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2 0 0 7 OCTOBER

Vol.3

特集

アーとなことば

定価0円

ケッタで帰ろまい!   負けて曰く勝って曰く  オノマトペで遊ぶ ほか


文芸人 BUNGEI+JIN/BUN+GEININ

表紙デザイン 阿久澤 騰

2007. 10/17 Vol.3 日本大学芸術学部文芸学科ジャーナリズム実習Ⅱ

カレン族の言葉では……

04

負けて曰く勝って曰く

06

人々を癒し続ける詩「千の風になって」

08

そこらへんからうまれるもの。

10

オノマトペで遊ぶ

12

私たちのサンクチュアリ

14

ケッタで帰ろまい!

16

四季言葉

18

ごぶらっふの独白

20

日常に潜むアート

22

花 -momento-mori-

23


文芸人 Vol.1 


美しき『吐き気』 という大きな括りを細かく分ける

レ ン 族 の 村 で あ る。 『カレン族』

二 00 六年三月、私はタイ北部の ある村を訪れた。少数民族、白カ

いう。 彼ら自身が観光資源なのだ。

事で、政府からも補助金が出ると

た事だが、この様な生活を続ける

れは後になってからテレビで知っ

は、カレン族の出自であった。こ

たしがチェンマイで雇ったガイド

の場合ガイドを雇う事になる。わ

ない。単独では困難であり、大方

すらも見せない。

関わらず、まったく逃げる素振り

リが居るが、繋がれていないにも

全体で十戸余りの集落である。家   

り込んで涼んでいる。これが数棟

葺いた屋根の家は高床式。犬が潜

風通しの良さそうな木の葉や枝で

その夜、焚き火に当たりながら竪          

畜は犬の他に黒い豚、牛、ニワト    

立 ち 並 び、 少 し 離 れ て ま た 数 棟。

琴の様な形をした民族楽器「テナ」

記録した。

馴染んだ一眼レフで、その表情を

少し俯いた。わたしは、良く手に

葉 で。 す る と 彼 女 は は に か ん で、

の言葉で褒めた。彼女に通じる言

た。だから。覚えたばかりの、こ

が描いたイメージにぴったりだっ

にある。ともかく彼女は、わたし

きだったりするもので、それらの

だったり雰囲気だったり言語の響

と、感じようとする。それは色彩

現代日本には無いものを見よう

や イ ン ド に 行 き た が る。 そ こ で、

日本人は人生に悩むと東南アジア

の だ。 こ れ は わ た し の 私 感 だ が、

も場所も、そうは無かろうと思う

いうテーマにこれ程ぴったりな語

外国の言葉が、日本語で別な意味を持つ。

と、他に黒カレン族、パドゥン・

首都バンコクの盛況ぶりから考え

   

カレン族とは

の演奏を聴いた。三味線を思わせ

登って来る先生の手に委ねられて

してカレンの言葉のいろいろを教

家に上がらせて頂き、ガイドを介

り た。 … と い う の は 無 理 な 話 で、

時に登ってきたのと同じ山道を下

りを思いつつ、翌朝、ここに来る

こ れ は そ ん な体験記。

カレン族 俗 ( にいう首長族 と )い った種族が存在する。さらに細か

ると、 不便この上ない生活である。

る音色に、日本の民謡によく似た

いる。しかし、少数民族であり難

わった。その時に一番印象が強か

麓 に 着 く 頃 に は 息 も 絶 え 絶 え で、

フレーズ。きっとあった古の繋が

民である彼らは、ここから動く事

っ た の が、 右 に あ る 単 語 で あ る。

し か し、「 ア ー ト 」 と「 言 葉 」 と

ものではないだろうか?  

坂 ( 井紀子

)

言い方を変えれば「アート」その

い分類は出来るのだが、脱線して

村には学校が無いので、子供たち    

村を去る

しまうのでここでは割愛しておこ

の教育は月一回のペースで街から

彼らの生活

を禁じられているのだ。

とてもそれどころではなかった。 があまりにも大き過ぎて。ちょう 少女が現れたのは。たった今聞い

村に入る

意味するものと、語感のギャップ

その瞬間は訪れた

う。

    共通点といえば、彼らの収入が観 光客によってもたらされる、とい

う事だろうか。手製のバッグや装    

前置きが長かったが、ここから先

た言葉が、ビジュアル化してここ

どその時だった。柱の陰からこの   アートとしての東南アジア

山奥にある為、行くには険しく入

はわたしが直に見たものである。

飾具を売るのである。それと村は り組んだケモノ道を通らねばなら

 文芸人 Vol.3


東郷平八郎

して既に勝てる者に勝利の栄冠を

明は唯平素の鍛練に力め、戦はず

て 兜 の 緒 を 締 め よ 」 で あ る。「 神

解散式の辞のしめくくりが「勝っ

局これは失敗し、アメリカでは対

意図のもとの外交戦略である。結

らも中国進出を進めようという

悲心から起こした行動ではなく自

の遠因がここに生まれることにな

日感情が悪化し第二次世界大戦へ

平に安ずる者より直に之を奪ふ」

る。

授くると同時に一勝に満足して治

の後に続く。未曾有の大勝利に湧

え続けることの出来る「アートな

である。後の世の人々に影響を与

ずだ。そこで輝いてこそ真の名言

純粋な本心から絞られた本音のは

んだ戦いの帰結についての感想は

いだろうか。己の全てを賭けて挑

れる言葉は勝負の後の言葉ではな

数あれど、真に心の底から発せら

  世に「名言」と呼ばれる言葉は

に対しロシア側は戦艦、巡洋艦の

本側の損害が水雷艇3隻だったの

っていたということもあるが、日

遠路はるばるやってきて疲弊しき

開いた。戦闘はバルチック艦隊が

差し掛かっていた。この海戦で連

ロシアが争った日露戦争も終盤に

は明治。朝鮮半島を巡って日本と

ものの、疲弊しきっており、日本

かし陸軍は奉天の会戦で辛勝した

争は日本側の「勝利」である。し

が如し」と称された作戦参謀・秋

た の は 東 郷 で は な く、「 知 謀 湧 く

いだろう。実はこの名文を起草し

のは、なかなか簡単なことではな

がれた。これは賛否両論あるとこ

縮会議では反対派の重鎮として担

ずもがなであろう。当の東郷も軍

たか。後の歴史を振り返れば言わ

ていたものと思われる。

ズベルトはそのことをよく理解し

亡国の元になることもある。ルー

外交が繰り広げられる近代世界に

読み上げたところに意義がある。   魑魅魍魎が跋扈し、虚々実々の

山 真 之 な の だ が、 東 郷 が 承 認 し、

ろ だ ろ う。 「勝利の後こそ気をつ

和を勝ち取ったのだから、日露戦   その点、日本側はどう受け止め

スキー中将麾下のロシア海軍を撃  

合艦隊司令長官・東郷平八郎率い

海海戦の結果如何によっては危う

滅しポーツマス条約締結への道を   確かに日本側に有利な条件で講

る日本海軍は、ロジェストヴェン

い立場に置かれたと言われてい

け ろ 」。 何 も こ れ は   外交の世界

う異例の処置をとっている。

じて全海軍に文書で通達するとい

ことであるとして、海軍長官を通

葉をアメリカ海軍軍人にも重要な

ア・ルーズベルトはこの東郷の言

く日本海軍にこの言葉を浴びせる   当時のアメリカ大統領、セオド

言葉」であろう。世に言う「世界

全てを失うという海戦史上稀に見

る。ポーツマス条約の仲介はアメ

アートな言葉

三大海戦」 。この言葉はその三大

る空前絶後の大勝利だった。

だけの話ではなのだ……。

おいては、ただ一つの成功体験も

海戦の一つ、日本海海戦で勝利を

リカが行ったが、これは無論、慈

勝利から来る慢心

収めた指揮官の言葉である。時代   その大勝利を収めた連合艦隊の

 

