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青 山学院管弦楽 団

第67回 定期演 奏会

1995年 1 1 月1 9 日( 日 ) 練馬文化 セ ン タ ー 大 ホ ール


青 山学 院管弦楽 団 第 67回 定 期演 奏会 1995年 11月 19日

(日)午 後 2時 開演/練 馬文化 セ ンター大 ホ ール

指 揮◎船 橋 洋 介

交響詩 「 死の舞踏」作品 40 C SAINT― SAENS:Danse Macabre op.40

バ レエ音楽 「 コッペ リア」よ り抜粋 L.Delibes:Copp61ia l. Prelude 2. Mazurka 3.Valse 4. Valse de la Poup6e 5, Czardas 6. Thё me slave variё ―

憩―

○チャイコフスキー

交響曲第 5番 ホ短調 作品 64 P l 丁schalkowsky:Symphonie Nr 5 e―mo‖op 64 1 ・Andante_AIlegro con anima ll. Andante cantab‖e,con alcuna licenza !‖.Valse.AIlegro moderato lv. Finale.Andante maestoso_AIlegro vivace


デ﹂

青 山 学 躊基 曇 具_ ―

野 田精 ―

私 は当年 8 8 才 を迎 え会社 ( 豫々産業) の 方 は社長、会 長、相談役 を歴任 して 1 9 9 5 年に退職 しました。母校青山学 院は1 9 3 0 年 ( 昭和 5 年) に専門部英語師範科 を卒業 してお り ます。青学 とは学生生徒 として 9 年 、校友 として 1 9 3 0 年→

さて、今後 は どんな生 き方 をす るか。 これが私 にとって 大 きな問題です。幼少の頃か ら身に付 けた音楽 を通 じて社 ヽ の奥 に燃 えは じめてお と 会 に奉仕 を致 したい との気持 ちが′ ります。 この気持 ちを大切 に育てて行 きたい と念願 してお ります。 今晩、 ここにお いで頂 いてお ります皆様 どうぞ音 楽 を卒 業 しないで下 さい。 末永 く、青学の音楽を育てて下 さい。

1 9 9 5 年の6 5 年 、深 く御付 き合 い を してお ります。 この度、 平成7 年9 月3 0 日 を以て学校法人の理事、評議員を止 めさせ て頂 きました。 この様 にして社会的な仕事 にはサ ヨナラを しました。

層頁間 ・ 経営学部教授 ―

本 日は青山学院管弦楽団第 6 7 回定期演奏会にご来場頂 きましたことを厚 く御ネL 申し上げます。 さて今回の演奏会では前半はサ ン= サ ー ンス、 ドリー ブ とフランスの作 曲家の作品を、後半 はチ ャイコフスキーの 後期 3 大 交響曲の うちの 1 つである交響曲第 5 番 とい うフラ ンス/ ロ シア ・プログラムをお送 り致 します。前半のフラン エスプリを感 じさ ス2 作 品は軽快 で時に洒落た、いわゆる 「 せる」 ものです。 一方後 半のチ ャイコフス キーは一変 して 大変情熱的な作 品であ ります。 これ らの全 く異 なる性格 を 持 った作品 を船橋洋介先生指揮 の下、団員諸君が どの よ う に表現す るかにご注 目下 さい。当団の演奏か ら皆様 方に少 しで も団員諸君の情熱 を感 じとって頂 ければ幸 い に存 じま

す。 本 日の演奏会 を迎 えるにあた り、熱心 に指導 して下 さい ました指揮 者 の船橋洋介先生、お忙 しいスケジュールの合 間を縫 って トレー ナー としてご指導頂 いた N H K 交 響楽団 の先生方に感謝致 します。 また本 日こうして演奏会を開催 で きますの も、ひとえに深町正信院長、内藤昭一学長、野田 精一会長 をは じめとするO B 会 の方 々、その他多 くの関係者 の方 々のお力添えによるもの と厚 く御礼 申 し上げます。 最後に、今後 とも皆様方 の暖かいご支援 を賜 ります よう お願 い申し上げ、 ご挨拶 とさせて頂 きます。 本 日の演奏、最後 までごゆっ くりお楽 しみ下 さい。

団 長 ― 中村 高 ― 郎

本 日は青山学院管弦楽E l第 」6 7 固定期演奏会 にご来場頂 き まして誠にあ りが とうござい ます。団員 を代表 いた しまし て厚 く御礼申し上げます。 今回のプログラムでは、世界 で最 も多 く演奏 されるシ ン フォニーの 1 つである、チャイコフス キー交響曲第 5 番 をメ インに据 え、 この大 曲に団員 一九 となって意欲的に取 り組 み、私達 の持 つ力 を最大限に引 き出せ るように日々研i l t を 積 んで まい りま した。私は学生 オケには学生オケな らでは のチャレンジ精神 と、青春をかけた情熱があると思 い ます。 今宵 の演奏会で皆様方 に少 しで も、私達の心が奏でるハー モニー をご理解頂 ければ、団員一 同に これ以上の喜 びはあ りません。

私個人 としては、今回の演奏会が団長 として最後 の演奏 会です。 この 1年 間、楽 しいことやつ らいこと、本当に様 々 な ことがあ り、演奏以外で も数多 くのことを学ぶ ことがで きました。今宵は、この1年間私 を支えて くれた仲間達 と共 に、そ して愛すべ き青山学院管弦楽団の一員 として、精一杯 演奏 したい と思います。 最後に、この演奏会を開 くにあた り、熱心 にご指導下さい ました船橋先生、NHK交 響楽団の諸先生 を始め、陰なが ら お力添え頂 きましたOB各 位、学院関係 の方 々、顧間の坂井 先生にこの場 を借 りまして厚 く御礼 申し上げます。 それでは皆様 どうぞ最後 まで ごゆっ くりお楽 しみ くだ さ い


船橋 洋介 Yousuke Funabashi

Profile

1 9 6 7 年東京 に生 まれる。5 歳 よ リビア ノを始める。東京音楽大学付属高等学校 を経 て、 1 9 9 0 年同大学音楽学部 ピアノ科卒業。1 9 9 2 年同大学指揮研究科修 f 。 第 l F ] [ 1 海国際音楽 コンクール演奏部門入選. 第 6 回 江戸川区新人演奏会オーデ イション合格。 在学中 より、指揮 を汐澤安彦、三石精 ‐ 、広 L 淳 一、ビアノを竹中碩 子、三宅民規、革川宣 雄、声楽を高橋啓三、作曲 理論 を有馬礼子、楽器奏法 を田中真輔、野口 力、松本武全の各 氏に師事。卒業後は外山雄三氏 をは じめ、さらに多 くの音楽家の薫陶 を受けるc これまでに、日本 オペ ラ協会 ( 日本 オペ ラ振興会) 冨l l 旨 揮 をは じめ、水戸室内歌劇場本公演 指揮、サ ンフランシスコ ・オペ ラセ ンター合唱指揮 ・副指揮等 を務め、以来オペ ラ、オーケス トラ、吹奏楽、合唱等の指揮 ・ 指導 を数多 く行 っている。 また ピアニス トとして室内楽、声楽 家 との リサ イタル共演 も多数。近年ではT V ・ ラジオなどに度々出演 してい る。最近では、劇 団四季の公演 を指揮 したほか、昨年 9 月 には、東京芸術劇場 に於いて 「カル ミナ ブラーナ特 別演奏会J を 企画 指揮 し好評 を博 した。 現在、フ イルハーモニ ック ヴィル トゥオーゾ ・ミューズ ( P V M ) 音 楽監督 ・正指揮者、ア ンサ ンブル プリマ ヴェー ラ、長 岡市民合唱団常任指揮者。東京音楽大学付属高等学校講師。

団員 よ り

まだ猛暑まっさか りの9 月4 日、私達は始めて合奏を行いました。3 曲ともなかなかの曲者 で、私達の出来具合といったらもう……ごといった感じで、私達も、そして先生もかなりの 危機感を抱きつつ、私達はスター トしました。あれから二か月余り、そんな私達を見捨てず に熱心 にご指導 くださり、今 日を迎 えることがで きました。時には ピアノを使 った り、例え を使 った りして、わか りやす く語 りかけて くださり、私達 も何 とか先生に応えようと、そ して そんな先生 と一緒に充実感が得 られるよう、練習 を重ねて参 りました。 本 日ご来場 の皆様 には、船橋先生 と私達 の情熱 を、この 日にかけた熱 い想 い を感 じて頂け れば幸いです。


ご指導頂 い た先生方 う な ( N H K 交 響楽 匡)

測J オ 公

1 9 6 4 年ブラジル生 まれ. 1 9 オ よ リコン トラバ ス を始 め、堤俊作 氏 に師事。桐朋学

平 野

秀 滓与 ( N H K 交 響楽団)

園音楽大学 卒業 。 1 9 8 9 年 N 響 に人 団、現

1 4 才 よ リチ ェロ を始 め 、桐朋 学 園音 楽 大学者 楽学部 にて故 鈴木聡氏 、 レー ヌ フ ラシ ヨー女 史に師事。 1 9 7 4 年 、N 響 入団、

在、首席奏 者。国立 占楽 大学、桐朋学 同音

今 日に至 る。

楽大学非常勤講師。

フルー ト

ヴィオラ 大 輔 ( N H K 交 響 楽団)

井 野 邊

洗足学国 大学 卒業, 石 井志都千 、岡田伸 夫 両氏 に 師 事 . 蓼 T l 高原 占楽 祭 賞 受 賞 . 札 幌交響楽 「 J ゲ ス ト首席奏 者 を務 め た後 、 1 9 9 1 年 N 響 人団.

細り ‖ l l F : 三 ( N H K 交 響 楽団) 東京芸術大学卒業. ス イス バーゼ ル 市 立音 楽院留 学。 第 4 0 回 日本 音楽 コ ンクー ル 第 2 位 入賞 . ジ ュ ネー ブ 国際 音楽 コ ン クー ル 人選。札 幌交響 楽 」にて 1 2 年 間 首 席奏者 を務め た後 N H K 交

響楽団 人[ 」 。東

京音楽 入学講師。 トロンボーン ( N H K 交 響 楽日1 ) ワヨ `欠 11キ IJサ 楽 大学 卒 業、失 日1 部賞受 賞 。 第 コ ンクール第 1 位. 第 1 1 J 1 6 1 J l (市内楽 計 お よび 第 2 1 1 日本 クラ リネ ントコンクー ル ンヘ ン J ・ 人ゲt . 第 3 5 ' 1 ミ J ■ i V コンクール :γ 木● i 重奏 ファ イナ リス ト` , 199()年 N 4 + 人 1 . 東 京 クラ リネ ト ア ンサ ンブル J I 夕 1.

