 )},


5.4. 実践三段論法─ソクラテスは死ぬか?

153

[F14 ({(x1 , x4 )})](ω0 ) = νa1 b2 ({(x1 , x4 )} [F23 ({(x2 , x3 )})](ω0 ) = νa2 b1 ({(x2 , x3 )}, [F24 ({(x2 , x4 )})](ω0 ) = νa2 b2 ({(x2 , x4 )} を満たすと仮定する. このとき次の問題を考える:

(a) C(Ω) 内の観測量 O1234 =(×k=1 Xk ,  k=1 Fk , F1234 ) で次の (♯) を満たす 4

4

ものが存在するか? (13)

(14)

(23)

(24)

(♯) O1234 = O13 , O1234 = O14 , O1234 = O23 , O1234 = O24 この答えは, 「このような O1234 は存在しない」であるが,以下にこれを示そう.

O1234 =(×k=1 Xk ,  k=1 Fk , F1234 ) が存在すると仮定して,矛盾を示せばい 4

4

い.C13 (ω0 ) 等を以下のように定める.  ∫ 4    C13 (ω0 ) = x1 · x3 [F1234 ( × dxk )](ω0 )  4  k=1   ( ∫ ×k=1 Xk )    1 b1 (dx1 dx3 ) = x · x ν 1 3  a X ×X 1 3  ∫  4     x · x [F ( × dxk )](ω0 ) C (ω ) = 1 4 1234 14 0  4  k=1  × k=1 Xk  ( ) ∫   = X1 ×X4 x1 · x4 νa1 b2 (dx1 dx4 ) ∫ 4    x2 · x3 [F1234 ( × dxk )](ω0 ) C23 (ω0 ) =  4  k=1   ( ∫ ×k=1 Xk )    = X2 ×X3 x2 · x3 νa2 b1 (dx2 dx3 )   ∫  4     x · x [F ( × dxk )](ω0 ) C (ω ) = 2 4 1234 24 0  4  k=1  ×  k=1 Xk ( ) ∫   = X2 ×X4 x2 · x4 νa2 b2 (dx2 dx4 ) ここで,次の不等式 (ベルの不等式) を容易に求めることができる4 .

|C13 (ω0 ) − C14 (ω0 )| + |C23 (ω0 ) + C24 (ω0 )| 4 数学 (確率論) の言葉で, 「ベルの不等式」を述べれば,以下のようになる: (Y, G, µ) を確率空 ∫ 間とする.可測関数 fk : Y → {−1, 1}∫,(k = 1, 2, 3, 4),を考えて,C∫13 = Y f1 (y) · f3 (y)µ(dy), ∫ C14 = Y f1 (y) · f4 (y)µ(dy), C23 = Y f2 (y) · f3 (y)µ(dy), C24 = Y f2 (y) · f4 (y)µ(dy) と定め


第 5 章 実践論理–測定理論の中の論理–

154 ∫ 5

×

52

4 [ ] |x1 | · |x3 − x4 | +|x2 | · |x3 + x4 | F1234 ( × dxk ) (ω0 )

4 k=1

k=1

Xk

(なぜならば, xk ∈ {−1, 1})

(5.6)

√ しかし,これは,νab の方での計算では,すなわち,(3.7) 式では 2 2 であった. したがって,矛盾が生じるので,(a) のような O1234 は存在しない. もちろん,

(b) 並行測定 MC(Ω4 ) (O13 ⊗ O14 ⊗ O23 ⊗ O24 , S[(ω0 ,ω0 ,ω0 ,ω0 )] ) を考えるならば √ (νab の方の計算なので),(3.7) 式のように 2 2 になる (cf. [6]). すなわち,

(c) 並行測定ならば,量子系と古典系の区別なくベルの不等式は破られる ( (3.7) 式と上の (b) 参照) と言える.

♠ 注釈 5.7. 上の議論では,測定理論 (という世界記述法) 内の問題 (a) を解くため に,数学のベルの不等式 ([脚注??] 参照) が使われている.これは正しい.しかし, (♯1 ) 数学のベルの不等式が,量子力学 (という世界記述法) に対して何かを主張す るようなことがあったとしたら, そのような場合は, そのベルの不等式はどの ような世界記述法に基づいているのだろうか. なぜならば,数学は世界と独立だからである.したがって,量子力学の「非局所性 (3.5) 」の議論の中で,ベルの不等式の使われ方 (cf. [26]). 著者には理解できない. 本書の立場 3.5 は,

(♯2 ) 測定理論で記述されていない理論を,測定理論で記述する なのだから,ベルの不等式 [脚注??] の使い方を「問題 (a) の解答」として測定理 論の枠組みの中で示した.これならば,著者にも理解できる. る.このとき,ベルの不等式:

|C13 − C14 | + |C23 + C24 | 5 2 が成立する (証明は (5.6) と同じで容易).


5.4. 実践三段論法─ソクラテスは死ぬか?

155

実践三段論法とその変則形

5.4.2

さて,次に,実践三段論法─含意 (定義 5.6) に関する測定理論の定理─を議論 する.量子系では,定理 5.9 (結合観測量の結合定理) が一般には成立しないので

( たとえば,注釈 3.2 の中の (♯1 ) と (♯2 ) を結合できないので),三段論法は一般 には成立しない.しかし,古典系では,定理 5.9 (結合観測量の結合定理) が成立 するので,以下の定理によって,三段論法は信頼できる.

O123 = (X1 × X2 × X3 , F1  F2  F3 ,

定理 5.11. [実践三段論法 (cf. [2])] qp

F123 =× k=1,2,3 Fk ) を C(Ω) 内の観測量とする.ω ∈ Ω,Ξ1 ∈ F1 ,Ξ2 ∈ F2 ,Ξ3 ∈ F3 とする.このとき,次の命題 (i) – (iii) が成立する. (i).(実践三段論法) (1)

[O123 ; Ξ1 ]

(2)

=⇒ MC(Ω) (O123 ,S[ω] )

[O123 ; Ξ2 ],

(2)

[O123 ; Ξ2 ]

=⇒ MC(Ω) (O123 ,S[ω] )

(3)

[O123 ; Ξ3 ]

ならば,

] (13) (13) [F123 (Ξ1 × Ξ3 )](ω) [F123 (Ξ1 × Ξc3 )](ω) = (13) (13) [F123 (Ξc1 × Ξ3 )](ω) [F123 (Ξc1 × Ξc3 )](ω) ] (1) 0 [F123 (Ξ1 )](ω) [

(13) 1 ×Ξ3 RepΞ [O123 ] ω

[ =

(3)

(1)

(3)

[F123 (Ξ3 )](ω) − [F123 (Ξ1 )](ω)

1 − [F123 (Ξ3 )](ω)

すなわち, (1)

[O123 ; Ξ1 ]

(3)

=⇒ MC(Ω) (O123 ,S[ω] )

[O123 ; Ξ3 ]

(5.7)

が成り立つ.

(ii). (1)

[O123 ; Ξ1 ]

⇐=

MC(Ω) (O123 ,S[ω] )

(2)

[O123 ; Ξ2 ],

(2)

[O123 ; Ξ2 ]

=⇒ MC(Ω) (O123 ,S[ω] )

(3)

[O123 ; Ξ3 ]


第 5 章 実践論理–測定理論の中の論理–

156

を仮定する.このとき次が成立する: [ (13) ] (13) [F123 (Ξ1 × Ξ3 )](ω) [F123 (Ξ1 × Ξc3 )](ω) (13) Ξ1 ×Ξ3 Repω [O123 ] = (13) (13) [F123 (Ξc1 × Ξ3 )](ω) [F123 (Ξc1 × Ξc3 )](ω) [ ] (1) αΞ1 ×Ξ3 [F123 (Ξ1 )](ω) − αΞ1 ×Ξ3 = (3) (1) (3) [F123 (Ξ3 )](ω) − αΞ1 ×Ξ3 1 − αΞ1 ×Ξ3 − [F123 (Ξ1 )] − [F123 (Ξ3 )] ここに, (2)

(1)

(3)

max{[F123 (Ξ2 )](ω), [F123 (Ξ1 )](ω) + [F123 (Ξ3 )](ω) − 1} (1)

(3)

5 αΞ1 ×Ξ3 (ω) 5 min{[F123 (Ξ1 )](ω), [F123 (Ξ3 )](ω)}

(5.8)

(iii). (1)

[O123 ; Ξ1 ]

(2)

=⇒ MC(Ω) (O123 ,S[ω] )

[O123 ; Ξ2 ],

を仮定する.このとき次が成立する: [

(13) 1 ×Ξ3 RepΞ [O123 ] ω

[

(13)

[F123 (Ξ1 × Ξ3 )](ω) = (13) [F123 (Ξc1 × Ξ3 )](ω)

(2)

[O123 ; Ξ2 ]

⇐=

MC(Ω) (O123 ,S[ω] )

(3)

[O123 ; Ξ3 ]

] (13) [F123 (Ξ1 × Ξc3 )](ω) (13) [F123 (Ξc1 × Ξc3 )](ω)

] (1) [F123 (Ξ1 )](ω) − αΞ1 ×Ξ3 (ω) (1) (3) 1 − αΞ1 ×Ξ3 (ω) − [F123 (Ξ1 )](ω) − [F123 (Ξ3 )](ω)

αΞ1 ×Ξ3 (ω) = (3) [F123 (Ξ3 )](ω) − αΞ1 ×Ξ3 (ω)

ここに (3)

(1)

(2)

max{0, [F123 (Ξ1 )](ω) + [F123 (Ξ3 )](ω) − [F123 (Ξ2 )](ω)} (1)

(3)

5 αΞ1 ×Ξ3 (ω) 5 min{[F123 (Ξ1 )](ω), [F123 (Ξ3 )](ω)} 証明

(i): 条件より, (12)

0 = [F123 (Ξ1 × Ξc2 )](ω) = [F123 (Ξ1 × Ξc2 × Ξ3 )](ω) + [F123 (Ξ1 × Ξc2 × Ξc3 )](ω) (23)

0 = [F123 (Ξ2 × Ξc3 )](ω) = [F123 (Ξ1 × Ξ2 × Ξc3 )](ω) + [F123 (Ξc1 × Ξ2 × Ξc3 )](ω) したがって,

0 = [F123 (Ξ1 × Ξc2 × Ξ3 )](ω) = [F123 (Ξ1 × Ξc2 × Ξc3 )](ω)


5.4. 実践三段論法─ソクラテスは死ぬか?

157

0 = [F123 (Ξ1 × Ξ2 × Ξc3 )](ω) = [F123 (Ξc1 × Ξ2 × Ξc3 )](ω) よって, (13)

(13)

[F123 (Ξ1 × Ξc3 )](ω) = [F123 (Ξ1 × Ξ2 × Ξc3 )](ω) + [F123 (Ξ1 × Ξc2 × Ξc3 )](ω) = 0 これより,(5.7) を得る.

(ii) と (iii) の証明は [2] を見よ.

例 5.12. [例 5.5 の続き]

Ω,C(Ω),O1 = O甘 = (X甘 , 2X甘 , F甘 ) と O3 = O赤

= (X赤 , 2X赤 , F赤 ) は例 5.5 と同じとする.X熟 = {y熟 , n熟 } として,観測量 O2 = O熟 = (X熟 , 2X熟 , F熟 ) を新たに考える.ここに “y熟 ” と “n熟 ” はそれぞれ「熟して いる」と「熟していない」 を意味する.

[ ] Rep[O1 ] = [F甘 ({y甘 })](ωk ), [F甘 ({n甘 })](ωk ) [ ] Rep[O2 ] = [F熟 ({y熟 })](ωk ), [F熟 ({n熟 })](ωk ) [ ] Rep[O3 ] = [F赤 ({y赤 })](ωk ), [F赤 ({n赤 })](ωk ) と置こう.そして,次の擬積観測量を考える: qp

O12 = (X甘 × X熟 , 2X甘 ×X熟 , F12 =F甘× F熟 ) qp

O23 = (X熟 × X赤 , 2X熟 ×X赤 , F23 =F熟× F赤 ) いま,ωk ∈ Ω として, (1)

[O123 ; {y甘 }] (2)

[O123 ; {y熟 }]

=⇒ MC(Ω) (O123 ,S[ωk ] )

=⇒ MC(Ω) (O123 ,S[ωk ] )

(2)

[O123 ; {y熟 }], (3)

[O123 ; {y赤 }]

とする.このとき,定理 5.11(i) により,次を得る:

(5.9)


第 5 章 実践論理–測定理論の中の論理–

158 [

] [F13 ({y甘 } × {y赤 })](ωk ) [F13 ({y甘 } × {n赤 })](ωk ) Rep[O13 ] = [F13 ({n甘 } × {y赤 })](ωk ) [F13 ({n甘 } × {n赤 })](ωk ) [ ] [F甘 ({y甘 })](ωk ) 0 = [F赤 ({y赤 })](ωk ) − [F甘 ({y甘 })](ωk ) 1 − [F赤 ({y赤 })](ωk ) したがって,測定 MC(Ω) (O123 , S[ωk ] ) により, トマト ωk が「甘い」 と知ったと き,トマト ωk が「赤い」とわかる確率は次で与えられる:

[F13 ({y甘 } × {y赤 })](ωk ) [F赤 ({y赤 })](ωk ) = =1 [F13 ({y甘 } × {y赤 })](ωk ) + [F13 ({y甘 } × {n赤 })](ωk ) [F赤 ({y赤 })](ωk ) (5.10) もちろん,(5.9) は次を意味する:

“甘い” =⇒ “熟している”

かつ

“熟している” =⇒ “赤い”

したがって,(5.10) より,次の結論─当たり前の三段論法─を得る:

“甘い” =⇒ “赤い” しかしながら, これはマーケットではあまり役に立たない.マーケットで役に立 つのは

“赤い” =⇒ “甘い” のような結論である.次の例で,これについて考える. 例 5.13. [例 5.12 から続く] (5.9) の代わりに, 次を仮定する: (1)

[O123 ; {y赤 }] (2)

[O123 ; {y熟 }]

(2)

⇐=

[O123 ; {y熟 }],

=⇒

[O123 ; {y甘 }]

MC(Ω) (O123 ,S[ωk ] ) MC(Ω) (O123 ,S[ωk ] )

(3)

(5.11)

ここで,トマト ωk が「赤い」 と知ったとき,そ���トマト ωk が「甘い」とわか る確率は次で与えられる: 「”赤”かつ”甘い”」確率 P = 「赤い」確率


5.4. 実践三段論法─ソクラテスは死ぬか? =

159

[F13 ({y甘 } × {y赤 })](ωk ) [F13 ({y甘 } × {y赤 })](ωk ) + [F13 ({n甘 } × {y赤 })](ωk )

これは,(5.8) から,次のように評価できる: { max

[F熟 ({y熟 })](ωk ) [F甘 ({y甘 })]+[F赤 ({y赤 })]−1 , [F赤 ({y赤 })](ωk ) [F赤 ({y赤 })](ωk )

}

5 P 5 min

{

[F甘 ({y甘 })](ωk ) , [F赤 ({y赤 })](ωk )

} 1

(5.12) (5.11) は次と同値である: “熟している” =⇒ “甘い”

かつ

“熟している” =⇒ “赤い”

これでは, 「甘い」と「赤い」の関係は何も言えないと思うかもしれないが,上の ように, 「”赤”かつ”甘い”」確率 P = 「赤い」確率 なので,(5.12) の評価は次に似ている:

“赤い” =⇒ “甘い” したがって,評価 (5.12) はマーケットで役に立つかもしれない.

♠ 注釈 5.8. 5.1 節の (A2 ) で,日常言語の中の次の 4 つの文言を取り上げた. ソクラテスは人間であり,且つ,人間は死ぬ. 故に,ソクラテスは死ぬ. (♯21 ) 飛ぶ矢は飛ばず. (♯3 ) 我思う.故に我あり. (♯4 ) エジソンの「1 個+1 個=2 個」 この 4 つの文言が,本当に他愛のない小学生レベルの逸話─途絶えてもいいよう な話─ならば,これらが語り継がれてきたという事実を説明できない.そこに「何 か」を感じ取る鋭い感性が時代を超えて繋がったからこそ逸話 (♯1 )–(♯4 ) が,現代 の我々が知りえるところとなっているのだと思う.しかし,鋭い感性を持ち合わせ ていなくても,測定理論を通して見れば, 「何か」がわかる.すなわち,次の図式 (第 1 章の (X1 )):


第 5 章 実践論理–測定理論の中の論理–

160

(数学を包含する日常言語)

(X1 ) (第 1 章 )

0 広義の日常言語 =⇒ 世界記述 ⃝ (世界記述 (=科学) 以前)

 1 実在的方法 ⃝     (実在的科学観) 

(第 1 章 (O))   

2 言語的方法 ⃝   (言語的科学観)

の中で, 0 ,⃝ 1 ,⃝ 2 の何処で (すなわち,如何なる言語で) 議論 (♯1 )–(♯4 ) の各々を,⃝ するか? 2 で,(♯3 ) は⃝ 0 で論じた.(♯2 ) と (♯4 ) については,第 11 という問題である.(♯1 ) は⃝ 章で述べる.


161

第 6 章 言語ルール 2 ─因果関係 連続純粋型の古典測定理論 (第 II 部) は次のように定式化される: [言語ルール 1]

測定理論 := (科学言語)

測定 [確率解釈]

[言語ルール 2]

+

因果関係 [ハイゼンベルグ描像]

前章までは測定に関する言語ルール 1 の紹介であったが,本章からは,運動・変 化 (≈ 因果関係) に関する言語ルール 2 を説明する.大雑把に言い切ってしまうな らば,

(♯) 科学とは因果関係の学問,すなわち, 「因果関係」という言葉で表現できる現 象に関する学問である したがって,本章で,やっと本題の「因果関係」にたどり着いたわけだが,二元論 では, 「測定」を十分理解してからでないと, 「運動・変化」は理解できない. 二元論 では, 「運動・変化」は, 「測定」と「因果関係」の絡みとして理解するからである.

未解決問題─因果関係とは,何か?

6.1 6.1.1

「因果関係」の発見によって,近代科学が始まった

あることが起こるのには,その原因がある.これを因果関係 (causality) とい う. 「火の無いところに,煙は立たない」の格言を思い出せばよい.当たり前のよ うに思うかもしれないが,そんなに単純なことではない.たとえば, 今朝,気分が溌剌としているのは,昨夜ぐっすり寝たからなのか? また は,今から,好きなゴルフに行くからなのか? 等を考えれば, 「因果関係」という言葉の使い方の難しさはわかると思う.特に, 時間経過を含む論理の難しさは,高校生パズルの「『怒られなければ,勉強しな


第6章

162

言語ルール 2 ─因果関係

い』の対偶の問題」を考えればいいだろう (この解答は,第 8 章の [脚注 1] を見 よ).日常会話では, 「原因 (過去)」, 「理由 (含意)」, 「目的・動機 (未来)」が混同 されて使われることが多いからである. 運動・変化の探究の嚆矢は,ヘラクレイトス (BC.540 年頃 -BC.480 年頃) の 「万物は流転する」やゼノンの師であるパルメニデス (BC.515 年頃に生誕) の「運 動は存在しない」とされているかもしれないが,それらの意味するところは明確 ではない (cf. [20, 22]).しかし, 「運動・変化」が,科学 (=「世界記述」) におけ る最重要キーワードであること,すなわち,基本的には,

[世界記述]= [運動・変化の記述] であることに最初に気づいたのは,この二人の先駆者 ─ヘラクレイトスとパル メニデス─である. しかし,運動・変化の本質について,更に追究したのは,アリストテレス (BC384 年–BC322 年) で,アリストテレスはすべての運動に「目的」がある,と考えた. たとえば石が落下するのは,その石が下に行こうとする目的があるからである. 煙が上がってゆくのも,煙は上に上がるという目的があるとした.アリストテレ スの影響の下に, 「目的因」は,1500 年以上もの長きの間, 「運動」の主流の考え として生き続けた. アリストテレスの「更なる追究」は,称えられるべきことであるが, 「目的因 が的を射ていた」とは言えなかった. .目的因から脱却して,運動・変化の本質 が「因果関係」であることを人類が発見するには,ガリレオ,ベーコン,デカル ト,ニュートン等の出現を待たねばならなかった. 「目的因」から「因果関係」への転回


6.1. 未解決問題─因果関係とは,何か?

163

は,科学史上最大のパラダイムシフト─「近代科学の誕生」と言っても過言でな い程─で,それ以後の「科学革命」を約束した1 .

6.1.2

「因果関係とは,何か?」に対する 4 つの解答

以上のように, 「運動・変化の本質は何か?」については, 「因果関係」という言 葉で,一応,決着した.しかし,これですべてが解決されたわけではない.我々 は,未だ「因果関係」について十分な理解に至っていない.実は,

問題 6.1. 問題「因果関係とは何か?」は科学における最も重要な未解決問題で ある もちろん,今日的意味での未解決問題である. こうと言うと,意外に思う読者が いるかもしれない.以下に,この問題に対する解答の歴史を整理しておく.

(a) [実在的因果関係]:

ガリレオ,ベーコン,デカルト等のアイデアの総決算

として,ニュートンは,ニュートン力学という実在的記述法を提唱して,次 のように考えた: 世界には,実際に「因果関係」が存在している.この実際に存在する 「因果関係」を,微分方程式─因果関係の連鎖の方程式─で忠実に記 述したのが,ニュートンの運動方程式である.

1 現代的には, 「因果関係」は常識化されているので,当たり前と思うかもしれないが, 「因果関係」 の発見は, 「地動説」や「進化論」と並ぶ科学史上最大のパラダイムシフト─ 3 つともアリストテレス 以来の自然観を打ち破った─である.この3つの中でも, 「因果関係」は図抜けている.なぜならば,

(♯) 科学とは因果関係の学問,すなわち, 「因果関係」という言葉— 「火の無いところに,煙は立 たない」という格言— で表現できる現象に関する学問である と言っても過言でないからである.日常言語の中での科学は,数千年以上の歴史があるかもしれない が,因果関係の発見以前と以後では,科学の質が違うと考えて, 「近代科学」とした.


第6章

164

言語ルール 2 ─因果関係

この実在的因果関係は,極めて自然な考えで,これ以外に考えようがないと思う かもしれない,事実, 「ニュートン力学 −→ 電磁気学 −→ 相対性理論 −→・ ・ ・」と 続く実在的因果関係の潮流は,科学の華と言っていいだろう. しかし,別の考えもあって,以下のように 3 つの「非実在的因果関係」がある.

(b) [認識的因果関係]:

哲学者ヒューム,カント等は,次のように考えた:

世界には,実際に「因果関係」が存在するとかそうでないとか言えな い.そして,世界の「何か」を,我々が『因果関係』と感じたとき, その「何か」に「因果関係」があると信じればよい と主張した. これを「一種のレトリック」と思う読者がいるかもしれないし,逆に, 「そう言 われてみればそうかもしれない」と納得してしまう読者もいるかもしれない.確 かに, 「因果関係」という色メガネで見ているから,そう見えるだけのことかも しれない.因果関係の認識回路が脳内に設置されていて,それが「何か」に刺激 されて反応するときに, 「因果関係がある」とするのが,カントの有名な「コペ ルニクス的転回 (すなわち, 「認識が世界を構成する」)」である (後出の 8.1 節参 照).この (b) がそれ以後の科学に与えた実質的な影響については,疑問を呈す る方が多数派だと思うが,本書 (後出の第 8 章) では,カントに最大限に好意的 なストーリーを採用した.

(c) [数学的因果関係 (動的システム理論)]: 動的システム理論は,工学におけ る数学的手法として発展してきたので, 「因果関係とは何か?」を突き詰め た形で答えていない.しかし, 動的システム理論では,状態方程式 ( すなわち,時変数一階連立微分 方程式 (1.1) ) という数学が先にあって,その方程式で記述される現 象に, 「因果関係」があると考える (第 1 章 (E1 ) 参照).


6.1. 未解決問題─因果関係とは,何か?

165

となる. 理系の普通の感覚では, 「時変数微分方程式=因果関係の時間的連鎖」と何となく 思っているのだから,この (c) は了解し易いかもしれないが,日常言語の中に埋 没した数学という形の典型的な例であることには注意すべきである.ただし, 「役 に立つ」という意味では,(c) はもっと評価されるべきと考える.

(d) [言語的因果関係 (測定理論)]:

測定理論の因果関係は,本章の言語ルー

ル 2 で決まる,詳しくは: 測定理論は 2 つの言語ルール 1 と言語ルール 2 からなるが,因果関 係に関わるのは言語ルール 2 である.ある現象を測定理論という言語 で記述して,言語ルール 2 を用いる場合に,その現象は因果関係を持 つとする. 以上であるが,(a)–(d) をまとめると,

(a) 世界が先

(b) 認識が先

(c) (日常言語の中に埋没している) 数学が先

(d) 言語 (測定理論) が先

の違いである. さて,何度も言っているように,測定理論は次を主張する:

(e)

測定理論は,諸科学を記述する基礎言語である.

もしこれが承認されるならば,次が主張できる.すなわち,

(f)

諸科学において,因果関係とは上の (d) で主張したものである.

と言える.これが, 「因果関係とは,何か?」に対する測定理論の解答であり,次 節以降に,この詳細を説明する.


第6章

166

言語ルール 2 ─因果関係

♠ 注釈 6.1. 注釈 2.7 の「時空とは,何か?」という問い掛けに対して,世界記述の 分類の中では,2 つの答え方,すなわち,  1 : 実在的方法 ⃝ ・ ・ ・ニュートンの時空     (物理的真理としての実在的時空)     −−−−−→ アインシュタインの時空 −−−−−→・ ・ ・   進化・発展 進化・発展 (♯1 ) 世界記述 (第 1 章 (O))   2 : 言語的方法 ・ ⃝ ・ ・ライプニッツの関係説    (金言的定義)  (使い出の良い形而上学的時空)    −−−−−−−−−−−−−−−−→ 測定理論の時空  時空という言葉の使い方の指定

を示したが,同じ事情が, 「因果関係」についても生じる.すなわち, 「因果関係と は,何か?」についても,世界記述の 2 つの分類の中では,  1 : 実在的方法・ ⃝ ・ ・ 実在的因果関係 (a)   

(♯2 )

世界記述

(第 1 章 (O))   

2 : 言語的方法・ ⃝ ・ ・ 言語的因果関係 (d) (形而上学的因果関係)

となる.本書では,動的システム理論は,測定理論の省略形と考えるので,数学的 因果関係 (c) は言語的因果関係 (d) に吸収される.こう考えると,認識論的因果関 係 (b) が浮いているように思うかもしれないが,

(♯3 ) 8.1 節で, 「(b),(c),(d)」の関係を明らかにする. 2.4 節 [弱きを助け,強きを挫く] で述べたように, 「弱き ((b) と (c))」を助けて,工 学の足場を確固たるものにするのが,測定理論の立場である.

♠ 注釈 6.2. 測定理論の副産物の1つとして,形而上学的立場 (アンチ物理至上主義 の言語的立場) からの未解決問題: (♯1 ) 時間,空間,因果関係,確率とは何か? に答えることができる.形而上学では, 「○○とは何か?」に解答することは,○○ という言葉の使い方を定めることである ( 注釈 2.3,注釈 5.6 ).したがって, こ の (♯1 ) は,次の (♯2 ) と同値で,

(♯2 ) 時間,空間,因果関係,確率という言葉を含む言語的世界記述法を提案する こと となる.もちろん,この答えとして,本書では,測定理論 (すなわち,言語的方法 の確立) を提案しているわけである.


6.2. 因果関係─火の無いところに,煙は立たない

167

因果関係─火の無いところに,煙は立たない

6.2 6.2.1

ハイゼンベルグ描像とシュレーディンガー描像

さて,測定理論における因果関係の具体的な議論に入ろう.第 2 章と同様に本 章でも,数学用語・定理で止まらないで,簡単な例を多く述べるので,例の中で 「因果関係の本質」を理解して,進んでもらいたい.

Ω を状態空間 (すなわち,局所コンパクト空間) とする.また,C(Ω) を複素数 値有界連続関数の空間,M(Ω),M+1 (Ω) をそれぞれ複素数値測度の空間,確率 測度の空間とする (4.4.1 節 (b)). 定義 6.2. [因果作用素 (causal operator)] Ω1 と Ω2 を状態空間とする.連続線 形作用素 Φ1,2 : C(Ω2 ) → C(Ω1 ) が次の (i)—(iii) を満たすとき,Φ1,2 を因果作 用素 (または,マルコフ因果作用素,因果関係のハイゼンベルグ描像) と呼ぶ:

(i) f2 ∈ C(Ω2 ), f2 = 0 =⇒ Φ12 f2 = 0 (ii) Φ12 12 = 11 ここに,1k (ωk ) = 1 (∀ωk ∈ Ωk , k = 1, 2) (iii) 次を満たす連続線形作用素 Φ∗1,2 : M(Ω1 ) → M(Ω2 ) が存在する2 : ∫ ∫ [Φ1,2 f2 ](ω1 ) ρ1 (dω1 ) = f2 (ω2 ) (Φ∗1,2 ρ1 )(dω2 ) Ω1

Ω2

(∀ρ1 ∈ M(Ω1 ), ∀f2 ∈ C(Ω2 )) この連続線形作用素 Φ∗1,2 を Φ1,2 の双対因果作用素 ( または,マルコフ双 対因果作用素,因果関係のシュレーディンガー描像) と呼ぶ. 特に,次を満たすような連続写像 ϕ1,2 : Ω1 → Ω2 が存在するとき,因果作用素

Φ1,2 を決定因果作用素と呼ぶ. [Φ1,2 f2 ](ω1 ) = f2 (ϕ1,2 (ω1 ))

(∀f2 ∈ C(Ω2 ), ∀ω1 ∈ Ω1 )

(6.1)

Φ∗1,2 : M+1 (Ω1 ) → M+1 (Ω2 ) も成立する.また,Ω がコンパクト空間ならば,(i) と (ii) か ら (iii) は導出できるので,条件 (iii) は不要となる. 2


第6章

168

言語ルール 2 ─因果関係

また,この連続写像 ϕ1,2 : Ω1 → Ω2 を決定因果写像と呼ぶ.

Φ1,2 f2

f2

Ω1

ω1

ϕ1,2 (ω1 )

Ω2

図 6.1: 決定因果写像 ϕ1,2 と決定因果作用素 Φ1,2

定理 6.3. [因果作用素と観測量] C(Ω2 ) 内の任意の観測量 O2 = (X, F, F2 ) に対し て,(X, F, Φ1,2 F2 ) は C(Ω1 ) 内の観測量である.これを Φ1,2 O2 = (X, F, Φ1,2 F2 ) と記す.

( ∞ ∪ Ξ (∈ F) の可算分割 {Ξ1 , Ξ2 , . . . , Ξn , . . .} すなわち,Ξ = Ξn , n=1 ) Ξn ∈ F, (n = 1, 2, . . .),Ξm ∩ Ξn = ∅ (m ̸= n) を考える.条件 (2.3) に注意し 証明

て3 ,任意の ρ1 (∈ M(Ω1 )) に対して, ∫ [ ∫ ∞ ] ∪ [Φ1,2 F2 ]( Ξn ) (ω1 ) ρ1 (dω1 ) = Ω1

=

∞ ∫ ∑ n=1

[F2 (

Ω2

n=1

[F2 (Ξn )](ω2 ) Φ∗1,2 ρ1 (dω2 ) =

Ω2

∞ ∫ ∑ n=1

∞ ∪

Ξn )](ω2 ) Φ∗1,2 ρ1 (dω2 )

n=1

[ ] [Φ1,2 F2 ](Ξn ) (ω1 ) ρ1 (dω1 )

Ω1

よって,Φ1,2 O2 = (X, F, Φ1,2 F2 ) が,C(Ω1 ) 内の観測量であることが証明され た.

