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今年の初めにマリで発生した軍事クーデ   ターをきっかけに、サハラ砂漠のど真ん中 に新しい国ができた。この ﹁アザワド国家﹂ を設立したのは、トゥアレグというサハラ の原住民である。国際社会がまだ認めてい ないアザワドは、ヨーロッパで大きな議論 を引き起こしている。   年代からニジェール、マリ、アルジェ リア、リビアとブルキナファソに分散して

でも、 ﹁アザワド﹂の独立を応援したいと 思う。

イスラム国家にするつもりはない ﹁アザワド共和国﹂の独立  4月6日に、 を世界に宣言したMNLA︵アザワド解放 民族運動︶の外交官である、モサ・アグ・ アタヘル氏は、1979年に生まれたトゥ アレグ人新世代のインテリである。社会人 類学などいくつかの資格を得た彼は、マリ 北部の学校でトゥアレグ人の独自の言葉で あるタマシェック語を導入するプロジェク ト、遊牧地域での健康センター等を設立し た後、マリ中央政府が現地のイニシアチブ を妨げる現実を認識し、トゥアレグ人が独 立する必要性を痛感した。 ● いつからMNLAに入ったのですか。 ̶̶ ︵MNLAの旧名︶  ﹁2010年、MNA を他のトゥアレグ人のインテリと共に設立 してから、僕はマリ軍に抵抗してトゥアレ グ戦士と一緒に戦った。そしてMNLAの 依頼で、今年の1月からヨーロッパ諸国へ 向けてのスポークスマンになった﹂ 1月に何があったのですか。 ̶̶ ﹁MNLAはイスラム過激派〝アンサル   ・ディン〟を攻撃した。アンサル・ディン

いるトゥアレグ人はおよそ150万人と言 われている。らくだを飼う遊牧民である。 マリ北部にあるアザワド地域のトゥアレグ 人が、 年前から起こしている独立運動は、 フランスの植民地が残した国境の有効性、 そして 以上の少数民族が住んでいる国の 現実を考えさせる。また、今までマリ共和 国はアフリカの中で民主主義のモデルと思 われていたかもしれないが、 年代にマリ の軍隊は何千人 ものトゥアレグ 市民を虐 殺した 事実も明らかに なった。  何より世間を 驚かせるのは、 優れたアーティ ストを世界に紹 介するマリに、 年ほど前から アルカイダ系の テロ組織が浸透 し続けたことで ある。現在、ア ザワドの設立は、 そのイスラム過 激派組織の拡大

現地のイスラム過激派組織、または ̶̶ 国際テロ組織マグレブ・アルカイダ〝AQ MI〟がサハラ砂漠にどうして浸透してき

トゥアレグ人の文化では、女性では ̶̶ なく、男性がベールで顔を隠すという独特 なイスラムがあると言われているが、それ はどうしてですか。 ﹁トゥアレグ人はムスリムであり、一夫   一婦の母系社会でもある。顔のベールは男 性が尊敬などを表わすために女性、年寄り などの前で巻くという文化に根付いている。 コーランでは女性の顔や髪を隠す必要性が あると一切書いていないから﹂

はイスラム法︵シャリア︶を強制したいマ リ出身の組織。トゥアレグ人は決してイス ラムの原理主義者ではない、またアザワド をイスラム国家にするつもりはない。それ を伝えるために、ヨーロッパに来た﹂

砂漠のブルース は訴える

たのですか。 ﹁このような組織は 年前ぐらいからマ   リの砂漠に入った。その広いテリトリーで

に対し警鐘を鳴らす。サハラ砂漠に介入し た三つのテロ組織が、今アザワドの政権を 掌握しようとしているからである。  アザワドの要求は何か。トゥアレグ人は 過激派と関係があるのか。2008年から、 ニジェールやマリで連発したAQMI︵イ スラム・マグレブ諸国のアルカイダ︶ 、M UJAO︵西アフリカ統一聖戦運動︶等が 犯行声明をした誘拐事件︵当時、要求がな いか、あったとしても発表されていない︶ に当たって、フランスのメディアは原理主 義団体と共にトゥアレグ人を糾弾した。し かし、アザワドが誕生してから、少しずつ 誤解が溶け始めた。  トゥアレグという民族は、母系社会に基 づくイスラム教を守り続けている。今彼ら が アザワドを設立したことは、サハラ砂漠 に広がるイスラム過激派テロを食い止める 武器であり、国際社会が認めるべきではな いかと思う人は少なくはない。アフリカで 浸透しつつある﹁タリバン化﹂ 、そして経 済大国による資源の無茶な開発の問題が深 刻化している。トゥアレグのサハラでは、 石油、金、ガスの他、ウランが 年代から 採掘されている。去年アザワド地域でもウ ランが発見された。せめてこれはフランス や日本の原子炉の燃料にならないためだけ

