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青山学院管弦楽団

第 79回定期 演 奏会

“  ヽ      .

2001年 11月 18日 (日)

すみだトリフォニーホール


青山学院管弦楽団 第 79回 定期演奏会 50th Anniversary 2 0 0 1 年 1 1 月 1 8 日 ( 日) 1 4 : 0 0 開

演 す みだ トリフォ ニー ホール

椰 清 水 宏 之 尾崎 洋/金 管 と打楽器 のための前奏曲 Y.Ozaki(1980-) Prelude for Brass and Percussion(Dp.2

R I 。チ ャイ コ フス キ ー/ 幻 想序 曲

『ロメオ とジュ リエ ッ ト』 Fantasy et Overture―

P.│.Tchalkovsky (1840-1893) Romeo and Ju‖

」. シ ベ リウス/ 組 曲 『カ レ リア』 作品 1 1 J.Sibe‖us (1865-1957) Karelia Orchestra… 1.lntermezzo

Ⅱ. B a l l a d e

Suite(Эp.11

Ⅲ. A I l a m a r c i a

D 。 シ ョス タコー ヴ ィチ/ 交 響曲第 5 番 二短調 作品 4 7 D.Shostakovich(1907-1975) Symphony No.5 in D rninor Op.47 1 Moderart― AIlegro non troppo Ⅲ .Largo

Ⅱ.A‖egro

Ⅳ . AIlegro non troppo

お手数ではございますが、携帯電話 ・PHS・ ポケツ トベル ・アラーム付き時 計等をお持ちの方は演奏中に鳴らないよう、セッ トの解除をお願 い致 します。


が﹂

青山学院院長

「 青 山学 院 管 弦 楽 団創 立 5 0 周 年 を迎 え て 」

とです。その時代に活動 した人 々が 1968年に集ま り、練習 を初めて 「 青山学院管弦楽団 OBオ ー ケス トラ」を結成 し、 1970年には最初 の コンサー トを行 いま した。青 山学院管弦 楽団はその心意気 と演奏技術 を持って、 聴衆 の心に響 く良き 演奏を続けてきま したが、 今年 もご来会下 さいま した皆様に 必ず満足 していただけるよ う、 カー杯奏でて くれ るもの と確 信 しています。今後 とも皆様 のご支援 とご声援 とをよろしく お願い申 し上げます。

本年、青 山学院管弦楽団が創立 5 0 周 年 を迎え られたこと を、 ともに心か ら慶び祝いた く思 います。顧みて、この 5 0 年の歩みの間には, 原 風満帆の時だけでな く、 逆風 と継続に悩 む時 もあつたことと思います。今で こそ優秀なオーケス トラ を持つ大学は多いのですが、発足当初か ら1 9 6 5 年頃までは それほど多 くなかった よ うです。その数少ない大学オーケス トラの一つがこの青山学院管弦楽団であ りま して、 国内のみ ならず、 遠 く海外への演奏旅行 をも精力的に行つた とい うこ

青山学院大学長 ― ―

第 7 9 回 定期演奏会 の 開催 、お めで と うござい ます。そ し て管弦楽 団創設 5 0 周 年 を迎 えま した ことを′ いよ りお慶び 申 し上げます 。 各パー トの人 と人 とのつ なが りが、そのまま音 となつて現 れ るオー ケ ス トラ、それ は多数 の人た ちに よつて作 られ る和 の音楽 といって 良いで しょ う。日頃の厳 しい練習や合宿等 の

学部教授 ―

い なあ、イチ ロー の活躍 は。最近 はメジ ャー リー グに夢 1妻 = て 、研究や講義 に身 が入 りませ ん 。走 ・攻 ・守 のバ ランス 「と, 1 た溌, 東 J たるプ レー は、 観 るものに新鮮 な感動 を与 えて ( 1 1 ます = そ れ に比 べ て 日本 の野球 は本 当につ ま らないな。 1 つ とも、 これ はプ レー 以前 の 問題 が大 きいか も知れ ませ ´ ´: ` 国人選 手に人数制限 を設 けた り、特定 の企 業 のために │ ― グ全 体が振 り回 され た り、 監督 と しての能力 が全然 な い ■i 百 わ らず 、視聴 率優先 で何 年 も居残 るこ とになった り、 見ていて 鳴鹿 らしくなって きます。 専門家 の 中には、イチ ロー を伝説 の名選 手 タイ ・カ ッブ に なぞ らえる者 がいます。意識 して派手 なブ レー を狙 うので は

若 さ故の音楽に対す る情熱で、 鑑賞者を魅了 させ る素晴 ら しい音楽を演奏 してくれ ること、また今回指揮者を務めてく ださいます清水宏之先生を始め、 素晴 らしい先生方による厳 しいご指導 の もとで、日々励んできた練習 の成果を遺憾なく 発揮 され ることを願 ってやみません。 最後にな りますが、 お忙 しい ところ演奏会に ご来場下さい ま した皆様 に感謝の意を申し上げます の と共に、 管弦楽団の 更なる発展 を心よ り期待 いた します。

■か ら生まれ た友情 が 、 音 となって 聞 く人 の心 に響 いてい く ことを期待 してお ります。

顧問 。融

な く、ひたす ら白球 をたたき、全力でベ ース を駈 けぬ ける、い わば野球の原点 の体現者 として高 く評価 してい るので しょ う。 本 日のプ ログラムにあるシ ョスタ コー ビ ッチは、時代的 に はかな り新 しい部類 に属 します が 、かつての クラシ ック音楽 の魅力 を再現 ・ 伝承 しよ うとした点で、今 のイチ ローの活躍 に通 じる ものが ある と感 じています。交響 曲第 5番 は、確 か に社会主義政権 に迎合 して作 られ た ものです が 、 誰 しもその 魅 力 を否 定す るこ とは困難 です。野球 にせ よ音楽 にせ よ、時 代 が どんなに変化 しよ うと、原 点 の持 つ魅力 とい うものは 、 変 わ らな い とい うことな ので しょ う。


が﹂

青山学院女子短期大学 学長

阿部 幸 子

青 山学院管弦楽団創設 50周年 を迎えられ、記念すべ き第 心よりおよろこび 79回 の定期演奏会を開催 されます こと、 を申し上げます。新制大学が発足 して間もない貧 しく困難な

演 に相応 しく、シ ョス タ コー ヴィッチ の交響 曲 5番 が加 え ら

時代にこの管弦楽団が創 られ、 今 日まで発展 されたことを思 い感無量で ございます。その演奏は、国内外 でも高 く評価 さ れていると聞いてお ります。日頃、短大校舎でパー ト練習に 時には密 かに拍手を送 ってお ります 励む団員の皆様に接 し、 が、その成果が美 しいハーモニー となつて見事に結実 し、聴 衆に深 い感動を与えるので しょう。今回の 曲 日には、記念公

え られ て こ られた皆様 に感謝 を申 し上げ る とともに、これ か

顧 ζ 』蟄

一 一

れ ています が、素晴 らしい演奏 を楽 しみ に しています。 これまで ご指導 をいただいた方 々、さま ざまな形 で楽団 を支 らの更 な る発展 を期待 してお ります。

晩秋 の候 、よ うこそ学生 の演奏会 にお運び下 さいま した。 あ りが と う存 じます。 曲 目音痴 の私 は演奏 曲も見ず に御挨拶 を書 いてい ます。ひ たす らあの演奏前 の調音 の さざめきがなつ か しいのです。と りわけ秋 に音楽 に心惹かれ るとい うの は人 の心に共通な現象 な ので しょ うか。 パ リでは歯 の抜 けた よ うな風情だ つた街 並が、ヴァカ ンス が終 わ ると各戸 に灯が とも り充実 してきますが 、 秋 は短 く素 通 りして しまい、 今 頃は陰雲 がたち こめる寒 くて暗 い天候 に

セ ン ‐マル タンの夏J と い う な ります。聖人 の名 を とった 「 のの 小春 日和 にあた る語 はあ るも 、1 9 9 3 年 には 1 1 月 1 5 日 が 初雪 で した。 で も、で も、この 頃か ら本格的 な音楽 シー ズ ンが 始 ま りま す。オペ ラ、オーケ ス トラな どな ど、盛沢 山のプ ロ グラムが 用意 され 、冬 の慰 めが用意 され ます。私 も コンサー ト・ホー ル に足繁 く通 い精神 のバ ランス を保 った 、記憶 があ ります。 さわや かな この季節 の澄 んだ演奏 を楽 しみ に しつつ。

団 長― 久川 武俊

本 日はお忙 しい 中、第79回定期演奏会にご来場いただき、 誠に有難 うございます。団員二 同を代表致 しま して厚 く御礼 申し上げます。また、本 日演奏会を開催す るにあた り、指揮 者の清水先生、ご指導下 さいま したNHK交 響楽団の諸先生 方、学院関係者 の方々、OB・ OGの 先輩方、そ して本 日の 演奏に携わる全ての方々にこの場を拝借 して深 く御礼申 し上 げます。そ して、当団創 立 50周 年 とい う記念すべ き演奏会 を皆様 と共に過 ごせ ることを嬉 しく思います。 さて、本 日のプ ログラムは、20世紀音楽史に大きな足跡 を記 した作曲家、シ ョスタコー ヴィッチの最大傑作 とも言わ れ る 『交響 曲第 5番 』、透明な叙情を誇 るシベ リウスの 『カ レリア』、美 しくも悲 しい恋 を描 くチャイ コフスキーの 『ロ

メオ とジ ュ リエ ッ ト』 を ご用 意 しま した。各楽 由に秘 め られ た壮 大な ドラマ を ど うぞ ご堪能 下 さい。 こ うして演奏会 が実 現す るまで には多 くの人達 の尽 力 が あ り、オー ケ ス トラの よ うに関わ る人 間 が 多 けれ ば多 い ほ ど、 一 丸 となって動 くこ とが難 しくな ります。団員 同士の 間で最 低 限 の信頼 と尊敬 がなけれ ば決 して ゴール に辿 り着 くこ とは 出来 な いで しょ う。それ を実現 で きた時 に皆 で感 じるこ との で きる喜びは金 で買 えるものではあ りませ ん。団長 とい う役 職 は多 くの経験 と幸せ を与 えて くれ ま した。 最後 に、この場 を借 りて演奏会成功 に懸 けた全 ての団員 に 言 わせ て下 さい。 「 お疲れ様 で したJ


が﹂ 青山学院校友会会長 ―――― 囀更 冽ド

]ム

「青 山学 院 管 弦 楽 団の 定 期 演 奏 会 を お祝 して」

位 を占めるに至っていますが、これ も多 くの優れた指導者 ・ O B ・ 校友諸氏 の不断の支援があってのことと思われます。 長い歴史 と伝統をもつ青山学院管弦楽団が、 今後ますます 充実 。発展す ることを心か ら祈って止みません。そのため に、今回の記念すべ き定期演奏会が、その力 を結集 して、楽 団の次のステ ップヘの さらなる飛躍 となるよ う哀心より期待 して一言お祝詞 と致 します。

青山学院管弦楽団の第 7 9 回定期演奏会の界わいを心か ら お慶び致 します。特に、今年は楽団設立5 0 周年 とのことと、 まことに意義深 く、あわせて衷心 よ りお祝い申し上げます。 管弦楽団が創設 された頃、 私 も大学 の学生 として経済学部 に在籍 していま したが、二、三の友人が、楽団の結成に必死 に駆 け回っていた姿を懐か しく思い出 します。その後、楽団 は飛躍的にその実績 を増 し加 え、 今や学院の内外に不動の地

一 羽

青山学院管弦楽団は創設 50周 年 を迎えま した。これ も皆 様方 のお支えがあってのことと感謝 してお ります。青山学院 はクラシ ック音楽の世界 とは関わ りが深 く、 卒業生には例え ば作由家では故 ・国伊玖磨 さん、故 。中田喜直 さん、服部正 さん、一柳慧 さん、指揮者 としては秋 山和喜 さん、演奏家で はバイオ リニス トの海野義雄 さん、ピアニス トのフジ子 ・ ヘ ミングさん、フルー ト演奏家の神崎愛 さん、オルガン奏者 の 松居直美 さんな ど一流の方 々がお ります。

どうして青山学院か らいろいろな音楽家が輩出しているの か考えます と、明治 7年 の創 立時か ら、建学の精神のもと、 生徒たちはず っとキ リス ト教教育の一環 として教会音 学生 ・ 楽 とい う形 の西洋音楽に触れているわけです。それが伝統 と なって在学生たちの音楽的感性を養っているのではないかと 思います。そんなこともお考えあわせの上、「 第 79回定期演 奏会Jを どうぞ ごゅつ くりお楽 しみ下 さい。


清水

宏之

Hiroyuki Shimizu

Profile

奈良市出身、15才 で渡米。イ ンター ラー ケ ン芸術アカデ ミーを経て、1987年 、マネ ス音楽 大学クラ リネ ッ ト科卒業。 1989年、エール大学大学院音楽学部指揮科修了後、エール フ ィルハーモニア管弦楽団の指揮 研究員 とな り、Gヘ ル ビッヒ氏、Aブ レヴィン氏等 の指導を受 け、同大学院 よリアーテ ィス ト ・デ ィプ ロマ を授 与され る。その後、北米を中心に指揮活動 を行い、1997年 帰国。 日本では、群馬交響楽団、関西 フィルハーモニー管弦楽団、奈良フ ィルハーモニー管弦楽団、 大阪セ ンチュ リー交響楽団、大阪シンフォニカー、テ レマン室内管弦楽団、夕1古屋 フィルハー モニー管弦楽団等 を指揮。 第 4回 デ ィヌ ・ニ ク レス ク国際指揮 コンクール優勝。 第 1回 マ タチ ッチ国際指揮 コンクール 4位 入賞 (1位 な し)、併せて ク ロアチア作山家連盟特別賞受賞。 第 5回 フィテルベル ク国際指揮 コンクール 4位 入賞、併せて ル トスワフスキー特別賞および楽員投票による国立シ レジア ・フィルハーモニー賞を受賞。 1999年 まで、 ドイツ、 フンデ ィスブル グ ・アカデ ミー管弦楽団及びブラジル 、エ レアザー ル ・ガ ヴァリオ音楽祭管弦楽団指揮者 をつ とめる。現在、大阪市民管弦楽団及び大阪市立大学 管弦楽団指揮者。

団員 よ り

アモォ ロー ソ !Jとイタ リア語で叫び出 し 清水先生はとって も国際的な人。練習中い きな り「 Much BetterJと英語で誉めます。さらには、「 あいや―○○OJと 怒 り、日本語 たか と思えば、「 なのか何語なのかわか らなかった私達は大爆笑 して しまいま した。また、一人芝居 もとつて も 上手で、笑 いの絶 えない楽 しい練習 です。今 日の演奏は団員達 と一緒に熱 く燃 え上が りま しょ うね。


ご指導頂 いた先生 方

(敬称略 ・五十音順)

コントラバス 池 松

( N H K 交 響 楽 団)

1 9 6 4 年ブ ラジル 生 まれ。1 9 才 よ リコ ン ト ラバ ス を始 め、堤俊作 氏 に師事。桐朋 学 園音 楽大学卒業。 1 9 8 9 年 N 響 に入 団 、現在 、首 席奏者。国立音 楽大学 、桐朋 学 園音 楽大 学非

田渕

( N H K 交 響楽団)

1 9 6 9 年、東京芸術大学音楽学部卒業 と同 時にN 響 入団。現在、第1 ヴァイオ リン奏者 ・ ライブラリアンを務める。

常勤講 師。

ヴイオラ 井 野 邊

大 輔

( N H K 交 響 楽 団)

平 野

秀 清

( N H K 交 響 楽 団)

洗足学 園大学卒業. 石 井 志都 子 、岡 田伸 夫

1 4 才 よ リチ ェ ロ を始 め、桐朋 学園音楽 大

両氏 に師事。 蓼科 高原 音楽祭 賞受 賞。 仙 台 フ ィル ハ ーモニ ー管弦楽団ゲ ス ト首席奏者 を

学音 楽 学 部 に て 故鈴 木 聡 氏 、 レー ヌ ・フ ラ シ ョー 女 史 に師事 。 1 9 7 4 年 、N 響 入 団 、今

務 めた後 、1 9 9 1 年 N 響 入団 。 現在 、 フ ォア シュ ピ ー ラ ー を務 め る。

日に至 る。

クラリネット カロ藤

フルー ト

明 久 (NHK交

響楽帥

国 立音 楽 大学 卒業 、矢 田部賞受 賞。 第 1 6 国民音 室 内楽 コ ン クー ル 第 1 位 。第 1 回 お よ び 第 2 回 日本 クラ リネ ッ トコ ン クール入 賞。 第 3 5 Ⅲ ミュンヘ ン[ J 際 コ ン クー ル 木 管五重 奏 フ ァイナ リス ト. 1 9 9 0 年 N 響 入口1 。東京 クラ リネ ッ トア ン サ ンブル i 員 .