3

条件 (2.3) は,次と同値である: ∫ N ∫ ∑ [F (Ξ)](ω)ρ(dω) = lim [F (Ξn )](ω)ρ(dω) Ω

N →∞

n=1

(∀ρ ∈ M(Ω))


6.2. 因果関係─火の無いところに,煙は立たない

169

連続写像 ϕ1,2 : Ω1 → Ω2 を考える.作用素 Φ1,2 : C(Ω2 ) → C(Ω1 )

定理 6.4.

を (6.1) 式のように,すなわち,次のように定義する:

[Φ1,2 f2 ](ω1 ) = f2 (ϕ1,2 (ω1 ))

(∀f2 ∈ C(Ω2 ), ∀ω1 ∈ Ω1 )

このとき,作用素 Φ1,2 : C(Ω2 ) → C(Ω1 ) は決定因果作用素である.したがって, 「連続写像=決定因果写像」と思ってよい. 双対因果作用素 Φ∗1,2 : M(Ω1 ) → M(Ω2 ) の存在を示せば十分であるが,

証明 これは

[Φ∗1,2 ρ1 ](D2 ) = ρ1 (ϕ−1 12 (D2 ))

(∀D2 ∈ BΩ2 , ∀ρ1 ∈ M(Ω1 ))

(6.2)

と定めればよい.

定理 6.5.

Φ1,2 : C(Ω2 ) → C(Ω1 ) を決定因果作用素とする.このとき次が成

り立つ:

Φ1,2 (f2 · g2 ) = Φ1,2 (f2 ) · Φ1,2 (g2 ) 証明

(∀f2 , ∀g2 ∈ C(Ω2 ))

f2 と g2 を C(Ω2 ) の任意の元とする.このとき,決定因果作用素 Φ1,2 の

決定因果写像を ϕ1,2 : Ω1 → Ω2 として,次を得る:

[Φ1,2 (f2 · g2 )](ω1 ) = (f2 · g2 )(ϕ1,2 (ω1 )) = f2 (ϕ1,2 (ω1 )) · g2 (ϕ1,2 (ω1 )) =[Φ1,2 (f2 )](ω1 ) · [Φ1,2 (g2 )](ω1 ) = [Φ1,2 (f2 ) · Φ1,2 (g2 )](ω1 )

(∀ω1 ∈ Ω1 )

よって,証明された.

6.2.2

簡単な例─有限状態空間ならば,行列表現可能


第6章

170

言語ルール 2 ─因果関係

例 6.6. [決定因果作用素,決定双対因果作用素,決定因果写像]

2 つの状態空

間 Ω1 と Ω2 を,Ω1 = Ω2 = R と定める.決定因果写像 ϕ1,2 : Ω1 → Ω2 を, た とえば,一次関数:

ω2 = ϕ1,2 (ω1 ) = 3ω1 + 2

(∀ω1 ∈ Ω1 = R)

で定める.このとき,条件 ( 6.2) により決定双対因果作用素 Φ∗1,2 : M(Ω1 ) →

M(Ω2 ) が次のように定まる.点測度 δ(·) (付録 B.5 節 (C)) を用いて書けば, Φ∗1,2 δω1 = δ3ω1 +2

(∀ω1 ∈ Ω1 )

であり,決定因果作用素 Φ1,2 : C(Ω2 ) → C(Ω1 ) は,

[Φ1,2 (f2 )](ω1 ) = f2 (3ω1 + 2)

(∀f2 ∈ C(Ω2 ), ∀ω1 ∈ Ω1 )

によって定まる.

例 6.7. [双対因果作用素・因果作用素]

2 つの状態空間 Ω1 と Ω2 を,Ω1 =

{ω11 , ω12 , ω13 } と Ω2 = {ω21 , ω22 } と定める.ρ1 (∈ M+1 (Ω1 )) を,点測度 δ(·) (∈ M+1 (Ω1 )) を用いて, ρ1 = a1 δω11 + a2 δω12 + a3 δω13

(0 5 a1 , a2 , a3 5 1, a1 + a2 + a3 = 1)

で定める.このとき,双対因果作用素 Φ∗1,2 : M+1 (Ω1 ) → M+1 (Ω2 ) は

Φ∗1,2 (ρ1 ) =(c11 a1 + c12 a2 + c13 a3 )δω21 + (c21 a1 + c22 a2 + c23 a3 )δω22 (0 5 cij 5 1,

2 ∑

cij = 1)

i=1

と表現できる.ここで,同一視:M(Ω1 ) ≈ C3 ,M(Ω2 ) ≈ C2 ,すなわち,   α1   M(Ω1 ) ∋ α1 δω11 + α2 δω12 + α3 δω13 ←→ α2  ∈ C3 同一視

α3


6.2. 因果関係─火の無いところに,煙は立たない M(Ω2 ) ∋ β1 δω21 + β2 δω22

171

[ ] β1 ←→ ∈ C2 同一視 β2

を考える.このとき,

[ Φ∗1,2 (ρ1 )

= β1 δω21 + β2 δω21 =

ρ1 = α1 δω11 + α2 δω12 + α3 δω13

β1

]

, β2   α1   = α2  α3

とおいて,行列形式で書けば,

[ ] [ β1 c11 ∗ Φ1,2 (ρ1 ) = = β2 c21

c12 c22

  ] α1 c13   α2  c23 α3

次に,この双対因果作用素 Φ∗1,2 : M(Ω1 ) → M(Ω2 ) から,因果作用素 Φ1,2 :

C(Ω2 ) → C(Ω1 ) を構成しよう.同一視:C(Ω1 ) ≈ C3 ,C(Ω2 ) ≈ C2 ,すなわち,   f1 (ω11 )   C(Ω1 ) ∋ f1 ←→ f1 (ω12 ) ∈ C3 , 同一視

f1 (ω13 )

] [ f2 (ω21 ) ∈ C2 C(Ω2 ) ∋ f2 ←→ 同一視 f2 (ω 2 ) 2

を考える.f2 ∈ C(Ω2 ),f1 = Φ1,2 f2 として,行列形式で書けば,

  c11 f1 (ω11 )   2 =f =Φ f1 (ω1 ) 1 1,2 (f2 ) = c12 3 f1 (ω1 ) c13 

c21 c22 c23

] [ 1  f2 (ω2 )  f2 (ω22 )

となる.したがって,双対因果作用素 Φ∗1,2 と因果作用素 Φ1,2 の関係は,行列表 現をもつ場合 (すなわち,Ω1 と Ω2 が有限集合の場合) は「転置」の関係になる.

例 6.8. [決定双対因果作用素,決定因果写像,決定因果作用素] 上の例から引 き継いで,双対因果作用素 Φ∗1,2 : M(Ω1 )(≈C3 ) → M(Ω2 )(≈C2 ) が,たとえば,


第6章

172

言語ルール 2 ─因果関係

行列形式で,

Φ∗1,2 (ρ1 ) =

[ ] b1 b2

=

[ 0

1

1

0

  ] a1 1   a2  0 a3

と表現される場合は,決定双対因果作用素になる.この決定因果作用素 Φ1,2 :

C(Ω2 ) → C(Ω1 ) を行列形式で書けば,    0 1 f1 (ω11 )   2 =f =Φ f1 (ω1 ) 1 1,2 (f2 ) = 1 0 f1 (ω13 )

1 0

[ ] 1  f2 (ω2 )  f2 (ω22 )

となる.もちろん,その決定因果写像 ϕ1,2 : Ω1 → Ω2 は

ϕ1,2 (ω11 ) = ω22 ,

ϕ1,2 (ω12 ) = ω21 ,

ϕ1,2 (ω13 ) = ω21

で表される.

6.2.3

因果作用素列─因果関係の連鎖

(T, 5 ) を木半順序集合, すなわち,半順序集合で,任意の t1 , t2 , t3 (∈ T ) に対 して,

t1 5 t3 , t2 5 t3 =⇒ t1 5 t2 または t2 5 t1 2 を満たすとする.T5 = {(t1 , t2 ) ∈ T 2 | t1 5 t2 } とおく. 要素 t0 ∈ T が,条件:

「t0 5 t (∀t ∈ T )」を満たすとき,t0 を T のルートと呼ぶ.このとき,(T, 5 ) を (T (t0 ), 5 ) と書くこともある. この第 II 部 (連続型測定理論) では,数学的な議論 (定義・定理・証明等の中 での議論) をする場合は,T を有限集合と仮定する (そうでない場合─例の中で の気分的な話をする場合─は,無限集合として,話を進めることもある).ただ し,この「有限条件」は,第 IV 部 (有界型測定理論) では解消される.


6.2. 因果関係─火の無いところに,煙は立たない

173

親写像 π : T \ {t0 } → T を π(t) = max{s ∈ T | s < t} で定義する.ルート t0 をもつ木半順序集合 (T (t0 ), 5 ) は,対 (T ={t0 , t1 , . . . , tN }, π : T \ {t0 } → T ) で表現することもある.この表現 (T ={t0 , t1 , . . . , tN }, π : T \ {t0 } → T ) を,

(T (t0 ), 5 ) の親写像表現と呼ぶ. 図 6.2 は,t0 がルートで,π(t3 ) = π(t4 ) = t2 ,π(t2 ) = π(t5 ) = t1 ,π(t1 ) =

π(t6 ) = π(t7 ) = t0 の例である.

π ) i t0 π k π

π +

π ) k π

t2

t1

kπ t6 t7

t3 t4

t5

図 6.2: 木半順序集合の例

( 族 {Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 または, 5 ) Φt1 ,t2 { C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 とも記される は次を満たすとき,因果作用 定義 6.9. [因果作用素列]

5

素列 (または,因果関係列のハイゼンベルグ描像) という (図 6.3):

(i) 各 t (∈ T ) に対して, 基本代数 C(Ωt ) が定まる. (ii) 任意の (t1 , t2 ) ∈ T52 に対して, 因果作用素 Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 ) が定 2 義されて,Φt1 ,t2 Φt2 ,t3 = Φt1 ,t3 (∀(t1 , t2 ), ∀(t2 , t3 ) ∈ T5 ) を満たす.ここ

に,Φt,t : C(Ωt ) → C(Ωt ) は恒等作用素とする.

族 {Φ∗t1 ,t2 : M(Ωt1 ) → M(Ωt2 )}(t1 ,t2 )∈T 2 を,因果作用素列 { C(Ωt2 ) 5

Φt1 ,t2

C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 の双対因果作用素列 (または,因果関係列のシュレーディン 5


第6章

174

言語ルール 2 ─因果関係

Φ2,3 Φ∗2,3 C(Ω3 ) : M(Ω3 ) ) Φ1,2 C(Ω2 ) k 2) Φ∗1,2M(Ω 3 ∗ + Φ2,4C(Ω4 ) Φz 2,4 M(Ω4 ) Φ0,1C(Ω1 ) M(Ω1 ) Φ∗0,1 ∗ 1 ) Φ1,5 kΦ1,5 s C(Ω0 ) i M(Ω0 ) q Φ0,6C(Ω6 ) C(Ω5 ) ∗ M(Ω6 ) M(Ω5 ) Φ0,6 k ∗s Φ0,7 C(Ω ) Φ M(Ω ) 0,7

7

ハイゼンベルグ描像

7

シュレーディンガー描像

図 6.3: 図 6.2 の場合の因果作用素列と双対因果作用素列 ガー描像) という.

6.2.4

因果作用素列の例─「連立一階微分方程式」等

以下で, 「因果関係」を,測定理論の言葉で記述する演習を行なう. 例 6.10. [鶴亀算の設定] 次の状況を考える:

(a) 鶴と亀がそれぞれ m 匹と n 匹いる.当然,頭の数は m + n,足の数は 2m + 4n である. この日常言語の文言 (a) を,測定理論の言葉─因果作用素列の言葉─で記述して みよう.N0 = {0, 1, 2, . . .} として,状態空間 Ω0 ,Ω1 ,Ω2 を,

Ω0 = N0 × N0 ,

Ω1 = N0 ,

Ω2 = N0

によって定める.T (0) = {0, 1, 2} として,親写像 π : {1, 2} → {0, 1, 2} を

π(1) = 0,

π(2) = 0

と定める.このとき,決定因果写像 ϕ0,1 : Ω0 → Ω1 と ϕ0,2 : Ω0 → Ω2 は,それ ぞれ

ϕ0,1 (m, n) = m + n,

ϕ0,2 (m, n) = 2m + 4n


6.2. 因果関係─火の無いところに,煙は立たない

175

となる.したがって,定理 6.4 により,決定因果作用素 Φ0,1 : C(Ω1 ) → C(Ω0 ) と Φ0,2 : C(Ω2 ) → C(Ω0 ) は次のように定まる:

   [Φ0,1 (f1 )](m, n) = f1 (m + n)  

[Φ0,2 (f2 )](m, n) = f2 (2m + 4n)

(∀f1 ∈ C(Ω1 ), ∀(m, n) ∈ Ω0 ) (∀f2 ∈ C(Ω2 ), ∀(m, n) ∈ Ω0 )

Φ0,t

よって,決定因果作用素列 {C(Ωt ) → C(Ω0 )}t=1,2 を得る. 例 6.11. [連立一階微分方程式] 連続時間 T = R (時間軸) を考える.順序「5」 は通常の「大小関係」とする.各 t(∈ T ) に対して,状態空間 Ωt を Ωt = Rn (n次元空間) と定める.状態方程式 (第 1 章 (1.1) 式),すなわち,次の時変数の連 立 1 階微分方程式 (1.1) を考える:  dω1   dt (t) = v1 (ω1 (t), ω2 (t), . . . , ωn (t), t)    dω2 (t) = v (ω (t), ω (t), . . . , ω (t), t) 2 1 2 n dt  · · · · · ·     dωn (t) = v (ω (t), ω (t), . . . , ω (t), t) dt

n

1

2

(6.3)

n

この微分方程式が生成する決定因果写像を ϕt1 ,t2 : Ωt1 → Ωt2 ,(t1 5 t2 ) とする. このとき,ϕt2 ,t3 (ϕt1 ,t2 (ωt1 )) = ϕt1 ,t3 (ωt1 ) (ωt1 ∈ Ωt1 , t1 5 t2 5 t3 ) は明らかな ので,定理 6.4 より,決定因果作用素列 {Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 を 5

得る.

例 6.12. [2 階差分方程式]

離散時間 T = {0, 1, 2, . . .} を考える.親写像 π :

T \ {0} → T を π(t) = t − 1 (∀t = 1, 2, ...) とする.各 t(∈ T ) に対して,状態 空間 Ωt を Ωt = R と定める.たとえば,次の差分方程式を考える.すなわち,

ϕ : Ωt × Ωt+1 → Ωt+2 は次を満たす: ωt+2 = ϕ(ωt , ωt+1 ) = ωt + ωt+1 + 2

(∀t ∈ T )


第6章

176

言語ルール 2 ─因果関係

ここで,状態 ωt+2 が 1 単位時間前の状態 ωt+1 だけではなくて 2 単位時間前の 状態 ωt にも依存することに注意しよう (一般には, 「多重マルコフ性」と呼ばれ る).このような場合は,以下のように多少の工夫が必要である.各 t(∈ T ) に

e t = Ωt × Ωt+1 = R × R で定めて,決定因果写像 対して,新たな状態空間を Ω et → Ω e t+1 は次のように定める: ϕet,t+1 : Ω (ωt+1 , ωt+2 ) = ϕet,t+1 (ωt , ωt+1 ) = (ωt+1 , ωt + ωt+1 + 2) e t , ∀t ∈ T ) (∀(ωt , ωt+1 ) ∈ Ω e t,t+1 : C(Ω e t+1 ) → したがって,例 6.11 と同様に,定理 6.4 より,決定因果作用素 Φ e t ) は, C(Ω e t,t+1 f˜t ](ωt , ωt+1 ) = f˜t (ωt+1 , ωt + ωt+1 + 2) [Φ e t , ∀f˜t ∈ C(Ω e t+1 ), ∀t ∈ T \ {0})) (∀(ωt , ωt+1 ) ∈ Ω e t,t+1 : C(Ω e t+1 ) → C(Ω e t )}t∈T \{0} を によって定義できて,決定因果作用素列 {Φ 得る.

♠ 注釈 6.3. 諸科学の運動・変化において, 「現在」ばかりでなくて, 「過去」の状態ま でが,次の状態に影響すると考えたいことはよくあることなので, 「多重マルコフ 性」の例を述べた.多重マルコフの系や時間遅れの系も,状態空間を工夫して,因 果作用素列で表すのが,測定理論の基本である.状態方程式 (6.3) を連立一階微分 方程式で書いたのもこの理由による.もちろん,原則・理論としての話で,応用・ 計算等ではその限りではない.

例 6.13. [酔歩]

Z = {0, ±1, ±2, . . .} とする.マルコフ双対因果作用素 Φ∗ :

M+1 (Z) → M+1 (Z) を,点測度 δ(·) (∈ M+1 (Z)) を使って,次のように定める: Φ∗ (δi ) =

δi−1 + δi+1 2

(i ∈ Z)


6.3. 実現因果観測量─測定は一回だけ

177

したがって,因果作用素 Φ : C(Z) → C(Z) は

[Φ(f )](i) =

f (i − 1) + f (i + 1) 2

(∀f ∈ C(Z), ∀i ∈ Z)

で定まる.ここで,離散時間 T = {0, 1, 2, . . . , N } を考えて,親写像 π : T \{0} →

T を π(t) = t − 1 とする.各 t(∈ T ) に対して,状態空間 Ωt を Ωt = Z で定め る.このとき,因果作用素列 {Φπ(t),t (= Φ) : C(Ωt ) → C(Ωπ(t) )}t∈T \{0} を得る. これは,酔歩─酔っ払いが,左右にフラフラしながら歩いている様─の測定理論 的表現である (例 6.24 参照).

6.3

実現因果観測量─測定は一回だけ

T (t0 ) = {t0 , t1 , . . . , tN } として,ルート t0 をもつ木半順序集合 (T (t0 ), 5 ) を 考える.その親写像表現を (T ={t0 , t1 , . . . , tN }, π : T \ {t0 } → T ) とする. 定義 6.14. [因果観測量列]

因果作用素列 {Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2

5

を考える.各 t ∈ T に対して,C(Ωt ) 内の観測量 Ot =(Xt , Ft , Ft ) を定める. 対 [{Ot }t∈T , {Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 ] を因果観測量列と呼び, 5

[OT ] または [OT (t0 ) ] と記す.すなわち,[OT ] = [{Ot }t∈T , {Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 ] である.親写像 π : T \ {0} → T を使って,[OT ] = [{Ot }t∈T , 5

Φπ(t),t

{C(Ωt ) −−−−→ C(Ωπ(t) )}t∈T \{0}) ] と書くこともある.

コペンハーゲン解釈─測定理論の解釈─では, 「測定は一回だけ」で,した がって, 「観測量は一つだけ」が要請される.このために,因果観測量列 [OT ] =

[{Ot }t∈T , {Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 ] の中の多数の観測量 {Ot }t∈T 5

を一つに合体させなければならい.これは,次の実現因果観測量によって実現さ れる.


第6章

178

言語ルール 2 ─因果関係

定義 6.15. [実現因果観測量 (realized causal observable)] [OT (t0 ) ] = [{Ot }t∈T ,

{Φπ(t),t : C(Ωt ) → C(Ωπ(t) )}t∈T \{t0 } ] を因果観測量列とする.各 s (∈ T ) b s =(×t∈T Xt , に対して,Ts = {t ∈ T | t = s} とおく.C(Ωs ) 内の観測量 O s

 t∈Ts Ft , Fbs ) を以下の規則で定める: bs = O

   Os  

(s ∈ T \ π(T ) のとき)

Os ×(×

(6.4) t∈π −1 ({s})

b t ) (s ∈ π(T ) のとき) Φπ(t),t O

b t = (×t∈T Xt , これを逐次的に用いて,結局,C(Ωt0 ) 内の観測量 O 0

 t∈T Ft ,

bt = O b T (t ) とおく.O b T (t ) = (×t∈T Xt ,  t∈T Ft , Fbt ) を,因 Fbt0 ) を得る.O 0 0 0 0 果観測量列 [OT (t0 ) ] = [{Ot }t∈T , {Φπ(t),t : C(Ωt ) → C(Ωπ(t) )}t∈T \{t0 } ] の実現 因果観測量と呼ぶ.

例 6.16. [単純な例 ( 図 6.3 から続く)]

(T (0)={0, 1, . . . , 7}, π) を木半順序集

合として,親写像 π : T \ {0} → T を

π(1) = π(6) = π(7) = 0, π(2) = π(5) = 1, π(3) = π(4) = 2 と定めて,図 6.3 のように,因果作用素列 {Φπ(t),t : C(Ωt ) → C(Ωπ(t) )}t∈T \{0} を考える.

C(Ωπ(t) )}t∈T \{0}) ] の実 さて,因果観測量列 [OT ] = [{Ot }t∈T , {C(Ωt ) Φπ(t),t → b T (t ) = (×t∈T Xt , 現因果観測量 O 0

 t∈T Ft , Fbt0 ) を以下のように構成しよう.

T \ π(T ) = {3, 4, 5, 6, 7} であるから, b t = Ot , O

Fbt = Ft

(t = 3, 4, 5, 6, 7)

b 2 = (X2 × X3 × X4 , F2  F3  F4 , Fb2 ) となる.次に,C(Ω2 ) 内の同時観測量 O を次のように構成する.

Fb2 = F2 × (

×

t∈π −1 ({2})

Φπ(t),t Fbt ) = F2 × (

×

t=3,4

Φ2,t Fbt ) = F2 × (

×

t=3,4

Φ2,t Ft )


6.3. 実現因果観測量─測定は一回だけ

179

= F2 × Φ2,3 F3 × Φ2,4 F4 b 1 = (X1 × X2 × X3 × X4 × X5 , F1  F2  F3  更に,C(Ω1 ) 内の同時観測量 O F4  F5 , Fb1 ) を次のように構成する. Fb1 = F1 × (

×

t=2,5

( ) Φ1,t Fbt ) = F1 × Φ1,5 F5 × Φ1,2 F2 × Φ2,3 F3 × Φ2,4 F4

b 0 = (×7 Xt , そして,結局,C(Ω0 ) 内の実現因果観測量 O t=1

 7t=1 Ft , Fb0 ) を以

下のように構成できる.

Fb0 = F0 × (

×

t=1,6,7

Φ0,t Fbt )

上の手続きを図示すると

C(Ω0 )

Φ0,1

←−−−−

F0 × Φ0,6 Fb6 × Φ0,7 Fb7   y Fb0

b6 ×Φ0,7 F b7 ×Φ0,1 F b1 ) (F0 ×Φ0,6 F

Φ1,2

←−−−−

C(Ω1 )

C(Ω2 )

F1 × Φ1,5 Fb5   y Φ0,1

←−−−−

Fb1

Φ1,2

b5 ×Φ1,2 F b2 ) (F1 ×Φ1,5 F

このようにして, 因果観測量列 [{Ot }t∈T , {C(Ωt )

←−−−−

Φπ(t),t

b

F2 b3 ×Φ2,4 F b4 ) (F2 ×Φ2,3 F

C(Ωπ(t) )}t∈T \{0} ] の実

b0 = O b T を得る.Fb0 を書き下すと, 現因果観測量 O Fb0 (Ξ0 × Ξ1 × Ξ2 × Ξ3 × Ξ4 × Ξ5 × Ξ6 × Ξ7 )] = F0 (Ξ0 ) ( ( )) × Φ0,1 F1 (Ξ1 ) × Φ1,5 F5 (Ξ5 ) × Φ1,2 F2 (Ξ2 ) × Φ2,3 F3 (Ξ3 ) × Φ2,4 F4 (Ξ4 ) × Φ0,6 (F6 (Ξ6 )) × Φ0,7 (F7 (Ξ7 )) となる.

(6.5)


第6章

180 注意 6.17.

言語ルール 2 ─因果関係

上で,t = 2, 6, 7 で,Ot が定まっていないとしたら,t = 2, 6, 7 に

存 対して,存在観測量 O存 t =(Xt , {∅, Xt }, Ft ) を想定すればよい (cf. 例 2.2).そう

すれば,[Ft存 (Xt )](ω) = 1 (t = 2, 6, 7) だから,

Fb0 (Ξ0 × Ξ1 × X2 × Ξ3 × Ξ4 × Ξ5 × X6 × X7 ) ( ( )) =F0 (Ξ0 ) × Φ0,1 F1 (Ξ1 ) × Φ1,5 F5 (Ξ5 ) × Φ1,2 Φ2,3 F3 (Ξ3 ) × Φ2,4 F4 (Ξ4 ) (6.6) となる.存在観測量を考えないで,T ′ = {0, 1, 3, 4, 5} として,[OT ′ ] = [{Ot }t∈T ′ ,

{Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈(T ′ )2

5

= (×t∈T ′ Xt ,  t∈T ′ Ft , Fb0′ ) は,

b T ′ (0) ] とすると,その実現因果観測量 O

Fb0′ (Ξ0 × Ξ1 × Ξ3 × Ξ4 × Ξ5 ) = F0 (Ξ0 ) ( ) × Φ0,1 F1 (Ξ1 ) × Φ1,5 F5 (Ξ5 ) × Φ1,4 F4 (Ξ4 ) × Φ1,3 F3 (Ξ3 ) × Φ1,4 F4 (Ξ4 ) (6.7) となって,(6.6) 式とは違う結果になってしまうので注意を要する.以下の定理 や例の中では,存在観測量を省略して議論することもあるが,その場合は細心の 注意のもとに省略していると思ってもらいたい.

定理 6.18. [決定因果観測量列の実現因果観測量] 木半順序集合を (T (t0 ), 5 ) と する.因果観測量列 [OT ] = [{Ot }t∈T , {Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 ] に 5

おいて,{Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 が決定因果作用素列ならば,実現 5

b T (t ) は次のように表現できる: 因果観測量 O 0 b T (t ) = O 0

× Φt ,t Ot

t∈T

0

すなわち,

[Fbt0 ( × Ξt )](ωt0 ) = t∈T

× [Φt ,t Ft (Ξt )](ωt

t∈T

0

0

)=

× [Ft (Ξt )](ϕt ,t ωt

t∈T

0

0

)


6.3. 実現因果観測量─測定は一回だけ

181

(∀ωt0 ∈ Ωt0 , ∀Ξt ∈ Ft ) が成立する. 証明

一般の場合も同様なので,例 6.16(すなわち,図 6.3) の場合について示

す.定理 6.5 を繰り返し使って,

(6.5) = Fb0 = F0 × (

×

t=1,6,7

Φ0,t Fbt )

=F0 × (Φ0,1 Fb1 × Φ0,6 Fb6 × Φ0,7 Fb7 ) = F0 × (Φ0,1 Fb1 × Φ0,6 F6 × Φ0,7 F7 ) ( ) ( ) = × Φ0,t Ft × (Φ0,1 Fb1 ) = × Φ0,t Ft × Φ0,1 (F1 × ( × Φ1,t Fbt )) (

t=0,6,7

= ( ( (

×

) Φ0,t Ft × Φ0,1 (Φ1,2 Fb2 × Φ1,5 Fb5 )

t=2,5

Φ1,t Fbt )

×

) Φ0,t Ft × Φ0,1 (Φ1,2 Fb2 )

×

) Φ0,t Ft × Φ0,1 (Φ1,2 (F2 × (

t=0,1,5,6,7

=

×

t=2,5

Φ0,t Ft × Φ0,1 (

t=0,1,6,7

=

t=0,6,7

×

t=0,1,6,7

=

)

t=0,1,5,6,7

×

t=3,4

Φ2,t Fbt )))

7

= × Φ0,t Ft t=0

を得る.

♠ 注釈 6.4. 第 2 章で述べた同時観測量も並行観測量も,実現因果観測量の一種と見 なすことが可能である.どちらも同じように示せるので,並行観測量について述べ よう.各 k = 1, 2 に対して,基本代数 C(Ωk ) 内の観測量 Ok = (Xk , Fk , Fk ) 考え る.ここで,状態空間 Ω0 を Ω1 × Ω2 で定める.決定因果写像 ϕ0,1 : Ω0 → Ω1 と ϕ0,2 : Ω0 → Ω2 を ϕ0,k

Ω0 = Ω1 × Ω2 ∋ (ω1 , ω2 ) → ωk ∈ Ωk

(k = 1, 2)

によって定める.この決定因果写像 ϕ0,k から導かれる決定因果作用素を Φ0,k : C(Ωk ) → C(Ω0 ) とする.親写像を π(1) = 0,π(2) = 0 として,決定因果観測


第6章

182

言語ルール 2 ─因果関係

e = 列 [{Ok }k=1,2 ; {Φ0,k : C(Ωk ) → C(Ω0 )}k=1,2 ] を得る.その実現因果観測量 O e (X1 × X2 , F1  F2 , F ) は次のように定義されて, [Fe(Ξ1 × Ξ2 )](ω1 , ω2 ) = [F1 (Ξ1 )](ω1 ) · [F2 (Ξ1 )](ω2 ) これは,並行観測量 O1 ⊗ O2 に等しい.すなわち,並行観測量は実現因果観測量 の一種と見なすことができる.このことの注意は注釈 6.15 で補足する.

言語ルール 2 —「火の無いところに,煙は立たな

6.4

い」の正式表現 6.4.1

正式なハイゼンベルグ描像

前節の議論をまとめて, 次の言語ルール 2 を主張する.これは,因果関係— 「火の無いところに,煙は立たない」という格言— の測定理論による表現と思え ば良いだろう. 言語ルール 2   (因果関係) 連続・純粋型

(i): 因果関係の連鎖 因果関係の連鎖は因果作用素列 {Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 によ 5

り表現される.

(ii):実現因果観測量 因果観測量列 [OT (t0 ) ] = [{Ot }t∈T , {Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 ] b T (t ) = (×t∈T Xt , は,その実現因果観測量 O 0

5

 t∈T Ft , Fbt0 ) で実現される.

したがって,連続型古典純粋測定理論を次のように得る. [言語ルール 1]

純粋測定理論 := (純粋) 測定 + (科学言語)

[確率解釈]

[言語ルール 2]

因果関係 [ハイゼンベルグ描像]

b T に,言語ルール 1(測定) を適用すれば, 実現因果観測量 O b T , S[ω ] ) により得られる測定値 (xt )t∈T が Ξ(∈ b (a) 測定 MC(Ωt0 ) (O  t∈T Ft ) t0 b に属する確率は,[Fbt0 (Ξ)](ω t0 ) となる.


6.4. 言語ルール 2 —「火の無いところに,煙は立たない」の正式表現

183

を得る.したがって,

(b) 初期状態 ω0 は固定されているので,状態は変化しない. と言える.

♠ 注釈 6.5. 量子力学においても,因果作用素列は基本的で,その双対因果作用素列 はシュレーディンガー方程式 (注釈 10.2) から構成される.ただし,量子力学では, 実現因果観測量が存在しない─すなわち,注釈 3.3 で見たように,同時測定が存在 しない─場合が普通である.もちろん,量子力学における典型的な場合─ある時刻 t だけに実質的な観測量 Ot を考えて,それ以外の時刻は存在観測量 O存 だけを考 える (すなわち,何もしない) 場合─には,明らかなことであるが,実現因果観測 量は存在する.ただし,これは自明なことなので,量子力学では,わざわざ「実現 因果観測量」などという言葉は使わない.言語ルール 2 の (i) は基本であるが,(ii) は, 「(i) の使い方の説明」と見なして,コペンハーゲン解釈 (U4 )) (すなわち, 「測 定は一回だけ」) に含まれると考えてもよい.

注意 6.19. [連続・混合型の測定理論] 混合測定理論においても,言語ルール 2 は共通である.したがって,連続・混合型測定理論に対しても. [ 言語ルール 1 (混合型) ]

連続・混合型測定理論 :=

混合測定

(科学言語)

[確率解釈]

[言語ルール 2]

+

因果関係 [ハイゼンベルグ描像]

となる.すなわち,

b T , S[∗] (νt )) により得られる測定値 (xt )t∈T が Ξ(∈ b (c) 混合測定 MC(Ωt0 ) (O 0 ∫ b  t∈T Ft ) に属する確率は, Ωt [Fbt0 (Ξ)](ω t0 )νt0 (dωt0 ) である. 0

となる.混合測定においても,初期混合状態 νt0 (∈ M+1 (Ωt0 )) は固定されている ので,状態は変化しない.