「 古人曰く、勝って兜の緒を締めよ」

勝って曰く

文芸人 Vol.3 


厘である。2004年にシーズン

ー七年間の通算打率は3割3分2

に所属するイチロー選手。メジャ

  大リーグ・シアトルマリナーズ

あ る。 マ リ ナ ー ズ の 連 続 試 合

か」と質問した記者への返答で

れ た 時 に「 が っ か り し て い る

続試合安打が23 試合で途切

グデビューした2001年、連

  この言葉はイチローが大リー

本安打、連続首位打者など数々の   イチローの言葉から学べること

見せた。日本球界時代から200

  しかし、イチローは前を向いて

う。

者の疑問はもっともだと言えよ

ら、がっかりして当然である。記

録を破るチャンスを失ったのだか

多く所属していた。そこの球団記

新記録となる「25」を記録した。

前で、イチローは第一打席で球団

1日、テレビにかじりつく筆者の

殿堂入りが約束されたスターが数   そして6年後の2007年6月

最多安打記録を84年ぶりに更新

安 打 の 球 団 記 録 は 2 4 試 合 だ。

は「 結 果 に 固 執 し て は い け な い 」

を左右する。

した日本が誇る「安打製造器」も、

2001年のマリナーズといえ

記録を創りあげてきたイチローだ

ということであろう。もちろん結

記録が途切れて

3回打席に立てば1回は凡退する

ば名門球団である。かつてはケ

からこそ、記録との付き合い方も

 

計算である。野球は失敗のスポー

ン・グリフィーJr 、アレック

果を求めることも大切だが、同時

が信じてきた道をいけば結果も付

じることはない。今まで通り自分

録を破れなかったからといって恥

記録が後を付いてくる。だから記

している。その成果として数々の

くし、最高の結果を得ようと努力

ているのではない。常に最善を尽

  イチローは記録の為に野球をし

が出ない時に過程を見つめるのは

タンの言葉である。なかなか結果

創始者、ピエール・ド・クーベル

ことだ」とは近代オリンピックの

成功することではなく、努力する

とだ。人生において大切なことは

は勝つことではなく、参加するこ

る。 「オリンピックで重要なこと

に自分が歩んだ過程も重要であ

「結果」より「過程」

ツだ。だからこそ、結果に対して

心得ていたのだ。

いてくるはず……。そんな鉄の意

難しいことだが、イチローの歩み

 文芸人 Vol.3

ス・ロドリゲスといった将来の

思とすさまじい自負心が感じられ

こそ結果への王道ではないだろう

か。         (吉本竜太郎)

ないだろうか。  

三振を喫するイチロー(出典・Wikipedia)

どう向き合うかがその選手の今後

イチロー

「僕はいつも一生懸命プレーしようとしているけど、今日は結果が出ませんでした。 でも、そのことを悔やんでもいないし、恥ずかしいとも思っていません。 なぜなら全力を尽くしたからです」

負けて曰く


めた。先日発表されたオリコン上

題を呼び、多くの人々の注目を集

手秋川雅史が歌った曲が大きな話

う。そんな騒動の中、テノール歌

心をひいたのは記憶に新しいだろ

が発生して別な意味で世の中の関

  去年の紅白歌合戦、色々と問題

介されたことをきっかけに徐々に

朝日新聞の社説(天声人語)で紹

ではない。日本では2003年に

に複数の有力説があり確実なもの

な説とされている。しかし、未だ

のであるというのがもっとも有力

カ人女性が友人に宛てて書いたも

であり様々な説があるが、アメリ

が付けられた。原詩の作者は不明

      」に小説 my grave and weep 家、新井満によって日本語訳と曲

だ か ら で あ る。 し か し、「 Do not

対的なものであって、唯一の存在

という思想は存在しない。神は絶

欧米諸国には多数の神が存在する

キリスト教などの宗教を信仰する

ア メ リ カ は 一 神 教 で あ る。 本 来、

のに対して、原詩の発祥地である

味を持っている。日本が多神教な

全てに神様が宿っているという意

えであり、この世に存在するもの

がある。八百万とは「多数」の例

り続けるというのは、どちらかと

て残された人々をいつまでも見守

に存在するあらゆるものに変わっ

このような詩の内容も日本人の心

は 変 え る こ と は で き な い だ ろ う。

されているとしても根本的な内容

ある程度は日本人に合わせて翻訳

秋川雅史

日 生まれ。

(あきかわまさふみ)

1 9 67 年

型。

デビュー。「テノール

として幅広く活躍。

ガーソングライター、写真家

日本の小説家。その他、シン

1 9 4 6 年 5 月 7 日 生 ま れ。

(あらいまん)

新井満

の貴公子」と呼ばれる。

年 に、 日 本 コ ロ ム ビ ア 2001 より最年少テノール歌手とし

高位受賞

クール第 位 1 、日本クラシッ ク音楽コンクール声楽部門最

学院修了。カンツォーネコン

国立音楽大学卒業、同大学大

型は

手。愛媛県西条市出身。血液

日本の声楽家でテノール歌

11

人々を癒し続ける詩「千の風になって」

半期シングルランキングでは見事

その知名度を上げたが、欧米では

いうと一神教を信仰する人々の思

を動かした一つの要因となってい

10

テノール歌手秋川雅史によって異例の大ヒットとなった「千の風になっ て」。しかし欧米諸国の人々にとっては昔から深く馴染みのある詩だった。

り受けない。日本という国には古

一位に輝いた。男性ソロ歌手によ

長い間語り継がれているものであ

」に stand at my grave and weep 関してはどこか違うものを感じ

される詩「  Do       at not stand

る首位獲得は15 年ぶりだそう

る。 原詩自体は短く解釈も様々で、

る。詩の内容から、死者が世の中

来から「八百万の神」という言葉

だ。 こ れ 程 ま で に 人 々 に 愛 さ れ、

多くの人々に訳詩されている。

大ヒットを 記録した曲

感動を与えた名曲「千の風になっ

  「千の風になって」の詩を読ん

想というより、多神教を信仰する

るのだろう。

て」について紹介したいと思う。

でみると、不思議なことに他国で

日 本 人 の 思 想 に 近 い 感 じ が す る。

思想の違い

  「 千 の 風 に な っ て 」 は、 実 は 日

書かれた言葉だという印象をあま

詩の始まり 本の歌ではない。アメリカ発祥と

A

C D

文芸人 Vol.3 


人々を癒し 続ける名曲   人間は生きて行く中で、大切な 人 と の 別 れ を 避 け て は 通 れ な い。 そしてそれは誰もが経験しなけれ ばならないことだ。それがいつ訪 れて、誰との別れなのかは誰にも 分からない。例え、受けとめる覚 悟をしていたとしても実際に訪れ た時の悲しみや絶望は計り知れな い。人々はどうすることもできな い現実を少しでもやわらげる為に 詩に救いを求めるのだろう。   この詩からは、残された人々の 行き場の無い思いを静かに癒す底 知れぬ力を感じるのだ。もしかし たら、死者の最後の思いを伝える 為に生まれたものなのかもしれな い。 「千の風になって」はこれか らも多くの人々の悲しみを癒し続 けるだろう。そして世代を越えて 語り続けられるはずだ。               (小野寺愛)