細 J‖

順 三

(NHK交

響楽m

東京芸術大学卒業. ス イ ス ・バーゼル市立 音楽院留学。第 4 0 回 日本 書楽 コンクール第 2 位人賞. ジ ュネーブ国際音楽 コンクール入 選。札幌交響楽団にて 1 2 年間首席奏者を務 めた後N H K 交 響楽団入団。東京音楽大学講 師。 トロンポーン

北 島

:章

(NHK交

響 楽 団)

石川 県出身。 1973年 武蔵野音楽大学卒業。 同年 北西 ドイツ音楽 アカデ ミー に入学。 ヘ ル ムー ト・ヴィンシャー マ ン氏 に学ぶ 。そ の後 、ケル ン国 立 音楽大学 に移 り、1976年 北 西 ドイ ツフ ィル ハ ーモ ニー 交響 楽団 に入 団。 1982年 に帰 国 しNHK交 響楽団 に入団。 現在 、NHK交 響楽団 首席 オー ボエ 奏者。東 京芸術 大学付属 高校 、沖縄 県立芸術大学講自 li。 トランペット 北 村

源 三

ニ 輪

純 生

( N H K 交 響楽 団団友 )

1 9 3 9 年生 まれ。桐り1 学園音 楽大学卒業。第 29回 NHK毎

] コンクール 金管部 門第 2 位 人 賞 、東京 フ ィルハ ー モ ニー 交響 楽 団 を経 てN

響入 団。 1 9 9 9 年 9 月 同団退 団。 桐朋 学 園音 楽大学講 師 、 日本 トロン ボ ー ン 協会会長.

パーカッション ( N H K 交 響 楽 団団友)

1 9 3 7 年生 まれ 。東 京芸術 大学卒業 と同時 に N 響 に入 団。 1 9 6 2 年 、 N 響 在 籍 の ま ま ウィー ン ・アカデ ミー に留学。1 9 6 5 年帰 国。 1 9 9 1 年 1 1 月 、第 1 1 回 有馬 賞受賞。1 9 9 3 年 7 月 N 響 退 団。 国 立 音楽 大学教授 。

百「) 順

禾口静己 ( N H K 交 響 楽 団団友)

長 野 県松 本 市生 まれ 1 9 6 5 年 東京 芸術 大学卒 業。 同年 N H K 交 響楽 団 入団 2 0 0 1 年 9 月退 団 まで 3 6 年 間主席 テ ィンパ ニ ィー 奏者 勤 め る。第 1 7 回 有馬 賞 受 賞。東京 パ ー カ ッシ ョン クラブ主 宰。日本 打楽器 協会理 事 、日本 管 打 ・吹奏楽会 常任理 事 、東 邦音 楽 大学 特任 講 師 、 同大 ウイ ン ド オー ケ ス トラ指揮者 。 国立音楽 大学教授。

ファJ ット 霧 生

吉 秀

( N H K 交 響 楽 団団友)

1 9 4 0 年 生 まれ. 東 京芸術 大学 、 同大学院 を卒業. 1 9 6 5 年 、第 3 4 回 N H K 毎 日音楽 コ ンクール ( 日本 音楽 コ ン クール ) 管 楽器 部 門

山 本

( N H K 交 響楽 団)

1 9 4 8 年 広 島生 まれ. ホ ル ン を谷 中甚作氏 に師事。 1 9 6 9 年 、 日本 フ ィル に入 団。 安 宅

第 1 位 人 賞 . ジ ェ リア ー ド音 楽 院 に留 学 。

賞受賞。 1 9 7 0 年 東京 芸術 大学卒業。1 9 7 3 年

1 9 6 8 年 、帰 国後 N 響 に入 団。元 N 響 首席 奏 者。2 0 0 0 年 8 月 1 5 日 、N 響 退 団。国立音 大 、

N 響 に入 団今 日に至 る。室 内楽 の 分野 で も、

東京音大講 師。1 9 9 0 年 、第 1 0 回 有馬 賞受 賞.

に所属.

東京 ホル ンクラブ 、ア ンサ ンブル ・コ レー ゲ 聖徳 大学人文学部音楽文 化 学科助教授。武 蔵 野音楽大 学講 師。


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PFogrα 尾1崎

│と 洋■金1管 1打 ための1前 奏曲■0●2 楽器│の 編 は Tp6、 Hr6、 Tb3、 BassTbl、 Tubal、 Timpani、 Suspended Cymbal、 Crash Cymbals、 Bass Drum、 Glock‐ "こ enspielであ り、Tpと HIは 1・2・3、4・5・6に それぞれ分 けて あ ります。 (配置指定 あ り) Es durで始 ま る冒頭 のホル ンの フ ァ ンフ ァー レに続いて、 トロンボー ンが主題 I(譜 例 1)を 力強 く演奏 し、ホル ンの グ リッサ ン ドが トランペ ッ トの快活 な リズム を 1・2・3か ら 4・5・6に 導 いた後 、Tpが 主題 Ⅲ (譜例 3)の 一 瞬 の透 明な 静 け さを奏 で、トロンボー ン とテ ィ ンパ ニ がそれ をす ぐに打 点に達 し、E durに 解決 ち破 り、転調 しなが ら (譜例 4)頂 ′ す る。ここまで一気 に流れ込む感 じで進 んでゆ く。E durに 解決 した と思 い きや 、Eの 音 は根音 ではな くいつ の 間に か属 音 にす り替 っていて A durの 主題 Ⅱ (譜例 2)を ホル ンが奏 で る。この 曲の要素 は ここまでで ほ とん ど含 んでいます。あ とはああだ こ うだ い ろ い ろや つて 、 (譜例 4)を 半音 下 の フ ラ ッ ト系で進 んだ後 、 冒頭 の Es durに解決 し、最後 は主題 Iと 同 じ和声進行 IⅣ I+ホ ル ンの グ リッサ ン ドで 華や かに 結び ます。 E durのブ ライ トな音色、A durの響 きのあ る音色 、D dur の暖 か く透 明な音色 、Es durのス トレー トな音色 、といつた 音色 の変化 もお楽 しみ くだ さい。譜例 3に 関 しては、は つ き りと した姿 は見せず にい ろい ろ と形 を変 えて所 々 に漂 つて 時 々顔 を日1すよ うな、ち ょっ とお茶 目な 一面 を持 つた フ レー ズです。 え ?譜 例 4が 小 さくて見 えない ?・ ・・そんな時 も あ るさ。 学生 が 作 つた 山を学生 の 演奏会 で学生が初演す る。今 回 こ の 曲を演奏す るにあた つての 目標 と意気込み として、学生 の みで作 った純粋 な音 を作 りたい とぃ う気持 ちがあ ります 。曲 は私 が作 つたわ けですが、この曲は私のた めに作 つた私 の考 えを述 べ てい るよ うなそ うい う性質 の 曲ではな く、この文の 最初 で も述 べ た とお り青 山学院管弦楽団 の金 管、打楽器 メン バー のみんなのた めに作 つた 、みんな の実力が可能 な範 囲 で 最 大限 に発揮 で きるよ うな 山で 、それ ぞれ の パ ー トはそ の パ ー トを演奏す るそれぞれ のメンバー個 人 の こ とを考 えなが ら作 つたそ うい う気持 ち の こもつたパ ー ト譜 であ り、そ うい う曲です。だか ら私 は、 トレー ナー の先生方 にはあえて指導 なし は してい ただ くこ とな く学生 だ けで練 習 して 、指lF iも を合わ で、今い るメ ンバ ーみんなの音 を聴 き合 いなが ら、虐、 せ たい のです。この曲はみ んなの 曲であ りみんなが演奏 して こそ 完壁 に完成 され る山な のです。 が 一つ にな る こ とを祈 つ 最後 に団員 み ん な の気持 ち と壇、

2001年 5月 に着手 、同年 8月 28日 完成。 この 曲は青 山学 院管弦 楽 団 ブ ラ ス 、パ ー カ ッシ ョンセ ク シ ョンの為 に書 いた作 品で ある。編成 、難度共 にそれ を考慮 し、ほぼそのパー トを演奏す るで あろ う個人 の事 も考慮 して 書 いた。また この曲に関 しては トレー ナー の先生方 の力 の恩 恵 には授 か らず に 自分達、学生達 のみで何処 まで高級 な演奏 がで きるか とい つた挑戦で もあ る。曲想 と して 当初 はファ ン フ ァー レを考 えていた のだが 、50周 年記念 とい うこ ともあ り、転調 を多 く交 えた フ ァ ンフ ァー レ的な前奏 曲 として仕 上 げた。 全体 的 な 曲 の 雰 囲気 は人 に よ る と、映画 音 楽 の よ うな、 RPGの 音楽 の よ うな、な ど様 々 であ るが作 山者 としては特 に 具体的な ものは意識 していな く自分 の感 じるがま まに書 いた 作 品│であ る。私 は個人的に R・ シュ トラ ウス、」ウィ リア ム ズの 曲が好 きな ので もしか した らそ の よ うな雰囲気 が多少 に お うか も しれ ない。ただ しここで注意 していただ きた い こ と は作 曲者 は専 門 の知識 のあるプ ロではない ことです 。多少 の 楽典 の知識 はあるが、それ も独学 の本 当に正確 か ど うかは定 かではない よ うな危 な っか しい ものであ り、おま けにそ のイ ンチ キ知識 ?の 量 も雀 の 涙ほ ど しかあ りませ ん。つ ま り、何 が言 いたいか といいます と、この 曲に関 して明 らかに間違 い であ るまたは この文章 に関 して多少 の勘違 いがあつた として も、それ も ご愛嬌 とい うことで宣 しくお願 い します と ・・・ そ うい うことです 。 ちなみ に私 は ピア ノも弾 けませ ん。 (← ど う しよ うもな いで す ね 。)で は ど うや つて 作 曲 を した の か ・・ 。それ は PCを 利用 したのです。私 の ピア ノは PCな のです 。PCに 数値 を打 ち込んで、PCに 演奏 させ てその鳴 っ た音 を 自分 の 耳で確認 してゆ くといつた方 法です。知識 の代 わ りに全 て 自分 の 勘 のみで "こ んな感 じがいいか も"な どと いいなが ら作 る、名 づ けて奥義唯頼聴作 曲法 (?)で す。話 がそれ て きた よ うな ので 、そ ろそ ろ解説 に入 りま しょ う。

′ │キ 老イ ち

まあ細 かい こ とは気 にす るな。音楽 を聴 くのに 、理屈 は要 りませ ん。今 まで の話 は全部忘れ て気 の 向 くままに聴 いて感 じて くだ さい。 ( 作曲者 H r 3 年 尾 1 崎 洋 )

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PFcg]鶴 ″ ハめたs 剛.チ ャ│イ│コ │■ │ 郷1彗 │フ│ス│キ │と ジ│二 │り │工 1義 夕│オ │ジ │卜 》 1的 序1繭 │ 《 ウィリアム ・シェイクス ピアの戯 曲 〈ロメオ とジュ リエ ッ

ロー レンス僧 正のテーマ が、クラ リネ ッ トとファゴ ッ トの コ

ト〉は、古今東西の恋愛悲劇 中の最高傑作 として、しば しば 劇場で上演 され るのみな らず、オペ ラや バ レエ 、また この

ジユス ト) 、イタ リアの ヴェローナの町を三分 して争 う名家、

チャイ コフスキー( 1 8 4 0 - 9 3 ) の曲のよ うなオー クス トラ作

キャプ レッ ト家 ( ジュ リエ ッ ト) とモ ンター ギ ュ家 ( ロメオ)

品の題材 として も採 り上げ られています。 オペ ラでは、グ

の街頭における激突 と闘争 がオーケス トラの トゥッティ( 全

ノーが作曲 したものが有名で、バ レエ音楽 としては、近代 ロ

ラールで掲示 され る。まもな く緊迫感が高ま り( アレグ ロ ・

シアの作 曲家プ ロコフィエ フの傑作があ り、ベル リオーズ

合奏) で現れ る。長 い争 いの後、音楽は静ま り、ロメオ とジュ リエ ッ トの名高い愛のテーマが弱音器付きの ヴィオラとイ ン

は、合唱、 独唱付 きの大がか りな劇的交響 曲を作曲 しま した。

グ リッシュ ・ホル ンによつて謳われ、次第 に高潮 してい く。

しか し最 も有名で頻繁に演奏 され るのが、このチ ャイ コフス

しか し、再び争 いの音楽が荒狂 い、ロー レンス僧 正のテーマ

キーの管弦楽 のための幻想的序曲 《ロメオ とジュ リエ ッ ト》

が、人 々を諌 めるよ うに トランペ ッ トで叫ばれ る。押 し潰 さ

です。

れた愛のテーマ、しか しそれは次第に力強 く輝 きを増 し愛 の

この曲は、チャイ コフスキーが2 9 歳の 1 8 6 9 年に作曲され ま した。彼が親 しく付 き合 っていたロシア国民楽派 の作曲家 バ ラキ レフの勧めで書かれ、彼 に献呈 されています。初演は 翌年 3 月 、モスクワにて行われま したが、チャイ コフスキー

成就へ の希望を謳 うが、現実には1曽 `しみが愛 を踏みに じり、 運命は破局へ と導 く。悲 しい葬儀 の列、天国でかすかに響 く 愛 のテーマ、轟 くティンパ ニ、破滅 の宣告、悲劇 の完成。ク

は曲の出来に満足せず、二度 の改作を行 い、現在 では普通、

ライマ ックスに昇ると、やがて悲劇的な終末 とな り、テ ィン パ ニの鼓動が二人 の恋人たちの死 を悼む よ うに響 き、チ ェ

この最終版によって演奏 されます。

ロ、ヴァイオ リンとファゴ ッ トによるロメオの哀歌が奏 され

かな り長 い序奏部での、宗教的和声 をもつ荘重 な音楽は

て終わる。愛す る若 い二人 の死によつては じめて両家 の人 々

ロー レンス修道 士を象徴 し、ハープの和音が静かにひろがつ

は 自分達 の愚か さを知 り、長年 の争 いをやめ、和解す るので

て ヴェローナの街の静けさが暗示 され る。 この序奏部では、

ある。

ロメオ とジュ リエ ッ トの愛を実 らせ ようと骨を折 る慈悲深 い

(Cb 月ヽ 辛 睾)