カロi 藤

トランペ ット J ヒホ寸

=坤 喘

網塵主 ( N I I K 交響楽L l )

l 計楽 大学 卒 1 9 3 9 年 月二まれ , 桐 り1 学 4l・ , 第 2 9 「I N H K 毎 ロ コ ンクー ル金管部 業で 門第 2 位 人賞 、東京 フ イルハ ーモニー交緋 楽口│ を経 て N 響 人[ J I 。 今 日に至 る. . 1 1 〃 J 1 計楽 大学 講師. 学1 斎

パーカッション

寸) 潟ミ[ 三 ( 冊 K 交 響楽l l l 1l 友

百「 】頂

禾口静己 ( N H K 交 響楽団)

1 9 3 7 年 生 まれ。東京 芸術 大学卒 業 と同 時 に N 響 に入 7 . 1 9 6 2 年 、N 響 在籍 の ま まウ ィー ン アカデ ミー に留学。 1 9 6 5 年

1 9 4 1 年生 まれ. 東 京芸術大学 に入学 . 1 9 6 5 年、同大学卒 業 と同 時 に N 響 人[ J 、 東京 パ ー カ ノシ ヨンクラブ主宰. 現 在 N

, 1 9 9 1 年 1 1 月 、第 1 1 回 有馬賞受賞。 帰 国で 1 9 9 3 年 7 月 N 響 退 け。 国立 占楽 大学教授 。

響 首席才J 楽器 奏者. 日 本吹 奏 楽会理 事、 東邦音大講師、同大 ウ イン ドオ ー ケス ト

東京芸術大学講師t ,

ラ指揮 者。

ファコット 霧 生

吉 秀

( N H K 交 響楽 田

1 9 4 0 年 生 まれ。東 京 芸l f 入学 、同大学 院 をス ト業. 1 9 6 5 年 、第 3 4 F I N H K 毎 日青 楽 コン クール ( 日本 計楽 コン クー ル) 管 楽 器部門第 1 位 入賞. ジ ェ リアー ド音楽院 に 留学. 1 9 6 8 年 、帰 国後 N 響 に入F ■ 。現在、 N 響 首席奏者。東京芸大、国立 B ‐ 大、東京 音 人講1 1 . 1 9 9 0 年 、第 1 0 回 有馬賞受賞。 ウァイオリン 田 渕

山 本

( N H K 交 響楽団)

1948年 広 島生 まれ.ホ ル ンを谷 中甚作 氏 に師 事 。 1969年 、 日本 フ イル に入F■. 安 宅 賞受 賞 じ 1970年 東 京 芸術 大 学卒 業. 1973年 N響 に入F今 日に至 る。室 内楽 の 分野 で も、東京 ホル ンクラブ、 ア ンサ ンブ ル コ レー ゲ に所属. 聖 徳 大 学 短期 大学 部音 楽科 助 教授 。 武 蔵野音楽大学 、東京芸術 大学付属 音楽高校 講 師。

( N H K 交 響楽団)

1 9 6 9 年、 東京芸術大 学 音楽学部卒 業 と 同時 にN 響 入団。現在、第 1 ヴ ァイオ リン ラ イブ ラ リア ンを務 め る。 田中千香 士 合奏 団 メ ンバ ー . 早 稲 田大 学 交響 楽 団 ア ドウ アイザ ー. 奏者

(五十 音順

敬称略 させ ていただ きま した。)


Pragra“ No″θs サ ン=サ ー ンス

1舞 交1響 詩│「 踏」 死│の

この 曲は、サ ン=サ ー ンスが書 いた四つの交響詩 の うち で最 も有名であ り、彼 と同時代 に生 きた フランスの詩人ア ンリ ・カザ リスの奇怪 な詩に暗示 されたもので、墓場で踊る 骸骨 の不気味 な光景 をサ ン=サ ー ンス特有 のウイッ トに富 んだ手法 により見事 に表現、描写 した傑作です。 まず、曲はカザ リスの詩の内容に従つて、真夜中を告げる の 鐘 音か ら始 まり、骸骨 たちの踊 りが しだい に高 まり、夜明 けを告げ る鶏 の声 と共 に再び静寂 に帰 る、 とい う三段階 の 展開を とります。それでは、 この曲を始めか らカザ リスの 詩 に沿って見てみましょう。 まず、冒頭 にハー プの二音が 12回反復 されて、真夜中の 到来 を告 げ ます。テ ンポの指定 は 「中庸 なワル ツの速 さ」 で、全曲の主調 は 卜短調 です。 “ジグ、ジグ、ジグ。踵 で拍子 をとりなが ら、死は叩 く墓 の石" 次 に骸骨 の弾 く独奏 ヴアイオリンが踊 りにい ざなうよう にワルツの リズムを奏 します。 この独奏 ヴアイオリンは 卜、 二、イ、変ホとい う特殊な調弦 を指定 されてい ます。 “ 死が真夜中に弾 く踊 りの調べ 、ジグ、ジグ、ジグと、ヴィ オロンで" 怒 りの日」の 次にフルー トに現れる特徴的な第一主題は 「

中世 の旋律 に基 づ くもので 、骸骨 の踊 る不気味 なワルッを 表 します。 これがヴァイオ リンで繰 り返 された後、独奏 ヴ ァイオリンに重 々 しい第二主題が現 れ ます。 これは夜 の墓 場 の物寂 しさを象徴す るものです。 この二つの主題が交互 に奏 されて踊 りは次第に高 まってい きます。やがて、f f で弦 の第 一主題 と トロンボー ンの第二主題が同時に奏 され、激 しさを加 えなが ら、踊 りの頂点 アニマー トの部 に突入 しま す。 “ 冬 の風 は叫 び、夜 は暗 い。菩提樹か ら高 まる呻 き声。青 白い骸骨が暗闇 を横切 り、大 きな経帷子をまとってた り踊 る。ジグ、ジグ、ジグ、人はみな震えおのの こう、踊 り手 た ちの骨のかち合 う音 さえ聴けば" そ して由は突然 もとのテ ンポに帰 り、オー ボエが暁の鶏 の声 を奏 します。踊 りの リズムは打楽器 に残 るが、やがて これ もか き消 され、骸骨 たちは墓の中に逃げ去 って、静寂の うちに曲は閉 じます。 “しっ ! 突然踊 りは止み、彼等 は押 し合 い逃げて行 く、暁 の鶏が鳴いたのだ" さあ、我 らが誇 るコン ・ミス小林女史のヴ イオロンで、今 宵 は何人の骸骨が背後で踊 りだすのか ! ? ジグ、ジグ、ジグ と御期待あれ ! ! (Tp中 村)

コッベ リア」 ドリーブ バ レエ音楽 「 レオ ・ドリーブは、1 8 3 6 年、北 フランスのサ ンジェルマ ン デュ ・ノウレに生 まれた。1 8 世紀以来のバ レエ音楽の作曲 家 の中で最 も優 れ、高雅 な音楽の傑作 を世に送 つた一人で ある。 1 8 4 8 年、1 2 歳 でパ リに出た彼 は、パ リ音 楽院 の ソルフ ェージュクラスに入学、5 0 年 に首席で卒業す る。その後、 「ジゼル」 の作曲家 アダンら当時の人気作曲家に師事 して、 ピアノ、オルガン、和声学、作曲法 を���んだ。寺院のオルガ ン奏者 などを務 め る一方、オペ レッタな ど舞台音楽 も作 曲 した。6 5 年、パ リ・オペ ラ座の伴奏者兼合唱指揮者 として契 約、劇場人 として本格的に出発す る。 その後、バ レエ音楽の分野に進出す るようになるが、それ には次の ような機会が与 えられたか らである。彼がオペ ラ 座 に参加 した翌年、「 泉」 と題するバ レエ を上演する予定 だ ったが、事情で ミンクスの作曲が間に合わな くな り、代 わ り に彼が選 ばれ 、 わずかな 日数で見事 にその大役 を果たす。 そ して翌 6 7 年 にこの 「コ ッペ リア」 を作 曲す る。後に演奏 会用組 曲にも編 曲され、単独 のオーケス トラ作品 として も 幅広 い人気 を博 している。本 日ご来場 の皆 さんも “ああ、こ の 曲か。聴 い たことある" と 思われる曲が含 まれてい るこ とで しょっ。

このバ レエの内容は次の様 なものである。 1 9 世紀初 め、ガリツ イア国境近 くの町に魔術 を道楽 とし ている年老 いたコッペ リウスが コ ッペ リアとい う名 の美 し い娘 と住 んでい た。その町にス ワニルダとい う名 の少女が やって来るが、彼女は自分の恋人フラ ンツがその コ ッペ リ アと愛 し合 っていると信 じていた。 スワニル ダはフランツ に自分 よ りもコ ッペ リアの方が好 きなのか と聞 き、「もう、 あなたなんか愛 さない」と宣言 して しまう。祭 りの 日、フラ ンツは彼女 の傾1 に近付 こ うとす るが彼女 は突 っ放 して しま う。 さて、祭 りの時 に コ ッペ リウスが落 とした鍵 を拾 った 友達 と共にスワニルダたちは彼 の家 に入 る。そ こには様 々 な機械人形があ った。 スワニ ルダは恋敵 コ ッペ リアを見 つ けるが、それが人形 であった と初めて知 る。そ こヘ コ ッペ リウスが帰 って来る。彼 の魔術 の実験体 にされそ うにな っ たフランツはス ワニル ダの機転 によ り救 い出 され、二人は 仲直 りし、めでた く結婚す る運びとなる。 バ レエ音楽 のオーケス トラ版では、 さまざまな組み合わ せが採用 されてい るが、今回は前奏曲、マ ゾルカ、ワルッ、 人形のワルツ、チャルダッシュ、スラブの主題 と変奏曲の 6 曲を演奏致 します。 (Cl岩尾