6.4.2

時間とは,何か?─ライプニッツの関係説

2.3.3 節で,この世界の空間 R3 を,状態空間の一種であると考えた.すなわち,


第6章

184

言語ルール 2 ─因果関係

(d) この世界の空間 R3 は,状態空間の特別な場合である. であった.ライプニッツ–クラーク論争 (2.3.3 節) で,ライプニッツは「時間と は, 「物」が次々と移り変わる継起の順序である」と主張した.測定理論では,こ のライプニッツの精神を採用するが,もちろん,重要なのは「使い方」である. すなわち,

(e)  時間軸 R (または,離散時間軸 Z) は,木順序構造 (T, 5) の特殊な場合 (直列構造の場合) と考える. とする4 .このような場合に,因果作用素列 {Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2

5

を時間的因果作用素列 と呼ぶ. 通常は,時間軸 R (または,離散時間軸 Z) を想定する場合の時間的因果関係 のことを, 「因果関係」と呼ぶので, 「本書の因果関係」を「一般因果関係」, 「本 書の時間的因果関係」を「因果関係」と呼んだ方がよかったかもしれない.しか し,本書では,時間と関係のない場合も, 「因果関係」とした.

♠ 注釈 6.6. 2.3.3 節でも述べたように,ニュートン以来,形而上学的時空 (または, 観念論的時空,言語的時空) は,物理的時空に対してかなり分が悪い.すなわち, 「弱者と強者の関係 (注釈 2.9)」にある.繰り返しになるが,その理由は (注釈 2.3 と注釈 2.7), (♯1 ) 世界記述の 2 つの分類 (第 1 章の (O)) ─実在的方法と言語的方法─の意識 が漠然としていたこと また,形而上学の精神を忘れて (すなわち,実在的科学観に引きずられて), 「空間, 時間とは何か? どのような性質をもつか?」を追究してしまって, 「広辞苑的定義 (または, 「金言的定義」) に満足してしまったからである.すなわち,

(♯2 ) 「空間,時間という言葉をどのような文言・文脈の中で使うか?」に答えよ うとしなかったこと,つまり,言語的科学言語を提案しなかったこと

4 本章 (第 II 部) では,基本的には,T を有限集合と仮定するが,第 IV 部で無限集合の場合 (た とえば,T = R,または Z)) を扱う.


6.4. 言語ルール 2 —「火の無いところに,煙は立たない」の正式表現

185

にあると考える.たとえば,次の二つの「時間に関する金言的定義」を考えよう.

(♯3 ) [ライプニッツ]: 時間とは, 「物」が次々と移り変わる継起の順序である (2.3.3 節 (c)) (♯4 ) [アウグスティヌス (354 年–430 年)]: 現在だけが真に存在して,記憶という 過去のものの現在,未来を予感したりする未来のものの現在は「真の現在」 の付加物である とした.金言的立場からならば,いろいろな感想があってもよいが,測定理論の立 場からすれば,このような文学的表現 (♯3 ) と (♯4 ) が,(e) を熟練するための一助 となるならば,それも悪くないと考えるだけである5 .

♠ 注釈 6.7. 測定理論では,測定対象の時空 (時間・空間) は上で議論した通りであ るが,測定者の時空 (時間・空間) は考えない (注釈 2.8 参照).したがって,諸科 学には, 「時制」は無いと言い切る.哲学者が議論する「時間論」は,多くの場合, この「測定者の時間」の議論であるが,科学としては不毛な議論で, 「測定者の時 間」は多くの人々の心を捉えたにもかかわらず疑わしい理論と考える.もちろん, 測定者の時間を考えたくなる気持ちもわかる.たとえば, (♯) 本書では,ここまで曖昧にしてきたが,言語ルール 1 の中で, 「測定値を (過 去に) 得た確率」なのか「測定値を (未来に) 得る確率」なのかが明確に使い 分けられていない. 「『何時何処』で何が起こったかを『何時何処』で測定したのか?」において,後者 の『何時何処』は明示しないので, 「時制」が曖昧にされている.この曖昧さに突っ 込みを入れたくなるのが人情かもしれない.しかし,この追究をしないで, 「測定 者の時間はない (コペンハーゲン解釈 (U2 )))」と言い切ってしまうのが,測定理論 (二元論) である.もちろん,ベルクソン (1859 年–1941 年) がしたように, 「主観 的時間」を文学的テーマとして楽しむ文化を全面的に否定するつもりはない.しか し,本書は「工学の書」であって (2.4.2 節),文学には関わらない.

6.4.3

測定理論の成立は,奇跡か? 当り前か?

ここまでで,測定理論のキーワードが次のように出揃った.

(f1 ) [言語ルール 1] で,測定 (測定者,測定対象,測定,観測量,状態,測定値, 確率) 5 著者のフィクションで, アウグスティヌスの時間論 (♯ ) を測定理論の中で理解しようとするな 4 らば (すなわち,測定理論の枠組みの中での矮小化した理解かも���れないが),

(♯) [現在 (=基準点)=ルート t0 ],[過去のものの現在=状態],[未来のものの現在=実現因果観測量] となる.これがアウグスティヌスの真意かどうかよりも,こう考えて,(e) の理解が深まるならば, それはそれでよい.ただし,上の (♯) の時間は,測定対象の時間である.測定理論では,時制 (測定 者の時間) は考えない (注釈 6.7)


第6章

186

言語ルール 2 ─因果関係

(f2 ) [言語ルール 2] で,因果関係 (木半順序集合,因果作用素列,実現因果観 測量

(f3 ) [コペンハーゲン解釈]: たとえば, ライプニッツの関係説で, 状態空間 (スペ クトラム 第2章の [脚注 7) の一種としての空間,木半順序集合の一種と しての時間 である.これらのキーワードの使い方を指定したので,これらを諸科学一般にお いて共通して使おう,というのが測定理論の主張である.しかも,測定理論 (言 語ルール 1 と言語ルール 2) で記述されていない文言・理論は, 「疑わしい」また は「異端」として,排除するというかなり強い主張である ( 本書の立場 3.5 ). そうだとしたら,

(g) 上記のように,(少数のキーワードからなる) たった 2 つのルール [測定と 因果関係] で,すべての諸科学の骨格が記述できるということは,驚異・奇 跡である. と強調したくなる. 「なぜ,物理学が成立するのか?」ならば,(ニュートンがそ う考えたように)「神」を持ち出して, 「秩序 (=[Simple is best])」を確信できる かもしれない.しかし, 「なぜ,諸科学が成立するのか?」に, 「神」を持ち出し ても,多くの賛同を得ることは出来ないと思うからである.

♠ 注釈 6.8. 第 1 章の (F5 ) の問い掛け: (F5 ) (第 1 章 )

なぜ,微分方程式と確率論という数学が役に立つのか?

に答えるためには,上の (g) ─すなわち,測定理論という言語的世界記述法─を信 じればよい.したがって,読者が, 「真に疑うべき」ことは,第 1 章から繰り返し 強調していることであるが,

(♯) なぜ,測定理論─量子力学の言葉遣いを模倣した言語体系─が成立するのか? なぜ,二元論とか「測定は一回だけ」のようなトンデモ解釈─コペンハーゲ ン解釈─が必然なのか?


6.4. 言語ルール 2 —「火の無いところに,煙は立たない」の正式表現

187

だけであると思う.測定理論を, 「(量子力学という) 虎の威を借る狐」と読まれて しまったら (第 1 章の [脚注 1]),この最重要問題 (♯) が,台無しになってしまう.

6.4.4

状態変化 — シュレーディンガー描像 —

コペンハーゲン解釈─第 1 章 (U4 ) ─の「測定は一回だけ」から, 「状態は一つ だけ」と「観測量は一つだけ」が要請された.このために,6.4 節の言語ルール 2 では,因果観測量列 [OT ] = [{Ot }t∈T , {Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 ] を 5

b T = (×t∈T Xt ,  t∈T Ft , Fbt ) を構成して, 一つにまとめて,実現因果観測量 O 0 b T , S[ω ] ) を考えた.したがって,6.4.1 節 (b) で述べたように, 測定 MC(Ω0 ) (O 0 状態は変化しない. と考えた.これが測定理論の正式な方法である.

♠ 注釈 6.9. 古典力学的世界観の因果関係は,連立一階微分方程式 (1.1) (= (6.3) ), またはその一般形のシュレーディンガー描像,すなわち, (♯) 因果関係の連鎖は双対因果作用素列族 {Φ∗t1 ,t2 : M(Ωt1 ) → M(Ωt2 )}(t1 ,t2 )∈T 2

5

により表現される と考えるのは常識的かもしれない.しかし,言語ルール 1 との整合性のためには, 言語ルール 2 の (ii) が必要で,そのためにはハイゼンベルグ描像が必然となる.そ の理由は,以前の議論の繰り返しになるが,

[測定は一回だけ] =⇒ [観測量は一つだけ] =⇒ [実現因果観測量] (コペンハーゲン解釈)

(言語ルール 2(ii))

だからである.

しかし,便宜的な方法として,シュレーディンガー描像による状態変化─状態 は変化するという見方─は,一般性はないけれど,わかりやすい.これを以下に 説明する. 簡単な例から始める.T = {0, 1} として,Φ0,1 : C(Ω1 ) → C(Ω0 ) を (決定因 果写像 ϕ0,1 : Ω0 → Ω1 をもつ) 決定因果作用素とする.O1 = (X1 , F1 , F1 ) を


第6章

188

言語ルール 2 ─因果関係

C(Ω1 ) 内の任意の観測量として,測定 MC(Ω0 ) (Φ0,1 O1 , S[ω0 ] ) を考えよう.もち ろん,言語ルール 1(測定 (2.2 節)) により,

(a) 測定 MC(Ω0 ) (Φ0,1 O1 , S[ω0 ] ) によって得られる測定値が Ξ1 (∈ F1 ) に属す る確率は [Φ0,1 F1 (Ξ1 )](ω0 ) で与えられる. 次に,測定 MC(Ω1 ) (O1 , S[ϕ0,1 (ω0 )] ) を考える.ここでも,言語ルール 1(測定 (2.2 節)) によって,

(b) 測定 MC(Ω1 ) (O1 , S[ϕ0,1 (ω0 )] ) によって得られる測定値が Ξ1 (∈ F1 ) に属する 確率は [F1 (Ξ1 )](ϕ0,1 (ω0 )) で与えられる. ここで,等式 [Φ0,1 F1 (Ξ1 )](ω0 ) = [F1 (Ξ1 )](ϕ0,1 (ω0 )) と O1 の任意性から,(a) と

(b) は次を意味する: (c) MC(Ω0 ) (Φ0,1 O1 , S[ω0 ] ) = MC(Ω1 ) (O1 , S[ϕ0,1 (ω0 )] ) と見なすことには一理あ る.

(d) 時刻 t = 0 の状態 ω0 が,時刻 t = 1 で状態 ϕ0,1 (ω0 ) に変化すると見なす ことには一理ある.すなわち,図式で書けば,

Ω0 ∋

ω0 (時刻 0)

−−−−−−→ ϕ0,1 (ω0 ) ∈ Ω1 変化

(時刻 1)

である. これをもうすこし一般化しよう.因果作用素列 {Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2

5

を考える.その双対因果作用素列を {Φ∗t1 ,t2 : M(Ωt1 ) → M(Ωt2 )}(t1 ,t2 )∈T 2 とする. 5

更に,因果観測量列 [OT (t0 ) ] = [{Ot }t∈T , {Φt1 ,t2 : C(Ωt2 ) → C(Ωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 ] 5

を考える.ここで,ω0 ∈ Ωt0 を初期状態と考えて,点測度 δ(·) (付録 B.5 節 (C)) を 用いて,{Φ∗0,t δω0 }t∈T を状態変化のシュレーディンガー描像と呼ぶ.したがって,


6.4. 言語ルール 2 —「火の無いところに,煙は立たない」の正式表現

189

(e) シュレーディンガー描像においては,状態は変化する.すなわち,図式で 書けば,

M+1 (Ω0 ) ∋ δω0 −−−−−−→ Φ∗0,t (δω0 ) ∈ M+1 (Ωt ) (時刻 0)

変化

(時刻 t)

となる ことに注意せよ.ただし,各 t ∈ T に対して,Φ∗0,t δω0 は,一般には混合状態 (す なわち,M+1 (Ωt ) の元) であって,点測度ではない. さて,各 t ∈ T に対して,混合状態 Φ∗0,t δω0 (∈ M+1 (Ωt )) に対する観測量

Ot = (Xt , Ft , Ft ) の混合測定 MC(Ωt ) (Ot , S(Φ∗0,t δω0 )) を行うとする6 .4.4.2 節 の言語ルール 1(混合型) により,

(f) 混合測定 MC(Ωt ) (Ot , S(Φ∗0,t δω0 )) による測定値 xt (∈ Xt ) が Ξt (∈ Ft ) に属 する確率は,

( ) Ft (Ξt )[Φ∗0,t δω0 ](dωt ) = [Φ0,t Ft (Ξt )](ω0 ) Ωt

である. よって,各 t(∈ T ) において,

MC(Ωt0 ) (Φt0 ,t Ot , S[ω0 ] ) = MC(Ωt ) (Ot , S[∗] (Φ∗t0 ,t δω0 )) と見なしてもいい.しかし,一般には, ∫ × Ft (Ξt )[Φ∗0,t δω0 ](dωt ) ̸= [Fbt0 ( × Ξt )](ω0 ) t∈T

Ωt

(6.8)

t∈T

であることに注意しなければならない.ただし,定理 6.18 で見たように,決定 因果作用素列の場合は,上の (6.8) で等号が成立する (後出の 6.5.1 節 (並列構造) でも同様の議論をする). 6M ∗ C(Ωt ) (Ot , S(Φ0,t δω0 )) において,S[∗] の [∗] が省略されているが,気にする必要はない.シュ レーディンガー描像は便宜的なので,表記が多少無理気味にならざるを得ない.


第6章

190

6.4.5

言語ルール 2 ─因果関係

等重率─最も簡単で有名な未解決問題

モンティ・ホール問題 (問題 4.9,4.16) を再考する.次がモンティ・ホール問 題の解答のもう一つの決定版と考える. 問題 6.20. [モンティ・ホール問題 (問題??からの続き) (cf. [5, 12])] あなたはゲームショーに出演している.3 つのドア (すなわち, 「1 番」,「2 番」,「3 番」) のうちの 1 つのドアの後ろには自動車, 他の 2 つのドアの後 ろには羊 (はずれ) が隠されている.司会者は,どのドアの後ろに自動車が 隠されているかを知っている.しかし,あなたはそれを知らない.司会者 は問う: 「どのドアの後ろが自動車だと思いますか?」ここで,あなたは 次のようにしてドアを選ぶとする.

(♯) あなたはサイコロを投げて,出た目が 1,2 ならば 1 番ドア,3,4 な らば 2 番ドア,5,6 ならば 3 番ドアを選ぶとする. このようにして,たとえば, 1 番のドアを選んだとする.このとき,司会者 が「実は,3 番ドアの後ろは羊です」と言う.更に,司会者は問う. 「あな たは 1 番のドアを選んでしまいましたが,今からでも変更可能ですよ.2 番のドアに変更しますか?」と.さて,あなたはどうするか?

解答

問題 4.9 (モンティ・ホール問題) のように,状態空間を Ω = {ω1 , ω2 , ω3 }

とおいて,() 式より,観測量 O = (X, F, F ) を定める.写像 ϕ : Ω → Ω を

ϕ(ω1 ) = ω2 ,

ϕ(ω2 ) = ω3 ,

ϕ(ω3 ) = ω1

で定めて,因果作用素 Φ : C(Ω) → C(Ω) を [Φ(f )](ω) = f (ϕ(ω)) (∀f ∈

C(Ω), ∀ω ∈ Ω) で定める.さて,自動車が k 番ドアの後ろに置いてあるとし よう (k = 1, 2, 3).ここで,次が言える:


6.4. 言語ルール 2 —「火の無いところに,煙は立たない」の正式表現

191

   1, 2 MC(Ω) (O, S[ωk ] )     (a) サイコロの出た目が  3, 4  ならば,測定  MC(Ω) (ΦO, S[ωk ] )  を行う 5, 6 MC(Ω) (Φ2 O, S[ωk ] ) である.問題 4.9 の繰り返しになるが,たとえば,サイコロの目が「3」だっ たとしたら,あなたは測定 MC(Ω) (ΦO, S[∗] ) ─「3 番ドアの後ろに自動車が隠 れている」と言って,司会者の反応を見る測定─を行うことになる.ここで,

6.4.4 節 (c) より,MC(Ω) (ΦO, S[ωk ] ) = MC(Ω) (O, S[ϕ(ωk )] ),MC(Ω) (Φ2 O, S[ωk ] ) = MC(Ω) (O, S[ϕ2 (ωk )] ) であるから,上の (a) は,次と等しい.     MC(Ω) (O, S[ωk ] ) 1, 2     (b) サイコロの出た目が  3, 4  ならば,測定  MC(Ω) (O, S[ϕ(ωk )] )  を行う 5, 6 MC(Ω) (O, S[ϕ2 (ωk )] ) ここで, 31 (δωk + δϕ(ωk ) + δϕ2 (ωk ) ) =

1 3 (δω1

+ δω2 + δω3 ) (∀k = 1, 2, 3) に注意せ

よ.したがって,この (b) は,混合状態 νe = 13 (δω1 + δω2 + δω3 ) に対する混合 測定 MC(Ω) (O, S[∗] (νe )) と等しい.よって,この問題 6.20 は,問題 4.16 に帰着 する.したがって,あなたは 2 番ドアを選ぶべきと結論できる. ♠ 注釈 6.10. 上の議論は,簡単な理屈で, 「あなた (=測定者) はどのドアか知らない のだから,フェアなサイコロを投げて決めた」と考えただけである.しかし,この 仕組みを測定理論で記述することは,上述のように簡単とは言えない.たとえば, 問題 6.20 の (♯) で,測定者がアンフェアなサイコロ投げをしたとしたら,計算で きなくなって何も言えなくなってしまう.このことは,問題 4.16 の (♯) では,ゲー ムの主催者がアンフェアなサイコロ投げをしたとしても計算可能であることとの比 較の中で,注意すべきである.エルデシュ(4.3.2 節) が何処を間違えたのかは知ら ないが,モンティ・ホール問題は単純ではない.二元論の表現力の豊かさによって, 初めて記述可能となる問題だからである.

以上の議論から,等重率─「情報が無いときには,等確率と考えよ」という公 準─の正当化は,次の定理 6.21 で示される.例 4.14(d) でも述べたように, 等重率の正当化の問題は,統計学─すなわち,日常言語としての確率論─ における最も有名な未解決問題である (岩波数学辞典 [23])


第6章

192

言語ルール 2 ─因果関係

ことを確認して,読んでもらいたい. 定理 6.21. [等重率 (equal weight principle)]

状態空間 Ω を有限集合とする.

すなわち,Ω = {ω1 , ω2 , . . . , ωn } として,O = (X, F, F ) を C(Ω) 内の観測量 とする. 測定者が状態についての情報を持っていないときに,通常は純粋測定 n ∑ MC(Ω) (O, S[∗] ) を考える.しかし,別の方法として,νe = n1 δωi (∈ M+1 (Ω)) i=1

として,混合測定 MC(Ω) (O, S[∗] (νe )) を考えることは,( 問題 6.20 の (♯) の意味 では) 一理ある. 証明

証明は問題 6.20 の解答の中での議論から容易にわかると思うが,詳しく

は [5, 13] を見よ.

6.5

「言語ルール 1(測定) +言語ルール 2(因果関係)」 のいくつかの例

二元論 (測定理論) では,言語ルール 2(因果関係) が単独で使われることはな くて,常に言語ルール 1(測定) と組みになっている.

6.5.1

並列構造─鶴亀算以前

木半順序集合 (T (0)={0, 1, . . . , N }, π : T \ {0} → T ) は並列構造, すなわち,

π(t) = 0 (∀t ∈ T \ {0}),をもつとする.

因果観測量列 [OT ] = [{Ot }t∈T , {Φπ(t),t : C(Ωt ) → C(Ωπ(t) )}t∈T \{0} ] とその実

b T = (×N Xt , 現因果観測量 O t=0

b N t=0 Ft , F0 ),すなわち,

Fb0 (Ξ0 × Ξ1 × Ξ2 × · · · × ΞN ) =

× Φ0,t Ft (Ξt )

t∈T


6.5. 「言語ルール 1(測定) +言語ルール 2(因果関係)」のいくつかの例

Φ0,1

193

C(Ω1 )

+ Φ0,2 C(Ω ) 2 C(Ω0 ) )· · · · · · ······ k Φ0,N

C(ΩN )

図 6.4: 並列構造

b T =(×t∈T Xt , が定義されて,測定 MC(Ω) (O

 t∈T Ft , Fb0 ), S[ω0 ] ). を得る.した

がって,並列構造の場合は,(6.8) 式において,等号「=」が成立することに注 意せよ.すなわち,T が並列構造をもつ場合は,

b T =(×t∈T Xt , 測定 MC(Ω) (O

 t∈T Ft , Fb0 ), S[ω0 ] ) によって得られる測定値

が Ξ0 × Ξ1 × · · · × ΞN に属する確率は

[Fb0 ( × Ξt )](ω0 ) = t∈T

× [Φ0,t Ft (Ξt )](ω0 )

t∈T

となる.

例 6.22. [鶴亀算以前 ([例 6.10]+[測定])] 例 6.10 と同様に,次の状況を考える:

(a) 鶴と亀がそれぞれ m 匹と n 匹いる.当然,頭の数は m + n,足の数は 2m + 4n である. この日常言語の文言 (a) において,例 6.10 では, 「m」, 「n」, 「m + n」, 「2m + 4n」 をすべて状態と解釈した.しかし,ここでは, 「m」と「n」を状態, 「m + n」と 「2m + 4n」を測定値と解釈する.例 6.10 より,

Ω0 = N0 × N0 ,

Ω1 = N0 ,

Ω2 = N0


第6章

194

言語ルール 2 ─因果関係

T = {0, 1, 2},π(1) = 0,π(2) = 0 として, 因果作用素列 {C(Ωt )

Φπ(t),t

C(Ωπ(t) )}t∈T \{0} (e)

を得る.各 t ∈ {1, 2} に対して, C(Ωt ) 内の精密観測量 Ot

= (N0 , 2N0 , Ft ) を (e)

考える (ここでは,存在観測量 O存 0 は省略した).したがって,因果観測量列 [OT ]

= [{Ot }t=1,2 , {Φπ(t),t : C(Ωt ) → C(Ωπ(t) )}t=1,2 ] を得る.この実現因果観測量 b 0 =(N0 × N0 , 2N0 ×N0 , Fb0 ) は次のように定義できる: O [Fb0 (Ξ1 × Ξ2 )](m, n) = [Φ0,1 F1 (Ξ1 )](m, n) · [Φ0,2 F2 (Ξ2 )](m, n) (e)

(e)

(e)

(e)

= [F1 (Ξ1 )](m + n) · [F2 (Ξ2 )](2m + 4n) (∀Ξ1 , ∀Ξ2 ∈ 2N0 , ∀(m, n) ∈ Ω0 ) b 0 , S[(m,n)] ) を得て,当然であるが,次が言える: したがって,測定 MC(Ω0 ) (O b 0 , S[(m,n)] ) により,確率 1 で,測定値 (m + n, 2m + 4n) を (b) 測定 MC(Ω0 ) (O 得る. 以上であるが, 「簡単」の一言で済ませないで,二元論では解釈のバリエーション が増えることには注目してもらいたい.

6.5.2

直列構造─「時間の測定」等

木半順序集合 (T ={0, 1, . . . , N }, π) は直列構造,すなわち,π(t) = t − 1 (∀t ∈ Φt−1,t

T \ {0}),を満たすとする.因果作用素列 {C(Ωt ) → C(Ωt−1 )}t∈T \{0} を考 える.図示すれば, Φ0,1

Φ1,2

Φ2,3

C(Ω0 ) ←− C(Ω1 ) ←− C(Ω2 ) ←− · · · · · · · · · となる.ここで,

ΦN −2,N −1

←−

ΦN −1,N

C(ΩN −1 ) ←− C(ΩN )


6.5. 「言語ルール 1(測定) +言語ルール 2(因果関係)」のいくつかの例

195

因果観測量列 [OT ] = [{Ot }t∈T , {Φπ(t),t : C(Ωt ) → C(Ωπ(t) )}t∈T \{0} ]

b T = (×N Xt , を考えて,その実現因果観測量 O t=0

b N t=0 Ft , F0 ) を構成しよう.

b N (= (XN , FN , FbN )) = ON (= (XN , FN , FN )) とおく. よって, まず最初に,O b N −1 = ON −1 ×ΦN −1,N ON = (XN −1 × XN , FN −1  C(ΩN −1 ) 内の同時観測量 O FN , FbN −1 ),すなわち, ( ( ) FbN −1 (ΞN −1 × ΞN ) = FN −1 × ΦN −1,N FN ) (ΞN −1 × ΞN ) b N −2 = ON −2 ×ΦN −2,N −1 O b N −1 = が定まる.同様に,C(ΩN −2 ) 内の同時観測量 O (XN −2 × XN −1 × XN , FN −2  FN −1  FN , FbN −2 ) すなわち, ( ) FbN −2 (ΞN −2 × ΞN −1 × ΞN ) = FN −2 ×(ΦN −2,N −1 FbN −1 ) (ΞN −2 × ΞN −1 × ΞN ) が定まる.同様に繰り返して, [C(Ω0 )]

Φ0,1

←−−−−−

F0   y b1 ) (F0 ×ΦF b0 =F

[C(Ω1 )]

···

F1   y Φ0,1

←−−−−−

b2 ) (F1 ×ΦF b1 =F

ΦN −2,N −1

Φ1,2

←−−−−− · · · ←−−−−−−−−

ΦN −1,N

←−−−−−− [C(ΩN )]

FN −1   y ΦN −2,N −1

Φ1,2

[C(ΩN −1 )]

←−−−−− · · · ←−−−−−−−−

bN ) (FN −1 ×ΦF bN −1 =F

FN   y ΦN −1,N

←−−−−−−

b 0 = O0 ×Φ0,1 O b 1 = ( ×N X t , となり,最後には C(Ω0 ) 内の同時観測量 O t=0

(FN ) bN =F

N t=0 Ft ,

Fb0 ) を得る.すなわち, ( ) Fb0 (Ξ0 × Ξ1 × Ξ2 × · · · × ΞN ) = F0 ×(Φ0,1 Fb1 ) (Ξ0 × Ξ1 × Ξ2 × · · · × ΞN ) b 0 は因果観測量列 [{Ot }t∈T , {Φπ(t),t : C(Ωt ) → C(Ωπ(t) )}t∈T \{0} ] の ここで,O b T である.よって,測定: 実現因果観測量 O b T =( × Xt ,  t∈T Ft , Fb0 ), S[ω ] ) MC(Ω0 ) (O 0 t∈T

を得る.


第6章

196

言語ルール 2 ─因果関係

例 6.23. [(離散) 時間の測定] 状態空間 Z = {0, ±1, ±2, . . .} において,決定因 果写像 ϕ : Z → Z を,

Z ∋ i 7→ i + 1 ∈ Z で定めて,その決定因果作用素 Φ : C(Z) → C(Z) を,

[Φ(f )](i) = f (i − 1)

(∀i ∈ Z, ∀f ∈ C(Z))

と定める.C(Z) 内に,精密観測量 O(e) = (Z, 2Z .F (e) ) を考える.さて,T =

{0, 1, 2, . . . , N } を離散時間として,直列構造 (T (0), 5 ) を考える.各 t(∈ T ) に対して,状態空間 Ωt = Z とする.0 5 m 5 n 5 N として,決定因果作用素

Φm,n : C(Ωn ) → C(Ωm ) を n−m

Φm,n (e)

によって定める.Ot

z }| { = Φ · Φ · · · · · · Φ = Φn−m (e)

= O(e) (∀t ∈ T ) として,決定因果精密観測量列 [{Ot }t∈T ,

{Φ : C(Ωm ) → C(Ωm−1 )}m∈T \{0} }] を得る.したがって,定理 6.18 より,実現 b = (×m∈T Z, 因果観測量 O Fb (

 m∈T 2Z , Fb ) は

×

m∈T

Ξm ) =

×

m∈T

Φm F (e) (Ξm )

b S[ω ] ) を得 となる.よって,ω0 (∈ Ω0 ) を初期状態として,時間測定 MC(Ω0 ) (O, 0 る.この測定による測定値は

(ω0 , ω0 + 1, ω0 + 2, . . . , ω0 + N ) である.すなわち,状態空間 Ω0 が時刻 ω0 ならば,時刻 t における時計は,時 刻 ω0 + t を指す.


6.5. 「言語ルール 1(測定) +言語ルール 2(因果関係)」のいくつかの例

197

♠ 注釈 6.11. この例は,時間 T = {0, 1, . . . , N } は状態ではないけれど, 「時計の状 態 ωt 」は測定できると主張している.

例 6.24. [酔歩 ( 例 6.13 の続き)]

Z = {0, ±1, ±2, . . .} とする.マルコフ双

対因果作用素 Φ∗ : M+1 (Z) → M+1 (Z) を,点測度 δ(·) を使って,次のように定 める:

Φ∗ (δi ) =

δi−1 + δi+1 2

(i ∈ Z)

したがって,因果作用素 Φ : C(Z) → C(Z) は

[Φ(f )](i) =

f (i − 1) + f (i + 1) 2

(∀f ∈ C(Z), ∀i ∈ Z)

で定まる.ここで,離散時間 T = {0, 1, 2, . . . , N } を考えて,親写像 π : T \{0} →

T を π(t) = t − 1 とする.各 t(∈ T ) に対して,状態空間 Ωt を Ωt = Z で定め る.このとき,因果作用素列 {Φπ(t),t (= Φ) : C(Ωt ) → C(Ωπ(t) )}t∈T \{0} を得る. 更に,因果観測量列 [{Ot }t∈T , {Φπ(t),t (= Φ) : C(Ωt ) → C(Ωπ(t) )}t∈T \{0} ] を次 のように定める.すなわち,Xt = Ωt = Z として,  (e) (e) Z   精密観測量 : Ot = (Z( = Xt ), 2 , Ft ) Ot =   存 存在観測量 : O存 t = (Z( = Xt ), {∅, Z}, Ft )

(t = 2, 4) (その他)

とする.この場合は,存在観測量は,無視してもよいから,実質的には t = 2, 4

b 0 = (Z2 (= X2 × X4 ), 2Z  2Z , Fb) は, だけを考えて,その実現因果観測量 O ( ) Fb (Ξ2 × Ξ4 ) = Φ2 F (e) (Ξ2 ) × Φ2 (F (e) (Ξ4 )) (∀Ξ2 ∈ 2X2 , ∀Ξ4 ∈ 2X4 ) b 0 , S[0] ) を考える. で表される.初期状態を 0 (∈ Ω0 = Z) として,測定 MC(Ω0 ) (O 特に,その測定値が {0, 1} × {−1, 0} =Ξ2 × Ξ4 (⊆ X2 × X4 ) に属する確率を計


第6章

198

言語ルール 2 ─因果関係

算しよう.定義関数 χ(付録 B.2 節 (C)) を用いて, (e)

(∀ω ∈ Ω2 = Z)

(e)

(∀ω ∈ Ω4 = Z)

[F2 (Ξ2 )](ω) = χΞ2 (ω) = χ{0} (ω) + χ{1} (ω) [F4 (Ξ4 )](ω) = χΞ4 (ω) = χ{0} (ω) + χ{−1} (ω) であり,また,一般に,

(Φχ{m} )(ω) =

χ{m−1} (ω) + χ{m+1} (ω) 1 (χ{m} (ω + 1) + χ{m} (ω − 1)) = 2 2

であるから,

(χ χ{−2} + χ{0} ) + χ{1} {−1} + Φ2 (F (Ξ4 )) = Φ 2 2 ) 1( = χ{−3} + χ{−2} + 2χ{−1} + 2χ{0} + χ{1} + χ{2} . 4 更に,

F (e) (Ξ2 ) × Φ2 (F (e) (Ξ4 )) ) 1( =(χ{0} + χ{1} ) × χ{−3} + χ{−2} + 2χ{−1} + 2χ{0} + χ{1} + χ{2} 4 1 = (2χ{0} + χ{1} ). 4 これより,

( ) 1 ( ) Φ2 F (e) (Ξ2 ) × Φ2 (F (e) (Ξ4 )) = Φ 2χ{−1} + 2χ{1} + χ{0} + χ{2} 8 ) 1( 2χ{−2} + 2χ{0} + 2χ{0} + 2χ{2} + χ{−1} + χ{1} + χ{1} + χ{3} = 16 ) 1( = 2χ{−2} + χ{−1} + 4χ{0} + 2χ{1} + 2χ{2} + χ{3} 16 b 0 , S[0] ) による測定値が {0, 1} × {−1, 0} に属する確率は よって,測定 MC(Ω0 ) (O Fb({0, 1} × {−1, 0})](0) = ) 1 1( 2χ{−2} (0) + χ{−1} (0) + 4χ{0} (0) + 2χ{1} (0) + 2χ{2} (0) + χ{3} (0) = 16 4 であることがわかる.