J.シ ベ リウス 組曲 「カ レリア」 Op.11 シベ リウスは、1892年に 「 ク レル ヴォ交響 曲」で祖国にデ ビュー し成功 の後、6月 10日 にアイノ ・ヤイネ フェル トと結

な存在になつて しまっているが、 「 組 曲」は盛んに演奏 され る。

婚 し、ハネ ムーンをカ レ リア地方で過 ごす。この時に伝承文 化や遺跡 ・遺品、民謡や詩、そ して祭に接 し、歴史や民族性 について多 くの ものを得た。その結果、「 ク レル ヴォ交響 曲」

<第 一楽章>

間奏曲

リ トワニアの女王ナ リモン トがカ レリアの住民か ら税 を徴

は成功 したもののその手法は本当の民族性 につ ながるもので

収 した時代 の場面で奏で られた、古いス タイルの行進 曲であ

はなかった、とい う自己llヒ 判 を行 うに至 った。そ して、カ レ リア地方 (現在 のフィンラン ド・ロシア国境 のす ぐ東 に位置

る。

し、国境線 か らわずか 25キ ロほ どの位置 にあるヴィボ リを

<第 二楽章>

バ ラー ド

ヴィボ リの城 の中で、カール ・クヌ トソン王 と従者 を前に、

中心都市 として栄 えた、フィンラン ドの歴史的由緒 の とりわ

吟遊詩人 の歌 う場面の音楽

け深 い、重要な地域であつた)で の印象 がまだ生 々 しく残 っ

<第 二楽章>

ている、翌年 1893年 にヴィボ リ大学の学生協会か ら野外劇 のための音楽 を委嘱 され る。シベ リウスはこの依頼 に応 じて す ぐれた音楽をつ けた。劇 の上演後、まず 8曲 か らなる演奏 会用組曲がつ くられ、す ぐに 「 序曲Jと 3章 か らなる 「 組 曲」 に再編 された。今 日では 「 序由」はほ とん ど忘れ られたよ う

行進曲調で

1580年頃の情景で演奏 され る音楽で、2つの主題か らなる 行進 曲 (Vo萱 原)


PFogrα 陥,No`cs

│コ │■ │ヴ 1彗 │ス │夕 イ│チ =1響 DIIシ │=1短 1第 1曲 ●1番 調│││147 ドミー トリィ ・シ ョスタ コー ヴイチ(1906-75,ソ 連)は、 現在 までに 15も の交響 曲を作由 しているが、 この第 5番 は 彼 の全交響曲中最高の傑作に属す る。この点、ベ ー トー ヴェ ンの同 じく 「 第 5Jで ある 《運命》を思わせ るものがある。し ば し│ゴ「 革命Jと 呼称 され る事があるが、これは俗称であ り 作曲者がつ けた副題では無 い。 彼が活動 していたのは、粛清が 日常的に行われていた恐怖 政治の時代である。1986年 1月 28日 、シ ョスタ コー ヴィチ プラ ウダ批判」力` を語 る上で避 けることので きない事件 「 起 こる。彼 のオペ ラ 《ムツェンス ク郡のマ クベ ス夫人》が共産 プラウダ」において 「 党機 関紙 「 音楽 の代わ りの荒唐無稽」 として否定 されたのだ。スター リン体制 の下、党内粛清 も始 まろ うとしていたこの時期に、このよ うな社説が載 ることは ま さに致命傷だった。彼は 「 人民の敵Jと い うレッテルを張 られ、多 くの人物が彼か ら離れていつた。この事件が、シ ョ ス タ コー ヴィチの創作に暗い影 を落 とした ことは事実であ り、彼 は真剣 にこの批判について内省 し、「 形式主義的偏向」 を清算す るために内面的苦闘を続 けた といわれている。 その後、彼は 1936年 秋 の革命記念 日のために 《第 4交 響 山》を作曲 したが、初演直前になって発表 を断念 した。生き 延びるために、政治的圧力に対す る彼 な りの保身術 として、 本音 と建前を巧みに使い分けていたのは、ごく自然な成 り行 きだ つたのだろ う。 しか しシ ョスタ コー ヴィチの作品には、 一見体制 の意向に添 うよ うに見えて、実はスター リン時代ヘ の痛切な批判を巧みに忍ばせてい ること曲がかな りあるらし い とい うことが、近年の研究で判明 しつつある。ソ連 当局か ら好意的に迎 えられ、 「 社会主義 リア リズム」 の模範 とみな された名作、交響曲第 5番 も、今後、新たな視′ はで読み直 さ れ る可能性があるのかもしれない。 そ して第 4交 響 由の初演の放棄か らわずか 4ヶ月後に着手 され、3ヶ月 と少 々 とい う短い期間で、1937年 7月 20日 に第 5交 響 曲を完成 させ る。発表の際、作曲者の述べ た ところに よれば、この曲の誕生は 「 相当長 い内面的な熟成 の成果であ り、そのためか、交響 曲その ものの仕事 の経過は比較的短 かった。」とのことである。この 「 長 い内面的な熟成Jと は、 この傑出 した第5交響 由に到達す るまでの長い道程 を指 して お り、直接 この交響 由に着手 してか らの時間は極 めて短 く、 例 えば 「 第3楽 章は3日 間で書き上げた。」と彼 は回想 してい る。全体の構成は、悲痛な第 1楽 章 か らは じま り、間奏 曲的 な第 2,3楽 章を経て、壮大な二長調 のクライマ ックスを築 く第 4楽 章を結論 とす る、「 克服 ―勝利」とい う流れ を持ち、 ベー トー ヴェン以来の精神が感 じられ る。ソ連 の評論家によ れば、第 1楽 章は 「自問……または幼児の思い出Jで あ り、 再びかえ りこぬ過 去への皮 肉な微笑」、第 3楽 章 第 2楽 章は 「 は「 涙 の苦 しみにあふれJ、そ して第 4楽 章は作曲者 自身 の言 葉によれば 「これまでの諸楽章で課せ られたあ らゆる疑間に 対す る解答」であるとい う。 初演は、1937年 11月 21日 の ソヴィエ ト革命 20周 年記念 日に、レニングラー ド・フィルハーモニー交響楽団により、ま だこの頃は無名だつたムラヴィンスキーの指揮下に発表 され た。初演は大成功をお さめ、熱狂的な感動に包まれた。 とり わけ第 3楽 章では、感極まって泣き出す聴衆が続 出 した とい う。圧倒的な拍手 と賞賛に迎えられ、彼は名誉を回復、再び 「 人民のための芸術家」としての道を歩んでゆくこととなる。 第 1楽 章 モデ ラー ト・ア レグロ ・ノン ・トロッポ ニ短 調 はソナタ形式で書かれ 、ドラマテ ィックな主題 と後半の 見事な主題展開が素晴 らしい名作。強烈な印象を残す劇的で 悲壮なテーマのカノンで始ま り、またこの楽章全体の雰囲気 を伝 える。その後 ヴァイオ リンに下降音型 の第 1主題が静か に現れ 、その後 トランペ ッ トがな り響 く頂点に向かい発展 し てゆく。ついで歌謡的な第 2主題が同 じくヴァイオ リンに現 れ る。 ピアノの不気味な足音か ら展開部に入 り、第 1主題の 大 々的な展開、打楽器 を伴 った第 1主題の行進 曲を経て再現 部に突入、全合奏 の圧倒的なクライマ ックスにた どりつ く。 ここで作由家はその心情を悲劇的に吐露す る。シ ョスタコー ヴィチ特有 の ドラによる収束 のあ と第2主題がフルー トとホ ル ンによ リニ長調で再現。その先 の幸福が予感 され るが、再

び色調は暗 くなる。冒頭カノンの残響の中 ,最後 は美 しい ソ ロ ヴァイオ リンが余韻を残 しなが ら、チ ェ レス タがかすかな 希望を奏でつつ楽章を閉 じる。作曲者 の確 かな管弦楽法上の 力量 と、ソヴィエ ト的な叙情 とが見事に 一致 した、形式 と内 容 の合 ― による完成度の高い楽章である。 第 2楽 章 ア レグ レッ ト イ短調 シ ョスタコー ヴィチが得意 とす る洒落 っ気に満ちたスケル ツォ。小憎 らしいほど気 の きいたオーケス トレーシ ョンが堪 お楽 しみJで ある。Ebク ラ リネ ッ 能できる全楽章中唯―の 「 トが空虚な喜びに満 ちた踊 りを奏でる。弦の主題 をは じめ、 木管 の音型、ホル ンの雄たけびな ど、いた るところに彼の皮 肉っぱい面がみ られ る。トリオはなん とも小粋な ソロヴァイ オ リンによる同 じくユーモ ラスな もの。 中間部にハープ と ヴィオラがグ リッサ ン ドを重ねる個所な ど、芸 の細かい管弦 楽書法が注 目され る。再現部はファゴッ トによって始まる。 最後はユニ ゾンのオクターブ下降で綺麗に終止す る。 第 3楽 章 ラル ゴ ヘ短調 まさにシ ョスタコー ヴィチ しか書けないよ うな非常に冷た く暗い曲。3日 間で書かれた と言われるだけあつて実にシン プルな構造 をもつが、それゆえに内容の豊か さが否応な しに 浮き彫 りになる名 曲。彼 は 「 私はすべてのなかで第二楽章に 一番満足 している。ここで私は全体 として切れ 日のない動 き を与えることに成功 した。」と語 る。3郡 の ヴァイオ リン、2 郡 の ヴィオラ ・チェ ロ、1郡 の コン トラバス とい う計 8部 に 分け られた弦楽部 と、金管を欠いた編成は、まるで清涼な室 内楽曲を聴いているかのよ うな印象 を受 ける。第 1部 は弦楽 器郡による内省的な旋律が奏で られ、その後ハープの伴奏に フルー トが霞がかつた頂 のご とく孤高の旋律 を奏でる。第 2 部は弦による恐怖 と孤独に震えるような トレモ ロのなか木管 楽器 のモ ノローグが続 く。第 3部 では次第に力を増 し、チ ェ ロが悲痛な叫びを うたい、各弦楽器 も激情 の嵐 のよ うな高ま りを見せ 、木琴や ピア ノも加 えて クライマ ックス をむかえ る。次第に曲は落ち着きを取 り戻 し、最後はハープ とチェレ ス タのユニゾンの旋律で終わる。極 めて独創的で、その 古^い 民謡 のよ うな旋律 と、は らわたをえぐるような悲歌が聴 き手 の心に杭 を打ち込む楽想は、シ ョスタコー ヴィチの精神的豊 か さと思索の深 さを証明 している。 第 4楽 章 ア レグロ ・ノン ・トロッポ ニ短調 (∼二長調) 冒頭テ ィンパニのD― A音 の連打に導かれ、圧倒的な金管 楽器 の主題 によつて始まる。 この有名な主題 を中心に発展、 勇壮な行進 曲は次第に加速 して行 き、一度輝か しい長調に達 す るが、再び ドラの一撃で停滞。内省的な音楽になる。その 後静 かに冒頭 の主題が回帰す るが、長調に転調 し、弦楽器 と ピア ノの上昇 が始まる。上が りきった頂点において金管楽器 が輝か しい二長調 のファンファー レを宣言す る。最後はテ ィ ンパニ とバス ドラムのD― A音 連打に導かれ、終止音Dを 全 楽器でユニ ゾンし、力強いまま印象的にこの名 由に ピ リオ ド を打つ。 最後に、今回 このプログラムノー トを書 くのには とて も 苦労 した。とい うの も、この 曲の誕生には作 曲者 にまつわる 様 々な経緯があ り、曲自体 も各箇所で表現 しているものが非 常に明瞭で、作 曲者 自身 の 口述記録 も残 つているほ どであ る。これ らを簡潔にま とめるとい うことは非常に困難な こと であつた。さらに、第 4楽 章 の意味するものの解釈、解説を 考えると、とて もこのペー ジだけでは収ま りきれない文章に なっていただろ う。また、シ ョスタ コー ヴィチを語 る上で避 け られない もの として、旧ソ連の亡命 音楽学者 ヴォル コフの 書 いた 『シ ョスタ コー ヴィチ の証言』 とい うシ ョスタ コー ヴィチ 自身による口述記録 をま とめたものがある。この代表 的な記述に、第 4楽 章の意味す るものは 「 強制 された歓喜」 であ り、シ ョスタ コー ヴィチの反抗 の意を汲んだ深 い 「 悲劇J の曲であるとい う。この 『証言』が偽書 とされつつある今現 在で さえ、この記述だけはいまだに引きず られ、山の解釈 に 大きな影響力を及ぼ してきている。しか し、どの解釈 も必ず しも正解 とは言 えない。解釈は聴衆 の数だけあって良いので あ り、それ を許す のが絶対音楽 の面 白みでもあると思 う。 (Vln神 田 広樹)


Concert‐

│や ││(Ay=││││101■ 長谷I「│あ │)

IMis‐trelSS

我 ら青学 オケを率 い るは、そ の名 も長谷川 あや。なぜ か 『あや ほ』 と呼 ばれてい るお ちゃめでかわ いい 女 の子。で も、あや ほ と会話す る とわか るのだが、独 特 の リズム を持 つ。いわ ゆ る天然 と呼 ばれ る もので 、想像 も しない よ うな答 が返 って くるこ とも多 々 あ る。気 が つ けばす つか りあや ほ ワール ドに。しか し、そんなボケボケの あや ほは誰 よ りも素直 !自 分 に正直で あ り、かつ 人 に も正 直であ りす ぎ る とい うこ とだ。正直で ある とい うこ とは良 くも悪 くも取れ る。こ の正 直 さ故 に、悪 い意味で取 られ 、ぶつか り合 つた こ ともある。 し か しあや ほは 、や つぱ りいいオ ケに、そ していい演奏会 に したい と い う熱意 をみせ て くれ た。自分 に厳 しいあや ほ。そ して誰 よ りも諦 めず に よ り高 い もの を求 め るあや ほ。そ んなあや ほが今 日は、気合 い 十分、とこ とんや って くれ るぜ !ぜ ひ青学オケが 50年 の歳月 を 経 て 、あや ほ と、そ してみんなで創 つて きた この演奏会 を楽 しんで くだ さい!!