PFagFa“

肋 ″S

1曲 1第 イ│コ フ│ス 交1響 調 チ│ヤ │キ ■│■ ●番││ホ1短

ピョー トル ・イリイチ ・チャイコフスキー ( 1 8 4 0 ∼1 8 9 3 ) はムソルグスキー、ボ ロデ ィンなどの 「ロシア5 人 組」 と同 時期 に活躍 した ロシアの作曲家である: し か し 「 5 人組」の 作 曲家 たちが、純粋 にロシア的な民族色 を打 ち出そ うとし たのに対 し、チ ャイコフスキーは、師ア ン トン・ルービンシ ュ タインの影響 の もと西欧の伝統的な音楽 を基本 に、 ロシ ア的な素朴 さや雄大 さを加味 して独 自の音楽ス タイルを確 立 させたのである。彼 は晩学 であ り、 しか も大折で もあっ た為、作曲家 として活動 したのは約 2 7 年 間であつたが、数 多 くの作品を生み出 し、その中にはポピュラーな名作がか な りふ くまれている。 この事 か らも分かるように、彼 は き わめて密度 の濃い創作活動 を行 ったといえよう。 さて、チャイコフスキーはシンフォニーを全部で7 曲 ( マ ンフレッ ド交響曲を含む) 書 いている。また、未完 の変 ホ長 調 の交響曲とい うの も存在す るが、作 曲家 自身が完成 させ た作品ではないので数 には入れないのが普通 である。ちな みに、この作品 はソ連の作曲家ボガチ レフが原作者 のスケ ッチなどをもとに補作 し完成、ス コアも出版 され録音 もさ れている。C D も 発売 されてい るので興味 のある方は聴 いて みると良いで しょう。 さて、本題 に戻 るとしよう。チ ャイ コフスキーのシンフ ォニーの中では4 、5 、6 番が とりわけ名作 として親 しまれて い ます。それは、 これ ら3 曲 の演奏会で取 り上げ られる回 数、発売 される C D の 枚数 な どか らも明 らかである。そ し て、さらにこの 3 つ のシンフォニーは単にチャイコフスキー の代表作である とい うだけに とどまらず、交響 曲 とい うジ ャンルの中で も重要な位置 を占めるのである。 本 日、私共が演奏す るのは、その 中の交響曲第 5 番 です。 この 曲は 1 8 8 8 年 に作 曲 され たので あ るが 、4 番 の初演

(1878年)か ら10年 もの歳月がたつてい ます。 この時期 は 作 曲家チ ャイ コフス キー にとってス ランプの時期 であった ようだ。本格的なシ ンフォニー を書 こう として も果たせ な い時期が続 いたので ある。 しか し、1885年 に標題交響 曲 マ ンフレッ ド」 を作曲 してか ら自信 も回復 し、交響曲第 5 「 番 に本格的に取 り組むことになった。そ して苦労 の末、2ケ 月余 りで作 曲をして 1888年の 11月 に初演 されるのである。 作曲家 自身の指揮 で行 われたこの演奏会は、聴衆か らは熱 狂的に支持 されたが批評 の方 は芳 しくなかった。チャイ コ フスキー 自身も 「あの交響曲の中には大袈裟 に飾 り立てた、 こ しらえ的な不誠実 さがある」と自己批判 しているが、演奏 を重ねる うちに一般聴衆の人気 は急上昇 し、 ようや くこの 曲に自信 を持 つ ようになったのである。 この交響曲は次 のような特色 を持 っている。 第 1は 一つ の動機が全楽章 にわたって用 い られてい るこ と。第2は ワルツの楽章 をいれたことである。 これは、バ レ エ音楽の分野において も 「白鳥の湖」などの名曲を残 したチ ャイコフスキー な らではのことと言 えるであろう。そ して 第 3に はその見事 なオーケス トレー シ ョンが挙 げ られる。 特にその色彩感あふれる楽器用法 は、交響曲第4番 から見て も十分に成長の跡が うかがえるのである。 曲は以下の4つ の楽章 か ら成る。 第 1楽 章 アンダンテ∼アレグロ ・コン ・アニマ 第 2楽 章 アンダンテ ・カンタービレ ・コン・アルクーナ ・ リチ ェンツア 第 3 楽 章 ワルッ : ア レグロ ・モデラー ト 第4 楽 章 フィナー レ : ア ンダンテ ・マエス トー ソ∼アレ グロ ・ヴィヴァーチェ (Cb.渡 辺)


Concert M‐

■ISt=ess

理 小林■真‐ 私 よりも彼女 のことをよ く知る人が他にもい ると思 うが都合によ り私が この欄 を書 くことになった。 まあ1年 の ときから彼女 と同 じ パー トにいることだ し、私の知 り得 る限 りで書 いてみることにしよ う。間違 ってたらゴメンよ。 何 は ともあれス ゴイ人である。 どんな曲で もバ リバ リ弾 きこな し、私のような凡人は 「 あれだけ弾け りゃ楽 しいだろ うなあ。 カッ コイイ l」 と思 うのである。そんな彼女の音 には幼 い頃からのハ イ レベルな音楽教育 とい う裏付 けがある。その頃の話 を彼女に聞いた ことがあるが、それはもう大変。音楽 とい うものの厳 しさを教 えら れた。そんな彼女 を周 りもほってお くはずがない。団内のアンサ ン い ブルには引っ張 りだこ、ジュネス ・オケなど他 のオケにも参加。「 そが しぃ―」 と言 いなが ら彼女 も自身の音楽的欲求を満た していた りする。今回のプログラムの 「 死 の舞踏Jな ど彼女 には打 って付 け だろう。 音楽的なスゴさもさる ことなが ら人間的にもス ゴイ。強烈なキャ ラクターの持 ち主である。 ここだけの話だが彼女のス トレス発散法 はゲームセ ンター。「 射撃 ものJで は味方 だろうが人質 だろ うがか まわず銃 をぶっ放 し、「カー レース もの」ではマシンがボ コボ コにな るまでクラッシュさせ 日頃のウサを晴 らすのだ。か と思えば、一方 でガラスの様 に繊細 な一面 も …・。 そんな彼女の コン・ミス生活 もひとまず今 日で終わ ります。「 真理 ちゃん、本当にお疲れさま。俺 も随分 ピシピシ怒 られましたね。で も真理ちゃんのようなコン ・ミスと一緒 に弾けて幸せで した。今度 こそお金の心配 をせずにスパークぢゃ !J

Student Conductor

(N.I)

福野

―旗

福野一旗。 れΩ男 との付 き合 い も1年半になる。 とにか く変わつ た男 である。曲者である。 (クセー者 ではない)。 以前から 「 福野倶楽部」なる非公認団体 を主宰 しているが、合宿 中には勝手に 「 倶楽部部屋」 を作 リヤニ とコーヒーの臭 いの雰 う中 で常連連中や連 れて きた後輩 をフクチャナイズ している。合宿中 と いえば大 コンパの司会ぶ り (写真)は 絶品。彼 の持 ち味が発揮 され、 彼が最 も輝 く瞬間 と言えるだろ う。「 宴会部長」 の称号 は君 の もの だ。 よかったね。最近では執筆活動 に励 み 「 福野 メモJな るエ ッセ イを自費出版 (といつて もコピー)し ている。手元 にその最新号が あるので引用 してみ よう。「 酒の飲み方 にもいろいろあって、騒 ぎ っばなしも黙 りつぱな しもよくない と思 う。 (中略)あ とさ、飲み会 で 「団結 を深める」 なんてい うフレーズ もいや らしくていやだね。 ボクなんてひね くれてますからね、「 団結 を深 めるJな んて聞 くと壊 した くなるね…J。ふ ―ん。懲 りずに続 けたせ いか、最近では愛読 者 も増 えたらしく本人 も満足気である。ちなみにこのパ ンフレッ ト にも多数執筆 している。 そんな彼 もだれにふ きこ まれたか最近後輩の面任l見が非常 に良 い。彼 はまた定演会計 とい う顔 も持 ち、 この仕事 をキ ッチリとこな している。要す るに色々書 いたが彼 は彼 の美学 に基づいた彼 な りの 方法で青学オケに貢献 しようと努力 しているのだ (と思 う)。 こんな彼 に興味 を持 ったとい う奇特 な貴女 (貴男で も可)演 奏会 終了後、楽屋 口で待 ってみてはいかがですか。 _ 最後に 「フッキーお疲れ。今夜は飲むぞ !で も、たまにはちゃメ と家に帰れ よ !フ クノッ H」 IN I

6


■st vio■

in 我 々のパ ー トは量の割 りには質 は良 く、その何 よりの証拠 にバ イ オリン会の会合 は常 に 「マナー」 をわ きまえた ものになる。僕達 も それを期待 し、心待 ちに して、その会合の数 日前などは練習 もまま ならない程 だ。会合開始 と同時に コーヒー カップ片手 に作曲家の名 前やその 曲につい てのエ ピソー ド等が飛 び交 う。2週 間前 だった か、田園調布在住 の栗 田氏のお宅のオーデ イオルーム にお邪魔 し、 ヴェルデ ィの 「 椿姫Jの LDを 見なが ら語 り合 ったのを僕 は覚 えてい る。バ イオリンパー トこそ僕の青春その ものであると思 つている。 (ふくのいっき)

2nd Vio■

in r● ●品名 2 n d V i O l i n P a r t L e a d e原羽料名 きれいな瞳、や さ い ー ス の し 性格、オ ケ トラ関係 知識、豊富な経験 ( ? ! ) ● 内容量 ・ ×××k g ( 不 明) ● 原産地 ・鹿児島県●使用上の注意 ・2 0 歳以 1 1 年 上の男性 は注意 して下 さい。●販売者 ( 非公認株式会社) N 響 ファ ン倶楽部 東京都渋谷区渋谷4 - 4 - 2 5 ● 宿題、 レポー トは出さな いで下 さい。忙 しす ぎてで きない場合があ ります。●お問い合わせ お客様相談室J ( お 問い合 わせはアン 先 ・( 非株) N 響 ファン倶楽部 「 ケー トでのみとなってお ります。 ご 了承下 さい。)

vio■ a 弦楽器 中随 一 のマ イナ ー さを誇 る V l a の 役割 は メジ ャー な V n や V c の 主旋律 を影で支 えることです。V n が v n ら しく、V c が V c で あ るため に も我 々 V i o l a s は日々練 習 を重 ねて きま した。 そ の 意味 で つ か もしれ ませ V l a は合奏 ( t u t t i ) の 喜 び を最 も味 わえる楽器 の ‐ ん。 足非 一度 、あ ま り顧 みるこ とのなか った V l a に注 目 してみて くだ さい。V n と V c の 谷 間 をV l a の 鼓 動 が きっと貴 力の耳 に も届 くと 思 い ます。

vio■ once■

■o 私 たちチ ェロパ ー トの個 々人は、それぞれの プライベー トを重 ん じるが ため に、 ま とま りの無 いパ ー トで あ る と思 ってい る。 だが 、 パー トリー ダーの櫻庭先輩 を筆頭 にわ りと自分勝手 に個 人練 を楽 し み、 各 々の世界 にのめ りこんでい るのである。 そんな私 たちを支 えてい る2 年 生総勢 7 人 、縁 の 下の力持 ち1 年 生 3人 c これでチ ェロ会 の将来 は安泰 だあっ ! !