アザワドの市民はMNLAを支えて ̶̶ いますか。

に対抗する手段を国際社会、西アフリカ諸 国経済共同体に訴え、交渉する﹂

現況は、どうなっていますか。 ̶̶  ﹁三つのテロ組織がアザワドを支配して いる。MNLAは市民を守るために、町で 武力闘争を起こしたくないから砂漠に撤退 している。これから、民主主義に基づいた 臨時政府を設立したアザワドは、テロ組織

 ﹁アンサル・ディンはトゥアレグ人数人 が入っている組織だが、決してトゥアレグ の国民を代表してはいない。当時、MNL Aがアンサル・ディンとイスラム国家設立 に同意することは発表されたが、実際それ はMNLAの数人の発言だけだった。MN LAの大多数はイスラム法を拒否する﹂

誘拐、麻薬、武器という様々なビジネスを やり始めた。彼らは軍というよりマフィア の小団体に過ぎない。MNLAが7000 人としたら、彼らはその半分である。しか し、彼らには膨大な資金力がある。それが 中近東などから来ていることは明らかだ﹂ 4月に国際メディアではトゥアレグ ̶̶ 人のMNLAが〝アンサル・ディン〟のよ うにイスラムの過激派になったという報道 があったが、それは事実ですか。

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MNLA の 外交官 アグ・ アタヘ ル・モ サ(写真 =Mossa Ag Attaher)

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サハラ砂漠の新しい国 アザワド

90 November, 2012 November, 2012

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アリサ・デコード・豊崎

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MNLAの戦士が持つアマジールの旗(アマジーグではない。GhはR) 。アマ ジールは 北アフリカの 原住民と主張 する。 「アザ 」と読 む 文字(ティフィナル 文字)は、アマジル=「自由の人」を意味する。 (写真=Mossa Ag Attaher)


﹁MNLAはアザワドの設立に関して、 各コミュニティの伝統的な村長から同意を 得た。プール、ソンライなどの民族は武装 紛争に参加しなかった。戦ったのはトゥア レグ人だけである。命を落としたのもトゥ アレグ人である。その事実を知っている各 コミュニティが今、アザワド国家を支えて いる﹂ MNLAはどんな経済の方針を考え ̶̶ ているのですか。  ﹁まず汚職のない健康な行政機関を作る。 そして現地のすべての潜在力を開発する。 ガオとトンブクトゥを通るニジェール川で 伝統的な米作りをすれば、6カ月分の自給 自足ができる。牧畜産業にも大変豊かな地 域であり、牛や羊の物価統制を作れば、ア ルジェリアや象牙海岸への輸出の収益が今 よりも上がる。可能性は非常に大きい﹂

らないが、今その資源を開発するのは優先 ではないとしか言えない﹂ 最後にメッセージはありますか。 ̶̶  ﹁アザワドの現況は、武器の争いではな く、政治の争いである。MNLAの代表者 として、欧州議会に参加し、アザワドは独 立国家としての政策を持ち、国民の協力を 得ていると強調したい。アザワドはイスラ ム過激派などとまったく関係ない歴史があ る。マスコミがどんな情報を流しても、こ の真実だけ忘れないでほしい﹂

ティナリウェンは警告する ︵国連難民高等弁務官事務所︶  UNHCR によると、マリ北部で発生した紛争を逃れ る難民は 万人に達している。トゥアレグ 音楽を専門にするフランスのレーベル= はその緊急な事態に応じて Reaktion 〝 Songs For Desert Refugees 〟のアルバ ムを作った。  ﹁今年の始めにマリの北部では大変なこ

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い﹂とティナリウェンの中で一番信心深い のアブダラ・ハサンが話した。 、焚き火の周りでティナリウェンを  当時 歓迎しに、サハラ中から反乱の仲間が大勢 集まっていた。初期から自由のサハラを取 りもどすために戦っていた戦士たちには、 近年、伝染病のように広がっていくイスラ ム教が操るテロが理解できない。彼らは、 らくだの群が絶滅した 年と 年代の干ば つの悲劇を体験し、カダフィ大佐の軍事キ ャンプで生まれた反乱のメッセージをエレ キ・ギターに乗せて伝える、独立運動を何 度も復活させた誇り高いトゥアレグ人であ る。しかし今年、仲間だったイヤドが原理 主義の組織アンサル・ディンに入るという 裏切りを知り、トゥアレグ人でも買収され ることがある、と彼らも痛感した。  ワールド・ツアーからキダル市へ帰った イヤドゥは、戸惑いの声で話している。電 話が盗聴監視される恐れがある。  ﹁アザワドの状況はとても厳しい。難民 が多くて財力が足りない。しかしこの前、 キダル市では女性たちがMNLAの旗を持