6.6. 二種類のトンデモ性─観念論と二元論

199

二種類のトンデモ性─観念論と二元論

6.6

注釈 1.10 で述べたように,測定理論は「二種類のトンデモ性」を持つ.すな わち, 「観念論=言語的科学観 (8.1 節)」と思って,  観念論 ・ ・ ・ 言語的科学観    (靴に足を合わせる:6.6.2 節)  (♯2 ) 測定理論の「トンデモ性」     二元論 ・ ・ ・ コペンハーゲン解釈

(観客は舞台に上がらない:6.6.1 節)

となる.本節では,この「トンデモ性」についての注意を述べる.

コペンハーゲン解釈─観客は舞台に上がらない

6.6.1

注意 6.25[観客は舞台に上がらない] 高校の数学の教科書から,日常言語で記 述された次の問題を考えよう.次の手順 (a) と (b) を考える:

(a) 壷の中に,白球と黒球が,それぞれ m 個と n 個入っている.壷の中から 球を一つ取り出して,もしそれが白球ならば,手元におく.もしそれが黒 球ならば,壷の中に戻す.この試行を 3 回行う.また,最初に,壷の中に, 白球と黒球が,それぞれ 3 個と 2 個入っているとする.

(b) (a) の試行後に,手元に白球が 2 つになる確率を求めよ. 解答

N0 = {0, 1, 2, . . .} とする.壷の中に,白球と黒球が,それぞれ m 個

と n 個入っている状態を,(m, n) ∈ N20 と記す.双対因果写像 Φ∗ : M+1 (N20 )

→ M+1 (N20 ) を,点測度 δ(·) を使って表現すると, { m n m+n δ(m−1,n) + m+n δ(m,n) Φ∗ (δ(m,n) ) = δ(0,n)

(m ̸= 0 のとき) (m = 0 のとき).

T = {0, 1, 2, 3} を離散時間として,各 t ∈ T に対して,Ωt = N20 とする.した がって,


第6章

200

言語ルール 2 ─因果関係

) 3 2 [Φ ] (δ(3,2) ) = [Φ ] δ(2,2) + δ(3,2) 5 5 ( ) 3 2 2 2 3 2 ∗ =Φ ( ( δ(1,2) + δ(2,2) ) + ( δ(2,2) + δ(3,2) ) 5 4 4 5 5 5 ( ) 3 27 4 =Φ∗ δ(1,2) + δ(2,2) + δ(3,2) 10 50 25 2 27 2 2 4 3 2 3 1 = ( δ(0,2) + δ(1,2) ) + ( δ(1,2) + δ(2,2) ) + ( δ(2,2) + δ(3,2) ) 10 3 3 50 4 4 25 5 5 1 47 183 8 = δ(0,2) + δ(1,2) + δ(2,2) + δ(3,2) 10 100 500 125 ∗ 3

∗ 2

(

C(Ω3 ) 内の観測量 O = (N0 , 2N0 , F ) を,次のように定める: { 1 (m, n) ∈ Ξ × N0 ⊆ Ω3 [F (Ξ)](m, n) = 0 (m, n) ∈ / Ξ × N0 ⊆ Ω3 したがって,測定 MC(N20 ) (Φ3 O, S[(3,2)] ) により,測定値「2」を得る確率,すな わち,手元に白球が 2 つ残る確率は,

[F ({2})](ω)([Φ∗ ] (δ(3,2) ))(dω) = 3

[Φ3 (F ({2}))](3, 2) = Ω3

183 500

である. 上は簡単な演習問題であったが,次の (c) は注意すべきである.

(c) (a) の部分は因果関係で,(b) の部分が測定に関係する. 通常は,(a) の部分でも,測定者が活躍しているように考えるかもしれないが, 測定理論では,コペンハーゲン解釈 (第 1 章 (U1 ) では,測定対象の中に,測定 者が登場することはない.喩えて言うならば, 観客は舞台に上がらない であり,したがって,(a) の文言の中の「試行者」は,測定者 (=我) でない. 「ロ ボット」と思うのがわかり易い.


6.6. 二種類のトンデモ性─観念論と二元論

201

♠ 注釈 6.12. それでは, 「注意 6.25 の手続き (a) 内には, 『確率概念』は無いのか?」 と問うかもしれない.これは「測定 (言語ルール 1) の確率」とは違うので,測定 理論の原則に従うならば,手続き (a) 内には, 「確率概念」は無いと言うしかない. したがって, 「測定対象内の確率」には,別の名前,たとえば, 「マルコフ確率」な どして区別するのも一つの方法である.ただし,本書では, 「測定なくして,確率な し」の量子力学の精神に従っているので, 「マルコフ確率」という言葉は使わない. すなわち, (♯1 ) 量子力学で「確率」を表現するときの文言と同じ形の文言で表現されるもの を測定理論でも「確率」と呼びたい,すなわち,コペンハーゲン解釈は,量 子力学と測定理論で共通と思いたい からである.

6.6.2

言語的科学観─靴に足を合わせる

日常言語は,何でも曖昧に取り込んで渾然一体としてしまうモンスター言語で ある.日常会話では,一元論とか二元論とかが決まっているわけでなくて, 「時 制」も当たり前のこととして,臨機応変に会話する.したがって,当然であるが, 「測定」と「因果関係」という言葉の使い方も,測定理論と日常言語ではズレが ある.と言うより,日常言語の中では, 「測定」と「因果関係」という言葉は気分 で使われているに過ぎない.本節では,このズレについての注意点を述べる. 注意 6.25. [測定と因果関係の混用 (例 2.7 の続き)] 例 2.7 の [コップの水の冷・ 熱の測定] を思い出そう.測定 MC(Ω) (O冷熱 , S[ω] ) で,ω = 5 ℃ の場合に,

(a) 測定 MC(Ω) (O冷熱 , S[ω(=5)] ) により得られる測定値 x(∈ X = { 冷, 熱 }) が,    集合   

∅(= 空集合) {冷} {熱} { 冷, 熱 }

0

     に属する確率は  [F ({ 冷 })](5) = 1   [F ({ 熱 })](5) = 0   1

    である.  

と記述した.ここで, 「5 ℃」が原因で, 「冷たい」が結果,とは考えない.すな わち,


第6章

202

言語ルール 2 ─因果関係

5 ℃ −→ 冷たい

(b)

(原因)

(結果)

を「因果関係」と考えなかった.その理由は,もちろん,言語ルール 2 が使われ ていないからである.測定理論では,因果関係は,測定対象内だけの関係で, 「測 定者と測定対象にまたがる」ことはない.日常会話の中では,一元論と二元論の 区別なく混用されているので注意が必要である.

♠ 注釈 6.13. もちろん, 「見方」の問題で,上の (b) を, 「測定」と見ないで, 「現象」 と見ることもできる.すなわち,冷熱–測定器の内部回路と思えば, 「因果関係」で ある.つまり,双対因果作用素 Φ∗ : M([0, 100]) → M({ 冷, 熱 }) を [Φ∗ δω ](D) = f冷 (ω) · δ冷 (D) + f熱 (ω) · δ熱 (D)

(∀ω ∈ [0, 100]

∀D ⊆ { 冷, 熱 }) と定めれば,因果関係と見ることもできる.すなわち,

(♯) 同じことでも記述の仕方により「測定」にも「因果関係」にもなる のが,言語的世界記述法である.

注意 6.26. [混合測定とマルコフ因果関係の混用 ( 例 4.13 (壷問題:混合測定) か らの続き)] 例 4.13(壷問題:混合測定) を再考しよう.状態空間 Ω = {ω1 , ω2 } を 考えて,C(Ω) 内の観測量 O = ({ 白, 黒 }, 2{ 白, 黒 } , F ) を (2.5) 式で定義し,点 測度 δ(·) (付録 B.5 節 (C)) を用いて,混合状態を ν0 = pδω1 + (1 − p)δω2 とした. このとき,混合測定 MC(Ω) (O, S[∗] (ν0 )) によって,測定値 x (∈ { 白, 黒 }) が得 られる確率は,() 式により,

∫ [F ({x})](ω)ν0 (dω) = p[F ({x})](ω1 ) + (1 − p)[F ({x})](ω2 )

P ({x}) = {

=

0.8p + 0.4(1 − p) 0.2p + 0.6(1 − p))

(x = 白 のとき) (x = 黒 のとき)

(6.9)

であった.さて,ここで新たな状態空間 Ω0 を 1 点 ω0 からなる集合,すなわち,

Ω0 = {ω0 } と定める.双対マルコフ因果作用素 Φ∗ : M+1 (Ω0 ) → M+1 (Ω) を,


6.6. 二種類のトンデモ性─観念論と二元論

203

Φ∗ (δω0 ) = pδω1 + (1 − p)δω2 として,マルコフ因果作用素 Φ : C(Ω) → C(Ω0 ) を 定める.ここで,純粋測定 MC(Ω0 ) (ΦO, S[ω0 ] ) を考えよう.この測定により,測 定値 x (∈ { 白, 黒 }) が得られる確率は,

P ({x}) = [Φ(F ({x}))](ω0 ) = [F ({x})](ω)ν0 (dω) Ω { 0.8p + 0.4(1 − p) (x = 白 のとき) = 0.2p + 0.6(1 − p)) (x = 黒 のとき) となり,上の (6.9) 式と同じになる.したがって,混合測定 MC(Ω) (O, S[∗] (ν0 )) を純粋測定 MC(Ω0 ) (ΦO, S[ω0 ] ) と見なすことができたことになる.

♠ 注釈 6.14. 例 4.13 (や例 4.14(ii) や注釈 4.7 ) の「事前確率 (=混合状態)」が,注 意 6.26 では, 「マルコフ確率」になったこ���に注意すべきである.すなわち, 概念は,記述の仕方に依存する

(♯)

のが,言語的世界記述法である.これを「トンデモ」と思うとしたら,実在的科学 観の刷り込みに起因すると考える. 注釈 2.3 で述べて以来, 「○○とは,何か?」と いう問い掛けに対して真摯な態度を取らなかった理由は,上の (♯) に依拠する.

♠ 注釈 6.15. 同時測定を定義 2.14 のように考えれば, 「因果関係」とは関係しないの に,注釈 6.4 のように考えれば, 「因果関係」になってしまう.しかし,注釈 6.13 でもそうであったが, 「因果関係かどうか?」も記述の仕方に依存する.実在的記述 法に慣れた感覚からすると,妙な感じがすると思うが,言語的記述法とはこういう ものである.ニーチェ(1844 年–1900 年) の有名な言葉: 「事実などは存在しない, あるのは解釈だけ」 を思い出そう. 測定理論は,物理学とはまったく別の原理 (すなわち, 「言葉が先, 世界が後」) から成り立っていることに注意すべきである (注釈 2.5).再度確認す ると,次図:

(数学を包含する日常言語)

(X1 ) (第 1 章 )

0 広義の日常言語 =⇒ 世界記述 ⃝ (世界記述 (=科学) 以前)

 1 実在的方法 ⃝       (世界が先,言葉が後)     足 に合った 靴 を作る    (世界) (言葉)

(第 1 章 (O))   

2 言語的方法 ⃝      (言葉が先,世界が後)     靴 に 足 を合わせる  (言葉)

(世界)


204

第6章

言語ルール 2 ─因果関係

が基本であった.そうならば,次の (注釈 1.12 でも述べた) いろいろな工学を考え たとき,

(♯1 ) 計量心理学,数理経済学,金融工学,認知科学,経営工学,医用工学,教育 工学,人間工学,..... この中の幾つかに多少の無理気味な部分があっても, 「靴に足を合わせる」のだか ら,仕方が無いと思うかもしれない.しかし,無理と思う部分があったとしたら工 夫が足りないだけで,

(♯2 ) 測定理論の記述力を信じて, 「工夫次第で無理は解消する」と楽観するのが, 工学・諸科学の精神である と考える.なぜならば,我々は他に有効な術を持たないからである (8.1 節 (m) 参照).


205

第 7 章 フィッシャー統計学 II 前章までで述べたように,測定理論は次のように定式化される:すなわち, [言語ルール 1]

測定理論 := (科学言語)

測定 [確率解釈]

[言語ルール 2]

+

因果関係 [ハイゼンベルグ描像]

第 4 章ではフィッシャー統計学を言語ルール 1 の中で考察した.本章では,フィッ シャー統計学 (特に,回帰分析) を測定理論 ( 言語ルール 1 と言語ルール 2 ) の枠 組みで記述する.

7.1

表から見れば測定,裏から見れば推定・制御

本書では, 「統計学=動的システム理論」─微分方程式と確率論という数学の 応用的手法という意味では同じもの─と考えるが (1.1.1 節の [脚注 4] 参照), 「推 定問題」は統計学, 「制御問題」は動的システム理論と仕切りがされていると考 えるのが,普通かもしれない.しかし,この 2 つは同類の問題である.以下にこ のことを説明して, 「統計学=動的システム理論」を再確認する.

7.1.1

推定問題 (統計学)

問題 7.1. [推定問題と回帰分析] Ω = {ω1 , ω2 , . . . , ωN } をある高校の学生の集 合とする.身長関数 h : Ω → [100, 200] と体重関数 w : Ω → [30, 110] を次のよう に定義する:

{

h(ωn ) = 「学生 ωn の身長」 w(ωn ) = 「学生 ωn の体重」

(n = 1, 2, 3, ..., N )

簡単のため,N = 5 として,たとえば,表 7.1 を仮定する. 次を仮定する:

(7.1)


第7章

206

フィッシャー統計学 II

表 7.1: 学生の身長と体重 身長・体重  学生 ω1 身長 (h(ω)) 150 体重 (w(ω)) 65

ω2 160 55

ω3 165 75

ω4 170 60

ω5 175 65

(a1 ) この高校では健康診断を実施しているので,校長は,表 7.1 のデータ─す べての学生の身長と体重─を正確に把握している. 更に,次の (a2 ) を仮定する:

(a2 ) ある日,この高校のある学生が川で溺れている少女を助けた.しかし,そ の学生は名前も名乗らずにその場を立ち去った.わかっていることは,

(i) その学生はこの高校に所属している. (ii) その学生の身長と体重はそれぞれ約 165 cm と約 65 kg である. ここで次の問題を考える:

(b) 上の情報 (a1 ) と (a2 ) から,校長はその学生が誰かを如何に推定するか? この推定問題 (b) は回帰分析を使う典型的な例で,測定理論の言葉によって解 答 7.4 で答える.

7.1.2

制御問題 (動的システム理論)

状態方程式 (6.3) に,測定方程式 g : R3 → R を加えて,以下のように,動的 システム理論 (7.2) を考える.すなわち,   (i) : dω(t)  dt = v(ω(t), t, e1 (t), β)   (初期条件ω(0)=α) 動的システム理論 =     (ii) : x(t) = g(ω(t), t, e (t)) 2

· · · ( 状態方程式)

· · · ( 測定方程式) (7.2)


7.1. 表から見れば測定,裏から見れば推定・制御

207

とする.ここに,α, β はパラメータ,e1 (t) はノイズ,e2 (t) は測定誤差とする. 以下の例は,動的システム理論における制御問題の中で,最も簡単なもので ある.

問題 7.2. [制御問題と回帰分析]

図 7.1 のように直方体の水槽に水を入れるこ

とを考える.時刻 t での水面の高さを関数 ω(t) で表す.流入速度を β として,時 刻 0 での初期水位を α とする.

6 ω(t) ? 図 7.1: 水槽に水を入れる 水位 ω(t) は次の状態方程式を満たす (ここで,ノイズ e1 (t) = 0 とした).

d ω(t) = β · · · (状態方程式) dt ω(0) = α として,これを解けば, ω(t) = α + βt

(7.3)

ここに,α と β は未知の固定されたパラメータと考える.実際の測定値は誤差 を含むので,測定方程式は次のようになる:

x(t) = α + βt + e2 (t) · · · (測定方程式)


第7章

208

フィッシャー統計学 II

ここに e2 (t) は測定誤差である. ここで次の制御問題を考える (答えは測定理論の言葉で解答 7.5 で述べる):

(c1 ) [制御問題]: 時刻 t = 1, 2, 3 での水位の目標測定データとして,次の x(1) = 1.9,

x(2) = 3.0,

x(3) = 4.7

を考えたい.この目標測定データを得られるように α と β を設定せよ. である. 別の見方も重要で,この (c1 ) は次の推定問題 (c2 ) と同値である.

(c2 ) [推定問題]: 時刻 t = 1, 2, 3 での水位の測定データが x(1) = 1.9,

x(2) = 3.0,

x(3) = 4.7

が得られたとする.このとき,α と β を推定せよ. ここで,実質的には (すなわち,測定理論のテクニカルな面としては), 「(c1 ) =

(c2 )」なので, (d) 推定問題と制御問題は同類の問題であり,測定の逆問題である ことに注意してもらいたい (4.2.2 節 (c)).

7.2

回帰分析─因果関係+フィッシャーの最尤法

前章の結果 (すなわち,言語ルール 2(因果関係) とフィッシャーの最尤法 (定 理 4.5 )) から直ちに次を得る: 定理 7.3. [回帰分析 (regression analysis) (cf. [8]) ] 木半順序集合を親写像表現

(T ={t0 , t1 , . . . , tN }, π : T \ {t0 } → T ) で表す.因果観測量列 [{Ot }t∈T , {Φπ(t),t :


7.2. 回帰分析─因果関係+フィッシャーの最尤法

209

b T =(×t∈T Xt ,  t∈T Ft , C(Ωt ) → C(Ωπ(t) )}t∈T \{t0 } ] の実現因果観測量を O Fbt0 ) として,測定 b T =( × Xt ,  t∈T Ft , Fbt ), S[∗] ) MC(Ωt0 ) (O 0 t∈T

b T , S[∗] ) により得られた測定値が Ξ b (∈ を考える.この測定 MC(Ωt0 ) (O

 t∈T Ft )

に属したとする.このとき,フィッシャーの最尤法 (定理 4.5) により,次が推定 できる:

[ ∗ ] = ωt0 ここで,ωt0 (∈ Ωt0 ) は

b b b [Fbt0 (Ξ)](ω t0 ) = max [Ft0 (Ξ)](ω) ω∈Ωt0

によって定まる.

問題 7.1 を測定理論の言葉(すなわち,回帰分析 (定理 7.3)) で答えよう. 解答 7.4. [(問題 7.1(推定問題) から続く) 回帰分析] 木半順序集合を親写像表 現 (T ={0, 1, 2}, π : T \ {0} → T ) で表して,π(1) = π(2) = 0 とする.状態空間 を Ω0 = {ω1 , ω2 , . . . , ω5 },Ω1 = 区間 [100, 200],Ω2 = 区間 [30, 110] とおく. も ちろん,同一視:

ωn・ ・ ・「少女を助けたのが学生 ωn である」という状態 (n = 1, 2, ..., 5) を考える.各 t (∈ {1, 2}) に対して, 決定因果写像 ϕ0,t : Ω0 → Ωt を ϕ0,1 = h(身 長関数),ϕ0,2 = w(体重関数) と定める.よって, 各 t (∈ {1, 2}) に対して, 決定 因果作用素 Φ0,t : C(Ωt ) → C(Ω0 ) は次のように定まる (定理 6.4):

[Φ0,t ft ](ω) = ft (ϕ0,t (ω))

(∀ω ∈ Ω0 , ∀ft ∈ C(Ωt ))


第7章

210

Φ0,1

フィッシャー統計学 II

C(Ω1 )

C(Ω0 ) + k Φ0,2

C(Ω2 )

t = 1, 2 として,標準偏差 σt > 0 を持つ C(Ωt ) 内の正規観測量 OGσt = (R, BR , Gσt ),すなわち, ∫

1

[Gσt (Ξ)](ω) = √ 2πσt2

e

(x−ω)2 2 2σt

dx (∀Ξ ∈ BR , ∀ω ∈ Ωt )

Ξ

を考えて,決定因果観測量列 [{OGσt }t=1,2 , {Φ0,t : C(Ωt ) → C(Ω0 )}t=1,2 ] を得 b T = (R2 , FR2 , Fb0 ) を次のように得る: る.このとき,C(Ω0 ) 内の実現因果観測量 O [Fb0 (Ξ1 × Ξ2 )](ω) = [Φ0,1 Gσ1 ](ω) · [Φ0,2 Gσ2 ](ω) = [Gσ1 (Ξ1 )](ϕ0,1 (ω)) · [Gσ2 (Ξ2 )](ϕ0,2 (ω)) (∀Ξ1 , Ξ2 ∈ BR , ∀ω ∈ Ω0 = {ω1 , ω2 , . . . , ω5 })

十分に大きな自然数 N に対して,区間 Ξ1 , Ξ2 ⊂ R を,

] 1 1 , Ξ1 = 165 − , 165 + N N [

[

1 1 Ξ2 = 65 − , 65 + N N

]

b T , S[∗] ) により得られた測定値は (165,65) (∈ R2 ) であ とおく.測定 MC(Ω0 ) (O るから,測定値は Ξ1 × Ξ2 に属す.ここで, 定理 7.3[回帰分析] (または,フィッ シャーの最尤法 (定理 4.5)) より,問題 7.1(b) は,

(♯) [Fb0 ({Ξ1 × Ξ2 )](ω) を最大とするような ω0 (∈ Ω0 ) を見つけよ. という問題に帰着される.N は十分に大きいから,

(♯) =⇒ max √ ω∈Ω0

1 (2π)2 σ12 σ22

∫ exp [ − Ξ1 ×Ξ2

(x2 − w(ω))2 (x1 − h(ω))2 − ]dx1 dx2 2 2σ1 2σ22


7.2. 回帰分析─因果関係+フィッシャーの最尤法

211

(165 − h(ω))2 (65 − w(ω))2 − ] ω∈Ω0 2σ12 2σ22 (65 − w(ω))2 (165 − h(ω))2 + ] =⇒ min [ 2 ω∈Ω0 2σ1 2σ22 =⇒ max exp [ −

( 簡単のため,σ1 = σ2 と仮定して) =⇒ω4 のとき,最小値

(165 − 170)2 + (65 − 60)2 を得る. 2σ12

よって,少女を助けたのは,学生 ω4 と推定される. さて,次に問題 7.2 を測定理論の言葉 (すなわち,回帰分析 (定理 7.3)) で解答 しよう. 解答 7.5. [(問題 7.2(制御問題) から続く) 回帰分析] 問題 7.2 では,離散時間

T = {0, 1, 2, 3} が直列構造を持つと考えるのが自然で,親写像 π : T \ {0} → T を π(t) = t − 1 (t = 1, 2, 3) と定める.4 つの状態空間を, たとえば,Ω0 =

[0, 1] × [0, 2],Ω1 = [0, 4] × [0, 2],Ω2 = [0, , 6] × [0, 2],Ω3 = [0, 8] × [0, 2] と置く. 各 t = 1, 2, 3 に対して, 決定因果写像 ϕπ(t),t : Ωπ(t) → Ωt を (7.3) 式に よって次のように定義する:

ϕ0,1 (ω0 ) = (α + β, β)

(∀ω0 = (α, β) ∈ Ω0 = [0, 1] × [0, 2])

ϕ1,2 (ω1 ) = (α + β, β)

(∀ω1 = (α, β) ∈ Ω1 = [0, 4] × [0, 2])

ϕ2,3 (ω2 ) = (α + β, β)

(∀ω2 = (α, β) ∈ Ω2 = [0, 6] × [0, 2])

よって, 決定因果写像列 {ϕπ(t),t : Ωπ(t) → Ωt }t∈{1,2,3} を得て,定理 6.4 より, 決定因作用素列 {Φπ(t),t : C(Ωt ) → C(Ωπ(t) )}t∈{1,2,3} を得る.図式で書けば, Φ0,1

Φ1,2

Φ2,3

C(Ω0 ) ←− C(Ω1 ) ←− C(Ω2 ) ←− C(Ω3 ) となる.ここで,ϕ0,2 (ω0 ) = ϕ1,2 (ϕ0,1 (ω0 )),ϕ0,3 (ω0 ) = ϕ2,3 (ϕ1,2 (ϕ0,1 (ω0 ))),し たがって,Φ0,2 = Φ0,1 · Φ1,2 ,Φ0,3 = Φ0,1 · Φ1,2 · Φ2,3 に注意せよ.


第7章

212

フィッシャー統計学 II

更に,σ > 0 を標準偏差として,各 t = 1, 2, 3 に対して,C(Ωt ) 内の正規観測 量 Ot =(R, BR , Gσ ) を次のように定義する:

1 [Gσ (Ξ)](ω) = √ 2πσ 2

e−

(x−ω)2 2σ 2

dx (∀Ξ ∈ BR , ∀ω ∈ Ωt =[0, 2t + 2])

Ξ

よって,決定因果観測量列 [{Ot }t=1,2,3 , {Φπ(t),t : C(Ωt ) → C(Ωπ(t) )}t∈{1,2,3} ] を

b T = (R3 , FR3 , Fb0 ) は,定理 6.18 得る.このとき,C(Ω0 ) 内の実現因果観測量 O より,次のように定まる:

[ ( )] [Fb0 (Ξ1 × Ξ2 × Ξ3 )](ω0 ) = Φ0,1 Gσ (Ξ1 )Φ1,2 (Gσ (Ξ2 )Φ2,3 (Gσ (Ξ3 ))) (ω0 ) =[Φ0,1 Gσ (Ξ1 )](ω0 ) · [Φ0,2 Gσ (Ξ2 )](ω0 ) · [Φ0,3 Gσ (Ξ3 )](ω0 ) =[Gσ (Ξ1 )](ϕ0,1 (ω0 )) · [Gσ (Ξ2 )](ϕ0,2 (ω0 )) · [Gσ (Ξ3 )](ϕ0,3 (ω0 )) (∀Ξ1 , Ξ2 , Ξ3 ∈ BR , ∀ω0 = (α, β) ∈ Ω0 = [0, 1] × [0, 2]) b T , S[∗] ) によって,測定値: さて,問題 7.2 (制御問題) は,測定 MC(Ω0 ) ( O (1.9, 3.0, 4.7) (∈ R3 ) を得ることを期待しているのであった.十分に大きな N に対して,

[ ] [ ] [ ] 1 1 1 1 1 1 Ξ1 = 1.9 − , 1.9 + , Ξ2 = 3.0 − , 3.0 + , Ξ3 = 4.7 − , 4.7 + N N N N N N

とおいて,フィッシャーの最尤法 (定理 4.5)) より,問題 7.2 は

(♯) [Fb0 (Ξ1 × Ξ2 × Ξ3 )](α, β) を最大とするような (α, β) (= ω0 ∈ Ω0 ) を見つ けよ. という問題に帰着される.N は十分大きな自然数と仮定しているので,

(♯) =⇒ max [Fb0 (Ξ1 × Ξ2 × Ξ3 )](α, β) (α,β)∈Ω0 ∫ ∫ ∫ (x1 −(α+β))2 +(x2 −(α+2β))2 +(x3 −(α+3β))2 1 ] 2σ 2 e[− =⇒ max √ 3 (α,β)∈Ω0 2 2πσ Ξ ×Ξ ×Ξ 1

2

3


7.2. 回帰分析─因果関係+フィッシャーの最尤法

213

× dx1 dx2 dx3 =⇒ max exp(−J/(2σ 2 )) (α,β)∈Ω0

=⇒

min

J

(α,β)∈Ω0

ここに

J = (1.9 − (α + β))2 + (3.0 − (α + 2β))2 + (4.7 − (α + 3β))2

(

∂ ∂α {· · · }

{ =⇒

∂ = 0, ∂β {· · · } = 0 として )

(1.9 − (α + β)) + (3.0 − (α + 2β)) + (4.7 − (α + 3β)) = 0 (1.9 − (α + β)) + 2(3.0 − (α + 2β)) + 3(4.7 − (α + 3β)) = 0

=⇒ (α, β) = (0.4, 1.4) よって,目標測定値 (1.9, 3.0, 4.7) を得るための,(α, β) の制御状態 (0.4, 1.4) を得る.以上であるが,7.1.2 節の (d) で述べた「制御問題 (c1 ) と推定問題 (c2 ) の実質的同値性」を再度確認してもらいたい.

例 7.6. [鶴亀算]

次の状況を考える:

(a) 鶴と亀がそれぞれ m 匹と n 匹いる.頭を数えると 5,足は 14 である. このとき, (m, n) を求めよ.

解答

この問題─鶴亀算─に対しては,いろいろな解釈が可能であるが,通常は,

(b) 文言 (a) が,日常言語の中に埋没している


第7章

214

フィッシャー統計学 II

と考えて,直接的に解答される.この方法は,世界記述の言葉で強いて言えば, 一元論的世界記述の方法 (1.2.1 節) で,つまり, 「5」, 「14」, 「(m, n)」をすべて状 態と考える設定と考えてもよい (例 6.10).普通は,これしかないと思うかもし れないが,二元論の表現力の豊かさによって,いろいろな解釈が可能となる (後 出の表 7.2 参照). ここでは,例 6.22 の続きの推定問題と考えて,

(c) 「5」と「14」を精密測定値として,状態 (m, n) を推定する問題1 と考える.

N0 = {0, 1, 2, . . .} とする.また,Ω0 = N0 × N0 ,Ω1 = N0 と Ω2 = N0 とする. 例 6.10 のように,因果作用素 Φ0,1 : C(Ω1 ) → C(Ω0 ) と Φ0,2 : C(Ω2 ) → C(Ω0 ) を次のように定める:

[Φ0,1 (f1 )](m, n)=f1 (m + n), (∀fi ∈ C(Ωi ), i = 1, 2,

[Φ0,2 (f2 )](m, n) = f2 (2m + 4n) ∀(m, n) ∈ Ω0 ) (e)

各 t ∈ {1, 2} に対して, C(Ωt ) 内の精密観測量 Ot

(e)

を考える. すなわち, Ot

=

(N0 , 2N0 , F (e) ) は次を満たすとする: { [F

(e)

](Ξ)](n) =

1 (n ∈ Ξ) 0 (n ∈ / Ξ)

(e)

よって,決定因果精密観測量列 [{Ot }t=1,2 , {Φ0,t : C(Ωt ) → C(Ω0 )}t∈{1,2} ] を

b 0 = (N0 × N0 , 2N0 ×N0 , Fb) が次の 得る.このとき,C(Ω0 ) 内の実現因果観測量 O ように定まる:

[Fb(Ξ1 × Ξ2 )](m, n) = [Φ0,1 F (e) ](m, n) · [Φ0,2 F (e) ](m, n) 1 「5」, 「14」, 「(m, n)」をすべて測定値と考える設定は,11.5 節で述べるような方法で解答でき る.