 文芸人 Vol.3


そこらへんからうまれるもの。

の乱れ”と言われるが、言葉はそ

本語として定着するまでは“言葉

意味を知り、使うようになって日

だんだんと広がっていく。誰もが

ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 中 で 使 わ れ、

時間が経つと、その概念と共にコ

持 ち を 表 現 す る こ と に 使 わ れ た。

する、執着や行為、傾倒などの気

やアニメなどのキャラクターに対

す」という意味だが、これが漫画

芽 を 出 す・ 心 の 中 に 生 じ る、 兆

ということばだ。本来は「草木が

と り の 中 で 発 生 し た の が【 萌 え 】

一 部 で 生 ま れ た 新 し い こ と ば は、   そのインターネット上でのやり

うやって変化して、今日使ってい

意味がわからない。それきりその

脈からわかった。だが【萌え】の

ついて言っているらしいことが文

という漫画を借りてい Backers" た。どうやらそれの登場人物達に

に『蛮ちゃんと赤屍さんは萌えで

た。部活の後輩からもらった手紙

語に接したのは中学生の頃だっ

ばれがちだが、普通に生きている

を持つ人が「アーティスト」と呼

「アーティスト」は、 "Get に考えると、 発信者だ。訓練された特殊な技能

す 』 と 書 か れ て い た。 よ く わ か

人でも”ことば”というツールを

る生命活動のことだ。そういう風

し、他の人に見てもらい、共有す

界の見方を、技術でもって具現化

で気付かされる、人間の本質や世

  私 が 初 め て【 萌 え 】 と い う 単   アートとは、人間が生きるなか

生する。だんだん会話が続いてい

計な飾りのついていない、真理を   人が集まる場所では、会話が発

使って発信することができる。余

くと、その中でしか通じない新し

ある。

けず面白いことばに出会うことも

まれたりする。だが時折、思いが

ばばかりで、だから誹謗中傷が生

で、薄っぺらい、つまらないこと

で き る 場 所 だ。 大 半 は 自 分 勝 手

しがらみを気にすることなく発言

くも悪くも普段その人を取り囲む

匿名性の高いネットの世界は、良

いる人が殆どじゃないだろうか。

の立場を考えた上でモノをいって

葉の伝達速度の向上ももたらし

ンターネットは、同時に新しい言

本人が瞬時に発信できてしまうイ

まう。入手した情報を、入手した

って貰うまでに時間がかかってし

信されるため、どうしても受け取

や会社組織などを通過してから発

今までのメディアは何であれ、人

時 間 も 短 縮 さ れ る こ と に な っ た。

でなく、それが伝達されるまでの

ネットが普及すると、情報量だけ

圧倒的に増える。そしてインター

ら れ る メ デ ィ ア が 生 ま れ る。 そ

オ、電話など、遠くにいても伝え

がしばらく続いた後、新聞、ラジ

報を伝達する手段がなかった時代

  人と人とが直接会うことしか情

モノの共通している部分を明確に

言葉に違いない。言葉は、異なる

同じ趣味を持つ集団が使いだした

いないので述べられないが、元々

生したかについてはよくわかって

があるのではないか。どこから発

る感じ方というか、自覚のしかた

好きだと思う気持ちには、共通す

っ た 感 情 は 人 そ れ ぞ れ だ け れ ど、

い。そういうフェティシズムが入

好きと言っているのかもしれな

同じモノが好きでも違う所を見て

人々の間で共有できる情報の量が   好きなモノは、人によって違う。

し て そ の 後 テ レ ビ が 登 場 す る と、

して、他者と共有するためのする

る。

や魅力を感じている場合などがあ

よって様々で、愛しさをさす場合

またそのことばがさす範囲は人に

感 動 詞 に 用 い ら れ る 場 合 も あ る。

用 法 と し て は、 感 情 を 表 す 名 詞、

本来動詞だったが、現代派生した

後輩との交流も途絶えてしまった

伝 え る 言 葉 が『 ア ー ト な こ と ば 』

いことばが発生する。昔も今もそ

た。

る言葉になっているのだ。

が、後から頻繁に新聞や本で【萌

だと思う。

れは同じで(というか、それがこ

萌えとは何か。 広辞苑には当然のっていない。イミダスとかウィキペディアには載っ ている。ある子供向けアニメの主人公の名前とか、誤変換がそのまま 定着したとか、出所は諸説あるがよくわかっていない。そんなものは、 後の時代になってから日本語学者が研究して一番それらしい語源を定 義してくれるだろうと思うので、ここではまだ生まれたばかりの【萌 え】が含む『アートなことば』的な部分を考えてみる。

なったので、ああだいたいこうい   しかし、素のままの言葉を発す

え】関連の記事を目にするように

るのは難しいもので、普段は周り

と ば と い う も の な の だ け れ ど )、

ら な か っ た。 手 紙 と 一 緒 に

う 意 味 の 新 し い こ と ば な の だ な、

の人のことや、それと関わる自分

ためのツールであるから、【萌え】

と認識した。

文芸人 Vol.3 10


トなことば』性を感じるのだ。イ

生 き 残 っ た と い う 部 分 に、 『アー

現したものだったから言葉として

人   々に共通する感情を的確に表

と思う。

とばの持つ説得力があったからだ

ったから』ということと、そのこ

になったのは『それなりに便利だ

それ以外の人々にも使われるよう

き残るものは生き残り、捨てられ

価値観によって取捨選択され、生

ない絵画はみなその時々の人々の

きた。しかし現在残っている数少

昔からたくさんの人が絵を描いて

力があるものだ。 アートも同じで、

中で残ったものは、何らかの説得

報が量産され、使い古されていく

た後にすぐ捨てられてしまう。情

播し、オタク的な文化としてだが、

書籍やテレビなど、別媒体にも伝          

の が“ 電 車 男 ” ブ ー ム が 起 こ り、          

中で使われているばかりだったも

いる。そしていままではネットの

い速いスピードで広がりを見せて

速さに助けられ今までに無いくら

ことばだが、ネット社会の伝達の

【萌え】はまだ生まれたばかりの

作”だけが次の世代に伝えられる。

ていく。大半の情報は、見られる   人々に受け入れられてきた“名

発信の中心になるのだろう。

ン の 場 で あ り、、 新 し い こ と ば の

ネットは重要なコミュニケーショ

し発信することができるインター

が、いまや誰でも手軽にアクセス

は伝わる対象が限られるのだろう

た。やはり一つのメディアだけで

広く世間に知られるようになっ

)

ン タ ー ネ ッ ト メ デ ィ ア の 中 で は、 るものはどこかへ消えていった。

有 ( 迫治恵

1分1秒ごとに情報が刷り替わっ

11 文芸人 Vol.3


オ ノ マト ペで 遊 ぶ らい当然知っていることと存じま

も、改めて聞くのも野暮、ってく

いるあなたもそうでないあなたに

  文芸学科で文章を巧みに扱って

が、オノマトペってご存じですか?

はい、 こんにちは。 突 然 です

ているものなのです。

マトペ、とはごくごく身近に溢れ

うに、我々日本人にとってはオノ

動 物 園 になりましたね。 このよ

ましょう。(図Ⅱ)はい、一気に

これにオノマトペを書き込んでみ

ない、日常の風景です。しかし、

わずに記してみます。すると、「も

る感 じ。」 これをオノマトペを使

ふわして、ぷかぷかと空を泳いで

て、 体 が中 に浮 いたようにふわ

てそ こだけ ぽっかり と 穴 が 空 い

胸 がドキドキしてキューンとなっ

のことをじっと見 つめていると、

のでしょうか。 僕 の友 人 が幼 稚

トペはどうやって表 記 されている

  では、 他 国 ではこれらのオノマ

かったことと存じます。

らい重 要 なのか、 身 を持 って分

人 にとって、 オノマトペがどのく

い文 章 になるのです。 我 々 日 本

覧 ください。 コナンが毛 利のおっ

比 較 してみましょう。 図 Ⅲ をご

さて、ここでは、漫画を使って

こえ方はさまざまなようです。

に、それぞれの国によって音の聞

に苦 労 したという話 があるよう

本語独特の擬音語、擬態語表現

オノマトペ…それは、我々の日常に常に潜んでいる、音の世界…。

す。そうです、擬音語や擬声語、

運動 ・興奮 ・恐怖 ・不安などで

を凝らして見つめていると、胸が

なー?」 などと聞 いたそうです。

向 かって、「犬 の鳴 き声 はなにか

のお遊 戯の時 間、 先 生 は児 童 に

してみましょう。パカ、ピピピ…、

しまいがちの、オノマトペに注意

と我 慢 して普 段 は読 み飛 ばして

容が気になるところですが、ぐっ

ちゃんを狙 い撃 ちする、 お馴 染

激 しく 動 悸 して強 く 感 動 して、

み ん な は 一 斉 に 「わ ん わ ん!」

パシュ。 はい、 よく できました。

園 のとき、 英 国 から帰 国 したば

瞬 間 的 に締 めつけられるように

と吠 えます。 しかし、 その友 人

どれも実 際 にその効 果 音 が耳 に

うあたし、彼のことをそのことだ

感 じて、 そこだけ口 を開 けたよ

だけが 「バウバウ!」と答え、み

聞 こえ てき そ う です ね。 次 に、

例 えば、 友 人に愛 しの彼のこ

うに大 きく深 い穴 や空 洞 ができ

んなに笑 われたそうです。 彼 は

図 Ⅳ をご覧 ください。 お馴 染 み

擬態語のことです。ちょっと左の

て、 体 が中 に浮 いたように多 量

そ こで、 少 な から ず アイディン

のシーンの、英語版ですね。ポイ

みのシーンですね。吹き出しの内

の空 気 を含 んで押 しても抵 抗 が

ティティの崩壊を経験したとかし

ンッ、ビープビープビープ、ショッ

かりだったときの話です。その日

ないほどやわらかくふくらんで行

なかったとか。かのラフカディオ ・

プ。はい、あまりイメージしづら

けに神 経 を集 中 させて動 かず目

動や考えが浮つき、軽やかに漂っ

ハーンも怪 談 話 を英 訳 するとき、

いですね。ちなみに

とを話すとき。「もうあたし、彼

て空を泳いでいる感じ。」と、非

ぴちゃぴちゃ、ひたひた、など日

×3は、 beep

常 にくどく、 逆 によく分 からな

図 Ⅰ をご覧 下 さい。 何 の変 哲 も 図1↑ 図2↓

文芸人 Vol.3 12


ブ ザーなどのビーという音、 と 辞 書 に載 っています。 ピピピ… とはかなりイメージが違 います ね。 beep × 3の方 が、 騒 々 し い感じがする。これじゃあいつコ ナンが狙 っていることをおっちゃ んにばれても、 おかしくなさそ うですね。 ま た、 図 Ⅴ と 図 Ⅵ を同 時 に ご覧 ください。 キョロキョロ、 は 我 々 日 本 人 にとってよく使 う擬 態 語 ベスト3に入 ることと思 い ます。 ところがどっこい、 英 語 版では GRANCE GRANCE 、と描 かれているではありませんか!