Contrabass コン トラバス会会則 ① 国際感覚 を養 うため、使 える(汚い)英語 を勉強する(よう努力す ② ③ ④ ⑤

る) 。 儒教 的道徳 に基 づ き 1 1 下関係 を重 んず る ( よう努力す る) 。 お酒 を飲 んで も平静 を保 つ ( よう努力す る) 。 動物愛護精神 に基 づ き珍獣 オ レンプを保護す る ( よう努力す る) 。 「あ なたって紳十 ( 淑女) ね J と 言 われる よう精進す る。 以 L 1995年11月 19日 パ ー ト ・リー ダー

駒沢大学駅 そば 民宿 あ らい 宿 キ

F■ ute 専田弘一郎 ( 1 9 7 3 ∼) 愛 称専 ちゃん。江戸川I X 平井の人。週 3 回 の練習の中でオカリ奏法 を学 び、姿勢 における独 自の境地 を完成。 1 9 才で厚木 に出、のち世卜 H 谷へ移 り宗匠 として身 を立てた。平成 7 年に門人高橋 らを伴 って渋谷→新宿→新百合ケ丘の人旅行 をした時 に、わが団、紀行文学 の最高傑作である 『 奥の細川』 を著 した。 笛に病んで夢は練馬 を駆けめ ぐる ( 師の教 えに従って唇 か ら血が出るほど練習 したが本当に辛い事 、 であったなあ。 自分 は思い残す事 は無 いが、次, 切 宗匠が少 し′ し 配だ)

Oboe い くらかの 「とっつ きにくさ」 は否定できない。 しか し決 して表 面だけでは判断 しないで下 さい。 クールな表情の裏側 には、音楽 と い うものへの真面 目な姿勢、ほとば しる情熱、そ して愛着がわか り にくいが存在す るのです。「わか りに くい ものJ は 異端視 されがち な現代 とい う時の中で、彼 らは強 く, 呈しく、自ら信ず る音楽 を武器 にオーケス トラの 1 パ ー トとして活躍 してい ます。その活躍ぶ りは ある意味ではカリスマ と言 って も過言ではないで しょう。あなたに はあなたの、福野には福野の、そ して彼 らには彼 らな りの 「 世界J が あるのか もしれない。

KOTO ColllPany Liコ

nited

TOkyO A Finc sclcction of ltalian&French instrumcnts&flnc Frё nch bOws

´・ へ つ͡・ ク'″

① 34987460 ‖ 樺 ヽ 鯖墨 鰹ょ顎」 爾 [L凛 LONDON‐ Td 221 6966

SHIBUYA‐ T d 3498 7460

PARiS‐ Td 4,,多 `


C■ arinet 私達 クラリネ ットパー トは、パー ト練習 を10分前には終えて しま うパー トです。で も今 日、 この 日のために練習に練習 を重ねて きま した。 この 7人 の 日々の練習の成果が織 り成す素晴 らしい響 きを満喫 し て、今夜眠 りにっ く前 に、あなたの耳元で再 び美 しいメロデイーが 囁 きます ように。 M みんながみんな 10分 前 になんて終 わ らない よ。で も途中で 「 ごはん食べ に行 っちゃう人 もいるけどJ I 「 それ誰 ?J M「 えっ…… !?J

Bassoon み な さん F g の 音 を知 ってい ますか ? 知 らな い あ なたは、 まず私 達 に注 目 してみて下 さい。そ して、 よ― く耳 をす ま してみて くだ さ い。す る と、ほ ら、低音 のや さ しい音が聞 こえて きます よね。 で は、 F g の 音が わかった ところで私達 の奏 で る音 楽 をお楽 しみ下 さい ! !

Horn ヽ ■ 壁

み な さん、 こんに ちは。僕 ホル ンです。今 日は僕 の ご主人様 につ いて お話 します。 ご1 1 人様 と出会 ったのは今年 の 5 月 頃で した。 こ の 人 とな らうま くや ってい ける とその時 は思 い ました。あの頃、僕 は他 の誰 よ りも輝 い てい ま した。 ところが ・ ―今 は誰 よ りも汚れて し まい ま した。チ ャ イ5 の 合 わせ の時、ふ と隣 りを見 る と… 「光 って

薇σ﹃辣

る。J 僕 は とって も悲 しくなるのです。 ど うか、ご主人様 、僕 はあの 頃 の輝 きを取 り戻 してみ たいのです。 ど うか ‐ 度 でいいか ら僕 を世 界で ヽ 番輝 くホ ル ンに して下 さい。 ( b y チ ヤイ5 の 3 r d ,

す す 。

で 嘩

ラ   ヽ

卜 犯

日Π ズ桃 CJ バ譴

rヽ J rヽ J

コ 販

r Aハ ン 一

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TEL・ FAX 03(3378)9763

〒151東京都渋谷区代々木3-55-7サ ンセイハイム代々


T―

pet ① ② ③

トランペ ッ ト会会則 酒 を飲 んで もス カさない 、 カラまない。 ヤな先輩 とは飲 まない。 フザケた後輩 とも飲 まない。 飲 まなければ絶対やれない ことを 飲 んだ時 には積 極的 にやる。

「あなたって、野獣ね」 と言 われる前 に退会す る。 以 L 1 9 9 5 年1 1 月 1 9 日 パ ー ト ・リー ダー

中村

胃液 ・高 一郎

Trcmbone&Tuba

こんなにい るのに、半分 は卒団生 。 今 の うちが華 ですな。

Percuss■

on パー カッシ ョンは、写真 にはこんなにいっぱい写 つているけ ど、本当は6 人で寂 しいです。 で も実は、この人たちった らパー カ ッションに入 りたがって るんです。なんて ったって美人が多 いか ら? あ なた も入 りたか った らゼ ヒゼ ヒ遠慮せず に恥ずか しが らず に入 って ネ。 b y るみ▼

本 日は御来場有難 うござい ました。 次回 もぜ ひお越 し下 さい 。

団員 一 同

青山学院管弦楽団

第 68回 定期演奏会

1996年 5月 会場/ 青 山学院講堂


青山学院管弦楽団、全 日本大 学 オ ーケ ス トラ大 会 に 出場 ! ―

第 1 0 回 記念神戸大会 ―― 青 山学院管弦楽団は昨年 1 2 月4 日 に行 われた第 9 1 司 全 日本 ー ス 大学 オ ケ トラ大会 に於 いて講評委員会賞 を受賞 し、第 1 0 回 大会 での特別演奏 を委嘱 され ました。 大会当 日は、本 日演奏致 しますチ ャイ コフスキー交響 曲第 5 番 よ り第 4 楽 章 を演奏致 します。 1 9 9 5 年1 2 月 1 7 日 ( 日) 1 0 : 30開 演/19:30終 演 神戸文化 ホ ール大 ホ ール 入場料 : 一 般 ¥ 1 , 0 0 0 ●チケ ッ トぴあ 06-363-9999 学生 ¥ 5 0 0 ●大阪 アーティス ト協会 0 6 - 3 6 1 - 1 7 4 1 お問い合 わせ 事務局 : S o n y M u s i c F o u n d a l o n 03-3261-9934

第 20回 オ ー ル 青 山 メ サ イア公 演 <第 20回 記念オーチャー ドホール演奏会 > ンデル ( 1 6 8 51 ∼ G.F.ヘ 759) オラ トリオ 『 メサイア』H W V . 5 6 指

ソプラノ アル ト テ ノール バ リ トン

渡辺

善忠

管弦楽 合 唱

五十嵐郁子 阪匡1 直 r ‐ 辻

裕久 黒崎錬太郎

青 山学 院管弦 楽 団 青 山学 院 オ ラ トリオ ・ ソサ エ テ イ合 ‖ 「 1同 1 青 山学 院大学 グ リー ン ハ ー モ ニー合唱 団 青 山学 院大学聖歌 隊

チ ェンバ ロ 熊谷三香子 オルガン 堀井美和子

青 山学 院大学第二部 聖歌 隊 青 山学 院大学 第 二 部合 唱部 コール ・フ ロ ッシュ 青山学 院女子短期大 学聖歌 隊

世界の名器直輸入販売 ど うぞ F _ 1 舌 で お 問 い 合 わせ くだ さ い。

平 日曜

日 AM10100∼

PM7100

祭 日 AM10:00∼

PM6:00

'95年 12月 26曰 く火 〉17:30開 場 1 8 : 3 0 開) 寅 B u n k a m u r a オ ー チ ャ ー ドホ ー ル 才 旨定 :¥2,000 自由 :¥1,500 チケ ッ トぴあ 03-5237-9990 Bunkamuraチ ケ ッ トセンター 03-3477-9999 お問い合 わせ 事務局 :030-962-2426 0 3 - 3 4 2 7 - 3 8 6 9 ( F A X 共 通)

あなたの 寅奏名 CDに じ%、ませ

株式会社 ネ ロ 楽 器 〒150東 京都渋谷区渋谷2-9-10 (キングビル) 丁e l ( 3 4 0 0 ) 7 4 6 6 0 Fax(3406)6090 0本 国の 演奏 は 当社 でデ ジタル 録音 を してお ります。