7.2. 回帰分析─因果関係+フィッシャーの最尤法

215

= [F (e) (Ξ1 )](m + n) · [F (e) (Ξ2 )](2m + 4n) (∀Ξ1 , Ξ2 ∈ 2N0 , ∀(m, n) ∈ Ω0 ) b 0 , S[∗] ) により,次の測定値を得た: 問題の仮定より,この測定 MC(Ω0 ) (O (5, 14) ∈ N0 × N0 . したがって, フィッシャーの最尤法 (定理 4.5) により,次を解けばよい:

(♯) [Fb({5} × {14})](m, n) を最大とするような状態 (m, n)(∈ N0 × N0 ) を見つ けよ である.したがって,

(♯) =⇒

max

(m,n)∈N0 ×N0

(

) [F (e) ({5})](m + n) · [F (e) ({14})](2m + 4n)

=⇒ [F (e) ({5})](m + n) = 1 =⇒ m + n = 5

かつ

かつ

[F (e) ({14})](2m + 4n) = 1

2m + 4n = 14

=⇒ m = 3, n = 2 よって,(m, n) = (3, 2) と推定できる.

♠ 注釈 7.1. 測定理論では, 「真の値 (すなわち,状態)」と「精密測定値」の違いを曖 昧にしないので,鶴亀算の解釈のバリエーションが増える.たとえば,表 7.2 の通 りである. 第 1 章 (X1 )–( X5 ) の繰り返しになるが, 「広義の日常言語」の中に,

(♯) 小学生の文章題 (鶴亀算, 旅人算 ), 統計学・動的システム理論 (例 7.6)

(11.1.1 節)

(第 4,7,11 章)

等が,(例 7.6(b) で述べたように) 何となく埋没している と考えることは,常識的な考えである.しかし,次の図式 (第 1 章の (X1 )):


第7章

216

フィッシャー統計学 II

表 7.2: 鶴亀算のバリエーション バリエーション  (m, n, (5, 14)) m 一元論 (または,二元論における状態だけの議論) 状態

n 状態

(5, 14) 状態

(または,日常言語としての小学校の鶴亀算)

二元論 (例 7.6)

状態

状態

測定値

二元論 (本章の[脚注 1])

測定値

測定値

測定値

(証明は, 解答 11.11 と同様にできる)

(数学を包含する日常言語)

(X1 ) (第 1 章 )

0 広義の日常言語 =⇒ 世界記述 ⃝ (世界記述 (=科学) 以前)

 1 実在的方法 (ニュートン力学等)  ⃝

(第 1 章 (O)) 

2 言語的方法 (測定理論等) ⃝

2 の中で見直すのが,本書の立場で,これなら の中で,上の (♯) 等を,測定理論⃝ 「いろいろな鶴亀算」が見えて来る ば,表 7.2 のように,

7.3

測定理論は言語だから, 使われなければ意味が無い

「まえがき」にも述べたように,実在的科学観と言語的科学観はまったく異な る原理から成り立つ学問で,そもそも「承認の獲得方法」からして異なる.実在 的科学観は,世界中で数百人程度の専門家に承認されればよい.一般人は,その 権威のお墨付きを信じて,彼等が語る「宇宙創造の神話」を楽しめばよい. しかし,言語的科学観はそうはいかない.すなわち,

(a) 測定理論は, 「世界中の数百万人 (または,数千万人) の人たちに実際に使わ れる」というハードルを越えなければならない もちろん,その理由は,

(b) 測定理論は,工学の言語なので, 「専門家のお墨付き」だけでは不十分で, すなわち,実際に使われなければどうしようもない からである.


7.3. 測定理論は言語だから, 使われなければ意味が無い

217

ハードル (a) を飛び越すことは,容易ではないはずである. 「承認の獲得方法」 が異なっていたとしても,実在的科学観でも言語的科学観でも,いずれの場合で も一番を取るのは,もちろん,難しい. しかし,ここまで (特に,第 4,7 章で),

(c) 統計学・動的システム理論は,測定理論の省略形 を主張した.統計学・動的システム理論は数百万人に確実に使われているのだか ら,(c) を信じるならば,ハードル (a) を超えたことになる. もちろん, 「いつも,正式な測定理論を使え」と言ったら, 「牛刀割鶏」の謗り を受けてしまうが,そう言っているわけではない.ここまで,初等的な問題に対 して測定理論で記述する演習を繰り返したが,上の (c) を主張したからである.

♠ 注釈 7.2. ここまで読み進んできた読者ならば,測定理論の威力を確かめたくなっ ていると思う.安直だとしても確実な方法は,統計学・動的システム理論の諸結果 を測定理論で書き換えればよい.実際に書換えをしてみれば, 「面白いこと」も「特 に面白いわけではないこと (すなわち,従来の方法で十分と思うこと)」もあること がわかるだろう.安直でも構わないので,ともかく,実際に多くの演習を行って, 上級者─測定理論の精神を堅持しつつも,適宜に従来の方法も自由自在に使えるよ うに─に成ってもらいたい.本書の例は教育的過ぎて,これだけでは,読者には, (♯) 微分方程式と確率論で今まで大抵のことを処理できたのだから,きっと測定 理論でも同様な(または,それ以上の) ことができるだろう (注釈 6.8).しか も,量子力学まで記述できるのだから,信じてもいいかもしれない. という程度の気分しか伝わっていないと思う. 「気分」を実感するには,演習・訓練 しかない.


第 III 部

哲学としての測定理論


221

第 8 章 二元論的観念論の系譜の中で 「言語」を追究すると,必然的に,多少なりとも哲学の領域に踏み込まざるを 得なくなる.本章では, 「まえがき」の図 1 に示した観念論の系譜: カント哲学 (認識が世界を構成する)

−−−→

言語哲学

−−−−→

(言語が世界を構成する)

測定理論 (言語が世界を構成する)

について説明する.測定理論から見た風景であるが,理系の読者にもわかるように 書いた.もちろん,文系・理系の区分などあり得るはずもなく,著者は 測定理論がわからなければ,観念論はわからない1 と考える.

二元論的観念論の系譜

8.1 8.1.1

デカルトやカントも結構「的を射たこと」を言っている

測定理論は形而上学─実験で白黒をつけることができない学問─であるが,測 定理論を使いこなすだけならば, 哲学との関連の中で,測定理論を理解すること が必要不可欠というわけではない.しかし,測定理論の科学の中での立ち位置を 確認するためには, すなわち,本書の主張: 諸科学とは,測定理論で記述することである

1 6.1.1 節の「怒られないと,勉強しない」で述べたように,時間経過を含む命題の対偶は,結構 ややっこしい.この場合は,

観念論がわかるとしたら,それ以前に,測定理論がわかっているからである となる.念を押すと, 「観念論がわかれば,測定理論がわかる」ではない.


第8章

222

二元論的観念論の系譜の中で

を検証するためには,測定理論と哲学の関連の考察は不可欠である. 形而上学の本家は哲学で,哲学者たちはさすがにいろいろと考えている.しか も,測定理論は,彼等の仕事から少なからぬ影響を受けている.哲学者の議論は 日常言語の中でされていて,著者は彼等の主張の意図・真意を十分に理解できて いるわけではないが,哲学から示唆されたことは,書くべきと考えた.と言うよ りも,

(a) 書かなければ,オリジナリティの盗用と言われてしまうぐらいに,測定理 論 (コペンハーゲン解釈) の精神は,本流とされている哲学に似ている と思う.本章では,これについて説明する. さて,測定のイメージ (第 1 章の図 1.1) を再掲しておこう. 我

(測定者)

(測定対象,システム)

[観測量・測定器] a 干渉する ⃝

[測定値] (脳で感知)



-

[状態]

b 反応が返って来る ⃝

図 8.1: 測定のイメージ図 (第 1 章の図 1.1 の再掲)  

また, 「まえがき」の図 1 では,

(b) 測定理論は,量子力学だけでなくデカルト–カント哲学の言語論版でもある. と主張した.図式で書けば,


8.1. 二元論的観念論の系譜 (世界が先,言葉が後)

(♯1 ) :

量子力学 (物理学)

223     言葉遣いの模倣 −−−−−−−−−−→    物理法則の形骸化   

(c) (認識が先で,世界が後)

(♯2 ) :

デカルト–カント哲学 (認識論)

数量化

−−−−−→ 言語論化

        

(言葉が先,世界が後) 言語論版

−−−−−→

測定理論 (科学言語)

となる.この (c) の量子力学の部分 (♯1 ) は第 3 章で説明した.本節では,下の部 分 (♯2 ) を説明する. 結論を先に述べるならば,デカルト–カント哲学と測定理論 (コペンハーゲン 解釈) のキーワードの対応は,表 8.1 のようになる. 表 8.1: デカルト–カント哲学と測定理論の対応表 (cf. [7, 9])

デカルト–カント哲学 (認識論バージョン)

測定理論 (コペンハーゲン解釈) (言語論バージョン)

1 :我 ⃝ 2 : 身体 3 : 精神 ⃝ ⃝

(感覚器官,第二次性質)

1 : 測定者 ⃝ 2 : 観測量 ⃝ 3 : 測定値 ⃝ (測定器)

4 :物 ⃝

(第一次性質)

(脳・心)

(脳で感知)

4 : 測定対象 ⃝

(状態=測定対象の性質)

この表を見れば,対応関係の意味は,だいたい推察できると思うが,多少の注 釈を加えておこう. 1 [我 ↔ 測定者] :これは説明するまでもないと思う. ⃝ 2 [身体 ↔ 観測量]: 「身体 ↔ 感覚器官 ↔ 測定器 ↔ 観測量」なのだから,こ ⃝

れもいいだろう.そもそも,デカルト哲学では「身体」と言っても,大抵 の場合は, 「知覚」を問題にしたのだから,これは納得できると思う.ただ 「身体 ↔ 測定器」の補足を書く. し,後出の注釈 8.1 で, 3 ⃝ [精神 ↔ 測定値]: これは意外かもしれない.しかし,測定とは,測定者の

脳が,ある信号を感知することである.そして,そのとき,その「感知し


224

第8章

二元論的観念論の系譜の中で

た値」を, 「測定値」と呼ぶ.たとえば,電圧計の目盛りが,1.5V を指して いても,その値を測定者が見なければ (すなわち,測定者の脳に達しなけ れば),測定と言えない. 「電圧計の目盛りが,1.5V を指す」という現象は 完全な物理現象で,それだけならば,一元論 (「物」だけ) の世界で十分と 言える.したがって,標語的に言うならば,二元論の精神は, 「脳なくして,測定値なし ( 3.3.1 節 (e2 ) 参照)」 で,これが「量子力学の標準的解釈」である.二元論とは, 「我 (脳・心)」 を特別な存在と考えることであると思う. 4 ⃝ [物 ↔ 測定対象] これも当然で,説明するまでもないだろう.

以上のように,デカルト–カント哲学と測定理論の根源的キーワードは,表 8.1 の対応がある.したがって,根源的キーワードに関しては, 「デカルト–カント哲 学=測定理論」と見ていい.もちろん,両者は共に二元論なのだから,根源的 キーワードの類似性は当然かもしれないが.

♠ 注釈 8.1. 図 8.1 (= 第 1 章の図 1.1:測定のイメージ図) を見ればわかるように, 2 身体 (=測定器)」は, 「⃝: 「我」と「物」の中間にあるので, 「物」の方に属するとし てもよい.そう考える場合は, 「心身二元論」と呼ぶのかもしれないが,第 1 章の [脚注 8] で書いた理由で, 「どちらに属すか?」とか「呼び方」は重要でない.また, 「身体 ↔ 測定器」とすると,かなり大きな「身体」もあり得る. 「メガネ」を身体 の一部と見なしてもそれほど違和感はないと思う.しかし, 「測定対象に対する測定 器」の例として, 「電圧に対する電圧計の目盛りの振れ」を考えるならば, 「飛行機に 対する飛行機雲」, または,「方角の測定器として, 北極星」でもよいだろう. 「身体 (=測定器)」とは, 「脳と測定対象の中間にあるもの」なのだから,飛行機雲も身体 (=測定器) となる.しかし,このような議論─すなわち, 「身体とは,何か?」等─ をすることは, ことわざの「猿も木から落ちる」において, 「猿とは何か? 木とは何か?」 を議論していることと同じで, 生産的議論を期待できないことに気付くべき である. 注釈 2.3 で述べたように, 「○○とは,何か?」の問い掛けに真摯過ぎると,袋小路 に嵌る.なぜならば, 言語的科学観においては,概念は文脈の中で決まる (注釈 6.14 参照)


8.1. 二元論的観念論の系譜

225

からである.

♠ 注釈 8.2. 一元論・唯物論は,物理学では大成功したのに,哲学は二元論・観念論 にこだわった. 理系の常識的な感覚からすれば,次の疑問は当然と思う. (♯1 ) ニュートンやアインシュタインに匹敵する才能を持った多くの知の巨人たち が,なぜ観念論や二元論などの「トンデモ理論」に取り付かれてしまったの だろうか? である.この疑問は,次の世界記述の図式が念頭に無ければ解消しない.  1 実在的方法 ⃝     (数学を包含する日常言語) (一元論・唯物論)  0 広義の日常言語 =⇒ 世界記述 ⃝ (X1 ) (第 1 章 (O))  (第 1 章) (世界記述 (=科学) 以前)  2 言語的方法 ⃝    (二元論・観念論) 0 の大海の中を泳ぎ 哲学に難解な部分があるとしたら,曖昧模糊とした日常言語⃝ 回ってしまったことであるが (もちろん,そうせざるを得ない哲学の分野 (倫理哲 1 という大陸に流れ着くことを拒絶した強い意 学等) も多々あるが),実在的科学観⃝ 志と鋭い直観は,さすがと思いたい.

イマヌエル・カント (1724 年–1804 年) は,近代において最も影響力の大きな 哲学者で,認識論における,いわゆる「コペルニクス的転回 (すなわち, 「認識が 世界を構成する」)」を提唱した.カントの「純粋理性批判」の一般的な説明と して,MSN(エンカルタ百科事典) の説明を以下に引用しておく. (d)   [純粋理性批判] カントの批判哲学の根幹をなすのは「純粋理性批判」であり,そ の目標は人間の認識能力をみきわめることにあった.その結果明らかにされたの は,人間の認識能力は,世界の事物をただ受動的にうつしとるだけではなく,むし ろ世界に能動的にはたらきかけて,その認識の対象をみずからつくりあげるという ことである.つくるとはいっても,神のように世界を無からつくりあげるわけでは ない.世界はなんらかのかたちですでにそこにあり,認識が成立するには,感覚を とおしてえられるこの世界からの情報が材料として必要である.しかし,この情報 はそのままでは無秩序な混乱したものでしかない.人間の認識能力は,自分に本来 そなわる一定の形式をとおして,この混乱した感覚の情報に整然とした秩序をあた え,それによってはじめて統一した認識の対象をまとめあげるのでなければならな い.カントによれば,人間にそなわるその形式とは,  3  (i) : 感性 (直観) の形式 (時空 (= R × R )) (ii) : 悟性 (思考) の形式 (たとえば,単一か多数かといった分量の概  念や,因果性のような関係の概念など) である.そうだとすれば, 「すべての物は時間と空間のうちにある」とか「すべて は因果関係にしたがう」という命題は経験的には証明できないにもかかわらず,す べての経験の対象に無条件にあてはまることになる.というのも,空間や時間や,


第8章

226

二元論的観念論の系譜の中で

因果関係といった形式によってはじめてその対象が構成されるからである.それは たとえば,すべての人間が緑のサングラスをかけて世界をみた場合, 「世界は緑で ある」という発言がすべての人間にとって正しい発言とみなされるのに似ている. (以上,MSN(エンカルタ百科事典. 2009 年 DVD 版) より).

カントは,上の (d) の (i) と (ii) の部分で,空間とか時間とか因果関係に関連 したことを述べているのだから,測定理論と比べて, { } { } カントの感性 言語ルール 1(測定) (e) ←→ カントの悟性 言語ルール 2(因果関係) という対応を考えてもよいだろう.

8.1.2

言語的転回と測定理論─猿にはわからない観念論

さて,デカルト–カント哲学は「哲学は万学の女王」を標榜していたはずで, 「科 学の基礎付けの理論」を意図して発展し,その集大成が,カントによってなされ たと見てもよいだろう.その意図は頓挫したかもしれない.しかし,もし 「諸科学の基礎付けの理論」=「諸科学を記述する基礎言語」 (カント哲学)

(測定理論)

と見なしてもよいならば,デカルト–カント哲学と測定理論の目的は同じになる. しかし,

(f1 ) デカルト–カント哲学と測定理論は,同じ目的を持つ二元論で,上述した対 応 ( 表 8.1 と (e)) があるのに,なぜ両者はまったく似ても似つかないもの になってしまったのだろうか? その理由─注釈 2.3 以来,何度も述べていることであるが─は次のこと ((f2 ) と

(f3 )) と思う. (f2 ) デカルト–カント哲学は,根源的キーワード「我 (身体,精神),物」につい て詳細に追究し,根源的キーワードを語る哲学 (=「を語る哲学」) である.


8.1. 二元論的観念論の系譜

227

一方,

(f3 ) 測定理論は,根源的キーワード「測定者 (観測量,測定値),測定対象 (状 態)」を語ることはしないで,言語ルール 1 と言語ルール 2 の指示通りに, 世界をこれらの根源的キーワードで語る哲学 (=「で語る哲学」) である2 . すなわち, 「を語る哲学」と「で語る哲学」の違いだと思う. この違いは決定的ではあるが,デカルト–カント哲学と測定理論 (コペンハー ゲン解釈) はかなり似ている.たとえば,次の類似がある:

(g1 ) 「時空」, 「因果関係」, 「測定 (≈ 認識)」の重要性に注目した (したがって, カントは「 6.4.3 節 (g) の奇跡」を確信していたことになる)

(g2 ) [認識が世界を構成する] ⇐⇒ [測定能力が状態空間を決定する] (コペルニクス的転回)

(コペンハーゲン解釈 (第 1 章 (U6 ))

また,エンカタル百科事典の (d) の説明に似せて,測定理論を述べれば,以下の ようになる.(d) との対応の下に読んでもらいたい. (h) [測定理論] 測定理論は,日常的な現象についての言語的記述法である.測定理論に よる記述とは,世界の事物をただ受動的にそのままに記述するのではなく,むしろ 世界に能動的にはたらきかけて,その対象をフィクションとしてつくりあげて記述 することである.フィクションとしてつくりあげるとはいっても,無からつくりあ げるわけではない.世界はなんらかのかたちですでにそこにあり,記述が成立する には,感覚をとおしてえられるこの世界からの情報が材料として必要である.しか し,この情報はそのままでは無秩序な混乱したものでしかない.測定理論による記 述は,測定理論に本来そなわる一定の形式をとおして,この混乱した情報に整然と した秩序をあたえ,それによってはじめて統一した記述 (フィクション) をまとめ あげるのでなければならない.測定理論にそなわるその形式とは, { (i) : 言語ルール 1(測定) (ii) : 言語ルール 2(因果関係) である.そうだとすれば, 「すべての物は時間と空間のうちにある」とか「すべて は因果関係にしたがう」という命題は経験的には証明できないにもかかわらず,す べての経験の対象に無条件にあてはまることになる.というのも,空間や時間や, 因果関係は形式 (言語ルール 1 と言語ルール 2 ) によってはじめてその対象が記述 2 この意味では,ニュートン力学も「で語る哲学」である.そもそも,科学はいつも「根源的キー ワード」に関しては「で語る哲学」であって,そうでなければ, 「根源的キーワード」とは言えない. もちろん, 「を語る哲学」を否定的に捉えるのは危険で, 「ニュートン力学を語る」境地まで昇華させ たのが,アインシュタインの相対性理論という「で語る哲学」である.


228

第8章

二元論的観念論の系譜の中で

されるからである.それはたとえば,色として「緑」という言葉しか使えないとい うルールがあるとしたら, 「世界の色は緑である」という記述しかできないことに似 ている.

以上のことから,カント哲学と測定理論の類似性は了解してもらえると思う. 違いは, 「認識バージョン」か「言語バージョン」か,だけである.もしそうだ としたならば,カントのア・プリオリな総合判断 (すなわち,経験的には証明で きない (実験検証できない) にもかかわらず,すべての経験の対象に無条件にあ てはまる命題) を測定理論 (言語ルール 1 と言語ルール 2 ) と対応させたくなる. 両者は,共に形而上学の確立を目指しているのだから,そう考えたい.

♠ 注釈 8.3. 測定理論は,2 つの信念 ( 2.3.1 節の (a) ),すなわち, { 言語ルール 1 と言語ルール 2 に忠実であること 人間の言語能力・認識能力の信頼 から成立している.測定理論では, 「人間の言語能力・認識能力」の部分は,ただ 驚嘆するだけで,それ以上の追究をしない.しかし,カント哲学は, 「人間の言語 能力・認識能力の驚異」の方に踏み込んだと考えられているかもしれない. 「認識」 を語る学問は,現代的には,心理学,認知科学,脳科学,人工知能等の諸科学 (= 形而下学) に継承されたとしても,カントが目指した方向は形而上学的世界記述の はずである. 「原子論 (デモクリトス) から原子論 (素粒子論) へ」のアナロジーとし て, 「諸科学 (=形而下学) の未熟な状態が,哲学」などと思っている読者も一部に はいるかもしれない.しかし,カント哲学 (純粋理性批判) がそう思われているな らば,カントは浮かばれない.形而上学的主張をしたのに,形而下学と誤解されて 批判されたのでは,カントも堪らないだろう.クリック (ワトソンと共に DNA 二 重らせん構造の発見者) は, 著書「驚くべき仮説 (The astonishing hypothesis)」の 初めに,

(♯) You, your joys and your sorrows, your memories and your ambitions, your sense of personal identity and free will, are in fact no more than the behaviour of a vast assembly of nerve cells and their associated molecules. と述べている. つまり, 我々の心のいろいろな現象は非常に多くの分子と細胞の相 互関係の表現に過ぎないと言っている. もちろん, クリックは正しいに違いない. しかし, 「だから, デカルトは間違っていた」という結論は出てこない. 本書の主 張は, 「その複雑な相互関係も, 原理的には測定理論で記述すべき」であって, し たがって, クリックの「一元論もどき」は「デカルト・カント哲学 (すなわち, 本書 での二元論的記述法としての測定理論)」と対立関係にあるわけではない.


8.1. 二元論的観念論の系譜

229

♠ 注釈 8.4. ガウス (1777 年–1855 年) が非ユークリッド幾何学の公表を控えたのは, 「時空 (= R × R3 ) は人間に備わっている感性」と主張するカント学派との摩擦を 回避したかったから,と言う説を聞いたことがある.この真偽のほどは定かでない が,こう言う話があってもおかしくないほど,当時のカント哲学の威光は絶大だっ たことは事実と思う.今から思えば「何故,一般に支持されたのか?」は不思議で あるが,本書では, 公理化

カント哲学 − −−−−−−→ 言語哲学 −−−→ 測定理論 言語論的転回

数量化

という進化の中で,カント哲学が現代科学に大いに影響を及ぼしたという筋書きを フィクションとして仕立てたい.このフィクションがなければ,問い掛け: 哲学の本流とされる二元論的観念論 (プラトン,デカルト,カント) は一体何 だったんだろうか? に対して,今日的には,否定的な解答しか思いつかないからである.

上述のように,[(d):純粋理性批判 (認識論)]+[(h):測定理論 (言語)] だとしても, やはり, 「[認識]̸=[言語]」が気にかかる.そうなると,カント以降に,ソシュール

(1857 年–1913 年) やウィトゲンシュタイン (1889 年-1951 年) 等の哲学者たちに よって遂行された「言語論的転回」─すなわち, 「認識論」から「言語哲学」への 転回─は,測定理論にとって重要な意味を持つ.つまり, 「認識」から「言語」へ で,図式で書けば, (認識が世界を構成する) (言語が世界を構成する) (言語が世界を構成する) [認識]→[言語] [言語]→[科学言語]

(i)

カント哲学 −−−−−−−−→ (認識論)

言語論的転回

言語哲学 −−−−−−−−−−−−−→ 測定理論 (日常言語)

科学化 (実用性の獲得)

(言語的科学言語)

である3 . すなわち,哲学者たちが好んで使う言語哲学のフレーズ (cf. [20, 22]): 「言葉が先,世界が後」,「言語の限界が,世界の限界」 「言語が世界を構成する」,「言語ゲーム」 3 「認識が世界を構成する」は 2 つの意味 ((g ) と (i)) で使われてことに注意せよ.(g ) は,測 2 2 定理論のコペンハーゲン解釈 (第 1 章 (U5 )) の中でまだ生きているが, (i) の中では, 「言語が世界を 構成する」に転回された.


第8章

230

二元論的観念論の系譜の中で

とかを拝借して,これらを測定理論の基本精神に仕立てに過ぎない.と言うよ り,測定理論─言語ルール 1 と言語ルール 2 ─というわかり易い具体的モデル を持たずに,日常言語の中でこのようなフレーズに辿り着いた哲学者たちの鋭い 感性に感心すべきだろう.そうであるにしても,著者は,ソシュールからではな くて,ゼミの学生たちから,

(j) 「猿」や「木」を知らなくても, 「猿も木から落ちる」ということわざは使 える という事実を教えてもらったのであるが (第 3 章 [脚注 1],注釈 3.9 参照). 日常言語は,何でも─実在的科学観や言語的科学観すら─曖昧に取り込んでし まうモンスター言語で,日常言語の中では,厳密な意味では,明快なことなど何 も言えない.たとえば, 「世界と言葉のどちらが先か?」は, 「ニワトリとタマゴ」 のような側面もあって, 「どちらが先か?」は,そんなに明快なことではない. 一方,測定理論においては,完全に, 「言葉が先,世界が後」と言える.言語 ルール 1 と言語ルール 2 は「完全な呪文」で,(量子力学以外の分野では) 対応 する世界など初めから存在しないからである.したがって,

(k) 観念論─「言葉が先,世界が後」の精神─の意味を,誰もが理解できる形 で提示したのが,測定理論である. と考える.そうならば,観念論は誰でもわかるはずであるが,残念なことに,猿 にはわからない.なぜならば,

(l)

測定理論は,人間の言語能力に依拠する

からである.とは言っても,猿も数個のリンゴなら数えられるという話だし,チェ スの世界チャンピオンと同程度の棋力のコンピュータ・ソフトもあるが,少なく ても今後 50 年ぐらいは,観念論は人間だけのものだと思う.


8.2. 「まえがき」の図 1 の再考

231

ウィトゲンシュタインは, 「靴に足を合わせる (注釈 6.15)」のような俗な言い 方をしない.もっと格好よく,

(m) 言語が世界を構成する.したがって,測定理論で諸科学を記述すると決めたの だから,それで記述したものが,諸科学・工学の世界である (注釈 6.15(♯2 )). すなわち,以下の (m1 )–(m3 ) を皆同じ意味と理解して,

(m1 ) 工学・諸科学とは,測定理論で記述された世界のことである (m2 ) 測定理論という言語の限界が,工学・諸科学の世界の限界 (m3 ) 測定理論=工学・諸科学の言語

(注釈 1.2)

と明快に言ってくれた,と解することができるのだから,測定理論にとっては願っ ても無いことを言ってくれたものと思う.ウィトゲンシュタインを信奉すれば,

(n) 「諸科学とは,何か?」に,上の (m) で答えたことになる と考える.

♠ 注釈 8.5. 上の (m) は, 「諸科学」の「永遠の定義」ではな���.2.4.2 節 [スペース・ コロニー] で述べたように,測定理論には賞味期限があるからである.また,この 「(測定理論が構成する) 諸科学の世界」が気に入らないのなら,別の言語的科学言 語を提案して, 「別の諸科学の世界」を構成すればいいだけのことだからである.

8.2

「まえがき」の図 1 の再考

本章までの議論をまとめると,第 1 章の問題点 (F1 )–(F5 ) が (F’1 )–(F’5 ) のよ うに解答されたことになる.したがって, 「まえがきの図 1」は暫定的で,次の正 式の図 8.2 を得たことになる. { ( (1) − → ここで,量子力学の分岐 すなわち, 量子力学 − → (2) − → 注釈 3.6 で述べたが,9.3 節でも議論する.

)

については,


第8章

232                                   

カント哲学 −−−−−−−→ (認識が世界を構成)

8.1 節

言語哲学

二元論的観念論の系譜の中で

−−−−−−−−−→−−−−−−−−→

(言語が世界を構成)

8.1 節

?

[言語的科学観] (古典力学的世界観)

(諸科学共通の基礎言語)

動的システム理論・統計学 (試行) ←−−−−−−−− 省略形

(ミッシングリンク)

測定理論 (観念論)

6

  状態方程式法 (第 1 章 (E1 ))     (因果論的世界観)                (コペンハーゲン解釈)      量子力学 (1) −−−−−−−−−−−−−→         3.2 節  ( 言語的 )    → 量子力学 − → [実在的科学観 (未解決)]  古典力学 −         (ニュートン)  3.1 節   (物理学共通の基礎理論)    量子力学 (2) −→      物理的 (物理的)     − − − → 万物の理論      発展     (唯物論)          相対性理論 −−−−−−−−−−−−−→  (アインシュタイン)

図 8.2: 世界記述の進化・発展の流れ図

♠ 注釈 8.6. 注釈 3.9 でも述べたように,著者は, 「量子力学 ( 定理 3.4 :量子力学内のハイゼンベルグの不確定性原理) (参考文 献 [1]) 」から「古典測定理論 (参考文献 [2, 3])」へ という順序で進んだ. 当初は,古典測定理論は二元論 (コペンハーゲン解釈) に基 づくので, 動的システム理論・統計学とはまったく異なるものになると期待してい た.この意味では,図 8.2 の 動的システム理論・統計学 ←−−− 測定理論 省略形

は妥当すぎて期待はずれであったが,逆に言えば, 「世界記述のためには測定理論し かない」という確信が得られた.

8.3

補遺:日常言語について

本書を執筆していて,一番迷ったことは, 「日常言語」という言葉の使い方で あって,今も明確に定義しているわけではない.したがって,本書全体で「日常 言語」という言葉を混乱して使っているので,すなわち,


8.3. 補遺:日常言語について {

233

場合 1 : [日常言語] ∩ [測定理論] = ∅ 場合 2 : [日常言語] ⊃ [測定理論]

と「場合 1」と「場合 2」を混乱して使っているので,ここで多少の「補遺:日 常言語について」を付け加えたい.ただし,この節で特に明確になるわけではな いので,この節を飛ばして読んでも構わない. 人類がいつの時代に言語を発明したのかは知らないが,それ以後絶えず言語は 発展し続けていて, 「言語の発展」は「文明の発展」とほぼ同義,すなわち,比例 すると考えていいだろう.この意味で,

(♯1 ) 本書のテーマは,日常言語の表現力を豊かにする試みの一つである. と考えてもよい.これを以下に説明しよう.本書では,次の図式に固執した.

(数学を包含する日常言語) 0 広義の日常言語 ⃝ (第 1 章) (世界記述 (=科学) 以前)

(X1 )

⇒ 世界記述

 1 実在的方法  ⃝       (世界が先,言葉が後)

(第 1 章 (O))  

 2 言語的方法  ⃝    (言葉が先,世界が後)

0 の枠組みは明確とは言えないので,測定理論⃝ 2 からス そして,広義の日常言語⃝

タートすることを選んだのであった.しかし,日常言語を更なる拡大解釈すれば,

(♯2 )

0 ∪⃝ 1 ∪ ⃝) 2 ⊂「日常言語 (= 更なる広義の日常言語)」 (⃝

と考えることにも,一理ある.と言うよりも,むしろこう考える方が自然であ る4 .そうだとすれば,本書で行なったことは,(♯1 ) と同じで,繰り返すならば,

(♯3 ) 日常言語という無法地帯の中に測定理論という小さな確固たる二元論的言 語領域を見つけ出して (付け足して),日常言語の表現力をすこし豊かにし たこと と言っていいだろう.もちろん,日常言語を豊かにすることとは,測定理論だけ ではないわけで, 4 数学や物理学も,数学者や物理学者にとっては, 「日常言語」かもしれない.また,この (X1 ) は,物理学と測定理論との対比を際立たせるための方便的図式であるという意見を否定するつもり はない.すなわち, 「(X1 ) の日常言語 vs. (♯1 ) の日常言語」を議論するつもりはない.なぜならば, 日常言語に関わる議論を極力避けるのが,本書の一貫した方針だったはずだからである.