  、 とは知 っての通 り、 GRANCE 一瞥する、または一瞥すること、 という動詞、あるいは名詞です。 恐らくキョロキョロ、に価する言 葉 が英 語 にはなかったため、 苦 肉 の策 でこのように表 記 したの でしょう。 このように、 日 本 語 と英 語 の オノマトペは、ずいぶん違うこと に気 づきました。 また日 本 語 で も、宮沢賢治や中原中也のよう に独自のオノマトペを使って素晴 らしい文 章 を残 している人 もい ます。 どうやらまだまだ、 遊 び

足 りないようです。 しかし、 紙

いう言 葉の意 味 を知 りませんで

僕は、つい最近までオノマトペと

の辺 りで失 礼 します。 ちなみに

面も足りなくなってきたので、こ

「名探偵コナン」英語版 七巻より 「名探偵コナン」 七巻より

した。ではまた。(藤野)

図Ⅴ↑

図Ⅵ↑

13 文芸人 Vol.3

図Ⅲ↑ 「名探偵コナン」 七巻より 図Ⅳ↑

「名探偵コナン」英語版 七巻より


横浜市との境目に位置する鄙び

南端、東京都町田市と神奈川県

  柿生とは、神奈川県川崎市の

じですか?

ではございますが、柿生をご存

  読者の皆様こんにちは。早速

知る人ぞ知る柿生

柿生に何がある?

い柿生には、これといった娯楽

  小田急線で各停しか止まらな

と、そんな簡単には終わらない。

  そう、それこそがアート。おっ

 

も格別自然が豊かなわけではな

あり、川がある。しかしそれで

駅から少し歩けば雑木林や畑が

ほ ど 人 口 も 多 い わ け で も な い。

かといってベッドタウンと言う

施 設 も な い、 デ パ ー ト も な い、

それでは私たちにとってアート

い。駅付近の世田谷町田街道に

て、毎朝駅前は桐蔭学園の生徒

からスクールバスを運行してい

全国第三位の桐蔭学園は柿生駅

いくつかある。   中でも生徒数

  柿生を最寄り駅とする学校は

しいようにさえ感じられる。

町としての物理的な魅力には乏

は ト ラ ッ ク が 頻 繁 に 通 行 す る。

な柿生に迫ります。

た町です。

サンクチュアリ

  とある日の阿部と鈴木の会話

阿 部 「: 俺 さ、 服 と か 買 う と き も原宿とか落ち着かないんだよ ね。 」 鈴木 「:人も多いしね。 」

ア ー ト だ と い う わ け で は な い。

で埋め尽くされている。そこが

  何の変哲もない柿生、しかし

柿生に住む人々は、そんな柿生

阿 部 「 そ う そ う。 道 に 迷 っ た : りするし。 」 鈴木 「やっぱ慣れた地元が一 : 番だね。 」

まった。

柿生に住んでいる、ただそれだ

気がする  。 それと同じように、

けでステータスになる。そんな

力が柿生にはあるのだ。

に見ても、地域的に見てもあま

  勿論、柿生の知名度は全国的

生といってもどこなのかわから

り高くない。同じ市民だって柿

ない人もいる。小田急線沿線の

人も柿生がどこだか知らない人

は数多くいる。急行が止まる隣

の新百合ヶ丘駅の方が知名度が

圧倒的に高い。   それは、柿生

を知る人だけが感じる魅力があ

るからだ。

桃源郷的な魅力

代中国における理想郷を描いた

  桃源郷をご存じだろうか?古

中国の古典小説である。

  桃の林に迷い込む。うちに洞

窟に入ってしまい、そこを抜け

ると村があった。そこは外界と

隔離されていて、民は農耕や狩

猟をしながら平和に笑みを絶や

さず暮らしている。

  「 こ の 服 渋 谷 で 買 っ た ん だ。」

うと思い立ち、村から自分の国

る。数日後、そろそろ家に帰ろ

ら外界の話をしてはもてなされ

  主人公は民の家々を回りなが

と言えば、ハクがつく、そんな

ンボルになる。

人にとって一種のステータスシ

王子、それら都市はある一定の

  新宿渋谷池袋原宿上野大宮八

の持つ魅力がある。

  そこには「柿生」という言葉

を愛している。いや、愛してし

阿部 「若者の聖地原宿ってい : うけどやっぱ地元だよねー。 」 鈴 木 「: お ば あ ち ゃ ん た ち も 巣 鴨が落ち着かなかったりするの かな。 」 阿部 「:そうなんじゃない?」

鈴 木 「: ち な み に さ、 阿 部 ち ゃ んにとっての聖地ってどこよ。 」 かきお

阿部 「:やっぱ柿生かな。 」

文芸人 Vol.3 14


へ帰る。   後日また桃源郷に行

きたくなり、桃の林の中を探す

が、洞窟は何処にも見当たらな い。

  その時主人公は桃源郷の田舎

らしい鄙びた魅力に気付く。

その伝説から、古代中国では鄙

びた、素朴な村が理想郷だとさ れてきた。

  その、古代中国的な魅力が柿

生にもある。のんびりした、パッ

としない商店街も、不良少年が

たくさんいる地元の高校も、あ

りきたりでどこにも特別なこと

はない。そんなところも柿生の

魅力なのかもしれない。

アートたる郷土

  言葉の持つ魅力、というより

柿生の魅力、そのことばかりに

話が偏ってしまった。どうして

こ こ ま で 柿 生 に こ だ わ る の か、

育ったからである。そのことは

それはわたしが柿生で生まれ

誰 し も が 持 ち う る こ と で あ る。

出自を誇り、どこか違う土地に

移り住んでもそのことを忘れな

い気持ち、それは形にならない

出自というアートなのである。

生のありようとわたしが持つ

  わたしは長々とこうやって柿

普遍的な郷土への想いを綴った

わけだが、それと同じことが何

処に住む人にも出来ることでは

い出の学校、それがある土地は

ないだろうか。思い出の街、思

人々にとってそれぞれアートに

なりうる魅力的なものをもって

いるのではないだろうか。

身地を問われ「小岩です」と答

  大学で知り合った知人が、出

の小岩のことなのだが、そのと

えた。小岩とは東京都江戸川区

きは大学入学して間もなく、周

囲には地方出身者も数多くいた

にも関わらず、彼はためらいな

く都道府県名でも市区町村名で

もなく、町名を答えた。わたし

はそのことをとても羨ましく

思った。ためらいなく柿生に住

んでいますと、例えば九州出身

の人に言って困惑されても平然

としていられる、そういうふて

ぶてしくもあるが強烈な郷土愛

を持てれば素敵なのではない

か。

(鈴木   夏唯)

アートたる郷土としての魅力を

  ア ー ト な 言 葉、 地 名 全 て が

を持ち得る。

 

 

15 文芸人 Vol.3


ケッタで帰ろまい! ・ケッタ(名詞)…自転車のこと。正式名称ケッタマシーン。 ・ 〜まい(述語動詞)…勧誘の意。 〜しようよという意味。

名古屋弁  

た服が安く買えたよ。」

セールをやっていたから気に入っ

ます。

三河弁は語尾に「〜だら」を使い

う に 名 古 屋 弁 は 語 尾 に「 〜 だ が 」

のも愛知の方言の特色です。

  「 こ の 前 あ の 店 が い い っ て ゆ っ   このように、語尾に特徴がある

とたがん?んだであ今日その店に

と言われると、つい腹が立つので

ので「やってみなよ」を「やって   「 こ の 前 あ の 店 が い い っ て ゆ っ

やあ」と語尾につけることが多い

とっただら?だもんで今日買い物

三河弁

った服が安く買えたよ」

らセールをやっとったから気に入

の東山動物園に日本ではじめてコ

なぜ、ドアラかというと、名古屋

ン ズ の キ ャ ラ ク タ ー ド ア ラ で す。

ほとんどファンである中日ドラゴ

買い物行ったんだがん。そうした   ちなみに、画像は、愛知県民は

日本の真ん中に愛知県という県が す。

みやあ〜」と言ったりするのが「み

に行ったんだって。ほしたらセー   少し気持ち悪いキャラクターで

  訳…自転車で帰ろうよ!