Leader of Orchestra

久川 武俊 (TaketOShi Hlsakawa) と しくんへ。 今 日の この 日を君 と同 じ舞台 の Lで 迎 え られ ることを心か ら嬉 し く思 う。また この 団長紹介文 の執筆 を任せ て くれ た こと も、大変誇 りに思 ってい る。私 の拙 い 文章で果 た して どこまで君 の魅 力 を皆 に 伝 える事がで きるかわか らないが、 今 回 も一 発ぶ ちか ま させ て頂 き ます。 本名 久川 ・スーパー ・ハ ィパ ー ・武俊 、神奈川 県川崎 市出身、長 谷川部屋。前回 の春合宿 にお いて 自らの老いっぶ りを如何 な く発揮 し、企団員 にその貫禄 を見せ つ けた久川氏だが、8月 末 に行 われ た 夏合宿 において もそ の老 衰ぶ りは衰 える ところを知 らず 、 合宿サブ マ ネ AM氏 は もちろん、サブサブ マ ネ CM氏 を も巻 き込み 1週 間 に渡 り24時 間体制 の徹底介 護 を受 け続 けた。そ の 甲斐 あ ってか 、合 ぼ くかんば る !Jと の名 言 宿後久川氏 は Vln会 の面 々 に向かい 、 「 を残 し、日夜練習 に練 習 を重ねて きた らしい。果 た してその練 習 の 成果や如何 に ? それ では最後 に本人 か らのメ ッセ ー ジを ど うぞ。 「 ま じで ?J あ りが と うございま した (ぽ)byい し×2

癬 │ギ 1下 lm

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Student Conductor

尾崎

洋 (Yow Oza撼 )

暑 い 日、寒い 日、雨の 日、晴れ の 日、曇 りの 日。 どんな時でも自分 らしさを失わず、 みんなの人気者 であ り続 ける、それが じゃっきぃ。 青山学院管弦楽団の学生指揮であ り、インスペ クターであ り、そ してアイ ドルだ。本業 とす るホル ン奏者 として、(時に びっくりす るくらいの爆音にもなる)その音色を奏でる時の、りりしく真剣な眼差 しと は裏腹な、甘 い もの (特に大好物の杏仁豆腐 ♪)を 日の前に した時の彼の笑顔はまさに カ レンダーの中のアイ ドル !!屈 託 のないその表情を 目の前に しては、 誰 も何 も言 うま い、共にデザー トを味わ うのみである。 そんな じゃっきぃも今 日、青山学院管弦楽団50年の歴 史にその名 を刻む ことになる。 彼 の作曲 した曲を演奏す ることになったのだ。日頃よ り練習時はもちろん、その他の時 にも団員を引つ張って くれた じゃっきぃと共に特別な思い出を創 りたい │そんな私たち の思 いを形に した結果で もある今回のプ ログラム。彼抜 きでは考え られない ものであ る。そ してもう一つ、今 日11月 18日は、じゃつきぃのお誕生 日★まるで図つたかのよ うに この 日に管弦楽団50周年を記念す る演奏会 を行 うことになつたが、それ も神 さま か らの彼 へ のバースデー プ レゼ ン トなのだろ う。 じゃっきぃ、お誕生 日おめで とう♪


Vi10■ lin

る―。 としくん も笑 つて る―。る― るる、るるつ る― !今 日 もいい天気 ― ! 長谷川家 には波 平 とフネがいてサザエ ニ 人 くらいいてマ スオ つばいの も 二人いてカ ツオが ・1人、ワカ メ が七 人 もいて タラちやんなんか 十五人なんかい ちゃつて、タ マ 計 りしれ な いほ どた くさん い ます。それ はそれ は とて もに

っ しゃ―! ! 俺 様は 2 代 目裏 コンマス ( コンパマス ター、自 こに載せ る文章を う3 代 日裏 コン ミス ( コンパ 称) だ ―! ! こ 合宿で継承 ミス トレス、 自称) に 託 して今年引退す る―! ! 夏 式 もや つた―! ! 我らが v l n 会はこんな人間の集ま りだ―! ! 心 して嫁―! ! ♪お っさかな くわえたあやほさ∼ん、お―おつかけてえ? 裸足 でかけて く― ゆかい―なか―んちゃん。い しい し笑 つて

ぎや かです 。

Vio■ a 学校 での練習 に物 足 りな さを感 じ、人生 に疑間 を抱 き始 めてい たび よ ら会。 この修羅場 を切 り抜 けるには ど うすれ ば よいか … そ うだ、神 F i 行こ う。 こ うして旅 立った彼 らの 前に待 ち受 け るもの は ! ? 次回予告 ! 「 負 けるな フムフム ! 出 るか ! ? Z 、殺 コー ドレスバ ンジー ! ! J をお送 りします。

Vio■ once■

■o 注:今 回は、爆 笑 問題 の二人が話 してい る所 を想像 してお楽 しみ く だ さい。 大 田 :今 日のお題 はチ ェ ロ会です。 田中 :チェロ会 も気 づ いた ら大所帯 だ よな。 12人 だ よ。 太 田 :5人 組 の戦隊 ヒー ロー が 2チ ー ム+2人 作れ るよな。 田中 :なんでそんな 中途半端 なんだ よ 12人 がかわいそ うだ ろ ! 今回の秋定でチェ ロ会 の結束が Лまったよな。 太 田 :それは ともか く、 田中 :確かに。熱 く固ま つた よな。 大 田 :熱す ぎて髪 の毛チ リチ リなの もい るけ どな。 円中 :焦げて るのか よ !!そ うい うわ け じゃないぞ !あ れ は ! くや つてい きた いね。 太 田 :で も、 これ か らも熱 く ベ ス トをつ くした演奏 を して もらい 田中 :そ うだね。そ して今 日は`1良 たいね。 大 田 :して も らわな い とな。そ ういや 、チ ェロって管楽器 だ っ け ? 田中 :お 前 は も ういい よ ! 10


Contrabass

: │lrtキ

わが コン トラバ スパー トはいつ も人数 が少 ないのが悩みだ つた。 しか し今 は男5 人 に女5 人 ! な ん とパー ト内で合 コ ン もで きちゃ う ほ どまでに成長 した。今 まで O B ・ O G や トラに頼 ってい たが今 回 は現役 のび ちび ちばっか り。しか もこれ は極 秘だ がなん とわがパ ー トには現役 高校 生 ( 1 7 歳) ま でい る。そ してなん と言 つて もわが パ ー トの恩師 はあの池松先生。言 わず と知れ た N 響 の頭。合宿 中 はいつ も熱 い指導 を していただきま した。木 日の演奏会 では コンバ スパー トが一 団 となって下か らみんなの演 奏 を支 えます。私達 の池 松仕 込み の熱 い演奏 に期待 していて 下 さいね。

F■ ute まず は 1 年 生。め ぐちゃんは 「 何 をお っ しゃ る∼ J 「またまた∼J が 口癖 のお っ と りした女の子。え りちゃんは女 子校 出身 のせ いか男 の 先輩 がち ょっ と苦 手。す り足で後退 りなが ら会話 を しています 。 次 は2 年 生。次期 パー トリー ダー のたっつん は、肺 を壊 しなが ら も、驚 くべ き回復 力で今 はす っか り元気 です。しっか り者 で気 が利 くともちゃんは、食 べ 物 に とつて も詳 しい グル メです 。 3 年生のヘ レンはア メ リカか らの留学生。実 は 日本 の漫画 が大好 き ら しい ! そ して私 は、9 8 年 度 パ ー トリー ダーの姫 を世襲 して 2 1 をや ってお ります。 3 代 目は誰 にな るこ とや ら ・・・ ! ? 代 日刻 4 年 生 のお二 人は 1 2 月 2 2 日 の メサイア公 演 に向けて練 習 中で す。ぜ ひ こち らも聴 きに来 て下 さい。

Oboe オー ボエ会増 員作戦 : そ の参 これ で我が パ ー トも安泰です ! ( 某 メンバー 談) 「日付 [ 0 1 / 1 1 / 1 8 1 0 : 0 1 ] 送 信者 [ オボ 子] タイ トル [ 今す ぐ G O l ] こん に ちは っ ! 連 絡 くれ な い か ら私 か ら しちゃ つた ! エ ヘ ッ ( 0 ∧_ ∧ 0 )

一緒にいろんな コ トしよっ ! ( Λ Q Λ) キヤハハハ! ! ここな ら大丈夫 ! ( ∧ _ ― ) 一☆ 入会費無料だ よ ! ( ∧ _ ∧) V ‖ 待 ってい るね―っ ! ! ( 人_ 人 )〃」 アナタに もこんなメールが届 くかも ! ?

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│■ lnlё ltl cl■lal壼 ぼ くの 大好 きな クラ リネ ッ ト パパ か らもらつた クラ リネ ッ ト。とって も大事 に してたのにこわれ て 出ない音 が ある。 ど うしよ う、 ど うしよ う。 T 中 セ ンパ イ はす っ ごいいい人 だか ら助 けて くれ るか な。 N 尾 セ ンパ イは豪 快 に笑 い なが ら助 けて くれ るかな。 M 村 セ ンパ イ は文句言 い なが らも助 けて くれ るかな。 G 腸 セ ンパ イは クール ビューテ ィーだか ら助 けて くれ るかな。 さっちんは飲 んだ くれ だか らダメかな。 あちゃ― 、 かお りんは酔 い潰れ 、ダ メだ こ りゃ。 なんだ、クラ リンズ はみ んないい人だ。 オー パ ッチ ャマ ラ ドパ ッッキャマ ラ ド パ オパ オパ 。

Bassoon 今 回は Fgフ ァ ミリー を紹介 しよ う ! Fgは 父 、母 、長女、次女 の四人家族 で ある。 人黒柱であ りなが ら娘二人に圧倒 されているお父 さんこと和井田瑛― 一 時期変 わつた様子 を見せ たが、 や は り常に冷 静 なお母 さん こ と平 澤朝子 よ くけが を した りして家族 を心配 させ る長 女 こ と織 田真理 気合 と体 力で生 きて い る、 ‐ 番 しつか りものの次女 こと福 田紀子 この四人 の共 通点 はボー つ としてい ること、しか し楽器 が足 りない 中 OB・ OG、 エ キ ス トラの方 々 、そ して霧 生先生 に助 けて いただ き頑 張 つて きま した。 今後 の 日標 は ドライブ をす るこ と、そ して来年 は孫 (‐年 生)を 入 れ ること、だ よね 、み んな ! 今 日は Fgフ ァ ミリーのそれ ぞれ の音 をおFElき くだ さい。

Horn こん にちは。マ ヨ と申 します 。私 が愛す るHORNの 仲 間達 を紹 介 します。始 めは 、トップ を勤 める じゃつぴ ぃ。彼 は見か け通 りの 自党で、合宿 ではいつ もこだわ りの杏仁 豆腐 を作 って くれ ます。で かプ ッカに もハマ ッたわね∼ ,そ して 、 しっか り者 の ゆきは演奏 会 のポ ス ター な どをてが けま した。ある 日マ ヨが 「 今年 は何色 に し たの ?」 と聞 くと、“マ ヨピン ク"と イ│づけて くれ 、マ ヨはかな り ご満悦★ ヨスコポンは雨にも風 にも負 けず練習にきてたわね ぇ…す ば ら しい !!朝 市 は今 回 あだ名 を変 更 して 、 ア シイチ(1番 ア シ) にな りま した。細 い体で モ リモ リ吹 いてね。ぴ ろこは誰 かが毒 を吐 くと、「 そんな∼ ∼ 」と言 つて笑 い ます。未 だに坂井美 紀 に似 て る と思 つてい るのはマ ヨだ けか しら?そ して 、 我 がホル ン会 の期待 の 星☆き らき ら星が得意なゆみです !た まにはステージの左後 ろのほ うに も 目をや りなが らお問 き くだ さいね ♪

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Percuss■

on ☆ パ ー カスの朝☆ ここは静かな楽器庫。おや ? 誰 かが起 き‖1 した よ うです よ。家族 の早起 きは、そ う、T 兄 さん。タオル を持 って e l l 風 呂に出掛 けて ゆきます。次 に起 き出す のは ・ E で しょ う? あ 、妹 A の よ うです。「 テ ンポ 8 0 か らお願 い しまつす ! J 練 習熱 心 ! し か し彼 女 はそ う言 つ て、また寝 て しまいま した。 ど うや ら寝言 だった模様 ・・・。 この 寝言 を聞 いて む くっ と起 き出 したのは妹 S 。「さて、は じめるか」ス テ ィ ックを取 り出 し、練 習台 に向かいます。 「あ? 、いいお 湯 だ った ! あ れ つ 、T 兄 さん( 2 ) は! ? J T 兄 さん( 2 ) は、熟睡 中です。勿論 テ ィ ンパ ニ の 中で。以上、長 女 K & 次 女 A が お送 りいた しま した。 ※ このお 話 は フ ィクシ ョンです。

○多 込 7‐ 8 望 奎 否 ぢ 命 号 憲 島l。 │[雲 TEL 03(3711)7054 FAX.03(3711)7096 」 R 忠比寿駅 西口 徒歩1 分 第一勧業銀行襄 1 0 : 0 0 ∼1 9 1 0 0 日曜 祝祭日 休

依頼演奏 の ご案 内 当団では皆様からのご 依頼を受けての演奏を 致 して おります ので 、 お気軽にお当い合わせ 下さい。 [お問 い合わせ]

久り ‖/丁EL090-9800‐5458


青 山学 院管弦楽 団

演 奏記録

1 9 5 4 年1 2 月 4 日

第 1 回定期演奏会 ( 青 学 P S 講 堂) ( 指) 武 内輝次 早川正昭 モーツァル ト/ V n 協 奏曲 5 番 、ハイ ドン/ 交 響曲第 1 0 1 番 「 時計J 他 1 9 5 6 年 6 月 2 6 日 第 2 回 定期演奏会 ( 青 学 P S 講 堂) ( 指) 早 川正昭 ( P o 本 木和子 モーツァル ト/ P f 協 奏曲 2 3 番、同/ 交 響曲第 4 1 番 「 ジュピター」 他 1 9 5 8 年 6 月 2 6 日 第 4 回 定期演奏会 ( 青 学 P S 講 堂) ( 指) 早 川正昭 ( T p ) 福 井 功 ハイ ドン/ ト ランペ ッ ト協奏曲、同/ 交 響曲第 9 4 番 「 驚愕」 他 1959年 6月 20日 1 9 6 0 年1 2 月 5 日 1961年 6月 9日 1962年 6月 23日

第 5 回 定期演奏会 ( 青 学 P S 講 堂) ( 指) 早 川正昭 c c ) 菊 川 暁 ハイ ドン/ チ ェロ協奏曲、モーツ ァル ト/ 交 響曲第 3 5 番 他 第 6 回 定期演奏会 ( 神 田共立講堂) ( 指) 森 村寛治、伊藤栄一 ( 合 唱) G H ベー トー ヴェン/ 交 響曲第 1 番 、モー ツァル ト/ レ クイエム 他 第 7 回 定期演奏会 ( 日 本青年館) ( 指) 貝 増善二郎 αn ) 官内 洸 モーツァル ト/ V n 協 奏曲第 4 番 、ベー トー ヴェン/ 交 響曲第 5 番 「 運命J 他 第 8 回 定期演奏会 ( 杉 並公会堂) ( 指) 藤 田由之 ヘ ンデル/ 合 奏協奏曲第 1 番 、 ビゼー/ 交 響曲第 1 番 他

( 都 市センター) モ ーツァル ト/ 協 奏交響曲、シューベル ト/ 交 響曲第 8 番 「 未完成」 他 1 9 6 4 年 6 月 1 3 日 第 1 0 回定期演奏会 ( 日 比谷公会堂) ( 指) 藤 田由之 ( P ゅ 瓜生幸子 サン= サ ーンス/ P f 協 奏曲第 5 番 、ベー トー ヴェン/ 交 響曲第 2 番 ◎ 1 9 6 4 年1 0 月 1 9 ∼ 1 1 月 8 日 日 第 1 回 アメリカ西海岸演奏旅行 ( 指) 藤 田由之 1963年 6月 22日