第8章

234

二元論的観念論の系譜の中で

(♯4 ) 「数学」, 「物理学」, 「善」, 「正義」, 「愛」, 「自由」, 「芸術」, 「進化論」, 「DNA」, 「インターネット」, 「民主主義」, 「経済」, 「環境」,・ ・ ・ すなわち, 小中高の教育で習ったすべてのこと及びその延長の専門分野の言葉・概念 や理論も,日常言語を豊かにしている と考える.そうならば,(♯4 ) の各々や測定理論を比較したくなる.この比較はあ る程度は可能で,上述のように, 「言語の発展 ∝ 文明の発展」と思うならば, 比例

(♯5 ) あらゆる学問のすべての研究は, 「言語をどれだけ豊かに強力にしたか?」 という尺度で評価される と考えることはかなり公平と思うからである.測定理論は,言語を豊かにした が,それだけではなくて,たとえば, カント,フィッシャー,ウィトゲンシュタイン,フォン・ノイマン 等の言葉を揺り動かして,更に強力にした.また,この尺度 (♯5 ) は「本書の重 要さの基準」─「スペース・コロニーの建設・定住にどれだけ役に立つか?」す なわち, 「人類が生き残るためにどれだけ役に立つか?」─と殆ど同じと考える.


第 IV 部

諸科学への応用


237

第 9 章 平衡統計力学 本書の目的は,

(♯1 ) 測定理論という形而上学的科学言語 (=言語的科学言語) で,現象を記述して, 諸科学という形而下学を構成するという精神を確立すること であった.それならば,測定理論が,実際に諸科学を記述できることを示す必要が ある.そう考えて,本章を加えた.諸科学として何を選んでもよかったが,平衡統 計力学 (=熱力学の基礎理論) を選んだ理由は,もちろん,平衡統計力学が最も成 功した諸科学の一つだからである.また,次の問題:

(♯2 ) 平衡統計力学がニュートン力学から導出されるべきものだとして, 「確率概念」 を持たないニュートン力学から,なぜ「確率概念」が生じたのだろうか? は未解決問題だからである.なお,本章では,平衡統計力学の予備知識を仮定しな い.また,9.3 節では,ここまで何回も繰り返している本書の主張:

(♯3 ) 量子力学は,測定理論の最大の応用例 を説明する.

9.1

平衡統計力学─熱力学の基礎

平衡統計力学と言っても,本章では,特に難しいことをするわけではない.高 校物理で習う理想気体の状態方程式

P V = nRT 程度のことである.ここで,P は気体の圧力,V は気体が占める体積,n は気体 の物質量(モル数),R は気体定数,T は気体の絶対温度である.


第9章

238

平衡統計力学

平衡統計力学の通常の解釈─動的システム理論・統計学による方法 (9.2 節 (b)) ─は,ボルツマン以来の伝統の下に, 「等確率の原理1 」を基礎としているが (cf.

[24]),この解釈は測定理論では理解できない.そうならば,本書の立場 3.5,す なわち, 測定理論で記述されていない理論を,測定理論で記述する に従うしかない. 本章の提案は,平衡統計力学を測定理論の言葉で記述する方法 (cf. [5, 10]) で, 平衡統計力学 (測定理論による新しい方法)

平衡統計力学

vs.

(動的システム理論・統計学による従来の方法)

を議論する.もちろん,この「vs.」は本章だけで結論を出せるようなことでは ないが,将来的には決着されなければ問題と考える.

9.1.1

平衡統計力学の力学的側面─エルゴード仮説

ある箱 ( たとえば,一辺が約 30cm の立方体) の中に,約 N (+1024 ) 個の同一 粒子 (たとえば,水素分子) が入っていて,各粒子が乱雑に運動している.この 1 – ⃝ 4 を観察したとする2 . とき,次の現象⃝ 1 粒子たちの運動はニュートンの運動方程式に従う. ⃝ 2 どの粒子もいろいろな場所を動いて,満遍なく運動する.たとえば,ある ⃝

粒子が,いつも箱の端っこに居続けるようなことはない. 3 どの粒子も時間的な統計的挙動は同じである. ⃝

1「等確率の原理」は, 「等重率」と言うことも多いが,これと定理 6.21 の等重率とを区別したい. したがって,本章では, 「等重率」と言わないで, 「等確率の原理」と呼ぶ. 2 この⃝ 1 –⃝ 4 は,ボルツマンの衝突数の仮説 ( L. Boltzmann: Vorlesungen u ¨ber Gastheorie, 1895, J Ambrosius Barth, 1923 年版) からヒントを得た.


9.1. 平衡統計力学─熱力学の基礎

239

4 任意のいくつかの粒子たちの時間的な統計的挙動は独立,すなわち,ある ⃝

粒子と別の粒子の動きは連動しない. 2 – ⃝ 4 は日常言語の文言で,気分を言っているに過ぎないが,⃝ 1 – ⃝ 4 の 上の⃝

いずれもそれなりに納得できると思う.以下に, 2 – ⃝ 4 を測定理論の言葉で記述する (a) ⃝

ことを考える. 2 – ⃝ 4 本章では,平衡統計力学の予備知識を仮定しない.したがって,上の⃝

について,次の注釈の中で「喩え話」を補足しておく.

2 – ⃝ 4 を簡単な「喩え話」で説明しよう.100 人の幼稚園児が幼稚園 ♠ 注釈 9.1. ⃝ の庭で,1 時間の昼休みに,ブランコ,滑り台,砂遊びをするとしよう.ただし, ブランコ,滑り台,砂場はどれも十分あって順番待ちの時間はないとする.このと 2 – ⃝ 4 は次のような「喩え話」になる. き,⃝ 2 どの園児も,飽きっぽくて,次々と遊びを変える.たとえば,ある園児は, ⃝

(♯)

ブ → 滑 → 砂 → 滑 → ブ → 滑 → ブ → 砂 → ブ (5 分)

(3 分)

(6 分)

(7 分)

(9 分)

(8 分)

(9 分)

(6 分)

(7 分)

のように遊ぶ.すなわち,昼休み中ブランコだけで遊んでいる園児はいない. 3 どの園児も同じ嗜好性を持っている.したがって,3 つのそれぞれの遊びの ⃝ 合計時間は,どの園児も同じである.たとえば,どの園児も  30 分  ブランコで遊んだ時間の合計 滑り台で遊んだ時間の合計 18 分  砂場で遊んだ時間の合計 12 分

である. 4 どの園児も, ⃝ 「ほぼ独立自尊」の精神で遊んでいる.すなわち,他の園児の遊 びに影響されることはほとんどない.たとえば,仲良し同士で,ブランコを して,次に滑り台というようにグループ行動しない. 2 ⃝ 4 をイメージして以下を読めばよい. この⃝–


第9章

240

平衡統計力学

1 について ⃝

ニュ−トン力学では,一粒子の状態は,(x 軸方向の位置, y 軸方向の位置,

z 軸方向の位置, x 軸方向の運動量, y 軸方向の運動量, z 軸方向の運動量) = (q1 , q2 , q3 , p1 , p2 , p3 ) ∈ R6 で表される.したがって,箱の中に,約 N (+1024 ) 個 の粒子が入っていると仮定したのだから,箱の中の粒子たちの状態は,6N 次元 ( ) 空間 R6N 内の点 (q, p) =(位置, 運動量) = (q1n , q2n , q3n , p1n , p2n , p3n )N で n=1 表現される. エネルギー関数 ( ハミルトニアン) H : R6N → R を H = [全運動エネルギー]

+ [全相互ポテンシャルエネルギー U ],すなわち, ( ) H (q1n , q2n , q3n , p1n , p2n , p3n )N n=1 = [

N ∑ ∑

n=1 k=1,2,3

(pkn )2 ]+U ((q1n , q2n , q3n )N n=1 ) 2 × 粒子の質量

とする.全エネルギーを E > 0 として,ハミルトニアン H の等エネルギー面 ΩE を,ΩE (= {(q, p) ∈ R6N | H(q, p) = E}) で定めて3 ,これを状態空間とする. ハミルトニアン H の下におけるニュートンの運動方程式,すなわち,ハミル トンの正準方程式:

∂H dpkn =− , dt ∂qkn

dqkn ∂H = , dt ∂pkn

(k = 1, 2, 3, n = 1, 2, . . . , N )

(9.1)

が生成する決定因果写像列を ϕE t1 ,t2 : ΩE → ΩE (−∞ < t1 5 t2 < ∞) とする. 4 すなわち,ϕE t1 ,t2 (q(t1 ), p(t1 )) = (q(t2 ), p(t2 )) とする .ハミルトニアン H(q, p)

は時変数を持たない (すなわち,H(q, p, t) という形ではない).したがって,定 E 常性があって,ψ E t2 −t1 = ϕt1 ,t2 と置いて考えた方が簡単になるので,以下の議論

では,ψ E t2 −t1 を使う. 3

当然,ΩE はコンパクト集合となる. 本章では,決定因果写像列 {ϕE t1 ,t2 : ΩE → ΩE }−∞<t1 5 t2 <∞ を多用するが,ハイゼンベ ルグ描像の決定因果作用素列 {ΦE t1 ,t2 : C(ΩE ) → C(ΩE )}−∞<t1 5 t2 <∞ でも同値の議論ができ ることは言うまでもない. 4


9.1. 平衡統計力学─熱力学の基礎

241

等エネルギー面 ΩE 上の測度 νE を次のように定める:

∫ νE (B) =

|∇H(q, p)|−1 dm6N −1

(∀B ∈ BΩE : ボレル集合体 (付録 B.5 節 (A)))

B

ここに,|∇H(q, p)| = [

N ∑

∂H 2 ∂H 2 1/2 {( ∂p ) + ( ∂q ) }] ,また,dm6N −1 は kn kn

n=1 k=1,2,3

R6N −1 内の通常の測度 (ルベーグ測度) とする.このとき,リューヴィルの定理 (cf. [30]) より, νE (S) = νE (ψtE (S))

(0 5 ∀t < ∞,

∀S ∈ BΩE )

(9.2)

が成立する.

2 について ⃝

箱の中の N 個の粒子のうちの一つの粒子 a1 を考えて,Sa1 = {ω ∈ ΩE | ω は粒子 a1 が箱の端っこにいる状態 } としよう.当然,Sa1 ( ΩE となる.また, もし ψtE (Sa1 ) ⊆ Sa1 (0 5 ∀t < ∞) とすると,粒子 a1 がいつも端っこに居続け 2 に反する.したがって,⃝ 2 は次を意味すると考える: ることに���って,⃝ 2 ⃝ [エルゴード性]: コンパクト集合 S(⊆ ΩE , S ̸= ∅) が,ψtE (S) ⊆ S (0 5 ∀t <

∞) を満たすならば,S = ΩE が成り立つ. である. このとき,エルゴード定理 (cf. [29] ) から,νE を正規化して (すなわち,

νE = ∫

νE νE (ΩE )

とおいて),次が言える:

1 f (ω)ν E (dω) = lim T →∞ T Ω

((状態) 空間平均)

T

f (ψt 0 (時間平均)

E

(ω0 ))dt

(∀f ∈ C(ΩE ),

∀ω0 ∈ ΩE ) (9.3)


第9章

242 ∫ 以後,T は十分大きいとして,

f (ω)ν E (dω)+ Ω

mT (dt) =

dt T

1 T

平衡統計力学

T

f (ψtE (ω0 ))dt とする. 0

とおいて,上の意味で,確率空間 ([0, T ], B[0,T ] , mT ) を (正規) 第

1 滞在時間空間,確率空間 (ΩE , BΩE , ν E ) を,(正規) 第 2 滞在時間空間と呼ぶ5 .

3 と⃝ 4 について ⃝

DN = {1, 2, . . . , N (+1024 )} とする.各 k (∈ DN ) に対して,写像 Xk : ΩE (⊂ R6N ) → R6 を次のように定める: Xk (ω) = Xk (q, p) = Xk ((q1n , q2n , q3n , p1n , p2n , p3n )N n=1 ) = (q1k , q2k , q3k , p1k , p2k , p3k ) 6N ( ∀ω = (q, p) = (q1n , q2n , q3n , p1n , p2n , p3n )N )) n=1 ∈ ΩE (⊂ R (·)

また,任意の部分集合 D (⊆ DN ={1, 2, . . . , N (+1024 )}) に対して,写像 RD

: ΩE (⊂ R6N ) → M+1 (R6 ) を,点測度 δ(·) (∈ M+1 (R6 )) (付録 B.5 節 (C)) を用 いて,次のように定める: (q,p)

RD

=

1 ∑ δXk (q,p) ♯[D]

(∀(q, p) ∈ ΩE (⊂ R6N ))

k∈D

ここに,♯[D] は集合 D の要素の個数とする. 状態 ω0 (∈ ΩE ) を任意に固定する.各 n (∈ DN ) に対して,関数 Ynω0 : [0, T ] →

R6 を Ynω0 (t) = Xn (ψtE (ω0 ))

(∀t ∈ [0, T ])

5 「確率空間」は数学用語で,全体の測度が 1 の測度空間のことであって (ここでは,m ([0, T ]) = T ν E (ΩE ) = 1), 「確率概念」と関係する必要はない.ここでも, 「(正規) 滞在時間」は,ニュートン 力学からの帰結であって, 「確率概念」とは関係しない.測定理論の精神「測定なくして,確率なし (第 1 章のコペンハーゲン解釈 (U5 )) 」を思い出して欲しい. 」


9.1. 平衡統計力学─熱力学の基礎

243

で定義して,{Ynω0 }N n=1 を確率空間 ([0, T ], B[0,T ] , mT ) 上の確率変数列 (すなわ 3 と⃝ 4 はそれぞれ次を意味すると考える. ち,関数列) と見る.⃝ 3 ⃝ {Ynω0 }N n=1 は「だいたい」同一分布をもつ.すなわち,次を満たすような

ρE ∈ M+1 (R6 ) が存在する: mT ({t ∈ [0, T ] : Ynω0 (t) ∈ Ξ})+ρE (Ξ)

(∀Ξ ∈ BR6 , n = 1, 2, . . . , N )

4 ⃝ {Ynω0 }N 「だいたい」独立,すなわち,1 5 ♯[D0 ] ≪ N ( つまり, n=1 は, ♯[D0 ] N

+ 0 ) を満たす任意の D0 ⊂ {1, 2, . . . , N (+1024 )} に対して6 , mT ({t ∈ [0, T ] : Ykω0 (t) ∈ Ξk (∈ BR6 ), k ∈ D0 }) +

×

k∈D0

mT ({t ∈ [0, T ] : Ykω0 (t) ∈ Ξk (∈ BR6 )})

1 とする.したがって,弱大数の法則から7 ,1 ≪ ♯[D0 ] ≪ N (すなわち, ♯[D + 0]

0+

♯[D0 ] N

) として,ほとんどの時刻 t (∈ [0, T ]) で 1 ∑ δY ω0 (t) +ρE k ♯[D0 ]

3 と⃝ 4 より)) (∀ω0 ∈ ΩE , (⃝

(9.4)

k∈D0

を得る.

6 たとえば,典型的な例として,粒子の平均速度=5 × 102 m/秒, 平均自由行程=10−7 m と思っ て,T = 数秒,♯[D0 ]+1010 ≪ 1024 ぐらいとすれば,♯[D0 ] 個の粒子同士は滅多に衝突しないの で, 「だいたい」独立である.したがって,(9.3) 式の T を宇宙の年齢ぐらい長い時間─永劫回帰時 間─と思う必要は決してない (cf. [10]). 7 注釈 2.16[弱大数の法則] と同様に,任意の Ξ ∈ B R6 に対して,

mT ({t ∈ [0, T ] : |(

∑ 1 δ ω0 )(Ξ) − ρE (Ξ)| = ε}) ♯[D0 ] k∈D Yk (t) 0

=mT ({t ∈ [0, T ] : |

♯[{k ∈ D0 | Ykω0 (t) ∈ Ξ}] ♯[D0 ]

− ρE (Ξ)| = ε}) 5

1 4ε2 ♯[D0 ]

これは,数学の定理なので, 「確率概念」と関係してもしなくてもかまわないことに注意せよ.ただ し,ここでも,(注釈 2.17 とは別の意味で) 「なぜ大数の法則が役に立つのか?」を答えたことに なっていることに注意せよ.


第9章

244

平衡統計力学

ここで,次に注意しておこう 「 ( 定義関数χ ∈ / C(ΩE )」であるが,(9.3) 式の中 で f を χ と置き換えても良いので).

mT ({t ∈ [0, T ] : Ykω0 (t) ∈ Ξk (∈ BR6 ), k ∈ D0 }) =mT ({t ∈ [0, T ] : Xk (ψtE (ω0 ) ∈ Ξk (∈ BR6 ), k ∈ D0 }) =mT ({t ∈ [0, T ] : ψtE (ω0 ) ∈ ((Xk )k∈D0 )−1 ( =

1 T ∫

×

Ξk )})

k∈D0

T 0

+ ΩE

χ((X

k )k∈D0 )

×

−1 (

χ((X

−1 ( k )k∈D0 )

( =ν E ((Xk )k∈D0 )−1 (

×

k∈D0

k∈D0

×

Ξk )

Ξk )

Ξk )

(ψtE (ω0 ))dt

(ω)ν E (dω)

)

k∈D0

特に,D0 = {k} として,

mT ({t ∈ [0, T ] : Ykω0 (t) ∈ Ξ})+(ν E ◦ Xk−1 )(Ξ)

(∀Ξ ∈ BR6 )

(9.5)

が成立する. 3 と⃝ 4 を,{Xn }N 以上の準備の下で,日常言語の文言⃝ n=1 の言葉で書くと以下

のようになる.

3 と⃝ 4 ] 仮定 9.1. [ ⃝

DN = {1, 2, . . . , N (+1024 )} とする.H, E, νE , ν E ,

3 と⃝ 4 は次を意味する. Xk : ΩE → R6 は上述の通りとする.このとき,⃝

(b) {Xk : ΩE → R6 }N k=1 は,次の (♯) の近似的な意味で,同一分布をもつ独立 な確率変数列である.すなわち,

(♯)

次を満たす ρE (∈ M+1 (R6 )) が存在する.

⊗ k∈D0

ρE (=「直積測度」)+ν E ◦ ((Xk )k∈D0 )−1


9.1. 平衡統計力学─熱力学の基礎

245

(∀D0 ⊂ {1, 2, . . . , N (+1024 )},しかも,1 5 ♯[D0 ] ≪ N とする). (q,p)

また,状態 (q, p)(∈ ΩE ) は,RDN +ρE を満たすとき,平衡状態 (equilibrium

state) と呼ばれる. ここで,次の定理を得る: 定理 9.2. [エルゴード仮説 (ergodic hypothesis)]8 . ほとんどの時刻 t で, (q(t),p(t))

RDN

+ν E ◦ Xk−1 ( +ρE ) (k = 1, 2, . . . , N (+1024 ))

(9.6)

が成立する.すなわち,0 5 mT ({t ∈ [0, T ] : (9.6) が成立しない }) ≪ 1,つま り, 「平衡状態でないような時間帯」は無視できる. 証明

1 ≪ N0 (+♯[D0 ]) ≪ N (+1024 ),k ∈ {1, 2, . . . , N (+1024 } とする.仮定

9.1 から,大数の法則 (9.4) より,次が成り立つ: (q(t),p(t))

RD0

+ν E ◦ Xk−1 ( +ρE )

( ほとんどの時刻 t で)

DN の分割 {D(1) , D(2) , . . . , D(L) } を考える (すなわち,DN =

∪L l=1

(9.7)

D(l) ,D(l) ∩

D(l′ ) = ∅ (l ̸= l′ ) ).ここに,♯[D(l) ]+N0 (l = 1, 2, . . . , L) とする.(9.7) より, 各 k (= 1, 2, . . . , N (+1024 )) に対して, L ∑ (q(t),p(t))

RDN

=

l=1

(q(t),p(t))

[♯[D(l) ] × RD(l) N

]

L ∑

[♯[D(l) ] × ρE ] + l=1 +ν E ◦ Xk−1 ( +ρE ) N (9.8)

が,ほとんどすべての時刻 t で,成り立つことがわかる. この定理は次のことを主張している: 8 通常の解釈では,等確率の原理から始めるので, 「エルゴード」という言葉は, 「等確率の原理」 「エルゴード仮説」をこ や「(9.3) 式」の意味やいろいろな意味で使われている.しかし,本書では, 2 の「エルゴード性」を「エルゴード仮説」 の定理および系 11.10 の意味と解釈する.また,条件⃝ と呼ぶこともあるが, 本書では区別する.


第9章

246

平衡統計力学

系 9.3. [エルゴード仮説] ほとんどすべての時刻 t での N (+1024 ) 個のすべての粒子の

(位置,運動量) の分布 =(9.6) の左辺 + (9.6) の右辺 + (9.5) の右辺 + (9.5) の左辺 = 任意の一つの粒子の (位置,運動量) の時間的挙動の意味での分布

♠ 注釈 9.2. この系 9.3 を,注釈 9.1 の幼稚園の例で喩えてみれば,昼休みのほとん どの時刻で,  30 × 100/60 = 50 人  ブランコで遊んでいる園児の人数 滑り台で遊でいる園児の人数 18 × 100/60 = 30 人  砂場で遊んでいる園児の人数 12 × 100/60 = 20 人 となる.たとえば,最初は,幼稚園児全員が,ブランコで遊んでいたとしても,直 ちにこのような状態 (すなわち, 「比が,[5 : 3 : 2] の状態」) に落ち着くことになる.

♠ 注釈 9.3. 状態 (q, p)(∈ ΩE ) のエントロピーを H(q, p) = C log[νE ({(q ′ , p′ ) ∈ (q,p) (q ′ ,p′ ) ΩE | RDN +RDN )})] と定める. ここに, C = [ボルツマン定数]× ([プランク定数]3N N !)−1 ). とする. ΩE 内のほとんどの状態が平衡状態なので,どんな初期状態 (q, p) から スタートしても,直ちに平衡状態に落ち着いて,そのエントロピーは,最大値の C log νE (ΩE ) になる.したがって,エントロピー増大則を, 「目的因 (6.1 節)」と は見なさない.

9.1.2

平衡統計力学の確率的側面─確率とは,壷問題のことなり

前節 (9.1.1 節) の議論では, 「確率概念」に関わらなかったことに注意せよ.こ こからは,平衡統計力学の確率的側面について考えよう.もちろん,本章の冒頭 の「要旨」の問題 ( ♯2 ) で述べたこと,すなわち,

(a) 平衡統計力学がニュートン力学から導出されるべきものだとして, 「確率 概念」を持たないニュートン力学から,なぜ「確率概念」が生じたのだろ うか?


9.1. 平衡統計力学─熱力学の基礎

247

が我々の興味であるが,測定理論は「確率概念」─言語ルール 1(測定;2.2 節) ─ を持っているので,この (a) は意外と簡単に解答できる. 箱の中の N (+1024 ) 個の水素分子の (位置,運動量) の比を考えることも,壷 問題 (壷の中の球の「白・黒の比」) を考えることも同じと考える (注釈 9.2 でも, 園児の問題として既に「比」は考えた).すなわち,前節の結論は,

(b) 箱の中で,N (+1024 ) 個の粒子が運動しているとき,ほとんどすべての時刻 t で, 「(位置, 運動量) ∈ Ξ(∈ R6 )」であるような粒子の個数は,ρE (Ξ) × N である. であった. ここで,C(ΩE ) 内の観測量 O = (R6 , BR6 , F ) を次のように定める:

( ♯[{k | X (q, p) ∈ Ξ}] ) k (q,p) [F (Ξ)](q, p) = [RDN ](Ξ) = ♯[DN ] (∀Ξ ∈ BR6 , ∀(q, p) ∈ ΩE (⊂ R6N )) ここに,♯[DN ] (= N +1024 ) は非常に大きいので,F (Ξ) ∈ C(ΩE ) と考えてよい. よって,時刻 t における測定 MC(ΩE ) (O=(R6 , BR6 , F ), S[(q(t),p(t))] ) ─すなわち,

N 個の粒子の中から,1 つの粒子を選んで,その (位置, 運動量) を測定すること ─を得る.もちろん,言語ルール 1(測定 (2.2 節)) により,ほとんどすべての時 刻 t で,

(c) 測定 MC(ΩE ) (O=(R6 , BR6 , F ), S[(q(t),p(t))] ) により得られる測定値が Ξ(∈ BR6 ) に属する確率は ρE (Ξ) で与えられる. となる.また,決定因果写像 ψtE : ΩE → ΩE によって定まる決定因果作用素を E ΨE t : C(ΩE ) → C(ΩE ) とすれば,明らかに Ψt O = O が成り立つ.したがって,

時刻 t1 , t2 , . . . , tk , . . . , tn における測定 MC(ΩE ) (O, S[(q(tk ),p(tk ))] ) たちを考えると しても, 同時測定 MC(ΩE ) (On , S[(q(0),p(0))] ) を考えればよい.


第9章

248

平衡統計力学

♠ 注釈 9.4. 世界記述に 2 つの分類 (第 1 章の (O)) ─実在的方法 (物理学) と言語 的方法 (諸科学) ─を考えるのが本書の提案である.そして,本章の議論では,測 定理論という言語体系 (「言葉が先,世界が後」) を初めに決めておいて,それで, 1 ⃝ 4 という事実 (=世界) を記述して, 9.1.1 節の⃝– 「平衡統計力学」という形而下学 を構築した.したがって,平衡統計力学は,言語的記述法によって構築された諸科 学の一つとなる.

9.2

平衡統計力学における「動的システム理論 vs. 測 定理論」

平衡統計力学とは, 「[ニュートン力学]+ [α]」から熱力学を導出すること,す なわち,ニュートン力学と熱力学との辻褄あわせをするための理論である.ただ し, 「α」にはいろいろな候補が考えられる. 本章の方法 (測定理論による方法) は, (6.4 節)

(a)

平衡統計力学 (純粋測定理論による方法)

(2.2 節)

:= 言語ルール 2(因果関係) + 言語ルール 1 (壷問題と同様) 1 と仮定⃝– 2 ⃝ 4 ) (ニュートン方程式⃝

となる.確率測度 ν E は,(正規) 滞在時間で,ニュートン力学からの帰結なの で, 「確率概念」とは関係しない. 「確率概念」は,前節で行なったように言語ルー ル 1(測定 (2.2 節)) で処理すればよい.すなわち,平衡統計力学 (a) の確率は,壷 問題 (例 2.10) の確率と同じである. 一方,通常の方法 (動的システム理論・統計学による方法 (cf. [24])) は,

(b)

平衡統計力学 (動的システム理論による方法)

:=

ニュートン力学 1 と仮定⃝ 2 (ニュートン方程式⃝

+ 等確率の原理 (ν の「確率解釈」)

( で,確率測度 ν E に確率解釈を添付する方法 =「等確率の原理」,すなわち, (ΩE , BΩE , ν E ) を,サンプル確率空間 (または,試行 ( 4.1.2 節 (A3 ) )) と見な ) す方法 である.日常言語の数量的文言として,何となく「確率」という言葉 を使ってよいならば,(b) は,その許容範囲内かも知れない.しかし,この方法


9.2. 平衡統計力学における「動的システム理論 vs. 測定理論」

249

(b) は,古典純粋測定理論では理解できない.また,実験家が,精密混合測定 MC(ΩE ) (O(e) , S[∗] (ν E )) を実際に行っているなどということはあり得ないと信じ る.更に,(b) では,数個の粒子から成る系でも,平衡統計力学が成立してしま うことになって,不自然である.すなわち, 平衡統計力学 (b) は,日常言語の中に埋没した意味不明な数量的文言の羅 列で,熱力学との辻褄合わせとしては強引すぎる と考える. 測定理論の主張は, 「測定理論なくして,確率なし」であって,滞在時間空間が 数学的確率空間の条件を満たしたとしても,それと「確率概念」を結びつける理 由はない.しかし,平衡統計力学 (b) は,長年の歴史を経て今日に至っているの で,簡単に却下できるような話ではない. 「(a) vs. (b)」は,本章だけの議論で決 着したわけではなくて,今後の課題であるが,本書では (a) を主張して,平衡統 計力学 (b) を疑わしい理論と考える (注釈 1.4 参照).

♠ 注釈 9.5. 平衡統計力学を, 「初めに熱力学という結論ありき」として,ニュートン 力学との数学的辻褄合わせと見るならば,いろいろな辻褄合わせが可能であるが, 複数の平衡統計力学があるという意見には賛成しない.上の「(a) vs. (b)」は決着 されるべき問題と考える.もちろん,(a) と (b) 以外の別の提案があってもよい. 本書の主張は,ウィトゲンシュタインの「言語が世界を構成する ( 8.1 節 (m) )」を 真似して言えば, 測定理論で記述すると決めたのだから,それで記述されたものが「平衡統計 力学の世界」である. となる.もちろん,他の諸科学も測定理論で書き換える作業が進めらるべきであ る9 .

9 たとえば,測定理論による「計量心理学の世界」は, 「Kikuchi, K., Ishikawa, S. Psychological testsS9.2 in measurement theory, Far east journal of theoretical statistics Vol.32(1) 81–99 (2010)」を見よ.


第9章

250

9.3

平衡統計力学

量子力学は,物理学か? 工学か?

前節では,平衡統計力学を諸科学の一つと考えた.本節では,これを更に推し 進めて, 量子力学は物理学か? 諸科学 (= 工学) か? を議論する. もちろん,量子力学を物理学でないなどと言えば常識を疑われるだろう.しか し,アインシュタインは終生量子力学に懐疑的であったわけで ( cf. [26]),すく なくとも,量子力学は, 「アインシュタインの物理学」ではなかったと言える.測 定理論にとっても, 「量子力学は物理学ではなくて,諸科学の一つ」と考えた方 が都合がよい.以下にその理由を述べるが,結局,フォン・ノイマンの仕事「量 子力学の数学的基礎 [28];(1932)」についての議論になるので,フォン・ノイマン ─ 20 世紀で最も頭の良かった男─の天才ぶりについて,インターネット等で検 索してから,以下を読むことを推奨する. 第 1 章 (Y) の測定理論の分類を次のように考え直す:  量子的ミクロな現象  量子測定理論 −−−−−−−−−−−→ (量子力学 (= 量子工学))    諸科学の構築  (言語的科学言語) (a) 測定理論 (一般量子力学)   日常的スケールの現象   ・ ・)  古典測定理論 −−−−−−−−−−−−→ (統計力学,経済学,・ (言語的科学言語)

諸科学の構築

すなわち,量子測定理論を物理学と考えないで,言語的科学言語と見なす立場 で,すなわち, 「お経・呪文」と見なし ボルンの量子測定理論 [言語ルール 1; 3.1.1 節] を, て,言語的科学観を主張する 流儀である.


9.3. 量子力学は,物理学か? 工学か?

251

測定理論 ( = [量子測定理論] + [古典測定理論] ) という言語的科学言語が初め にあって,それでミクロな世界の法則を記述した理論 (諸科学の一つ) を量子力 学と考える立場で,この立場では,量子力学は諸科学の一つ─本書の造語かもし れないが,量子工学─となる. こう考えていいならば,すなわち,(a) のように,量子測定理論が「物理学」で なくて「言語」と思っていいならば,コペンハーゲン解釈 (第 1 章の (U1 )–(U7 ))) がトンデモ理論 (3.3 節) であることも許せる.と言うよりも,

(b) コペンハーゲン解釈は, 「物理学」のものではなくて, 「言語 (測定理論)」の ためのものである と著者は考えている (注釈 3.6). 量子力学の数学的定式化は,フォン・ノイマンによって「量子力学の数学的基 礎 [28];(1932)」─ヒルベルト空間による量子力学の定式化─の中で行なわれた. そうだとして,次の (c) は,立ち止まって考えるべきところである.すなわち,

(c) ニュートン力学,電磁気学,相対性理論等の物理学は,微分幾何学という 数学で定式化されるのに,なぜ,量子力学はヒルベルト空間という数学で 定式化されるのか? 量子力学は本当に物理学なのか? である.異なった数学で定式化されるとしたら,異なったカテゴリーの世界記述 法と考えるは自然で,そうならば,世界記述において,    [実在的方法]: 物理学は,微分幾何学という数学で

 

[言語的方法]: 言語的科学言語は,ヒルベルト空間論という数学で

定式化されるべきものではないだろうか? と考えたくなる.