存在します。2005年に愛・地

ゃー」と聞こえるだけであって普

のもと幕を閉じました。ちなみに

「愛知出身なんです」っていうと

わりに「りん」を使うことが多く、   

ちなみに三河の人は「やあ」の代

段 か ら 使 う 言 葉 で は あ り ま せ ん。

が安く買えたんだわ」

ルやっとったもんで気に入った服

んなにかわいがられています。

すが、キモかわいいと言われてみ

アラが来たことに由来します。

球博という万博を開催し、大盛況   間違えるな!愛知の 方言 は1つじゃない! 私は行ってません。 大概言われるのは

  しかし愛知県民というのは東京 人に軽い劣等感を抱いているので

名古屋人だと思うなよこのやろ

でみましょう。

では、実際に愛知の方言を学ん

ってみりん」になります。

「やってみなよ」という言葉は「や   この例を見てもらうとわかるよ

の?(笑) 」

少し自虐的ですが、 地元愛は強く、   「 方 言 と か み ゃ ー み ゃ ー 言 う 独自の文化を築きつつある愛知県 問を抱きつつも、上京してしばら う!

が大好きなのです。名古屋嬢に疑   愛知出身だからって全員が全員 くたって愛知に帰ると名古屋嬢も

味噌の味も愛してしまっている自   と思う愛知県民もいるのでこの  

名古屋は「だが」 三河は「だら」

ないので、この微妙なアクセント

まってしまうほどきつい方言では

東京にくるとついつい標準語に染

しているのは地元の言葉。 しかし、

  さて、そんな愛知県民が最も愛

張の方に入ります。この二つの地   「 こ の 前 あ の 店 が い い っ て 言 っ

家康は三河出身です。名古屋は尾

織田信長は尾張出身ですが、徳川   ためしにひとつ例文を使って違

河に分かれます。かの戦国武将の

のは大きく分けて二つ、尾張と三

となのかというと、愛知県という

てたよね?だから今日、その店に

尾を理解しなくてはいけません。

愛知の方言を使うときはまず語

返答はやめましょう。どういうこ      

やら語尾やら愛知特有の言い回し

域 で は 方 言 も 異 な り ま す。 「みゃ

買い物に行ったんだ。そうしたら

分に気付くのです。

に は と て も 愛 着 を 持 っ て い ま す。

ー」という言葉は名古屋弁で「〜

いを見てみましょう。

そのため、東京人にえびふりゃー

文芸人 Vol.3 16


ありません。

⑤放課

⑧車校   意味は「自動車学校」の略。

てみるといいと思います。

  このように、たくさんの違う言   ぜひあなたも愛知に来たら使っ 葉があります。

  もともと標準語は、徳川家康が

なので愛知の言葉と標準語はにて

三河弁をもとにして作られた基準  「愛知においでん!」

思って通じなかったときの悔しさ

ると言われているので、発音とし         (馬場   智子)

す。

外おもいしろい言葉があるので

  しかし、愛知の文化は独特で案

てはそんなに変わりません。

は他人にはわかるまい。

  鍵を買うわけでも飼うわけでも   「 他 県 で も 普 通 に 使 う だ ら 」 と

愛知しか使われていない   ④鍵をかう         日常 単 語 ⑩   意味は「鍵をかける」   愛知県民は必ず使っていて今 までてっきり標準語だと思ってい たら、他県の人にバカにされると いう日常単語がいくつか存在しま

⑨ケッタマシーン   冒 頭 で も 述 べ た 通 り「 自 転 車 」 のこと。略して「ケッタ」 ついついチャリと言わずに

「ケッタ」と言ってしまったとき には許してやって下さい。

⑩でら(どら)   意味は「とても」

るいは「どら」と言うようになっ

  どえらいが縮まって「でら」あ

  意味は「模造紙」のこと。

た。

⑥B紙

います。

しろあまりしません。授業後とい

  逆に、放課後という言い方はむ

さい。

います。放火と間違わないでくだ  

  休み時間とは言わず、放課とい

時間」のこと。

す。皆さんは驚くかもしれないけ   意味は「授業と授業の間の休み れどなんの疑いもなく愛知では使 われている言葉たちです。

①車をまわす   意味は、 「車を用意する」   「車用意しといて」というとき は「車回しといて」   車がくるくる回ってるわけでは ありません。  

  Bサイズの紙という意味で愛知

で は 当 た り 前 の よ う に 使 わ れ ま   「 ど ら む か つ く し!」 愛 知 の 女

②ちんちん   意味は「ものすごい熱い」

 

く!」と言う。

の 子 は も っ と 略 し て「 ど む か つ

子高生は多用する。ちなみに三河

す。

⑦ご飯をつける

ます。

  自由研究の紙はB紙に書いてき

  性的な意味ではありません。

③机をつる   意味は「机を持ち上げて、後ろ に下げる」

  机を釣っているわけではないで   意味は「ご飯をよそう」

らい頻繁に使います。全くおかし

す。でも愛知の教室内では本当に   これは私でも標準語だと思うく よく聞く言葉です。

いと思いません。

17 文芸人 Vol.3


四季言葉  

  我が国の美しい自然は、季節によって姿を変える。遥か昔、古人達は それぞれの季節に言葉をつけた。それは春夏秋冬それぞれを表す、美し く素晴らしい言葉 達 。

は雨の多い国。雨の呼び名は様々

暖 か い 春 が 終 わ り、 清 々 し

に 強 く 降 る 大 粒 の 雨「 鉄 砲 雨 」。

「 滝 落 し 」 の 他 に も、 弾 丸 の よ う

である。

い緑の季節がやってくる。花は散

篠竹を束ねて突き下ろしたように

ってしまうが光り眩しい夏の始ま

激しく降ってくる「篠突く雨」な

   

り。

どがある。

  季節のはじめを飾る暖かい季 が広まったもの。春一番に続く強

業関係者の間で使われていた言葉

とで、春の嵐。もともと一部の漁

になって初めて吹く強い南風のこ

がってくる。春の淡い彩りに比べ

るがよくわかってはいない。眩し  

う言葉は「あつ(暑・熱)が変化

南から暑い風を連れてくるよう

い光に緑は深さを増し、気温も上   温風至(アツカゼイタル)……

したものではないかと言われてい

に、季節風が吹いてくる。このこ

いだ。

を、言葉たちも物語っているみた

  立夏(リッカ)……「夏」と言   自 然 が 見 せ る お そ ろ し い 横 顔

節、春。巡り巡ってきたこの季節 い南風を、春二番、春三番と呼ぶ

て、何もかもが、いきいきとして

ろの南風は様々な名前で呼ばれて

   春 は新しい始まりを再び告げる…。 ことがある。

鮮やかに見える。

うらと晴れた春の日は、光が満ち

年で一番昼の時間が長い日。また、

  夏至(ゲシ)……「夏至」は一

明けの頃には「南風」と呼び分け

こ ろ に 吹 く 風 を「 黒 南 風 」、 梅 雨

きた。特に関西では「梅雨入りの

て風が光っているように感じられ

ていたそう。

               

太陽が一番高く昇る日でもある。

厳しい冬を乗り切ったあとの心の

七 夕 流 し( タ ナ バ タ ナ ガ シ )                

と呼ぶ例は比較的少なく、その上

げる風として有名。しかし、東風

  東風(コチ)……東風は春を告

と呼ぶそうだ。

川 や 海 に 流 す こ と も「 七 夕 流 し 」

り」のこと、つまり七夕の飾りを

う呼ぶ。地方によっては「七夕送

ゆとりかもしない。

  卯 の 花 腐 し( ウ ノ ハ ナ ク ダ シ )

に何らかの名詞や形容詞がつくこ

 