1本 年度卒業 生紹介 今年 も大勢 の4 年 生、短大 生が 卒団 して い きま すc そ こで今 回 は 「お疲 れ さまJ の 気持 を込 めて 、 この場 をお借 りして卒団 生 1 人 1 人 を写真 と本 人か ら、 また は親 しい 人か らの メ ッセ ー ジで 紹介 して い こ う と思 い ます。 1 5 0 字 足 らず で先 輩 の こ とは言 い 尽 くせ るだ ろ うか ? い や言 い 尽 くせ な い

原宿 駅 へ と続 く並 本道 を歩 い てい る 時 「フクチ ヤー ンJ と い う風 の声が ボ ク

だろ う. そ の美貌 、 ス ウ イー トボ イス、 細 く長 い 足. す ば ら しい の は外 見 だ け で な い . 様 々な相 談 にの って くれ る後

のI 「をかす め た。 そ の声 は、あ ま りに も澄 み き ってい て、 そ してあ ま りに ス ウ ィー トな 占だ ったので ボ クは 自分 の 耳 を疑 った 。 = 、りか えってみ る とそ れ は 日本の シャロ ン ス トー ンこと、くる み 先輩だ った. ( う そつ き福 野) た だの

あ なたの あ、くの よ り

ヴァイオリン

植松

”佐

ドさい 。

静香

林 御

輩思 い のや さ しい先 輩 で あ る とい う点 も見逃 して は な らな い . 僕 はそ んな先 輩 の こ とを… いつ まで もお 元気 で い て

(平成 6イF度 冨」 団長)

人ボケです. , ( お茶や)

くるみ

メ ンセ ジ だ とか 人物 評 価 の コ ー

摯 ,1

「副島

ゃか Jと 読 む..最初 は読 め ませ んで し た1, り : 」先すが い るか どうか は、そのキ

結 局 は っ き り訂える って こ とは さ、あ る意味 で 冷 たい 人間 じゃな きゃで きな い わけ で しょ。 オ レはそ ん な こ と した

徴 的 な笑 い liが き こ えるか どうかで わ か ります.)後輩 の 角 i倒見が いい とヽヽう niも││つ 月先輩‐ ,そ んな りj先 イ:もも

鵠哩官 =宰 三 ぷ統

う卒 Jし て しま うので す ね `,4年 は1お (NI)

にの り 先輩 には色 々な相 i 炎 くな い 。4 ヽ

ヴァイオリン

′ 成6 年度インスペクター) り ‖ 智一 ( 平 lヽ

疲 れ さ まで した

ヴァイオリン

副島

明 (`「成 5年 度文連委員) ポ ー トボ ー ル クラブ ′`スケ ットク ソフ トボ ー ル クラブ オセ ロ ク

清 沢先 輩 とい う と、初心 者 同志 とい う こ と もあ ってか 同 じV n の M 先 輩 と いつ も一 緒 、 とい う印 象 が あ ります 。

ラブ

「芸 クラブ イラス ト部 演 濠1 水泳部 ( マネー ジ ャー ) 徒 歩旅行 同好 会 以 1 クラブ遍 歴. 一 等 ハ ー ド だ ったのが オ ー ケ ス トラ部. ―等 長 く ラブ

同 じパ ー トに い なが ら先 輩 との接 点 は 正 三な ところあ ま り多 くは なか つた け れ ど、ほ とん どが 経験者 とい う今 の 4 年 ヽ 生の中で初 ′ し 者か らス ター トし、4 年 間

続 いたのが光 G e n i i フ アンクラブ. ああやだや だ ミーハー は.

V n パ ー トの一員で居続 けた先輩 の 努力 は僕 も知 ってい ます 。本 当 にお疲 れ様 (NI) で した。

ウァイオリン

清沢

明Jと 書:いて 「そえ じま さ

ナーで ` 〇〇 先輩 はいい 人ですJ r気で 「 , なんて言 っちゃう奴 は信 用おけない ねて

ウァイオリン

高橋

早苗 初対 面 の 人は誰 もが そ の 紳士 ぶ りに

証言 1 頼 子 さんは非常 に練 習 熱t ヽな お方 で す。合宿 中は毎 日、頼 F さ ん の バ イオ リンの音 に酔 い しびれ 、 よ くl 民

臨 され る。 几帳 面 で 責任 感 が あ り落 ち 着 い た雰 囲気 の あ る中埜 氏 だが 、若 い 女 の ■の前 で はみ るみ る うちに オジサ ン化 して しまう。何 に対 して も真剣 に

った ものです。 証 言 2 み んなのお姉様 的存在 で した。 勉 強 の こ と、オケの こ との他 、お酒 の飲 み方 を一 生懸命教 えて頂 きま した.

取 り組 む彼 は、就 職 活動 を通 して得 た そ の 膨 大 な情報 量 に よ り、後輩達 の 間 で “オ ケの就職 部 " と まで呼 ばれ てい る. ( 一 年 の時 まん まと煽 された若松 ) ヴァイオリン 中 埜

12

寛 之

( 平成 5 年 度厚木代 表)


宇宙 人 ヨー ダ ( スター ウ ォー ズ) に 似 て い る とい わ れ る彼 は 、 昨 年 度 の コ ン

彼 のあだ名 は “ワ ノキ ・. ワ ッキ ー の い る所 に は必 ず笑 いが あ る。 彼 にか

サ ー ト マ ス ター を務めた。泣 く r も 黙 る パー ト練 習 は 皆 の 記憶 に も新 しい と

かれば どんなつ まらない事 や辛 い事 も、 面 白お か しい 話 にな って しま う. 4 年 間 オケ を実 わ し続 け て きた ワ ノキ が

ころで あ る。 しか しそ ん な彼 も生 身 の 字 宙 人. す っか り地 球 の 女の子 をお 気 に入 りの よ うだ. 彼 の 星 で は 、 い じめ

い な くな る と思 うと、 とて も寂 しい け ど、彼が社 会人になって も、きっ といつ

るこ とが愛1 青 表現 ら しい ■ ( 彼のサ イ ドで弾 いて寿 命が縮 んだ若

か社 会 の こ とを面 白お か しく話 して く (遠山) れ るだろ う.

松,

ヴァイオリン

成6年度コンサート マスター) 西J‖ 富之 t平

脇本

の び 人 くんの ママ に似 て い る、 とい うこ とで “ママ " と 呼 ばれ る彼 女はその 名 の i 二リオ ケ の マ マ 的 存 在 。 トレ ー ナ ー に まで “ママ " で 親 しまれてい る。

私 、 かが み子 は バ イオ リ ンが大好 き 中楽器 を床 に落 と した こ ともな 'P練 い し、電 車 の 中 に置 き忘 れ逗子 まで学 校 をサ ボ って 取 りに行 った こ とも 1 回

会計 とい う言 わ ば オ ケの 大蔵省 の任 務 を見事 に果 た し、皆 の 信 頼 を得 た。 時 には 耳元 で そ っ とア ドバ イス を して く

しか ない. え らい ? こ ん な品行方正 の 、 私 だけ ど、 オケ生 活 唯 の ′ し 残 りは男 子浴場 で 夕′、くん に先 を越 された こ と,

れ 、非 行 に走 らず に 済 ん だ者 が ここに も一 人¨ , ( マ マの 隠 し ■、若松 )

え、何 をって ? そ れは しげ ちゃんに聞 いて よ_

ウァイオ リン

松井

ヽ 成6 年度 聡美 ( 「

ジー ンスの

安藤 L /ら 」な い で は くのが

捨 てた まま他 の 部屋 で寝 てい た り、 女 の 1 が い て も平 気 で トラ ンクス ] で 歩 き回 つた り、酒 は飲 む は パ クチ はゃ るは 女には モ テ な い は 、 とにか くそ ん なア│ が女「きで、学4 1 と して は 1 年 間 しか 重 な ってい な いの に 4 イF 問 付 き合 って

武 器にが んば って くだ さい。 (何を ?) From A ヴァイオリン

しまい ま した。

ヽ 成6 年度ジュネス委員) 不T J ‖ 矢ロ イ テ (「 彼女 につい て語 るには、そ の 相棒 K の 存 在 が不 ■」欠 で あ る。何 しろ この 2

、 いつ もニ コニ コ して周 囲 に′ 亡 配 りの で きるの リ ピー は 、合宿 中腹 の 中が 煮

人、あ ま りに共i 重 点が 多 いの で、2 人 で 1 人 の 人物 と見 な され て い た ほ どで あ

え くりl l x り そ うな時 、顔 を ビク ピク さ せ なが らそ れで も笑 顔 を忘 れ な い . 仕

る。 入学 で ヴ ァ イオ リンを始 め 、数 々 の 困難 を乗 り越 えて 4 年 間頑 張 り抜 い ヽ た彼 女 ( とそ の相棒 ) に 、私 は′ か らの し

事 をこな しつつ ビオ ラを ひた む きに さ らってい た ヽ 「均 睡 l F t 時 間 2 ヽ3 時 間 の 合 宿. え らい よ君 は , そ の タフ さで社 会 人 にな って も頑張 ってね . 男 泣 かせ る な ―. : 忠 実 な下僕 よ り

(by YS) ヴァイオリン

ヴィオラ

森居

佐 イ 自

由利子 笑 うと鼻の上にY 字 ができるお人形 のような彼女は昨年の2 n d v i n の トッ プ. 音 楽をこよな く愛す る彼女は常 に 楽器を持 ってキャンパス内をウロチ ョ ロ している。彼女 の特徴ある奏法は学 ぶ ところが多いので私 も ( ウケね らい

成6年度パート リーダー) 美勢ギ子(平

典 子 ( 平成 6 年 度 合宿 マ ネー ジ ャー ) 弦 楽器 世 界 の 右 も左 もわ か らない よ

欝 うな私 を四年 間楽 しませ て くれ た青 学

オケ、本 当 にあ りが とうござい ま した. また楽 しい 仲 間や素 晴 ら しい 後 輩 にめ ぐまれ本 当 に幸 せ で した。 今後 の青 学 オケの更 な る発 展 と庶務 の 頑張 りに期 待 します。