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参加したが、カリスマのリーダーであるイ

って誇り高く歩いて いた。まだ戦いが終わ っていない﹂とイヤドゥが静かに言う。彼 は家族や友達の命を心配しながらツアーに

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アザワドのキダル地域で見つかった ̶̶ ウランを開発する予定ですか。  ﹁ニジェールのサハラでは、 年代から フランスのアレバによってウランが開発さ れてから、地下水が汚染され、生態系が崩 れてしまい、病気も現れ、その美しい地域 で遊牧生活ができなくった。アザワドでは、 ウラン以外、石油、金など沢山の資源があ る。これからどうするのか決めなければな

にトゥアレグ反乱のヒーロだったイヤド・ アグ・アハリは、今アンサル・ディンの過 激派をリードしている。その裏切りは誰も 予測できなかった。 ティナリウェンは ﹃タ  2010年 月に、 ッシリ﹄を録音するためにアルジェリア南 部のジャネットに来ていた。その時に会っ たベーシストのイヤドゥ・アグ・ レシェは、 ﹁原理主義になったトゥアレグがいれば、 我々がすぐ分る﹂と強調していた。当時、 ニジェールで誘拐されたフランス人の人質 を暗殺した疑いでテレビにループで映って いたテロリストのアブデルクリム・トゥア レグが、証拠もなくトゥアレグ人として紹 介されていた。それ以来、中央サハラは一 気に空っぽになり、トゥアレグ人はフラン スで﹁イスラム過激派﹂として見なされは じめた。しかし、 ﹁自由の人々﹂と自ら呼 ぶトゥアレグ人は、このアブデルクリム・ トゥアレグの存在さえ知らなかった。  ﹁ターバンを巻いてサハラを歩くと、誰 でもトゥアレグ人に見える。確かに麻薬、 武器などを密売しているアラブ人の過激派 テロ組織がマリとニジェールのサハラ砂漠 に浸透してきた。そのマフィアの運搬に巻 き込まれているトゥアレグ人がいるに違い ないが、彼らはイスラム原理主義者ではな

とになっていると聞いて、すぐアーティス トの許可を得て、既存の曲でダウンロード 形式の慈善コンピレーション・アルバムを 作った。これが凄く人気が出て、以前、協 力したことのあるドイツのレーベル、グリ ッターハウスが、オリジナル・トラックが 入るCDアルバムを一緒に作ろう、と提案 した﹂と担当者のセドリックさんが語る。 ティナリウェン、テラカフト、ボンビーノ など、反乱や砂漠の美しさを歌う有名なト ゥアレグのバンドが無償で参加した。6月 にリリースされたこのアルバムの全利益は マリ北部 、アザワドで活動するフランスの 二つのNPOに寄付する。しかし、現地に 送金する方法もなく、大変だとセドリック さんが説明する。  ﹁原理主義者がキダル市のネットカフェ とウェスタン・ユニオンを破壊した。結局、 フランスから現地へ寄付金を運んだのは、 ティナリウェンのメンバーだった﹂ 2回来日し、グラミー賞も勝ち取ったテ   ィナリウェンの出身地はキダル地域である。 ツアーが終わって、現在彼らの新国﹁アザ ワド﹂に帰ったティナリウェンは、喜びと 悔しさを抱いている。  現在、イスラム過激派アンサル・ディン がキダル市を支配している。1990年代

﹁トゥアレグ人は臆病ではない。戦う時   が来たら、戦うしかない﹂と2年前会った

ある。

 イ ヤ ド ゥ は 最 近 新 し い 曲 を 作 っ た。 で ア ッ プ さ れ た こ の 歌 は、 〟 YouTube 〟=﹁売られた国民﹂へ Toumast Tincha のメッセージである。 ﹁自分の宗教を見捨 てないで、トゥアレグ人を裏切った者は、 欲張りな人殺しに過ぎない﹂ 。トゥアレグ 音楽の中で、初めてイスラム過激派のこと をはっきり警告したこの曲は大事な一歩で

ブラヒム・アグ・アルハビブは1月からず っとアザワドに残っている。彼は、どんな に有名になっても、以前と変わらない ̶̶ 優先は音楽ではなくて、愛するコミュニテ ィの命である。 ﹁ツアーはイブラヒムなし でも、うまくやっている。メンバー全員が アザワドのことで、2倍の迫力を入れて、 演奏している﹂とツアー・マネジャーのバ スティアンが話す。

『タッシリ』 録音時のイヤドゥ (写真=筆者)

“Songs For Desert Refugees” Reaktion / Glitterhouse

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92 November, 2012 November, 2012

●Alissa descotes-toyosaki=ライター、ジャーナリスト、写真家。 サハラ砂漠の 遊牧生活 を 支援 する団体 サハラ・エリキ 主宰。父 はフランス 人、母 は日本人。 砂漠でラクダ使いをやりながら、日本で原発問題等の取材活動を行なっている。

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Azawad サハラ砂漠の新しい国