……七夕の頃降る長雨のことをこ                

 

る。 風 を 心 地 好 い と 感 じ る の は、

  春雨(ハルサメ)……浅春の芽   風光る(カゼヒカル)……うら 吹きのころ、 静かに降る雨のこと。   別名『桜流し』   春驟雨(ハルシュウウ)……春 のにわか雨。雷をともなうと春雷 と呼ぶ。

……卯の花を腐らすほどに降り続

との方が多いようで、それによっ

  滝落し(タキオトシ)……滝の

  別名『春時雨』

く雨。走り梅雨のこと。五月雨の

て意味も変わってくる。

のことを「滝落し」とよぶ。日本

水が流れ落ちるような凄まじい雨

異称でもある。   春一番(ハルイチバン)……春

文芸人 Vol.3 18


秋 発生しやすいというわけだ。

     

  小雪(ショウセツ)……北日本

ではいよいよ雪の便りが届く頃だ

ている。終わりを告げるのは、冬。

ろう。また、主な山々では「初冠

風に乗って甘い香りが漂ってく

最も寒い季節に人々はどんな言葉   そんな日は風に運ばれてチラチ

  春、夏、と季節が二つも過ぎて   金木犀(キンモクセイ)……秋    季節は終わりを告げようとし 色とりどりな季節、秋がやってく る。思わず足を止めて周りを見渡 を考え出したのだろう。

雪」も次々と観測されるころ。

る。紅葉や銀杏は散ゆくものだけ す と、 「木犀」が葉影に小さな花 をたくさん咲かせているのが見え

雪 は ま だ ま だ、 と い う 地 方 で も、

い。 そ れ を「 風 花 」 と 呼 ぶ そ う。

ラと小雪が舞ってくるかもしれな

れど、それさえも美しい。 る。 だと月の動きをもとに日付が決ま も先へ匂うことから「九里香」と

サイに似ているからだそう。九里

る説が一般的である。

が「冷ゆ」が変化したものだとす

人々の過ごす季節。辛い思いをし

かさに敏感になってゆく。そんな

ら「経ゆ」とする説もあるらしい   寒さが厳しくなるに連れて、暖

語源は、年が暮れていく季節だか

ている時ほど優しさに敏感になる

「風花」を見かける日があるので

っているために十五夜(十五日の もよばれている。

現在では十二月から二月。旧暦で

  十五夜(ジュウゴヤ)……旧暦   「 木 犀 」 は 漢 名。 樹 皮 が 動 物 の   立冬(リットウ)……「冬」の

な か で も 一 番 美 し い と さ れ る の   日本ではオレンジ色の 「金木犀」

夜)は満月となる。 の方が一般的だが、原種は白い花

のと少し似ている。

はないだろうか。

が、八月十五日の月。

は十月から十二月が冬となる。 「 立 冬 」 を 迎 え る 頃、 ま ず や っ て

が咲く「銀木犀」のほう。

それぞれ初秋 (七月) 、 仲秋 (八月) 、

く る の が「 木 枯 ら し 一 号 」。 冬 の   冬茜(フユアカネ)……春の夕

旧暦の秋は、 七月から九月までで、 晩秋(九月)とされていたつまり、

使者といえる。

焼けは「春茜」、冬の夕焼けは「冬

仲秋は八月の異称。

それぞれの季節にはそれぞれの素

晴らしい思い出たちが。

来 る の が「 霜 」、 地 中 の 水 分 が 凍

こと。大気中の水蒸気が凍って出

……大地が初めて凍る時季という

い う と 夏 の 季 語 に な る わ け だ が、

ぶん変る。普通単に「夕焼け」と

季節によって夕焼けの印象もずい

の名前である。

夕焼けではない。トンボ科の昆虫

て い た だ け た な ら 幸 い だ。 ふ と、

とともにこの言葉たちを思い出し

思い出がつくられる。そんな季節

で、また今年も同じ季節に、違う

終わっても季節は巡ってくるもの

を繰り返す私たち。しかし、何度

茜 」。 で も「 夏 茜 」 と「 秋 茜 」 は   一年を巡るたびに出会いと別れ

  雷乃収声(カミナリスナワチコ

って出来るのが「霜柱」である。

冬の夕焼けは特別心に染みるよう

季節を感じたらふっと、口に出し

旧暦の八月十五日は、現在の九月

エヲオサム)……雷があまり鳴り

  舗装された道が多くなって、さ

な気がするのは気のせいだろう

て み て は ど う だ ろ う。 よ り 一 層、

地 始 凍( チ ハ ジ メ テ コ オ ル )

響かなくなる時節ということらし

くさくと霜柱を踏んで歩くことも

か。

き「季節」というものを身近に感

 

い。雷=夏という印象が強い人も

なくなってきた。凍った霜柱を見

寒々とした空を染めてゆくのは鮮

の中頃から十月の初め頃になるそ

多いだろう。

ると寒い冬でも楽しくなった幼い

じられるかもしれない。  

う。

というのも、雷は入道雲の中で電

やかな茜色。寒さの中に暖かさを

          (小山   紗季)

頃が思い出される。

見つけた様。

流が流れるために起こる現象。夏 は入道雲も出来やすいため、雷も

19 文芸人 Vol.3


んた」ととても似ている。日

本語を見てみると、意味は「み

ん な の 」。 な ん と、 か え る 語

はきちんと活用され、形容詞

にまで対応しているのだ。全

体的には、作者の得意なフラ

ンス語をベースに、日本語の

形式をおりまぜながら作って

ある、フランス語独特の流れ

るような発音の美しさ、日本

語の複雑な文法。それらを合

わせもち、あえてカエルの目

線から人間、社会を見る。そ

れが「ごびらっふの独白」な

のだ。

 

文章にとどまらない

平ワールドに放り込まれ、魅了さ

して気がつくと、私たちは草野心

っと何度も読むことになる。そう

こーでもない、…こうかな?とき

悩 む に 違 い な い。 あ ー で も な い、

しい。どうやって発音していいか

  一度、口に出して読んで見て欲

字、口で表現し、目でも楽し

ルが哲学をしていて、耳で漢

めるようになっている。カエ

がなの柔らかさを存分に楽し

そして、絵本としても、ひら

た り、 歌 わ れ て い た り す る。

ピアノの伴奏がつけられてい

の 美 し い 音 を 楽 し む た め に、

てくる「なみかんたい」、「なみか

な」を意味している。次の行に出

「 な み か ん た 」 は 日 本 語 で「 み ん

に、「なみかんた」を見てみよう。

は「こと」と対応している。さら

には、「りんり」は「孤独」、「てる」

を意味しているのがわかる。ほか

は 日 本 語 に 置 き 換 え る と「 幸 福 」

みて欲しい。例えば、「るてえる」

  本編と日本語訳を少し見比べて

に。

何度か同じ言葉が出てくること

ごぶらっふの独白

 

  「 ご ぶ ら っ ふ の 独 白 」 は、

れてしまうのだ。そして、読んで

める…まさにアートの世界で

 

いるうちに気がつくだろう。意味

はないか。

ただの詩では終わらない。こ

の 分 か ら な い 言 葉 の 羅 列 の 中 で、

カエル語 

んでみたい。

口ずさんでその響きを存分に楽し

若い恋人もいる。まずは、自分で

の名前で、実は「るりる」という

のは草野心平が創作した老殿様蛙

あ る の だ。「 ご び ら っ ふ 」 と い う

丁寧なことに日本語訳までつけて

エル語で書かれている。そしてご

よって書かれた詩だ。これは、カ

ごびらっふの独白。草野心平に

 「ごぶらっふの独白」

しー、静かに。ほら聞こえない?そっと、耳を澄ませてみよう。 ごびらっふの独白   るてえる  びる  もれとりり  がいく。   ぐう  であとびん  むはありんく  るてえる。   けえる  さみんだ  げらげれんで。   くろおむ  てやらあ  ろん  るるむ  かみ  う  りりるむ   なみかんた  りんり。   なみかんたい  りんり  もろうふ  ける  げんげ  しらすてえる   けるぱ  うりりる  うりりる  びる  るてえる。    きり  ろうふ  ぷりりん  びる  けんせりあ。   じゆろうで  いろあ  ぼらあむ  でる  あんぶりりよ。   ぷう  せりお  てる。   りりん  てる。   ぼろびいろ  てる。   ぐ   う しあり   る  う ぐらび   ら とれ   もで   る ぐりせり   や ろとう   る ける   ありたぶりあ。   ぷう  かんせりて  る  りりかんだ  う  きんきたんげ   ぐうら  しありるだ  けんた  るてえる  とれかんだ。    いい  げるせいた。   でるけ  ぷりむ  かににん  りんり。   おりぢぐらん  う  ぐうて  たんたけえる。   びる  さりを  とうかんてりを。   いい  びりやん  げるせいた。   ばらあら  ばらあ。