ゎ葉 ★千

に) 研 究 してい る。か らかうと面白い のであなたもT r y i t i ( 勝 手な動 きをし て彼女のザ ンツを狂わ した若松) ヴァイオリン

(金沢廃帝 )

ヴィオラ

浩義

拍手 を送 りたい

吉村

鏡子 傍 若 無 人 とい う言葉 は イ十の ため にあ るの で しょう. 合 宿 で は ズボ ンを脱 ぎ

1 をれ る先輩て 自慢 の 、 とて 'も頼 , で も後輩 に も 1水里 1ク ン」と オしてヽヽ る. そオし 'Iば は llとで も‖ 良 くで きる視 しみ と寛 人 さがあ るか す よ`,(ウ ソ じゃな い っ ',で す よ).,オケの 人食 い 隊 長水里 1ク ン、 こ れか らは (も ?)長 い 足 とつぶ らな瞳 を

水野

f r o m く に ょの友①

ヴァイオリン 会言 ) '芝

雅E:寿 (平成 6年 度庶務)


長浜 さん はその特 徴 的 な顔立 ちか ら .喝 「 馬Jだ とか 「 体Jだ とか (失礼 !)呼 ばれが ちですが、私 の知 る限 りVn,va,

末松 。 そ れ は酒 O . 宴

会で は コ ンパ

○ ス タ ー と して メチ ャ クチ ャに な る。 み んな とて も迷□ して い る。

Pfを 弾 きこなす マ ルチ な人です。何 と

末松 。 それ は騒 音 。 いつ で も どこで

言 つて も宴 会芸 で 見せ て くれ た 弓 を固 定 して楽器 の 方 を動 か して弾 く (分 か

も、 た とえ合奏 中で も奇 声 を発 して い る。み んな とて も□惑 して い る。

るか な ?)「 暴 れ ん坊 将 軍 の 戦 闘 シ ー (NI) ン」は忘れられませんt

末松 。 つ い に卒 業 ? み ん な とて も安 ヽして い る。 検 閲済 ′ 亡

研 (平 成 6年 度理工代 表、 パ ー ト リー ダー ) す こぶ る フ ァ ンキ ー な容 貌 とは裏 腹 に、非常 に繊 細 で ヤ ワな 女 の 子 の 部 分 も見せ て くれて男 か ら見 れ ば とて も魅

彼 は 病 的 と言 って いい 程 の ク ラシ ッ ク オ タ ク。 彼 に と っ て の サ ン トリ ー ホ ールや N H K ホ ールは ( 精神 ) 病 院 と

力的 な女性 である。 [ 人は外 見で判 断 し て はい け な いJ と は まさに彼女 の 為 に あ る よ うな フ レー ズだ ろ う。 初 め は少

まで言 われ てい る。 又、 その独 特 な シ ラケギ ャグで も有 名 で 最近私 は一 々 反 応 しな い ゾ と決 心 したの だが 、哀 れ な

し怖 い か も しれ な い が 、 い ざ会話 して

ので微 笑 してあ げ る こ とに した。 そ れ

み る と知 的 で面 白 くい っ その こ と 「彼 女J に したい くらいだ。

で も彼 は皆 に愛 され る存 在 なの であ る

ヴィオラ

パート リーダー) 成711度 早 島J‖ 唐モ走号=(平

人祐 ちゃんの後輩 、常 人若松 ) コン トラバス

渡邊 祐一

朱 ちやんへ

いつ もにこにこ、とっても穏やか、そ してケーキをこよな く愛するをか り先 輩. で もフルー トの事 になるとその姿 か らは想像出来ない言動 を します。握 り こぶ しを振 り上げて 「 下手 くそなんだ か ら「 1 か け血 が 出 る まで練 習 して っ H 」 ( この言葉のおかげで メイン ト ップも出来るようにな りました。S 田 )

生 もい る と聞 いた 時 公 開練 の [ 1 に'l _ D 大 には、恵美 子先 輩級 の ゴー ジャスな感 ヽドキ ドキ しち じの 人か な と思 って 内 ′ 亡 ゃった け ど、 会 って み た らぴ よび よ未 ち ゃん で した。 なの に もう社 会 人 に な って しま うのか と思 う と同い 年 の私 達 と して は焦 りを感 じて しまい ます。 卒 業 して もほ よよんぽ よよん V l a 会 に遊 びに来 てね。

ウィオラ

安原

朱美

フルー ト イヽ1 沐 曖i ` 哉 ( 平成 6 年 度庶務 、パ ー ト リー ダー)

白井 先輩 に初 め て あ った とき、僕 は

数 々のエ ピツー ドを残 した神 野 ち ゃ んですが 中で も強烈 なのが トイ レ事 件。 あ ― で もこれ は私 の 口か らは言 え ませ

彼女 に惚 れ ま した。 彼女 に憧 れ て、 僕 は V c パ ー トに入 ったのです 。 トノプで チ ェ ロ を弾 く彼 女 の 姿 は、 僕 の 胸 を熱

んね え。 だ って 回 l L め十1 でハ ー ゲ ンダ ッツお ごって もあった し。 じゃ、私 が。

くさせ ま した。 けれ ど もそれ は大 きな 間違 い だ ったの です 。彼 女 のパ ー ト練

チェロ

白井

の 日数 だけ僕 の 寿命 は縮 み ま した。 お

1 年 半前 の 春合宿。O b の G と 神 野 ち ゃ んは トイ レに入 って 行 きま した。 そ こ

かげ で僕 も強 くな りま した。P S 先 輩 ごめんな さい Kよ り

書 けな い っ。親友達 よ り

成6 年度パ ー ト 亜紀子 ( 平

で G が 見 た もの は……。 あ ― その先 は

リー ダー) は あ ―い み り。 よろ しくね っ , 私 トー マス に似 て るって ち よっ と機 '関車 いわれるケ ドー 、私 、自分で もそ う思 う

彼 は 、 さそ われ る と断 れ な い その性 格 の 良 さが ため に、 ワ ンコそ ばの大 食 い 大会 で腹 をこわ した り、名前 も知 ら な い ア イ ドルの コ ンサ ー トに徹 夜 で並 ん だ りと数 々の 経 験 を した。 しか し、

の一

オ ー ケ ス トラの活動 だ け は彼 の 固 い 意

女帝 に な る って こ とを肝 に命 じてお き な さい ! !

本管 の 男 た ち、来 年 は このみ り様 が

思 に よる もので あ り、 この 熱 き思 い は 今 日も涙 と共 に伝 え られるであろ う。 フ ■″

下「 力 甫 巌髭, ( 平成6 年度パート リーダー)

卜 一 疇 レ ,

コン トラバス

'(狂

みどり

いつ まで も可 愛 い 女 だ と思 った ら大 (八住 &み ず ほ)

間違 い よ !


誠子 ちゃんは 「 素材 の味 を大切 にす る。 」 と言って刺 身にしょうゆをつけず に食べ る変な人 です。で も学食に出没 したゴキちゃんを “だんっっ" と 踏みつ

この 御 方 が好 んで お召 し上 が りにな ります の は紅茶 にチ ヨコ レー ト。合 宿 の ため に用 意 したチ ョコ レー ト菓子 は 全 て この御 方 に よって食 べ 尽 くされ ま

ぶすなど、運 しい面 もあって頼 りにな るお姉様 なの。そんな誠子ちゃんが卒 かない 業なんて私 さみ しいつつ。「V ヽ

す 。普 段 は物腰 や わ らか な方 なのです が 、少 しで もお酒 を回 に され ます と半 径 3 m を 領土 として君 臨す る女 帝様 とな られ、領民 は全 員下僕 と して この 方 に

( 悲嘆 に暮 れる女 よ り)

か しず くこ とになるのです。 ェ ボ ・躙 オ

ホル ン

誠 子 (平 成 6年 度 パ ー ト ・リ― ダー)

釜ど う こ

禾口l t ( 平 成6 年度合宿会計、パー ト リーダー) でん 私、お―ちゃん ! 入団 した頃は “ こ" と か “舞 の海" と か言われてたけ ど、本当はかわいい女の子なのよ ' 2!年 特 間 も変な人達に囲まれてモー大変

菊地先 輩 は写 真 を見 れ ば わか る と思 い ます が 、 とて も特徴 的 な方 です。 外 見 だけ で は な く、 クラ リネ ッ トの演 奏 にお い て も、独 特 な感性 を持 つてい ら けて 同 じパ ー トの私 達 の こ とを気 に推卜 くだ さい ま した。 そ ん な先輩 の こ とが

にうちのパー トの人達 ときたら、男の くせ にやせす ぎよ ! ! や つと脱出で き る? っ て思ったら、私、来年 もいる予定

私 達 は 大 好 き で す 。 一 き ち く、 f o r e v e r― ― TY

なのよね。ちえっ ! P S こ れか らもよ ろしく ! b y H r 会

っ しゃ い ます。 そ して先 輩 は、 いつ も

クラリネット ナ 也 償レー ( 平成6 年度渉内マ ネージャー、パー ト リーダー) 凛テ 夕暮れ時の校舎に響 くT r p の 音色… ではなく、真 つ昼間から元気に、高らか に周 囲 にその音 を轟かせてい らっしゃ るのが 、我 らが あ めみ ∼先輩 です 。 パー ト リーダーと学指揮 を、同時にこ な してい らした とい うパ ワフルな先輩 を一言で表現するなら 『 誰 よりもT r p

和子 先輩 は ク ラ会 の太 陽 です 。 いつ も笑顔 を絶 や さず に、合 宿 で は ク ロー ゼ 1 ヽ‐1 0 番 をひ たす ら吹 い て、お茶 会 では も りも りお菓子 をほお ば り、飲 み 会で は誰 よ りも早 く出来上 が って 一番 最後 まで グ ラス をは な さな い 。 そ ん な

を、練習を愛する、心優 しきセ○○ラ大 王』で しょう ! ?