1965年 6月 13日 1966年 6月 15日 1 9 6 7 年1 2 月 3 日 1968年 6月 6日 1 9 6 8 年1 2 月 1 日

第 9 回 定期演奏会 ( 指) 藤 田由之

第 1 1 回定期演奏会 ( 虎 ノ門ホール) ( 指) 藤 田由之 ハチャ トゥリアン/ 組 曲 「 仮面舞踏会」、シューマン/ 交 響曲第 1 番 「 春」 他 第 1 2 回定期演奏会 ( 虎 ノ門ホール) ( 指) 藤 田由之 マスネ/ 「 絵のような風景J 、モーツァル ト/ 交 響曲第 3 9 番 他 第 1 3 回定期演奏会 ( 日 比谷公会堂) ( 指) 藤 田由之 ベル リオーズ/ 序 曲 「 ローマの謝肉祭」、ベー トー ヴェン/ 交 響曲第 5 番 「 運命J 他 第 1 4 固定期演奏会 ( 日 比谷公会堂) ( 指) 藤 田由之 サン= サ ーンス/ ア ルジェ リア組曲、シューベル ト/ 交 響曲第 8 番 「 未完成」 他 渡米記念 (東 京文化会館) ( 指) 藤 田由之 αn ) 海 野義男 ベー トー ヴェン/ ロ マンス第 1 ・2 番 、シューマン/ 交 響由第 1 番 「 春J 他

◎ 1969年 2月 15日 ∼ 3月 10日 ( 指) 藤 田由之

1 9 6 9 年1 1 月 2 7 日 1 9 7 0 年1 1 月

第 2 回 ア メ リカ演奏旅行第

第 1 5 回定期演奏会 ( 渋 谷公会堂) ( 指) 藤 田由之 ウェーバー/ 「 オベ ロンJ 序 曲、シューマン/ 交 響曲第 4 番 第 1 6 回定期演奏会 ( 渋 谷公会堂) ( 指) 藤 田由之 ショスタコー ヴィチ/ 交 響曲第 9 番 変ホ長調 他

1971年 7月 26日

第 1 8 固 定期演奏会 ( 虎 ノ門ホール) ◎ この年 より定演年 2 回制 ( 指) 藤 田由之 ドヴォルザー ク/ 弦 楽セ レナー ド、 ベー トー ヴェン/ 交 響 曲第 5 番 「 運命」 他

1971年11月 9日

第 19回定期演奏会 (杉 並公会堂) (指)藤 田由之 αn)不口 波孝福

1972年 6月 10日

第 20回 定期演奏会 (虎 ノ門ホール) (指)藤 田由之 (Poズ デネーク・コジナ リス ト/Pfと 管弦楽の為のハンガ リー幻想曲、 ドヴォルザーク/交 響曲第8番 第 2 1 回 定期演奏会 ( 郵 便貯金会館) ( 指) 藤 田由之 ブロコフィエ フ/ 組 曲 「 グ レイ ト」 他 夏の一 日J 、シューベル ト/ 交 響曲第 9 番 「 第 2 2 回 定期演奏会 ( 東 京文化会館) ( 指) 藤 田由之 ( P o 楊 麗 貞 サン= サ ーンス/ P f 協 奏曲第 5 番 、シューマン/ 交 響曲第 4 番 他

1 9 7 2 年1 1 月 1 4 日 1973年 6月 24日

カバ レフスキー/Vn協 奏由、メンデルスゾーン/交 響曲第 5番 「 宗教改革」

1973年 11月 12日

第 2 3 回 定期演奏会 ( 虎 ノ門ホール) ( 指) 藤 田由之 c n ) 久 保陽子 サン= サ ーンス/ 序 曲とロン ド・カプリチオーソ、 ドヴォルザーク/ 交 響曲第 9 番 ◎ 1 9 7 4 年2 月 1 0 日∼ 2 5 日 第 3 回 アメリカ演奏旅行 ( 指) 藤 田由之 1974年 6月 21日 1 9 7 4 年1 1 月 2 4 日 1975年 6月 18日 1976年 6月 17日

第 2 4 回 定期演奏会 ( 郵 便貯金会館) ( 指) 藤 田由之 団伊久磨/ 日 本からの手紙第 3 番 、チャイ コフスキー/ 交 響曲第 1 番 他 第 2 5 回定期演奏会 ( 世 田谷区民会館) ( 指) 藤 田由之 ( P う北川暁子 ベー トー ヴェン/ P f 協 奏曲第 4 番 、 コープラン ド/ エ ル ・サ ロン ・メヒコ 他 第 2 6 回 定期演奏会 ( 郵 便貯金会館) ( 指) 藤 田由之 ( P o C フ アーマー メンデルスゾーン/ P f 協 奏曲第 1 番 、シユーマン/ 交 響由第 3 番 「 ライン」 第 2 8 回 定期演奏会 ( 郵 便貯金会館) ( 指) 桐 山 彰 ラヴェル/ 「 マ ・メール ・ロワJ 、フランク/ 交 響曲二短調 他


1 9 7 6 年1 1 月 1 8 日 1977年 6月

第 2 9 回定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) 4 ヽ松一彦 a C ) ポ ール ・トル トゥリエ サン= サ ーンス/ V c 協 奏曲第 1 番 、シベ リウス/ 交 響曲第 4 番 第 3 0 回 定期演奏会 ( 指) 4 ヽ松一彦 ベ ー トー ヴェン/ 交 響曲第 8 番 他

1 9 7 7 年1 1 月2 8 日 第 3 1 回定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) 小 松一彦 ( P o 高 島香苗 1978年 6月 20日

1979年 11月 27日 1980年 6月 19日 1 9 8 0 年1 1 月 1 8 日 1981年 5月 26日

リス ト/ P f 協 奏曲第 1 番、チャイ コフスキー/ 交 響由第 4 番 他

第 3 2 回定期演奏会 ( 杉 並公会堂) ( 指) 小 松一彦 モ ーツアル ト/ 交 響曲第 3 6 番、ファリャ/ 「 三角帽子J よ り 他

1 9 7 8 年1 1 月2 8 日 第3 3 回定期演奏会 ( 青 学請堂) ( 指) 小 松一彦 Ⅳn ) 田 中千香士 1979年 6月 14日

シベ リウス/ V n 協 奏曲二短調、 ドヴォルザーク/ 交 響曲第 6 番 他

第 3 4 回定期演奏会 ( 渋 谷公会堂) ( 指) 小 松一彦 ドビュ ッシー/ 小 組曲、シューベル ト/ 交 響曲第 8 番 「 未完成J 他 第 3 5 回 定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) 」ヽ 松一彦 l ■I s ) 長野美奈子 ( B r ) 原 田茂生 マーラー/ 「 子供の不思議な角笛より」 、ブラームス/ 交 響曲第 1 番

第 3 6 回定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) J ヽ松一彦 服部公一/ 祝 典序曲 ( 日本初演) 、ベー トー ヴェン/ 交 響曲第 5 番 「 運命J 他 第 3 7 回 定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) J ヽ松一彦 ( P o 大 木裕子 ベー トー ヴェン/ P f 協 奏曲第 1 番 、ス トラヴィンスキー/ 「 火の鳥」( 1 9 4 5 年版) 他 第 3 8 回定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) 」ヽ 松一彦 ( P o 高 島呑苗 ( T b ) 関根五郎

リス ト/ 交 響詩 「 前奏曲」、ラヴェル/ 道 化師の朝 の歌 他 第 3 9 回定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) 」ヽ ブラームス/ ハ イ ドンの主題による変奏曲、マー ラー/ 交 響曲第 1 番 「 松一彦 巨人」 他 ◎ 1 9 8 2 年2 月 1 6 日∼ 3 月 2 日 エ ジプ ト演奏旅行 ( 指) 」ヽ 松一彦 1 9 8 2 年 5 月 2 5 日 第 4 0 回 定期演奏会 ( 虎 ノ門ホール) ( 指) 桐 山 彰 ( C l ) 内 田 洋 ウェーバー/ C l 協 奏曲第 1 番 、シューマン/ 交 響曲第 3 番 「 ライン」 他 1 9 8 2 年1 1 月 1 3 日 第 4 1 回定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) イヽ 松一彦 ( P e r ) 百 ミヨー/ 打 楽器 と小オーケス トラのための協奏曲、シベ リウス/ 交 響曲第 5 番 瀬和紀 1 9 8 3 年 5 月 2 8 日 第 4 2 回定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) 小 松一彦 グリー グ/ 「 ペールギュン トJ よ り、 ドヴォルザーク/ 交 響曲第 8 番 他 1 9 8 1 年1 1 月 1 9 日

1983年11月20日

第43回定期演奏会 (青 学講堂) (指)小 松一彦 αn)重本仕美 ブル ンフ/Vn脇 奏曲第 1番、フランク/交 響曲二短調 他

1984年 5月 26日

第 4 4 回 定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) 小 松一彦 ( B r ) 原田茂生 マー ラー/ さ す らう若人の歌、ベー トー ヴェン/ 交 響由第 3 番 「 英雄」 他 第 4 5 回 定期演奏会 ( 人 見記念講堂) ( 指) 汐 澤安彦 シベ リウス/ 「 カ レリア」組山、 ブル ックサー/ 交 響曲第 4 番 「ロマンテ ィックJ

1 9 8 4 年1 1 月 1 8 日

1 9 8 5 年 5 月 2 5 日 第 4 6 回定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) 小 松一彦 アイーダ」より、ブラームス/ 交 響曲第 2 番 他 ヴェルディ/ 歌 劇 「 1 9 8 5 年1 1 月 3 0 日 1986年 5月 31日 1 9 8 6 年1 1 月 1 6 日 1987年 5月 30日 1987年 6月 6日 1 9 8 7 年1 1 月2 2 日 じ 1988年

第 4 7 回定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) イヽ 松一彦 ( P o 高 島香苗 サン= サ ーンス/ P f 協 奏山第 4 番 、ベル リオーズ/ 幻 想交響由 他 第 4 8 回 定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) 本 名徹ニ シューベル ト/ 交 響由第 3 番 「 未完成」、 ドヴォルザー ク/ 交 響曲第 7 番 他 第 4 9 回 定期演奏会 ( 渋 谷文化センター) ( 指) 本 名徹ニ ムソルグスキー/ 禿 山の一夜、チャイ コフスキー/ 交 響曲第 5 番 他 第 5 0 回定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) 本 名徹 二 ( P o 田 近 完 ラフマニ ノフ/ P f 協 奏曲第 2 番 、ブラームス/ 交 響曲第 1 番 他 厚木特男1 演奏会 ( 厚 木市文化会館) ( 指) 本 名徹 二 ュ トラウス/ こ うもり序曲、ブラー ムス/ 大 学祝典序曲、同/ 交 響曲第 1 番 Jシ 第 5 1 回定期演奏会 ( サ ン トリーホール) ( 指) 本 名徹二 外山 雄三/ 管 弦楽のためのラブソデ ィ、チャイ コフスキー/ 交 響曲第 6 番 「 悲愴J 他

2月 20日 ∼ 3月 1日 (指)本 名徹 二

1988年 5月 26日 1 9 8 8 年1 1 月 1 9 日 1989年 5月 27日

第 4回 ア メ リカ演奏旅 行

第 5 2 回 定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) 梅 田俊明 c n ) 大 谷康子 メンデルスゾーン/ V n 協 奏山、ベー トー ヴェン/ 交 響曲第 5 番 「 運命」 他 第 5 3 回定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) 梅 田俊明 リス ト/ 交 響詩 「 前奏曲」、 シベ リウス/ 交 響曲第 2 番 他 第 5 4 回定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) 梅 田俊明 チャイ コフスキー/ バ レエ音楽 「白鳥の湖J よ り、 ドヴォルザーク/ 交 響曲第 8 番

1 9 8 9 年1 1 月1 9 日 第 5 5 回定期演奏会 ( 人 見記念講堂) ( 指) 梅 田俊明 ( P ゅ 西岡知良子 ベー トー ヴェン/ P f 協 奏曲第 3 番 、ブラームス/ 交 響曲第 2 番 他


1 9 9 0 年 5 月 2 6 日 第 5 6 固 定期演奏会 ( 青 学講堂) ( 指) 栗 田博文 外山雄三/ 交 響詩 「 まつ らJ ( 学 生初演) 、 ドヴォルザーク/ 交 響曲第 9 番 「 新世界よりJ 他 ( 新宿文化センター) 1 9 9 0 年 1 1 月 2 4 日 第 5 7 回 定期演奏会 ( 指) 栗 田博 文 1991年 5月 25日

1 9 9 1 年1 2 月 1 日 1992年 5月 30日 1992年 11月 28日

第 5 8 回 定期演奏会 ( 指) 新 通英洋

伊福部 昭/ 交 響諄詩、ベル リオーズ/ 幻 想交響曲 他 ( 青学講堂)

コープラン ド/ 「 ロデオJ 、ベー トー ヴェン/ 交 響曲第 7 番 他 第 5 9 回定期演奏会 ( 北 とびあ) ラ ヴェル/ 古 風なメヌエ ッ ト ( 指) 新 通英洋 ブ ーランク/ バ レエ組曲 「 牡鹿」、チャイ コフスキー/ 交 響曲第 6 番 「 悲愴J ( 人見記念講堂) ワ ーグナー/ 歌 劇 「 ローエングリンJ 第 1 ・3 幕 第 6 0 回 定期演奏会 ( 指) 船 橋洋介 ペ レアス とメリザンドJ 、ブラームス/ 交 響曲第 1 番 フォーレ/ 組 曲 「 ( 府中の森芸術劇場) ヴ ェルデ ィ/ 歌 劇 「 シチ リア島のタベ の祈 りJ 序 曲 第 6 1 回 定期演 奏会 ( 指) 船 橋洋介 レス ピーギ/ 組 山 「 鳥J 、マ ーラー/ 交 響曲第 1 番 「 巨人J

(武蔵野市民文化会館)シ ベ リウス/交 響詩 「 フィンランディア」 グノー/歌 劇 「 ファウス トJよ り、ベー トーヴェン/交 響曲第 5番 「 運命J

1993年 5月 22日

第 6 2 回 定期演奏会 ( 指) 船 橋洋介

1 9 9 3 年1 1 月 2 3 日

( 青学講堂) ス メタナ/ 交 響詩 「 わが祖国J よ リ モル ダウ マスネ/ 組 曲 「 絵 のよ うな風景J 、チャイ コフスキー/ 交 響山第 4 番 第 6 4 回 定期演奏会 ( 練 馬文化センター) ワ ーグナー/ 楽 濠J 「ニュル ンベルクのマイ スタージンガーJ 前 奏曲 ( 指) 船 橋洋介 メンデルスゾーン/ 劇 付随音楽 「 真夏の夜 の夢J よ り、ブラームス/ 交 響曲第 4 番 第 6 5 回定期演奏会 ( オ ーチャー ド ・ホ ール) リ ス ト/ 交 響詩 「レ ・プ レリュー ドJ ( 指) 船 橋洋介 フランチェスカ = ダ = リ ミニJ 、ラフマニ ノフ/ 交 響曲第 2 番 チャイ コフスキー/ 幻 想 曲 「