ここは地べた  あなたはカエル

文芸人 Vol.3 20


(日本語訳) 幸福というものはたわいなくつていいものだ。 おれはいま土のなかの霞のやうな幸福につつまれてゐる。 地上の夏の大歓喜の。 みんな孤独で。

夜ひる眠らない馬力のはてに暗闇のなかの世界がくる。 みんなの孤独が通じあふたしかな存在をほのぼの意識し。 うつらうつらの日をすごすことは幸福である。 この設計は神に通ずるわれわれの。 ジュラ紀の先祖がやってくれた。 考へることをしないこと。 素直なこと。 夢をみること。 われわれがもつてゐるといふことは。

地上の動物のなかで最も永い歴史を 平凡ではあるが偉大である。 とおれは思ふ。 悲劇とか痛憤とかそんな道程のことではない。 われわれはただたわいない幸福をこそうれしいとする。

  六十歳にして心平はようやく東

村山に自分の家を持つことになっ

六十二年には文化勲章を受け

た。

食いちぎり、鉛筆をかじり、誰か

幼い頃から大変わんぱくで、本を

民平、弟・天平も詩を書いていた。

弟の次男として生まれた。家庭の

( 現・ い わ き 市 小 川 町 ) に 五 人 兄

  草野心平は、明治三六( 1903 ) 年五月十二日、福島県の上小川村

業者の古田晁、板画家の棟方志功、

は祖父母に預けられて育つ。兄・   妻のやまをはじめ、筑摩書房創

事情により、兄弟のうち心平だけ

い 友 人 ら も 相 次 い で 先 立 ち、 70 はいるが、それ以上にほかの 代 の 心 平 は 葬 儀 の 世 話 や「 歴 程 」 詩も書いているからだ。詩集

詩人の村野四郎・辻一など、親し

っていった。

ために、心平の右眼の視力は弱ま

身体の不調が始まり、網膜剥離の

て生活する。しかし、その頃から

鳥 を 飼 い、 果 実 酒 や 漬 物 を 作 っ

にさえ収まりきらないほどの

彼は蛙の詩をたくさん作って

得がいく。なぜなら、確かに

だそうだ。そういうのにも納

く、「蛙の詩人ではなく、詩人」

なことだったという。彼いわ

本人にとっては非常に不愉快

人」 と呼ばれていた。しかし、

く 作 っ て い た た め、 「蛙の詩

草野心平

れ と な く 人 に 噛 み つ く〈 野 生 児 〉

追悼号の編集で、忙しい日々が続

膨大な詩を生み出したまさに

た。野菜や草花を育て、犬や魚や   カエルに関する詩を大変多

の激しさをもった、ひどくの癇の

く。

(吉岡美佐代)

「機関銃」である。

強い子供だったという。四歳年上

会 員、 文 化 功 労 者 の ほ か、 昭 和

の兄・民平、母・トメヨ、九歳年   いわき市名誉市民、日本芸術院 上の姉・綾子が相次いで亡くなっ たのは、心平が十三歳になる年の ことだった。十六歳で夭折した兄・ 民平の残した三冊のノートに書い てあった詩に触発され、中国で詩 を書き始めるようになる。同級生 た ち か ら、〈 機 関 銃 〉 と 呼 ば れ る ほど、たくさんの詩をつくってい た。   留学から帰ってきてからも食べ る に も 困 る ほ ど の 貧 窮 を 経 験 し、 放浪生活を続けていた。後に高村 光太郎や荻原朔太郎と親交を深 め、詩人としての世界も広がる。

21 文芸人 Vol.3

ああ虹が。 おれの孤独に虹がみえる。 おれの簡単な脳の組織は。 言わば即ち天である。 美しい虹だ。 ばらあら  ばらあ。 草野心平   「ごぶらっふの独白」より

小さなからだから見上げる 大きな世界


日常に潜むアート 今、世の中には、たくさんの言葉がある。流行語にしても方言にしても文字のデザイン にしても、歌詞にしてもお洒落なものや変わったものが目につく。そんな言葉を『アー トな言葉』として紹介していこうと思う。

ろ う。 誰 が 命 名 し た の か も わ か ら な い

が間違いなくアートな言葉なのである。

ま た、 倖 田 來 未 さ ん か ら つ け ら れ た と

言 わ れ る『 エ ロ か っ こ い い 』 と 言 う 言

葉 や、 人 気 お 笑 い 芸 人 の ア ン ガ ー ル ズ

の『 キ モ か わ い い 』、『 半 端 な い 』 と 言

う 言 葉 の 略 で あ る『 パ ネ ェ』 な ど の 言

ろ う。 言 葉 と い う こ の 2 文 字 を カ タ カ

ア ー ト 性 は、 人 そ れ ぞ れ 違 っ て く る だ

思 い 浮 か ぶ も の は 何 だ ろ う。 コ ト バ の 放 映 さ れ て い る『 タ モ リ の ジ ャ ポ

言 葉 』 と 言 わ れ る と、 毎 週 テ レ ビ で

こ の『 切 手 』 と 言 う 言 葉 は、 略 語 な の

普 通 に 使 っ て い る も の で あ る が、 実 は

何 か 感 じ る だ ろ う か。 日 常 生 活 の 中 で

す。 こ の 番 組 は、 日 常 生 活 の 中 で 起   例 え ば、『 切 手 』。 こ の 言 葉 を 見 て、

ニカロゴス』という番組を思い出

である。もうみんなの頭の中に『あれは、

ている。

を教えられているような気にさせられ

こ の 番 組 を 見 る た び に、 ア ー ト な 言 葉

ー ト 性 を 感 じ る。 糸 井 氏 も こ の 題 名 を   ア ー ト な 言 葉 と 聞 く と 難 し く 考 え が

で あ る が、 こ の 題 名 自 体 に も と て も ア

本 に 著 し て い る の が、 糸 井 重 里 氏 な の

頂 な の で は な い か。 こ の 題 名 を 考 え、

が『 ア ー ト な 言 葉 』 と 言 う 分 野 の 真 骨

ち か も し れ な い が、 こ う い う 風 に 誰 も

ろに、また面白みを感じる。     

しかも誰が考えたのか分からないとこ

アートな言葉はたくさん存在している。

て い る。 他 に も、 方 言 や 歌 詞 の 中 に も

る 程、 ア ー ト な 言 葉 は さ ら に 増 え て 来

ニカミ王子』と言う言葉も出てきてい

また、最近ではゴルフの石川遼君の『ハ

ア ー ト な 言 葉 な の で は な い だ ろ う か。

葉は若者なら誰でも知っているような

ナ で『 コ ト バ 』 と 表 記 す る だ け で も 読 こ る『 言 い 間 違 え 』 を『 言 い ま つ が

切 手 だ!』 と い う よ う に 根 づ い て し ま

つ け る キ ッ カ ケ と な っ た の が、 自 分 の

が知っているようなジャンルの言葉な

語 を 紹 介 し た り す る 番 組 で あ る。 私 は

者 の 受 け 取 り 方 は 違 う だ ろ う し、 日 常 え 』 と 題 し て 紹 介 し た り、 店 の 宣 伝 ポ

っているから違和感が全くないけれど、

子供がこう言い間違えたらかららしい

ん か を 思 い 起 こ し て み れ ば、 楽 し く 考

そ ん な 中 で 私 は、 こ の『 ア ー ト な

生 活 の 中 で、 意 識 し て 見 て い れ ば、 ア ス タ ー や 日 常 生 活 の 中 に 存 在 す る『

こ の 言 葉 は、 略 語 で あ り、 正 式 名 称 は

が、 こ の よ う に 日 常 生 活 の 中 に は『 ア

え る 事 が 出 来 る と 思 う し、 考 え 方 に よ

  『アートな言葉』と聞いて、まず頭に  

ー ト な も の な ん て 何 億 と あ る だ ろ う。

『面白い言葉』を紹介したり、意外な略

『切符手形』であるらしい。これは1つ

ートな言葉』がゴロゴロと転がってい

 