レ 耐

素敵 な先輩 です 。最 近 あ ん ま リオケ に ほ どほ どに し 来 な い け ど。研 究室 'も て練習 に顔 見せ てね、先輩。

ト 雄トー ( 平成6 年 度学生指揮 者、パー ト リー ダー) 私 の 名前 は ちあ つ き ― 。2 年 前 に青

4 年 間の思い出 青山学院女子短大に入 り、F g を 始 め た。芸人の先輩 の もと、サ ルに もなっ た。 聖書 を般若心経へ持ち変えて、宗 旨

短 を卒業 してるか ら、 今 は団友 4 年 生 ` ワケあ って この 演 奏 会 には出て い な い け ど、 私 に会 い た い つて い うあ なた 、 1 2 月 の オーチ ャー ドホールで開かれ る メサ イ ア コ ンサ ー トで待 っ て るわ り

がえ。座禅 もやった。

観 自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。 照見五蘊皆空。度一切苦厄。舎不U 子。 色不異空。空不異色。色即是…。 ファコット 金 子

優 美

松尾

千晶 「カネッキーJ こ と金子先輩 というと まず思 い出されるのが彼 の愛車。 コン パ ク トでまっ赤なその車は誰が呼んだ か 「 愛 の巣サイノスJ 、小回りのき く車 である。 肝心 の オケの方で は トロ ン ボーンを1 から始め、パ ワフルなT 先 輩

で しよう。 先輩 より トロンボーン

ファコット 瑞 穂

トランペ ッ ト

( 平成 6 年 度 パ ー ト リー ダー)

練習熱心でま じめ。それが彼女の入 団時の評判 で した。声 もデカいが態度 はもっとデカい。それが彼女の真実 の 姿 だ と私達が気付 くのに1 年 もかか り ました。先輩 を使えない呼 ばわ りする は、あごで使 うは、… もう挙げればキリ があ りません。来年からのO L 生 活でも その “デカぶ り" を 発揮 して くれること

田 中

( 平成 7 年 度短大代 表)

詮ぎ子

やY 先 輩 と共にT b パ ー トを支えてい ましたね。先輩のその努力に拍手。お 疲れさまで した。 (NI) 泉 ( 平 成 6 年 度定演会計 )


我 々二 人が尊 敬 してや まな い 前 団長 の坪 田尊師 は、現在 会員が 3 入 しか い な い 我 々 団 長会 の 長 で あ る. 団 長 とい う 重責 を離 れ てか ら蓄積 されて い た尊 師 の 内部 エ ネ ル ギ ー が 臨 界点 に, 主し、最 近 の飲 み会 で 爆 発 し、 まるで血 の 海 に 横 たわ る ゾ ウアザ ラ シ状 態 であ る。 そ う、 まさに “ SomebOdy Stop IIim!" って感 じだな…… . トロンホ ー ン

坪田

晃治

現 団長 & 次 期 団長 よ り1 曽しみ をこめ て (平成 6年 度団長、 ' パ ー ト リー ダー │

先 輩 はや さ し く、後輩 に対 して もお お らか で とて も い い 人 で す 。 ボ ク が 「よっ朝比 奈 ! J と 言 って も決 してムキ にな って怒 った りせ ず 、 や さ し く対 応

│ 1篠‐ ・ 1 黎舞 │ │ ■

パーカ ッション

浩 之

私達 は、 こん な に素 晴 ら しく 1 手 い

住所 不定 . い つ も山か ら山 を波 り歩 き、秋 定 には必 ず短 髪 で現 れ る. 普 段 は姿 を くら ま して い るが 、彼 はあ らゆ

こ とがあ りませ んで した. 1 で も酔 うと

るオJ 楽 器 を巧 み に操 る現 P e r c メ ン バ ー の 大黒 柱 で あ る。 彼 な く して は パ カ ノシ ヨンは語 れ な い . 不 案 内 な

ね) . , かわいい後輩 一 同 ' (ヽ F 成 6 年 度定演 マ ネー ジャー )

私 た ちをB l l る く盛 り上げ、引 っ張 って きて くれた彼の技術 と人柄 に感 謝す る. . Pcrc

小林

昭寛 あ っ と: = う間 に 4 年 が過 ぎて しまい ま した. I L さ ん と過 ご した楽 しか った ‖々を決 して忘 れ ませ ん` , どうもあ りが とうござい ま した.

ちゃんである。 v i n の某氏 と会う度に 「 おい、ば― さ んJ 「なんだね、じ― さんJ と 『 最近の若 い もん』について言 ているが、卒1 寸 f:つ 141 の中では最年少だった りする。おいお いご トロンボーン

パーカ ッション

矢口

祐子

留衣子

かお る ち ゃん は去 年 、 1 1 のよ うに猫 をかぶ って 入部 して きま した ( も ちろ t も い な い け どね ) . ん で もっ ん今 は一 「 て、 もうす ぐまた猫 を沢 山 ひ きつ れて、 就職 して しまい ます。 去 年鍛 えた猫 か ぶ りの術 が 、果 た して どこ まで通用 す るかが 、今後 の彼 久の最 人の試練 です。 ま、せ いぜ い頑張 ってね。

トロンボ ー ン

橋本

l・ l

パ カ ンシヨン

年寄 り会に所属 している彼 女は、縁 側でお茶をすす りなが ら、猫を抱 くこ とをこよな く愛する弱冠 1 9 歳のおばあ

野田

b v v i n 3 年フ ッキ ー

先輩 に出 会 えて 、 とて も光栄 です。 ボ レロ を国 な ら しに吹 く人は今 まで見 た

淋 しい け ど、いつ で も l i びに きて下 さ い。 ( でも酔 うと手が つ け らんない け ど

山 本

・ 褥

もきちん と 」寧 に答 え を返 して くれ ま す 。 ボ ク は 先 輩 との 会 話 の キ ャ ノチ ボ ールが好 きだ. 福 野倶 楽部 長 よ り

―卜lリーダー) 朝比奈 由美子 (城 6年レ ヽ

日が イっ ちゃうけ どね) 。もうす く先輩 の 音 を身1 ■ で 間 け な くな るの は とて も

トロンボーン

して くれ ます . そ れ と 「先輩 は朝 比 奈 隆の娘 です か │ と い うバ カげた 質問 に

かお る

卒 団 生 の 皆 さん、 今 まで本 当 にお疲 れ様 で した。 青学 オケで過 ご した 日々の 思 い 出 を胸 に 来 るべ き新 しい 環境 で も頑張 って下 さい 。 卒 団 して も、 また いつ で も気軽 に遊 び に きて下 さい 。 在 団生 一 同


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<付 録 >

第 6 7 回 定 期 演 奏 会 まで の 道 の リ プ ログラム決定 から本 日の演奏会 に至 るまでの青学 オケ 149日 の記録 (ダイジ ェス ト) 6 月 2 4 日 アンサンブル大会 毎年 6 月 下旬 に行 われる恒例行事。気 の合 う仲間同 志で メンバーを組み、他 の団員達 の前で室内楽等 を 披露す ���。 これで前期 の活動 はひとまず終了。 この 日、秋定のプログラムが決定。

9 月 、1 0 月 東京 に帰 って くると秋定 まで2 ケ 月余 り、後期の授 業が始 まるとオケ も通常の練習 ( 水木土の週3 回 ) に 戻る。 1 0 月 2 8 、2 9 日 青山祭 1 、2 年生が中心 となって音楽喫茶 を経営する。 例イ 11、 店内では主 に小編成の室内楽等が演奏 される。呼 び 物 は 1 日 1 回 のフルオケ演奏 と女性団員お手製 のク ッキー、マ ドレーヌ。来年以降青山祭にお越 しの際 にはぜ ひお立ち寄 り下 さい。 1 1 月 青山祭が終 わる ともう 1 1 月 。 日ごとに日が短 くな り、辺 りはすつか り秋。 トレーナーの先生方 を招 い ての練習 も多 くなる。練習にも ^ 層熱が入る。

7 月 、8 月 この 2 ケ 月間は O F F 7 月 の前半 は試験 に全 力投球 。夏期休業 中 の過 ご し 方 は 各 自様 々。 しか し、 この 間 にある程度 曲 をさら っておか ない と後 で苦労す ることになる。 8 月 2 8 日 ∼9 月 1 日 夏合宿前 の 1週 間 は強化練習期 間。合宿 に備 え毎 日 練習があ る。

9月 4日 強化練 の最終 日、船橋先生の指揮 で初めての合奏。 その時の様子は p.2「団員 よ り」llHl参 照…。

1 1 月 1 3 日∼1 8 日 定演 1 週 間前か ら毎 日練習がある。 いよい よ最終的 な仕上げの段階。定演 に向けラス トスパー トだ。

9月 5日∼11日 夏合宿 毎年 この時期 に猛暑の東京 を離れ避暑地で合宿 を行 う。昨年か らは志賀高原 で行 っている。合宿 の朝 は 7時 30分 の副団長の点呼に始 まる。その後 は食事 を 間に挟みなが ら朝 コマ、昼 コマ、夜 コマ と練習三昧。 夜 コマ後 は毎晩深夜 まで宴会が続 く。 合宿 の最終 日には トレーナーの先生の指揮 による合 奏が行 われる。 いわば合宿 の総決算である。今年の 夏合宿では最終 日の他 に中日にも合奏があ り、充実 したもの となった。

そして 1 1 月 1 9 日 第 6 7 回定期演奏会当日 完 全 燃 焼 あ るの み !!

ついで と言 っては何だが、今後 の青学 オケの活動予定 も記 しておこう。 12月 17日 全 日本大学オーケス トラ大会 ―第 10回記念神戸大会 ―に出場 12月 26日 第 20回 オール青山メサイア公演 く第 20回 記念オーチャー ドホール演奏会 〉 このように年末に向け大 きなイベ ン トがひかえている。 定演が終わっても、青学オケに安息の 日はないのだ !