1994年 5月 28日 1 9 9 4 年1 1 月 2 0 日 1995年 5月 27日 1 9 9 5 年1 1 月 1 9 日 1996年 6月 5日 1 9 9 6 年1 1 月 3 0 日 1997年 5月 24日 1997年11月 23日 1998年 5月 31日 1 9 9 8 年1 1 月 2 9 日 1999年 5月 23日 1 9 9 9 年1 1 月2 7 日

第 6 3 回定期演奏会 ( 指) 船 橋洋介

第 6 6 回 定期演奏会 ( 青 学講堂) ブ ラー ムス/ 大 学祝典序山 ( 指) 百 瀬和紀 ( C l ) カ モ ーツアル ト/ C l 協 奏曲、 ドヴォルザ ーク/ 交 響曲第 8 番 ロ 藤明久 第 6 7 回定期演奏会 ( 練 馬文化センター) サ ン ・サーンス/ 交 響詩 「 死の舞踏J ( 指) 船 橋洋介 第 6 8 回定期演奏会 ( 指) 船 橋洋介

コ ンペ リア」 より、チャイ コフスキー/ 交 響曲第 5 番 ドリーブ/ バ レエ組曲 「 (青学講堂)ド ヴォルザーク/序 曲 「 オセ ロJ

リス ト/交 響詩 「 タッソー」、シューマン/交 響山第 3番 「 ライン」

(府中の森芸術劇場)サ ン ・サーンス/歌 F71「サ ムソン とデ リラ」よリ バ ッカナール 第 6 9 回定期演奏会 ( 指) 船 橋洋介 ビゼ ー/ア ルルの女組山、ベル リオーズ/幻 想交響曲 第 7 0 回定期演奏会 ( 人 見記念講堂) シ ベ リウス/ 交 響詩 「 フィンランデ ィア」 ( 指) 田 l F l 彰 シベ リウス/ 交 響由第 7 番 、チャイ コフスキー/ 交 響曲第 4 番 百瀬和紀 第 7 1 回 定期演奏会 ( 東 京オペ ラシティ ・コンサ ー トホール) チ ャイ コフスキー/ 荘 厳序曲 「 1 8 1 2 年」 ( 指) 清 水宏之

チ ャイ コフスキー/ 組 由 「 胡桃害1 り人形」、ブラームス/ 交 響由第 1 番

第 7 2 回 定期演奏会 ( 指) 清 水宏之 第 7 3 回定期演奏会 ( 指) 清 水宏之

( 人見記念講堂) ワ ーグナー/ 楽 濠J 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲 リス ト/ 交 響詩 「レ・プレリュー ドJ 、 ドヴォルザーク/ 交 響曲第 9 番 「 新世界よりJ

( すみだ トリフォニーホ ール) シューベル ト/ 交 響曲第 7 番 口短調 「 未完成」、マ ーラー/ 交 響山第 1 番 二長調 「 巨人J 第 7 4 回 定期演奏会 ( 人 見記念講堂) ヴ ェルデ ィ/ 歌 劇 「 ナブ ッコ」序曲 ( 指) 清 水宏之 ブラームス/ ハ イ ドンの主題 によるヴァリエーシ ョン、チャイ コフスキー/ 交 響曲第 5 番 ( 東京オペ ラシテ ィ ・コンサ ー トホール) ワ ーグナー/ 歌 劇 「 第 7 5 回定期演奏会 タンホイザー」序山 ( 指) 清 水宏之 グリー グ/ 4 つ のノル ウェー舞曲、R コ ルサ コフ/ 交 響組 山 「 シェエ ラザ ー ドJ

2000年 5月 27日

( 人見記念講堂) ウ ェーバー/ 歌 劇 「 第 7 6 回 定期 演奏会 オベ ロン」序曲 ( 指) 清 水宏 之 ( V c ) 中島有也 サン= サ ーンス/ チ ェロ協奏曲第 1 番 、 ドヴォルザーク/ 交 響曲第 8 番

2000年11月26日

第 7 7 回定期演奏会 ( 東 京オペ ラシテ ィ ・コンサー トホール) ヴ ェルデ ィ/ 歌 濠J 「シチ リア島のタベの祈 り」序山 ( 指) 清 水宏之 レス ピー ギ/ 交 響詩 「ローマの祭 りJ シベ リウス/ 交 響曲第 2 香 ( 人見記念講堂) サ ン= サ ーンス/ 歌 濠J 「サ ムソン とデ リラ」よリ バ ッカナール 第 7 8 固定期演奏会 ( 指) 清 水宏之 ハチャ トゥリアン/ 組 曲 「 仮面舞踏会J 、ブラームス/ 交 響山第 4 番 ホ短調

2001年 5月 26日

学生 , ア マチ ュア オーケ ス トラの スペ シャリス ト

定期演奏会

2002年 5月 26日 (日)14時 開演 於 :昭 和女子大人見記念講堂

指揮者

清 水

第 80回

宏 之

東京

丁el&Fa×

03-3490-7806

関西

丁el&Fa×

0742-49-0868

曲目 :ドヴォルザーク 交響曲第9番 「 新世界」より 指揮 :清 水 宏 之


50th Anniversary

1962年 11月 28日

日比谷 での演奏風景


「 青山学院管弦楽団の立ち上げ」 第二時大戦後 の青学 でのオーケス トラ運動は昭和 2 5 年 ( 1 9 5 0 年) に 始ま った。1 人の学生が 2 名 の友人に 「 オーケ

して実績 のなかった私達は練習場所 を求め東奔西走 した。 「 音Jを 出す団体だか らやや もすれば敬遠 された。遠 く三鷹

ス トラをや らないか」と声を掛 けたのがそ もそもの発端で

高校まで足を運んだ こともあつた。最終的には短大の音楽

ある。それか ら、2 名 の大先輩であった原恵氏 ( 本学、元経

室や大学西校舎 の一室 をや つ との思いで使わせていただ く

済学部教授) と の関わ りで当時青学で 「 音楽史J の 講座 を

ことがで きた。パー ト譜 を用意す るのも大変だった。現在

担当されていた野呂信次郎先生 ( 故人) に顧間をお願 い し、

のよ うに完成 された譜面や コピー機 のない時代だつたか ら

オール青山オーケス トラJ を 目指 して 同先生が提唱す る 「

ス コアを買つてきて全部手書き した。総勢 20名 あま りの小

活動を開始 した。翌年 1 月 、高等部音楽室で第 1 回 の合同

集団では楽器 も足 りない し、また楽器 を揃 えるのも難 しい

練習 を行い、4 月 にな り高等部 の主力 も大学に入学 してき

時代だつた。 したがって足 りない楽器 のパー トは他の楽器

て、「 青山学院管弦楽団」が立ち上がった。( この 「 名称」は、

で代用 した リピア ノに移 した りして取 り繕 った。 今の 「 青山学院大管弦楽団」を見てい ると正に隔世 の感

故野呂信次郎先生 の命名による) オーケス トラを運営す る上で最 も苦労 したのが練習場の

あ り、また生みの苦 しみが報われた と思 つてい る。

確保 と楽譜 の調整 であつた。当時 「 青山学院管弦楽団」 と

(1953年 卒 OB談 )

「 青 山学 院管弦楽 団 の歩み」 昭和 1 4 ∼ 2 4 年 頃

部員 も20名 ほ どになつていた。 (1953年卒 OB談 )

学内にオーケス トラは無かつた。当時の活動は中等部か ら始ま り高等部へ行 つていた人達を入れて徐 々にブラスバ ン ドとして活動 を始めていった。当時の指揮 には石丸やす

29∼ 33年 頃

ひろ氏 ( 故人) が あた つていた。石丸氏は活動 の大 きな柱

部員は約 30名。その頃は以前に比べて活動 も積極的にな リポ ップス コンサー トな ども開けたが一部にクラシック以

であつた。公開の場では軍歌や行進 由 しか演奏 できなかっ たが、その他 では一般 の曲を編 曲 して、例えばシューベル

外は演奏すべ きではない との意見 も出ていた。昭和31年の

トの未完成や トル コ行進曲なども演奏 したが、もちろん公

演奏会では青山の学内に ピア ノを演奏できる人はいないだ

開演奏な どとい うものは考 えることも出来なかった。その

ろ うか と探 して、当時 4年 生であった本木 さんがモーツァ

後、戦争で青山学院 も焼 け、楽器 も無 くなって しまつた。2 5

ル トの協奏 曲を演奏 した。 この第 2回 定期演奏会でほぼ

年頃まではほ とん ど活動できず、学校の授業は始まってい

オーケス トラの基礎ができ、聴衆 の数 も増えてきた。練習

たが食糧難 の時代であ り音楽 どころではなかつた。

会場はウエス ト校舎 (現在 の 2号 館)横 にあつたカマボ コ

( 1 9 4 8 年卒 O B 談 )

型 の講堂や短大 の教室で練習は週 1回水曜 日であつた と思 われ る。 (1957年卒 OB談 )

26∼ 29年頃 戦後、音楽部及び合唱の活動 のみがあ り、有志 3 名 が合 奏を しよ うではないか と集まったのがそもそ もオー ケス ト ラの始ま りではなかったろ うか ? そ して高等部で非公式で

33∼ 35年 頃 昭和 33年秋 、初 めて学校外で演奏会 を開いた。曲目は、

あつたが活動 しているのを知 り、連絡 をとって少 しづつ活

シュタフォンハー ゲ ンによるベ ー トーベ ンの ヴァイオ リン

動を始めた。

協奏曲等で、日本青年館 ホール で行われた。昭和 34年春に

当時はまだ部室がな く、楽器 の保管は学生局に預 けた。 練習会場は決まってい ないので短大や大学の教室をその都 責借 りていた。第 1 回 目の公 開演奏は 2 7 年頃大講堂でハイ ドンの 「 驚愕J Ⅱ 楽章を演奏 した と思われ る。2 9 年 頃には

西 日本演奏旅行が計画 され、大変な苦労を して初めて演奏 旅行が成 された。 (1960年 卒 OB、 1961年 卒 OB談 )


塩 野 崎倫 子 Ⅵ引n (1999年 度 ライブラリアン ・

2 0 0 0 年 度 コ ンサ ー トミス トレス ) りん こ ― それ は カ リスマ 。 あほ文化 の 宣教 師 、 あほの支配 者 で あ る。 人 を脅 かす 事 に快 感 を覚 え 、V n を 奏 でて は 奇声 をあげ、暴れ 、 しまい に は偽 ザ ッツ 。人 を編す事 に生 きが い を感 じる悪 女 で あ る。そ ん なカ リスマ ペ テ ン師 は只今 、オ ー ス トラ リアで ソー ラー カー の大 会 に出場 中。がん ばれ A G U A g l a i a ! 太 陽 は友 達 υ 文責 今 日 “ 外 資 系 " お い ちゃん

西原

尚志 c o t t r a b a s s

( 2 0 0 0 年 度 パー トリー ダー) 西原 尚志 、コ ン トラバ スのパ ガ ニ ー ニ と呼 ばれ た男 。コ ンバ ス とt O t o をこよな く愛す る。一 見寡 黙 に見 えるが 、中身 は関西 出身 だ けあってお笑 い 大好 き。ボケ もツ ッコ ミもで きます。また 巨匠池 松氏 の レ ンスン に遅れ て きた時 クシャクシャの笑 い や ぁ、す いませ んJ 。美 味 しんぼ 山岡並 顔で 「 の憎 めないや つ ! で も西原 さん は元 トップ。バ リ バ リや って くれ ま した。 み ん な感 謝 して ます。 業お めで と う 1

ゆ に ば ぁ して ぃ奇面組 w t h T B C 写真 左 よ り、上 : 田 渕 先生 、西原 尚志 、塩野崎倫子 、 中 : 樋 口亜紀子 、今 田美穂子 、下 : 和 田徽也

樋 口亜 紀子

( 2 0 0 0 年度 副団長 ・パー トリー ダー)

今 な ら安 い よ、 特売品 ! 持って け泥棒☆ 品 名 │ あつぼ

性 別 : やや女 ( 恐らく) 趣 味 : 男湯ダイブ ( 変態) 特 技 : 早日 ( 違くて違 くて) 肩書 き : L 界 早 口選手権チャンピオン ( モリモ リ級) 好きな言葉 : 『あっこぼんは ? エ ロい ! 』 ( 名言だね) 好きな動物 : 馬 主 食 : チーズあられ ( を食べて魚のエサ製造) 笑い方 : 変 ( 怖い) 先輩の早 日は私が受 け継 ぐので安 ′ いして くだ さいネ ( 笑) さ くら

今 田美穂子 Ⅵda

Iu n ︲ エム■ ︲ o レし i V 44

北村 文 伝説 1 叩 かれ るとす ごく痛 い。たぶん握力 8 0 位 だ と思 う。 2 3 人 で ドライブに行つた時、山の中で 遭難 しかけたが、彼女はず っと寝て いた。 3 寝 る時はいつ もピンクの豚を抱いて いる。 ( よだれつき) 4 T u t t i 中、誰かが寝ていると ( 私では ない) 弓 で刺 して くる。 5 み んなか らだらしないと思われてい るが ( 私とペ アで) 、私 より少 しだ ら しない。 文責 ヴァイオ リン ○んこ (1999,2000年 度 ライブ ラ リア ン)

市原

徹也 Ⅵo b n c d b

あ あ、 つ い に卒 団 しちゃ うのね 。 寂 しい け ど仕 方が ないわね 、全 て は ゆ り の 幸 せ のため υ左 の 薬 指 の ダイ ヤ 、ま ぶ しい わ。キ ラキ ラキ ラ。贈 り主T 氏 つ て 誰 か し ら ? た の き ん トリオ ? 高 倉 健 ? そ れ ともあのテ ィ ンパ ニ たた いて る人 ? ! ( 未 だ にあなたの彼 とテ ィ ン パ ニ のお 兄 さんの名 前 の 区別 がつ か な い の。 ごめん υ) そ ん な事 は ど うで も い いわね 。お 幸せ に υ 早 くベ イ ビー が 見 たい わ っ υ 文 責 : 菜 々子 V o ‖n

小野垣友理

「 市原 さんの笑 うところに トラブル あ りJと 言 われ続 けて早幾年。 つ い に貴 女 も卒 団です ね。 私 は トラブル に巻 き 込 まれ た時いつ も貴女 に笑 われ ま した。 そ して 貴 女 は 自分 が 困 つ て い る時 も 笑 つてい ま した 。 で も何 故 か貴女 の 手 にか か る といつ の 間 にか問題 が解決 し てい た気 が します 。 卒 団後 もそ の よ く わ か らな い 力 で が ん ば って くだ さい。 卒 団お めで と うございま した 。 B y マ リー Voln

和田

( 2 0 0 0 年度 パー トリー ダー) ( 2 0 0 0 年 度 パー トリーダー ・学生指揮者) 「 あほで世界を平和にす る会」会長である 今 日はみんなの人気者、 おいちゃんの秘 チエロ トツプブ リーダーてっちんぼはビー 密を大公開 ! おいちゃんの 日は、 実は四次 ル片手に熱心にチ ェロをちぇろちぇろ優 し 元ポケッ トなんだ。なんでも出す ことが出 く奏でる。彼は生後まもなく母乳を嫌 い、 来るんだよ。ゴムホースゃアフロヘ ア、猿 ビ ル な ら哺平L 瓶で愛飲 した槙様。一時、 の着 ぐるみだつて出 しちゃ う。もちろん出 るばか りじゃない、どんどん入つちゃ う。 電気ブランも愛飲c チ ョー低速で峠を攻め ビールだって 日本酒だつて、 るの を得意 とする。…男前だ。てつちんっ プ リンシェイ て言つた ら、ラーメン好 き、女好き、エ ロ ク ( 5 回 振 り) だ って何でもかんでも入つ す ぎ☆実 は美 白。 昔は ロン毛。 男前 ちゃ う。さあみんなも、雷門でおいちゃん か?? と握手 !