第9章

252

平衡統計力学

このように考えて,本書では,フォン・ノイマンは, 「量子力学の数学的基礎

[28]」の中で,量子力学 (という物理学) の定式化だけではなくて,もう一つ別の 大きな仕事,すなわち,

(d)

量子力学の言語的側面の定式化 (すなわち,(a) の量子測定理論)

を提案したと考える.[28] は,物理学の本としてではなくて,言語的記述法の本 としても読めるように書かれていると思うからである. したがって,上の繰り返しになるが,

(e) 測定理論は,実質的には,[28] の中で提唱された.すなわち,量子力学と いう物理学を提唱したのは,ハイゼンベルグ,シュレーディンガー,ボル ンであるが,量子力学の言語的側面の定式化を行なったのはフォン・ノイ マンである と考える.第 1 章 (B) の直前に, 「法則を宣言するには,それ以前に,その法則 を記述するための言語が用意されていなければならない」と書いたが,実際の歴 史はすこし複雑で,次のように訂正して書くべきで, ハイゼンベルグ等は,不完全な言語で, 「量子力学の法則」を記述した.そ して,不完全な言語を完全にしたのが,フォン・ノイマンである となる. そうならば,フォン・ノイマンの主張は,ことわざ化 [第 1 章 (M2 )],つまり, (言葉は実体と結び付いている)

(f1 ) [第 1 章の (M2 )]:

量子力学 (物理学)

(言葉は実体とは独立) ことわざ化

−−−−−−−−−−→ 物理法則の形骸化

測定理論 (科学言語)

の逆の「ことわざの使用」で,すなわち, (言葉は実体と結合)

(f2 )

量子工学 (諸科学・工学; 形而下学)

(言葉は実体とは独立) ことわざの使用

←−−−−−−−−−−−−−−−− 量子力学という諸科学の構築

測定理論 (科学言語;形而上学)


9.3. 量子力学は,物理学か? 工学か?

253

と解釈することもできる.すなわち,(a) の再記になるが,

(g) 測定理論 という言語で, (一般量子力学)

  (g1 ):量子現象を記述した理論が,量子力学という諸科学 (即ち量子工学)  

(g2 ):日常的な現象を記述した理論が,普通の諸科学 (例えば平衡統計力学)

と考えて,量子力学 (すくなくとも,[28] のコペンハーゲン解釈に基づく量子力 学) は,物理学ではなくて,諸科学の一つ─量子工学─と見ることができる (注 釈 3.6 参照).この (g1 ) は,フォン・ノイマン [28] の意図でないかもしれないが, 本書では,こう考えたい. 以上が, 「まえがき」の図 1 ( または,図 8.2) の中の「量子力学の分岐」

量子力学 − →

(h)

 (言語的) コペンハーゲン解釈   − → (a) に続く   量子力学 (1) −−−−−−−−−−→ 測定理論 −  (物理的)    量子力学 (2) −−−−−−−→ 万物の理論 (未完)

の理由である.そうならば,

(i) 第 3 章で説明した量子力学 (すなわち,大学で普通に教えられている量子 力学) は, 「量子力学 (2)」でなくて,量子工学である.すなわち, [量子工学] = [コペンハーゲン解釈に基づく量子力学] と考えたくなる.そうだとしたら, 「測定理論=諸科学の言語;( 8.1 節 (m) )」 から,

(j) コペンハーゲン解釈 [(U1 )–(U7 )] は,本来は,(量子力学のものではなく て) 工学・諸科学の理解のための普遍的教条である と結論したくなる.

♠ 注釈 9.6. 「上の (f1 ) か? (f2 ) か?」は水掛け論かもしれないが,いずれにして も次の (♯1 ) か (♯2 ) かのどちらかは主張できる: (♯1 ) (f2 ) ならば,量子力学 (=量子工学) と平衡統計力学は,測定理論の最大級の 応用例である.


第9章

254

平衡統計力学

(♯2 ) (f1 ) ならば,測定理論は量子力学の最大級の応用例である.非物理学的な特 異な応用であるにしても,諸科学の広大さを考えれば (すなわち,科学のほ とんどは諸科学なのだから), 「最大級」の形容は許されるだろう. と考える.もちろん,本書の立場では (♯1 ) を主張すること─すなわち, 「量子力学 よりも,むしろ,測定理論の方が根源的である」(第 1 章の [脚注 1]) ─になる.

♠ 注釈 9.7. フォン・ノイマンの「量子力学の数学的基礎 [28]」はいろいろな読み方 ができる本で,たとえば,  0 : 数学 (ヒルベルト空間) の本, ⃝    (数学)         ⃝ 1 : 量子力学 (コペンハーゲン解釈) の経典 (実在的科学観) (♯1 )       2 : 量子測定理論 (コペンハーゲン解釈) の経典と ⃝    (言語的科学観)   その応用としての量子工学 1 の読み方は多分フォン・ノイマンが意図した方向の読み方で,当 として読める.⃝ 0 の読み方も数学─ヒルベルト空間論,作用素代数─の発展 然ながら大成功した.⃝ 0 と⃝ 1 (特に,⃝ 1 ) の観点から [28] を大きく促した.数学と物理学の権威の下に,⃝ を評価して, 「偉大な業績 (量子力学のバイブル)」と結論するのが常識的かもしれ ない.しかし, 2 が本筋で,この方が [28] を更に大きく評 (♯2 ) 本書では,[28] の読み方としては⃝ 価できる

と考える.その理由は,(a)(=第 1 章 (Y) の修正案) を再記すると,  量子測定理論 ・ ・ ・フォン・ノイマン   (言語的科学言語) 

(♯3 ) 工学理論 = 測定理論

(一般量子力学)  

・ ・フィッシャー (第 4, 7 章)  古典測定理論 ・ (言語的科学言語)

と書けるからである.すなわち,工学と一口に言っても,広大で,両極の天才を書 くならば, エジソン (発明王) からフォン・ノイマン (量子工学の経典 [28] の提唱者) まで 幅広い分野であるが,理論面 (すなわち,上の (♯3 ) ) だけに話を絞るならば,注 6 「強きもの vs. 弱きもの」において, 釈 2.9 の⃝ アインシュタイン (20 世紀最大の理論物理学者)

vs.

フォン・ノイマン (または,フィッシャー)10 (20 世紀最大の理論工学者)

10 「理論工学者」という語は,本書の造語かもしれないが,ここまで読み進めてきた読者にこれ を説明するのはヤボだろう.


9.3. 量子力学は,物理学か? 工学か?

255

と書けるからである.フォン・ノイマンの仕事は多岐にわたっているが,いつも 2を 「弱きもの (2.4.1 節)」に味方をする立場であったと思うからで,そうならば,⃝ [28] の本筋の読み方としたい11 .

11 第 8 章以降,カントとフォン・ノイマンについては,フィクションを交え過ぎたかもしれない が,測定理論 (本書全体のフィクション) との整合性のためで,賢明な読者ならば通説との比較の中 で「フィクション」を楽しんでもらいたい.


第V部

古典測定理論─有界・純粋型


259

第 10 章 言語ルール 1 (有界型) ─ 測定 古典測定理論は次のように分類される (第 1 章 (Y)): { 連続型測定理論 (第 II 部) 古典測定理論 有界型測定理論 (第 IV 部) 連続型測定理論は基本的であるが,精密測定が一般には存在しない.これを定式化 するための数学的工夫が有界型測定理論で,次の形をもつ: [(有界型) 言語ルール 1]

有界・純粋型測定理論 := (言語)

測定 [確率解釈]

[(有界型) 言語ルール 2]

+

因果関係 [ハイゼンベルグ描像]

本章では,有界型の言語ルール 1 について説明する.第 2 章の連続型のものと類 似しており,容易く読めるはずである.

10.1

状態と観測量─第一次性質と第二次性質

連続型測定理論 (第 II 部) では,連続関数 (すなわち,C(Ω) の元) が主役であっ たが,有界型測定理論 (第 IV 部) では,有界可測関数が主役になる.しかし,連 続関数から,有界可測関数への変更は, 「数学の極限操作 (すなわち, 「lim」)」を 扱いやすくしただけで,測定理論の本質は変わらない.測定理論の基本的な部分 は,連続型測定理論で尽くされていると言ってよい.したがって,連続型測定理 論を習得したあとならば,有界型測定理論を理解するのは容易いと思う.

Ω を局所コンパクト空間として,測度空間 (Ω, BΩ , ν) を考える.ここで,BΩ はボレル集合体,すなわち,Ω 内のすべての開集合を含む最小の σ-集合体とす る.更に,次を仮定する:


第 10 章

260

言語ルール 1 (有界型) ─測定

(a) 任意の開集合 U ⊆ Ω に対して,0 < ν(U ) 5 ∞ が成立する.また,測度 ν は σ-有限 (付録 B.5 節 (B)) とする1 . バナッハ空間 Lr (Ω, ν) (ここで,r = 1, ∞) を複素数値可測関数 f : Ω → C で,

∥f ∥Lr (Ω,ν) < ∞ を満たす関数全体とする.ここで,関数 f のノルム ∥f ∥Lr (Ω,ν) は

∥f ∥Lr (Ω,ν) =

 ∫  |f (ω)| dν(ω) (r = 1 のとき)    Ω

    ess.sup|f (ω)|

(10.1) (r = ∞ のとき)

ω∈Ω

と定める.ここに,

ess.supω∈Ω |f (ω)| = sup{a ∈ R | ν({ω ∈ Ω : |f (ω)| = a }) > 0} とする.Lr (Ω, ν) は,略して Lr (Ω) ( または,詳しくは Lr (Ω, BΩ , ν) ) と記す こともある. 関数 f (∈ L∞ (Ω, ν)) が「点 ω0 (∈ Ω) で本質的連続」であるとは,次の条件

(b) を満たす関数 g (∈ L∞ (Ω, ν)) が存在することである: (b) g : Ω → C は ω0 で連続で,かつ,ν({ω ∈ Ω | f (ω) ̸= g(ω)}) = 0. このとき,f の ω0 (∈ Ω) での値を g(ω0 ) で定める.すなわち,f (ω0 ) = g(ω0 ) と する.

♠ 注釈 10.1. もちろん,C(Ω) ⊆ L∞ (Ω, ν) である.有界型古典測定理論の精神は, 狭い C(Ω) では堅苦しいので,広い L∞ (Ω, ν) で伸び伸びと議論すると思えばよ い.しかし,注釈 2.1 で述べたように,L∞ (Ω, ν) も量子力学からの必然である. 1 コンパクト化して,Ω をコンパクト空間としてもよい.また,測度 ν は有限測度としても一般 性を損なわない.


10.1. 状態と観測量─第一次性質と第二次性質 ω1 では本質的連続でない,

0

261

ω2 では本質的連続.

ω1

(Ω, ν)

ω2

図 10.1: 本質的連続性 定義 2.1 の C(Ω) を L∞ (Ω, ν) に置き換えて,次の定義を得る: 定義 10.1. [観測量, 状態空間, 状態, 測定値空間, 測定値]

3 つ組 O=(X, F, F )

は,次の条件を満たすとき,L∞ (Ω, ν) 内の観測量と呼ばれる:

(i) X は集合,その σ-集合体を F (⊆ P(X)={Ξ | Ξ ⊆ X}) とする.すなわち, (X, F) を可測空間とする. (ii) 写像 F : F → L∞ (Ω, ν) は次を満たす: (a) Ξ ∈ F =⇒ F (Ξ) = 0 (ν-a.e.)2 , (b) F (∅) = 0 かつ F (X) = 1 (ν-a.e.), ( (c) [完全加法性]: 任意の Ξ (∈ F) の任意の可算分割 {Ξ1 , Ξ2 , . . . , Ξn , . . .} ∞ ∪ すなわち,Ξ = Ξn ,Ξn ∈ F, (n = 1, 2, . . .),Ξm ∩Ξn = ∅ (m ̸= n) n=1 ) に対して,次が成立する: ∫ [F (Ξ)](ω)ρ(ω) dν(ω) = lim Ω

N →∞

N ∫ ∑ n=1

[F (Ξn )](ω)ρ(ω) ν(dω)

(∀ρ ∈ L1 (Ω, ν))

2 “a.e. ” は “almost everywhere” の略で,F (Ξ) = 0 (ν-a.e.) ⇔ ν({ω ∈ Ω | [F (Ξ)](ω) < 0}) = 0.ただし,混乱の恐れがない場合は,“(ν-a.e.)” と書かずに今までどおり��� “(∀ω ∈ Ω)” と か “(a.e. ω )” と書くことも多い.


第 10 章

262

言語ルール 1 (有界型) ─測定

このとき,Ω ( または,(Ω, BΩ , ν) ) を状態空間,その元 ω(∈ Ω) を状態と呼ぶ. また,X を測定値空間,その元 x(∈ X) を測定値と呼ぶ.更に,任意の Ξ(∈ F) に対して,F (Ξ) = (F (Ξ))2 (すなわち,[F (Ξ)](ω) ∈ {0, 1} (∀Ξ ∈ F, ∀ω ∈ Ω)) が成り立つとき,観測量 (X, F, F ) を射影観測量と呼ぶ. 次の定理は自明である. 定理 10.2.

C(Ω) 内の観測量 O = (X, F, F ) は,L∞ (Ω, BΩ , ν) 内の観測量で

もある. 以下の例 10.3– 例 10.5 は,連続型測定理論 (第 II 部の第 2 章) で述べたものと 同じと思って読めばよい. 例 10.3. [(i):精密観測量 (例 2.5)] L∞ (Ω, BΩ , ν) 内の観測量 O(e) = (Ω, BΩ , F (e) ) は,以下を満たすとき精密観測量と呼ばれる: 定義関数 χ(付録 B.2 節 (C)) を使っ て書くと,

[F (e) (Ξ)](ω) = χΞ (ω) =

   1 (ω ∈ Ξ(∈ BΩ ))  

0 (ω ∈ / Ξ(∈ BΩ )).

例 2.5 で述べたように,精密観測量は一般には連続型観測量ではないが,有界型 測定理論では,必ず (射影) 観測量になる.

[(ii):存在観測量 (例 2.2)] 例 2.2 と同様に,L∞ (Ω, ν) 内の存在観測量 O存 =(X, {∅, X}, F 存 ) を以下のように定義する: F 存 (∅) = 0, F 存 (X) = 1,

(ν-a.e.).


10.2. 有界型言語ルール 1 (測定)

263 Ω = R(= 実直線) または,Ω = 区間 [a, b]

例 10.4. [正規観測量 (例 2.11)]

(⊆ R) として,ルベーグ測度 m(dω)(= dω) を仮定する.また,σ > 0 を標準偏 差とする.L∞ (Ω, m) 内の正規観測量 OGσ =(R, BR , Gσ ) を次のように定義する: ∫ (x−ω)2 1 [Gσ (Ξ)](ω) = √ e− 2σ2 dx (∀Ξ ∈ BR , ∀ω ∈ Ω) 2πσ 2 Ξ これは,C(Ω) 内の観測量でもある (例 2.11).

例 10.5. [四捨五入 (例 2.6)] 状態空間 Ω を,閉区間 [0, 100] としてルベーグ測度

dω を仮定する.各 n ∈ N100 10 ={0, 10, 20, . . . , 100} に対して,関数 gn : Ω → [0, 1] を次のように定める:

   0 gn (ω) = 1   0

(0 5 ω 5 n − 5) (n − 5 < ω 5 n + 5) (n + 5 < ω 5 100)

Y ここで,O四五 = (Y (=N100 10 ), 2 , G四五 ) を次のように定める:

[G四五 (∅)](ω) = 0, [G四五 (Y )](ω) = 1 ∑ 100 [G四五 (Γ)](ω) = gn (ω) (∀Γ ∈ 2Y = 2N10 ) n∈Γ

このとき,O四五 = (Y

Y (=N100 10 ), 2

, G四五 ) は L∞ ([0, 100]) 内の (射影) 観測量で

ある.しかし,C([0, 100]) 内の (連続型) 観測量ではない (例 2.5).

10.2

有界型言語ルール 1 (測定)

10.2.1

有界型言語ルール 1

有界型測定理論の (有界型) 言語ルール 1(測定) を述べる.連続型測定理論と ほとんど同じ議論なので,容易に理解できると思う.


第 10 章

264

言語ルール 1 (有界型) ─測定

( いかなるシステム S もある基本構造 [C(Ω), L∞ (Ω, ν)] 内 略して, 「基本代数 ) L∞ (Ω, ν) 内」とも言う で定式化される.システム S の状態 (すなわち,純粋 状態) は,状態空間 Ω 内の点 ω で表現される.また,観測量は L∞ (Ω, ν) 内の 観測量 O = (X, F, F ) で表現される.状態 ω のシステムに対する観測量 O の ( ) ( ) 測定は ML∞ (Ω) O, S[ω] (または,ML∞ (Ω,ν) O, S[ω] ) で表される.また,測定 ( ) ML∞ (Ω) O, S[ω] により測定値 x (∈ X) を得る. このとき,2.2 節の (連続型) 言語ルール 1[測定] と同様に,次の (有界型) 言語 ルール 1 を定める.もちろん,これはコペンハーゲン解釈 [第 1 章の [(U1 )–(U7 )] の下で使われることは当然のことである.

(有界型) 言語ルール 1(純粋測定) ( ある基本代数 L∞ (Ω, ν) 内で定式された測定 ML∞ (Ω) O= (X, F, F ), ) ( ) S[ω] を考える.測定 ML∞ (Ω) O, S[ω] により得られる測定値 x (∈ X) が Ξ (∈ F) に属する確率は, もし F (Ξ) が ω で本質的連続ならば,

[F (Ξ)](ω) で与えられる.

注意 10.6.

F (Ξ) が,ω(∈ Ω) で本質的に連続でないときには,[F (Ξ)](ω) は

定まらない.したがって,サンプル確率空間 (X, F, [F (·)](ω)) は,一般には確率 空間 (付録 B.5 節 (B)) にはならないことに注意せよ (cf. [5]).

10.2.2

測定の簡単な例─壷問題等

有界型測定理論は連続型測定理論とほとんど同じ議論なので,典型的な例だけ を述べる.


10.2. 有界型言語ルール 1 (測定)

265

例 10.7. [温度の精密測定 (1.2 節 (V))] ある温度 ω0 ℃の水に対する温度の精密測 定を考えよう.Ω = X = [0, 100] として,状態空間をルベーグ測度空間 (Ω, BΩ , m) で定める.基本代数を L∞ (Ω, m) として,精密観測量 O(e) = (X, BX , F (e) ) を 考える.精密測定 ML∞ (Ω) (O(e) , S[ω0 ] ) により,測定値 x0 (∈ X=Ω) が得られた とする.このとき,確率 1 で,x0 = ω0 である.なぜならば, 開集合 D(⊆ Ω = X) を ω0 ∈ D を満たすように任意に選ぶ.このとき, 精密測定 ML∞ (Ω) (O(e) , S[ω0 ] ) によって,測定値 x0 が D に属する確率は

[F (e) (D)](ω0 ) = χD (ω0 ) = 1 である.D の任意性から,x0 = ω0 であるこ とがわかる. したがって,たとえば,ω0 = 5 ℃として (第 1 章 (V) と同様に), 測定者が,[5 ℃] の [水] を[正確な温度計で測定した] ら, 状態 ω0

測定対象

測定 ML∞ (Ω) (O(e) , S[5] )

[確実] に [5 ℃] が得られる 確率 1 で

測定値 ω0

となる. 次の例は,例 2.10 の有界型測定理論版である. 例 10.8. [例 2.10 [壷問題] の有界型測定理論版] 2 つの壷 U1 ,U2 がある.壷

U1 には 8 個の白球と 2 個の黒球,壷 U2 には 4 個の白球と 6 個の黒球が入って いるとする (表 2.1 参照).次のような現象を考える:

(a) 壷 U2 から 1 つの球を取り出すとき,その球が「白」 である確率は 0.4 で ある. さて,この日常言語の文言を有界型測定理論の言葉で記述しよう.状態空間 Ω を

Ω = {ω1 , ω2 } として,離散距離空間 (Ω, dD ) を考える.また,測度 ν を ν({ω1 }) = 1,

ν({ω2 }) = 1


第 10 章

266

言語ルール 1 (有界型) ─測定

によって定める3 .例 2.10 と同様に,

U1

· · · 「状態 ω1 をもつ壷」,

U2

· · · 「状態 ω2 をもつ壷」

として, 次の同一視を考える (したがって,図 2.5 のような状況を考える):

U1 ≈ ω1 ,

U2 ≈ ω2

更に, L∞ (Ω, ν) 内の観測量 O = ({ 白, 黒 }, 2{ 白, 黒 } , F ) を次のように定義する:

F ({ 白 })(ω1 ) = 0.8,

F ({ 黒 })(ω1 ) = 0.2

F ({ 白 })(ω2 ) = 0.4,

F ({ 黒 })(ω2 ) = 0.6

このようにして,測定 ML∞ (Ω,ν) (O, S[ω2 ] ) を得る.よって,上の文言 (a) の (有 界型) 測定理論的表現は次のように記述できる: [

(b) 測定 ML∞ (Ω,ν) (O, S[ω2 ] ) により,測定値 [ ] [F ({ 白 })](ω2 ) = 0.4 である. [F ({ 黒 })](ω2 ) = 0.6

白 黒

] を得る確率は

次の定理は,例 10.7 の中で既に実質的に証明したが,念の為に証明を書いて おく. 定理 10.9. [精密測定]

L∞ (Ω, ν) 内の精密観測量 O(e) = (X, F, F (e) ),すな

わち,(X, F, F (e) ) = (Ω, BΩ , χ) を考える (ここに,χ は定義関数).精密測定

ML∞ (Ω,ν) (O(e) , S[ω] ) により測定値 x が得られたとする.このとき,確率 1 で, x = ω である. 証明

ω(∈ Ω = X) を含む任意の開集合を D(∈ BΩ = F) とする.測定

ML∞ (Ω,ν) (O(e) , S[ω] ) の測定値 x が D に含まれる確率は χD (ω) = 1.よって,D の任意性より,x = ω を得る.したがって,確率 1 で,x = ω を得る. 3 たとえば,ν({ω }) 1

= 2, ν({ω2 }) = 3 と仮定しても,以下の議論に変わりはない.


10.3. システム量─観測量の原型

10.3

267

システム量─観測量の原型

古典力学において, 「観測量」という語は,通常は状態空間 Ω 上の実数値連続 関数 (すなわち,物理量) の意味で使われる.観測量は物理量 (測定理論では,シ ステム量と呼ぶ) の一般化である.以下に,このことを説明しよう. 例 10.10. [システム量] 基本代数 L∞ (Ω, ν) を考える.実数値連続関数 fe : Ω → R

( 一般には,実数値可測関数 fe : Ω → Rn でよい) を,Ω 上のシステム量と呼ぶ. 基本代数 L∞ (Ω, ν) 内の射影観測量 O = (R, BR , F ) を次のように定義する:  e−1   1 ω ∈ f (Ξ) のとき [F (Ξ)](ω) = (∀Ξ ∈ BR )   −1 e 0 ω∈ / f (Ξ) のとき ここで, N ∑ 2

fe(ω) = lim

N →∞

n=−N 2

[ ] ∫ ( n n+1 ) n λ[F (dλ)](ω) F [ , ) (ω) = N N N R

であることに注意して,次の同一視:

fe (Ω 上のシステム量)

←→

O = (R, BR , F ) (L∞ (Ω, ν) 内の射影観測量)

(10.2)

を得る.この O をシステム量 fe の観測量表示と呼ぶ.したがって,

(a) 同一視 (10.2) の下で,システム量を射影観測量と見なすことができる.す なわち,観測量は,実数値連続関数 ( すなわち,システム量) fe : Ω → R の一般化で,システム量の拡張概念である. また,同一視 (10.2) の量子力学版は,同一視 (3.2) であることを再確認せよ. 例 10.11. [位置観測量,運動量観測量,エネルギー観測量] 基本代数 L∞ (Ω, ν) 内で,ニュートン力学を考える.簡単のために,2 次元空間を考えて,

Ω = Rq × Rp ={(q, p) = (位置, 運動量) | q, p ∈ R}


第 10 章

268

言語ルール 1 (有界型) ─測定

とする4 . 次の物理量は基本的である.

qe : Ω → R,

qe(q, p) =q

pe : Ω → R,

pe(q, p) =p (∀(q, p) ∈ Ω)

ee : Ω → R,

ee(q, p) =[ポテンシャルエネルギー] + [運動エネルギー] =

(∀(q, p) ∈ Ω)

U (q) +

p2 2m

(∀(q, p) ∈ Ω)

(第 9 章のハミルトニアン H の簡単な場合)

ここに,m は粒子の質量とする.これらの物理量は,(10.2) の対応の下に,そ れぞれ位置観測量,運動量観測量,エネルギー観測量とも呼ばれる.

次の注釈 10.2 を,ここで書く理由は無いが,第 3 章の [脚注 1] で述べたのと 同じ理由─書かないと, 「難しいから省いた」と誤解されてしまう─で,シュレー ディンガー方程式を本書のどこかには書くべきと思った.

♠ 注釈 10.2. 上記のハミルトニアン H(q, p) = の) 運動方程式を,ここで述べておく.

p2 2m

(♯1 ) 古典系の場合:[ニュートンの運動方程式] { 正準方程式 (9.1) の簡単な場合 =

+ U (q) を持つ (古典系と量子系

dp dt dq dt

= − H(q,p) = − dU ∂q dq H(q,p) p = ∂p = m

(♯1 ) 量子系の場合:[シュレーディンガー方程式] √ ∂ut (q) ~ ∂ ~2 ∂ 2 ut (q) ~ −1 = H(q, √ )ut (q) = − + U (q)ut (q) ∂t 2m ∂q 2 −1 ∂q この偏微分方程式の解 {ut }t∈R によって,状態変化のシュレーディンガー描像 (6.4.4 節) を得る.もちろん,量子力学の理解には,多くの例でシュレーディンガー方程 式を実際に解く演習は不可欠であるが,本書ではこれに関わらない.ハイゼンベル グの運動方程式は因果作用素列に関する方程式で,実質的にはシュレーディンガー 方程式と同値である.ハイゼンベルグの発見の方が半年ぐらい早いが,シュレー ディンガー方程式の方が計算し易いので,広く使われている. 4

普通は,1-粒子系では,Ω = R6 = {(qx , qy , qz , px , py , pz )}.N -粒子系では,Ω = R6N .


10.4. 測定理論の中のコルモゴロフの拡張定理

269

各 k = 1, 2, . . . , n に対して,L∞ (Ω, ν) 内の観測量 Ok = (Xk , Fk , Fk ) 考えて, その同時観測量 ×k=1 Ok = (×k∈K Xk , n

 nk=1 Fk , ×nk=1 Fk ) を,定義 2.14 と

同様に定める. 次の定理は自明と思うが,念の為に証明も付けておく. 定理 10.12. [精密測定とシステム量] L∞ (Ω, ν) 内の精密観測量 O0 = (X, F, F (e) ), (e)

すなわち,(X, F, F (e) ) = (Ω, BΩ , χ) を考える.また,システム量 ge : Ω → (e)

R の観測量表示を O1 = (R, BR , G) とする.同時観測量 O0 (e)

ML∞ (Ω,ν) (O0

× O1

の測定

× O1 , S[ω] ) を考え,その測定値を (x, y) (∈ X × R) とする.こ

のとき,確率 1 で,x = ω かつ y = ge(ω) が成立する.

ω(∈ Ω=X) を含む任意の開集合を D0 (∈ BΩ ) とする.また,ge(ω) を含

証明

(e)

む任意の開集合を D1 (∈ BR ) とする.ML∞ (Ω,ν) (O0

× O1 , S[ω] ) の測定値 (x, y)

が D0 × D1 に含まれる確率は,χD0 (ω) · χge−1 (D ) (ω) = 1.よって,D0 と D1 の 1

任意性より,確率 1 で,x = ω かつ y = ge(ω) を得る.

10.4

測定理論の中のコルモゴロフの拡張定理

確率論では,コルモゴロフの拡張定理 ( 付録 B.5 節 (H)) は確率空間の存在保 証のために使われる.しかし,測定理論では,サンプル確率空間より測定が優先 する.したがって,

(a) 測定理論では,測定 (すなわち,観測量) の存在保証の定理が基本的で,こ れが,定理 10.13 (測定理論版のコルモゴロフの拡張定理) である. 本節では,これについて述べる.


第 10 章

270

言語ルール 1 (有界型) ─測定

e を集合とする.各 λ ∈ Λ e の対して, 集合 Xλ 考える.任意の部分集合 Λ1 ⊆ Λ e に対して, 自然な射影写像 πΛ ,Λ : ×λ∈Λ Xλ −→ ×λ∈Λ Xλ を Λ2 (⊆ Λ) 1 2 2 1

×

λ∈Λ2

Xλ ∋ (xλ )λ∈Λ2 7→ (xλ )λ∈Λ1 ∈

×

(10.3)

λ∈Λ1

によって定める.

次の定理は観測量の存在と一意性を保証する.これは多くの観測量を一つの観 測量にまとめるための定理で, 「測定は一回だけ (第 1 章のコペンハーゲン解釈

(U4 ))」の要請に依拠することは容易に察しがつくと思う. 定理 10.13. [測定理論版のコルモゴロフの拡張定理 (=観測量・測定の存在定理

e を任意の集合とする.各 ( cf. [5] ) ) ] 基本構造 [C(Ω); L∞ (Ω, ν)] を考える.Λ e に対して,可測空間 (Xλ , Fλ ) を考える.ただし,Xλ は可分完備距離空間 λ∈Λ e (付録 B.4 節 (B)),Fλ はボレル集合体 (付録 B.5 節 (A)) とする.集合族 P0 (Λ) { e e | Λ は有限集合 } と定める.L∞ (Ω, ν) 内の観測量の族 OΛ = を P0 (Λ)={Λ ⊆Λ } e ( ×λ∈Λ Xλ ,  λ∈Λ Fλ , FΛ ) | Λ ∈ P0 (Λ) は次の一貫性条件を満たすと仮定 する:

e に対して,次が成立する: Λ1 ⊆ Λ2 を満たす任意の Λ1 , Λ2 (∈ P0 (Λ)) −1 FΛ2 (πΛ (ΞΛ1 )) = FΛ1 (ΞΛ1 ) (∀ΞΛ1 ∈  λ∈Λ1 Fλ ) 1 ,Λ2

be = このとき,次を満たす L∞ (Ω, ν) 内の観測量 O Λ

(

(10.4)

×λ∈Λe Xλ ,  λ∈Λe Fλ , FbΛe

)

が唯一存在する:

( −1 ) ( ) FbΛ e πΛ,Λ e (ΞΛ ) = FΛ ΞΛ

e (∀ΞΛ ∈  λ∈Λ Fλ , ∀Λ ∈ P0 (Λ))

(10.5)


10.4. 測定理論の中のコルモゴロフの拡張定理 証明

271

証明は [5] を見よ.[5] では,量子測定理論を含めた一般的な証明になっ

ているが難しくはない.確率論のコルモゴロフの拡張定理 ( 付録 B.5 節 (H)) の 系に過ぎない5 . この定理から,次の系を得る:

e を任意の 系 10.14. [無限同時観測量] 基本構造 [C(Ω); L∞ (Ω, ν)] を考える.Λ e に対して, Xλ は可分完備距離空間,Fλ はそのボレル集合 集合とする.各 λ ∈ Λ e に対して,L∞ (Ω, ν) 内の観測量 Oλ = (Xλ , Fλ , Fλ ) を考え 体とする.各 λ ∈ Λ b = (× e Xλ , る.このとき,同時観測量 O λ∈Λ

 λ∈Λe Fλ , Fb= ×λ∈Λe Fλ ) が唯一存

e に対して,次が成り立つ: 在する.すなわち,任意の有限集合 Λ0 (⊆ Λ) ( Fb (

×

λ∈Λ0

Ξλ ) × (

×

e 0 λ∈Λ\Λ

) Xλ ) =

×

λ∈Λ0

Fλ (Ξλ )

(∀Ξλ ∈ Fλ , ∀λ ∈ Λ0 )

♠ 注釈 10.3. 連続型測定理論 (第 II 部) と比べて,有界型測定理論 (第 IV 部) は, 極限操作を行い易くしただけと言える.すなわち,例 10.3(精密観測量),同一視 (10.2) と定理 10.13(拡張定理) 等を主張できるようになった.