の 例 に す ぎ な い が、 こ う い っ た 言 葉 は

っ て は『 ア ー ト な 言 葉 』 は た く さ ん あ

まずは言葉自体に興味を持って日常の

る訳なのである。

に 挙 げ て き た が、 方 言 や 歌 詞、 流 行 語

言 葉 に 注 目 し て み て ほ し い。 何 か す ば

も っ と た く さ ん 存 在 し て い る。 驚 く こ

ういうことを知るととてもアート性を

も『 ア ー ト な 言 葉 』 だ と 言 っ て い い も

ら し い 発 見 が 見 つ か る か も し れ な い。

る の で あ る。 ア ー ト な 言 葉 に 限 ら ず、

感 じ る の で は な い か。 少 な く と も 私 は

の だ と 私 は 思 う。 も う 今 で は、 当 た り

とに、『バス』も略語であるらしい。こ   こ こ ま で は、 1 つ の テ レ ビ 番 組 を 例

そうである。

い る『 言 い ま つ が え 』 の コ ー ナ ー は、

に新しく、誰でも知っている言葉だが、

ム『 ハ ン カ チ 王 子 』 な ん て 言 葉 は 記 憶

  裕太) 前 に な っ た 斉 藤 佑 樹 投 手 の ニ ッ ク ネ ー             (村本

日常生活の中に存在する間違った言葉

こ れ も 1 つ の『 ア ー ト な 言 葉 』 な の だ

  そもそもこの番組が中心に放映して

を 紹 介 し て い る 訳 だ が、 こ の 題 名 こ そ

文芸人 Vol.3 22


しての「想い」に、わたしは魅了されて

最大限の夢描くよ たとえ無謀だと他

ラーのの世界から、荒んだモノクロの世

までもが変わってしまう。色鮮やかなカ

味が真逆になる。そして、思い描く世界

た何文字かの言葉だけで、楽曲のもつ意

だったのだ。タイトルについている、 たっ

の上に咲くいのちの儚さを詩ったもの

生へ向かういのちの美しさではなく、死

と 全 く 逆 の も の へ 変 わ っ た。 こ の 詩 は、

この楽曲から伝わってくる意味は、初め

した、別バージョンの「花」が、発表さ

曲、 「優しい歌」のカップリングとして、

との子供、優歌ちゃんへの想いを綴った

この何年後かに、タイトルにから、前妻

と思う。

こそ、この作品は生み出されたのだろう

ばならない苦しさを抱えていた。だから

や、意味のない所に、意味を探さなけれ

花 しまった。

人が笑ってもいいや

-memento-mori-

超えて、多くの人々に愛され続けている 今 回 は、 そ の ア ル バ ム、 「深海」に収録

は、 今 か ら3、4 年 前 の こ と で あ る。 日

私が彼の作品に初めて真面目に触れたの

なのだ。

の作品は、私のアートへの関心の入り口

の芸術の魅力へとりつかせた。つまり彼

た私の心を強く惹きつけ、そして、言葉

学的文章の世界にはあまり興味の無かっ

ブラートに包み、芸術的に仕上げる、文

きてく

悲しみをまた優しさに変えながら 生

人生観は様々 そう誰もが知ってる

同年代の友人達が 家族を築いてく

数えて

消えてった小さな夢をなんとなくね

人混みの中へ 吸い込まれてく

ため息色した 通い慣れた道

う。

   きっと、どこかで耳にしたことがあ

そう

心の中に永遠なる花を咲かそう 咲か

ラララララ ラララララ

空に放つよ

ふと自分に 迷うときは 風を集めて

笑って咲く花になろう

負けないように 枯れないように

負っても 手にしたい 愛・愛

わかってるんだよ 多少リスクを背

ても

やがてすべてが散り行く運命であっ

「音楽」そのものだけで評価されない環

自らの人気が高まるにつれ、 「 音 楽 」 が、

動 の 地 位 と、 絶 対 的 人 気 を 確 立 し た が、

この頃の桜井は、アーティストとして不

美しく、そして少し皮肉に表現している。

この曲は、そんな人間の運命を、儚くも

野の世界で、咲き続けなくてはならない。

は、その一切合切を受け入れて、この荒

から生み出される、虚無と悲哀。私たち

し て、 強 さ。 そ の 対 極 に 存 在 す る“ 死 ”

じ た。“ 生 ” 対 す る、 執 着 と 明 る さ、 そ

の曲に、もの凄く、芸術的な美しさを感

界へと。それを上手く表現している、こ

ても、だれにでも書ける作品だが、 「花

の 方 が 好 き だ。「 花 」 は 桜 井 和 寿 で な く

的 に、 mement-moriのついているまま

く 見 ら れ る よ う に な っ た。 だ が 私 は 個 人

生 の、“ 陽 ” の 部 分 を 表 現 し た 曲 が、 多

のミスチルの作品は、初期の頃のように、

つかったのかもしれない。事実、その後

き る こ と へ の 希 望 が、 ま た 別 の 視 点 で 見

れた。桜井の中で、何かが吹っ切れ、生

  最近の邦楽では珍しく、年代と時代を

本で育ってきた皆が承知のように、もち

負けないように 枯れないように

るであろう、この歌詩を見て、まず皆さ

境に置かれ、自分を取り巻く世界に嫌気

この短い一文の中に潜む、光と陰。悲哀と歓喜、そして絶望と希望。それを見つけ出した時、 芸術に触れた。

バ ン ド、 「 ミ ス タ ー チ ル ド レ ン。 そ の メ されている、私の最も好きな作品、 「花

ろん私も「ミスターチルドレン」という

笑って咲く花になろう

ん は ど ん な 感 想 を 持 つ だ ろ う か。 私 は、

が刺していた。

」 を と り、 曲 調 を 明 る く mement-mori

ンバーである、桜井和寿が創り出す作品

バンドの存在は知っていた。そして、曲

ふと自分に 迷うときは 風を集めて

初め、この曲を聞いて、未来へ向かって

バンドのドラマー、鈴木英哉が「この頃

」を紹介しようと思 memento—mori—

が流れれば、もちろん聞いたことのある

空に放つよ今

力強く生きていこうという、励ましの詩

の桜井は、いつ屋上から飛び降りてもお

の世界は、詩や小説といった、言葉をオ

作品は沢山あった。しかし、彼がどんな

恋愛観や感情論で 愛は語れない

だと勝手に思い込んでいた。しかし、タ

品であると思うからである。

保   香菜子) (阪

言葉を唱えているか、何を表現している

この想いが消えぬように そっと祈る

デ ィ ン グ ス タ ジ オ に 来 て い た。」 と 証 言

しているのを、雑誌で見かけた事がある。

それくらい、彼の心は病み、生の虚しさ

」は、彼にしか創れない作 mement-mori

かなど、真剣に考えた事は一度も無かっ

イ ト ル「 花 」 の あ と に つ い て い る、

と い う 言 葉、 実 は、 フ ラ mement-moriンスの宗教用語で、

死 —を想えー と い う 意 味 な の だ。 そ れ を 知 っ た 瞬 間、

か し く 無 い く ら い の 顔 で、 毎 日 レ コ ー

だけ 甘えぬように 寄り添うように 孤独 を分け合うように 等身大の自分だって きっと愛せるか

た。しかし、たまたま友人に借りた彼ら の ア ル バ ム を 聴 き な が ら、 そ れ を 歌 詞 カードになぞらせて聴いたとき、彼の素 晴しい言葉の表現力と、ひとつの作品と

23 文芸人 Vol.3


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vol.3  2007 年 10 月 17 日発行日本大学藝術学部文芸学科ジャーナリズム実習 2 〒 359-8525 埼玉県所沢市中富 4-21 編集発行人・此経啓助 印刷製本・阿久澤騰

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vol.3 日芸アート特集 2007 年 10 月 17 日発行

日本大学藝術学部文芸学科ジャーナリズム実習 2

〒 359-8525 埼玉県所沢市中富 4-21

編集発行人・此経啓助

印刷製本・技術協力 阿久澤騰

〈 文芸〉 渥美恵理子 有迫治恵 安藤大智 石井香織 大森敦史 小野寺愛 小山紗季 柴崎美和 鈴木夏唯 田老耕太朗 馬場智子 藤野智士 保坂香奈子 益田勇気 村本裕太 吉本竜太郎 吉岡美佐代 吉井あゆみ

〈 写真〉 坂井紀子 水野輝

〈 放送〉 奥田隆太

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