1 年 夏合宿 9 人 部屋 メ ンバ ー の 1 人 。 1 番 に幸せ を手 に入 れ た の は千絵 で し た 。めで たい。今や ウチ ラもめで たい。 よか った よか った。 千絵 と言 えば広 報 マ ネ。 で も千絵 には も つ と重要 な役 職 が あ るつて知 ってま した ? そ れ は 「( 人 それ ぞれ の 人 生 で) いい じゃん同好 会 J の 会長 です 。 会長 は欠席 禁 止 ! で 、次 の 総会 いつ にす る ? 文責 : め ぐっち ・ゆか V o ‖n

由佳 o o o o 年度合宿マネージャー)

カロ 藤

千絵 (2000年 度 広報マネージャー)


安保

この写真は夏合宿 の帰 りに撮 りまし た ( 私たちは夏合宿に参加 しま した) . 安保 さんは私のすすめた帽子を大そ う 気に入つて、他 の種類 ( バンダとか) も いろいろかぶって、さんざん私に写真 を撮 らせ ま したが、や っば り撮 り終 わつた後は売 り場 に返 してい ました。 そんな安保 さんを見て、安保 さんは倹 らしたもので 約家なんだなぁと私は感 ′ 。 う

AIさ んは時 々 現れ て きっ さと帰 り ます。4年 の 時 も合宿 に参加 し、意外 と 練 習熱 心 なんだ とち ょっ と気付 きま し た。 しか し布 団 を見 つ ける とす ぐ横 に な る もの ぐささに、私 は あ きれ ま した。 ま あ 、 た ま に唐 突 に お も しろ い 事 を い つて 笑 か して くれ るか ら許 してや る け どね。 で もいつ まで も もの ぐさなA 子 さんで はい てほ しくない な とは思 い ます が、 これ は生 まれつ いた 習性 なの で ほっ ときます 。

偉大な先輩ヘ もつ くんの愛称で知 られ る貴方は僅 か数滴 のアル コールで好青年か ら無敵 の コンパマスターヘ変貌。必殺技は得 ルバンⅢ世」と 意 のV l n で奏でる絶技 「 「ドラえt ぅ んJ . 貴 方なくしてはV l n 会 は語れません。卒団 しても 「 永遠の コ ンマスJ の 称 号を授 けられた先輩に安 の 日は訪れません ・・・。 ま、今は 虐、 とりあえず四年間お疲れ様 ! 偉大な後輩 より

それ は今年 の 夏合宿 の 彼 の部屋 で起 き た こ とだ っ た 。 彼 は 大 仏 の お 面 を もつて きて いた 。 それ を布 団 にセ ッ ト して後輩 を編 して は喜ぶ とい う4 年 生 と して は あ るま じき行 為 で あ つた が 、 4 年 生 を よ く知 らない 1 年 生 で さえ、大 仏 の犯 人 は誰 か と聞 けば彼 の名 前 を出 した。 その夜 、彼 はお湯 の張 って無 い 展 望風 呂に飛び こみ 、 膝 を故 障 して 、 合 宿 か ら帰 る車 の 中で痛 さ と格 闘 してい た 。 そ んな彼 は渋谷 宮益坂 に位 置す る 天狗 が嫌 いだ と言 う。

香織

音 冗

斗U n 工A■ l ︲ 中 i 。 v

(1999年 度 イ ンス トゥル メン ト) フ クタ先輩 は私 が ‐ 年 の 時か らとて もよ く して頂 きま した。 オケ に入 団 し て 2 ●1 曰く らいの飲 み会 の時 い きな り 他 のサー クルに勧誘 して 下さい ま した。 H P l ) I H l ごリン クで したね 。そ して よ く 猥 談 しま したね 。 どれ も とて t ) 楽しい 思 い 出です。 あ、そ う言 えばお 借 りし ていた A D L U T V I D E O を 返す の遅 く な って ごめんな さい。 この度 は 卒団誠 にお めで と うござい ま した。 b y 学 食で頼 まれ た男

かつ て厚 木 に往復 6 時 間か けて週 5 ゃん。 あなたの ノー

日t ) 通った 優

` ち ず にす み ま した。あ トの お 陰 で、留年せ りが と う。 そ して今 、 山田キ ャ ンに住 み込 む 、学校 人好 き侵 r ち ゃん。 あ と 2 1 1 ( ) 学1 交に通 うら しい。 あれ 、私 t , か。 この ま ま 一 緒 に マ ッ ドサ イ エ ン テ ィ ス トロ指 しとく ? ・ ・・え つ 、今 日 も泊 ま りな の? ? │ Voln

福田

将紀 りほ さんはハ タか ら見た らフツー の お とな しそ うな女了 大生。 しか し、V a 会 にそん なキ ャラ の 薄 い 人 はや は り存 在 しなか った。 何 と、お酒 を飲 み だす と豹 変 ! ? いろい ろな もの を、 とにか く ブ レン ドす るのが 大好 きで 、 しまい に は焼 酎 の プ リンシ ェイ ク割 りを “なか なかイ ケ ル " と い う味覚 の持 ち主。じゃ あ、 今度 一 緒 に飲 み に行 く時 まで に、私 が何 か開発 してお き ます ね 、先輩 ▼ に ゃん × 2

最 近 ( つ て い うか 去 年 の 定 演 以 来 ? ) 、柴 円 さん を見か け る こ とが あま りあ りませ ん が、 元気 にや つてい るそ うで、ホ ッと しま した ヨ. 残念 なが ら、今 回柴 出 さん は 出演す る こ とが で きませ ん が 、お客 さま として 聴 きには来 て くれ るそ うです。 よか っ た よか った ・ ・・サ

V oln

柴田

度 ジュネス委 員 ) 綾子 o o o o 年

藤井 理 歩

嶋 田岡1 ( シ マ = ダ = タ ケ シ) と言 え → ば 練習熱 心 ( 練習欠 か さず来 て エ ラ イ ! ) → 入団 当初 は , い 開 ざ していた ( 今 は違 うぞ) → 「 おせ ― よバ カ ! 」 ( 待ち 合 わせ 場所 に行 く と時 間 に関係 な く俺 に投 げ捨 て るセ リフ) → 酒 飲 んで変身 ( むや み に与 えてはいけませ ん ! セ ク○ ラ します ) そ

嶋田

(2000年 度 定演会計)

んな 嶋 田よ永遠 に ( りょ うよ り)

僕 は見た。 とあ るゲ ーセ ンで 、友達

│1111111111111111:│111111111111111111 と遊 び なが ら、 ま るで猿 の 子供 の よ う に き ゃ つ き ゃ とは しゃ い で い る斎 藤 リー ダー を 。こんな リー ダー だが、オ ケでは信 望 が厚 い。 だ つて彼 女 はチ ェ ロが “大好 き" だ し、後輩 の 面倒 見 も い い。 実 際、僕 はす ご くお世話 にな っ た し、 楽器 を通 して 幾度 とな く遊 んだ。 ∧ ご く大切 な思 い 出だ。リー ダー (人 、 )す 引退 して も遊び に きてね。 俺 達 は待 つ てい るよ。

│:│││││:││:││││││││││││││││││││││││││││││││││││││││‐

ぐみ (2000年度合宿会計)


むかしむかし、鷲煎にくぼくばっ

うぢを、もしくは うじまると呼ばれ ている宇治 くんは、フルー ト吹 くこと と食べ ることが趣味のようです。真摯 に勉強に励む姿 とか爽やかに運動する 姿 とかは見た ことがあ りませ ん。 フ ルー トの名手の宇治 くんに関 してその 演奏以上に特筆すべ きは食べ物に対す る姿勢で、直径1 0 c m はあろ うかとい う クッキーを口に入れて頬 をクッキーの 形にした りする食いっぶ りは素敵です。 文責 : 団友

ち ゅ う、たいそ う横筒 の上 手 な娘 が

おつた。草花と戯れ、くじ、≦婁追い

へ 一 の 回 して いた 幌 理、 人 春 に相模 、二 〇 の春 に │ ま 江 戸 に仕 え る よ うに な り、 酒 をか き混ぜ るこ とや ニ ンニ クの 旨 さ、

人生9市″や人の愛し方を覚え、で「

キな女性になったそ うな。やがて越前 へ戻 り、法律家 として、妻 として、母 親 として、たくさんの子に囲まれ、幸 せに暮 らした とさ。

Flute

宇治

年文連 委 員 ・1 9 9 9 , 2 0 0 0 年 度 雅之 ( 1 9 9 9度

パ ー トリー ダ ー )

(1999,2000年

度 パー トリー ダー )

せ くし― ばいすでや られちゃ う。 (あは∼ ♪) lり かな り頼れ るあね し0 ヽつ も感訓レ ス) いきおい誰に も止め られない。 ( 皆、り │:倒 …) のんで絶■、のませて好調、合宿無泊で強 r・ 市1り 過主 なんて ステキなクラの音。(うつとリッス) かたてで リン ゴ も害1れちゃ うそメ lHlッ!) ご おこると■〔 言で」 くコ ワい。(要J二 意 1) さい きんかな り甘えんりj。( キケンな呑 り) まいった、大きな笑い声。 (富 │: 山頂 よ り)

c annet

中尾麻衣子

b 。栂 o

美 芳

e 齢 b 。 O

磯部 さんのモ ッ トー は、美味 しい も のをモ リモ リ食す ることと、常に爆笑 ネタを発掘す ること。象 に乗 るため だつた ら、タイにだつて行 つて しま う。 (本 人 は 、 卒 研 の た め と言 い 張 る が ・・・。)唯 一の苦手は 「 集団行動J。 そんな彼女の口癖は 「 ヤ レヤ レJ。いつ も木管会を盛 り上げて くれた磯部 さん が卒団す るのは、とっても寂 しい !け れ ど、これか ら1)木管会を応援 してく ださいね。

窪田麻衣子 (1999,2000年 度ライブラリアン)

(2000年 1支一 般 会 計 ・パー トリー ダー )

4年 間 「 よく食べ よく笑 うJ O b o e 会 コンビとして、いろいろと楽 しかった ね。合奏中に見つ けた笑 いの種に、 2 人 して思わず笑 って しまった ことも あつた し、合宿中に 『田園』の一節を わざわざ練習 して笑いとともに録音 し た りもしました。 これか らも 「 よく食 べ よく笑 う」共i l l質を基に、かお 性 り は大 らかで周 りに気を配 り、私は傍若 無人に振る舞いつつ、「 抱腹絶倒J す る コンピでいよ うね―.

香央里 (2000年 度庶務) ミム ラサ ン ミム ラサ ン ミム ラ さん は 煙 草 を 1 本 の 1 / 3 しか 吸 わな い。酒 も大 い に飲 む。 実 に高額 納税 者 で あ る。 ス ラム ダ ン クを こよな く愛す る。5 0 m 走 7 秒 ? 。あん ま似 てない兄が い る。母 l r L にl l L2企 万 円, 実 は とて も優 しい ? . 名 字 がか っ こいい。 クラを しょって空 を ぶ。 この 前1 に 1達 ん でた 。 T シ ャ ッは原 色。F にをぶ っ飛 ばす。 娘 が 出来た ら絶 文1 嫁に行かせ ない いしい。[ 様 体質。奥

C a 百n e t

御村

` まい まい ' と ■l いて知 らない人 はい ない で しょ う。 元厚 木代 表 で あ り、我 がマ イナ ー 楽器 の 人先輩 で あ る。 合宿 や飲 み には あ ま りご 一緒 しませ んで し たね∼。 定演 では泣 きそ うにな る こ と も ・・・で も楽器や エ キ ス トラの面 で も助 けて も らつて、、、T 里 想 の 先輩 で し た よ │ あ りが と うご ざい ま した。 そ し てお疲れ様 で した。 また遊 び に来 て下 さいね。 マ イナ ー 楽器 よ り

卓司

莱恵 はI l 想の タイブ.

Dearび ろ こ コー ヒー は笑顔 で注 げ るよ うにな りま したか ? お弁 当は線 路 に落 と して ませ んか ? 二 年 前 ホル ンパー トに戸惑 い をお ぼ え ていた あなた。 今 、そ んな あなた に改 めて問い たい。

ホルン会って、どお ? F r o m く 一 f e a t 朝市

Bassoon 序

麻 衣 子

( 1 9 9 9 年 度 厚木 代表 。2 0 0 0 年 度 パ ー トリー ダ ー ) 大 好 きなかお る先輩 サ ひ ょこひ ょこ とこち らに向か つて き た と思 えば、その バ ングの 中には色 ん な楽 しい ものがい っ ばい☆時 にL E G 0 で遊 ん だ り、ビア ノを連 弾 を した り、も ちろん銀 色 の ホル ンで並 んで吹 いた こ とも。 そ んなかお る先輩 は短大 で 2 年 間過 ご した後 、1 年 厚 木通 い を頑 張 つ た末、今年 と うと う4 年 生 、卒 団生 に な っち ゃ った んだね 。 で も、私 た ちは 先輩 と一緒 に遊ぶ た めな ら北 の大地 で も どこで も訪 ね てい くよ ! ! も ちろん L E G O は 持 参 ♪青 函 トンネル抜 けた ら T E L す るね。

(1999年

2000年 度 渉 内 マ ネ ー ジャー ) 度 短 大代表 。

櫻井

紘子 oool年度 短 大会計) 中相奈 津子 、学生 に して某 ハ ンバ ー ガー店 M の ス イ ングマ ネ ー ジ ャー 、そ して 、ホル ン会第 4 9 代 日の パー トリー ダー で あ る。 スイ ングで鍛 えたその腕 で も り も リホ ル ン を 吹 い て い た っ け ・・・1 ) ちろん時 間厳 守 は基本 │ ! ホル ンっ子達 を震 え上 が 遅刻 常習 らせ るこ`とも L の ・・・で も、接 客 で養 つ た, い 遣 いで 、ホ ル ン会 を きちん とま と めて くれ ま した。今 まで、 そ して これ か らもスマ イル サ ンキ ュー ☆

Horn

中村奈津子 ( 2 0 0 0 年 度パートリーダー)


教 えてチ ャー リー ! ! ♪君 の ラ ンパ は最 高 よ。 君 の呑 み は飛 ん で るよ。 ♪君 のチ ャー リー 酒 浸 り …。 そん な君 は メサイ ア狂 。 ♪さて さて、 いつ も元気 さ、頑 張れ お のれ ― . ♪実験 、練習 、お仕 事 なん で も来 い 来 い1 1 ♪君 のイ ンペ ク、イ ンチ キ会? │ ♪頼 りに して るぜ 、 これ か らも。

スヌー ピー 好 き のひ ろは、「よ く食 ベ よ く笑 う」Oboe会 コ ン ビと、笑 いの波 長 が 同 じ ら しく、3人 で よ くくだ らぬ こ とで大爆 笑 した もので す。 そん なひ ろの笑 い 声 は、周 りの人 の気 分 を本 当 に楽 しく愉 快 に させ る力 を もつていて 、 一 緒 に笑 つてい る と、 よ く時 の 経 つ の を忘れ た もので す。 あ と、ひ ろの走 り 方 、ベ ンギ ンつぼ くてか わい ら しくて 気 に入 つて ます。 文 責 :団 友 Trumpet

Trumpet

横山

裕子

のo o o 年 度庶務)

小野

れい

よ く食 べ て、よ く寝 て 、よ く遊 び、よ く吹 く。 ば っ と見た ら普 通 の 女 の子 な の に、や る事 はなんで t ) 3 人 前。 ま る で F l の エ ンジ ンを積 ん だ原 動機 付 自 転 車。2 年 間、トロンボ ー ンパ ー トに君 がいて くれ て本 当に楽 しか つた よ。 合 宿 の残 飯 は全部 食 べ て くれ た し、演奏 中は 1 人 で頭 に血 がのば って る し, 横 にいた僕 は常 に腹筋 が け いれ ん して ま した 。 ■ と過 ご した 2 年 間 、本 当お t ) しろか った 1 1 Trombone

Trombone

原田奈美子

川瀬

( 2 0 0 0 年度 インスペ クター ・味」 吠会会長、 2 0 0 1 年度 救世主狂會主宰) 茅ヶ崎で生まれ茅ヶ崎 で育った先輩 は、サザンをこよなく愛 し、 コカ コー ラを愛用 ドリンクにす る無論 の夏男。 ル ックスはかな り上々、内づ きも上 々 で、夏男 らしく年中日焼けした小麦色 の肌 と、決 して舌Lれない常にさらさら のヘ アー スタイルは先輩のチャームポ イ ン トな り。相棒 の溝渕氏や後輩を連 れ回 しては、飲み会で芸を強制 させ酒 で酔わせ るとい う先輩は、その場を盛 り上げる宴会部長 I Tbの 心得 とい う もの も完璧にマスター し、そ して我 々 後輩はそれ を しつか り受け継 ぐな り。 4年 間のオケ生活おつかれ さま !!