♠ 注釈 10.4. 有界型測定理論の混合測定は,連続型測定理論の混合測定 (4.4 節) と 同様と考えてよい.ただし,基本構造 [C(Ω); L1 (Ω, ν)] 内の混合状態 ρ ∈ L1 (Ω, ν) は,次を満たすように定義される: ∫ ρ = 0, ρ(ω)ν(dω) = 1 Ω

このとき,次の言語ルール 1(有界・混合型) を得る. (4.4 節の言語ルール 1 (連続・ 混合型) と同様なので,一々説明することもないだろう).

5 注釈 1.1「役に立つ数学には, その背後に強力な世界記述法が潜んでいる」を何度も繰り返すの は気が引けるので,脚注に書くが,定理 10.13 によって,

なぜ,コルモゴロフの拡張定理という数学の定理が役に立つのか? に答えたことになる.すなわち, コルモゴロフの拡張定理は「測定は一回だけ (第 1 章のコペンハー ゲン解釈 (U4 ))」の帰結である.


第 10 章

272

言語ルール 1 (有界型) ─測定

(有界型) 言語ルール 1(混合測定) (  ある基本代数 L)∞ (Ω, ν) 内で定式された混合測定 ( ML∞ (Ω,ν) ) O= (X, F, F ), S[∗] (ρ) を考える.混合測定 ML∞ (Ω,ν) O, S[∗] (ρ) によ り得られる測定値 x(∈ X) が,Ξ(∈ F) に属する確率 P (Ξ) は, ∫ P (Ξ) = [F (Ξ)](ω)ρ(ω)ν(dω) Ω

で与えられる. 上で,サンプル確率空間 (X, F, P ) は,確率空間となる (注意 10.6 参照).


273

第 11 章 言語ルール 2(有界型) ─因果 関係 (連続型測定理論と同様に) 有界型測定理論は次のように定式化される: [(有界型) 言語ルール 1]

有界・純粋型測定理論 := (言語)

測定 [確率解釈]

[(有界型) 言語ルール 2]

+

因果関係 [ハイゼンベルグ描像]

本章では,有界型の言語ルール 2 について説明する.第 6 章の連続・純粋型測定理 論 ( 言語ルール 2)」と酷似しているので,容易に読めるはずである.ただし,木 半順序集合 T が有限集合とは限らないことに注意する.有界型測定理論は広大な 領域を含む分野で,書き出したら切がない.したがって,本章では,ゼノンのパラ ドックスとその周辺の議論だけに絞った.

11.1

ゼノンのパラドックス─飛ぶ矢は飛ばず

本節では,ゼノンのパラドックスの意味を説明するが,小中学生のレベルを超 えることはない.

11.1.1

旅人算

本書では,旅人算を以下のように考える. 旅人算とは, 「運動・変化」の数量的記述法で,運動関数法と言った方が誤解が生 じないかもしれない.すなわち,

(A1 ) 運動・変化を表現するために,状態の値 x を時刻 t の関数 q(t) で表す.す なわち,運動関数 x = q(t) は,時々刻々の状態の値(たとえば,位置,身 長,学力,国の GDP 等) の変化を表す.


第 11 章 言語ルール 2(有界型) ─因果関係

274

と考える.もちろん,実際は,運動関数 q(t) を求めたいわけで,たとえば,

    

q(t2 )−q(t1 ) t2 −t1

= v,

(t1 , t2 (t1 < t2 ) に依存しない定数のとき,v を速さと 呼び,この式を象徴的に [速さ]=[距離]/[時間] と書く)

q(0) = a

の場合は,簡単な計算から,運動関数 q(t) = vt + a が求まる.このような運動 関数法に関するテクニックの集まりを旅人算と言ってもいいが,基本は運動関数 なので,

(A2 ) 旅人算 (=運動関数法) とは, 運動・変化は,運動関数で数量的に記述せよ という精神・習慣である. と考える.俗な言い方をすれば, 「運動・変化は,旅人算という色メガネを通し て,見よ」である.

♠ 注釈 11.1. 本書の問題意識はいつも同じなので,しつこいかもしれないが,念の 為に繰り返すと,結局は,第 1 章の (X1 ) の図式:  1 実在的方法   ⃝ (数学を包含する日常言語)  (実在的科学言語) 0 広義の日常言語 =⇒ 世界記述 ⃝ (X1 ) 2 言語的方法 ⃝  1 章 (O)) ( 第 (第 1 章 )   (世界記述 (=科学) 以前) (言語的科学言語) の中で, 0 ,⃝ 1 ,⃝ 2 の何処で議論するか? 旅人算を,上の⃝ 0 の中で議論されるし,ラプラス という問題である.通常は小中学生の問題として⃝ 1 の中の議論も可能かもしれない.しかし,本書の の魔 (注釈 5.2) を持ち出せば,⃝ 立場 3.5 に固執するならば,当然, 2 の中で記述されるべき 旅人算は, ⃝

となる.


11.1. ゼノンのパラドックス─飛ぶ矢は飛ばず

11.1.2

275

ゼノンのパラドックス — 何処がパラドクスなのか?—

問題 5.1 でも述べたように,約 2500 年前にゼノン (BC490 年-BC430 年) は次 の問題を考えた: 問題 11.1. [問題 5.1 [飛ぶ矢 (旅人算) と同じ]

(B1 ) [問題]: 飛んでいる矢は,動いているのだろうか? それとも止まっている のだろうか? ここで,もちろん, 「飛ぶ矢」は運動・変化の一つの象徴で あって,亀が走っていても,稲の成長でも,渡り鳥の飛行でも,国の経済 成長でもいい.

(B12 ) [ゼノンの解答] 矢が飛んでいるとしよう.この矢は,いつの時点でもその 瞬間は止まっている.いつの時点でもその瞬間は止まっているならば,い つも止まっているわけで,したがって,矢は止まっていて動かない.

(B22 ) [常識的解答] 運動関数法 (=旅人算 (A2 )) ─時刻 t での矢の位置を運動関数 q(t) の値で表す方法─を考える.どの時刻 t においても,矢の位置は,運動 関数 q(t) の値として定まる.しかし,だからと言って,運動関数 x = q(t) が,定数関数 (すなわち,値が一定の関数) などとは結論できるはずがない. やはり, 「飛ぶ矢は動いている」ということになる.

(B3 ) [問題点] もちろん,ゼノンが提起した問題点は, (♯1 ) ゼノンの解答 (B12 ) と常識的解答 (B22 ) のどちらを選ぶか? または, 常識的解答 (B22 ) を選ぶ根拠は何か? 更に言うならば,運動関数法

(=旅人算) は物理法則でなくて,実験検証もできない.それなのに, なぜ運動関数法を信じて使うのか? その根拠は何か? 言い換えれば,


第 11 章 言語ルール 2(有界型) ─因果関係

276

(♯2 ) 運動関数法 (=旅人算) を包含する最良の言語的科学言語は何か? である. 以上をまとめて,フィクション風に書いておこう. ゼノンのパラドックス

(C1 ) 2500 年前に,ゼノンは「飛ぶ矢の完璧な論理 (B12 ) 」を我々に投げつ けてきた. (C2 ) 我々は,それを (B22 ) のように「旅人算 (A2 )」で論破して, 「簡単な問 題ですね.ゼノンさん」と自信をもって答えた.

(C3 ) このとき,即座にゼノンが次のように反論してきた: 旅人算は実験検証できない呪文ですよ.そんないい加減で無責任 な旅人算を,なぜ信じて使うのですか? それでも科学ですか?

(C4 ) 我々は,ゼノンに何か答えなければならない.そして,もちろん 2500 年間も真剣に考え続けてきた.しかし,未だに答えることができない. もちろん,我々が (C4 ) で沈黙せざるを得ないのは,実在的方法に囚われてい るからである.また,日常言語の中に何となく埋没した形の数学─統計学・動的 システム理論─を堂々と主張することに引け目を感じているからである.すな わち,

(C5 ) 「統計学・動的システム理論で (つまり,状態方程式 (1.1) の簡単な場合と して),容易に解答できますよ」とゼノンに言い返す自信が持てないからで ある. 統計学・動的システム理論が,2つの権威 (数学と応用) に頼り切って,ここま で来てしまったツケが回ってきたと言ってもいいだろう. しかし,世界記述の 2 つの分類 (第 1 章の (O)):


11.1. ゼノンのパラドックス─飛ぶ矢は飛ばず

世界記述

277

   実在的方法 (世界が先,言葉が後)

(第 1 章 (O))  

言語的方法 (言葉が先,世界が後)

を考える本書の立場 3.5 では,以下の通りである.

(C6 ) ゼノンの論理 (B12 ) とか常識的解答 (B22 ) とかを選ぶというような贅沢なこ とを言っていられる状況ではない.すなわち,我々は,諸科学を記述する 言語として,測定理論という言語しか知らないわけで,それで記述するし かない.そして,それで記述されたものが, 「飛ぶ矢の世界」である ( 8.1 節 (m) ). となる.これを解答 11.11 で答えるが,その前に多少の準備 (11.2 節–11.4 節) が 必要になる.

♠ 注釈 11.2. ゼノンのパラドックスは,他にもいくつかあるが (「アキレスと亀」, 「二分法」, 「競技場」等), 「飛ぶ矢」が問題の本質を的確に表わしていて一番の傑作 である.しかし, 「アキレスと亀」の方が有名かもしれないので,これも述べておこ う. 「アキレスと亀のパラドックス」についてのゼノンの論法は以下の通りである:, アキレスと亀の競争を考える.アキレス ( 速い走者) のスタート点より,亀 (遅い走者) のスタート点は前方とする. 「よーい.ドン」で両者が同時にスター トしたとしよう.このとき,アキレスが亀に追い抜こうとするならば,アキ レスは, いま亀がいるところまで行かなければならない. そうしたとしてもそ のときは, 亀がもっと先に行ってるはずである. アキレスは, 更にいま亀がい るところまで行かなければならない. これを限りなく続けても, 決してアキレ スは亀に追いつくことができない. 一般には, 「アキレスと亀は無限等比級数の問題」とされているかもしれない.すな わち,アキレスと亀の運動関数をそれぞれ

(♯)

x = q1 (t) = vt, y = q2 (t) = γvt + a

とする (ここに,0 < γv < v ,a > 0). ここで,q1 (s0 ) = q2 (s0 ) の解 s0 = を,無限等比級数

s0 =

a (1−γ)v

a a (1 + γ + γ 2 + γ 3 + ...) = v (1 − γ)v

で計算することによって解決とされているかもしれない.しかし,これでケリがつ く問題ならば,ゼノンのパラドックスについて 2500 年間も考え続けてきた哲学者


第 11 章 言語ルール 2(有界型) ─因果関係

278

たちはバカということになる.もちろん,大抵の哲学者は優秀なはずで,彼等が追 究し続けてきたことは, 問題 (B3 ) の (♯2 ) ─ (数学以外の) 形而上学を科学 (=形 而下学) の基盤として導入すること1 ─である.ゼノンは,

(♯1 ) なぜ実験検証できない旅人算 (上の (♯)) を信じて使うのか? (♯2 ) なぜ,(C5 ) を自信を持って発言しないのか? (♯3 ) 問題 (B3 ) の (♯2 ) を追究せよ 等を問うているのに,旅人算 (上の (♯)) を無限等比級数を使って解答しても答えに ならないからである.

因果作用素,前双対因果作用素,決定因果写像

11.2

第 10 章と同様に,状態空間 Ω ─局所コンパクト空間 Ω で,しかも,10.1 節 の条件 (a) を満たす測度空間 (Ω, BΩ , ν) ─を考える.

定義 11.2. [因果作用素,決定因果写像] 2 つの基本構造 [C(Ω1 ); L∞ (Ω1 , ν1 )] と

[C(Ω2 ); L∞ (Ω2 , ν2 )] を考える.連続線形作用素 Φ1,2 : L∞ (Ω2 , ν2 ) → L∞ (Ω1 , ν1 ) が因果作用素であるとは,次の (i)と(ii) を満たすことである:

(i) 任意の f2 (∈ C(Ω2 )) に対して,Φ1,2 f2 ∈ C(Ω1 ) が定まり,しかも,作用 素 Φ1,2 : C(Ω2 ) → C(Ω1 ) は,連続型測定理論の意味 ( 定義 6.2 ) で,因果 作用素である,

(ii) 次を満たす連続線形作用素 [Φ1,2 ]∗ : L1 (Ω1 , ν1 ) → L1 (Ω2 , ν2 ) が存在する: ∫

∫ [Φ1,2 f2 ](ω1 ) · ρ1 (ω1 ) ν1 (dω1 ) = Ω1

f2 (ω2 ) · ([Φ1,2 ]∗ ρ1 ) (ω2 ) ν2 (dω2 ) Ω2

(∀ρ1 ∈ L1 (Ω1 , ν1 ), ∀f2 ∈ L∞ (Ω2 , ν2 )) この [Φ1,2 ]∗ を前双対因果作用素 と呼ぶ.

1

これが,本書のテーマでもあった.


11.2. 因果作用素,前双対因果作用素,決定因果写像

279

また,特に,次を満たす連続写像 ϕ1,2 : Ω1 → Ω2 が存在するときに,因果作用 素 Φ1,2 : L∞ (Ω2 , ν2 ) → L∞ (Ω1 , ν1 ) を決定因果作用素と呼ぶ:

(Φ1,2 f2 )(ω1 ) = f2 (ϕ1,2 (ω1 ))

(a.e. ω1 ,

∀f2 ∈ L∞ (Ω2 ))

このとき,連続写像 ϕ1,2 : Ω1 → Ω2 を決定因果写像と言う (図 6.1 参照).

定理 11.3. [因果作用素と観測量] 因果作用素 Φ1,2 : L∞ (Ω2 , ν2 ) → L∞ (Ω1 , ν1 ) を考える.このとき,L∞ (Ω2 , ν2 ) 内の任意の観測量 (X, F, F2 ) に対して,(X, F,

Φ1,2 F2 ) は L∞ (Ω1 , ν1 ) 内の観測量である.これを Φ1,2 O2 と記す. 証明

{Ξ1 , Ξ2 , . . .} を Ξ(∈ F) の可算分割 ( すなわち,Ξi ∈ F,Ξ =

∞ ∪

Ξi ,

i=1

Ξi ∩ Ξj = ∅ (i ̸= j) ) として,任意の ρ1 ∈ L1 (Ω1 , ν1 ) に対して, ∫ Ω1

ρ1 (ω1 ) · [Φ1,2 F2 (Ξ)](ω1 ) ν1 (dω1 ) ∫ = ([Φ1,2 ]∗ ρ1 )(ω2 ) · [F2 (Ξ)](ω2 ) ν2 (dω2 ) Ω2

([Φ1,2 ]∗ ρ1 )(ω2 ) · [F2 (

= Ω2

([Φ1,2 ]∗ ρ1 )(ω2 ) · Ω2

∫ = lim

N →∞

Ξi )](ω2 ) ν2 (dω2 )

i=1

∫ = lim

N →∞

∞ ∪

N ∑ [F2 (Ξi )](ω2 ) ν2 (dω2 ) i=1

N ∑ ρ1 (ω1 ) · [Φ1,2 F2 (Ξi )](ω1 ) ν1 (dω1 )

Ω1

i=1

が成り立つ.よって,定義 10.1 より,証明を得る.

定理 11.4.

決定因果作用素 Φ1,2 : L∞ (Ω2 , ν2 ) → L∞ (Ω1 , ν1 ) は次を満たす:

Φ1,2 (f2 ) · Φ1,2 (g2 ) = Φ1,2 (f2 · g2 )

( ∀f2 , ∀g2 ∈ L∞ (Ω2 , ν2 ))


第 11 章 言語ルール 2(有界型) ─因果関係

280 証明

定理 6.5 と同様なので,証明略.

定理 11.5. [連続写像と決定因果写像] 2 つの状態空間 (Ω1 , BΩ1 , ν1 ) と (Ω2 , BΩ2 , ν2 ) を考える.連続写像 ϕ1,2 : Ω1 → Ω2 は,次を満たすとする:

D2 ∈ BΩ2 , ν2 (D2 ) = 0 =⇒ ν1 (ϕ−1 1,2 (D2 )) = 0 このとき,連続写像 ϕ1,2 : Ω1 → Ω2 は,決定因果写像となる.すなわち,次の ように定義された作用素 Φ1,2 : L∞ (Ω2 , ν2 ) → L∞ (Ω1 , ν1 ) は決定因果作用素と なる.

[Φ1,2 f2 ](ω1 ) = f2 (ϕ1,2 (ω1 )) 証明

( a.e. ω1 ∈ Ω1 , ∀f2 ∈ L∞ (Ω2 , ν2 ))

ρ1 ∈ L1 (Ω1 , ν1 ) に対して,可測空間 (Ω2 , BΩ2 ) 上に測度 µ2 を ∫ µ2 (D2 ) = ρ1 (ω1 ) ν1 (dω1 ) (∀D2 ∈ BΩ2 ) ϕ−1 1,2 (D2 )

で定める.ここで,[Φ1,2 ]∗ (ρ1 ) = dµ2 /dν2 (ラドン–ニコディム微分 ( 付録 B.5 節

(E)) ) と定めればよい.なぜならば, D2 ∈ BΩ2 , ν2 (D2 ) = 0 =⇒ ν1 (ϕ−1 1,2 (D2 )) = 0 =⇒ µ2 (D2 ) = 0 であるから,ラドン–ニコディムの定理 ( 付録 B.5 節 (E)) が使えて,連続線形作 用素 [Φ1,2 ]∗ : L1 (Ω1 , ν1 ) → L1 (Ω2 , ν2 ) を得る.

11.3

有界型言語ルール 2 (因果関係)

6.2 節 (連続型測定理論の因果関係) の議論を有界型測定理論に一般化する. (T, 5 ) を 木半順序集合, すなわち, 半順序集合で “t1 5 t3 かつ t2 5 t3 ” =⇒ “t1 5 t2 または t2 5 t1 ”


11.3. 有界型言語ルール 2 (因果関係)

281

を満たすとする.ただし,ここ (すなわち,有界型測定理論) では,T は有限集 2 合とは限らないとする.T5 = {(t1 , t2 ) ∈ T 2 : t1 5 t2 } とおく. 要素 t0 ∈ T が,

t0 5 t (∀t ∈ T ) を満たすとき,ルートと呼ぶ.木半順序集合 T はルートをもつと は限らないが,ルートをもつ場合,しかもそれを明示したい場合は,T を T (t0 ) と記す. 典型的な例としては,第 6 章で述べた例や,通常の順序関係の下で,T (0) =

{t ∈ R | t = 0} とか T (1) = {1, 2, . . .} などを想定すればよい. 部分集合 T ′ (⊆ T ) が,下に有界とは,ti 5 t (∀t ∈ T ′ ) となる ti ∈ T が存在す るときを言う.したがって,もし T がルートをもつ場合は,任意の T ′ (⊆ T ) は, 下に有界である.

T は (木半順序集合の意味で) 完備と仮定する.すなわち,任意の下に有界な 部分集合 T ′ (⊆ T ) に対して,次の (i) と (ii) を満たす Inf T (T ′ )(∈ T ) が一意に存 在すると仮定する.

(i) Inf T (T ′ ) 5 t

(∀t ∈ T ′ )

(ii) もし s 5 t (∀t ∈ T ′ ) ならば,s 5 Inf T (T ′ ) が成り立つ. ただし,本書では,T の位相・距離についての議論は省く. 定義 11.6. [因果作用素列,因果観測量列]

因果作用素の族 {Φt1 ,t2 : L∞ (Ωt2 , νt2 )

→ L∞ (Ωt1 , νt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 は,次の条件 (i)–(iii) を満たすとき,因果作用素列と 5

呼ばれる:

(i) 各 t (∈ T ) に対して, 基本構造 [C(Ωt ), L∞ (Ωt , νt )] が定まる, (ii) 任意の (t1 , t2 ) ∈ T52 に対して, 因果作用素 Φt1 ,t2 : L∞ (Ωt2 , νt2 ) → L∞ (Ωt1 , νt1 ) が定義される, (iii) 任意の t1 5 t2 5 t3 に対して,Φt1 ,t2 Φt2 ,t3 = Φt1 ,t3 が成立する.


第 11 章 言語ルール 2(有界型) ─因果関係

282

また,各 t ∈ T に対して,L∞ (Ωt , νt ) 内の観測量 Ot =(Xt , Ft , Ft ) を定めたと き,対 [{Ot }t∈T , {Φt1 ,t2 : L∞ (Ωt2 , νt2 ) → L∞ (Ωt1 , νt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 ] を因果観測 5

量列と呼び, [OT ] と記す.すなわち,[OT ] = [{Ot }t∈T , {Φt1 ,t2 : L∞ (Ωt2 , νt2 ) →

L∞ (Ωt1 , νt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 ] とする. 5

(T (t0 ), 5 ) をルート t0 をもつ (有限または無限) 木半順序集合とする.各 t ∈ T に対して, 可分完備距離空間 Xt を定めて,(Xt , Ft ) をそのボレル可測 空間,Ot =(Xt , Ft , Ft ) を L∞ (Ωt , νt ) 内の観測量とする.すなわち,因果観測量 列 [OT (t0 ) ] = [{Ot }t∈T , {Φt1 ,t2 : L∞ (Ωt2 , νt2 ) → L∞ (Ωt1 , νt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 ] を考 5

える. ここで,P0 (T ) (= P0 (T (t0 )) ⊆ P(T )) を次のように定める:

P0 (T (t0 )) = {T ′ ⊆ T | T ′ は有限集合,t0 ∈ T ′ かつ Inf T ′ S = Inf T S (∀S ⊆ T ′ )} T ′ (t0 ) ∈ P0 (T (t0 )) とする.もちろん,(T ′ (t0 ), 5 ) は,有限木半順序集合なの で,親写像を用いて,(T ′ ={t0 , t1 , . . . , tN }, π : T ′ \ {t0 } → T ′ ) と書ける (6.2.3 節). さて,因果観測量列

[{Ot }t∈T ′ , {Φπ(t),t : L∞ (Ωt , νt ) → L∞ (Ωπ(t) , νπ(t) )}t∈T ′ \{t0 } ] を考えよう.各 s (∈ T ′ ) に対して,Ts = {t ∈ T ′ | t = s} と定めて, L∞ (Ωs , νs )

b s =(×t∈T Xt , 内の観測量 O s

 t∈Ts Ft , Fbs ) を以下の規則で定める (連続型測定理

論のとき (定義 6.15) と同様である):  O    s bs = O   b t)  Os ×( × Φπ(t),t O t∈π −1 ({s})

(s ∈ T ′ \ π(T ′ ) のとき) (s ∈ π(T ′ ) のとき)


11.3. 有界型言語ルール 2 (因果関係) b t =(×t∈T ′ Xt , これを逐次的に行なって,O 0

283

 t∈T ′ Ft , Fbt0 ) を得る.これは T ′

b T ′ =(×t∈T ′ Xt ,  t∈T ′ Ft , FbT ′ ) とも記す. (∈ P0 (T )) に依存しているので,O 任意の部分集合 T1 ⊆ T2 (⊆ T ) に対して, 自然な射影写像 πT1 ,T2 : ×t∈T2 Xt −→

×t∈T

1

Xt を,(10.3) と同様に,

×

t∈T2

Xt ∋ (xt )t∈T2 7→ (xt )t∈T1 ∈

×

t∈T1

Xt

によって定める. 上で定めた L∞ (Ωt0 , νt0 ) 内の観測量の族

{ } b T ′ =( × Xt ,  t∈T ′ Ft , FbT ′ ) | T ′ ∈ P0 (T ) O t∈T ′

は,明らかに次の一貫性条件を満たす2 .すなわち,

T1 ⊆ T2 を満たす任意の T1 , T2 (∈ P0 (T )) に対して,次を満たす: ( ) ( ) FbT2 πT−1 (ΞT1 ) = FbT1 ΞT1 1 ,T2

(∀ΞT1 ∈  t∈T1 Ft )

したがって,定理 10.13[測定理論版のコルモゴロフの拡張定理] により,次を満 ( ) b T = ×t∈T Xt ,  t∈T Ft , FbT が唯一存在する: たす L∞ (Ωt0 , νt0 ) 内の観測量 O

( ) ( ) FbT πT−1 (ΞT0 ) = FbT0 ΞT0 0 ,T b T = (×t∈T Xt , この観測量 O

(∀ΞT0 ∈  t∈T0 Ft , ∀T0 ∈ P0 (T ))

 t∈T Ft , FbT ) を,因果観測量列 [OT (t0 ) ] = [{Ot }t∈T ,

{Φt1 ,t2 : L∞ (Ωt2 , νt2 ) → L∞ (Ωt1 , νt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 ] の実現因果観測量と呼ぶ. 5

上の議論をまとめて, 6.4 節の (連続型) 言語ルール 2[因果関係] と同様に,次 を得る:

2

定理 10.13 では,P0 (T ) を考えたが,P0 (T ) でも同様な議論ができる.


第 11 章 言語ルール 2(有界型) ─因果関係

284

(有界型) 言語ルール 2 (因果関係) (i):因果関係の連鎖 因果関係の連鎖は,因果作用素列

{Φt1 ,t2 : L∞ (Ωt2 , νt2 ) → L∞ (Ωt1 , νt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2

5

により表現される.

(ii):実現因果観測量 因果観測量列 [OT (t0 ) ]=[{Ot }t∈T , {Φt1 ,t2 : L∞ (Ωt2 , νt2 ) → L∞ (Ωt1 , νt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 ] 5

b T =(×t∈T Xt , はその実現因果観測量 O

 t∈T Ft , FbT ) で実現される.

以上により,有界型古典純粋測定理論を次のように得る: [言語ルール 1(有界型)]

有界・純粋型測定理論 :=

(純粋) 測定

(科学言語)

[確率解釈]

[言語ルール 2(有界型)]

+

因果関係 [ハイゼンベルグ描像]

したがって,言語ルール 1(有界型) (10.2.1 節) と合わせて,

b T =(×t∈T Xt , 測定 ML∞ (Ωt0 ,νt ) (O 0

 t∈T Ft , FbT ), S[ωt0 ] ) により得られる

測定値

b (∈ (xt )t∈T が Ξ

b が ωt ×t∈T Ft ) に属する確率は,もし FbT (Ξ)

0

(∈ Ωt0 ) で

b 本質的に連続ならば,[FbT (Ξ)](ω t0 ) である となる.もちろん,連続型測定理論と同様に, 初期状態 ωt0 (∈ Ωt0 ) は固定されているので,状態は変化しない. となる.


11.4. ブラウン運動は運動か?

285

♠ 注釈 11.3. 有界型言語ルール 1(混合測定)(注釈 10.4) と合わせれば,注意 6.19 と 同様な議論も可能で,有界・混合型測定理論 (1.3 節 (Y)) が形成できる.すなわち, [(有界型) 言語ルール 1(混合測定)] [(有界型) 言語ルール 2]

有界・混合型測定理論 :=

(混合) 測定

(科学言語)

因果関係

+

[確率解釈]

[ハイゼンベルグ描像]

となる.

ブラウン運動は運動か?

11.4

本節では,確率論のブラウン運動 B(t, λ) ─例 6.24(酔歩) の連続時間バージョ ン─について,復習して,これを測定理論の言葉で議論する3 .(Λ, FΛ , P ) を確 率空間として,各 λ ∈ Λ に対して,実数値連続関数 B(·, λ) : T (=[0, ∞)) → R が定まって,次を満たすとき,B(t, λ),(t ∈ T ),をブラウン運動と呼ぶ.t0 =

0 < t1 < t2 < · · · < tn を任意として, P ({λ ∈ Λ | B(tk , λ) ∈ Ξk ∈ BR (k = 1, 2, . . . , n)}) ∫ ( ∫ ∫ ) n = ···( ( × G√tk −tk−1 (ωk − ωk−1 )dωn )dωn−1 ) · · · dω1 Ξ1

Ξtn−1

Ξtn k=1

(11.1) ここに,ω0 ∈ R,dωk は R 上のルベーグ測度,G√t (q) =

√ 1 exp 2πt

[

q2 2t

]

する. このブラウン運動を,測定理論の中で考えるならば,以下のようになる.(R, BR , m) をルベーグ測度空間とする.拡散方程式:

∂ρt (q) ∂ 2 ρt (q) = , ∂t ∂q 2

(∀q ∈ R, ∀t ∈ T =[0, ∞) )

3 「ブラウン運動=ウィーナー過程」であるが,気分としては,ウィーナー過程は「純粋数学」で, ブラウン運動は, 「日常言語の中に埋没した数学」と思えばよい.


第 11 章 言語ルール 2(有界型) ─因果関係

286

を考えて,この解から,前双対作用素列 {[Φt1 ,t2 ]∗ : L1 (R, m) → L1 (R, m)} を 次のように得る.すなわち,任意の ρ1 ∈ L1 (R, m) に対して,

(

) [Φt1 ,t2 ]∗ (ρt1 ) (q) = ρt2 (q) =

∞ −∞

ρt1 (y)G√t2 −t1 (q − y)m(dy)

(∀q ∈ R, ∀(t1 , t2 ) ∈ T52 ) と定まる. 簡単のため,各 t ∈ T =[0, ∞) に対して,(Ωt , Bt , dωt ) = (R, BR , m) とおく.

L∞ (Ωt ) 内の精密観測量 Ot

(e)

= (Ωt , Bt , Ft ) を考える.Φt1 ,t2 = ([Φt1 ,t2 ]∗ )∗ と (e)

おいて ( すなわち,Φt1 ,t2 は [Φt1 ,t2 ]∗ の双対作用素),因果精密観測量列

[OT ] = [{Ot }t∈T , {Φt1 ,t2 : L∞ (Ωt2 , dωt2 ) → L∞ (Ωt1 , dωt1 )}(t1 ,t2 )∈T 2 ] (e)

5

を得る.定理 10.13[測定理論版のコルモゴロフの拡張定理] により,実現因果観

b T = (×t∈T Ωt , 測量を O

b T , S[ω ] ) を  t∈T Bt , FbT ) を構成して,測定 ML∞ (Ω0 ) (O 0

得る. さて,次を仮定する:

b T , S[ω ] ) により測定値 x 測定 ML∞ (Ω0 ) (O e (= (xt )t∈T ∈ ×t∈T Ωt = RT ) が 0 得られた. ここで,測定値 x e (= (xt )t∈T ∈ RT ) の性質について考えよう.

t0 = 0 < t1 < t2 < · · · < tn として,D = {t1 , t2 , . . . , tn } とおく.また, ) ( T e = ×D Ξ t∈T Ξt = (×t∈D Ξt ) × (×t∈T \D Xt ) ∈ BR とおく.このとき,測定値 e ×t∈T Ξt に属する確率は,言語ルール 1(有界型) (10.2.1 節) x e(= (xt )t∈T ) が Ξ= D

により,

(

( ( ( ) e (ω0 ) = F (Ξ0 )Φ0,t F (Ξt ) · · · Φt ,t FbT (Ξ) 1 1 n−2 n−1 F (Ξtn−1 ) ( )))) × Φtn−1 ,tn F (Ξtn ) (ω0 )