く執 行 部 〉 昨年 の10月 にスター トした現執行部、早い ものであれか ら1年 が経 ちい よい よその任期 も終わろうとしてい ます。 この 1年 間あ っとい う間にも感 じられ ましたが、本当にた くさんの出来事が凝縮 された時間であつたと思 い ます。 青学 オケ運営上の必 要事項や大小様 々な問題 についてま ず この 8人 で事 に当 たってきました。一筋縄でいかないこ とも多 く、130名 余 りの大所帯 を運営することの難 しさを ヒシヒシと感 じなが ら何 とか ここ までたどり着 きました。 しか しその中でい くつ かの反省点、今後へ の課題 を残 して しまったの もまた事実 です。 これ らの点 も含めた私達の経 験 を参考 に して次期執行部の後輩達には頑張 って欲 しい と ′ Ltいます。 何 は ともあれ今 日とい う日を迎えることがで き、一 同ホ ッとしてお ります。そ して本 日の演奏会 をもって私達 はひ とまず青学オケの第 ‐ 線 を去 ります。大変だった日々の思 い出と青学オケ運営に深 く携 わったとい う誇 りと共に…。 最後 に、今 日まで こんな執行部 について来て くれた団員 の皆 さん、本当にあ りが とう。

● ポ ス タ ー ・チ ラシ ・チケ ッ ト 猪股 直樹 ● プ ロ グラム編集 。撮影 。広 告 猪股 直樹 ●広報 活動 猪股 直樹、杉崎 栄介

左 よ り 合宿 マ ネ ー ジ ャー 、一般会計 、 コンサ ー ト・ミス トレス イ ンスペ クター 、渉 内 マ ネ ー ジャー 、 定演 マ ネ ー ジャー 、副団長 そ して、空 中浮遊 している ( 1 ) の が団長

●印刷 大東印刷工芸株式会社 ●ポ ス ター 。チラシ写真 (株)カ メラ東京サービス ●撮影 。録音 多摩スタジオ

1、 2年生

く編集後記 〉 1年 前 の今頃、次期副団長に決 まった私は 「自分達が青 学 オケをリー ドしてい くのだJと い う自負 と要職に就 いた とい うプ レッシャー、そ して実際にはまだ何 もわか らない 仕事 に対する不安が入 り交 じった ものを抱 えてい ました。 あれか ら1年 、い ま次期役員に決 まった後輩 の姿 を見てい ると、あの頃の 自分 自身を見ているように思えます。 この 1年 間は思 っていた以上 に早 く過 ぎ、また思 ってい た以上に大変な 1年 間で した。 い くつかの失敗や反省すべ きこともあ りました。 「 仕事 を投 げ出 して しまいたい」 と 思った ことも少なか らずあ りました。 しか し、その都度 身 近 な人達 に励 まされた り、 「 俺以外 に他 の誰がで きるの だ」 と自分 をふるい立たせた りしなが ら今 日までたどり着 きました。

そんな副 団長生活 も今 日の演奏会でひ とまず終 わ りま す。青学オケ とい う1 3 0 名余 りの様 々な楽器、様 々 な考 え を持 つた人々の集 まった 社 会 で副団長 を務めたことで、 私 自身、音楽以外 にも多 くの ことを学びました。苦労が多 か つた分だけ深 い喜 びや達成感 を味 わ うことがで きまし た。 この 1 年 間で少 しは成長することがで きたのではない か と思います。私にとって貴重な経験で した。 気分屋 でいい加減な私が副団長でい られたの も、多 くの 人のサポー トがあったからこそです。 この1 年間私 を支え、 助けて くれた全ての人に感謝 します。本当 にあ りが とうご ざい ました。 1995年 11月 19日 猪股 “イノマ テ イー" 直 樹


檸者 船橋 洋介

青 山 学院管弦楽団 ●顧 間 坂井正廣/鈴 木律子 (短大) ●OB会 会長 野田 精一 ●ご指導頂 いた先生方

●演奏会運営責任者 ●コンサー ト ・ミス トレス ●学生指揮者 ●ステーン ・マネーンヤー ●ホール ・マネーンヤー

池松 宏/井 野邊大輔 加藤 明久/北 村 源三 霧生 吉秀/田 渕 彰 平野 秀清/細 川 順三 三輪 純生/百 瀬 和紀 山本

violin 植松 小川

智 一 (教育 4)

清沢

幸 (仏文 4) 頼子 (英米 4)

櫻井

Violonce■

viola 静香 (英米 4)

佐 々木 くるみ (教育 4)

大倉

健 史 (国政 2)

石川

知行 (公法 4)

中村

麻実 (経営 2)

佐伯

典子 (公法 4)

西岡由理江 (史学 2)

千葉

雅美 (教育 4)

林川

恵子 (国政 2)

長浜

研 (経工 4)

啓子 (仏文 2)

青木

真げL (経営 3)

原口

麻衣 (英米 2)

副島

明 (公法 4)

高橋

早苗 (日文 4)

井尾謙太郎 (物理 1)

中埜

寛之 (私法 4)

伊豆

西川

富之 (国政 4)

山内員起子 (物理 3)

松井

聡美 (英米 4)

鎌 田 智子 (法 1) 関野みゆ き (英米 1)

岡本

妙佳 (公法 2)

水野

浩義 (経営 4)

一寸木美奈 (短国 1)

公文

敦子 (経営 2)

安原

朱美 (短家 2)

森居 由利子 (仏文 4)

円 (法 1)

O鴨 川恵美子 (短国専) 鈴木

由子 (英米 3)

中岡

久子 (史学 3)

長瀬

岡1直 (法 1)

吉村美奈子 (国政 4)

中西

敦子 (団友 1)

荒木

信行 (経工 1)

脇本

俊 (経済 4)

福永

一寛 (教育 1)

松本

和徳 (国済 1)

相賀

恵子 (公法 3)

宮塚

聡子 (短家 1)

町田

恵 (O G)

安齋

有紀 (仏文 3)

重枝

豊 (O B)

山口

裕希 ( O B )

安藤

鏡子 (短教専)

吉原

雄一 ( O B )

猪股

直樹 (国政 3)

岡野絵里香 (公法 3) 栗田

雄 介 (経済 3)

◎小林

真理 (経営 3)

田村

育子 (英米 3)

工井

祐子 (国政 3)

寺田

学史 (経営 3)

萩原 さやか (経済 3) 福野

一旗 (経済 3)

○若松

恵 (英米 3)

伊藤志寿子 (英米 2)

山田 芳史 小林 真理 福野 一旗 山田 芳史/ 八 住 俊彦 相賀 恵子/ 佐 久間五月

■o

自井亜紀子 (団友 4) ○櫻庭 涼子 (教育 3) 内山 知子 (仏文 2) 育子 (物理 2) 大原 さやか (英米 2)

漆原

由紀 (団友 2) 杉崎 栄介 (史学 2) 高橋 健介 (団友 2) 篠原

義高 (国済 2) 飯田 祥子 (史学 1) 樋口 智子 (英米 1) 西脇

細谷 広介 (教育 1) 中村 亜紀 (賛 助) Contrabass 下浦

巌裕 (史学 4) 洋 (英米 4)

末松 ○荒井 雄司 (経済 3) 二宮 亜紀 (史学 3) 剛 (経済 2) 大川 美帆 (団友 2) 佐久間五月 (教育 2) 天笠

藤澤 達哉 (経営 2) 大西 由香 (経済 1) 千晶 (短家 1) 斉藤 祥子 (O G) 渡邊 祐― (O B) 南


ヽ F

●団 長 ●副団長 ● インスペ クター ●渉外 マネージャー ●渉内マネージャー ●会 計 ●庶 務

中村高 一郎 猪股

直樹

岩尾

弘子

相賀 恵子/ 山 田 芳史

荒井 雄司/ 小 泉 泰子/ 福 野

後藤

純子 一旗

松下

佳代

伊藤志寿子/ 健 名奈央子

● ジュネス委員

Flute

岡野絵里香

Bassoon

小林

香織 ( 仏文 4

神野

直己 ( 短児専

●会計補佐 ●理工代表 ●短大代表 ●厚木代表 ●サブ 。マネージャー ●サブ 。インスペ クター ●ライブラリアン

中村 麻実 永田 武光 田中 瑞穂 大原 さやか 佐久間五月/八 住 俊彦 前多 利哉 岡野絵里香/小 泉泰子 岡本妙佳/千 田敬一朗/中 村麻実 ●インス トゥルメン ト 杉崎 栄介/須 藤 拓郎

Trumpet

Tuba

金子

優美 ( 団友 4 )

雨宮

雄 一 (日文 4)

新井

大輔 ( 団友 2 )

C永 田

武光 ( 物理 3 )

熊 田 英樹 (公法 4)

堀野

史郎 ( 賛 助 )

○専 田弘 一郎 ( 物理 3 .

田中

瑞穂 ( 短英 2 )

千 晶 (団友 4)

加藤 み ど り ( 短国 2 1

石井

桃子 (,去 1)

菊池

有紀 (経工 1)

市川

吉村

貴弘 (賛 助)

健名奈央子 (史学 2)

高橋

宏之 ( 経済 2

岡山実知子 ( 教育 1 星野有貴子 (7去 11

松尾

○ 中村高一郎 (国政 3) 潤 一 (教育 2) 宜宏 (法 1)

影山 Horn

要 (物理 1)

佐藤

金元

和代 (日文 4)

田畑

誠子 ( 英米 4 )

小泉

泰子 (日文 3)

○後藤

純子 ( 英米 3 1

C山 田

芳史 (経済 3)

千 田敬一朗 ( 国政 2 )

大野

玲 (短国 2)

金子

泉 (経済 4)

綾子 ( 団友 1 )

鈴木

雅幸 (国済 2)

坪田

晃治 (私法 4)

崇 (国済 2)

山本

浩之 (公法 4)

Oboo

花井

長谷川 C■arュ net

飯田

雅代 (電工 1)

之弘 (O B)

馬場

Percussュ

on

朝比奈 由美子 (経工 4) 小林

昭寛 (団友 4)

矢 口留衣子 (仏文 4) ○榎 田

尚子 (化学 3)

杉浦

瑠美 (経済 1)

鷹尾

篤 (経済 1)

Trombone

○井野 口 健 (団友 3)

菊地

健 一 ( 史学 4 )

須藤

拓郎 (経済 2)

高橋

和 子 ( 化学 4 )

野田

祐子 (短教 2)

岩尾

弘子 ( 英米 3 )

橋本かお る (短家 2)

○松 下

佳代 ( 国済 3 )

内木

渡 (法 1)

前多

利哉 ( 経済 2 )

荻野

八住

俊彦 ( 経済 2 )

富田

清 (英米 1) 円 (短国 1)

明子 ( 団友 1 )

◎ コンサー ト ミス トレス ○印はパー ト リー ダー



19951119第67回定期演奏会