年団長 ・パー トリー ダー) 亮介 ( 2 0 0 0度

Ч年 間 の あゆみ 大学 レ とろんぼ― ん志望 に して ち ゆ― ば所 属 . も ち ろん チ ュー バ パ ー トの リー ダー 的存在。 川瀬 氏 と運命 の 出会 い を はたす。 合宿 大 コ ンパ にてその 才能 を 用花 ! レ パー トリー は │ の丸飛行 に始 ま リス ケー トに終 わ る。 しか し先 日の 夏合宿 に して秘技 ブ ブルぞ― さん を ' レなな オケ ライ フ あみ だす │ そ んな こん では あ りま したが楽 しい思 い 出で きた はず ! │ 四 年 間お疲 れ様 で した 。 Tuba

度演奏会マネージャー) 溝沃1 夢: A ( 2 0 0 0 年

共 に練 習 を重 ね 、合宿 を過 ご し、演奏会 の舞 台 に 臨 んで きた、当団 の大学 4 年 生 ・短 大 2 年 生等 、合 わ せ て 3 4 名 の卒 団生 。 一 緒 にた く さん の 思 い 出 をつ くる こ とが で きて 、 本 当に よか つ た ♪楽 しか っ た

りが と う★ 'あ


り Y.Ozaki「

Prelude For Brass and Percussion」

小野 聟

濱本 ・

原田

― 家常

尾lla洋 金管と打楽器のための前奏曲

永田 摯

増渕 轡

田中(D 讐

田収友)上 田

川瀬

溝渕

角谷 普

P.I.Tchalkovsky「 Rolneo and Juliet」

Overture― Fantasy

ロメオとジュリエット」 幻想序曲「

的林 野 寺 閑 博 2nd 彎 lst 瞥 E 2m鍮鸞

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シヨスタコ ヴイツチ 交響曲第5番

「Symphony No.5」

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GlockensJd&Xylophone

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く執 行 部 〉 つい に私たち 8人 が 中心になって行 う大 きな行事 も最後 とな り つつ あ ります。何 だかんだ色 々 と心配事 はあつて も、結局 ここま で来 て しまった、そんな 1年 間。この写真 は、私 た ち 8人 のそれ ぞれ をよく映 してい るよ うな気 が します 。 みんなを気 づかい なが らも演奏面で多 くの努力 を惜 しまず リー ドした コン ミス 、円滑な演奏会 のために細か く確 実 な準備 に余念 の無 い定演 マネ 、 他 団体 の との コ ミュニ ケー シ ョンを基 に練習部 全 団員 との笑顔 での集金 をは じめ と 屋 の確保 に努 めた渉 内マネ、 して、最 も煩 わ しい作業 を もの ともせず こな してい る会計、1週 夏 の 2回 取 り仕 間ぶ つ通 しで続 く合宿 をそ の独 自の感性 で、春 ・ 切 った合宿 マ ネ、演奏会 の成功 を考 えた練習予定 を考 え、常 に強 く雄 々 しくあ り続 けたイ ンスペ クター、団 の頭 として団員 を率 い 信頼 を獲得 した団長 、前 に進 む こ とをいつ も忘れず 、新 しい こ と

団員 1人 1人 の協力 のお 陰 で ここまで来 ることがで きま した。団

ら段 ヽ

私た ちは、2001年 の執行部 を務 めた こ とを誇 りに思 います。

左下

に挑み続 けた副団長 (広報 マ ネ兼任 )。

上段 : 団 長 、副 団長 兼広報 マネ ー ジャー コ ンサ ー トミス トレス 、定演 マネ ー ジャー 、渉 内 マ ネ ー ジ ャー 、会計 、合宿 マネ ー ジャー 、イ ンス ペ ク ター

員 の間ではち ょつ と飛んでいるよ うに見 えた時 もあるか も知れ ま せ ん。で も、それ も ご愛嬌。本 日は私 た ちの愛す る青山学院管弦 楽 団 の演奏会 を存分 にお楽 しみ頂 けた ら幸いです。

●ポス ター ・チ ラシ ・チケ ツ ト 黒沼 由希 ●プログラム編集 ・撮影 ・広告 黒 沼 由希 、尾 崎 洋 、 塗 師 光 保 子 、篠 原 絵 里 奈 、長 澤 香 織 、石 井 航 、 小 原 由夏 里 、 萱 原 大 史 、 木村 悠 一 、松尾 綾子 、和井 田 瑛 一 、渡辺 基之 ●広報活動 全 ●印

刷 株 式会社

宝文社

く 編集後期 〉 と うと う、 これ を書 く時が来て しまつた。秋 のプ ロ グラ

広報チー ム を結成。 今 回か らはマネ ー ジ ャー だ けでな く、

ム は春 よ り取 りかか りを早 めね ば !と 思 っていたの もつか

1 年 生の塗師、篠原 、長澤 、2 年 生の清水 の 4 人 は、1 人 で

の 間、あ つ とい う間に時は過 ぎて いつた。気付 けば正 門か

あせ る私 の指示 をキ ッチ リこな し、助 けて くれ ま した。そ

ら続 くい ち ょ う並 木 の 下 に は銀 杏 が た く さん落 ち て い

の他 に も多 くの仲 間 の協力 のお陰で ここまで 来 ることがで

る 。 ・・。そ んな悠 長 なもので はない と頭 では理解 しなが

きま した。また、のんび りとここまで来て しまったのにも

らも結局 これ に携 わ る全て の人 に色んな無理 をお願 いす る

関わ らず 、宝文社 の小 島 さん、山下 さんには多 くの協力 を

こととなつた今 回。 ちやん と 11月 18日 に皆 さまのお手元

いただ きま した。皆 さん、本 当にあ りが と うございま した。

に届 くのか 、それ だ けが気掛 か りで した。

(広報 マ ネー ジ ャー

黒沼 由希)


指 揮者 清 水 宏 之

青 山 学院管 弦楽 団 ●顧

間 井 口 典夫/鈴 木 律子 ●ご指導頂 いた 先生方 (五十音順) 池松

●演奏会運営責任者 ●コンサー ト ・ミス トレス

宏/井 野邊大輔

明久/北 島 章 北村 源三/霧 生 吉秀 田渕 彰/平 野 秀清 細川 順 三/三 輪 純生 百瀬 和紀/山 本 真

Vio■ in

市原

井 ノ ロま ゆ/ 上 原永津 子

●インス トゥルメン ト

有吉

/牛 腸

里菜

孝正/ 木 村

悠一

/清 水

龍弘

Vio■ one■ ■o

佐藤

舞 (教育 2)

今 田実穂子 (団友 4)

由佳 (教育 4)

澁澤

享 (法 2)

藤井

加藤

千絵 (仏文 4)

中林 貴美子 (団友 2)

北村

文 (私法 4)

佐 々木基博 (物理 4)

尾崎

●ライブラ リアン

Vio■ a 香織 (経済 4)

直哉

長谷川 あや

●学生指揮

加藤

安保

熊谷

里歩 (経営 4)

井 口 優美 (英米 3)

斎藤 め ぐみ (経営 4) 和田

徹也 (英米 4)

☆上原永津子 (私法 3)

良衣 (団友 2)

佐藤

重彦 (電工 3)

川村

昌弘 (経済 3)

正 木 さくら (英米 2)

☆西 堀

秀哲 (教育 3)

佐藤

充 (経済 3)

市川

修 (団友 2)

牧野

歩 (教育 3)

飯 田名 生子 (短児 2)

永安

優子 ( 化ヽ金4 )

増田

明 (仏文 2)

塩野崎倫子 (電工 4)

松尾

綾子 (日文 2)

岡野

文雄 (国政 2)

綾子 (国政 4)

矢野

夏子 (英米 2)

高橋

千咲 (団友 2)

萱原

大史 (経済 2)

今泉

佳子 (短英 1)

我妻 め ぐみ (仏文 1)

前田

陽子 (団友 2)

入江

涼子 (短教 1)

相馬亜紀子 (団友 1)

秋吉

しの (短芸 1)

入交能理子 (経営 1)

増 田 行俊 (経済 1)

片山

温子 (短国 1) 裕美 (団友 1)

澤井

柴田 山 島田

岡J (経営 工 4)

高井

詠子 (教育 4)

中村

亮 (私法 4)

樋 口亜 紀子 (教育 4)

植田

れ い (国政 1)

目田 本

上 ヒフ し (O G)

西野

将紀 (団友 4)

上村

和寛 (経シス 1)

鈴木

庸子 (O G)

会 田晋之介 (O B)

五 十嵐成見 (英米 3)

金気

翔子 (経済 1)

高橋 ひ とみ (O G)

石井

航 (史学 3)

川勝

雅文 (国政 1)

元木

彩智 (O G)

遠藤

健作 (国経 3)

佐藤

麻美 (団友 1)

芝田

祥子 ( 賛 助)

★神 田

広樹 (経営 3)

篠原絵里奈 (経営 1)

西原

黒 田敬史郎 (団友 3)

島田

聖子 (短国 1)

★小 澤

岡1(国 済 3)

斉藤

舞子 (団友 3)

末廣

祥子 (法 1)

後藤

直義 (教育 3)

中山

弘子 (団友 3)

千葉

陽子 (短家 1)

酒井

恵 (経済 3)

福田

☆長谷川 あや (公法 3)

飯田

祥子 (O G)

Contrabass 尚志 (史学 4)

塗師光保 子 (英米 1)

小 島友華里 (団友 2) 柴 田早智子 (団友 2)

武俊 (私法 3)

野村

史織 (短教 1)

新井菜 々子 (英米 2)

宮本

千春 (教育 1)

渡辺

基 之 (団友 2)

籾井奈緒子 (短家 1)

金剛

郁美 (短国 1)

久川

有吉

孝 正 (電工 2)

小 國由美子 (仏文 2)

石突

小後摩絵 里 (国政 2)

小川 内理絵 (O G)

室井

義貴 (O B)

小野垣友理 (短芸 2)

佐 々木晋 ― 郎 (O B)

田中

優 浩 (賛 助)

木村

悠 一 (英米 2)

小林

美穂 (団友 2)

直人 (O B)

長谷川康子 (史学 1)


●団

久川 武俊

●ジ ュネス委 員

神 田 広樹

黒沼 尾崎

由希

●文連委員

佐藤

●会計補佐

小原 由夏里

直哉/石 井 /黒 沼

航 由希

●理工代表

佐藤

●短大代表

佐藤 あゆみ 工藤 慶子

●副 団長 ●イ ンス ペ クター ●渉外 マ ネー ジャー

熊谷

●渉内マネ ー ジャー ●会 ●庶

井 口 優美 恵/神 田 広樹

酒井

歩 /牧 野 菊谷 美緒/谷 川 裕香 平澤 朝子/和 井 田瑛一

F■ute

岸 麻衣子 ( 教育 4 ) 幡野 隆 三 ( 物理 3 )

美緒 ( 教育 3 ) H e l e n L e e ( 日文 3 ) ム ( 英米 2 ) ガく 青冒弓 ,青

朝子 ( 史学 2 ) ☆和 井 田瑛 一 ( 経シス 2 ) 織 田 真理 ( 日文 1 )

和井 田智美 ( 国政 2 ) 大司 恵 ( 団友 1 )

平澤

福田 加賀

紀子 (経営 1) 保行 (賛 助)

工藤絵里子 ( 日文 1 ) Horn Oboe 磯部 栂

芳美 ( 団友 4 ) 香央里 ( 史学 4 )

☆ 中村

元 ( 国政 2 ) 千尋 ( 国政 1 )

下越 横 山香那子 ( O G )

砂田 薫 (教育 4) 中村奈津子 (団友 4) ☆ 井 ノ ロまゆ (団友 3) 尾崎 黒沼 浅井

慶子 (教育 2) 櫻井 紘子 (短英 2) 佐藤 あゆみ (短英 2) 吉 田 裕 美 (史学 1) 工藤

C ■a r i n e t 中尾麻衣子 (経営 4) 卓 司 (団友 4)

御村 ★牛腸 河村 長澤

田中

里菜 (経済 3) 紗智 (教育 1)

洋 (電工 3) 由希 (経済 3) 一 郎 (法 2)

浅井

●サ ブ ・イ ンス ペ クター

Trumpet

Bassoon

宇治 雅 之 ( 私法 4 ) 窪 田麻衣子 ( 私法 4 ) ☆菊谷

●厚木代表 ●サ ブ ・マネ ー ジャー

重彦

―郎/松 尾 綾子 増田 明

Percussュ

小野 れ い ( 化学 4 ) 横 山 裕子 (史学 4) ☆熊谷 直哉 (国済 3) 谷川 裕香 小原 由夏里 濱本 公平 増渕 亮三

(教育 3) (教育 2) (私法 2)

(物理 2) 田中 匠 (経済 1) 永 田今 日子 (団友 1)

角谷 奈千 ( O G )

on 加藤 孝康 (経済 3) ☆寺尾 隆 (経営 3) 小野寺かずみ (団友 2) 黒田 綾 (経営 2) 北澤 綾子 (英米 1) 松谷 智美 (日文 1)

Harp 小橋かお り (賛 助)

Trombone 川瀬 亮介 ☆家常 由佳 原 田奈美子 上 田 貴子 田中友紀子

(公法 4) (教育 2) (短英 2) ( 日文 1 ) ( 団友 1 )

Tuba 溝渕

英人 ( 私法 4 )

香織 (心理 1) 健 (O B)

☆ コ ンサー ト ・ミス トレス ☆パ ー ト ・リー ダー


20011118第79回定期演奏会  

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